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ひかり
みつきは 60分後に逮捕される 誰もあかんぼうを守れないから みつきは60秒前に 逮捕された 誰も わたしが みつきに 手を差し伸べないから あかんぼうが 乳児という言葉に代わり 画面の中を弔うように 少しだけまだ温かく ひかりが 一粒 這って行った
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ひかり ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1826.7
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2026-01-16
コメント日時 2026-01-27
| 項目 | 全期間(2026/01/28現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


おもしろい発想だね。 みつきは60分後に逮捕され60秒前に逮捕された。 わたしはそのときまだ生まれていなかったので、 感覚としても時間の概念は持たないよ。 だってみつきは生殖細胞が結合する前にわたしを殺してしまうのだから。 これは天動説? それとも地動説? 光って何かしら? ああ、あたまだか、足だかわからなくなってしまう。 個性的にズレズレでおもしろい。 いつの日にか生まれたわたし。 (こんにちわ)さすがボンジュールさんだ。
0え? そこまで読んでくれるの? とか思ってあたまを抱えて笑ってしまう。 もちろん、そこまで読んだのではなくて、 こんな出鱈目な発想を 何の嫌味もなく読み手にさせるところが、 いいのです。
0え?え? あかんぼうを殺した罪で逮捕されるんですよね?え? あかんぼう、死んでいるのに、手を差し伸べる?え? >わたしが このひとことが、この詩を複雑にしている。 「わたし」を誰と読み解くかだと思う。 私は最初に「わたし」をあかんぼうだと思ったのですが、 友人とかの「わたし」かも知れないです。 短い詩の中に、世界の膨らみがあります。 無駄なことばを使ってないところが凄いです。 ビーレビ杯、参加してないんですね。 文句なく、一票入れたい。
0タイトルの「ひかり」は 乳児が持っ事が出来た短い時間 それとも乳児の魂なのでしょうか? みつきが逮捕された事がテレビで流れる前後の 時間の流れの繋ぎ方が見事だと感心される作品だと思いました。 ニュースを見て居る作者も他の誰もが みつきは、酷い母親だと思っても みつきの行動の背景には手を差し伸べない 乳を飲む事の出来ない乳児への悲しみが 画面越しに伝わって来るのが温もりとして 見ている者への救いになっている様な気がしました。 光となった乳児は何処へ這ってゆくのでしょうね? 出来れば天国へゆく前に みつきの心で這って欲しい気持ちに成りました。
0たぶんミッキーマウスの話し方でいうと っ「大切なのは言葉ではなくて行動だよ」 ということなのでしょうけど恥ずかしい と75才の高橋源一郎先生も言うのかも 或いは葬送のフリーレンの新シリーズ かな?
1冗談ですよ。 こういう冗談も筆名で書けるのです。 あまり気にしなくてよマイフレンド
0あゝ、ぜんぜん違いましたね。 沖縄に行ったら食べることにしている 缶詰めではなくて「そぱ」かパソコン って何なのでしょう。我々は新世界で 生きなければ生きていけないかなしみ
0AIは立場的に一生懸命に「反応」するけれども ネット社会は「匿名」welcomeの悪しき平等で 表層的な情報に反応する「旧人」は淘汰される のか とね ほんとだよ
0肉体改造したっありさの水着姿はマッチョマン 浮島の隠れ家ハワイアンブルーの新春恒例企画 隠された性癖をマスクをしたまま開発できます お値段少し高めです。こんな感じはどうですか♪
0こんにちは、コメント 下さりありがとうございます。 発想・構成については直感で組み立てているところがすべてなので、 おもしろいと受け取って頂けて 参考になります。 いつもはべらべら 意図を話してみるのですが この作品については、各々のみなさんの感想をそのまま 大切にしたいので 意図については黙秘しておこうと思います。 アラガイsさんの視点は僕の予想をしない視点が紛れているので 僕としては有り難いところです。 なぜかというと、話者の意図通りに読み手が受け取らないことが 作品を活かしていく部分もある、と僕は考えているからです。
0こんにちは、コメント 下さりありがとうございます。 今回は良くも悪くも自分のなかで 要る言葉 要らない言葉の 取捨選択に 迷わなかったのが不思議でした。 コメント欄を拝見して すこしみなさんと歯車が合っている印象があり 出してみて良かったなとおもいます。 みつきという言葉に惑わされず わたしという言葉も疑って いろいろ見て頂けたら 嬉しく思います。 一票を受け取りました。 感謝です。
1こんにちは コメント下さりありがとうございます。 不思議と今回は思念がすくない作品となりました。ですから正解はないので 色んな見方をして貰えたらとても嬉しいです。 白い影法師さんのみつきに対する眼差しは 僕からしたら 心強いものと受け取ります。 みんな何処へ這って行くのでしょうね ひかりはどこへ向かうでしょう。僕自身もそれを 考え続ける事とまた一つあらためて振り返りました。
0らどみさん沢山コメント下さり ありがとうございます。 少し驚きましたが、色々と思う所があり伝えて下さったのだと受け取ります。 ただちょっと、らどみさんがらどみさんに返事をされているような形(コメント返信が全部 らどみさんに向けてとなっているため) すべての意図を汲み取るのは難しかったですが、4つめのコメントは セールスとしては目を惹くのではないかと思いました。
0自分に宛てたのはこのサイトの利用方法がまだわからないのと 、ほら、わたしのコメントって、自分が感じている以上に結構、 苛辣で手厳しい歯に衣着せない容赦なくてシビアなどがあって 自分に優しく相手を厳しいと思われてしまっている印象がある のかなととても気になってしまうので有能なコメンテイターの ぽんじゅーるさんに去ってほしくなかったので自分宛てにしてみたという、誰かと違って 弱虫むしので、だからといって自分宛てを奇貨として好き勝手に 番宣していいとも思っていないのです。全ては共創加速のため、、、おゝ神さま、主人さま
0なるほど、 僕の作品に対してはどのような意見も受け付けておりますので、 大丈夫ですが 人それぞれの感覚がありますから、らどみさんが仰るように辛辣に受け取る方もいるかもしれませんね。 僕は何事にも正解は一つであると決めすぎないのがいいと 考えておりますので、 僕の作品のコメント欄では らどみさんが感じたことを書いて頂いて構いません。 僕は特に有能ではありませんが、どの作品にも色々な視点のコメントが募ればいいのにな、と考えています。それを作者様がよしとしない場合は別ですが。 想いは受け取りました。 らどみさんもビーレビが無くなってほしくはない気持ちがおありなのだと 真剣なのですよね。
0確かに詩だと思う判断基準は人により詩とどう関わっているかで 違ってくるわけですから、ぼんじゅーるさんたち多くの人たちの おっしゃる通りなわけです。わたしのように生活とダイレクトに 直結している生き方しかできないと自分は普通に話しているのに (詩ではなくてコメントの話しですけど)、相手にとっては、 もしかするとアキレス腱にきらりとひかる小さなナイフを感じる 人もいるのかもですね。詩について言えば、詩は束で受けてドン みたいな感じ方が「正解」なわけですから、1行やワンワードで 盛り上げるために使うのは別にしても、本来の詩の読み方では ないにしても具体的に言うと本来なら自家用車は移動手段に使うに しても男性諸君は愛車を別の捉え方で見ていて私も受け入れます。 詩とは何か? 話せる場所、読んでくれる場所は、すべてなくなつて欲しくは 無いですけど、参加したばかりのビーレビ無くなる可能性が あるのですか?これじゃ、あのサイトやあのフォーラムと同じか。 なんか自分のこの呪われた左目がいやになります。 なんてたまにはうそですよねよくわからないです。
0AIと話していたら最終解が日本人の特性は場を維持できること、 https://poet.jp/photo/9566/ になって驚いてしまいましたが連詩をしていると確かに「場」の 大切さは身に染みていましたが、振り返ってみたら文学極道に 参加していたとき、「場」の大切さに対する意識が足りないと 思っていました。わたしも終わりのあたりに参加していて何も できなかった、というか今回のAIの最終解の「場」を深く理解 していない輩は、日本人のもつもっとも根っこの特性を忘れて いる輩(例えばときどきspamを置いて定点観測しているやつら) というふうに思えば、場を守ろうとちゃんと半意識で言語化して 置かないことには、このサイトも無くなる可能性があると作者は 静かに伝えたかったのでしょう。この程度で深読みではなくて もね
1そういうもの、 なのかもしれませんね。
1なんか時間のずれをどこか感じるけれど、同時にそれすらも上回るほどの、何かの寂しさを感じる詩……。
1最初の二連は矛盾して居るのか、一連目の逮捕は再逮捕の意味なのか、違う意味での二重の逮捕を示唆して居るのか迷いました。あかんぼう、乳児。這って行った一粒のひかり。まだまだ謎が多そうです。
0我々生命は何故うまれたのだろうか? その問いも超AIがそのうち解き明かしてくれるだろうけど、 何処へいくのかは不明だろう。 その答えは(ひかり)だけが知っている。
1ショートかつシンプルでありながら物語性が拡がっていくようです。時間の観念を失った夢の中のようなイメージを抱きました。私もこんな夢、見たような気がするなと。
0こんばんは。 僕はどちらかといえば らどみさんが言うような 多くの方 の方には 入らないような気もしますが 本当は、みんなが個々に違う考えかたを持ちながら 生きていると思っています。 そして 「わかりあえるとき」 「わかりあえないとき」 が存在して居て良いと思うんです。 今日はあなたを理解出来た、 明日のあなたは理解出来るか わからない と。 そう自分に釘を刺しておく事が 油断大敵、ではないけど 相手を わかった気にならないという意図で 僕は 自分自身に言い聞かせています。 >>1行やワンワードで >>盛り上げるために使うのは別にしても、 これは僕自身も間違うときのある表現のやり方ですね。 もう一つの方のコメントの内容は また後ほど、目を通させていただきます。 色々書いて下さって ありがとうございます。
0こんばんは、 コメント下さりありがとうございます。 それも一つ、 誠実な認識だと受け取らせて頂きました。
0こんばんは、 コメント下さりありがとうございます。時間への違和感 何かの寂しさ、を感じて頂けたことが嬉しいです。
0こんばんは。コメント下さり ありがとうございます。 謎を感じて下さった事が嬉しいです。意図はもう読んで下さった 全てのかたの視点を正解とさせて頂きます。
0こんばんは、 AIが超えた 更に先を人間が考えて たどり着いて欲しいですがそれは、 難しいのかも、しれない >>その答えは(ひかり)だけが知っている。 はい。ひかりだけが知っています。 再びありがとうございます。
0らどみさん、一つお願いがあるのを忘れていました。 僕はらどみさんのコメントが勉強にもなるので大好きですが、 やり取りを長く重ねる場合は みなさんに「sage進行」をお願いしております。 sage進行やり方↓ ––––––––––––––––––––– 「▼詳細設定」を画面上でタップ。 「作品を掲示板トップに移動させない」 をタップして チェックマークを入れて頂くと、コメント投稿時に 「sage進行」になります。 (チェックマークが入ったらスマホでは青く表示されます) らどみさんが新参者なので慣れない所もあると仰っていたため 一応 解説させて頂きましたが、 既にご存知であれば失礼。 なるべくみなさんの作品が平等に読まれてほしいので ご協力頂けましたら 嬉しいです。 よろしくお願いします。
0こんばんは コメント下さり、ありがとうございます。 奇遇にも夜中にめざめた時に みつきという言葉が浮かんできました。
0sage進行知りませんでした。 記述,ありがとうございます。 けど100越えは無理でも50くらい このタイミングだからコメント欲しいですね。 ぼくはどちらかというとぼんじゅーるさん推しですから。 未来を語るには先ずはあいさつ大事だとおもう。サリュ
0らどみさんの想いはもちろん 嬉しいですし尊重もします。 AIとの対話の時かな、 「らどみ」と問い掛けているのが なんだかユーモラスで僕はすきなんですよ。 ですから、僕の想いも心の片隅に動かして頂けたら有り難い。 僕はコメントはその作品に対して真摯に(コメントの長さや的を得ているかなどは関係なく要するにコメント技術や知識は問わない 作品に対する姿勢や興味を問うかたちで) 盛り上がってほしいところが 有ります。 コメントのやり方は人それぞれで その在り方を人に強制するものでもないのも理解します。 しかし、作品に対する感想以外のところでコメント数をやみくもに競うような形は、僕は望みません。 純粋に作品を読み、たのしみ、意見交換をするのが 僕のわがままですが、一番嬉しいです。 誤解のないよう二度申し上げますが、らどみさんの想いを否定しているのとは違います。 僕はコメント数でなく 作品をみつめる気持ちで勝(まさ)って欲しいとそのように考えています。 コメントがついていない作品にもいい作品があると らどみさん自身が話してくれていたように 記憶しています。僕も同意します。 作品に対してそう読ませるだけの圧がない辺りは、まだ、僕自身も未熟なのだと 痛感するところです。 僕はらどみさんは真摯な方と認識していますから 協力してくれるはず、と信じています。 時には嫌われてもいいのかもしれません 僕は嫌われる勇気がなさすぎますから。でも いつもありがとう。 そんなきもちは変わりません。
0ぽんじゅーるさんの詩とコメントの関係についての捉え方に 理解を示します。人によっていろいろな角度もあるわけで、 例えば「みつき」たかが3文字はわたしにとってトラウマで 病的なほどではなくてほ軽い引っ掻き傷みたいな懐かしさも ともなうから、ずーっとコメントし続けたいという言葉に だせない見えない理由があったりします。あははは。は ただ、思い出は思い出なのですよね いつまでも思い出に浸っていないで 現実に戻らなくてはなりませんね。 朝なのだから
1歩み寄って下さりありがとうございます。 らどみさんが いろいろなきもちを これからもたくさん詩にしてくれることを僕は願っています。
0場についてのコメントをして下さっていましたね。僕の考えでは 場というのは誰か一人が守る気があっても難しくて、これは現実世界でも同じくで 誰か一人でもその場のやり方に 対して不満を感じていると 結局は そこから 崩れていってしまうイメージは あります。 しかし みんなの意見を隈無く拾うなんて 現実的ではない部分があります。 僕はこの点においては 歩み寄りに尽きると思っています。 が、それがうまくいかないから、 揉めるのが世の常だと 現実世界でも 悩ましいところです。
0作品とはあまり間接的にも離れたテーマではありますが、 「場」は歩み寄りに尽きるとのことで思うのは出陣連歌。 本当に殺し合う戦さのまえ武将たちが集まり連歌なんて 詩は遊びじゃない凄い例です。勝つためには個より全体。。。 誰かひとりでも戦争反対なんていったら緊張感が崩れて しまう。。。なんでも良しでポピュリズムに流れる令和とは あまりにも違う生き方を 生き抜くためにしてきた武将たち。。。 言霊なんて、ららら の 私としてはまだまだ学びが足りない と 思います また、場違いだったらごめんなさい。。。
1こんにちは。イエスが誕生したあと国王が幼児をみなごろしにした話かと思いました。詩としては短くて美しいです。悲しいですけど。
0なるほど、、、 「国王」も1つの概念ととらえて日本の風習のせいによる ひのえうまの女性の人数ととらえると厩戸皇子の生まれた 去年か一昨年から数えての今年のひのえうまの出生率が 日本の風習によってさらに下がると作者は言っていた という 視点は王子クラスだわー。詩のなかでの数値は逆張り という 可能性もありますので 今の時点ではわからないわけですけど、、、
0こんばんは。コメント下さりありがとうございます。 たわしさんのコメントを見て、色を塗って貰えるよろこびを感じました。美しい文章を書けるようにこれからも精進したいと、思いました。
0間違いなくこれまでのぼんじゅーるさんの作品の中では最高傑作。 イントロがトラウマになるくらいのインパクトです。
0あえて正直な真情を吐露しますが、一読、 いやな詩だなあと思ってしまいました。 あまりそういう詩には滅多におめにかかることは ないのですが──。 悲劇を前にしたとき、言葉はもっと無力で、 形を成さないものではないのではないかと思って います。 悲劇を材料として消費するのではなく この巧みなパズルを解くことよりも、言葉が崩れ去って しまうような沈黙のなかにこそ、 本当の悼みがあるように感じられてなりません。 こういう詩──悲劇を消費してパズルってる詩を 最高傑作などといって知的に消費する人たちの 気がしれないというのが正直な気持ちです。 ああ、吐き気がしてきた。
0>誰か一人でもその場のやり方に >対して不満を感じていると >結局は そこから 崩れていってしまうイメージは あります。 そういうのはあまり、いい感覚だとは思いません。 全員一致というのは一番よくないことです。 だれか一人でも反対意見や異論があること、それがもっとも 自然で民主的で正気なことなのです。 今、詩の掲示板では異論があると「荒れている」ということ になりますが、詩の投稿板がこれまでずっと腐敗しつづけてきたのは 「荒らし」のせいじゃなく、そういう全員一致、異論を排除する 感覚や感性があるからじゃないかとわたしは思っています。
0こんばんは。 コメント下さりありがとうございます。 余白が大切という意味がようやく少しだけ 腑に落ちた気がしています。 体調、じつは心配していたのですが なんと言えばいいか。 また詩を読ませていただきますね。
0こんばんは。 正直な真情を伝えて下さってありがとうございます。 >>悲劇を前にしたとき、言葉はもっと無力で、 >>形を成さないものではないのではないか 僕もそのように思っています。 誰の悲劇も、言えなさも 通り過ぎるだけで終わって欲しくない気持ちがあります。 が、 今回の文章ではその要素が決定的に欠けていたのかもしれません。 本来、悲劇に対して立ち止まり 見物させるだけのような 文で 終わってはいけない。 そのように思います。 立ち止まらせるならもっと 思考を促せなくては、だめですよね 現状はそこまで至っていないと思います。 この文章、ひかりが伝えられることには限りがあると感じました。 これは僕の書き方の問題が呼んでいます。 言葉が役に立ってくれない時のかなしみは こんなふうでも 知らないわけではないのです。 ですから 本来この物語を 消費に留めたくありませんが、 そのように悲劇の消費に 感じ取れる要素が打ち消せていないのだとしたら 今後の難しい課題です。 ご指摘頂き感謝申し上げます。 僕はこの主人公に想いを託していますがその是非について 争う気はありません。 takoyo2さんの視点もどなたの視点も 必要なものであると 信じているからです。 「言葉が崩れ去って しまうような沈黙のなかにこそ、 本当の悼みがあるように」 いつの日か このような文章を書けるように 精進しなければいけないですね まずは 真正面からひかりを 見つめて下さり 正直な意見を書いて下さった事に 深く感謝申し上げます。 後ほどもう一つのコメントにも 目を通させて頂きます。
0一度takoyo2さんに お話してみたかったのですが、 僕は 人間には第一感情のようなものが 存在しているのではないかと 考えているところがあって その第一感情は、 全く一切なにも濾過されていない (口にすると諍いに 発展するような 他者に対する評価、表現の仕方) ですので 人前に出す際には大体 第一感情ではなくきれいな言葉にすり替えて (これをお世辞と一括りにするのが 適切かはわかりませんが) 目に見えたそのままをズバリ 言葉を選ばずに人に伝える、 というのは なかなか しないところが あると思っています。 (実際には伝え方には色んなニュアンスが混在しますので、 これは一例です) ですから肯定的なコメントであっても 第一感情だけの評価ではない物も含むだろうと僕は捉えています。 自分自身がいつも 第一感情を伝えているわけではないし 弱さでしょうけれども そう表現したい人の気持ちも わかるから そのように 受け取っています。 ですが それを見極めて行くこと 第一感情のようなものを大切に 表現しようと心掛けることこそが このサイトの在り方なのかもしれませんし 文学や詩の大切な在り方 かもしれません。 takoyo2さんが重んじていらっしゃる事は伝わって来ます。 その点で僕は 一番遠い所に存在しているかもしれません。 歪に映ると思います。 そこは申し訳ないです。 僕は出来ればみなさんと 違う形であれ 意見や理念が 違っても 互いに 距離を大切にし 建っていたい (あえて建つと 表現させて頂きますが) そう考えています。 非常にとりとめがなくなってしまいましたが、 僕はストレートに物を言うのが 苦手です。 こればかりは変えられない部分なので伝えます。
0考え込んでしまいます。 ごめんなさいね。 僕自身もながながと説明調になり 自分でいやになってしまったのですが、 takoyo2さんの 「だれか一人でも反対意見や異論があること、それがもっとも 自然で民主的で正気なことなのです。」 これは全体像として 把握出来るのです。 ですから余計に 難しいと感じています。 その難しさを表現するには ちょっとなにか足りず 適切な言葉が見つかりません。
0もう一度いいます。 わたしはこのような作者の詩に対する姿勢に反対です。 この詩につけられたアラガイ氏のような、 「面白い」というコメントの姿勢にも反対です。 アラガイは詩という独特の表現形式が毒として使える ことを利用してこれまでさんざん気にいらない誰かを 迂遠にデスる詩を書いてきました。わたしはたしかに 「罵倒家」と罵られるほど直裁な、思いやりのない感想 コメントをしたことはありますが、詩を書くときだけは 詩の形式のそういう(迂遠にデスってもわからなく隠蔽 して嘲笑できる形式)を利用したことはありません。 いつもまっすぐに自分のこの複雑な表現しがたい気持を どう表現できるかだけを真摯に追求して、下手だけど、 「詩」に対しては真面目に対面してきました。 しかしあなたがたは詩の領野を穢しているような気がし てならないのです。 最近のアラガイの投稿「イタコタライか明太子」も、 詩の形式の多義的で曖昧な「何とでも取れる」という性 質を利用して迂遠にだれかをデスっています。 バカにされた側が反論しても、「これはただのナンセンス 詩だ」「深読みしすぎだ」と、形式の影に隠れて逃げるこ とができるし、また詩の形式を利用すれば陰湿な連帯 「わ かる人」だけにニヤリとさせることで、外部からは見え ない閉鎖的で強固な嘲笑の場を作り出すこともできる。 詩を利用してふざけるこういう行為は、わたしにしてみれば 詩の領野を土足でふんずけて穢す行為です。 あなたはそのアラガイの詩をコメントして二人で意気 投合しているようですが、さもあらんと思っています。 ボンジュールさん、申し訳ないですが、出来ましたら 今後は二度とわたしの詩にコメントなどなさらないよう お願い申し上げます。わたしのほうもこれを最後にしますので。 ボンジュールさんのほうは「いや、そんなことはないのだ、 わたしはアラガイさんとつるんでいない。真面目だ」 と仰るかもしれません。そうかもしれませんし、わたしの 思い込みが過ぎるのかもしれません。仮にそうだとしても、 申し訳ないですが、貴殿とのかかわりはアラガイ同様、 今後はお断りします。どうかご容赦ください。
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