まだ故郷にいて高校生だった頃
ボクシングの古い元世界王者にサインをもらった
それには「闘志」だか「情熱」だか
そんな言葉が書かれていて
今も実家の棚に粗末に飾られているはずだ
田舎道のガソリンスタンドに彼の姿を認め
田舎道の文房具屋で買った安い色紙に書いてもらった
「昨日テレビで見ました
感動しました」と僕は言ったのだった
どうも有望とは思えない一人の若い選手を
彼が指導するさまを撮ったドキュメンタリー
貧しげな母子暮らしの小さな借家や
情けない試合も映った
覚えやすい顔をしていてテレビに出れば
すぐに見つけられるのも当然だった
二十年前のチャンピオンは人懐こかった
僕はまだ幼くて見かけは
己の性格というものが曖昧で希薄だったと思う
そんな男子高校生のあらたまった態度に
元チャンピオンはやさしかった
「東京の良い大学に入りたいです」と僕は答えた
「おお頑張るんよ」と励まされた
僕は自転車で去った
帰り道に僕はこの田舎町の
皆が思うような野心的なことを思った
自分もサインを人に贈る資格のある人間になりたいと
そのためには人の目に見える栄光が必要だ
自分にもできるぞ
そう思いながらかばんの中の色紙について考えた
それは本当に心から欲しかったものだったのだろうか
名のある人のサインなら誰のサインでも同じではないか
それがたまたまあの元チャンピオンのものだっただけだ
僕は特に誰かのファンだったわけではない
ここにおいて不実であることを
僕は認めた
栄光
この短い人生においてそれにひたれるのは
ほんの一瞬であると言ってよい
現在の僕にはそれが分かる
なぜなら僕も過去にすでに栄光を手に入れ
今を生きているから
そしてその栄光も
あの元世界チャンピオンのサインのように
飾られてはいるが香りをともない
褪せてゆくことを免れない
栄光の累積が人類の資産となることは分かる
でも栄光そのものは他者のものでは決してなく
どこまでも自分だけのものだからだ
作品データ
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作成日時 2025-08-14
コメント日時 2025-08-27
#現代詩
#縦書き
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| 可読性 | 0 | 0 |
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2025/12/05 21時14分19秒現在
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こんばんは、 >>帰り道に僕はこの田舎町の >>皆が思うような野心的なことを思った この連が非常に映像としてよく浮かびますね。 サインの話はなるほど、と共感致しました。
0僕は、詩人の新井高子さんと菅啓次郎さんに、サインをもらったことがあります。その時から、 修羅の門を、すでにくぐっております。
0青春は眩しい。
0本物の社会不適合者か、わたしのようなプロ社不芸人が多いこの界隈で、yasu.naさんは普通にサラリーマンしてそうで(ここポイント)。一周回ってけっこう珍しいキャラだと思います。
0自分を納得させる為のサインでもあるのかもしれませんね。多分、多くの方がそんな感じなのかな。共感の強い作品かとおもいます
0返信遅くなりすみません。お読みくださりありがとうございます。 僕の故郷には進学校がたくさんあって、余所の都道府県の大学を目指す高校生が多いように感じます。でも、そんな感じがするだけで、地方の町ってどこもそういうものなのかなとも思います。 都会に出るのも良し、地元が一番と考えるのも良し、です。あの頃は夢でいっぱいでした。
0黒髪さん、コメントありがとうございます。 修羅ですか。死ぬほどの本気で詩の道に当たられているのですね。良き先達に接すると、人の気持ちもそう変わるかもしれませんね。僕もボクシングではなく文学の分野の人からサインをもらったなら、そんな心になったかもしれません。
1コメントありがとうございます。僕は自分の過去に取材した作品を書きすぎと言ってもいいくらい多く書きます。少しは事実を改変して書くのですが。生きてきた過去ほど豊饒なものは見つけられない、このことは僕だけのことではないと思いますが、でも書きすぎかもしれません。過去は僕にとって鉄棒みたいなもので、僕はいつも力いっぱいそれにぶら下がっています。青春は眩しいですね。
1この詩は作者のごくごく個人的な事象を素直に語っている。実存に満ち満ちていてとてもいい。第5連の悲しさが眩しい。できれば歌誌『帆』に転載したいくらいだ。
2コメントありがとうございます。社会不適合と言っても程度や種類があるように思われます。本物かどうか分かりませんが、この僕も実はちょっと?笑。何か書かないではいられない人間ではありますね(書くという行為はしょっちゅう苦痛を伴う、また、書けば煙たがられる)。何も書くことがない人が多いこの世間で、あるいは書くことから逃げる人が多いこの世間で。
0コメントありがとうございます。 第4連で、元世界王者にサインをもらったことを全然うれしくなかったかのように冷たく表現してしまいましたが、事実は少し違って、やっぱりプラスの方向に心は興奮したものです。珍しい愉快な経験でありました。でも生意気な冷たさも決してウソではありませんでした。
0中田満帆さん、ありがとうございます。 いま一度、この作品のテクストを調べていただいて、実行可能と判断されれば『帆』への転載OKです。その際には簡単にご一報ください。
0中田満帆さん、先日は評をありがとうございました。この作、ユリイカ9月号の佳作にはなっていました! 今日発売で、本屋に見に行きました。
2マガジンやジャンプみたいな少年漫画のワンシーンが思い浮かびます。 小説や漫画にしたら人気出そう(*´ω`*)
0コメントありがとうございます。人気出ますかね笑。 かなり前から映画、アニメ、漫画などの視覚を刺激するものからは遠ざかって生活していますが、昔は観たり読んだりしていたので、言われることは分かります。あと小説化ですか。もうこれ以上自分では書けないので誰かが勝手に書いてくれればいいなあ。詩と小説では筆法が違うと思います。この詩は人物の人格、環境、心、行動といったものに気をつけて書きました。こういうことは小説や漫画にも通ずると思います。
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