作品投稿掲示板 - B-REVIEW

青山杜甫


投稿作品数: 5
総コメント数: 55
今月は14作品にコメントを付与しました。
プロフィール
記録
プロフィール:
平成17年10月31日生まれ 岡山県岡山市出身の現代詩人。 「現代詩壇は死んだ、 私こそ未来詩壇の源流である」と宣言し、 世界文学の統合と未来詩壇の創設を目指す ポエトリー・ルネサンス運動の主導者。 「ミリャーロモンド」という独自の文学宇宙を軸に総合芸術の一部として詩を書く。 主にnoteで活動している。

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分析の内容も語らず、 一方的に断罪して対話から逃げるのは、takoyo2さんの最も嫌うものなのではないですか。それこそ心の空洞化です。 私のことを嫌いなのは結構ですが 「関わらないでください」というのは 自分の言葉に限界を感じていて、 それを認めたくないからのように思います (【自伝三部作】現代における告白)

2026-02-06

コメントありがとうございます! 読み手への観客負荷が高い たしかにそうなんですよ。 たとえば「死にたい」と相談される環境に身を置く人も少なければ仮に同じような環境だとしても、放置して「死にたきゃ死ねばええやん」と言える冷徹さを持つことはないだろうと思う。 つまり、代替不可能の形態としての読者負荷の高さなんだよね。 現代詩壇の潮流から離れるほどに 読者負荷が高くなってゆく。 シンボリズムとして 評価できるか…といえば この三部作は出来ない。 作者の象徴にはなるけれど、 作品単体の強度や時代耐性はない。 三島由紀夫は好きで 滅びてゆくものの美しさとか 結構影響は受けてるんですけどね。 早熟か、早熟でないか、や 年齢補正は外して見てもらいたい。 私の資質とやらは、 どんなものか分からないので おまるさんに教えてもらうしかないですけど、アウトプットに関していえば 批判されても他の作品で黙らすことができるくらいの量と方向性がある。 たとえば投稿に限った話なら 「地球事変」でtakoyo2氏に世界観の指摘を受けたので「血」で肉体を描写したように色んな方向性のアウトプットをいま試してみてる。 深みを感じる・感じないは 人によって違うとは思うけど、 少なくとも倫理を問う作品として再読したときに、多少の価値はあるはず。 (【自伝三部作】現代における告白)

2026-02-05

「満月と三日月を比較して、 満月のほうが美しく、三日月は醜い」 などと言う人がいないのと同じように、「欠けてる月みたいな自分」でもいいんじゃ無いでしょうか。 人は不完全だからこそ愛おしい。 そう思います (濡れた頬)

2026-02-05

息が詰まるの反復で 実感させてくるの面白い。 佳作 (息が詰まる)

2026-02-05

ああ、なんと騒がしい。 すべて読ませて頂き、 部外者であることを前提として あえて言わせてもらいたい。 「クソつまらん」と。 多くの場合は、 幹と枝の分別が出来ておらず その枝をつついてるだけのように感じた。 枯れた花、朽ちた幹、折れた枝 こんな世界です。 ここにコメントした すべての人に向けて伝えたい。 「私たちは どれだけ言葉を尽くしても 言葉に出来ないことがある。」と。 感情論と具体論を綯い交ぜにして、 人格と作品とコメントを無分別に 節操なく扱う姿は 精巧に造られた廃墟だ。 ただ、ひたすら 己の選んだ道を進めばいいのだ。 それを理解してもらおうとも、 評価してもらおうともしなくていい。 己の道に他者が介入して来た瞬間 それは喧騒のアベニューになってしまう。 (ビーレビの運営の立場を憶測し、生理マン氏や三浦氏のデタラメな煽りに対して抗議します)

2026-02-05

辛酸舐め男笑笑 いいですね、キャッチーで。 先日 中学生の頃の数学のノートを読み返しているとこう書いてありました。 「メロンパン人生。 思ったより甘くないやんけ」 なんとなく このユーモア感、 西川さんと共鳴しました (辛酸舐め男)

2026-02-05

なかなか面白い。 「サ終したソシャゲのシナリオを読み返している」のリフレインが効果的に配置されてる。 読み返すという行為を、 実際に強制するような意図で書いたなら 相当うまいと思う。 (2026年 あけましておめでとう)

2026-02-05

まあ…! 好きだなんて照れちゃう笑 私は基本、 どんな人でも受け入れますし、 「私の心という戦場」の中で 争っていただいても構いません IQが高い人ほど 〈冷笑の罠〉にハマりやすいですよね。 実際一時期、その腐ったメンタルで 人間関係を見直したこともありました。 最後に残るのは やっぱ、人間性なんですよね (【自伝三部作】現代における告白)

2026-02-05

「若いうちに取り返せる夢を早々と諦めてしまった怠け癖。」 未来を担う若者として、 そして同じ人間として、 ひとりの後輩として受け取ります。 私には夢がある。 それを叶える力を持っている。 見守っていて欲しい (【自伝三部作】現代における告白)

2026-02-05

本当に仰る通りだ。 批判されたくなければ もう何もするなという話。 生きるということは 灼熱や氷河をくぐることなのだから。 本音で感想批評文が書けて、 読めるということはひとつの幸い。 もし、閉鎖されるなら 口を噤むか道を開くかしかない。 私は口を噤むつもりもないし、 未来詩壇を構想してはいるけれども。 (投稿の灯を消すな)

2026-02-05

このような場なので、 あえて三浦さんの嫌うような話をしますが、noteで慈悲恵さんが記事にしてくださってるように、私は普段はそりゃもうアホみたいに生活してますし、 難しい話もあまり好きではないですし、女遊びが酷くて先日、家に手紙と髪の毛が届いたくらいちゃらんぽらんです。 ですから、 あくまで仮の姿ということで コメントは受け取ってくだされば幸いです。 (実のところ、私も上辺の物言いが嫌いなので。傍観者になって甘えんなよと思います) (【自伝三部作】現代における告白)

2026-02-05

恐らくですが、 takoyo2さんの見てきたもの 示されたものに比べれば すべてがおが屑のように見えるのではないかと思います。 空洞化した現代人の心に 「共感しやすい言葉」を量産する。 これは私も危険なことだと感じてます。 だからといって、 ではAIが書いたものと人間が書いたものを峻別できるほどの慧眼が私たちに備わっているか?と問うたなら甚だ疑問です。 ましてや、 高尚なものを書くことだけが詩ではないのでね。 その閉鎖された空間で 相互承認のゲームをしてるのが 現代詩壇でしょう。 それこそ空疎な伽藍です。 私からすれば 「共感される」言葉がかけない人間は 人の心をさっぱり理解できてない人だし、「専門的」「難解」な言葉が書けないのは凡庸な悪に染まってるとしか言えない。どちらも書けるべきなんです。 どっちにしろ 「書く動機」が大切という意見は 賛成です (一日半)

2026-02-05

観念的なことを言う人間には絶対ならない…ですか。 私は思うのです。 観念がなければ現実を認識することも、解釈することも、言葉にすることも出来ないのですから。 たとえば西田幾多郎の言う純粋経験や チョムスキーの言う普遍文法を直に共有する術を人が備えていれば別ですけどね。 だから、三浦さんにとって 形而上に留まってしまい、 上辺だけのことを言う人が嫌いなんだと思います (【自伝三部作】現代における告白)

2026-02-05

コメントありがとうございます 辛口なコメントだからこそ 私にとって糧になります。 「何も残らなかった」 それはその通りだと思います。 この作品にはカタルシスがないからです。 ただ、これだけは takoyo2さんも理解して下さると思いますが、これはAIには絶対書けない部類のものです。 通俗的なのに 読者に苦痛を強いる… それが私の狙いでもあります。 専門的で、高尚なものも、 「書け」と言われたら幾らでも書けます。 しかし、通俗的で、 かつカタルシスもなく、 そしてただのつまらない文こそが 今回描きたかったことなのです。 ましてや、 たとえば「ワンネス」を厳格なスーフィーが読んだ場合ハッラージが処刑されたように私に対して大きな憤りを感じるでしょう。あるいは、「ぼんやりとした肯定」にあるモバイルバッテリーと揚げ鶏というモチーフはボードレールやランボーの象徴主義、シュルレアリスム宣言、そしてダダイズムと死の肯定とも捉えられるデカダンスと現実を結びつける技法が使われてたりします。 このように深読みしたとて、 私が狙った通りにtakoyo2さんが 読みといてくださり嬉しい限りです。 (【自伝三部作】現代における告白)

2026-02-05

心が空洞であればいいという言説は、 安易な神秘主義ですからね。 うつ状態における 「家にいるのに家に帰りたくなる」という報告は、存在の本来性の欠如といいますか、空洞だからだと思うのです。 初投稿で、takoyo2氏に 「お話になりません」と評されましたが、返信したら「やっとまともな方が出てきましたか」というコメントがついたので、たぶん私たちが冷静になって、品性と礼儀を重んじれば理解して下さると思うのですよ。 ただ、 花を見ずに、泥中であっぷあっぷしていては苦しそうなので、 私が目を惹く花になるしかないですね笑笑 (一日半)

2026-02-04

美しいオクシモロン表現ですね! 可読性と難解性の両立、 具体と抽象の横断が、 この短い中に詰め込まれており、 面白いです (ひび)

2026-02-04

コメントありがとうございます 嬉しいです。 ザラツストラは振り返り、語り、 そして意味づけます。 しかし、この作品の語り手は 意味づける前に叫んでいる。 「吁!」「おお!」 これは哲学じゃない。 生理反応に近いものであると思う。 犠牲が回収される保証はない 正しさが確定しない 天国が観光地になってしまった そんな宗教批判であり、 自己啓発批判でもあり、 進歩主義への懐疑でもあります。 (天国)

2026-02-04

コメントありがとうございます 「寿命が尽きるまで寄り添う」 なんて優しい言葉なんでしょう?‎ この詩は 天国的な心を持つ人ほど 読むのが苦しい作品だと思います。 本当に 狭き門を通る人は ラクダ(エピゴーネンや最愛)を 置いていく人ではなくて、 レモンさんのように見捨てられずに 寄り添った人なのかもしれませんね (天国)

2026-02-04

「虚構(創作)はいいが嘘は嫌い」という考え方に共感します。 ただ、では田中恭平氏の作品が 本当に全部〈ウソ〉かは疑問です。 ウソと創作のちがいは、 前提の共有があげられると思います。 創作は相手も自分も虚構であると知り、 ウソは相手にはもっともらしく伝達する。 この理屈でいきますと 「開き直る」ことで ある意味、嘘と断罪したものが 虚構(創作)に姿を変えるのではないかと思います。 三浦果実氏が仰る通り、 田中恭平氏とtakoyo2氏の文脈、コンテクストはよく分からないですけど、 ひとりの文学を志す者として、 私のパンセを開き 皆様の意見を聞くことで 糧になると思いコメントさせて頂きました。 再び作品に関係ないコメントで申し訳ございません (一日半)

2026-02-04

作品とは関係なくて申し訳ないのです。 「心が空洞でなければ憑依できない」この考え方に疑問を持ちました。 知性によって、 シャーマニズムは完成するというのが わたしの考え方だからです。 空のずだ袋は立たないように、 空の精神も言葉にはならない。 仮に憑依したとしても、 使用するのは本人の言語野、ブローカ野、運動野などなのですから、 本人の知らない言葉は出てこない。 本人の学び、 或いは教養、知性というものが 前提にあってこそ 「憑依」という狂気が発生し、 方向づけられ、完成するのです。 ですから、 心が空洞でなければ憑依は起きない、という考え方はエンジンがなくても自動車は走ると言ってるようなものです。 ただ、自分の意識で書く経験も必須だと思いますね。 〈見者〉だけでは、 いずれ限界が来るので (一日半)

2026-02-03

冒頭の「祝福されなかった生まれたての胎児」というのが衝撃的なフックですね。 圧縮するなら 胎児と生まれたては 取り合わせ的に被ってるので 「祝福されない胎児」と表現してもよかったかもしれませんね。 泪が一輪の曼珠沙華(彼岸花)になるというメタファーめっちゃ好きです 「指ごとちぎって」で 最後グサリと刺す表現も好きです (真昼の月)

2026-02-01

とても映像が立ち上ってくる散文詩ですね。 現実的でくすんだ景色の中に 異物をぶっ込んでくる手法勉強になります。 映画のカメラみたいに視点が切り替わって読者が落ち着かない。それが「街のザラつき」として内容と形式が一致している。 ヘーゲルも自著で 「真の芸術作品は内容と形式が一致している」という言葉を残していますけど その観点でいうとこ〈真の芸術作品〉なのかもしれませんね (イタコタライか明太子)

2026-02-01

寺山修司のような 〈哀愁×言語の実験〉みたいな感じがして好きです。 いちゃもんつけさせてもらうなら、 「空の一点」というなら 「一本の指を立てる」よりも 「人差し指を立てる」のほうが 良いのではないかと思いました。 まだ 私も本格的に詩を書き始めて一年 他の人の作品を読み始めて半年程度ですので的外れかもしれませんが一応…。 (一(いち)」)

2026-02-01

こちらこそありがとうございます (天国)

2026-02-01

「死んでも終わりじゃない」からこそ 人は救いを求めるのだと思います (期間)

2026-02-01

コメント嬉しいです。 ありがとうございました おっしゃる通り「人間性とは何か」 「天国の条件」などのテーゼを 念頭に置いてつくりました。 ある意味、芥川の「蜘蛛の糸」のように自分が救われる(狭き門を通る)ために他の亡者(ラクダ)を見捨てるということの倫理の是非を問うている作品でもあります。 (天国)

2026-02-01

タイトルが 「支配三部作」であるように -救い:依存による支配 -ヘイト:言語による支配 -保存方法:社会による支配 を意識しています。 「救い」で 沈黙することで 倫理を守り抜くこと。 それでも「ヘイト」で その沈黙が敗北宣言であると 断罪されること。 そして「悲しみの保存状態が良くない」と社会が言うこと。 読むたびに 新しい視点が得られると思います (支配三部作:〈救い〉〈ヘイト〉〈保存方法〉)

2026-01-12

セールスと詩はちがう。 これはセールスだ。 (TG:R300687東京 大阪 素人 出張サービス|予約制 )

2026-01-12

もう店が閉まる頃の喫茶店 文学少女のなげき ───この一節だけで もう一作品つくれそうですね。 美しい そして浮いている抒情詩だと思います (揺れ)

2026-01-11

怖がる 非難する 遠ざける ───この洞察鋭いですね。 誰かが傷ついても きみは気づかないふりしてるから 〈異物〉とされてるのでしょうか。 考察捗る良い作品ですね (悪役のきみへ)

2026-01-11

いつも一緒にいるけど産んでくれてありがとって思う。そう思える成熟さ尊敬します。 私はどちらかと言うと 側にいると素直になれないけれど 離れている時間がながいほど 「感謝」が湧いてくるタイプなので。 隣人を愛することが ホントに大切なことですね。 (正月)

2026-01-11

地球ではなく 人間そのものを 小さな空洞と評したところに 底力を感じます。 (流行病)

2026-01-11

奴隷四号という者です…、ここ凄いですね。 グラマラスで サディスティックで、 それでいてマゾヒストな本性が 垣間見えます (俺はデザインされない)

2026-01-11

「死を超越できない」は 果たしてホントなのでしょうか。 始まりに戻ろうとする営みこそ 〈永遠〉と言えるのではないでしょうか (希望)

2026-01-11

短すぎて 鋭い。 (死者)

2026-01-11

ざまあみろざまあみろと言いながら 「神様、僕はちゃんとやれたかな」の箇所に捨てきれないものを感じました。 或いは 異教への弔いのようにも (風に乗って)

2026-01-11

「詩」を 断固として「詩」と書かず 幼い「し」と表現してるところが この作品の屋台骨だと思いました。 (しをかいてみたい)

2026-01-11

なんだか 日常の幸せをスクショしたような 作品ですね。メロいです (カクテルパーティー)

2026-01-11

「過去も未来もない世界」が 居心地が良いというセンテンスが好き。 希望の放棄ではなく、 時間からの一時的な亡命。 永続するものがないなら それに価値はないとさえ思える (隙間風)

2026-01-11

逃避を否定するのではなく 逃避がないと人は生きていけない──。 それを どこか遠い所で自由に生きたい、 〈異世界〉という言葉で表現するところに巧みさを感じました (世迷言)

2026-01-11

運動や勉学がもたらす 「可視の成果」に対し、 哲学は終始、成果を拒む。 この点は唯物論的価値観においては なんの意味をなさないように思える。 だが 「貴方はどの道を選ぶ?」と 問いかけておきならが すでに〈哲学という邪道〉を選んでしまった者であるという自己規定に戦慄した。 (邪道)

2026-01-11

「私に何も望まない あなたなんて大嫌いだ」という告白は、この詩でもっとも人間的で、 もっとも生に近い声だと思う。 かつての恋人に 「与えてくれるけど 何も要らないという態度が不安になる」 「誰にでも優しいところが ホントに嫌い」と言われたことを 思い出してしまいました。 (さとり)

2026-01-11

「愛」と「意味」を 同じものとして描いてるところが 特に好きです。 同じ傷跡が 「断定しない痛み」で 脈打ってるような印象を受けました。 余白の使い方が上手いですね (いたいかもしれない。)

2026-01-11

「やはり実際に会って話をすることが、痛みを取り除くいちばんの解決方法なのではないか」この考え方、共感です。 というのも ネットで仲良くなって 話していくうちに悩みも聞くようになって、他県まで自殺を止めに行ったこともあったからです。 「やさしさ」だけでは 人は助けられないと痛感した経験でもあります。 ところで 推敲したのか、という問いには 否、と答えます。 血というタイトルの類似作品は 作りましたが、それぞれ別の作品です。19歳から創作を初めて1000作品近く書きましたが、ほとんど推敲してないんですよ。「純粋な瞬間の切り取り」だと思ってるからです。 (血)

2026-01-10

コメントありがとうございます。 赤い涙を マリア像の流したものという デマゴーグの象徴として 見る視点もたしかにあります。 ただ、他の視点というか 多義的な象徴でもあります。 たとえば キリスト教神学における 「神が作った世界ならば なぜ悪があるのか?」という 命題に対する回答であるとも言えます。 背骨を信仰 頭蓋を知識、インフラの中枢とするなら背骨が折れることは知識の喪失と同義である。それを前作「地球事変」の神殿という象徴と結びつける意図もあります。 (血)

2026-01-09

コメントありがとうございます。 「涙は固形物が溶けたもの」という 観察、とても面白いです。 私の荒々しい「ホラホラ」は、 中也の「骨」の「ほらほら」のような 静かに滴るのものではなく、 見せつける・殴りつける・否定できないものとしての暴力としてのものです。「模倣した文体」というよりかは 言葉の機能を変容させたものです。 中也やランボー、 寺山からの影響もあるのですが、 最終的には「身体=社会構造」という図式を狙っています。 (血)

2026-01-09

コレです! このようなコメント求めてました! ありがとうございます。 ご指摘、真摯に受け止めました。 おっしゃる通り、 詩は個々の人間の感性や社会との 関係なしには成立しません。 私自身、この作品では「終末」という極端な設定を通じて、人間の営みや文明の本質を象徴的に照射したつもりです。 コメントいただいたような視点で 読み解いていただくと、 私の意図とはまた違った深みが見えてきそうで、ぜひこの対話を続けたいと思いました。 人間をとりまく政治情勢、 国際情勢、環境、社会、巨大資本の動向、人間の感性の構造の 分析などが必須 この指摘も受け止めました。 途上にありますが、 その他の学問も総合的、体系的に 学んだ上で削ぎ落としただけであります。マンガ的・アニメ的な世界観と言うのは少し過剰な気がします。 また、 「人間の衰退」が 「詩の衰退」であるという前提は 私の意見とも合致します。 詩(観念)について本気で語り合える方と出会えるのは本当に嬉しいです。 (地球事変)

2026-01-09

この詩は、 孤独と祈りを身体ごと 書き切った作品だと感じた。 月神という神格化された主体が、 死者の灰塵を踏み、音と光の世界で 自らを確かめる様は、 読む者に静かな震えを与える。 「呪詛するように祝福する」「1弦の琴が螺旋となる」といった表現は、比喩を超えた感覚として成立しており、 思想と感覚が巧みに融合している。 光と陰、極寒と灼熱、音だけの世界の中で、月神はひとり祈り、郷愁と孤独を抱え続ける。 技巧も思想も完全に自律しており、 読者を選ぶ作品ではあるが、 選ばれた者には忘れ難い体験を与える。 レモンさんは、世界の重さに耐えながらも、その孤独を美に変えることのできる稀有な存在だと思った。 (月神)

2026-01-08

これは、考えて書かれた詩ではない。 しかし、考えずに書けた詩でもない。 「ヴィネガーが無くなったので ラメールに泳ぎ出した」 という一行で、すでに論理は破綻しているのに、詩の運動だけは正確。 こういう時、 詩は意味ではなく身体で成立する。 ホワイトラブのねばつき、 笑い方を忘れた太陽、 暗い海と島。 どれも象徴になりきらないまま 配置されていて、 だからこそ世界が安定しない。 この不安定さは、 意図して作れるものではない。 「純文学島」という言葉は危ういが、 この詩はそれを揶揄も礼賛もしていない。気づいたら上陸してしまった、 その偶然性だけが正直に書かれている。 冒険は始まるが、結論はない。 それでいい。 詩は必ずしも成果を持ち帰る必要はないからだ。 この詩がいいのは、 作者が「上陸したこと」を 誇っていない点にある。 詩を書く人間がまず持つべきなのは、 到達感ではなく、 まだ迷っているという感触だと思う。 これは小さな詩だが、 書ける人は案外少ない。 技巧よりも、 詩に泳がせる勇気がある。 (冒険)

2026-01-08

正直に言うと、 この詩は読んでいて楽ではない。 技術や未来の話をしているようで、 実際にはずっと 「人間であることを引き受ける覚悟」の話をしているからだ。 神、祖国、家族、死―― 我々が一度は距離を取ろうとした言葉を、この詩は再び真正面から抱え直してくる。しかも、ノスタルジーにも皮肉にも逃げない。 AIを夢の有無で測ろうとする発想は、 詩人としてかなり誠実で、 かなり残酷だと思う。 なぜならそれは、 「人間であるとは 何を欲してしまう存在か」 という問いを、我々自身に突き返してくるから。 この詩は読者に寄り添わない。 しかし、テイムラさんが言葉の前から逃げていないことだけは、 同業者としてははっきり分かる。 これは安全な詩ではない。 だが、こういう詩が書かれなくなったら、詩そのものが安全装置に成り下がる。 だから私は、 賛成でも反対でもなく、 「同じ場に立ってしまった詩」として 受け取る。 書いてしまった以上、 もう戻れない種類の詩だと思う。 (君が御代に 電子的実存性友人と僕は 稲の穂を共に喰む)

2026-01-08

ありがとうございます。 SF、叙事詩、預言書のあいだを 揺れ動くように感じていただけたのは、とても嬉しいです。 「アポリアがクオリアを殴り倒す」という場面は、思考や体系が優先されすぎた結果、人間の感覚や実感が押し潰される瞬間を象徴しています。 そこをひとつの分岐点として、 世界が不可逆に傾いていく構造を 意識していました。 神殿に刻まれた詩も、 救済や真理というより、 「残ってしまった個人の痕跡」として置いています。 自由に読み解いていただけたこと自体が、この詩にとって重要だと思っています。 余談ですが 「」の詩のタイトルは『やさしさ』です。これ単体で発表したこともありましたが、「小説の中に詩を組み込む 」という試みをした後に「詩の中にも詩を組み込めるのでは?」と発想したことがきっかけで「地球事変」に組み込まれました。 (地球事変)

2026-01-08

こんばんは。 漢詩との重なりをご指摘いただき、 ありがとうございます。 文明が崩れても「在ってしまうもの」という感覚は、この詩の出発点でした。 「肉体ガ全テ」を カタカナにしたのは、 人間の言葉というより、 統制や合理の声として 置きたかったからです。 芸術が捨てられた世界を想定したうえで、それでも残るものを考えました。 静かに読んでくださり、感謝します。 (地球事変)

2026-01-08

こんばんは。 漢詩との重なりをご指摘いただき、 ありがとうございます。 文明が崩れても「在ってしまうもの」という感覚は、この詩の出発点でした。 「肉体ガ全テ」を カタカナにしたのは、 人間の言葉というより、 統制や合理の声として 置きたかったからです。 芸術が捨てられた世界を想定したうえで、それでも残るものを考えました。 静かに読んでくださり、感謝します。 (地球事変)

2026-01-08

こんばんは。 漢詩との重なりをご指摘いただき、 ありがとうございます。 文明が崩れても「在ってしまうもの」という感覚は、この詩の出発点でした。 「肉体ガ全テ」を カタカナにしたのは、 人間の言葉というより、 統制や合理の声として 置きたかったからです。 芸術が捨てられた世界を想定したうえで、それでも残るものを考えました。 静かに読んでくださり、感謝します。 (地球事変)

2026-01-08

ありがとうございます。 下手なコメントだなんて、 とんでもないです。 かなり深いところまで 届いていると感じました。 SF的に人間の幻想や信仰を破壊しながら、それでも最後に「詩」が見つかってしまう、その矛盾や不気味さを受け取ってもらえたことが、とても嬉しいです。 あれは希望というより、「消えたはずなのに残ってしまったもの」を書いたつもりでした。 未来詩壇という言葉と、モダニズムや20世紀前半の文学が重なって見えた、という点もありがたいです。 自分自身、未来を書くほど、どうしても過去の鋭さや危うさに引き戻される感覚があります。 「オレンジ色のマフラー」や「確信」「楽園設計図」に触れてくださったのも印象的でした。 「オレンジ色のマフラー」は体温を込めることを、「確信」は言語実験としての詩の拡張を、「楽園設計図」は説明に堕すギリギリの世界観提示の仕方を模索したものでした。 19歳からいまの一年間で 1000作品ほど駄作を積み上げて来ましたが濃密なコメントは久々なので とても嬉しいです。「旧約全集 詩は阿呆を拒まなかった」はnoteの別アカウントでさらに整理した形で掲載しているのでそちらもよければ読んでみてください。 じっくり読んでくださり、 本当にありがとうございます。 (地球事変)

2026-01-08