雲一つなく、澄明な薄藍色に染まった蒼穹をおれは
脱臼しちまった双肩で担ぐ苦悶に身悶えしながら、
隣に偶然居合はせた赤の他人に愚痴をこぼしては、
湾曲した蒼穹のその撓みの恐怖に打ち震へる。
シシュポスの如くその永劫に繰り返される業苦は、
しかし、おれが生きてゐる間は、それは誰にも代はれるものではなく、
おれは世界を支へてゐる幻想に酔ひながら、
何万屯もある蒼穹を背負ひ続ける。
何がさう決めたのかなんてどうでも良く、
おれのこの業苦は、先験的なものに違ひないと端から思ひ為しては
――ぐふっ。
と咳き込みながら、確かに隣に居合はせた筈の赤の他人に愚痴をこぼしてゐる。
蒼穹を背負ふおれの影は、地平線まで伸びてゐて、
おれも蒼穹に届くほどの背丈になったのかと
感慨深げに思ふこともなくはないのであるが、
しかし、そんなまやかしに騙されるおれではないのだ。
確かに
――重い。
といった奴がゐて、
それは偶然おれの隣に居合はせた赤の他人の言であり、
しかし、おれではないと思ひたかったのかも知れず、
また、おれは健忘症に既に罹ってゐたのかも知れぬのだ。
何とも便利なおれの意識状態ではあるが、
唯、蒼穹の眩い薄藍色に見とれ、惚けてゐたのは確かで、
そのずしりとした重さなんて、
蒼穹の美しさに比べれば、
何の事はないと思ひ込みたかったのかも知れぬ。
やがては必ず来るに違ひないおれの潰滅は、
一つの小宇宙の死滅であり、
おれが見てゐた蒼穹は、
永劫に此の世から失はれ、
しかし、倒木更新の如く、
おれが屹立してゐた位置に
必ずまた誰かが屹立する筈なのだ。
さうして、世界は受け継がれてゆき、
おれがかうして見とれてゐる蒼穹は、
何時ぞや誰かが見てゐた蒼穹とそっくりな筈なのだ。
かうして誰かの骸の上にしか立てぬ現存在は、
既に呪はれてゐて、
いつ何時殺されるのか解らぬのだ。
そもそも、現存在が此の世に育まれる受精時に
卵子も精子も無数に死んでゐて、
此の世に存在することは死屍累累の骸の上にしか立てぬといふことなのだ。
それでも蒼穹を担ぐおれは、
おれの位置を知りたかったのか。
それとも死者と語りたかったのか。
作品データ
コメント数 : 5
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お気に入り数: 1
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作成日時 2025-10-06
コメント日時 2025-10-07
#現代詩
#縦書き
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2025/12/05 20時15分50秒現在
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おはようございます。 >>そもそも、現存在が此の世に育まれる受精時に >>卵子も精子も無数に死んでゐて、 これは気づきを頂きました。 命とは強いのか脆いのかがときおりさっぱりわからなくなってしまうので、死の上に成り立つ生は果たして強いのか脆いのか 考えてしまいます。
0位置を知りたい、死者と語りたい、という気持ちで蒼穹を担ぐのは、非常に文学的な行為だと思います。つまり、読書と同じような構造ですね。そうした苦をも平気で担げる者だけが、高く飛べる者だと思います。先を見据えて、どんどん飛んでいきたいですね。苦しみを担ぐことは、若者の特権だと思います。苦悩の時代を経て、成熟された詩人になっていく道を、探されたらいいかと思います。
0コメントありがとうございます。確かに数多の死の上にしか生が存在しないという此の世の摂理は、酷くもあり、あるいは強いもののみ生き残るという摂理に従っているだけかもしれませんが、しかし、それならば命は儚すぎますね。生まれ落ちた後も生き残ったものが強いという摂理を試されているとしたならば、此の世の摂理は単純明快とは言え、だからなお一層不合理としか言い様がありません。そこに投企されてしまった以上、何としても生き延びるという意思のみは強くありたいと思います。
0コメントありがとうございます。黒髪さん流の叱咤激励と思い、精進を続け、一角の詩人になれる様な詩を書きたいと思っています。
1アトラスの苦悶なのかもしれません。蒼穹を担ぐ。シジュポスの如く。アルベールカミュにシジュポスを扱った小説か戯曲があったと思うのですが、この詩では蒼穹に届くほどの背の高さに。そして重さまでも。おれの消滅。使者と語りたかったと言う願望は決して大げさではないのかもしれません。
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