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啓蟄
朝まだき寒い盛りの我が庭は 白い石炭眠る採掘場 額に汗滲ませ雪かきをする 炭鉱夫が如き父の頭には初冠雪 男物の大きすぎる長靴に足を通し 滑り止めのスパイクをパチンと開いて 深々と ぶかぶかと 硬くなった雪を擦りおろしながら歩いていく チクチクと刺すような凍てつく空気が 本当に鼻先を刺しているみたいに痛くって 少しむかっ腹が立ったから 剥き出しになった霜柱を 腹いせに、ざくりざくりと踏みつけた 北国の朝には、カーンと静けさが響いている 淡く光る締り雪の畑には 雪解け水の泥はね模様 まるで風邪を引いた画仙紙のよう 柔らかく波打つ氷点下の毛布に埋もれて ジッと動かぬ布袋腹の白菜が だんまり仏頂面で口を噤んでいる 知らぬ間に自分ばかりが旨味を蓄えた この無口な無頼漢に比べて私ときたら 冬の眠りに疲れ果て 鶏ガラの体に痩けた頬と窪んだ眼 ああ 丸々ふっくらとした春待ち人に なんだか笑われているみたいだわ ぷくぷく、ぷくぷく、と 首元を青々しい新芽でくすぐる様な笑い声に この骨ばった腕と弛んだ皮膚が 急に恥ずかしくて、情けなくて、 あかぎれた手の第二関節まで 毛玉だらけのセーターを伸ばして隠した ああ春よ 春が来れば この冬枯れの乾いた体でも ふくれ面の白菜を土の中から引き摺り出して 煌めく春陽に晒すことくらい出来るだろう ぽ、と頬を膨らせた桃の花とにらめっこをしたら 可愛げの無いお前だってきっと ぽ、と思わず吹き出してしまうだろう 春はお前を揺さぶって ぜんまいわらびの自転車で 忽ちに芽吹きの喧騒の中へ連れ出してしまうのだから あの山の向こうでは そろそろ鶯が歌の練習を始める頃 私は鳥羽を詰めた子房の中で 春の皿に苦味を盛って 花の便りを待っている
啓蟄 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 800.6
お気に入り数: 0
投票数 : 4
ポイント数 : 0
作成日時 2025-03-13
コメント日時 2025-03-24
項目 | 全期間(2025/06/21現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
おはようございます。 農業は大変ですね。 (農業に限らずあらゆる生産者さんは) 仏頂面の白菜→良い表現だと思いました。 >春の皿に苦味を盛って 蕗の薹などの山菜ですかね。 苦いのが春の味という気がいたします。 ありがとうございます。
1啓蟄の雰囲気がタイトル通りにきちんと現れている、季節詩だと思いました。 『チクチクと刺すような凍てつく空気が 本当に鼻先を刺しているみたいに痛くって 少しむかっ腹が立ったから 剥き出しになった霜柱を 腹いせに、ざくりざくりと踏みつけた』 ここが僕と砂柳さんで違うだろうなってふと考え込んだ。 僕だったら何が何でも語り手の心を物悲しいものにして、霜柱という美しく輝くものに涙を流させるだろうな……って。
1北国にはまだまだ雪が残っていて、春が待ち遠しい、そんな気持ちが、しっかりと描かれ読ませる。とても上手い!
1雪国で育ってないからだろうが、凍てつく空気に「むかっ腹を立てる」という感覚をもったことがありません。 (これもまた雪国育ちではないことが起因する疑問) 啓蟄というタイトルがついているのですけど、作品のどこに啓蟄的なのか?まずそこに関心を持ちました。 白菜は中国からきた外来種で、中国からもってきたのは明治頃らしいですが、最初はうまく育たなかったみたいですね。「私」は白菜のたくましさに気おくれしてしまう。しかしタイトルを「啓蟄」としているのだから、希望もあるわけです。たんに劣等感や孤立感やらを書いているわけではなさそうです。 第一感では、書き手のなかのナルシズムがあって、それがいかにも「上手く」機能しているタイプの作品ではないかと見ました。話者は、孤立感よりも、なぜか自分の容姿の方を気にしている。そういうおかしみがある。 「ああ」のなかに、他者に見られている意識がある。だから完全に孤立しているのではない、「私」は完全には閉じきってはいない。この嘆息のなかに、他者の息吹がある。「ぽ」とかもそうですね。 ...とりあえず、ここらへんにしておきます(謎)
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