作品投稿掲示板 - B-REVIEW

千才森 万葉

投稿作品数: 11
総コメント数: 90
今月は5作品にコメントを付与しました。


沙一 さんへ お読みいただきありがとうございます。 ………はぇ?……………えええええええ!? あーーーーーーーーーーーー!!!!!ほんとだ!わたし過去に載せてますね。。。 うわー、申し訳ないです。新しいのを持ってきたつもりだったんですけども。この、やらかしてしまった恥ずかしさで詩を一編書けそうです。 (あんまり動かしてない)ブログに載せていただけだと思って、倉庫にあったのを弄ってから持ってきたんですよ。ちなみに、この作品を選んだのには理由がありまして。月初のビーレビは間違いなく殺伐する踏んで、その中に紛れてもコメントを書いてもらえそうな物を、と考えた末の選択でした。思った以上にコメントをもらえて嬉しく思っています。 洗練されてました? ありがとうございます。仕事をサボって弄ってた甲斐がありました(笑) オムニバス。そうなんですよね、わたしは文章量の多い作品の方が世界観に浸れて好きなんですけども、オムニバスにしてしまうとコメントは少なくなりがちですね(もちろん成功されてる他者さんの作品もありますけども)。逆に、1本であれば、文章量が多くてもコメントを頂けているんですよ。定点カメラにしても、まさかの渡辺さんに刺さって一発目にコメントを頂けたので盛況に終えられましたが、皆さんの評価は低かったですね。投票結果を見ても同じ月にあげた『道理』の方が票を獲得していましたし。もちろん、賞を狙うだけが詩を書く理由ではないのですが、どうせなら高評価を得たいです。 視点の分散は確かにありそうです。個人的には、好きな作品と好みではなかった作品が同時に並ぶせいもありそうだなと思っていまして。プラスとマイナスを足したら、普通になっちゃって評しにくいとか。 混沌とした作風も頑張っていきたいなと考えてはいるんですが、前作と同じ手は使えないですから、どうしたものかなと。わたしの場合、混沌作品は運も大きく関わるようで、頭で考えると混沌にならないんですよね。 実は『ゆれるポニーテール』も読ませてもらったんですよ。読みやすくて入りやすい作品でした。良い作品だと感じました。迷い家、懐かしいです。このサイトにおっかなびっくり作品を載せた時のことを思い出します。 うーん。馴染みの皆さんの所にコメントを書かせてもらいに行きたいのですが、ただいま大物に取り組んでおりまして。それが終わりましたら、御作にも伺いたいと思っています。その時はよろしくお願いします。もし、のちに短詩が投稿されたら失敗してやんの~と笑ってやって下さい。 コメントへのお返事は書きに来ますけどね。 ではでは、申し訳ないですが水面下へ沈んで参ります。 (狐、被ります。申し訳ないです) (秘伝の口上レシピ『大根の誰うま煮』)

2019-12-05

藤 一紀 さんへ おおっと大変失礼しました。お名前に さん が抜けておりました。 (秘伝の口上レシピ『大根の誰うま煮』)

2019-12-03

 /舜舜 さんへ お読みいただきありがとうございます。その株式会社、中身は真っ黒そう(笑) 今回、美味いのはわたしじゃなくて大根のほうでした。何の気なしに大根役者をネタにしたんですが、まあ、言葉が出てくる出てくる。ここまで行が伸びると思っていなかったので、書きながらビックリしました。言葉の素材自体は、かつらむき、千切り、ぬかずけ……まだまだありますし。言葉が多いと言うことは、それだけ人と大根の繋がりが強い証なのでしょう。  歌詞はどうなんでしょうね~。わたしが書くと文章になっちゃいますから。歌詞は文章とあまり相性が良くなかったり、難しいです。  帆場 蔵人 さんへ お読みいただきありがとうございます。  ああ、料理上手な方の登場! そうそう、昆布はグツグツやってもいいことないですよね。わかってはいたんですが、その言葉の収まりの良さについつい…… 空きっ腹にも、空いた懐にも染みそうな作品になりました。もう少し、味覚を刺激できるような味に仕上げられたら良かったんですけどね。当初、悲哀をテーマにしていたので、こんなテイストに。  藤 一紀 お読みいただきありがとうございます。 そのお話は初耳です! 面白いですね~。今は食べ物の種類の多い時代ですけど、役者がエンタメを背負っていた江戸時代なんかじゃ、大根はかなり重宝されていたんじゃないかと思いますし、大根役者が万能役者の意味を持っていたというのも十分納得がいきますね。 アンパンマンの各キャラに歌が!それは楽しそうです。こっそり混ぜてもらえないかな~。とそこまで考えてですよ? まてよ、際限なくキャラを増やし続けているアンパンマンシリーズが、『大根役者』なんて使いやすい名前を放っておくだろうか、と考えて検索してみました。 居ましたよ!大根役者(笑)しかも、めっちゃ二枚目でした。この歌に全く合いそうにない凄いイケメン。残念。 (隣に映ってた、かまめしどんの方が似合いそう) 萩原 學 さんへ お読みいただきありがとうございます。 さて、難しい問題ですね。どこかで聞いたのですが、子供の頃は内臓がまだ強く育っていないので、少しの毒にも敏感に反応できるように味覚が鋭敏になっているそうです。なので好き嫌いが多い。歳を重ねるごとに鈍化していくわけですが。(年配の方が「昔の野菜は美味かった」と仰るのは、そうした理由も有るとか無いとか)大根には独特の辛味がありますし、味覚が鋭い頃は苦手意識がある人は多そう。 それか、2本食べようとして挫折したのがトラウマになったとか? ちょっと徒然草を調べてみました。 子供の頃、文学作品に全く興味がなかった自分は色々と出遅れていますね。 (秘伝の口上レシピ『大根の誰うま煮』)

2019-12-03

 お邪魔します。  んー、わたしは好きな作品です。何処がと言われれば困るのですが、人物としての核があるからでしょうか? 思いの強さがリアルに伝わってくる感覚が個人的には刺さりました。詩の技術的にはどうなのかわかんないですけど、扱っている感情や挙げているやりとりが、現実味に富んでいて好きですね。まあ、飛躍がないと言ってしまえば、そうなのかもしれませんけども、んー、でも気に入りました。  最後をもっと強く惹き付けて締められたら、作品の魅力は増すんじゃないかなと。あと、題名ですか。ちょっと弱かったかも。 (わからない人)

2019-12-01

お邪魔します。 うん、難しい。難しいんですが、作者さんの作品の中では雰囲気を掴みやすかった気がします。何作品か読ませてもらっているのですが、実に難解で。ただ、読み解けているのかと聞かれると、まだまだと答える他ないのですけども。  この怪しい雰囲気の中に「水利に揉め」や「鍬をひく」と言った言葉が入ってくることで、一気に現実世界が混ざってくる感覚が楽しかったです。わたしは現実世界ではない世界を描くことも多いので、こうした異なる世界を混ぜる面白い手法は参考にしたいなと思いました。  神妙な面持ちで読ませてもらいました。 (行燈を灯す、)

2019-12-01

 ボーロを食べながらお邪魔します。  何だか不思議な作品です。わたしにとっては詩全般が生き物が残した不思議な跡なんですけども。異常な情景をシンプルな言葉で描いているんですが、使っている技法はどこかまじめで、そのバランスが妙な世界を作り上げている気がします。多分。  二行で構成されている連は読者に予測させない回答を用意していて、全体の流れも分かりやすいんですが予想は許さない。最後は逝ってしまいますが、確かに存在感を残していて、詩の死に逃げではなくしっかりと余韻を残した終わりになっています。そういうところが凄く真面目な作りなんですよね。  歌を聴かせてもらって。男は何かを成したかったんだろうなと思いました。もしかしたらオリオンに成りたかったのかもしれません。せめて肌色の空にオリオンとして残りたかった。女性の方に思惑が伝わったのかはわかりませんけども、その曖昧さも男の生き様のよう。そんな風に感じました。  このシーンだけ切り取れば異常に見えるんですけど、きっと2人は正常なんだと思う。情の濃さがグロさを覆っていて、消滅していく最後のやりとりに、しっとりと浸れた作品でした。 (「オリオンの消滅」)

2019-12-01

 お邪魔します。  詩の評価って好き嫌いも多分に関わってくるんだろうなと思う今日この頃です。  すごく読みやすくて伝わりやすいですね。表には直接出していない含ませている感情も良く伝わってきます。上手なんですよ。その上手さが強みであり、また、欠点ともなり得る気がしました。断片を繋いで作る詩文に比べると伝わりやすい分、作品を読んだ際に思い描く登場人物達の心情の幅が狭くなります。読み違いが起こりませんし。  作者さんの作品はいくつか読ませてもらっているのですが、コメントが付く作品とあまり付かない作品とに二分されている印象で、それは読者の肌に合うかどうか、感情移入できるかどうかの違いなんじゃないかなと考えました。  この感情を受け取って欲しい、思想を理解して欲しい。そんな作者さんの心の声が伝わってくるような作品が多い気がします。表現するというよりも伝えようとすることに重きを置いた作品。主観ですが。そうすると、壁に掛かった作品を眺めるようには読めず、読む方も受け入れるような心構えが必要になります。詩の色や形が好みであれば受け入れやすくなりますし、合わなければ躱されてしまう。  合致した時は凄い共鳴作用が生まれる作品。  この作品からは男性の心情や考え方が送られてくるのですが、その贈り物が読者の肌に合うかどうか、これにより大きく印象が変わると見ます。  個人的には、前を向くことに心血を注ぐ男性らしい自分本位の考え方が、ちょっと肌に合わなかったかなと。付き合わされている女性に同情してしまい、繰り返し語られる男性の考え方を自分勝手だと思えてしまって作品に入り込めなかったんですよね。もし、それを狙っていたのであれば成功しているんじゃないかなと思いましたが、はたして読んだ人が楽しめるかどうか。 >煙草ばかり口にする僕に >君は言った >「なんでそんなに吸うの?」 >僕は言うなれば >革命を欲していたのだ  この表現が凄く気に入りました。読んでいて、煙草と革命がピシャリと繋がったんですよ。  わたしは寂しさを覚えた作品でした。  (愛の試験)

2019-12-01

 お邪魔します。  どう言いましょうか、どうしようもない、やるせない気持ちになります。  コメントを読ませてもらってから読み返して、「そうか、広がっていたのは真っ青な闇だったのか。だからどうにもできないのか」と、更にやるせない気持ちに。  老人が時に子供のようになるのは、私も知っています。対応を学んでいないとどうして良いのかわからなくなる。しかも老人の対応なんて、いざ老人が目の前に現れないとなかなか学ぶ機会も無く、学ぼうとする気も起きず。とは言え、実際そういう事態になってからでは、学ぶ時間も取りにくいですし。少子高齢化の社会ですから、高校あたりで老人に対する接し方を学ぶ授業があってもいいのかなと思いました。  などと、つらつら考えたくなるほど、やるせない気持ちに。  誰も悪くなければ、幸せであると言えるのか。老女は悪くないんですよね。きっと。幼子の行いを悪行とは言えないように。でも、幸せではないのはきっと手法を間違っているから。手の形を間違っているから。  そうそう、老人と話す時は正面からしっかりと目を合わせると良いそうですね。そういう所も、子供と一緒なのかもしれません。  なんだか作品の批評から離れてしまい、更に暗いコメントになってしまいました。ご容赦下さい。  枯れ葉がね、印象的でした。いつまでも印象に残っています。    (蒼穹)

2019-11-30

 お邪魔します。  survofさんが、独自の特異な文章で書かれる作品は、非現実の話の筈ですが、なぜかわかるんですよね。現代詩っぽい作品の多くはわからないわたしですが、この作品に書かれているお話はわかります。わかっていないんですが、わかる気がします。というよりも、当たり前のことを話しているように思えてしまうのです。『ソナチネ』や『うつつ』もそうでした。「うんうん」という感想を抱いてしまいます。んー、好きなんでしょうね、この世界観。  散文の文体がそう思わせるのか、口調なのか。理屈が通ってしまう感じです。この作品は文章の並べ方が効いてるのでしょうけど。現実と幻の境目から、ほんの一歩だけ現実側に置かれた世界。手で触れられる幻。作者独自の世界を構成できる文章はやっぱり強いです。  最後、街中に視点を置いていますが、部屋の中から眺めているまま終えるのはどうだろうかと思いました。それまでの視点が部屋の中かどうかは定かではないですけども。カーテンから透かし見る視点があったのでそうなのかなと。  窓から街を見下ろす様な視点で。  口調からの単純な連想かもしれませんけど、主人公はアンドロイドじゃないかと感じたんですよ。皮膚もあるし、時計さえ内蔵されていないのは変ですけども、人とは違う印象を受けました。そこがまた不思議な魅力でした。 (ある夕刻)

2019-11-30

 お邪魔します、とお邪魔に来たのは良いけれど……。  なるほど、翻訳ですか。英語は中1の教科書で挫折しているわたしにはコメントが書けそうになくて、残念。まず、元の作品を味わえないことには、どうにもこうにも、ですからね。  訳された翻訳作品も、内容は元の作品に沿っているわけで、内容を評しても作者さんが不在じゃ仕方がないですし。翻訳における表現方法に対して感想を書きたい所なんですが、英語がわからないことには、どこからどこまでがオリジナルの表現なのかがわからない。  うーん、何となくですけども、原作に囚われすぎず、もっと自己表現を入れてみても良かったんじゃないかなって思いました。翻訳としては正しいのかもしれませんけどね。 申し訳ないです。これは英語に強い方のコメントを誘うために、トップへ押し上げるだけになりそうです。 『Hervé Riel エルヴェ・リエル』のほうは臨場感がありますが、こちらの方が言葉の扱いが凝っているように感じました。   これからの時代の流れを見れば、英文を用いた作品も増えていくのかもしれませんね。うーん、英語かぁ。学校では全く覚える気がなかったですし、覚えられるとさえ思わなかった。  まあ、わかんないってだけじゃ面白くないですから、ちょっとだけ。  翻訳された作品を参考にしながら、わたしも猿真似で1だけ翻訳してみました(1だけでいっぱいいっぱいでした)。元の作品が韻にこだわってる事だけはわかったので、わたしも字面にこだわってみました。他の手法はわたしの語学力じゃ読み取れなかったので。 1, 私が鐙に足踏み飛べば、ジョリスも続き、足しての1人。 かけた私に、ディルクを足して、これで3人揃い踏み。 「そーれ走れい!」声張る見張りが、門の閂開ける間に 「走れい!」木霊が壁から帰って、我らは外へと駆けて出る。 裏門が背後で閉鎖、灯りも沈下。 深い夜の真ん中を、横にならんで突き進む。  詩と言うよりは言葉遊びになってしまいました(笑)元の作品の雰囲気を無視してますし、翻訳とは言えないでしょうけど、個人的にはこういう遊びは好きですね。 ("How They Brought The Good News From Ghent To Aix"「ゲントからアイクスへ吉報の伝え方」)

2019-11-30

 萩原 學 さんへ  詩文になっていましたか? 小説っぽいかなと思っていたので詩文として読んでもらえたのなら嬉しい限りです。なにせ、小説しか書いてこなかったもので、詩に触れ始めたのは最近なんですよ。なので、どう書けば詩に見えるのか、色々模索しているところです。  神様云々はどうしようか悩んだところです。ある程度は説明しないと読めないかなと思って入れてしまいましたが、詩を読まれる方々は説明を入れなくても読んでくれますもんね。書く側としては有難いことです。  そして、歌。これは盲点でした。歌として入れることで全体が小説に見えるというのは、考えが及びませんでした。なるほど。個人的には、小説のような文章なのだから歌詞でも入れておかないと詩に見えないのではないか? と思っていたので、むしろ逆効果だったとは。  入れるなら、細切れにして地の文に混ぜる形でも良かったかもしれませんね。勉強になりました。 (少女独白~詩飾り小説の欠片~)

2019-11-27

 るるりら さんへ  こんばんはです。お読みいただきありがとうございます。  廃墟って、どうしてあんなにも惹かれるんでしょうね。わたしは廃墟を『見る』のが好きですね。意味も無く、ずーっと見続けてしまいます。わたしの場合は、特に何かを想像するというわけではなくて、ぼーっと見るだけですけどね。  確かに人間関係の泥沼が無い。穢れることもないまま還る。それも、いつまででも見ていられる理由なのかもしれません。  ああ、描いて下さるのならめっちゃ喜びます(笑) この作品は情景がメインの作品ですから、絵に起こせるぐらい想像できたのでしたら、成功だったのかなと思います。この作品の景色は、頑張ってひねり出したというより、どこかに在った景色をそのまま書いた感覚でした。多分、わたしたちがいつか見た小説や詩、マンガや映画の世界にこの場所があったのかもしれません。ただ、どの作者さんもこの場所を書こうとされなかっただけで。  見たことはないけど、ありふれた夢想域。そんな感覚です。 (少女独白~詩飾り小説の欠片~)

2019-11-27

 はい、お邪魔します。  えっとですね、実のところ、3行目ぐらいまでで「あああ、ちょっと待った」と言いたくなったんですよね。うん。  散文と詩の違いの一つに文字数があると思うんですよ。そんなもん見ればわかるだろ?という話ですけどね。詩には疎いので散文メインの個人的な意見を書きたいと思います。  詩は一行、もっと言えば数文字で詩情を醸すことが出来るわけですけど、散文、特にこの作品のようにまっとうな小説文の形式では、情感を醸し出すのにそれなりの文章量が必要になるんですよ。一行で、ぐいっと惹き付ける文章を書く方もいらっしゃいますけど、その一文は散文の力を使ったものじゃ無くて、詩としての力を使った文であることが多いように感じます。  散文の場合、五感に触れる情景を描いてキャラクターの心情を書き込み、読者をその世界に引き込んでからようやく、読んでいる人の情が揺れ始めるんだと思います。いきなり任意の方向に読者の心を動かすのは難しいんですよね。余談ですが、詩文と散文の違いに、読者の感情を動かす向きが有るんじゃないかな、と考えています。詩文では、文章からどんなことを想像するか、何を感じるかを読者に委ねる事が出来るんです。だから、好みや文章が読者の心にクリティカルヒットすれば、文章が生み出す感情や情景を際限なく広げさせることが出来ます。一方、散文では、作者の望む方向に読者の心を動かすことが出来ます。ただし、半強制ですから制限が掛かり、広がりはある程度抑えられてしまいますね。広げようとすれば、その分文章量を増す必要があります。上手く使い分けられれば、作品の幅は広がるんじゃ無いかなと思ってますけどね。  『見つめかえす瞳』を例に挙げると、主人公がいる場所の情景や少年との会話を描くことで、読者をその場の雰囲気に慣れさせています。そして、最後で読者の情をぐいりと動かす。後半までのやりとりが情を動かす為の準備段階になっているんですよ。もっと言えば、読者の心を目的の方向へ動かすために30行ぐらい必要だった。  一方で詩としての形式で書かれた『音のない町』。こちらは最初の3行で読者の情が揺れ始めます。これは詩文としての力が働いているからでしょう。具体的に何が効いているのかは、詩に疎いわたしにはわかりませんが、確かに感情が心地よく揺れるんですよ。  戻って『本能』です。  最初から終盤まではストーリー・出来事を読ませる流れで、形式は散文の小説の形です。散文として機能しているんですが、詩としての力はあまり働いていないように感じます。あ、いや、それが悪いって話じゃ無いです。散文には散文の力があります。  最後に作品の肝である怪しい雰囲気が揺らめいているのですが、最後を機能させるためには、そこまでに読者を作品世界に入り込ませないといけません。御作はどんな人がどこで何をしているのかはしっかりと書かれていましたが、作品には入り込みにくかったです。恐らくストーリーの情報量が多すぎるんですよね。詩なら、一行ごとに立ち止まって噛みしめる読み方をすることも多いのでしょうけど、散文の場合はサクサクと読み進めてしまう場合が多いです。そう読んだ場合、ストーリーを追うことと与えられる情報を暗記することに精一杯になってしまって、心が作品に入り込みにくかったのです。上辺だけ触れている感じで。このシンクロ率では、なかなか情は動かないかなと。  よーく考えてみると、町で出会って、ナンパをして、一緒にアイスクリームを食べた後にカラオケに行ってめっちゃ歌って、抱きつかれ、雪女のように彼女は立ち去った。このシナリオをこの文字数の散文で書き切って、なおかつ読者の心を動かすって、すごく超級テクニックですよ? 多分、これが出来たらプロ作家になってますね、はい。  雪の描写を入れずに、雪女の雰囲気だけを纏う不思議な女性を描く。このコンセプトは好きなんですよ。純粋に、ああ、さすがだなと思いました。  そうそう、あと気になった点がもう一つ。描写の表現が安直に感じましたね。恐らく、文章量を圧縮しようとした弊害じゃないかなと思いましたけども。沙一さんの腕を考えれば、もっといけるはずなのに。  ああ、なんだか纏まらなくなってきました。叩くだけ叩いてしまった感じになり、ほんと申し訳ないです。他の作品を読ませてもらっているので、なおさら色々書きたくなってしまって。  もっと良くなるはずの作品です、ということを伝えたかったのです。続けることは必ず力になります、マジで。頑張って下さい。では。 (本能)

2019-11-26

 沙一 さんへ  ああ、こちらもお読みいただきありがとうございます。  世界が変わってしまった理由については完全に後付けなので、作品に馴染んでなかったんだと思います。設定で神を持ち出すのは、本来は悪手ですからやらない方が良いですし。そんなわけで記憶に残らなかったんだと思いますよ。わたしも書いていたことを忘れていたぐらいです(笑)  水は巡る旅人という考え方は、ずっと昔から持っていた感覚でちょくちょく使っているんですが、目新しい表現では無いですから新鮮さは無いかも。全ての生き物を辿って、脈々と命という歴史を運んでいる水分。水の中から生命の源が生まれ、未だに水に生かされていることを考えれば、この先永遠の時間が経ったとしても、わたしたちが生き物である限りは、水が巡る旅を追いかけ続けるのかもしれませんね。  今回は、不思議な世界の中で水と戯れる少女を描く、これが目的でしたから、ファンタジックな映像が浮かんでくれたのなら成功と言えるのかな~と思っています。ほっとしています。待っている彼……実は、まあ、その。昔に投稿した『星を抱き、酒精に口づけ』の最後に出てきた、突っ込みを入れていた人だったりします。繋がりは持たせてないんですけどね。  小説の一片なんですが、詩を意識しながら書いたシーンでした。この先もお話は続くのですが、そっちは小説の方でいつか書きたいですね。今作品は詩っぽい雰囲気があるのでギリギリいけるかなと思って持ってきたんですが、純粋にストーリーを楽しむ事を目的とした小説はこのサイトに載せてもな~とも思うので、どこかの小説サイトになりますか。  それでですよ? 『本能』読ませていただきました。後ほどお邪魔しようかと考えているのですが、ただ辛口になりそうです。わたしの読んだところ、恐らくサイズに無理があったかなと。詳しくはそちらで。 (少女独白~詩飾り小説の欠片~)

2019-11-25

 お邪魔します。  ん、こういう展開ですか! いいですね~、わたしも凄く上手だと思います。  何が上手かって、ミスリードからの最後の立場の逆転ですね。これが凄く恐怖を誘うんですよ。少年が実は河童だった、河童の世界がある、これだけなら他の方が書かれているので新鮮みは無いのですが、最後に河童と深淵を組み合わせることで、得も言われぬ恐怖を演出できている気がします。そうですよね、河童は水の生き物ですもんね。深淵とは相性が良いわけです。  不思議な少年との出会い。少年は、弟が失踪した過去を上手く消化できずに背負い続け、嘘か誠か、河童の世界を信じ続けた。信じ続けることで力が顕在化するのは神もあやかしも変わりは無く、少年の言動も何かに乗り移られたかのように、次第に妖怪じみてくる。そんな少年に、主人公は『知ったかぶり』で河童の話を教えた。そう、口に出して河童の存在に世界を与え明確化してしまう。主人公の話を聞いて、少年の心はくるりと晴れやかに変わった。  まるで憑き物が水の中に落ちたかのように。 (ポチャン)  ああ、居るねぇ。 『○○かもしれない』 本来、予測する・想像するという思考は、自身の身を守るために欠かせないもので、わたし達創作活動をするものにとっては必須となるものですけど、行きすぎると幻と現実の境目が曖昧になってしまい、精神が揺らぎ始めます。妖怪や幽霊も、実際に会うより会うかもしれないという心理状況に陥った時の方が、わたしは強い恐怖を感じるんじゃ無いかなと思いますね。会ってしまったら、もう逃げるか戦うしか出来ないわけですし、最終的に倒す・逃げ切る・殺される。これらの終わりが、必ずやってきます。一種の諦めが付くんですよ。一方、考えているだけの間は、取れる選択肢が無数に浮かんできますし、いつまで経っても終わりがやってこない。  自分を見ているかもしれない得体の知れないものが何を考えているのかわからないが、居るような気がする。  はい、怖いです。 (見つめかえす瞳)

2019-11-23

いやー。見返すと直したいところがガツガツ出てくる。紅葉に虫の声はないな~。もう少し寝かせた方が良かったかも。でも、もう冬が来てしまうし。 そうそう、わたしのスマホだと一行が25文字だったので、それを意識して改行を入れてみましたよ。  沙一さんへ。  お読みいただきありがとうございます。今月はちょっと立て込んでおりまして、投稿は止めておこうかなと思っていたんですよ。危なかった。まさか、待っていてくださったとは思わず。大変有難いことです。  タイトルを考えるのはいつも最後になってしまって、最後の最後に方向転換をするなんて事も多いです。今回もそんな感じで、最初は硬い作品で行こうと考えていたんですよ。でも、タイトルを思いついてしまったばかりに(笑)最後を書き換えるはめになり、ポップな感じになっちゃいました。ただ、こういうのも好きな方は好きだろうなと考えて、このまま行かせてもらいました。もちろん私も好きですが、やり過ぎると評価が下がりそうだったので、おっしゃるとおりだいぶ抑えましたね。ポップになったせいか、どう読んでもお昼寝にしか……  コスモス観覧車をまず作って。この作品は、ピクシブを覗いていた時に印象的だった絵からイメージを起こして書いた作品です。コスモス畑に観覧車が写っていました。一つだけだと弱いかな~と、倉庫に眠っていた団栗の詩を付けて、お!?銀繋がりじゃん!だったら……とやっていたら、こんな文章量になってしまいました。長い作品でしたのに、最後まで読んでいただき感謝です。  ひたすら秋を書いてみたかった。  必ず来る。望む望まない関係なく。夜は必ず来る、なるほど。当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんけど、不意を突かれて出会うと、はっとしますね。うーん、必ず来るものなら、どう迎え入れるかを考えるのも面白いかもしれません。朝を踏んだのなら、もう夜から逃げることは出来ませんし、春を越えたのなら冬は必ず来るんでしょう。ギリギリまで逃げ続けるのも自由、舞台を整え盛大に迎えるのも自由。こそこそと隠れて怯えながら過ぎ去るのを待つのは性に合わないし、ぼぅっとしながら挨拶を交わすのだけは避けたいな~なんて、沙一さんのコメントを読ませてもらいながら考えてました。  こっちの冬は長いです。  秋の暖かな色を身に纏いながら、春の日差しを想い、ひたすら冬と格闘するのです。  冬が必ず来るものならば、春もまた然り。まだ見ぬ春と挟み撃ちで、冬を空の向こうへ押しやるのです。  なんて。  (缶コーヒーを取りに戻ったら、ついつい冬眠してしまった昼の話。)

2019-11-22

 お邪魔します。  んーーーーー。んーーーーーーーーーーー。  そうですか、評価は低めですか。  こういう詩なら、現代詩が苦手なわたしも読めるんですよ。それで、ですよ? 上手なんですよね。  後ろも前も向かない。自分は今、胸を張って生きているんだ。2連目では、『今』がどれだけ尊い一瞬なのかを、真っ直ぐに説いてくれています。  3連目では、そんな『今』を生きるために、主人公ががどれだけ一生懸命生きてきたのかを思わせてくれて、読んでいるこちらも前向きに……うーん、上向きにさせてくれる。『全部背負えば』の次に『空も高い』と続ける。ここが、わたしは凄く好きですね。前ではなくて、上を向かせる。上手だと思います。  最後にかけては、思わず『飛べ!』と声を掛けたくなりました。一歩一歩が今なんだ、と。  違ったらすみません。  構成も言葉の選び方も、上手いんですよ。  ちょっと話を飛ばして。  前に投稿されている作品も、読ませて貰ったんですよ。  わたしは、露華が好きでした。星辰も言葉の力があって良かったですけど、好みから言えば露華かな。  全体的に、そうですね、みなさん仰っているように青さ、若さを感じました。作品には必ず、青い色が滲んでいた気がします。ついでに、評価が高い時と低い時の差が明確で、サイトの傾向がぼんやりと、ですけど掴めるような気がしますね。  話を戻します。  構成も、言葉の選び方も、上手いんですよ。  向き合って、よく読めば、です。  単体で見れば、瑕疵の見えない素敵な詩だと思うんですよ。ただ、他者の詩と並べた時に、どれだけ人目を惹き付けて、立ち止まらせられるのかと考えれば、弱いのかなって思いました。このサイトに投稿されている詩は、鋭い言葉で飾られている詩が多いので、どうしても字面のインパクトで負けてしまっているように見えるんですよ。今作品は特にですね。もうね、非常にもったいない。  どうも、持ち味の青さが不利に働いてしまったように見えます。  言葉の青さって、なぜか古さに通じてしまう。大人になってしまえば、通ってきた道を思わせて、少しこそばゆい。そんな古さ。それ自体は悪くはない筈なんですけども、皆さんが『自分だけの詩』を求めて誰も見たことのない表現を望み、未来に片足を掛けているような場の中で、通ってきた過去を連想させる言葉たちで構成された作品では、食指が動かないのかも。んー。  かく言うわたしも、投稿された最初の頃にチラッと読ませて貰った気がするんですよね。でも、特に何も思わず流してしまった気がします。  理由としては、目が『現代詩』に慣れ初めてしまい、さらりと読める作品では立ち止まれなくなっていたこと。これはもう、わたしの目が鈍っていたとしか言いようが無いですね。  もう一点は、タイムマシンと爆破の繋がりから、内容が読めてしまったこと。2行で、時間、今、力強く生きる、そんなイメージを連想した気がします。その後で、さらっと流して読んだ時に、予想から外れるような単語がなかったことで、「読んだ気分」になってしまったため。  タイムマシン。この作品の雰囲気を考えればピッタリの言葉なんですけど、タイムマシンってどこか古めかしいんですよね。目新しい詩じゃなさそうだってイメージが生まれてしまう。悪い言葉じゃないんですけども。  技術的な面白さって、立ち止まって読まないと感じにくいのかもしれません。そんな気がしました。じゃあ読者を惹き付けられる文章に書き換えれば良いかというと、そういうわけではないと思うからややこしい。なにせ、この作品は綺麗に完成していますからね。変に弄りたいと思わない。  伝わりやすいし、感情も動きますから、わたしは良いと思うんですけども。  まあ、わたしがいいなーと思った詩は、評価が低い場合が多いんですけどね。  んーーー。もったいない。 (この一瞬、鮮明)

2019-10-24

るるりら さんへ  皆さんの感想を読んで、ステータス『楽しさ』に全振りしとけば良かったーと。悔やまれます。詩に何を求めるのか、人それぞれ違うんだなと、しみじみ感じています。  お読みいただきありがとうございます。  ゴチャゴチャしてる作品集を、ひとつひとつ読み込んでいただいて、ほんとに感謝ですよ。確かに、様々な感情を引き出せるよう書いたつもりではあるのですが、んー、立ち止まって読んでくれる方じゃないと、伝わらないんじゃないかと自己分析しているところです。頭をフル活用しながら読んで下さる方の存在は、本当に有難いですね。  そして、折り紙の所作。  この発想は、うん、凄いなと。もちろん、わたしが書いている時は折り紙を想像したわけではないんですけどね。  カギ括弧に注目されてるじゃないですか、その部分は実のところ後付けで、部屋にある有形の物を摸した文なんですよ。棚だったり、スマホだったり、窓だったり。カギ括弧を読んでいけば部屋のミニチュアのようになるかなと。その辺は伝わるとは思っていませんでしたけども、まあ、ぼんやりと同じ所にある物だと認識してもらえればいいかぐらいに。ただ、それらを考えれば、形を摸するということで、大枠の所は折り紙に近いんですよ。  もちろん、読みに正解も不正解もないんですけどね。いやいや、やっぱり嬉しいですね。  十色折り紙 千代に重ねて  指ですりすり 折り合わせ  角々物差し 軌跡を引いたら  くるくる丸めて 子供に還ろう  ほら出来上がり 唇当てて  みんなで歌おう つくつくほー       『めがほーーーん』より  ……変なのが出来てしまった。  るるりらさんの何が凄いって、鋭い感性と素直な理屈を同じように浮かばせられるところですよ。どっちかが得意って方ならよく見かけますけど、どっちもってなかなか。折り紙と繋げられるのは、間違いなく感性で、でも普通は、『折り紙で遊んでいるところを思い出しました』ぐらいのコメントで終わってしまうんですよね。そこに詳細な理由を付けて書いてもらえると、伝わりやすいってだけじゃなくて面白さが生まれます。思考を追える楽しさといいましょうか。  るるりらさんが書かれた読み解き方は、むしろわたしの作品より面白いんじゃないでしょうか。  いろは歌は、正直、手間が掛かりましたね。仕上げられるかどうかは、運も大きく関わってくるように思えました。後半になってから、一文字替えようなんて考えたら、全てが崩れていく恐ろしさを味わえますし。下手な物を書くぐらいなら条件を緩くしようと濁点を不問にしたのですが、それでも難しかったです。  全体は進行していき、最終的に感情ではなくて形を作る。そういう詩も純粋に楽しいですね。覚え歌、遊び歌は昔からありますし。  折り紙の歌、視聴してみました。なるほど、絵とかで表現するのではなくて、折り紙に表すという発想そのものが好きですよ。わたしの作品も何かが出来上がるようにすれば良かったですね。本作品は、想像しやすい形と誘導したい方向がありましたから、形を作る所作と相性が良かったのかもしれません。ありがとうございます。  向こうのは遊び心だけではなくて、詩としての情も乗っているのがいいな~と思いますね。あんな感じで作れば、最後も格好が付くのか。    コメントはわたしの方が長くなりますよ。気になさらずに。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-23

 帆場蔵人 さんへ  お読みいただきありがとうございます。  面白さを感じてもらえただけでも、良かったかなと思います。重たいテーマがあるわけでもないですし、浸るような作風にはなってないですからね。  どんな言葉であれ、使えない言葉って言うのはないと考えてます。きっと、この作品も使い所を間違えなければ、それなりの効果を発揮するんじゃないかなと。ただ、メインの作品には向かない物なのでしょう。小さい作品を並べただけでは、重厚さは出ずに、テーマを定めないと散漫な感じになってしまうんだなと気がつけたのも良かったです。  色んな物をつっこんだので、多様さは確かにあるかなと。気持ちよく、さらりと読める。今以上に、その読後感に焦点を絞って、全体を纏めるのも面白く出来るのかもしれませんね。今のままだと、棘もありますから、もう少し丸めて。  機会がありましたら、またよろしくお願いします。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-23

トビラ さんへ  お読みいただきありがとうございます。  どういう詩が良いのか悪いのか、その辺りがいまいち掴めてないので、悪い時はダメだと言ってもらった方が助かりますね。このサイトでの評価の高い作品も読ませてはもらっているんですが、個人的にはあんまりピンこなくて、ですね。恐らく、想像する景色が違うのかも。色々教わりたいところです。  一応、本気ではあるんですよ、この作品。言葉遊びに本気を出してみた感じですね。かごめ歌の解釈に方角の四神を組み合わせた方は、わたしの調べた限りまだいないかも?  じゃあ、それで感動するかと言われたら、まあ、しないでしょうね。んー、感動かぁ。  色々な形式の作品が投稿されているところをみると、詩と一口に言っても、かなり幅が広いんだなと感じています。その中で、どういったのが自分に合うのだろうか、使いこなせるだろうかと模索しているところで。  文才は、仮に持っていたところで使えなければ腐らせるだけですよ。文才を持っている人よりも、言葉を効率よく操る技術を持っている人の方が、世間じゃ重宝されるでしょう。  このパターンは受けが悪い。今回は、それを得られただけでも収穫なのです。ついでに言えば、他の作品を拝読していても、小品集の類いは受けが悪い気がする。  感動かぁ。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-22

 お邪魔します。  ん! んん!? めっちゃ好きです、この作品。沙一さんがおっしゃっている夕焼けの魔法がよくわかります。  感情の引き出し方が上手なんでしょうね。なんだかするりと共感してしまいます。  夕焼けのコメットさんが一番好きですね。よく、わかります。まあ、全体的に好きなんですけども。  誰も傷つけない優しさの、ノスタルジックな色合いで、ちょっとだけ苦い大人の味。そんな作品に感じました。生々しさを覚えるのは記憶が混じっているからかな。その点が、読みやすさ、親しみやすさに繋がっている気がしました。  うん、こういう作品も書いてみたいです。 (夕焼けのコメットさん)

2019-10-22

 お邪魔します。 >かどがよっつ >かべがよんまい  この2行が、凄く考えさせられるんですよね。四角い部屋なら当たり前なんですけども、何もない部屋の雰囲気が良く現れている気がします。  ここから、色々とイメージを派生させられそう。この部屋に居る人達は世界と呼べるだけの物を何もない部屋の中に見いだしているとも取れますし、天井がないのに下だけがあると取れば、落っこちてきた人達を連想させられて皮肉な描写になりそうです。  色々考えさせられるだけ、飛躍的な発想がなかったのはちょっともったいないなーと思いました。  うん、角と壁、ここを選び出す着眼点はすごい羨ましいです。   (コミュニティの部屋)

2019-10-22

 お邪魔します。  すごーく聞きたいことがあるのです。  エイクピアさんは、どんな手順で作品を書かれているのか、非常に興味があるのですよ。文章は繋がっているんですが、意味が正面からは繋がらない不思議な作品。そして、連なる言葉たちのジャンルに大きな開きがあるんですよね。  その飛躍、距離感が面白さになっている作風。  シナリオが先なのか、単語が先なのか、書きながら浮かんだ言葉を繋げているのか、全く見当が付かないあたりも、凄いなと思います。  まあ、わからないと言えば、わかんないんですけどね。 >ヤキモキさせた  の一文のせいで、妙にキッドが可愛く見えるんですよ。一番最初に出てくる感情がヤキモキって新鮮ですね。  んー、作品へアドバイスできる方がいるなら、アドバイスも読んでみたいですね。 (夢想)

2019-10-22

 お邪魔します。  情と楽しさがポンポンとリズミカルに転がってくる、面白い作品だなと思いました。そのどちらの味も強いんですよね。どちらかが喰われるなんてこともなくて、最後まで楽しませてくれます。おでんの芋、人気ですね。不意を突かれるとはこのことなのでしょう、かなり飛躍した物を持ってきているんですが、それでも作品の雰囲気を壊さないのは選ぶセンスが成せる技。  深みのある、大きなテーマを書かれているんですけども、とても分かりやすかったのも良かったなと。 >地球との縁を忘れて空に落ちそうになる >縁が、ふいに宇宙の風に吹かれて >孤独な引力につかまるのだ  こういう表現は見習いたいですね。小さな事柄を大きく展開させている文を読むと、脳みそが広がる感じがします。  ちょっと気になったところを書いておきます。  2連目。袖振り合うも多生の縁の説明になってる部分かと思われるのですが、なくても良かったかも? 4,5連でしっかり伝わりそうだと思ったんですよ。最初に説明調が続くと、読者を飽きさせやすいですし。 (縁)

2019-10-22

 お邪魔します。  わたしは、こっちの絶景の雰囲気が好きですね。記号を用いた作品は、ちょっとわたしには難解なこともありまして。  そして、これはどっちなのだろうかと、かなり悩みました。幸せなシーンで良いのだろうか? それとも不幸を予感させるシーンなのだろうかと。  無垢な赤子は何も知らず、朝日なのか夕陽なのかさえ知らずに喜んでいる。それは良いのですが、周りの情景がどうにも不穏と言いますか。単純に、わたしが単語をそのまま読むタイプだからかもしれませんけども。  師走の夕暮れ。冷たい風が吹く中、赤子を抱いて河原へ赴く。無数の目玉がこちらを向いて、水草が伸ばした手指のように揺れる川。わざわざ隣人と呼ぶ相手、その子供。 >指先に力を込めた。  この文の先に幸せが待っていた事って、わたしの記憶にないんですよね。  そして、最後の連。これが……。  うーん、読み違えたかな。  この雰囲気でしたら、風景描写に関しては目一杯美しく、郷愁を誘う絵画と書かれてますから純朴かな、そんな感じに仕上げても良かったかもと思いました。赤子と同じく純粋な物として扱うのもいいのかなと。もしくは、あくまで中間の位置に立っている存在として。読んだ印象としては、どことなく恐ろしさがありました。  あー、でも、風景って見る人の心理によって大きく印象が変わりますからね。うーん。  絶景。この漢字、改めて眺めてみると面白いですね。  言葉の使い方が巧みな方ですから、土台の安定感があります。ズレを深読みするんじゃなくて、仕掛けられた言葉や文を深読みするのは、やっぱり面白いなーと。間違えていたとしても、思考している道筋そのものが楽しいと思えますね。  (絶景)

2019-10-22

お邪魔します。 わたしは断然こちらが好きですね。作者さんが持っている独特の旨味がしっかりと出ている気がします。 >洋食がテーマパークなら、ラーメンは自分で作り上げる私小説である。 >店主の混沌とした思考と吐息のから編み出された味。 >めらめらと立ち上がる炎は、備え付けの雑誌やコミックで誤魔化すのだ。 >誰にも悟られたくないこの熱きラーメン炎は人には見られたくない。 これらの表現がずっしりとした満足感を与えてくれます。 1行目も、もちろん好きなのですが、この行を書くのであれば、裏付ける文章が欲しかったかなと思いました。詳しく書かないのも詩らしくていいですが、散文の形を取るのなら、より強調させてもいいのかなと。 実のところ、視覚や行動の描写については、多分yamabitoさんが持っていない書き方を、わたしは持っているなと見ました。なので、結構読んでいてもどかしかったですね。ここはこうした方が……みたいに。 ただ、そういった単純な描写は身につきやすいと思っています。数をこなせば、書けるようになりますし、料理系のマンガなんかでも見た目や触感の描写はよく見ます。一方、なかなか書けないのが、今作品でyamabitoさんが書かれたような思考、思想を伴う描写ですね。これはセンスや経験が大きく関わってきますから、どれだけ考えながら生きてきたかが問われるんだと思います。誰にも真似できない武器になるのでしょう。学ばなければ。 最後の行の心地良さはよくわかります。この共感を伴いながら、去って行く感じがたまらない。やっぱり強い旨味が間違いなくありますね。 (「ラーメン道」)

2019-10-22

 沙一 さんへ  お読みいただきありがとうございます。  そうそう、終盤を書きたかっただけの作品と言っても過言ではないのです。お互いの本音が出てくるシーン、カタルシスは良い言葉ですね。ぴったりですよ。  もう少しちゃんと説明を入れた方が良かったなーと反省してます。主人公は、自らの意思で、家族を連れ戻すためにあの世へ下ったって話だったんですが、かなり省いてしまった為にわかりにくくなってしまいました。ラストはですね~、想像にお任せします。いずれ、なんとなく良い感じにはならなかったんだなって雰囲気があるかな。  んー、これはそのまま小説で書いた方が良かったかもしれません。小説にあらず、詩にあらずって所を目指したんですが、恐らく小説として書いた方が面白く仕上がったように思います。要研究。  仏教用語と相性が良かったとは!  しかも、微妙に絡みますね。うわー、書く時に知っていたら、もっと世界観が極まったはず。あー、惜しい。船頭は、降り続く慈雨の温かみに触れて、ようやく向こう側に行く決心が付くとか、閻魔が火宅の話を用いて主人公を責め立てるとか、色々使えそうです。  あーあー、これはやっぱり小説にするべきだ。うん。  そうですね、冒頭の文がするりと生まれて、そこからにょきにょきと育った作品なのです。自分で読んでも、文章に酔っちゃってるのがわかりますね(笑)愉しかったですよ~。リズム良く描写を書き進められてる時が、本当に好きなのです。 (道理)

2019-10-22

ふじりゅう さんへ。  お読みいただきありがとうございます。  ああ、この作品は深読みには耐えられないかも。書いてるとおりのことしか含んでないですからね。皆さんの言葉を借りれば構造ですか、それを解いてみることは出来るかもしれませんけど、内容はそんなに深みは持たせられてないかなと思ってます。  へ~、ふーん、そんな見方もあるのか。ぐらいに読み流す方が良いのかも?  カギ括弧の中身と次の文の接合ですね。これは故意にずらしてました。先を読ませないという考え等があったんですが、上手く機能しなかったみたいです。上手いって事はないでしょうけど、まあ、小手先の捻りに捕らわれて読者を散らしてしまってたら、本末転倒です。  最後は、どう言いましょうね。こう、高まった気持ちの収め所を見失ったと言いますか(笑)。技術不足ですね。仕上げの腕が足りてなかったのです。元々はバラバラに作った作品で、それを寄せ集めた作品なんですが、最後にコメントに関するネタを入れてしまったのが、失敗だったのかも。コメントの書き方はこのサイトでもちょくちょく話題になってますし、流れに乗ろうと書いてみたのですが、どうにも偉そうな文面になりそうだったんですよね。それで、オチを付けた強制終了みたいな形になってしまいました。しっかりと纏められると良かったのですが。  オチを付けたがる癖は直さないといけません。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-22

 お邪魔します。  恋の詩が好きなんですよ。現代詩に触れるまでは、詩とは大切な想いを感情に包み込んで、相手に伝えるための文だと思っていましたから。  やっぱり、花と恋は相性が良いですね。その分、みなさんが書かれるのでオリジナリティを発揮するのは難しいんだろうなって気がします。雨は滴、涙と繋がりを持たせて読んでしまいます。儚く散った後でさえ、花びらは相手の元に落としたまま。そのひとひらに、こぼした涙の美しさも留め続けておきたい。そんな詩に読めました。  印象的なのが、彩、香、象です。色、香り、形をもっと強くイメージさせる言葉。それと個人的には、雨に打たれる度に美しさを増していくんだと、少し前向きに捉えているところが心に残りました。  ただ、イメージは沸きにくかったなと思いました。綺麗な言葉達で組まれているので作品の品が良いのですが、その美しさに作者さん自身が捕らわれてしまってる感じを受けるんですよ。そういうところは、わたしも人様のことは言えないんですけどね。  わたしは詩について詳しくないのですが、他の方々が書かれている現代詩に比べれば分かりやすく書かれていますし、それならいっそ、連の繋がりをわかりやすく持たせた仕上がりにするのもありかなと感じました。 (花恋文)

2019-10-14

 お邪魔します。  前にブログ形式の作品を読ませて貰った時にも感じたんですが、詩の形って色々あるんだなーと、思わずにはいられない千才森です。  この作品は、何処の誰に向けて書かれたのか。その向かう先を、『邪念をもって』色々と変えてみるとなかなか複雑に読めてしまい、実のところ作者さんは、かなり強かな人物なのではないかと恐れおののいているところです(笑)  どちらが正しいのか、間違っているのか、を問うような書き方になっているように読めて、考えさせられますね。どこかのアニメで聞いた台詞を思い出しました。争いがなくならないのは人間の数だけ正義があるから、なんだそうです。  今回の件に関して言えば、至極当然の結果。現代社会において見れば、ですけども。時代が変われば、結果も変わっていくのかもしれませんね。    内容に関してのコメントだけでは毒にも薬にもならないので、ちょっと。  叩き合う事の例えで刀鍛冶を持ってくるのは、やっぱり安易かな~とも思いました。恐らく、誰しもがイの一番に思い出すはその辺りでしょうから。ただ、一概に悪いと言えないのが、橘氏の古く凝り固まった思想を振りかざす人物像と、刀鍛冶の古風なイメージが良く合うんですよね。  となると、橘氏の人物像をもう少し捻ってみても良かったのかな。目新しい要素を組み込んでみるのも面白いかも。  ベースとなっているお話があり、それに被せているというのであれば、読みやすいですし途中で飽きることもないので問題はないのかなとも思います。読みやすい文章というのは、それだけで旨味になりますね。    余談ですが、最近になってもっとも批判的なコメントが付くと評判の小説投稿サイトに数年ぶりにお邪魔しました。荒らし放置のサイトで、運営者が表に出ることはなく、余程の事を書き込まないと削除されない所です。にもかかわらず、削除されている方も居たりと、ある意味盛況でしたね。しっかりとガチの批判コメントも頂いてきました。  もちろん、馴れ合いをメインとした投稿サイトにも居たこともありますし。個人的には、出版チャンスのある馴れ合いサイトの方が、叩き合いサイトよりも殺伐としているように感じます。叩き合いの場所、褒め合える場所。両方揃って健全なのでしょう。  そういったサイトも見てきたわたしからすると、B-REVEWは利用者側にとって、すごく居心地良く機能しているように感じます。 (ぽえとーく)

2019-10-14

 お邪魔します。  これまた難しいところを狙いましたね、というのが最初の印象ですね。コメント欄にある既視感というのを置いておいても、この手の描写はかなり難易度が高いと思っています。特に蕎麦は。  食事は誰しもが毎日必ず行う行為ですし、人それぞれこだわりがあったりしますから、読者に共感させ、さらに面白さを感じさせるのはなかなか。  ネット小説なんかでもたまーに見かけますけど、滑ってることも、あります。  作品について。安定感がある、というのが印象でしたね。これだけの腕があったら、どういうシーンを書いても、そう簡単に滑ったり寒くなったりはしないんだろうな~と思えます。スポーツと絡めるのは新鮮に感じられました。  それでも、お腹がいっぱいになるには、まだ物足りなさを感じました。うーん、蕎麦の魅力はまだまだありそう。個人的にはもう少し音が欲しいかなと。作ってる時とか。  うん、こうして読んでいると、やっぱり蕎麦の描写は難しいんだなと改めて感じます。  ただ、プロ物書きの食レポならともかく、素人さんの比率が多いサイトでは挑戦する方がまだまだ少ない(わたし個人の印象)ので、食事の描写が好きな方からすると、こういう作品は嬉しい筈。    個人的には、また挑戦して貰いたいなと思いますけどね。主人公を、老若男女様々変えて書けるようになると、新しい道が開けそうな気がします。険しいとは思いますが。  (「蕎麦っ食い」)

2019-10-14

 こういう雰囲気大好きですね。  色々なことを想わせてくれる詩だなと感じました。そして、コメント欄を読ませて貰って、更に深みが増した感じです。  最初読んだ時、何故か『現在に居る人』を感じなかったんですよ。景色だけがある町、現実とはちょっとずれた感じの町。眺めながら歩くことは出来るんですけど、そこにいる住人とは同じ存在にはなれないんだろうなと思わせられる町。電車を待っているシーンでは、住人のように町に溶け込もうとしている姿に見えましたね。今回は音が消えてるんですけども、多分人間は、五感を全部使って感じることで、ようやく現実の物なんだなって認識できるのかもしれないなーと。  旅って、その土地の住人ではないんですけど、なった気分で歩くのも面白みがあるかも、と思ったりしました。  コメントの過去と未来の話を読んで、なるほど、と。変化の少ない町だからこそ、どんな景色にも時間が積もり、何気ない場所さえ繰り返し擦られ深みのある艶が生まれる。  一連ごとに、読者それぞれの思い出を呼び起こす。そんな風に感じました。全てが、なぜか懐かしいんですよ。そして、最後の無声映画という言葉でしっかりと締める。  良い詩だなーと思いました。個人的には、レインパーカーのふとうめいな透明人間が気に入りました。 (音のない町)

2019-10-14

 あの足音は座敷童か、降ってくる音あずき洗いか。  山越える雲は大入道か、押し寄せる波は海坊主か。  飛んだ布きれ一反木綿か、振り返らぬ犬人面犬か。  明かりの消えた長屋の隅で、恐怖と興味が抱っこすりゃ、  生まれ落ちるモノうらめしや。  お邪魔します。  良かったなーと思ったのが、ファンタジー世界を取り入れなかった事ですね。座敷童を扱っているんですけど、あくまで現実の中に収まっているんですよ。それにより、雰囲気が崩れないまま最後まで進んでいきます。わたしは妖怪なんかを良く書きますけど、ファンタジー要素を組み込むと、何でもありの世界観になってしまうんですよね。世界に締まりが無くなってしまうから、浮いた作品になりやすいです。  ちなみに王道であれば、仲居さんに「そんな子は泊まっていませんよ」と言われるんでしょう。でも、それだと平凡ですから、面白さに欠けます。  夢。今生きている現実は夢かもしれないよと諭すことはどこか宗教じみていて、危険な要素を孕みかねないんですけども、この作品では、夢だからこそ色んな将来を思い描くことが出来るんだと伝えている。子供に夢を持たせやすくする言葉になっていますね。この使い方は上手だなと思いました。この世界は夢かもしれない、このフレーズを前向きな表現として使うのは新鮮でした。  そうですね、フロイトやユングなんかの話が出てきますし、このシーンで主人公の夢に対する考え方を聞いてみたいなと思いました。きっと、一家言あることでしょう。  シリーズ物にするのも面白いかもしれませんよ?  妖怪やお化けに会いたくて旅をする主人公が、妖怪のような人々と出会うお話。ただし、不思議な要素を一切入れずに、あくまで現実に収める。うん、いけるいける、新しい面白さがありそうです。んー、ただ、そうなると普通の小説にしたほうが面白いのかな。  こういう、何気ない日常の一コマを書いて楽しませられるのは、才能だなと思います。 (旅館)

2019-10-14

お邪魔します。 世界が狂っているのか、主人公が狂っているのか判断付きかねる、良い感じの世界観でした。こういう世界を覗いてみたいですね。お土産を買いたいとは思いませんけど、そうですね、絵心があったなら、道行く人々をスケッチしてみたい。写真はダメですね、怒られそうだ。 言葉のリズムが良いのはもちろんですけど、特に気になったのが、正当性です。 文章も世界も人物も、何一つ間違っていないんですよ。どんな世界でもそうですけど、世界を文章で無理に書こうとすると、世界の理屈にほころびが生まれたり、景色のバランスが失われたりするんですけど、それらが全く崩れていないまま、世界が成り立っています。 ただただ、狂っているだけ。罪も無ければ、悪人も居ない。存在している世界を書いているだけ。見ている人が狂っているのか、見られている世界が狂っているのかはわかんないですけど、こういう世界があるんだって事がはっきりと伝わってくる、世界観の描写でした。 きっとこの人は、魔法をかけたかった、それだけなんでしょうね。でも、この人が見えている世界に魔法をかけるのは、わたしたちが見えている世界に魔法をかけるよりも、遙かに難しそうです。むしろ一から世界を作った方が早いレベルかも。 (世界に魔法をかけるには)

2019-10-05

 あ!しまった。アドバイス募集タグが付いてなかったですね。  ごめんなさい、調子に乗って色々書いてしまいました。  申し訳ないです。 (手取り15万)

2019-10-05

 お邪魔します。  ん~、そうですか、感想は付きにくいですか。  わたしは凄く好きなんですよ、この作品。渡辺さんの作品は、何作か読ませて貰いましたが、一番肌に合いましたね。他のが難解すぎるというのもあるのですけども。  シュルレアリスムは詳しくないですけども、わたしは俳句なんかで感じるわびさびの雰囲気を覚えました。何を書くか、何を描写するか、それらを選び出すセンスで勝負する作品かなと。どれだけ読者を世界観へと没入させられるかが肝になるんでしょう。  文章の硬さから男性だろうなと推測できて、台所という単語が独り暮らしを連想させます。切れかけた電球、籠もった湿気、毛玉もどきが生えている着古した下着、人工の観葉植物、冷たいフローリング。これらを意味する言葉から、死を覚悟するほどではないものの、ギリギリで余裕を生み出せない生活ぶりがよく伝わってきます。そして、全部の言葉が冷たさを感じさせるんですよね。唯一温かみのあるものが下着だけというやるせなさ。  わたしが上手いなと思ったのが二連目。  切れるほど灯し続けた電球、安堵を覚えるほどの湿気への馴染み、毛玉もどきが付いてしまうぐらい洗濯を繰り返した下着。直接書かれていませんけども、時間の長さを感じさせてくれます。文章以上の年月を読んでいる気分になれますね。  たしかに、こんな暮らしをしていれば、切れかかった電球から落ちてきた弱々しい光にさえ、温かみを感じてしまう夜を過ごすことになりそうです。数百円の木漏れ日。  うん、いいですね。独り暮らしをしていた頃を思いだします。  最初の5行は、切れかかった電球を描写した物だと読みました。確かに、電球の明かりはとろっとしてるな~と。伸びて細くなる、これは良くわかりました。そう感じられるのは、対比対象のLEDの存在が大きいですね。さばさばした終わり方をするLEDがあってこそ、電球の容姿を見直すことができる。蛍光灯は、力強い感じがしますし、細く伸びるってイメージじゃ無いですからね。  電球そのものがそろそろ無くなりLEDに代わりそう。あのぼんやりした明かりが消えてしまうのは残念ですけど、時代の流れには逆らえないですね。  では、気になった点をいくつか。  5行目、事切れるという言葉を使ってしまうと、そこで終わってしまいますから、この一行は外して、細くなりで終わっても良かったんじゃ無いかなって思いました。手取り十五万の人も電球も、もう少し頑張れそうですからね。最初から死を連想させるのはもったいない。  肌への絶妙な刺激という表現が、丸まった繊維と上手く繋がらなかったですね。もう少し、柔らかさを含んだ表現の方がしっくりくるかもしれません。  最後、故郷で締めたのがちょっと安易かなと。このテーマであれば、恐らく故郷と絡める人も多いと思われますし、個性が出にくいかも。手取り十五万の人の過去を連想させる場所を持ってきた方が良かったかなーと。もっとも、狙いすぎると滑って台無しになるでしょうから、難しいかもしれませんけど。  手取り十五万的な感覚の共有。難しいだろうか。 (手取り15万)

2019-10-05

yamabito さんへ  繰り返しのお読み、ありがとうございます。  詩情が籠もっているのか不安でしたから嬉しいです。何せ、SS・小説形式でしたから、ここに持ってくるのに勇気が要るのです(笑)  ハッピーエンドは、そうですね、大勢に読んで貰おうと思うならハッピーエンドの方が良かったのかもしれません。わたしも小説はハッピーエンドが好きなんですよ、ほんとは。今回のテーマは道理でしたから、無理を通すわけには行かなかった。そこにこだわったから、読者を絞ってしまう反作用が出ているんでしょうね。  んー、明るいのも書きたいですね。 (道理)

2019-10-05

三文字 さんへ  お読みいただきありがとうございます。いいですよね、ハクチウム。わたしもお気に入りです。漢字の白昼夢とは違い、カクカクした結晶っぽく感じられます。  無垢な瓶詰めでは売ってないかもしれませんね。見たこと無いですから。でも、きっと色んな物にくっついてるんだと思います。筆で丁寧に擦り落として白い薬紙に集め、繊細なガラス皿の上に乗せてから熱で炙ると結晶化します。日に翳すとプリズムのようにきらきらとひかりをうずのようにまぜあわせながらながれていって 目が覚めてしまうのです。その頃にはもう、欠片も残っていませんから瓶詰めは難しいかも。  カウントダウンの詩は、わたしも気に入っています。ここに来る前に書いた、『わたしが詩を書くならこう書く』って感じの詩です。芸術としての詩では無くて、日常のポエムなのかもしれません。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-05

 千才の森へようこそ!  と言ってみたかったのです。そう言えば自己紹介をしていなかったなーと。  今、名刺を出せと言われたら、この作品を渡すかもしれません。私のゴチャゴチャした部屋を表したもので、頭の中の思考倉庫を表したものなのかも? 作品用資料、スマホ、時計、食いかけ、窓(実際には近所にツクツクボウシはいなさそうですけどね)、コーヒー、ブログ。  いろは歌の替え玉は、わたしのペンネームを組み込んである、所謂『虎の子』ですね。ただ、単体ではちょっと弱いので混ぜてみました。 渡辺八畳@祝儀敷 さんへ  お読みいただきありがとうございます。一番目に渡辺さんが来られるとは思いませんでしたよ。視覚を刺激するようなのを入れていませんでしたから、興味は無いかもな~と。しかも最後まで読んでいただけたようで、ほっとしています。  小品集で間違いないんだと思います。全体で見れば、わたしの頭の中でしょうか。かごめとイロハは前から大切にしている言葉で、雑草と食いかけはこのサイトにお邪魔するようになってから書けるようになった作品ですね。今までは絶対に書かなかったテーマです。そんなここ数年のわたしの作品集。  フックはですね、個人的にはかなりの量を仕込んだつもりなんですよ。どこにヒットしたのかは、掛けたわたしもわかんないですね。文字数のスムーズさ、次の作品への心構えをしてもらうための『』、読者にストレスを極力与えないようにする順番、同じ感情を続けない工夫、感情を上下に強く揺さぶる工夫、先を予測させない組み方などなど。まあ、自己満足の品です(笑)  わたしの作品は基本的に理屈で仕掛ける書き方ですからね。その書き方が皆さんが書かれるような現代詩的な言葉選びと相性がいまいち。仕方が無い、わたしの目指すのはこっち側ということで。  沙一 さんへ  お読みいただきありがとうございます。  千才の森に迷う、本当は抜け出したくないんですよ。わたしはわたしの色に染まった言の葉の彩りに酔いながら、いつまでも森の中を彷徨っていたいのかもしれません。  自分の綴った言葉を眺めていれば、いつだって白昼夢を見ることが出来るのですから。酩酊、そう! いつもそんな感じで書いてますよ。  そうそう、ハクチウムは白昼夢です(笑) たまにダダ漏れします。  最後はね~、あまり偉そうな終わり方をしたくなかったのもありまして、強制ログアウトを選択しました。まだまだ作品はありますし、本当に終われなくなりますからね。技術力不足ですね。  愉しんでいただけたようで持ってきたかいがありました。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-04

お邪魔します。 ども、向こうではお世話になっております。 分かりやすい文体での小説も書かれて、こういった難解な詩も書けるのは羨ましいです。 内容を読み解くのは難しかったですね、初見ではほとんどわかんなかった。コメントを読みまして、何となく理解できたかなと思います。 詩なのですから、内容をしっかりと読み解けなくても良いのかもしれませんけど、文章が真っ直ぐこちらに向かってくるので、読めないのはもったいない。答えを示すのが詩として正しいかどうかはわたしにはわかんないですけども、個人的にコメントの解説は有難かったですね。 書き表したいから書いたと言うよりは、伝えたいから書いた。そんな印象を受けました。ですから、内容を伏せてわかりにくい言葉を使っていても、それでも伝えたいという気持ちがそのまま文章に乗っかっていて、読む人の方に向かってくる強い力になっている気がします。むしろ、普通の小説で書くよりも力は強くなるのかもしれませんね。文章に破綻が無いのも、目的を持った意思の表れなのかな。 使っている言葉もあっちこっちにぶれないで、一つの文が向かおうとする方向を向いているんですよね。それも強さを増す要因になっている気がします。 作者の一部になっている記憶。 コメントから考えれば、記憶の一欠片のよう。 内容から考えれば、血肉の一部のよう。 余韻から考えれば、歩き続ける動機の一因のよう。 事実から考えれば、無数に重ねられた用紙の一枚のよう。 長い一瞬は確かに存在していて、手にとって日陰で透かして見れば、いつかの誰かが映り込む。 そんな純粋な詩。 詩はこれからも書かれるのでしょうか? 色々書いて貰いたいなーと思いますよ。 (約束)

2019-10-04

お読みいただきありがとうございます。 そうなんですよ、わたしよりも猫の方がセンスがありまして(笑) 本編は忘れてもらって構いません、ただの愚痴みたいなものですからね~。 読みやすさ、というよりも途切れさせないように。このサイトで言うところの可読性でしょうか。この点はかなり気を配ったつもりです。話に大きな意味が無い上に、小難しい漢字や単語を混ぜているので、読みにくくなるだろうなと思いまして。成果に繋がっていたようで良かったです。その辺は小説を書いている人の、特権なのかもしれませんね。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-27

こんにちは、こんばんは。 お読みいただきありがとうございます。 なるほど、『かん』ですか。癌だと確かに、語感も厳つくて強そうですし、漢字も独自性があって難儀な気分にさせられますもんね。一方、『かん』だと軽く扱えそうな気がします。癌もこんな名前をもらったから、頑張っちゃってみんなに悪さをしているのかも? 縁は意外なところから生まれたりするものですね。感謝です。 聴覚、音はなるほど、意識して書いてました。でも、それだと、作中に耳当たりの良い音は無かったかも知れませんね。海苔の缶(わたしも円筒の缶を想像していました)の音、紙、パラパラと溢れる音、紙魚の足音、猫の笑い声…… 今作品はネガティブな思考から生まれたものでしたから、作品が纏う感覚も陰気寄りになっちゃってて、気をしっかりと保っている時じゃ無いと読む気にならないかもしれません。 普段は癌なんて危ない単語は使わないんですけど、みなさん鋭い言葉を扱っているので、わたしも負けないようにと、ちょっと使ってみました。 手の中に収めるサイズ感への比喩というのは、無意識の願望を見られた気がしましたよ。実のところ、わたしの意識では、癌は言葉や思考の事だったんです。意図せず無限に広がり続けるくせに、形のある文章になかなかなってくれない真っ黒いもの。そのうち、生きているから考えるのか、考えるために生きているのかわからなくなりそう。わたしの言葉は制限を掛けておかないと、こうして増え続けますからね。 そういったものを、わたしは手中に収めたがっていたのかもしれません。 缶にかんを還して冠する。カポッ。 かぐや姫壱夜。気に入ってもらえて嬉しいです。ああ、なるほど、お名前がちょっと似てますもんね。ルルは登場人物の中では、明確な肉体を持った存在としてキャラを立たせましたから、お気に入りになりやすい存在なのかもしれません。主人公以外の他のキャラクターは象徴のようにぼやけてますからね。 ただ、ちょっと性的な表現に頼りすぎてるような気もしています。ここは反省しないと。 罠を仕掛けたお化け屋敷、嬉しいですね~! ああ、でも確かに。うん、なるほどですよ。お化け屋敷のお化け達は、意味を持っていませんからね。怖がらせるだけに生み出された存在で、それ以外の存在理由を持っていない。そういう視点で見れば、この作品もその時々に出会った印象や衝撃だけで言葉を選んでるようなものでしたから、大いに似ているところがありますね。全体的に恐ろしさや暗さを持たせていますし。 そして、全体的に知的さを含ませた罠。あー、お返事しているわたしの方がわくわくしてきました←謎 本作品は2度目の読みに耐えられるのだろうか? 特に明確な含みを持たせていないので、内容は浅いんですよね。 書いていて楽しかったし、すらすらと筆を運べたので、もう一度書いてみよう! ジャンルを確立する勢いで何個か書いてみようと思ったんですけどね、全く書けないのです。不思議なぐらい書けない。書こうとすると、普通の小説になってしまうんですよ。あのときは、何かが降りてきたぐらいの勢いがあったからなー…… やっぱり長くなってしまった。 ありがとうございました。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-26

 お邪魔します。  わかるようで、わからないけど、わかるような。そんなもどかしさを感じました。でも、言葉が優しいので、何となくわかった気分になれるのが、この作品の持ち味って気がします。読んだ人に、わかりましたか?って聞くと、みんなが うんうん と頷いちゃうような作風。  折角なので、わたしの感性のままに読んでみます。  愛を愛と言って有り難がるのは人間だけなんじゃないかなって思ってます。で、多分考えたのは男性かな? 多くの生き物は、雄が雌にアピールしますし、人も昔は男性があの手この手で女性を口説こうとしていたんじゃないでしょうか。そんな中、女性に対して、僕の本能を受け取ってくださいと言って嫌われた男性が練りに練って生み出した言葉が愛。もしかしたら。わたしはその頃まだ生まれてなかったのでわかんないですけど。  で、この『愛』って言葉は便利なもので、形が存在しないから愛の意味がどこまでも広がってしまって、今では大抵のことを『愛』で片付けてしまえるようになってしまいました。  そんな広すぎる『愛』の果て。そこにはあらゆる者を抱きかかえすぎた結果、悟りを開いてしまい何も存在していないのかもしれませんね。 >愛の果てのように ぽつねんと  そんな事を思いました。  貯えられる図書館は、まだまだ空きがありそうです。終わりの見えない情報道を走る図書館。なんだか表現を生きがいとする全ての物書きを指してるように読めました。  トンビが「おお、人間よ(訳 万葉)」と人を探している。この感性には脱帽ですね。巻き舌で、とか、トンビのくせに可愛いか。あれだけ高い場所を飛んでいても見つけられないのは、探し人は紫の中に紛れてしまったかな? たしかに、人捜しのためだけに言葉を身につけたトンビからすれば、ただの点は、どんな名前で呼ばれるんでしょうね。  そんなわけで、点の獣の登場です。闇の獣もこれまた可愛いですね。舌っ足らずなんじゃないかと思う鳴き声も、見た目からは想像できない鋭い爪も、丸まって点になっちゃった外見も、全てがチャーム。でも、チャームポイントは他者を惹き付ける点であって、他人が居ないと教えてもらえない。自分じゃなかなか気が付かないものなのかもしれません。  なんて感じで書いていると、終わりそうにないので、端折っていきます。  全体を通して読むと、嫌なことがあり、むしゃくしゃして言葉遊びと連想ゲームをしていたら、誰かに優しくしている人を見つけて心が穏やかになり、また先へと進めるようになった。そんな詩の様に感じました。  言葉遊びと連想ゲーム、これが作品の骨格になっているように読めたんですよね。優しく、やわらかくて、前向きになれる詩。作品の雰囲気や言葉選びが、良い感じに好みなんですよ。柔らかい。  全ての連に遊びが入っていて、ほわほわとした流れなんですけど、でも最後にはちゃんと大切なことを伝えてくれる。  3連目。一転、広い視界と描写力を試されそうな情景、これは確かに疲れそう。でも、猫写をしてしまう性。個人的には猫写(びょうしゃ)より猫写(ねこうつし)の方が好みかも? 何となくですけどね。  やさしみのおさかな。指でツンツンしたくなるほど、柔らかそう。  平仮名の使い方が手慣れていて、読んでいてほっとしますね。角が取れるってこういうことなんだなと。最後では、何となくばらばらになっていた自分自身を受け入れて結び直せるようになった途端、本来の姿を取り戻した感じが伝わってきて、読後感も楽しさがメインで残ってる、良かったです。  あー、コメントがごちゃごちゃしてしまいました。  やさしみを撫でているような感覚になれる作品でした まる    (ciao ちゃあみんぐ)

2019-09-10

お読みいただきありがとうございます。 まずは、半分の羊でのコメントへのお返事ありがとうございました。面白かったとのことで、良かったなーと。まあ、作品のジャンルがどうこうよりも、一緒に創作された事が楽しかったんだろうなと想像していますけどね。 詩は連詩という文化があるのがいいですね。最初の2連は、別々に書かれたんだなっていうのはわかったんですよ。言葉の選び方が違いましたから。ただ、その2つを最初に置いたことで、『この作品に含まれている雰囲気はここからここまでありますよ』という範囲を示す役割を果たしていたから、作中の細かな色の違いも範囲内と感じられたのかもしれません。 詩のスランプは、深そうだ。小説はテンプレートがあるので、形だけは書けますからね。  都々逸を書いてみて気が付いたんですけど、狙って書くのはいまいちですね。頭の中がしゃれっ気で溢れてる人が、ふとした拍子に浮かぶ、そんな感じに生まれる都々逸の方が、上手く出来そうです。狙うと頭でっかちな出来上がりになっちゃいますし。そもそもの話、都々逸は韻を踏む必要って無くて、全くのわたしの趣味だったりします。  何個か書きましたけど、良さそうなのは豚骨鶏ガラぐらいで、他は自分でもまだまだだなーと思います。有名所の都々逸って、的のど真ん中をスコーンと打ち抜いてくる感じが魅力なんですよね。狙うのは難しい。  そう考えると、たしかに酔った勢いで生んでしまうぐらいが丁度良いのかも?   俳句は言葉に代えられない感情を、短歌は相手を思いやる心を歌っているのが多い気がしますけど、どうなんでしょうね。わたしはこんなペンネームを使ってますけど、俳句も短歌も苦手でして(笑) 万葉も、まようと読んで、迷うの意味を含ませたものですから。でも、いつかは短歌とか綴れるようになりたいですね。  初春、令月の空は和らぐ蕾の奥に控えて、薄く、遙かに伸びていた。……意訳を書き換えられるようになっても仕方が無いのです。  あ、題名の英語は適当に並べただけです、すみません。LEDが先に思い浮かんでしまって、これは使えそうだと粘った結果、引っ張られる形になってしまいました。  そうですよね、明るいものを明るいと書いても詩ではなさそう。さて、どう書きましょうかね。  ありがとうございました。  (『Little Eggs Dodo it’s 飛べぬのろまの 歌うたい』)

2019-09-10

 お邪魔します。  いや、すいません。色々と評したかったんですけど、下の変なのを書いたら体力が尽きてしまいました。  なんとなく、こんな感じのが続きに来るじゃないのかな、むしろ来て欲しいなと思ったんですよ。階が夏で終わるとは思えなくて。わたしが書いたのは答えをはっきり示しちゃってるので、詩としての面白みに欠けますし、むしろ小説に近いです。  ああ、これだけは。  最後の3行1連に、凄く強い言霊を感じたんですよ。まとめの連だからとか、そういうのじゃなくて、文章そのものに深みを宿した力を感じました。いい詩だな~浸れるな~と思いました。  ただ、その強すぎた力が他の連を存在感を打ち消しちゃったのかも、とか。多分、期待なんでしょうね。この連を綴れるのなら、他の連ももっと深みのある文章にできるはず、みたいな。全体的な雰囲気・方向性は、めっちゃ好みなんですよ。好みじゃなければ、コメントに力を込めようとは思いませんからね~。  一つの枝に次々と実を付けるトマトは、幹に近い方から熟れる。  すぐ隣で真っ赤に成長していく兄弟を眺めながら、憧れながら、  追いつけ追い越せの心意気で、陽の光を浴びようと頑張るのだ。  隣にぶら下がる兄が頭の先まで真っ赤に色づき、食べ頃を迎えた。  それはそれは美しい、あの太陽さえ及ばないほど輝いているように見えて、僕は羨望の眼差しを送らずには居られない。。  ああいう風に生りたい。早く熟れてくれ、僕の体。あれほど、綺麗な容姿を保ち見事に色づいたのなら、人間達に持て囃されて、店先でも他の先輩とは一線を画して並べられるに違いない。賞賛する歌に囲まれながら高々と太郎トマトの名を掲げる兄の姿を、はっきりと思い描いていた。  その兄が、その兄が。誰にも気が付かれないまま、落下した。  (中略)  鴉が、不吉な色を纏い不気味な声を上げる、不浄から使わされた不穏な使者が降りて、その凶嘴が、あろう事か兄の、真っ赤な名残だけをこの世に残していた兄の体を貫いたのだ。  なんと言うことを! 兄がどういう存在なのかわかっていてそんな真似をしているのか!?  (中略)  急いで登り詰めなければ。  太郎トマトの名を冠する僕らが、このまま終わるわけには行かない。兄が落ちたなら、今度は僕が代わりに。  春の遅くに地を蹴って、夏の階を駆け上がりここまで来たんだ。何故兄が落ちてしまったのかはわからない。おそらくは、階を登り終える後一歩の所で踏み外したんだろう。兄が踏み外した階を、僕が代わりに登り詰めてみせる。  暑さが最高潮に達した日、駆け上がっていった僕の足がぴたりと止まった。本能が危険を感じ取ったのだ。足の裏が、踏み出した足の裏に感じる感触が明らかに夏ではなかった。  知らない。僕はこんな季節を知らない。  次の一歩を登ったら、間違いなく、階は崩れる。崩れてしまうと言う確信があった。今まで積み上げてきた全ての物が、崩れる。  いや、そんな筈はない。まだ先の高みがある筈なんだ。あの兄でさえ到達できなかった夏の先、未だ見ぬ高みがある……なければならない。無かったら、僕らは何のために登ってきたのかわからないじゃないか。  カァァァァァァ  背中に ぞくり と悪寒が走る。すでに狙っているのか? どこだ? どこにいる? 僕が地面に落っこちるその瞬間を、物陰から狙っているのか、あの不埒者は!  しかし、踏み出した足は固まった。この道は一本道で、近道なんか無いんだ。でも、次の一歩を踏み出せば、必ず地面に落ちる。落ちてしまえば、醜くひしゃげ、僕が何者だったのかさえ思い出してもらえない芥と化す。そして、どこまでも真っ黒な鴉が私の体をついばむのだろう。恐ろしかった。そんな者に変わってしまう事が、恐ろしくてならなかった。 (中略)  弟よ。  私の血を分けた弟よ。  私の体は鴉の腹へと飲み込まれ、数粒の種だけが地面に残った。残りの数十粒も、いづれ鴉の腹から這い出てくるだろう。どうだ、醜いだろう? 失望しただろう? あんなに赤々と実った私の体は、もう存在しない。  だが、これが私の望んだ姿。弟よ、お前に私の真意が伝わるか?  移り変わる季節を恐れ、夏の幻にしがみついていれば、いずれ人間がやってきて、美しく実ったお前を大切にもぎ取ってゆくだろう。ああ、お前は私とよく似ているから、きっと皆から賞賛されて、持て囃されながらその一生を終えるだろう。  だが、わたしは夏の階を越えた。その先にある一段は、登った瞬間に崩れ落ちることを知っていて、それでも私は登ったのだ。  お前は私とよく似ている。  知りたくはないか? この先にある季節を。そして、季節が一回りした時の私達の姿を。この先には、まだ、私達の物語が続いているんだ。醜い姿を晒し、凍える季節を耐えた先で黄色の風が、眠り続けた私達の物語の頁をめくってくれるだろう。  落ちてこい、弟よ。  自らの意思で夏を越えろ。  喰われてしまえ、弟よ。  お前は大樹に成れる者。 (後略)  いや、ほんと、勝手に書いて申し訳ないです。やっちまった感。  お邪魔しました。 (夏の階に立ち)

2019-09-09

お読みいただきありがとうございます。 そう、おっしゃっていただけると有難いですね。前回が難解な作品でしたから、今回は小難しさを排除して、調子に乗せて気楽に読めるのをと思い、こんな作風にしてみました。どどいつの妙よりも、言葉遊びに傾いてしまいましたけども。 子供の頃以来、浴衣を着る機会も踊る機会も無くなってしまいました。 どどいつどいつ、どどいつどいどい。この合いの手は、実際に言われてたそう。どんな感じかわからなかったのでアレンジしてみました。 都々逸については、以前俳句を投稿されている方がいらっしゃったので、都々逸でも大丈夫だろうと持ってきてみましたけど、どうでしょうね。 初めて都々逸を書いてみたんですけど、書くに当たって色々と調べてみたんですよ。ルールとかあって驚きました。7775がリズムですけど、言葉の内訳としては、34.43.34.5が基本らしくて、1番目と3番目の34は44としても良いんですけど、2番目と4番目は字余りさせてはいけないとか。 詩作は、明るい詩を書いてみたいなと思っているところです。でも、暗くなるんだろうな~。明るい詩を書ける人は明るい人でしょうから、きっと詩としてではなくて歌詞として、歌を発表するんじゃないかなって思ったり。 ありがとうございました。 (『Little Eggs Dodo it’s 飛べぬのろまの 歌うたい』)

2019-09-09

 水は幽を生む生き物だ。  真っさらな水鏡だけが、一滴が内包している世界を映し出せる。  無数に重なる波紋として、意識の全てを惹き付ける水音として。  潤ってみたいと思わせる透明な色として。  全ては一滴から始まるのだ。  彼女が透明な森へ足を踏み入れた時に生まれて広がった濃緑の世界を、私はひたすら追いかけた。 (最初の2連からのイメージ。どこか水をような清らかさを感じました)  自作をちょっと書いてまして、コメントを書いて回るのはもう少し後からにしようと考えていたんですけども、すごく好みの作風を見かけてしまいコメントを書かずにはいられませんでした。  真っ先に聞いてみたいことがあるんですよ。この作品を書くのは面白かったですか? それとも苦しかったですか?   こういう作風を好む方はもっといらっしゃるとは思うんですよ。書くにしろ読むにしろ。  あくまでわたしの見方ですけど、この作品、内容は小説寄りで文面は詩に寄ってるように感じられました。共作との事でしたから、詩の趣を乗せつつ、相手に内容が伝わるよう書かれた感じを受けます。物語がわかりやすかったです。交互に書かれたのかな? それとも一緒に構想を練って書かれたのかな? いずれにしろ、綺麗に纏まっていて共作の悪いところ(継ぎ接ぎ感)の見えない仕上がりになっているように感じます。  わたしなりの批評ですけども。  全体的な物語の流れとしては、そこまで目新しさはないんですけども、主従の関係性にオリジナリティがあって良かったなと思いました。短編として良く纏まっていると思いましたね。わたしなら、このサイズで最後まで書き切るのは無理ですから、羨ましい技術です。  やっぱり、詩的な表現が効いてます。もっと、濃く入れてもいいなーと思うぐらいですね。ああ、物語に色が付きすぎて表現が呑まれるよりも、ちゃんと、言葉にも雰囲気にも浸れるこのぐらいの安定感のあるシナリオの方がいいのかもしれません。  詩と小説の合いの子は、この加減が難しい。内容にわくわくしすぎて先を読み進めたいと思うと、目を止めさせる詩の表現が鬱陶しくなりますし(小説書きが詩的な表現を敬遠する理由はこれでしょうね)、かといって乾燥した文章だけじゃ、面白みに欠ける。  表現は、さすが詩を書かれる方だなーと。 『八分休符の椅子に腰かけて』この言葉がもの凄く好み。 『姫空木の迷宮』すごく素敵な情景です。迷いたくなりますね。 『葉を落とした裸木のように、おたがいにありのまま、心をうちあけられたらいいのに』物語があるからこそ効果を増す文章なんじゃないかなって思いました。  まあ、好みの表現を挙げていたらきりが無いんですけどね。一番良かったのは、素直で純朴な優しい物語に合わせて表現や言葉の色、香り、雰囲気を揃えていることだと思います。敢えて変える方もいらっしゃいますし、その威力もわかりますけど、わたしは揃えた方が美しいと思いますし。  一方で、わたしの好みとはズレがあり、書き換えたい!と思う表現ももちろんあります。会話の多さは好き嫌いが分かれそうだなとも。好みはそれぞれ違いますからね。こればっかりは仕方が無い。ちょっと指摘したいところもありますけど、アドバイスタグが付いていませんし、共作でしたら指摘されても直すのが難しいでしょうから控えておきます。  大切に取ってある少年との記憶を、『記憶の断面からあふれる蜜』と、どこか艶めかしい表現で捕らえて囲っているこの女性も素敵だなと思います。とか書いていると、コメントが終わらないので、この辺りで。  なんだか新しい刺激を受けた作品でした。 (半分の羊)

2019-09-09

お読みいただきありがとうございます! こんなに訳のわかんない文章を、深く掘り下げてもらって嬉しさの極みですよ。凄い。1作品目と2作品目は完全に別物で、2作品目を書き終えてから、1作品目を書きました。本当は猫が書いた2作品目だけでも良いんですけど、現代詩という不可解なものを書こうとした時の、混乱具合を伝えてみたくて1作品目を加えてみました。 あのとき、わたしは『現代詩を書こうとする人』を演じていたんですよ、多分。その時に内外から受けとった感覚を、そのまま書き記した作品です。これほど、深く読み解いてもらえたので、わたしも自作を読み解いてみましょう。自作を読み解くって変な言葉ですけどね、わたしも理解が追いつく前に書いちゃったので。 ふじりゅうさんのコメントを頂く、というより吸収する。他者の作品の読み方とそこから綴られた言葉達を、作者のわたしが吸収するのです。そうすると、わたしに目が生まれます。新しく浮き出てきた視点と、元々描かれていた線を繋いで、新たな像を描き出す。それは、1人では決して探し出すことの出来なかった焦点であり、新焦点に集めた思考の光が広がった先に創り出すのは間違いなく実像。  この男は普段に過ごす生活の中で、現代詩を書こうとしたのだろう。しかし、男は現代詩という物がわからない。詩を書くのであれば罫線の引かれた紙を用意するのだろうが、現代詩なるものがどんな姿をしているのか予想できない状態では、何も書かれていない白紙を用意した方がいいだろうと、考えたようだ。  色の付いていない白紙の白は、あらゆる色を混ぜ合わせて生まれる太陽の白色とは違って見える。そう感じた男は、この色が褪せる前にと急ぎ、考えも無しに、真っ黒な癌を紙に溢していった。だらだらと、溢した。現代詩を書くのに癌を使った理由は、現代詩では鋭い姿の言葉が好まれるという調査の結果を受けての事、そして恐らく、癌の無限に増える性質を利用すれば自らが何もしなくとも詩が形作られるだろう、そんな安易な考えからによるものではないだろうか。男は脳内で増殖を果たした癌を用いたのか、それとも、社会の隅に巣くう癌を集めてきたのか。それはまだわからない。  癌を蹴散らすほど乱暴な紙魚、いったい男は何を見たのだろうか。だが、その紙魚なる生物的な何かによって、男の浅はかな望みを潰えさせられたのは事実なのだろう。銅より銅を感じさせる色のふてぶてしい生物(こちらは間違いなく生命体かと思われる)にさえ小馬鹿にされるほど、もくろみは木っ端微塵に潰えた。現代詩は自然と生まれる物ではなかったのだ。  男は最近弁当を作っているらしい。現代詩が何かを知らない男は、料理をする際に使われるの技法で現代詩を書こうとしていた可能性がある。当然だが、失敗している。詩をグリルで焼いても現代詩にはならない。焦げるだけだ。ここで、癌の生態が少しだけ明かされた。本当の白紙、白の上に載りたがる癌。何の色も付いていない紙の白、それに対して空白時間を埋めてしまう明日は色が付きすぎているのかもしれない。詰め込まれた情報が多すぎるのだろう。社会の荒波生まれの癌であれば、明日に存在する情報量程度で嫌がることもないだろう。ここから推測するに、癌は男の花舞う脳内でぬくぬくと育った世間知らずな黒の可能性が高い。  結局男はやめた。作りかけで、やめた。白紙の白も弄っていた癌の黒も、全て元の海苔の缶へと放り、さらには名前を偽装した。現代詩の出来損ないとは書かずに、クッキーと書いた。無かったことにした。平等という言葉を使えば、確かに正しい行いの様にも聞こえるが、男に必要なのは平等ではない。言い訳のようにも感じられる。  海への落下。大きな何かに呑まれていく描写。前述した癌の生体を思い出してほしい。癌は脳内で増殖していたもので、男の予想では、癌が行列や隊列を作りどんどん溢れていくはずだった。しかし、溢さないままやめてしまった。やめたのは男の都合で癌の都合ではないだろう。知らずに増殖を繰り返す癌。もしかすると、この海の正体は……  喉を鰓にしたいと嘯く。身体の器官を別の物に変える、環境に因る進化だ。しかも、男は肺を持ったまま酸素を取り込む器官だけを変えたいという。本来であれば人間は海の中では生きられない。だが、男にとって海の心地は良かったらしい。進化をしてまでもそこに居たいと思わせるほど、居心地が良かったようだ。肺を持たずに海中で生きていく術もあったろうが、男は酸素を取り込みながら、このどろどろとした海中を自由に泳ぎ回る『鰓を持った生き物』に成ろうとした。  その生き物は海苔の缶を開けられるのだろうか? 白紙に表現することを諦め、悩むことを忘れ、唯々この海を泳ぎ回るだけの生き物に成ろうとした。それは、男ではなくなること、男の死。強がってみせる男、困難を楽しんでいる風の男、大口の啖呵を切ってこれが自分の道なのだと吠える男。だが、死だ。  それでも。  幸せなのかもしれない。  自由なのかもしれない。  解放なのかもしれない。  海の姿をしたモノに呑まれてしまうことは。  いつもの猫に釣り上げられた。やっぱり男には陸上が合っているように見える。 個人的には、こんな感じでわかるように書く方が好みかも。 今回はふじりゅうさんのコメントを頂いて書きましたけど、他の方のコメントを吸収すれば、きっと別のコメントが生まれるはずです。可能性は黒の数だけあるのでしょう。こういう思考実験は楽しいですね~。 ありがとうございました。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-07

たまに、コメントが反映されないまま、コメント数がカウントされる時がありますね。わたしのPCのせいかな?コピーペーストするとなりやすいかも。 お読みいただきありがとうございます。 あ、散文の書き方は苦手ですか? わたしには詩が難しすぎますし。みんな得手不得手ってありますよね。 読む度に感想が変わるのは、わたしもそうです。だって猫が書いたんですから、わたしには理解しがたいのです、とか言って逃げてみる(笑) その時々で感想が変わるという感覚は凄くわかります。個人的には、答えは一つの方がありがたいんですけど、全然定まらない感想に翻弄される楽しさも何となくわかってきたところですよ。 運び屋は気に入ってるんですけど、猫を使ったのは安直だったかなと。人気取りの為に猫を持ってきたようにも読めちゃいますし。馬とか、ゲンゴロウ鮒とか。『頭蓋が書いた詩、わたしが運ぶ詩』なんてのも面白かったかも? 猿の話は聞いたことがありますね。わたしの文章が書ける動物が居たら、こき使えるのに。 そうなんですよね、こういう作品を楽しんで読んでくださる方もいらっしゃるんですよね。書くのは楽しかったし、自作なので読んでいても楽しいんですけど、他者が書いたこの手のジャンルを楽しく読めるかと言ったら、わたしはどうなんだろう。 どの読者層に的を絞るのか。範囲を広く取るか、深みを取るか。色々試してみたいです。 ありがとうございました。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-03

こんばんはです。 お読みいただきありがとうございます。前の作品のいくつかも読んでいただいたようで、重ねてお礼申し上げます。 本作品、このサイトに上げさせてもらった作品達どころではなく、今まで書いた全ての作品をひっくるめても、2番目に挑戦的な作品となりましたよ。こんなに意味の通らない文章を書いたのは初めてですね(笑) 挑戦してみないとわからない事、というのは確かに在って。書くのは思った以上に楽しかったです。読者にほとんど配慮をしない、書きたいことを書く自由、これは確かに癖になりそうな感覚でした。一応、自分なりの制限を設けて、意味は通じなくてもぎりぎり読めるようには仕上げたつもりです。 ただ、書きながら、こんな訳のわからない作品を書くことに何の意味があるのだろうかと自問していましたね。読む人は居るのだろうか?と。楽しかったので書き切ることが出来ましたけども。不思議な感覚でした。 下書きをこんな風に書いて、ここから小説を起こすのも面白そうだなと考えてます。不思議な小説が生まれそう。 この程度のクオリティであれば、読者への配慮を欠いている分、そんなに難しくないかなと思うんですけども、極めようとすると相当精神をやられそうですね。 前作での藤 一紀さんのご指摘を受けて一気に書き上げた作品でした。良い機会をいただけて感謝です。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-02

お邪魔します。 遠く近くの豊かな自然の情景を、温かみのある色彩で描いた西洋絵画を眺めている気分になれる作品でした。わたしは描写が好きでして。『斜方形が紺のシルクを絡めて』『透明な手が風を解き放つ』この表現が素敵だなと。 牧歌的で平和な暮らしをもたらしてくれる日々への感謝。そこかしこに神秘的な気配を感じさせる景色。 そんなイメージを持った作品でした。 穏やかになれる作品でした。 (訪問者)

2019-09-01

お邪魔します。 高揚感に沸き立つ戦場でもなく、世界の傾きを変える場所でもない、自室からこの作品を読むと、『君』は世界の大きすぎる包容力に殺されてしまったんじゃないかなと思える詩でした。 詩の初心者の私は、まだまだコメントの解説を読まないと真意を掴みきれない作品が多いです。戦争を肯定も否定もしないのは、人間よりも不定形の世界その物の価値観に近いんじゃないかなとコメントを読みながら考えてました。 わたしはどちらかと言えば、文章作品を読む時は主人公に感情移入しながら読むタイプでして。そうすると終始晴れない虚しさを抱えている語り手の心情に呑まれ、反戦的というか、戦争へと向かわせる高揚感に対して反感を覚える作品でしょうか。個人的には。まあ、わたしのような変わり者の読者でさえ、作品は否定しないんじゃないかなと思わせるところが作品の持つ深みなのでしょうね。 時に、広すぎる世界を恨みたくなる。みんながみんなの行動を視界に収められる程度の世界ならば、きっと醜い争いも、出し抜こうとする競争もなかっただろう。 時に、広すぎる世界に感謝したくなる。個人を見ている目の数などたかがしれている世界では、自分を縛り付ける鎖の重さに信条を制限されることなどないのだから。 どちらも同じ世界なんだなと。 うん、多分読み違えているとは思いますけども、世界の包容力と人間が抱え込めるものの大きさの差を見せつけられるような作品でした。答えの示されていない作品は、読んだ後、無心となって作品世界に浸れますね。 (君が死んだのは果たして本当に君のせいなのか)

2019-09-01

お読みいただきありがとうございます。 難解ですよねー。わたしも自身で解説しろと言われたら、辞書を身代わりに置いて逃げ出しますもん。 前回の作品で、文章のイメージのしやすさが逆に詩としての欠点になっているとの評をいただきまして。あえてわかりにくい、ぶっちゃけ意味の成さない直感的な言葉を組み込んでみました。ただ、これが正しい改善方法なのかはわかりませんけども。どういう方向性に持って行くのが正解なのかがまだ掴めていませんね。 書いていて楽しかったのが一番の発見でした。 ポイントありがとうございました。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-01

お邪魔に来ました。 どんな形であれ、独特な自分の世界を持っている人は面白い気がします。近寄らなければ(笑) 小説なんかでは、こういう人物を敵対する組織のトップに据えると、主人公の理屈が相手に全く通らない為、話がやたらとこんがらがって面白いんですよね。でも、最終決戦直前に裏ボスに消されちゃうタイプかな。 ブログの内容ですけど、色々な方面を風刺しているんじゃないかと勘ぐれたのが面白かったです。作者さんにそういう意図はなかったらごめんなさい。また、話の視点があちこちにぶれているのも、逆に人間味があって良かったかなーと。 腐った理論を垂れ流す人をネタに書きたいという目的ならば、十分に成功しているんじゃないでしょうか。ただ、それだけを武器に読者の興味を引けるかとなると難しい気がしました。そうですね、芯。個人的には、一番表現したいところがどこにあったのかを読み取りにくいのがネックになっているのかなと感じましたね。こういう人物をネタにして『   』を表現する、この空欄が欲しいかも。まあ、目的のはっきりとした作品を読みたいという、わたしの好みの話ですけどね。 この作品で一番興味を引かれたのが、上下に付いた広告なんですよ。これを組み込もうと思う発想が凄く好きですね。普通であれば、そこは書かないじゃないですか。 ブログ本編と広告の関係の薄さや温度差が、妙にツボに入るんですよ。持論というか、自分の生きている世界を熱く語った内容を一瞬にして冷ましてしまう、広告の『いつも通り』感。個人の世界観なんて誰も関心を持っていないと言わんばかりの通常運転広告。これは使えそう。 ブログの内容をもっと熱く語らせて、数行ごとに本編と一切関係のない様々な業種の広告を挟み込む。本人の思惑とは無関係に壊れていく雰囲気。そんな表現も一つの手かなと。言葉に表せない虚しさ。あー、でも過去に使われていそう。 あらためて。盲信者を産み出せる宗教って怖いですね。 (【DER4】 偉大なる恋愛論者のブログ )

2019-08-30

お読みいただきありがとうございます。 本題の前に。コメントの文章ですけど、伝えたい目的に向かって整然と言葉が連なっている様子が格好いいですね。こういう文章を書けるのは羨ましい。 ご指摘の、詩である条件について。これがですね~、わたしにとっては難易度が高くて。 確かに、世の中に溢れかえっている言葉は、そのほとんどが耳当たりの良いリズムや表現に加工されていますから。それらを『詩』とは言えないでしょうし、詩の条件でもないとわたしも思います。 ただ、作品の流れを汲めば本来入るはずのない言葉をあえて差し込むなどして、言葉の次元を変化させることが詩の条件というのはどうだろうか? と、ちょっと前のわたしなら答えたと思いますけどね。 現代詩を色々調べたところ、そういう違和感というか不思議さを味わうのが現代詩の特徴の1つ、と載っていまして。なるほど~と。言葉の次元の違いを楽しむ、その感覚は理解できますし、読むのは楽しいんですけど、わたしは正直書く気はないかな。現代詩を拒否するようで申し訳ないんですけどね。刺激が強いですから読むのは楽しいんですけども。 わたしの創作におけるこだわりに、作品の雰囲気を整えるというというのがありまして。雰囲気を崩すような言葉、単語を極力入れたくないんですよ。不思議な雰囲気の言葉を書く時は、世界観そのものを不思議な色に仕上げますし。うーん、折角積み上げた形を崩すのがもったいないんですよね。甘い考えかもしれませんけど。 もちろん、筆力があれば作品の雰囲気を変えないまま、言葉の次元を捻ることも出来るんでしょうけど、わたしにはまだまだ難しそう。実は、今作品では普段使わないような言葉もちょくちょく差し込んではいるんです。でも、様々な言葉に触れてきた方からすれば、『普通の言葉』の枠から抜け出せていないんだろうなと引き出しの無さを痛感しています。 「!???」これの作り方。 そんなわけで、「!???」を感じさせる言葉や単語を直接差し込むことを嫌うわたしが詩を書くならば。文章から組み上がっていく情景や情感、世界観で「!???」を作る、これしかないかな。 言葉では書き表せないはずの森羅万象、登場人物にすら表現しきれない思想詩情、他人からでは手に入れられないものを書ければ、文章からイメージを起こした瞬間、読者の心の中で鮮明に描き出される世界に「!???」という感動が生まれるんじゃないでしょうか。おお!?自分で書いておいて大それた事を言ってしまったと「!???」ってなってます(笑) 狙うなら、そういう作品かな。きっと、それは詩と呼べる物になると……今のところは思っています。 でも、まあ。言葉や単語で摩擦を生み出し読者の心に火を付ける手法も、得られるのなら身につけておきたいですけどね。食わず嫌いは損しますから、挑戦はしてみようかな。 ありがとうございました。 (星を抱き、酒精に口づけ。 )

2019-08-27

お読みいただきありがとうございます。 いえいえ、運営お疲れ様ですね。運営を担っている方が表に出てくるのは、やっぱり何だか新鮮みを感じます。有難い事だな~と思いますよ。 ビックリするような良い評価をいただき恐縮です。アルファベットがですねー、他のサイトに上げるのなら普通に数字で書いてるんですよ。このサイトの方々、と言うよりも詩というジャンルのせいかもしれませんが、ページ上にある全ての文字を作品として読まれますからね。空白さえ評価対象になり得ますし。そんなわけで、本編の邪魔をせず、なおかつ記号として存在感を示そうと気を配ってみました。 表現の文章を褒められるのは素直に嬉しいですね。むしろ、それ以外に見所がないような作品なので。でも、好みは分かれるんでしょう。読者によっては鼻につく表現なんだろうなーとか思っています。 さらりと書けているように感じてもらえたようで良かったです。結構、時間も手直しもしているんですよ、今作品。辞書を引いたり。言葉は難しいです。 それで、書いていて感じたんですけども、考えて書いては直してを繰り返しているうちに難しい変化のある言葉も手に馴染んでくるんですよね。スムーズに扱えるようになる。その結果として、さらっとした感触が生まれたのかもしれません。 最後のオチは、元々がここスタートだったんですよ。この後に、普通の小説を続ける予定をしていました。詩の出落ちを付ける感じですね。まあ、この作品が冒頭にしてはくどすぎたので没にしたんですけども。 オチは入れようかどうか迷ったんですけどね。それまでの雰囲気を全て捨てることになるので、好みが分かれそうだなと。それでも、書かないと話が締まらないと思って。気に入っていただけて良かったです。 ありがとうございました。 (星を抱き、酒精に口づけ。 )

2019-08-26

 お邪魔します。  命の期限、リミット。こう書くと、寿命と書くよりも無情で無機質な感じを受けますね。でも、色が付いていない分、自分で色を付けられる。寿の文字は幸せという強い意味を含みますから、迎えただけで幸せだったんだと感じてしまうけれど、実際そんなことは無いんでしょう。だから、みんな一生懸命生きようとするのかもしれません。  終わりまでの道のりを改めて考える詩、終わりがあるからこそ前向きに頑張ろうとする姿は格好いいですね。精一杯生きるためにリミットを知りたい、そんな考え方もあるのかとちょっと驚きました。来るな来るなと逃げるより断然格好いいです。  そして、それを強調するわけでも無く、強要もしないで、ふとした日常の中で考えてるテイストにしているのも、いいなーと感じました。 (いのち)

2019-08-15

月隠緯檻さん こんにちは。お読みいただきありがとうございます。 コメントは付かなさそうだなと、半ば諦めてました(笑) オチを付けたのが悪かったか。 タイトルは完全にわたしの好みで書いたので、どうかなーと思ってましたけど、目を引けたのなら良かったです。 aはわたしも気に入っている部分ですね~。言葉遊び重視で、深い意味とか無いんですけど、こういうのは書いていて楽しいです。 こちらこそ、ありがとうございました。 (星を抱き、酒精に口づけ。 )

2019-08-15

くどい…… 久しぶりにこんなくどい文章を書きました。 a=詩 b=詩的比喩? c=詩的描写? d=詩のような言い回しをするキャラクターが出てくる小説 e=小説(オチ) 意識しながら書いたわけでは無いんですけども。結果として、そんな区別になりました。 (星を抱き、酒精に口づけ。 )

2019-08-13

お邪魔に来ました。 ああ! コメントを読ませてもらってようやく気が付きました。こういう作品をアクロスティックって言うんですね。なるほど。面白いですね~。 平仮名綴りも読めてしまいました(笑) 北の言葉かな。 夏の夜風に当てられたかのような、しんみりする詩ですね。夜の風は、どこか遠くだったり、離れた誰かだったり、もしくは自分の内面の深い場所だったり。普段意識しないところを想わせる不思議な力を持ってるような気がしますね。 あまり綺麗に書いてしまうと、心情を吐露する感じが薄れてしまいますし、かといってダダ漏れみたいな書き方では作品として読みにくくなってしまう。この手の作品は難しいですね。 泣く子はいねがー。海外では虐待だと批難されたりするみたいですね。まあ、今とは時代背景が違いますし気候も違うでしょうから、やむを得ないかも。今は文化として残ってるだけですし。 泣くのが正しい子供の姿なのかもしれませんね。 そうそう、くろんどさんって何でしたっけ? どこかで聞いたような。 一連目が好きですね。頭文字を整えながらこれを書けるのは凄いなと思いますよ。 星への想いが溢れてる感じが伝わってきます。星と言っても、実際の星では無くて、幻を感じさせる創作に見る星。 >んんって頭捻っても この描写がいいですね。難儀している様子が伝わってきます。所々に言葉遊びもちりばめられていて、頬が緩むような楽しみも感じます。でも、しんみり。 夜の深みに沈んでも、やっぱり朝日は昇るんだ。 そしたら、また前を向かなきゃいけないんだろうなー。 (かきさらし)

2019-08-12

 お邪魔します。  わたしの知識では、並ぶ言葉たちが何の隠喩なのかさえわからないほど難解な作品でした。それでも、読みやすく書かれているので表面的なところは読めるんですよ。  行の作りが魅力的で、非常にわかりやすく区切られていますね。ここまで丁寧に書かれているのに、なんの答えも見いだせないのは、なんだか情けないので、わたしなりに読み解いてみました。  もっとも、解こうとしてはいけない種類の作品なのかもしれませんけどね。  鯉は出世と相性が良いので出世の事かな。城ヶ崎さんはわたしの知り合いにはいないんですけど、なんだか格式の高そうな家柄に思います。偏見かもしれませんけど。  そう考えると、出世は縁が無かったが、代わりに令嬢を手に入れたというふうにも読めますね。  目移りの激しかった相手も一途に変わってくれた。彼女との関係は安定している。  流動的な株価の変動はもう先が読めなくなり、固定資産の価値が上がる昨今。会社の業績は浮き沈みが激しく、一方が浮き上がれば必ず反対側は下がる。この情勢では、いつどうなるかわからない役職を得るよりも、良い縁談を得た方が吉と言えよう。  安定的な家庭を築いていれば、ゆくゆくは、この船の舵はわたしが操ることになる……と思う。  わたしが読むとこんな解釈になりました。  うーん。こう読み解いて楽しみました、と言った方が正確かもしれませんね。  最後の行が面白いなと思いました。この先のことを言ってるように聞こえるんですよ。今までの事を踏まえれば自分が羅針盤を司ることになるのだろう、そんな希望というか野心というか。確定では無いところが面白いなーと。  色々と解釈を楽しめる、そんな作品に感じました。    (羅針盤)

2019-08-12

仲程さん  お読みいただきありがとうございます。  わたしも堅苦しいのは苦手ですよー。  茄子はボリュームがあった方が良かったですか? 何にせよ、茄子は安直でした。もしかしたら深みが足りないから、ボリューム感に乏しい作品になってしまったのかもしれません。  大根は、そうですね。もう少し削り落とした方が読みやすいかもしれませんね。思いついた限り並べてしまいましたから。なるほど。  あとがきはすいません。コメント欄に書こうかとも思ったんですけど、どうしようか迷った末に本編へ書いてしまいましたね。後書きは、あくまで後書きとして書きましたから、散文詩では無いのです。  ネットでは現代詩の特徴に、普段使わない言葉を差し込んで、とか色々書かれてましたからちょっと混乱してまして。実際、このサイトでは現代詩らしい作品を書かれる方が多いように感じますし。サイトが現代詩をメインに扱っているので当たり前ですけどね。  ありがとうございます。   ( 畦の散歩歌3編 (潮風のおまけ付き))

2019-08-12

 タカンタさん  こんにちは。  そうそう、そんな易しい言葉で書いてもらえると読解力の無いわたしでも読めます。感謝です。あいかわらず、本編を読んでもらえたのかどうなのかわかりませんけども、ありがとうございます。  わたしの場合は浅学が理由にあると思っています。タカンタさんの場合は人間性というよりは、文章が発する力の方向性かなとも思いますよ。相手の考え方を変えさせるのに、知識を背負って真っ正面から押し込んでも難しいでしょうに。ガードを固められるだけじゃないかなとも思いますよ。でも、そういったところも人間性に含まれるのかな。  まあ、わたしは他人の文章をどうこう言ってる場合じゃ無いんですけどね。タカンタさんの積極性は羨ましいですけど。  好ましくとリズム良くは意識してます。格好良くと美しくは、目標ということでお願いします。  ゴーストライターは考えたことが無かったですね。わたしの文章は癖が強い方ですから、どうでしょう。わたしの作品を読んでる方は、地の文を読むとわたしが書いたのがわかるらしいですよ?  まあ、どんな形でもある程度を稼げるなら、嬉しいのですが。  あ、それと、タカンタさんはわたしへのコメントは2回まででお願いします。タカンタさんのコメントは回を重ねる度に、どんどん違う方向へ逸れていきますから。あと、長文で書かれると間違いなく曲解します。  2回まではお返事をさせていただきます。と言っても、そんなに深みのある作品は書けないと思いますけども。  なにとぞよろしくお願いします。 ( 畦の散歩歌3編 (潮風のおまけ付き))

2019-08-12

 お邪魔に来ました。  詩を読むのが苦手なんですよ。  わたしの感想じゃ、本当になんの参考にもならないと思いますよ?  さて、ダリアです。  全体を通しての感想は、難しくてもったいない、って感じでした。  幽霊が成仏していく話のようにも、自殺者が輪廻に飲まれていく話のようにも、単純に夜明けを描写しているようにも読めました。でも、たぶん読めていないんでしょう。  壁伝いに苺を擦ってくる様子は、苺の軌跡さえも簡単に想像できるのに、凄く強くイメージが印象に残りますね。  人の息で満たされた地下道で、靴音が一つに揃っていく感覚は、静かに、それでもはっきりと生命力を感じさせてくれます。 >迷宮のはずみに >緩やかな空を吊るした >空になった景色に置かれて揺れている >水槽いっぱいのダリア  はっきりとは捉えられないのですけど、センスの良さを感じる表現でわたしは好きです。  こんな感じに好きな表現がいっぱいあるから、読み解ければ絶対に楽しめる詩なんだろうなと思う反面、全体を通してイメージを掴みきれないのは、非常に残念で辛いのですよ。正しくなくても、作品から自分なりの感情を得られれば救われるんですけどね。  何度読んでも読み取れない詩というのは、何度計算しても解に辿り着けない物理学の問題と向き合っているようで、読んでいて苦しくなるのです。  今回のダリアという作品だけでは作者さんの作風が掴みきれなかったので、過去の作品も読ませてもらいました。 『Gaden garden』『家族八景』『無題』なんかにみられる作風というか、作者さんの色というか、めっちゃ好きですね。心中や花なんかも好きでした。この辺りはわたしも読めるんですよ。ここまで一般的な感覚に寄ってもらえれば、きっとほとんどの人が読めるでしょうね。  こういう作品を書ける方なんだなと知れば、ダリアでももう少しこっちに寄ってくれたらなと思ってしまいます。そしたら読んで楽しめるのにと。 『Gaden garden』や『巣立ち』が素敵でした。  言葉には言霊という力があって。持論ですけども。楽しい・西瓜・跳ねる……単体の言葉であれば、老若男女誰が使っても同じ印象を与えられます。これは言葉が本来持っている言霊なんだと思っていますね。  その言霊を目的によって高めたり、ぼかしたり、研いだり隠したりする技術が文章かなーと。その文章達によって作品全体の味わいや面白さが作られるんだと思います。  作者のセンスは選び出す力。題材とする感情を選ぶ、言葉を選ぶ、文章表現を選ぶ。どれを選択すれば、自分の表現したいものを上手く表して伝えられるか。そうして組み上げられた作品の色が、作者の輪郭を作り上げるんでしょう。  まあ、わたしの個人的な見方ですけども。  わたしが読み取れて楽しめた過去の作品達は、高い技術力はもちろんですけど、センスの良さをビシビシと感じたんですよ。言霊をどう扱えば望む力を発揮できるのかを、しっかりと把握していなければ書けない文章・作品です。  静かに、深く、そして品が良い。一番気になった特徴は抵抗がないことですね。すーーーっと入ってくるんです。もっと多くの、詩とは関係の無い人達の目に触れていけば、今よりも更に評価されるんじゃないかなとも思いました。  詩の味わいであるどこか不思議な文章でありながら、飲み込みやすい。  文章を壊す手法を使うと読める人、読めない人が出てきますからねー。ダリアという作品は文章を壊してるわけでは無いですけども。文章同士の繋がりを断っているように感じます。  わざわざ読者を減らす手法を取り入れることが、自分の詩のためになるのかどうか。そんなリスクを冒さなければ表現できないテーマなのだろうか。  詩の専門家に向けて、専門的な手法を使い、専門家の好みに合うような詩を綴る。そして専門家の専門的な見地から評価を受ける。そんな道もあるのでしょうし、もちろん否定はしませんけども、専門家では無いわたしからするともったいないなーと。    なんだか、どんどん話がずれていく気がします。ちゃんと読み取れずにすいません。  ではではそれでは。 (ダリア)

2019-08-04

 エイクピア 様  お読みいただきありがとうございます。  詩のようでしたか? それなら良かったです。  どちらの感覚も身につけたいなと思うのですが、いかんせん詩は難しいのです。それっぽさだけでもしっかりと扱えるようになれたら良いなと思いますよ。  さて。思いの外、詩に寄せた作品を書けたのですが、どちらかと言えば偶然で。このクオリティを狙って書けるのだろうか。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-31

 お読みいただきありがとうございます。  描写の丁寧な詩と表現していただいて嬉しく思いますよー。できるだけ情景が伝わるように書けたらな、と思っています。  どうやら私は、小説や詩、俳句なんかもそうですけど、わかりやすい言葉で書かれた作品の方が好みのようです。詩というのは難しい。  なるほど。創作するときに訪れる場所、なるほど。小説を書く時は、幻想的な白い迷い家へと入り込み、彼女と話をしてから執筆する。この設定は面白いですね、ほんと面白いと思いますよ。彼女との会話に様々なバリエーションを持たせられるだけのネタの引き出しがあったら、小説として書きたいぐらいです。絶対に面白くなりますね。  その設定であれば、ハッピーエンドもあり得るのか……  迷い家、迷家。マヨイガと読むそうな。  一応、元にしたお話を明かすと、東北地方の民話に残るお話で、山の中にあるとされる幻の家ですね。富をもたらす家らしいのですが、偶然で無いと辿り着けないみたいです。調べ直したところ、こっちが元ですね。  わたしが参考にさせてもらったマヨイガは、ゲームか何かに登場した『子供が山で迷ったときに現れる無人の家の妖怪』でした。今回は女の子に登場してもらってますけどね。  なので、本作品は、実際に館に会いに行ってる設定なのですけども、現実と幻の境目に居るような感覚になれる描写を狙っていますから、脳内の小部屋と感じていただけたのなら成功していたんだなーと自己満足に浸っています。  そうか、迷い家そのものを創作と結びつければ、苦労を忍ばせるメッセージ性も生まれますね。意図はしていなかったんですけど、確かにそうとも読めます。良いですね~。面白い。  きっと、まだ書きたい物を書けていないんでしょう。  目指す作品が明確になったとき、わたしは書きたいという衝動よりも、読みたいという欲望の方が高くなる気がします。誰かが書いてくれるのなら、それでもいいですね。わたしは読んでみたい。  だれも書いてくれなさそうですから、自分で書きますけどね(笑)  彼女の最後の何個かの台詞は、わたしが用意した台詞では無いんですよ。彼女が勝手に話し出した台詞です。小説を書いていると、キャラクターが勝手に話し始めたり動き出したりすることがあります。そういう台詞ほど言霊が宿り、力を持った言動になりやすいですね。  きっと、根底にはわたしの深層心理が滲んでいるんでしょう。  マンガは申し訳ないです。わたしの技術力不足です。  この作品は、小説サイトの掌編企画に参加したときの作品を詩のように書き換えた物です。三つのお題が出されて、それを入れて掌編を書くという企画でした。お題はマンガ、エコー、メイド。メイドの行(くだり)はごっそり削り落としましたけども。  元の作品は、もう少しライトな感じだったので、、マンガでもしっくりきていたんですけどね。こうして硬い文章で書くと、マンガという単語は悪目立ちしますね。小説に書き換えれば良かったと思います。  ただ、小説に書き換えてしまうと、それに伴って彼女の性格も少し書き換えなければならず、この雰囲気を壊してしまうことを恐れたわたしは書き換えることをためらったんですね。  その結果、違和感の残る仕上がりになってしまいました。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-31

読ませていただきました。 夏ですね~。異なる感覚を刺激されて、色んな夏を楽しめました。 みんながイメージしやすいものから挙げていってもらえると、作品に入りやすくて良いですね。 >皆んな夏でございます この一行で、すっかり詩の中に飲み込まれた感じがしました。 2の夏の鶏冠に、作者さんの感性が目一杯溶け込んでいて惹かれます。 夏雨と黄昏れる怪談では、みんなが知っている、もしくは辿ったことがある記憶を呼び起こしているように感じました。 一方、夏の鶏冠は、景色の中に潜む心理を、独自の感性で拾いあげて描写されてますね。 曇天を燃やしてやってきた。この文には凄く惹き付けられました。 ただ、1と2に比べて書こうとしているテーマというか、情景というか、そういうのがぼんやりしちゃってるのかなって感じたのです。 1と2では、名詞が強く前面に出てくるから、余計そう感じるのかもしれませんけど。 わたしは描写が好きでして。わたしの好きに弄るならという話になりますけども。 もっと盛り上がるような描写にしてみたらどうだろうか、と思ったんですよ。名詞に代わる鋭い強さを描写に持たせる。でも、あまり「人魂」とか「火を掲げた行列」の様に幻想的な感じで書いてしまうと、その後に続く妖怪と被っちゃうんですね。 んー。もっと静々とした雰囲気を作り、お盆に寄せた描写も面白そう? 舞台がお寺では無くて神社だったら、わたしならお祭りに書きたいところです。火を持って振り回すような勇壮なお祭りですね。全体の雰囲気が壊れるかな。 妖怪も、こう書くと黄昏の雰囲気に良く合いますね~。 てか、黄昏れる怪談っていう響きが好きです。「黄昏れる」も「怪談」も、広がりや伸びを持った言葉っぽくて、端っこから溶けて消えていくような世界観を覚えます。 この感覚が、作品の終わり方によく似合うんですよ。 この時期にピッタリの、五感で夏を感じられる作品でした。 (夏の記し(三編))

2019-07-21

そうだ! 追記です。 白い迷い家/黒い家へのコメントありがとうございました。 何だか凄くもったいないお言葉をもらってしまったぞと恐縮すると同時に、ハードルが物凄く上がっているので、次は何を持ってくれば良いのだろうかと恐々しているところです(笑) 昔の有名作品も読んでいかないとな~。子供の頃は推理小説なんかも読んでいたんですけどね、成長するにつれてライトノベルだけになってしまったのです。 あまり期待を裏切るような物は書きたくないです←もう書いてしまいましたけど…… でも、多分、色々試した作品も挙げるかもしれません。 わたしはしがない趣味人ですからね~。 ではでは、ありがとうございました。 (小さくも大きくもない、只の恋のうた)

2019-07-20

読ませていただきました。  夜を泣かせてみせた君が、僕の隣で空を見上げる。  一体どうやって泣かせたんだろうか。烈火のような涙が、夜の、星を散らした頬を流れた。  見上げる君はしたり顔で、あの涙の別名を教えてくれるんだ。  僕に見せたかったんだろう。  それだけのために。  夜空には悪いけど、僕は彼女に惚れ直した。 わたしの解釈はこうでしたね。 涙とした理由が掴めなかったので、全く自信が無いですけども。 それでも、主人公にとって、二人で見上げる流れ星が美しかったことは伝わってきますし、彼女を美しく思っていることは十分に伝わってきます。そして、離れられないほど好きになっていることも。 本人にとって幸せなことが、一番なんだなって改めて思わせてくれる作品でした (火球という、涙)

2019-07-20

読ませていただきました。 もしかすると。気にしてしまえば、常識で成り立っている世間に戻りにくくなる。日常にはそんな隙があるのかも。 そう思わせる詩でした。 1連目、わかりやすいしイメージも容易ですから、入りやすいですね。『でも誰も気にしない』という行は、人々が気にしていないことを詩にしていくんだと、明確にアピールしていて好感を覚えます。意思の強さがあります。 2連目。領収書の個性っていう言葉が良いですよね。 領収書も、求人雑誌も、給料日(給料明細であり札であり)、どれも紙媒体に数字が記されているだけの物なんですけどね、それぞれに個性や命の輝ける時間を持っている。人の手垢にまみれたせいか、それぞれが生き始めてしまったのかも。生きてしまえば、終わりがある。 寂しさも感じます。 寂しさに寄ってしまえば、あの明かりから遠ざかる。 3連目。ポスターなのですから、男は笑顔のはずなのです。そう、表向きだけでも笑顔でいなければいけない。 ハイヒールで、リズムを付けながら歩くことが出来る女性。モデルの様な姿勢で歩くのでしょう。美しくあるために歩調を縛り付けている。 彼らの知り得ないはずの心。 もし覗いてしまえば、あの明かりから遠ざかる。 4連目。挙げたどれもが、箱。 壁や天井を区切っただけで、場所に名前が付くのだろうか。看板を掛けるだけで、その名にふさわしい場所になるのだろうか。 罪の無い、酷く流動的で実に身勝手な人間たちが場所の価値を認めなければ、その空間は存在しているとは言えない。 憩い、乗り降りし、誰かを想う居場所として他者と共有する。人の間にそれらの認識が生まれなければ、箱。 ただの箱。 箱を知覚してはいけない。 その在処を知覚してはいけない。 知覚の隙に足を向けてはいけない。 知ろうとすれば、あの明かりから遠ざかる。 地下鉄さえ。 最後の一人が明かりへと向かえば、ここも。 はい、メトロン♪ 今日は暑くてですね~、家の冷凍庫にはアイスクリームがあるのです。やったね! なんて、色々と想像させてもらえた作品でした。 (メトロ)

2019-07-20

読ませていただきました。 うん、何を伝えようとしているのかが、すんなりと読み取れますね。 読みやすい、伝わりやすい、感じやすい。 この3点は、間違いなく作者さんの武器になっています。わたしもわかりやすい文章の方が好き。まあ、わたしが詩よりも小説を多く書くから、なのかもしれませんけども。 難しさ、高尚さ、だけが言葉の力じゃないとは思うのですよ。 まあ、安直な例えで申し訳ないですが、お食事処でも、安い、早い、誰でも美味いの3点に命をかけて営業されているお店もありますよね。 この3点を極めることができたお店は、間違いなく繁盛します。どれか一つでも、突出できれば話題に上るでしょう。この武器は、どの時代においても有効ですから。 独自のこだわりを追い求めるお店のように、行列が出来るほどの繁盛にはならないかもしれませんが、お客さんは十分にやってきます。 そうそう、涙の総力戦って言葉は好きですね。ただただ沢山流れる様子を示すのでは無く、感情が一生懸命に泣いているんだって伝わってきますから。 どうにもこうにも。ここのサイトの皆さんは、難しいというか難解な作品を好む傾向にあるようで。捻りが少なく、わかりやすい作品には感想が付きにくいのかな。 アドバイスを少しだけ。と言っても、詩としてのアドバイスじゃ無くて、文章の方になりますね。詩を語るのは苦手です。 言葉を繰り返す技術について。『現在(いま)の私』を繰り返した後に、今日(いま)と変化を付けて一気に読者をその場に立たせる。そして明日(みらい)へ踏み出すんだ、と力強く締めていますね。 一連の通した流れは好きなんですけども。 この繰り返す技術ですが、繰り返す度に狙った効果を増していかなければ、くどさが目立つようになってしまうのです。副作用みたいなもの。 繰り返される言葉が、一つずつ積み上げるでも、広がりを見せるようにでも、どんどん深みに沈んでいくのでもいいですけど、何かしらのプラスに働く要素になっていて欲しいところ。御作は、どうも感情や内容が進んだり戻ったりしているように感じられましたね。恐らく、繰り返しの効果が足踏みをしてるんじゃ無いかな。 同じ場所を踏み続けることで、固く締まった感情を表すなんて事も出来るんでしょうけど、そういう感じもなさそうな。 繰り返しにどんな効果を持たせたいのか。この技術を使う際は、その点に注意してみてはどうでしょう。狙った効果が生まれないと思ったら、数を減らすことも一つの手かなと思います。 (失恋)

2019-07-20

読ませていただきました。 うん、すごくコメディ(笑)  こころは、心じゃなくて小説の方だったんですね。最後に出てきた旧千円札で気がつければ良かったんですけど、途中が色々ありすぎて、最初のこころがどこかへ行ってしまってました。入り込んでしまった。 こころは子供の頃にちょっと読んだ、はず。文豪と呼ばれる方々の作品は難しいので(面白さが現代の面白さと違いますから)敬遠してましたね。大人になってから読もうとしたら、文章の上手さに嫉妬してしまって内容が入ってこなくなったり。 こころを分解している間に寝落ちしたら、こんな夢を見たんだ。そう言われると大いに納得しそうな作品です。 わたしの注目点は、突拍子もない出来事が切れ間無く続いているのに、現実を感じられるところですね。舞台や言動の不思議さが、無理なく想像できるギリギリのところを突いてるんですよ。 >十畳程の部屋は旅館の部屋をそのまま切り取って来てここに設置したものだ、 >階段を昇ってすぐ左手には障子で囲まれた三畳ほどの狭い部屋があり、寝返りを打って階段側の障子を破ってしまえばそのまま転落するからくりになっていて、 >私は一晩中雉の鳴き声を真似して「ケーケーケー」と叫んでいたらしい。 こういうところですね。実際には無理かもしれないけど、やろうと思えば出来そうな気もする。そんな境界線付近の出来事は想像していて楽しいです。 突拍子が無いお話でも、立ち止まること無く、読み進めながら情景を想像できるのは強みだと思います。まして、こういう笑いを求める作品は、読者にストレスを与えない方が素直に楽しめる気がします。その点でも好印象でしたね。 こころから分裂したお話は、最後に肖像画を分裂させて終わった。いや、新しいお話が始まったのかな。 もしくは、こころという作品の呪いに囚われて、どこか不思議な世界へと引き込まれていった私が、お嬢さんの手で呪いが解かれ元の世界へと戻ってくるお話、そのようにも読めました。 個人的に気に入ったところは、障子を破ると転がり落ちてしまう部屋でした。障子って不思議な物で、向こう側のシルエットは見えるものの、姿を見ることは絶対に叶わない。障子を挟んだ反対側には、何があるのかわかる気になるんですけど、実際のところは知らない。 隣のことがシルエットでしかわからない(わかってしまう)狭い部屋。頭が変になりそうですね~。この感覚を味わえる舞台が 良かったです。 んー、一つ一つの文章が、『こころ』という作品にもの申す、と言ってるんじゃ無いかって疑いたくなってきます。後で読んでみようかな。20万文字ほどかぁ。 確か、解釈の難しい作品だったような。読み終えた直後、間を置かずこの作品を読むと、ツボにはまりそう。 この手の作品へのアドバイスってどんなのがあるんだろう? アドバイスを読んでみたい気もしますね。 (小さくも大きくもない、只の恋のうた)

2019-07-20

お邪魔しています。 自分で書いてみて、視覚詩がどれだけ難しいかを、顔から火が出る感じで理解した千才森です。そうそう、目で楽しむ感じで作ってしまいました。はい。 アニメもちらっと見て、御作を拝読したのですが、読み込むのだけでも難しいですね。いや、そもそも詩というものを読むことが難しい。 わたしの読解力でコメントを書けそうなのは、後半の二つの詩でした。本当はアニメを見まくってから、御作を読むのが正しいのかもしれませんが。 上下を罫線で挟まれた三行の詩、そしてラストの足跡渦巻き(勝手に変な名前を付けてごめんなさい)で、どんな印象を受けたのかというコメントぐらいなら書けそうです。 多分読み違えているとは思いますが、まあ、折角読ませてもらいましたので。 上下を罫線で挟まれた部分ですが、わたしは、元々は一本の罫線が引かれただけの境界だったんじゃ無いかと感じました。上下を分けるだけの境ですね。 その境の中で生まれた想いを詩で表現するために、境に切れ目を入れて境目とし、上下に開いて間を作り、狭間の底に詩を置いた。そんなイメージが浮かびました。 綴られた言葉も、問いかけにはなっていますが、自身の中に向けた感情に読めましたし。 そんなイメージを持ってしまった為か、この狭間を開けたままにしておくのが変に気になってしまいました。 動画では無いのでやむを得ないのですけどね。狭間を閉じてから先へと進みたかったかも。 最後の螺旋状になった言葉たちが、すごく印象的でした。 深い底から、すり鉢状になった道を歩いて上ってくる感覚。 並ぶ言葉たちが心境の変化を良く表していました。二人だけの内側に籠もっているときは、思いが硬く結晶化して強さが見られるのですけど、登り始めて外に触れることにより、弱さが混じり始めます。 人間の心境も一緒なのかな? 世界に触れることは自分以外の存在を知ることで、姉妹たちの世界が二人だけじゃないと気が付けば、頼ることを覚えるのは必至なのかもしれません。 禍々しさと対峙する私たち――そう始まった姉妹の台詞は、自分自身を押し込める納得へと変わり、諦めにも似た慣れとなっていく。そして、他者の存在を頼らないと成立しない願うという言葉へ変わっていった。 最後に歩んでいく一歩一歩の詩に込められた感情は、誰かに答えを求めるような、存在しない何かに助けを求めるような。 それでも一歩ずつ進み続ける強さがありますね。 視覚詩は、自分で書けないにしても、楽しめるようにはなりたいです。 (姉妹たちに #5【横書きVersion】)

2019-07-19

タカンタ 様 ん。一行目、ので、で繋いでいましたから、そんな含みがあったのかと思ってしまいました。 どうやら、なにか読み違えがあったようですね。 大変失礼しました。 では、これにて閉幕とさせていただきます。 (詰めさせたがる彼)

2019-07-19

survof 様 お読みいただきありがとうございます。 survof様のコメントはわたしに向けられたのだと思うので、わたしから返信をさせていただきますね。 有名どころの視覚詩を何点か調べてみたのですが、それぞれが有無を言わさない説得力を持っているんですよね。 「そうとも見える」なんて生やさしい見え方じゃ無くて、この作品はこのお題を書いたのだ!と言われてしまえば否定のしようが無い印象を受けます。それぐらいのインパクトが必要なのでしょう。そうそう、パンチ力。 うん、目の神経に繋がる脳の回路を、増設する必要がありそうだ。 個人的には、改行は強制的な切断を意味していると思っていますね。視覚的リズムは確かにあると、わたしも認識しています。そして、詩の世界に住まう方々は改行を巧みに使いますよね。とりわけ、トリッキーな使い方に長けている様に感じます。  小説ではご存じのように、句点読点、一マス下げをメインに扱いますから。リズムは単純。声に出して読むときの、呼吸のリズムに合わせるだけです。一応、字面も気にしていますが、ネット上に作品をアップされる作者さんは、それほど気にされない方が多い印象です。  改行は呼吸を整える記号、話に区切りを付ける記号。それぐらいにしか思っていなかったもので、改行の威力を知ってはいるものの、捻りを入れて使うのは難しいんですよね~。  ああ、3行書き。下手な真似では効果を生み出せなさそう。あたりまえか(笑)  目に見える形には、無感覚にならないようにしているつもりですが、難しい。その辺は、わたしの信念とぶつかるところがありましてね~。空白、余白を上手に使うより、描写で埋め尽くす方が好みだったり…… ええ、確かに見た目のフォルム効果は侮れない物があるなと、自分で書いていても思いました。ほとんど扱ったことの無いわたしでさえ、これほどの効果を出せるのですからね。 この作品の種明かしは上で書きましたから省きますが、本当はそんなに強い効果を期待していなかったんですよね。ただただ、彼と彼女の位置を表したかっただけで。思わぬ収穫でした。 四角と波の対比、なんかも面白そう。男性の頑固さと脆さ、女性の移り気としなやかさを、文字で書かずにフォルムだけで表現する事も出来そう。 てか、うわーーー申し訳ないです。 良く評価して頂いて土下座物ですよ。今回は、装備レベルが足りないくせに無理矢理装備した武器に、自分が振り回されたような感覚です。なので、こうして、皆さんからどんな印象を受けたのかを聞けるのはありがたいですね。参考になります。 ありがとうございました。 (詰めさせたがる彼)

2019-07-18

沙一 様 お読みいただきありがとうございます。 いやー、ほんと申し訳ないです。そう、スマホを横にすると長く表示されることを知っていた私は、横表示にすれば幅が足りるだろうと確かめもせずに載せてしまったんですよね。 えと、パソコン表示だと、5行目も私は右に居るのです……泣 しかし、そうですね~。スマホで表示すると、 ト が回転させる役割を果たしていて不思議な雰囲気を作り上げていますね。なるほど、蝶番。随分と面白い偶然。 うん、確かにスマホ表示だと蝶番として、回転の……いや待てよ。蝶番。ちょうつがい。ちょう、つがい……  ちョウっガいが壊れたの。  朝へ踏み出すために開くことも、  夜を抱えるために閉じることも、  もうできない。  すがるよすがを失って、  私は向こうへ倒れたの。 あー、これでいいかな、うん。こっちと差し替えましょう(笑) 最後の一行は安堵です。目一杯安堵しているのです。煙が消えて……。もう、蝶番という言霊が強くて、私の作品はどうでもいいかなって感じになってますよ。いいですね、蝶番。 んー、視覚詩は視覚情報がメインで無ければいけないんでしょうけど、わたしは視覚情報を言葉を補う目的で使っていたみたいです。 そして、致命的にまずかったのが、答えを一つしか用意していなかったって事でしょう。謎解きパズルを視覚詩などと、よくも口に出せた物だ、とか言われそう。 実は、この作品の狙い所としては「煙草が苦手な女性」です。皆さん、めっちゃ丁寧に読み解いてくださって恐縮しているところです、はい。煙草の煙、それだけの詩だったり。土下座したくなるほど浅い! 煙草に火が付くまでは二人の距離も近いんですよね。でも、時間が経つにつれて彼と離れてしまう。彼は動いていないのに、私はどんどん遠ざかる。おっしゃるとおり、距離は狙っていましたね。空白はテーブルか何かと思っていただければ。 大好きな彼は、煙草を吸うと、しかめっ面に変わってしまう。それでもけなげに寄り添おうとするけど、煙のせいで距離が離れてしまうのです。煙を吸いたくないと、呼吸は浅くなり、途切れ途切れの言葉になっていく。それでも結局は、火の付いた煙草と台詞だけを置いて、彼は立ち去ってしまうのでした。 火が消えて、フィルターだけになったら、私はまた元の位置へと戻る。ピリオドフィルター。 ト と、最後の行の始まりにあるピリオドは、煙草のつもりでしたね~。 ああ、浅い(笑) そして、自分のギャグを自分で解説する時の恥ずかしさ。 わたしは、どこかでシナリオを求めてしまうのかもしれません。 ちなみに、わたしは煙草を吸ったことが無くて。みんながしかめっ面になるのを不思議に思っていました。煙が目に染みるんですね。 んー、そうですね~。 答えが無いからと探求を諦めるのは、思考の固定化に繋がりますから、自分なりの答えにたどり着くまでは続けていきたいと思っていますよ。手探りで、有象無象をかき分ける。芥を握り、夢の夢見し。 ありがとうございました。 タカンタ 様 ああ、やっぱり理解できていませんでしたか。 わたしは、わたしに向かって、わたしを想い、わたしの為に綴られた言葉しか、きちんと理解できないみたいですよ。わたし用に書いて頂かないと曲解してしまうでしょう。わたしの読解力がどれほどの物かは作品をご覧くださいな。 曲解も時には楽しい物です。新しいモノが生まれたりしますから。 まあ、わたしが用意していたお返事は、作品へのコメントに対する物ばかりでしたからねー。寄せられるコメントは、てっきり作品へのコメントかと思っていたのですよ。 詩作品全般をお題にした討論は、さすがにわたしには難しいです。それを専門になさりたいのでしたら、ここへ来た道をまっすぐ逆にお戻り頂き、ホーム画面へ出たならば、ちょちょいと下へスクロール……って、書き込まれてますね。そうそう、フォーラムを利用されるのがよろしいかと。 それと、いくら絵を上下に切り貼りしても大した効果は出ないと思いますよ? そんなことを言ったらさすがに絵描きが怒るでしょう(笑) あいつなら怒る。 ではでは。 survof 様 と続けたいところですが、そろそろお時間となりました。 明日も仕事が待っている身でして、こっちの都合で大変申し訳ないですが、後日改めてお返事させていただきますね。 しばしお待ちを。 (詰めさせたがる彼)

2019-07-18

タカンタ 様 初めまして。お読みいただきありがとうございます。 あれ、視覚に訴えかける詩作品ってそんなに書く人が少ないんですか? やりたい人は多いんじゃ無いかなと考えていましたけど、確かに学びようのないジャンルですもんね。語学力は勉強すれば上がりますけど、こっちはセンスの一本勝負で生み出さなければいけませんし。 詩を額縁には飾れない………………あ、なるほど。 タカンタさんは詩と文字(文学)とは完全に切り離して考えてますか? そうか、詩の本質は言葉では無い、そもそも形を持っていないと考えていらっしゃるのかな? その発想は無かったですね。神秘的で実に面白い認識だと思います。 わたしは絵心は一切無くて、しかも音楽はネズミが逃げ出すほどオンチです(笑) ただ、鮮明なイメージを表すのに、必ずしも美術の才能が必要かと言えば、どうでしょうね。意外と化学の才能が足りない部分を補ってくれるかもしれません。 重ね合わせのポリフォニーには、整理整頓の技術が転用できるかもしれませんよ? 利用できる手段を自ら狭めてしまうのは、もったいないですよ。世界はこんなに広いんですから。 まあ、マルチジャンルのセンスを持ち合わせていない私ではどうにもこうにも、な話ですけども。 買わない宝くじは当たりっこないですからねー。 挑戦しなければ成功はあり得ませんし、恥を掻いたところで逮捕されるわけでも無いので、色々試していきたいなと思いますよ。何せ、タダですし(笑) ではでは、ありがとうございました。 (詰めさせたがる彼)

2019-07-17

あー、しまった。 スマホだと横幅が足りないようです。すいません、確認しなかった。 パソコンでお読みくださいな。 (詰めさせたがる彼)

2019-07-16

詩の善し悪しがわかってないのに、無謀にも視覚を刺激する作品(文章になってますから視覚詩とは違うのかな?)に挑戦してみました。使っている手法は安っぽいですね。てか、誰かがどこかで、すでに使ってるんじゃないかとは思いますけども。 書いているときは楽しいんですけど、出来上がったのを見ても、良いのか悪いのか全くわかりません(笑) 難しい。 一行目がどうにもしっくりきませんでしたね。でも書き直し方がわからなかった。 視覚を刺激する詩は、本来の形を保ってないと成り立たないのが不利ですね。場所を取るため応用は難しそう。 多分、この手の作品は、わたしにはまだ早い…… (詰めさせたがる彼)

2019-07-16

全てに置いて行かれる。 じゃぽんの音で、ヒューズが飛んだ。 今も、私は、置いて行かれ、続けてる。 こんなイメージでした。う、安易な読点の使い方をしてしまった。 まずは運営者様のところへお邪魔に行くのが道理だろうと、何度か足を運んだのですが、正直、渡辺様の作品はわたしには難しいのが多かった……特に視覚に訴えかける作品は、なかなか難解でして。ほどいていいのかどうかも迷うぐらい、難解でしたね。 あと、生々しい直接表現もちょと苦手。 この作品は、周りの速さに本気で追いつけなくなった人の詩かな~と感じました。飛び込んだのは『君』ですけども、世の中から死んでしまったのは主人公なのかなと。 それか、じゃぽんの音がきっかけで時間の遅延が始まった人の詩か。 2連目は、登場するほとんどの言葉が速さの言霊を持っていて、置き去りにされることを表す文章が続いている、気がする。 特に、 人人人 この表現は、表情を確認できないほど速く横切っていく人の列を視覚化したようで面白かったですね。 考えてみれば、鉄や銀よりも、鉛の方が速いイメージに変えることが出来ますし。 題名も速さ。出会いから、空白を一つ置いて、すぐに別れの挨拶。世の中に追いつけなくなった主人公にぴったりの題名。主人公には、その空白の意味が理解できないでしょう。 人間は恐怖を感じると感覚が鋭敏になるそうで。 最後の行は恐怖かな。ようやく気が付いた時間の差に対する恐怖かな。 意味のわからない風、世の中を吹き抜けていく風に、恐怖だけは感じられる。 そう考えると、『君』は自殺じゃ無くて、世の中に合わせるために、当然のこととして、身投げしたとも取れますね。 酷評okの作品には何か指摘した方がいいんでしょうかね。とはいえ、作者さんの考えを正確に掴めてないと、どういう答えの方に向かった意見をすればいいのかわかりませんけども。 でも、まあ。気になった点を一つ。 もし、わたしの読み方が正しいのであれば、侵食は少しゆっくりすぎるかなと。 あーー、すぐにって言葉が付いてますから、いいのかな。 飲むは速いけど安っぽい、汚染も遅いか、瞬く間、いっそ再侵食を終え…… 詩は難しいです。 えと、ここに書き込むようなことでは無いんですけども。 投稿されてから一定期間が過ぎた作品には、コメントできないんですね。 考えてみれば、当たり前なのかもしれませんけど。 それでですね。 気が付かずに、渡辺八畳様の作品、『雪 2019』のコメントを書いてしまったんですよ。 このまま捨てるのも何だかもったいなかったので、ここにちょっと置かせてもらってもいいでしょうか? 以後気をつけますけども。 (やぁ! さようなら!)

2019-07-15

帆場蔵人 様 お読みいただきありがとうございます。 そうですね、若い方でも気を楽にして読めるような作品を書きたいと思っています。わたしの文体はちょっと硬めですから。 描写を褒めてもらえて嬉しいです。奥行きは広めに取りたいと一応意識して書いています。作品世界に浸れるような作品になればいいな~ むしろ、描写以外にあまり売りが無いのですよ。ここの好みが合わなければ、わたしの作品は読めないのかもしれません。 彼女が出てくるところが、一つの境目ですから。好みが割れるところかもしれませんね。彼女が出てきてからは、会話がメインになって小説の色が強くなっていきます。この会話部分を外し、詩として持ってくることも考えたんですけど、わたしらしい作品で行こうと考え直した結果、今の形になりました。 廃墟が彼女。わたしのイメージもそんな感じです。 実は、迷い家(まよいが)という妖怪が居るそうで。色んなパターンがあるそうですけどね。 子供が山で迷ってしまい、どんどん山奥へと入っていくと、人の居ない不思議な家にたどり着くことがあるそうです。山里からは離れすぎていて、到底、人が住んでいるとは思えない場所なんですが、まるで、さっきまで誰かが生活していたような様相で、テーブルにはお膳が置いてあるんだそうな。 子供は不思議に思いながらも一眠りし、腹ごしらえしたら、山を下る。帰り道は絶対に迷わないそうです。その家から一つだけお土産に持って行ってもいいなんて話もありますね。 後日、大人たちがその家を探すのですが、絶対に見つからない。 そんな妖怪みたいです。一説では、落ち武者の隠れ里ではないか、なんて話もありますね。 今回のは、この妖怪迷い家を擬人化させて書いてみた作品です。 そうですか、詩が宿っていますか。 方向性は間違っていないのかな。 コメントをする度に上にあがっちゃうんですね。 まとめてお返事した方がいいのかな? (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-14

survof 様 現状でも、細かい描写に詩情が宿った小説体の文章になっている。この評価は物凄く嬉しいです。踊りたくなるほど嬉しいですね。 フォーラムには小説と詩のアイノコを探したいって書きましたけど、もう少し詳しく表現するなら、詩で飾った小説の欠片を書いてみたいのです。本物の上手な詩作品を書ける腕は無いですし。詩がなんなのかを理解できなければ、詩を扱うのは不可能かなと考えてまして。 ただ、もう書けてるよって言われてしまうと、「そうでしたか、ありがとうございました~お邪魔しました~」って手ぶらで帰らなきゃいけなくなってしまう(笑) もう少し、何か盗んでいきたいと思います。 私は詩情という感覚を掴めていないんですよ。なので、醸し出してるという嬉しいお言葉をいただきましたが、操れている自覚がありません。ほぼ直感でこれがいいかな~的に書いちゃってます。課題としては、自在に詩情を醸せるようになることでしょうか。 記号化は、なるほどそうですね。 それで無くても、わたしの書く物は詩に比べたら文字数が多いですから、最後まで惹き付けておく必要があります。確かに記号化された表現技法を使わなければ、惹き付け続けることは難しいかもしれませんね。 記号化は嫌だ! 一から十まで自分らしさを出したい! まあ、読まされる方はたまったものではないでしょう。 自由と制約。よく問題になりますね。 ちょっと、個人的な意見を書かせてもらいますか。制約を広くすると、それだけスケールの大きな演出を求められるんだと思います。周りから期待される。 例えば、自由が好きだ、広い方がいいからと、サバンナのど真ん中でタップダンスを披露してもダンスの良さは伝わらないでしょう。どれだけ上手に踊ったとしても、見ている人は満足してくれないでしょうね。本人は気分がいいと思いますから、趣味であればそれでもいいんでしょうけど。 大きくて派手な演出しか出来なくなるのは自由と言えるのでしょうか。もちろんそういう演出をされる方であれば、制約は広い方が好ましいですが。 誰かに披露しようとするなら、不必要な場所に読者の意識を散らさないよう、自分の演出が良く伝わるように、自由を謳歌している様子を相手に伝えられるような広さで、自身に制約を設けるのも一つの演出かなって思いますね。 まあ、参考にはならない考え方でした。 「言葉のずらし方」なるほど、始めて聞きました。 そっか。詩を読んでいて、この表現に意味はあるのかな? って思う事もありました。ずらしているだけだと、あんまり意味は無かったのかもしれませんね。 確かに、ズレは目に付きやすいですから、目を引く技法と言えるかもしれませんけど。なるほどね~参考になります。 エッセンス、エッセンス。わたしの言霊。 ふむ。失わないように心掛けなければ。 貴重なアドバイスありがとうございました。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-14

タグを付けていませんが、酷評OKです。 と言っても、詩の専門的なことはわからないので、専門的なアドバイスを頂いてもちゃんと理解できるかわかりませんが。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-13

沙一 様 お読みいただきありがとうございます。 冒頭はちょっと自信がありました(笑) でも、場面の移行を褒めてもらえるとは思ってませんでしたね。何が功を奏したのだろう。ちゃんと時間を掛けて移行させたからでしょうか。 自分で理解できていないと、仕えないから困りますね。 詩的でしたか? 詩人の方にそう言ってもらえると励みになります。 気に入ってもらえて良かったです! なにより嬉しいですね。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-13

survof 様 お読みいただきありがとうございます。 思った以上の高評価をいただけてびっくりしてますよ。 そうですね、どんなものでも綺麗に、美しく書いていきたいと思っていますね。 詩の自由さに比べたら、小説の表現はベタです。決まった形から抜け出せないのは小説書きの性なんでしょう。わたしの描写の9割9分は、きっとどこかで目にしている言葉だと思います。組み合わせや視点、比喩なんかで、独自性を生み出そうとはしてますけども、基本を作っている文の形や言葉は既存の物ですね。 小説での描写や表現は、大抵、正しい答えがあるんですよ。わたしのもそうですね。 珈琲の描写であれば、必ず珈琲を思い描けるような書き方で無いといけないのです。読者によって、これは牛乳の話だろ?いやいやオレンジジュースじゃ無いか?なんて事になったら、話がこんがらがってしまいます。 一方、詩を読めば、読者の数だけ答えがある、そんな詩も多く見られるのです。この点が大きく違うんじゃ無いかなって思ってますけども。 なので、小説を書いてきたわたしの表現は、survof様がおっしゃるように、ほぼ記号化されていると言っていいのかもしれません。故に、脳裏に正確に思い描かせることが出来ます。逆に、それ以外の回答が入る余地を潰してしまう。多様性の消失。 この点、わたしの作品は詩としてはどうなのか、と考えてしまいます。 わたしは小説書きで。小説の話で申し訳ないですが。 小説というのは、言葉を読ませる物では無いんですよね。 物語を読ませる物。なので、言葉に目が行ってしまう書き方は本来あまりよろしくないのです。んー、描写や言葉が鬱陶しく感じてしまうんですよ。さっさと先を読ませろって感覚。 そういう点で見れば、この作品は小説向けじゃ無いとも言えるのかも。実際、小説サイト、特にライトノベルのサイトでは、この作品は間違いなく評価が低くなるでしょうね。最近のライトノベルは、凝った表現を嫌いますから。 表現形式を考えられているそうで。 難しいテーマですね。小説と詩では、好まれる手法がおそらく大きく違うでしょうし。 大同小異で個性を見せるのが日本式。なるほど!? それは気が付きませんでした。確かにそうですね。ふむふむ。 使っている技法なんかは、昔ながらのものですからね。なので、そこまで目新しさはないかと思います。そうですね、読みやすさを出すために、奇数で区切れるように気をつけて書いてみたり。多分、これが日本的な何かを思わせたのかも。 この作品でわたしが書いたことは、ほとんどが描写なんですよね。君の瞳はバラのよう、こういう表現の派生系。 なので、詩情…… ああ、読めた。ひらめいた。 わたしは描写が出来るんですから、詩情を直接描写してしまえばいいのか。 詩情を描写できれば、それは詩と呼べる作品になるのではないだろうか? ありがとうございます。おかげで何かを見つけたかもしれません。 長くなってしまった上に、支離滅裂な感じで申し訳ないです。 もしかしたら他の作品も持ってくるかもしれません。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-13

 神の遊泳なのだと思った。  遙かまで見渡せる壮大な世界に一人きり、落ちていく。  寂しさもなければ、恐れもなかった。明晰夢に似た安心感と、知り尽くした世界を見渡す満ち足りた気持ち。  そうぞうだから。  精緻に組まれた箱庭は、全てが誰かのそうぞうで、その誰かとは何となく、そうぞうがつくけど、やっぱり言わない。言ったらきっと崩れてしまう。歴史の重みを感じるほどに、しっかり骨を組んでないから。  落ちていくほど好きになる。  心の底で渇望していた景色を存分に楽しみながら、落ちていく。  ひとときだけのそうぞう“した”せかい。  冒頭、無機質であるはずのデータで、感情の揺れを誘う手法は面白いと思いました。  水に飲まれた世界観は大好きですね。 (そうぞう)

2019-07-13

 生を好む者たちは、捕らえた獲物を意気揚揚とひけらかす。  手にした価値の輝かしさが、己の価値を高めるのだと。  死を好む者たちは、捕らえた獲物をただ粛々と引きずっていく。  手に入れた価値の重たさが、己の命を繋いでいくのだと。  わたしは描写が好きでして。最初の……ああ、一連目と言うのですね、視点と感性の描写だけで、舞台や人物、人間性といった、想像する上で必要な情報を表現できる腕は見事だな~と思いました。  死から生へと切り替わる狭間のような時間に設定しているのもいいですね。 (生の価値)

2019-07-13

 この先、こういう視点で書ける人は少なくなっていくのかもしれませんね。  昔は、テレビの情報を曖昧なまま覚えてしまって、更に人に広めた結果、大変なことになってしまった。そんなこともよくありましたけど。  今は、「わからなかったらスマホでググればいいじゃん」って感じですから。  私が面白いなと思ったのは、四字熟語のわかりにくさを皮肉っているところです。感じを四つ並べるだけなので一見覚えやすそうに見えるんですけど、半分に切り取りやすい為、前後が入れ替わったりしやすいですよね。今回のように反する漢字が入れ替わってしまったり。  その妙を楽しむ感じが好きですね。  詩はさっぱりわからないわたしの様な者でも、さっくりと楽しめる。  こういう作品を切り込み隊長に据えておくと、詩を読む人の裾野も広がりそう。 (夏の健康法)

2019-07-13

 従順に付き従っても、気が付いてなんてもらえなかった。  怒りを見せて、そう訴える。  自問自答し、原因を探ってみよう。  情に直接訴えかければ、こっちを向かせられるかも。  情よりもっと深みにあるもの、本能だ! 危険を察する本能に刺激を与えて存在を、示すのだ。  影の情緒の豊かさよ。  でもきっと、人間は上を向くのだろう。  目映いばかりの光の下で、もうだめだと地に伏せるとき、始めて影と出会うのだ。  始めて影に手を握られる。  握手を交わし、罪を知る。 なんて。  感情を置いていく順序が面白かったです。  影に操られるという表現は聞きますし、誰かの影である人が縛られるのもよく見ますけど、本物の影が縛られているのは新鮮でした。 (影)

2019-07-13

 影の乗せてるこの土も、腰を掛けた石だって、何気なく飲む水はもちろん、一日を抜ける風さえも。  きっといつかは、誰かになるんだ。  僕らが旅をしてきたように、かれらはこれから旅をする。  何気なく過ぎた景色に向けて、大きく腕を広げてみよう。  まだまだ愛に触れあえるはずさ。  腕を失うその時は、左右の指を絡めて眠るの。  そうだよね。まだまだ旅は続くんだ。  いつかの誰かに抱(いだ)かれながら。 なんて。  人間だから愛で抱きしめられる。この表現が気に入りました。  他の命たちは『抱きしめる』とは違う形で愛を表現するんだろうな~。そんなことを考えながら、旅をするのも楽しそう。 (月の輪)

2019-07-13