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こわい
盲聾の彼は、触手話を通じて、こんなことを言っていた。「心を見ている」と。彼は、ぼくと手を重ね、触手話するとき、指を震わせながら、こわい、と言った。 ぼくは彼に、極めて淡々と、慰謝料請求のお話をしていた。彼が、ぼくの妻と不倫したためである。妻もまた、盲聾であり、盲と言っても彼も妻も極度の弱視であって、何も見えないわけではない。ただ、彼のほうが弱視の度合いが強く、触手話を通じて、ようやくぼくの言葉が伝わるのだ。妻のほうはというと、目の前に手話を近づけ、ゆっくりやれば、伝わるといった具合だ。 ぼくは本当にため息が出るしかなかった。盲聾の人に慰謝料請求するという、正当な理由があったとしても、やはり人間たるもの、情けというものがある。結果としては、二年間に及ぶ不倫ということもあって、示談金は200万円に落ち着いた。妻はなぜか彼に対して憤怒しており、毎月8万5000円の支払いを要求していた。 それはさすがにきついだろう、ということでぼくの提案で、毎月4万円の分割払いできっちり200万円ということにした。不倫は最悪だが、彼が可哀想な気もする。しかし、何もしないわけにはいかないのだ。彼は盲聾の障害をもちながらそれなりに働けていて毎月15万円ほどの収入と一級の障害年金も受給している。だから、毎月4万円の分割払いにしたのは、自分でもけっこう甘い処分だと思う。 ちなみに彼は今も、ちっとも反省せず、ぼくの妻と連絡を取り合って、秘密の彼女としてSNSでアピールしているようである。ぼくがクソ忙しいときに、秘密裏で会ってもいる。ほんと、可哀想だなぁ。ぼくはInstagramもFacebookもやらないので、そんなクソみたいな投稿など目にすることはないが、彼が200万円の示談金をすべて払い終わって、肩の荷が降りたように安堵した頃合いに、上乗せの200万円を請求する。 何が、こわいんだ。お前のほうが、こわい。
こわい ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 774.6
お気に入り数: 0
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2025-09-30
コメント日時 2025-10-04
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
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| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
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| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


なんとなく、倫理観が終わっている世界の話を聞いた気がします。示談金という概念が僕には理解できないので(金で済ませるのか、ということ)、よく分からなかったのですが、とにかくいろいろあったので、混乱している感じがしました。それぞれの罪を、それぞれに背負っていくのは、難しい問題ではあると思います。障害が、何かを損なっているということは分かります。
0何か手堅い小説の様な。盲聾者を含んでいる内容なので、筆運びが慎重になったのかもしれません。
0類さん、こんにちは。 こわいって狐者異(こわい)に引っ掛けたのかなぁ、などと思いつつ、3人が3人ともかなり歪で、歪さが生んでいる関係が本当にこわいです。 人間ってこわいって言うのが作品感想の着地点でしたが、作品としては面白い作品でした。
01ミリも理解できない話でやっぱネット詩界隈って地獄だなって思った。
0黒髪さん、こんばんは。 痛みは本来、数字に変換できません。ですから、黒髪さんの仰る「金で済ませるのか」という嫌悪感を僕も抱いていないわけではありません。倫理的次元と法的・制度的次元が交わることなく並立しているグレーゾーンにおいて、"痛みを変換してしまった数字そのもの"で、加害によって生じた損害を、被害者側の現実に即して埋め合わせるしかないことの曖昧さ。しかしながら、法律自体が被害者の傷を癒すことはできません。どうしても我々の共通単位としての金銭に還元して処理せざるを得ないことの現実があるわけです。
1エイクピアさん、こんばんは。 人間の孤独と繋がり方の極端な形が対象のために、このような筆運びになったのかもしれません。根本的な人間存在の条件の問題よりも、誰もが絶対的他者であり例外なく普遍的であるとして、倫理的な責任の在り方を私自身、問い直してみたく、分かち合うことよりも消化不良の出来事を簡易的に記録しておきたいと思っていました。
0ronaさん、こんばんは。 誰一人として真っ直ぐな人間は存在しないと私は考えていて、ronaさんの感じられた怖さは、人間の直接的な歪さと人間関係の織りなす不可解な歪さに由来しているのではないでしょうか。そもそも他者とは絶対に理解不能な対象であり、それでも人は人を求めるという不可避な逆説の中で、人間関係の深淵を覗き込まざるを得ないことの脅威が「人間はこわい存在だ」という結論を導き出したのかもしれません。ronaさんにとってその"こわさ"は、近寄りたくない怖さだったのか、それとも、もっと覗き込みたくなる怖さだったのか、どちらにしても怖さの根本には、未知への欲望が隠れていると思います。
1おまるたろうさん、こんばんは。 他者は地獄ですからね。おまるたろうさんのそのコメントも地獄だなと思いました。
0>ronaさんにとってその"こわさ"は、近寄りたくない怖さだったのか、それとも、もっと覗き込みたくなる怖さだったのか、どちらにしても怖さの根本には、未知への欲望が隠れていると思います。 勿論、誰もが歪さを持っているよね。イメージ的には凹凸というか、それがあるからぶつかりもすれば交われたりもするんだと思う。 私がこの三人に感じた歪さは、私に無いものだからだと思う。人の妻と知りながら不倫する彼も理解できない。妻に対しては何のペナルティも求めない夫も理解できない。同罪のくせに夫の前では不倫相手に高いペナルティを求め、そのくせ裏では不倫関係を続ける妻なんてもはや宇宙人レベルで理解できない。 でも彼らに対しての探究心はある。それは理解できないものへの探究心。人間というものへの探究心であり自分の知らないものへの探究心だろうね。
0ご返信ありがとうございます。 ほんと、他者は圧倒的に他者であって、理解不能な存在だなと自分で書いていて思います。 人間そのものが深淵になった田中宏輔さんの詩を思い出しました。深淵を覗き込むことは云々とニーチェ大先生も言っていたし、気をつけなきゃなとも思います。 怪物にならないように。
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