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星を抱き、酒精に口づけ。    

作成日時 2019-08-13
コメント日時 2019-08-24

a  一夜かくりよ 人さえ酔いし  微か恋の 今宵のよすが  移り気 雲影 乱れる星座ほしに  袖へと隠した 細き三日月 b  ここに集った誰もが平等にグラスを傾け、博愛なる酒精より絶え間の無い慰めを授かり、沈みゆく意識を濡らしていた。  心の底をゆうらりと揺すられるような癒やしは、どんな慰めにも代えがたい。  それは、指の先で淫蕩に溺れたがる本心を探り当てようと執拗に奏で続けられる二拍嬌声、肌の表層から心の感覚神経だけを摘まみあげられるような快楽とも違い。  もちろん、日陰に咲いたインパチェンスの薄紅に似る高揚した肌で蜜を結び、漏れる吐息を交わし合い、自我を天へと帰して繋がる原初の悦楽とは根底から違い。  酒精はひたすらに甘やかす。  止まらない時を追って、いつの間にか大人びてしまった心に灯る精製された青いともしびを、あの頃の真っ赤に盛る幼い炎に戻してくれる。  そんな、聖母が揺らす揺り籠のような癒やしを、琥珀の液体は与えてくれるのだ。  誰もが思い思いのグラスを傾けていた。  夜を語るにはまだ早いのかも知れない。  だが、冷めたシーツに一人転がりたくないのなら、そろそろ彼女の黄色いピアスに甘く響く口説き文句を、隠した後ろ手に結い始めないといけないだろう。  そんな時間。 c  眩いライトに艶めくフロア。  他者に対してマウントを取りたがる連中を集めたらしい。にわか作りのでたらめバンドが、宵の始まりを告げるのだった。  鋭く大気を振るわせながら音にプライドを乗せていたギターが、ボディブローを狙うフックパンチの一音を弾き、余韻の揺らぎに霞んでいった。  だが、激しい音だけでは懐深くに響かない。酔客の心を落とすには、まだ足りないのだ。  残響が散り逝く間際、沈黙していたベースがギターの名残を拾った。  響き始めたベースの音は、大海原を渡り行く波の重さによく似ていた。  浮いては沈み、海一面に光と影の綾を織る。  その紋様が、この世界の在り方を示すのだと言わんばかりに。  先を行く一音の残滓に触れるように、次の一音が後を追う。  音を重ねていくベース。  胸を拳で突かれるような厚みのある響き。それは、舞台の上で自己陶酔するギターの鋭さや、ひたすら高みを目指して積み上げられていくドラムの力強さとも異なり、浮き上がることを許さないような強引すぎる引力を持った音だった。  広がるべき力を全て深みへと向けたかのように。  波が届く世界の全てに、くまなく己の息吹を宿す。重力に従い、制され、世界に生きる者は呼吸を強制されはじめる。  支配というのだろう。  ベースのソロパートが終わった。  他の音が戻ってくるが、彼らはすでに支配下に置かれている。  重い波が小さくなる。  音階に立つ全ての命が、生きる場所を見失ったかのように漂流を始め、身勝手な重力を、波の揺らぎを渇望するのだ。  あれだけ粋がっていたギターは、創造された舞台から逃げ出せず、好きに抱いては離れていく波に酔わされ、熱に冒されたような艶を帯び始めていた。  孤独で寡黙なドラムさえ、飲み込もうと迫る音に惑い、ちらりと逃げ場を視線で探る。だが、孤高であり続けることに囚われた者に、逃げ道など無いのだ。  確実に、正確に積み上げていくドラムの音は、ひたすら高みを目指して登るが、その下方から、ベースの波が積み上げられた音を飲み込み、大海原へ沈めていく。  いよいよ、スティックを振るう腕が暴れる。長い髪を振り乱し、孤高、孤高と自分に暗示を掛けながら、高みへ。高みへ。  高さが生まれるはずも無い。  大海原が有しているのは、星さえ飲み込む遙かな包容力なのだ。  ***  あれだけ必死に積み上げたのに、膝に飛沫が当たり始めた。  気が付けば、堕ちたギターが隣に並ぶ。陶酔に濁る瞳や、淫蕩を望むだらしのない唇が形作る表情は、酷く心地よさそうだった。  ああ、そうか。  飲み込まれれば、星と一つになれるのか。  波にたゆたう幼子でいられる。  曲が終わるまで保てなかった矜持が、返す波に浚われた。  彼女がベースを肩から下げて、一息に飲み込もうと歩いてくる。俺は静かに鼓動を刻み、嚥下されゆく時間を作った。  彼女の手が伸びてくる。  撫でる指が、楽譜を捲った。 『planet of Aphrodite 』  今夜、彼女の選曲でステージは運ぶ。  ***  大海原が放つ重力に飲まれたステージ。  操られているように身体を揺らす演奏者たち。その狂っていく様は、ひどく美しいものだった。 d  舐める琥珀の香りは遠く、いつかの恋を呼び覚ます。  何年かぶりに、人肌が恋しいと思ってしまった。  隣に気配を感じて振り向く。  花なりと繊細な香水が、遅れて意識をくすぐった。 「乾杯、させてもらえません?」 「何か嬉しいことでも?」 「貴方の背中が懐かしくて」  初めて会った彼女の瞳は、昔に千切れたブロンドの鎖を思わせた。  それが良いことなのか、悪いことなのかはわからないが、博愛主義者のウィスキーが、私たちを責めることなんか無いだろう。  グラスの底を持ち上げて、そっと静かに傾けた。 「二人の星座に、乾杯」 「あら、星座に? その星たちは、どんな想話そうわを描くのかしら?」  首を振った。  視線を捕らえる。 「これから二人で描くのさ。今夜限りの星空を」  硝子の重なる小さな音が、雑踏の中に消えていくーー 『そんな夜のひとときを、港の酒場「アフロディーテ」で味わいませんか?』  ******* e 「…………大衆酒場が何言ってんだよ(笑)」  先輩の愚痴を聞き流しながら取ったメニュー。  その裏面、バイトの子でも書いたのだろうか、細かな文字で書き殴られたお店の売り文句に、一人でにやにや笑ってしまった。


項目全期間(2019/08/25現在)投稿後10日間
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2019/08/25 07時33分02秒現在
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コメント数(5)
千才森 万葉千才森 万葉 (2019-08-13):

くどい…… 久しぶりにこんなくどい文章を書きました。 a=詩 b=詩的比喩? c=詩的描写? d=詩のような言い回しをするキャラクターが出てくる小説 e=小説(オチ) 意識しながら書いたわけでは無いんですけども。結果として、そんな区別になりました。

月隠緯檻月隠緯檻 (2019-08-14):

こんにちは。 タイトルに惹かれたので、拝見させて頂きました。 すごく素敵な内容だったと思います。 特にaの部は、心に響きました。 ありがとうございました。

千才森 万葉千才森 万葉 (2019-08-15):

月隠緯檻さん こんにちは。お読みいただきありがとうございます。 コメントは付かなさそうだなと、半ば諦めてました(笑) オチを付けたのが悪かったか。 タイトルは完全にわたしの好みで書いたので、どうかなーと思ってましたけど、目を引けたのなら良かったです。 aはわたしも気に入っている部分ですね~。言葉遊び重視で、深い意味とか無いんですけど、こういうのは書いていて楽しいです。 こちらこそ、ありがとうございました。

月隠緯檻月隠緯檻 (2019-08-21):

千才森 万葉さん。 いえいえ。 とても勉強になりました。 本当にありがとうございます。

ふじりゅう (2019-08-24):

2ヶ月連続でのご投稿ありがとうございます。 優れた作品だと思いました。アルファベットと共に綴られていく詩句、そこに感じる確かな文才もさることながら、お酒の描写などひとつひとつの表現が非常に美しく感じます。かつ、「どうだ、こんな表現が美しいだろう」というような、筆者の自己主張を感じる痛い表現などでは全くなく、確かな技術力を土台として、さらりと書いている点が魅力的に感じました。オチも個人的には好みです。一瞬で現実に引き戻されるような感覚。引き戻されたあと、ニヤニヤしながらもその文章を眺めている主人公。この構図がなんだか滑稽ではあるものの、オチによって判明するこの文章の所在、ここにリアリティを持たせる辺りの発想力がとても好きです。

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