作品投稿掲示板 - B-REVIEW

千才森 万葉


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 お読みいただきありがとうございます。  言葉の必然性。これが鍵でした。多分、みなさんで考え方が違うんですよね。長文を書く私からすると歌詞は文字数が少なくて、どんどん話を先に進めるような書き方になってしまうのですが、普通歌詞にはサビがあり、パワーワードを繰り返すような歌も少なくありませんし。その分、歌詞全体の内容が薄くなりますけど、同じ言葉を使う分、歌いやすかったりしますね。韻を踏むことに必然性を見いだす方も居るでしょうし。  わたしは、メロディーがあったとしても、詩として分離させた時に詩として成り立つかどうかを求めたいので、内容重視になりました。実際歌おうと思えば歌詞を覚えるのだけで苦労するかもしれません。てか、歌いにくいはず。まあ、詩としてでも楽しめるようにはしているつもりですけどね。  物語。これはもう、わたしの癖ですね。物語によらない作品も作れるようになると、作風も広がるのかも知れませんけど、難しい。  ペケペケに雨。たしかに、わたしも雨のイメージがありましたね。少なくとも、晴れてはいないはずです。魚は、腕だけで地面を跳ねるイメージから出てきました。人とあやかしは、わたしのイメージとも合うのですよ。実は、この詩は都市伝説で名前の知られるテケテケという妖怪がモチーフになっていまして。結構怖い妖怪です。なぜテケテケをモチーフにしたのかは覚えていないのですけどね。  今回、替え歌という手法を取りましたけど、なかなか難しいですね。発音がメロディーと合えば、その時点で満足してしまって、歌詞がおろそかになってしまう。これが難しい。   (リズム合わせ歌(100パーセント書き換えた替え歌) 3作品)

2020-07-12

 以下、個人でインターネットを使い調べた著作権の情報のメモです。間違っている可能性がありますから、特に営利目的で楽曲を利用したいと思う方は、自分で法律書を紐解くか、法律に詳しい専門家から直接聞く事をお勧めします。替え歌に関わる法律は複数在ります。  替え歌について色々調べてみました。  曲にも歌詞にも著作権はあるのですが、営利目的で無く、歌詞や曲を一切変えずに発表する分には合法だそうです。お金を取らない学校祭なんかでの発表が当たりますね。YouTubeさんでの歌ってみた系が違法にならないのは、YouTubeの会社がJASRACさんから利用許可を取っているとか。  で、替え歌。  営利目的で無ければ楽曲を発表する行為は著作権に引っ掛からないわけですが、一部を変えたり、歌詞を加えたりする行為は、著作権法の著作権人格権(同一性を保持する法律)という法律に引っ掛かるそうです。また、キャラクターや独自性の高い世界観を利用して作品を作ることも法律に引っ掛かりそうです。  ただし、歌手や演奏者の腕、楽器の違いにより楽曲に変化が出る分には問題にしないらしいです。要するに音痴だったり、演奏の技術が未熟で曲調が変わってしまうことは仕方が無いということ。  曲のアレンジはどうなんだろう? そこまでは調べてないです。今回編曲は関係ないですからね。 『営利を目的としない場合でも権利者の許可無く著作権が存在する歌詞の一部を改変する、もしくは歌詞を増やしたり削る行為は違法に当たる可能性が高い』です  但し、歌詞を『全て』書き換えて、元にしている作品とは全く関係の無い作品にすれば、著作権には引っ掛からないみたいですね。  なので、今作品には、文字数を参考にした楽曲名を載せるつもりでした。  作品の歌詞を利用したり作品の思想や感情を利用したわけでは無く、文字数をパクっただけで有り、改変には当たらない。歌詞の文字数に権利は存在しない。楽曲名を載せたのは参考として引用しただけである。  と、まあ、こんな理由で参考にした楽曲名を載せようかと思ったのですが、諦めました。  楽曲名を載せてしまうと、曲を作曲した権利者の意に沿わない形で利用させようとしている行為と見なされかねないんですよね。これがちょっとマズいかな。  「名誉声望保持権」これも怪しい。曲の名誉を侵害したと言われたら、わたしでは対抗できませんからね。(正直わたしが発表したところで、名誉に傷が付くほど広まるとは思いませんけど)  まあ、色々書きましたけど、基本的には歌詞を100パーセント変えた替え歌は作詞の著作権には引っ掛かりません。文字数には独自性が無いために著作権が発生しないからです。  但し、歌った物を公開するのであれば、曲の著作権に引っ掛からないようにする必要があります。商用目的であれば、間違いなく法律に掛かります。  今回の作品は、100パーセントの書き換えであるため、多分曲名を載せても問題ないかとも思うのですが、念のため控えておきます。法律の文面が難しすぎるのと、解釈が難しいために安全を取りました。  文字数を参考にした楽曲名のヒントだけ(笑)  1つ目 ・悪いリンゴ  2つ目 ・千本の桜  3つ目 ・花は凛と咲く  ちなみに。題名そのものは文字数が短すぎるために著作物にはならないそうです。(だったら題名を載せなさいよ)  しかし、著作権って様々在るんですね。商用利用しようとすると、かなりの数の法律をクリアする必要があることを知りました。 (リズム合わせ歌(100パーセント書き換えた替え歌) 3作品)

2020-07-11

 おお、マリオ! 大人になってから、彼が配管工のおじさんだったことを知りました……かなり衝撃的な事実でしたね。  こんな感じの二次創作は、創作にブランクが空いた時なんかに、感覚を取り戻すための練習として考えたりしますね。  前にポケモンで書こうとしたら、毎回瀕死にさせられるポケモンが進化後にトレーナーを噛み殺すというショッキングな内容になってしまい、文字にすること無くお蔵入りになりました(笑)  操られる側って、どうにも不憫に思えてしまうんですよね。ゲームが下手だからかも知れませんけど。  御作に関しては、上のコメントでもありますけど、もう少し感情移入しやすい書き方、読者を引っ張っていけるような心境の流し方にした方がいいのかな、と思いました。まだ、画面越しに見ている感じを受けます。  ただ、それを成功させるのは難易度は高いでしょうね。 (気配)

2020-07-10

 やっぱり実験作品のように見えますね。6月投稿作品は3作品とも何かを試しているかのような印象を受けました。  改行させて印象をひっくり返したり、視点を変化させる手法は、このサイトでもちょくちょく見かけます。上手く機能すると一文に続けて書くよりも強く印象づけられますね。ただ、あまり何度も使うとくどさが出てきてしまう。そんな事を学べた作品です。改行の効果は他にもあるのかもしれませんけど、技術は自分で使わないとやっぱり本質が見えてこないものですね。  最初と最後で鍵となっている異なる町。そして、真ん中では夕暮れに掛かる、曖昧になる刻がテーマとしてあります。  全体で用いるテーマをこの二つに絞って、改行による強調を仕掛けるのも、意識のふらつきが抑えられてすっきりと纏まりそうだとの印象を受けました。  見る目、視点の置き方は凄く好きな作品です。 (夕暮)

2020-07-10

 今までの作品と比べて、すごくイメージしやすかったですね。大きなテーマを設けているわけでは無く、日常の一コマを描いているように見えました。違ったらすみません。  最後のヒーローたちを烏頭にしてしまうのが面白かったです。3歩歩くと忘れてしまうと言う鳥頭に対して、賢いと言われている烏。辞意を固めたとしてもアトリエの出口に辿り着くまで覚えていられるかどうかが見物になりそう。  雲は入らないけど、雨を取り入れてアトリエの中に虹を生み出そうとする考え方なんかもコミカルで軽く、面白かったです。  そうそう、ノット回路とは電子回路で、入力された情報の正負を逆転させて出力させる回路のことかな。ちょっと調べてみました。逆転させる回路を浴びて生まれる鴉の頭はどんな感じなのだろうとか、うんうん、悩みましたね。 (烏頭)

2020-07-10

うーん、うーーーーーん。まだ誰も来ていないみたいなので、取りあえず、前の方に椅子を置かせてもらいます。読み込んでみたい作品です。読み込むことに意味があるのかどうかはわかりませんけども。 わたしには正確に意味を読み取れないのですよ。ただ、自信満々に言葉を配置してる姿や、感情の起伏を巧みに操ることで先へと引きずっていくところに、恐ろしさを感じます。 あー、いまのところ書ける感想があんまりないです(笑) あー。 正直、あまり読み込まない方が良いのかなとも思うんですよ。深読みしてしまうと出会った時には戻れないですし。 ただ、このまま流れてしまうのもちょっと残念ですから1度だけ上げておきます。 (2020年-詩人追放)

2020-06-29

満天の夜空!? みんなが居られる世界を満天の夜空!!?? おおあああああ。これは、凄い。凄いですね。 ああ、うん、これは……これは……上手いです。 お見事です。 夜空、遠いなー。そりゃ、そうですよね。うーん。 (詩を知らない人になるべく批判されないよう強制的に読ませて考えさせ一緒に楽しむ1つの答え。金を積んで依頼する編。)

2020-06-28

 お読みいただきありがとうございます。  たっぷりのコメント感謝ですよ。作品がなにかを考えるきっかけになるというのは、作者として嬉しいものです。無関心が一番辛いですからね。  数学は微分積分で潰されました。あの兄弟が現れるまでは、かなり得意としていた教科だったんですけどね~。無限とか0はわたしの頭では扱いきれないのです。はい。  どこからお返事しましょうか。取りあえず、わからない問題。  現代詩に限らず詩はわからないと言われることが多いです。わたしも自分で書く詩以外のことはほとんどわかっていませんし。数学の公式を引き合いに出されるトビラさんの言いたいこともわかります。まるで数式やパズルを解けと言われているかのよう。  詩はパズルじゃないし、頭を使って読み解こうと思わなければ良さを感じられない詩は評価しない、直接的に言えば、読者が作者の心を『推し量ってあげなければ』良さがわからない文学はどうなのか? とその言い分もわかります。  わかってあげなければ伝わってこない、わかるための勉強をしなければ理解できない。こういう作品が詩には多いのも確かで、個人的にはこれが広がりを見せない一番の問題かなとも思っています。難しいから避ける人も多いでしょう。  一方小説は、わかる。何故かというと、誰が読んでも伝わるように正確な散文で書いているから。 『だったら、全て小説や随筆で書けば良いのでは?』  最後はここに行き着きます。  でも、詩文には詩文の良さがあると思うんですよね。一方向では理解できないように伝わりにくく書くことで生まれる旨味。  そして、ここが重要なのですが、詩文は皆に等しく伝わる文学ではないとも思う。  伝わる、感じ入る、読み解ける、受け取れる、いや、わからない。人によって伝達度は違うのでしょう。詩を書く際は、このリスクから逃げてはいけないと考えます。  トビラさんが挙げられた2つの作品ですけど、わたしには響かなかったというか伝わらなかったんですよね。好きな表現も多数あったんですけど、それを持ってこなくてもと思う表現もありました。大前提として『汚れちまった悲しみ』がピンとこない。汚れる……汚れる……汚れちまった喜びならわかるんですけども。そもそも、わたしは暴力的な表現が苦手で先に拒絶反応が出てしまうってことも関係しているのかもしれません。こうしてみると、恐らくトビラさんが当たり前だと思って持っている感覚をわたしは持っていないことになります。もちろん、これらの作風を好む方が居るのは知っていますけどね。(あ、ちなみに、『思想犯』の作品は音楽を聴くのを途中で止めて詩だけを読みました。かなり好きな音楽なんですよね。だから、歌詞を全く違う文章に書き換えてもわたしは好きになってしまいます。これでは詩の良さはわかりませんから)  一方で、現代詩として投稿されている作品の中には、わたしの感性に通じる作品があります。わからない作品の方が多いですけどね。  んー、やはり芸術の価値や評価って好みだと思うんですよ、わたしは。  近代日本詩の詩心や詩情については語れるほど詳しくないので、その点は控えておきましょう。  考察。何故考察するのか? 心が震えるわけを知りたいから。トビラさんは感性で読み解こうとされていますし、それこそが正しい回答方法だと仰いますけども、わたしからみると多分数式を解く方法でも答えを導き出せるんですよ。数学が得意な方なら、出来ると思う。歴史が得意な方であれば歴史を紐解く感覚で答えを出せる、英語が得意な方であれば翻訳する要領で解ける、社会が得意な方であれば経済の先を見通すように答えに辿り着けることでしょう。ただし、その答えをわたしは理解できないかもしれませんけど。  わたしは言葉を扱う方が得意ですから、言葉を読み解く感覚で答えを探ろうとしますし、一方でトビラさんは感性が鋭い方ですから感性の振幅から答えを探ろうとする。コメント欄に言葉による考察が多いのは、言葉で書き込んだ方がみんなに伝わりやすいから、言葉を操れる人が率先してコメントに詳しく書き込んでいるだけであって、コメント欄がまっさらなお絵かき帳になっていたら美術が得意な方が絵でもって考察を描き込んでいることでしょう。同じように、数式しか書き込めない様式になっていれば、数学が得意な方が数式でもって考察していくことでしょう。  得意な分野、好きな分野は誰もが違うんですよね。だから、自分の得意分野で詩を書きたい。心を表現したいというのはわかるんですよ。数学が得意な方であれば、数式で解けるような詩を書くかもしれませんし、理科が得意な方であれば実験でしか答えが得られない詩を書くかもしれません。数式で書かれた詩は、数学が得意な方の中で流行るでしょうし。  現代詩もそうなんだと思います。自分の好き嫌いの価値観に沿って、詩を書き綴る。それに対して、読者は自分の価値観に沿って批評やコメントを書く。 ・わたしは、わかる人もわからない人も居続けられる広い空間を文学の世界には望みますよ。作者や読者をふるいに掛けて、善悪の感覚が合わない人を追い出すならわかりますけど、好みの価値観が合わない人たちを追い出してしまっては勿体ないですからね。  トビラさんのわからない、心が震えない作品があるのは当たり前かなと。心の形は人それぞれ違いますし。同じように、トビラさんが好きな作品でもわたしには強く届かない。詩文である限り、全ての人に伝えられることはないと見ています。詩とはそういうものだと思います。全ての人に伝えたいのなら、無理をしないで散文を極めるべきだと思いますけどね。  詩が詩であり続けるのなら、わからない人が居るのは当たり前で、わからない人の方が多い作品だってあるでしょう。その作品を前にしたとき、『わかりません』と言える環境作り。わからないと発言することさえも楽しいと思える環境作り。わたしが作中で表現したかったのは、そんな世界ですね。  そして、『裏庭に居ます』について。  読み方が間違っているとなんてことはないんですよ? わからない感覚を排除していたら、詩が取り巻く環境は歪になっていくでしょう。そもそも詩文なんですから。もし、本当に全ての人に届けたいと思うのなら散文で書きます(笑) 『裏庭に居ます』は、わたしが初めてビーレビの読者層に刺さるように書いた現代詩風の作品ですね。はっきり言ってわかりにくいです。ただ、中にはわかる人もいるだろうと思って書きました。わからない人が居るのも織り込み済みです。その辺りを踏まえて、作中で取り上げてみました。リスナーの皆さんに「わからない」と言ってもらえるように。  あの、どう言いましょうね。この形式で書いたのは初めてなので、どこまで言い訳すれば良いのかわからないです(笑) 一応、書いた当時の意図を書きましょうか。書かないとフェアじゃない気がしますし。ただ、あくまでわたしの読み方でこう読んで欲しいわけではないです。どの層に、どのくらいの人に、どれだけ評価してもらえるか? これがわたしにとって必要な情報でしたね。  実は、一行目は独立しているつもりで書いています。伝わらないのは当然で、言葉を隠しているんですよね。一行目の前に、「積もった土や落ち葉に」だったり「悠久の時間に」といった言葉が本来はあるはずなんですよ。その辺りは人によって異なるかなと考えていましたね。  まあ、散文でも良かったんですけどね~。  長い時間を掛けて積もる土や落ち葉に飲み込まれてしまえば、いかに強固な硬さを誇る石さえも、その存在が見えなくなり、やがては世界の記憶から消え失せてしまう。木陰に隠れることもせず、堂々と日ノ下に立ち、風雨にこの身を晒しているのは、天より降り注がれる者達に磨かれて宝石じみた光を放ちたいのではなく、自分が唯の石であることを忘れたくないからだ。  誰の目に触れようとも、どんな獣に見つめられようとも、石であることを誇れるよう生きていきたい。もしも彼らが、不意に私を思い出したとき、記憶にある過去の私を思い出しながら今の私に辿り着けるように、いつまでもいつまでも、石であり続けたい。それが叶うのならば、風雨に削られて丸みを帯びてしまった角さえも誇らしく思えるというものだ。  わたしが散文で書くとこんな感じでしょうか? これならば、比較的大勢に伝わるのではないかな? ただ、詩文ではないので『答え』が極端に少なくなりますけど。詩文の書き方の善し悪しは、まあ、わたしの現状の腕だとこんなものかなーと。上手く書けるようになりたいです。  風雨に飲まれてしまえば、私という存在は朽ちてしまう。この考え方も勿論ありなんですよ。仰るように逆張り構文で読み解きながら紐解いていけば、上記の散文とはまた違った意味を持つ作品に変わっていくでしょう。人により答えが変化を見せる、これこそが詩の強みではないかなと考えますけどね。(散文で例を書きたいところですけど、疲れてきてしまいました(笑))  缶コーヒーは書くときに思いました。飲まない人はわからないぞ? と。はい。  こればかりは精進しますとしか言えません。もう、技術力不足で、どうにも。  んー。この、缶コーヒーとけだるい午後の組み合わせは、実際にあるんですよ。ただ、わたしの腕では表現しきれなかった。何もすることがない午後に、空虚な時間だけが空間を満たしていき暇に溺れる。軽い眠気に欠伸をすると、釣られたように飲みかけの缶コーヒーが欠伸をする感覚とでも書きましょうか。  こんな感じをなんとか詩にしたかった。でも、上手くいかなかったという結果になりました。んー、手腕ですよね。誰か4行で纏めておくれ(笑)ちなみに、缶コーヒーって眠気覚ましには効果が薄いです。カフェインの量が足りない。自分でドリップした物ならまだ有効ですけど。    たくさんのコメントありがとうございます。  様々な視点から評価していただけるのは嬉しい物です。まして、ずっと考えてもらえたのなら作者冥利に尽きますね。好評であれ、不評であれ、コメントや指摘はありがたい物です。反応がないと浮かばれません。  ありがとうございました。 (詩を知らない人になるべく批判されないよう強制的に読ませて考えさせ一緒に楽しむ1つの答え。金を積んで依頼する編。)

2020-06-27

 お読みいただきありがとうございます。  そうそう、ユーチューバーや最近増えているVチューバーを設定していました。視聴している大勢の不特定の人たちが感想や思ったこと、また、関係ないことでも書き込み、それらのコメントをリアルタイムで配信している人が、好きにピックアップ・リアクションを取り、エンタメとして成り立たせる。  これは詩ではないでしょうけどね。詩を利用した作品になるでしょうか。  詩を読み合う上で、争いを生まない相互交通の形があってもいいかなと。正しさとか、勝ち負けを意識しないで、ポンポンと意見を書き投げられるようなものですね。わたしは想像すること自体を楽しむタイプなので、こういうのはどうだろうか? とか色々考えてます。考えるだけですけども(笑) 『ポエム縛り』取り上げてもらって、初めて言葉の新鮮さに気がつきました。単語に強いエイクピアさんらしい着眼点ですよね。○○縛りという言葉は、遊びやゲームで独自の制限を設けるときに時々見かけるんですよ。なので、何気なく使ってしまったんですけども、ポエムと組み合わせると、確かに変な言葉になりますね。応用が利きそう。ポエム吊り、ポエム回し、ポエム煮込み、干しポエム……干しポエム(笑) 「ほう、一行詩とな?」「それがですね、聞いてくださいよ旦那。あっしが最初に見たときは、このポエムももう少し膨らんでたんですよ。ただ、ここしばらく日照り続きだったでしょう? 縁側に3日置いておいたらこの有様で。ちょいと摘まんでみませんかい?」「干からびたわけだな。どれ? ふむ、随分濃い味になっているじゃあないか。それにいくらか発酵臭もする」「そうなんですよ、あっしはその匂いが苦手なもんで。それでも、元が良い物ですからねえ、捨てるのも惜しい。旦那、よろしければ持って帰っちゃもらえませんかい?」「そういうことなら承知した。これも縁というものだろう、頂いて帰ろうか」「へい、ありがてぇ」「月見の酒を買いに来たのだが、思わぬ肴が手に入ったな、はっは」 『小話 干しポエム』  星めぐりの歌はメロディーがありますから歌われることも多いですし、多分どこかで聞いたことがありますよ? 星座が出てくる詩ですね。好きな作品です。 (詩を知らない人になるべく批判されないよう強制的に読ませて考えさせ一緒に楽しむ1つの答え。金を積んで依頼する編。)

2020-06-26

 お読みいただきありがとうございます。  そうですね~、どちらかと言えばユーチューバーなんかの生放送動画配信でのコメントでしょうか。ゲーム実況の配信などをされている方を想定していました。まあ、リアルタイムでコメントのやりとりが出来る環境下であれば、落ち着いた感じのゲーム内チャットでも十分可能かなと思いますね。  たしかに詩を読み慣れている方であればこんなゴチャゴチャした状況で詩を読みたくはないでしょうけど、詩に馴染みのない方からすれば、読めない詩と真面目に向き合って欲しいと言われる方が苦痛に感じてしまうのではないだろうかと考えました。  今作品では楽しいことをしている合間に、ちょっと時間をいただく感じ。今回は更に入りやすい環境作りをしていて、まあ、不純と言われても致し方ない方法ですけど奥の手を使いました。自分の好きなアイドルを『推し』なんて表現しますけど、推しのアイドルが読むなら読んでみようと思わせる方法ですね。アイドルでなくても、友人や恋人、家族が始めたからというのも詩に触れるきっかけになるかもしれません。  そうそう、詩のチョイスについては自信がありましたね。これならいけるんじゃないかな~と。がっつりとした描写表現の詩だと、最初はとっつきにくいでしょうし。  ああ、昔のプルタブと言うと、取れるタイプのですね。わかる、めっちゃわかる気がします。人間と同じような欠伸をしそう(笑) 今のタイプは効率化を図って欠伸が出来ないように改良されてるのでは? と予想します。 (こういう空想や想像する楽しめる感覚はみんな持っていると思うんですよね) (詩を知らない人になるべく批判されないよう強制的に読ませて考えさせ一緒に楽しむ1つの答え。金を積んで依頼する編。)

2020-06-25

 お読みいただきありがとうございます。  詩に対する考え方を詳しく書いていただいて、大変助かります。詩人や詩人を目指している方って、謙虚な方が多いですよね。小説(ライトノベル方面)からこのサイトへ詩を学びに来た身としては、詩人の考え方はとても興味深いんですよ。詩人は生き方そのものが詩である、なんて話をどこかで聞いたことがあります。このサイトを利用されている人たちは、みなさんがそれぞれの考え方やプライドを持っていて格好いいなと見ています。尖った人、丸い人、広い人、登る人……様々な立ち姿を見せていて。  わたしが居たライトノベル系の投稿サイトでは、腕を鍛えるよりもどれだけ多く自作品を宣伝できるか、そんな競争もありました。実際、文章力なんかはほとんど問われずに内容が面白ければ出版できる、ライトノベル界隈がそんな風潮になっていましたね。詩の世界では間違ってもそんな事になって欲しくないなと思います。それでも、もう少し、どういいましょうね、歌詞以外でも身近に詩が置かれている世界になれば良いなと考えるのですよ。  わたし、今作品と上のコメントで、ちょっと書き方に難があったなーと反省しています。実はですね、作中で取り上げる詩は誰の詩でもよかったんですよ。今回の書き方だと『どうやって自作品を宣伝するか』みたいな流れになっちゃってますけど、今回の目的は『詩に触れる人を増やすこと』でした。  ただ、素人の作品や、無名の作品の方が都合が良かったというのはあります。定評のある有名な詩を使ってしまうと、良い作品と言われているから褒めなければいけない気になってしまう。詩の読み方を広める上で気をつけたいなと思うのが、賛否どちらの意見も言い合える環境を作ることですね。褒めることしか出来ないと、読めなかったり意味がわからなかったりする人を遠ざけてしまいかねませんから。それでは結局読める人しか集まりませんし。  そうですね~、わたしは自分の作品が広がってくれたら嬉しい、という考え方です。作品にもよりますけども(笑)  仰るように、自分の腕を磨き上げて、確固たる評価をもらった後、何処に出ても恥ずかしくない作品を扱えるようになってから作品を広げる。こういう考え方もわかるんですよ。むしろ、一番まっとうな道だと思います。改めて、自分で書いた中途半端な作品は拡散するに値するのかと聞かれたら、さすがに恥ずかしさを覚えます。  評価を得られるようになってから広めるという点でわたしが不安に思うのは『世間的な評価』についてです。ここでいう世間がどこまでの範囲を差すのか? お偉いさんの評価を得られても、世間一般の評価を得られなければ悲しいと思うのです。逆に、お偉いさんに通用しなくてもファンが多く付いてくれるのなら、個人的には嬉しいです。小さな世間で作品が広まるだけじゃもったいない気がするんですよね。特に詩は一般的な文法から外れる場合も多いですから、世間一般には理解されにくい。できれば、もっと詩の読み方・味わい方が広まってくれればいいのになと思うのですよ。プロの評価と一般の評価がしっかり重なるように。  信仰の話が出ているので、ちょっと。最近悟ったことがあるのですよ。純粋な芸術は人の好みが評価を決めると。詩や小説に限らず、全ての芸術ですね。揺るぎない採点基準などというものは存在していないで、どんな場合でも人の好みが評価を左右するのではないかと。  お偉いさんの好みに合えば栄誉を得られる。大衆の好みに合えば人気を得られる。富裕層の好みに合えば大金を得られる。相手の好みに合えば心を得られる。自分の好みに合えば満足を得られる。  これが芸術における評価の全てだと。  もちろん、技術力を磨くことも必要なんですよ。鋭く突くような・感触を伴う揉むような表現を操る、意識をひっくり返す巧みさ、読者の引き込み方と逃がし方などなど、色々な手法があるでしょうし、それぞれに上手下手が存在するので評価は出来ます。ただ、これら技術を極めた先に何があるのか? と言えば、自分を含む『人の好み』を満たすことになるのではないでしょうか。まあ、この考え方は持論ですし、信者を増やしたいわけではないですけどね。(宗教や政治、利権が絡むと話は変わります)  なので、誰かの好みに合う物であれば、どんどん広めて、その人のもとに届けられるようにするのも必要なことだと考えるようになりました。これがわたしの最近の信仰です。 (めっちゃ本音を言うと、わたしも前は完璧な物を書けるようになってから広めるべきだという考え方だったのですが、紆余曲折を経て諦めました(笑))  そうそう、わたしはコメント欄で色々指摘も入れていますけど、自分の好みに書くならこう書くということを伝えているだけですからね。  白目巳之三郎さんのように、自分を律し、技量の昇華を目指す方が絶えずに居てくれるのは、ありがたいことなのですよ。高みを目指す人がいるからこそ、自由に裾野を広げていっても世界の形が不格好にならずに済むのですから。世界が『ぐで~』っとしていると格好が付きません。  恐らく、わたしとは考え方は違うのかもしれませんけども……ああ、そうですね、せっかく言葉を操る術を持っているのですから、詭弁で纏めてみましょうか。  白目巳之三郎さんが望むラインへ到達したとき、『評価してくれる世間』がなるべく広い世界になるように、わたしは詩の縁(ふち)を開拓しておきます。お互い頑張りましょう!  こう書くと、なんだか穏やかな気分になれません? 考え方が違うから「はい、お終い」じゃ、面白くないですからね。ただ、まあ、わたしはそんなには頑張らないかな(笑)  長くなるのも、コメントがズレるのも全く構いませんよ? わたしの方がかなり脱線してます。  ではでは。 (詩を知らない人になるべく批判されないよう強制的に読ませて考えさせ一緒に楽しむ1つの答え。金を積んで依頼する編。)

2020-06-25

 前半はとても真っ直ぐ。言葉こそ変化を付けていますが、伝えようとしている心情は一直線な想いと受け取りました。ただ、真っ直ぐな想いにしては強さや勢いが不足していて、読み進めようと背中を押してくれる力に乏しいように思います。心情の波や、場面転換、ほかにも様々あるとは思いますが、そういった変化を使わずに構成すると平べったい印象になってしまう。なので、一直線に押し込むのならグイッと背中を押してくれる、もしくは深みに沈んでいけるような、そんな言葉達が必要になってくるのではないかなーと、そんな風に思いました。  一方、後半は徐々に気持ちが入っていって、作者が前のめりになっているのが伝わってきました。こうなってくると、こちらも釣られて読み進めていけます。ただ、いまいちピンとこなかったかな。私の読解力が足りていないせいもあるのですけども。  うーん、なんとなくですけど、伝えたいことを捻りすぎて行ったり来たりしているように見えました。こういう手法もあるのかもしれませけど。  個人的には気持ちの乗っている二が好きです。  病が人を保存しているという視点が面白い。この発想をもっと効果的に演出できていれば、評価も上がると思いました。 (病の花)

2020-06-23

 ん、ポイントが付いていないと言うことは……何かが足りないと思ったのはわたしだけではなさそう?  それほど難しい言葉は使っていないのですが、センスの良い語感の列に彩られた景色は品が良く綺麗ですし、全てを理解は出来ないですけど全体の拵えも丁寧に仕上げられているのはわかります。  残響の後に浮かび上がるささやき、いつかの思い出。  夢の後先を指で確かめる、後ろ姿をみた/水無い月。  時系列の途切れた小径に、行き先は決まっているのに2色も存在する紫陽花の色。思い出。  んー、最後はどうイメージしましょうか。でも、最後はそのままの意味で受け取れば良いのかな。  いずれにしろ、綺麗なんですよ。  ただ、致命的に感情が揺れない。おそらく、わたしがこれらの言葉達に関する色や味をほとんど持っていないことに起因するのでしょうけれど。風景や景色がそのまま存在しているような。  前に書かれた『音のない町』は、景色だけでも感情が揺さぶられたのですよ。ただ、今回は感情の揺れが浅かった気がします。何が違うのだろう。  手間のかかっている作品なので、とても勿体ないと思いました。 (化鳥のうた)

2020-06-23

 明らかに読ませる気が無いだろうと思わされる小さい文字や、乾パン並みに固くて乾燥しているコンクリート文章を見ると、反射的に詐欺を疑ってしまう千才森です(笑) まあ、書いている方は、神経をすり切らせるほど相当に気を配って書いているのでしょうけれど。  難しい詩ですね。狙いを読み解こうと思ったのですけども、しっくりくる道筋を見いだせなかったです。そもそも、詩を読むのは苦手なもので。  そうですね~、婚約届、結婚、家庭を持つ、表面をなぞるとそんなイメージがわいてきました。 面白い表現だと思った部分にわたしなりの読み方を加えると、 ・保護していても朱肉は乾いてしまう←それを保護というのだろうか? ・光り物が好きなのであれば、眩しすぎて白飛びするほどの照度で日常を過ごすと良い。←ちょっと皮肉を感じました。 ・釘と違い、外れることを前提に組まれる木ネジは、しかし、箪笥であれば外してはいけない。←箪笥の所有権の問題かな。 ・茶渋に興味を持てなくなったり充たされないのは、日常に潜む毒と言われる飽きが来ている証拠かも。 『安寧を求めること』では、安寧を手に入れたはずが、どんどん不満が出てくる不思議を示しているよう。 『意訳』が興味深かったです。今まで硬さのある文章で書かれていたのに、一気に生々しい口調になり、訳すとこんな感じになるのかーと。  確認。確認ってもう決まっている事柄について確認する場合が多く、変更が効かない印象があります。そこにチェックを入れられない、認められないのは、なかなかやっかいな問題だなと思いました。 (逆説的な届出のあれこれ)

2020-06-23

作中で使った詩『裏庭に居ます』 https://www.breview.org/keijiban/?id=5232  おわ! お読みいただきありがとうございます。まさか、ゲーム風にコメントして頂けるとは思いませんでした。さすが器用ですね~。千才の森のトラップはですね、仕掛けた本人も引っ掛かるほど複雑で先が読めない構造ですから、攻略は難しいですよ? 諦めて引っ掛かったままになっていてください(笑) そっちの方が楽しいです。  コメントありがとうございました。  そうそう、楽しむ。うーん、うーーん、楽しい方が人は集まると思うんですよね。もちろん暗い方が好きって人もいますけど、どちらが多いかと言えば、明るい方が集まりやすいとは思う。  おそらく、この作品を読んで「詩を読ませたいってこういうことじゃねーよ」と仰る詩人も多いんじゃないかと予想しています。詩を利用するという行為を嫌がる方も多いでしょう。詩の趣や深み、言霊に乗せた想いなんかを伝えようとすると、真摯に向き合って読んだ方が通じやすいですから。せめて詩と読者は一対一で、とか。でも、それだと広がりは限定的に収まってしまう気がしています。  というよりも、もしかしたら、詩人の皆さんは誰かに読んでもらうことを前提に書かれていないのかもしれませんね。わたしは、このサイトに来るまで詩は自分自身を解放するような文芸であって批評や批判をする類いの物ではないという認識でした。今でも微かに思っていますけども。そういう詩人も多いのかなって考えていますね。詩の技術を研ぎ澄ますのに必ずしも他者の意見は必要にならないのでしょう。もしくは、少しだけ感想(共感)をもらえたらいいというスタンス。であれば、大勢に広めたいという目的を持たない詩が出来上がります。こういう詩、詩人の作品は、今作品の趣旨とは合わないかもしれません。個人的には、自己完結気味の詩人の存在は好きですし、必要だと思っています。  どうしましょう。一応、狙いを書いておきましょうか。個人的にポイントとしたところをダラダラと書いていきます。もちろん、色んな考え方があるかとは思いますが、あくまでわたしが今作品で意識した点ですね。 ・発信や娯楽の提供を得意とする人とのコラボ。詩人は詩を書く、言葉を操る技術に長けている訳ですが、世の中には情報を発信する技術や人々を楽しませる、注目を浴びる技術に長けている人たちもいます。詩に限らず、小説に限らず、他の産業でも同じ事が言えますけども、創作活動をメインとしている人は、上記で挙げた方々に発信力で適うはずがないんですよ。向こうはそれで食べているわけですし。プロに頼めば楽なのでしょうけど費用の問題もありますから、プロを目指している人たちとか、そういう方々とのコラボがこの先必要になってくると考えています。小説は長いので扱いにくいのですが、詩は短いためにコラボは楽なはず。 詩人が他の創作者(絵師、音楽家など)とのコラボをしているのはよく見かけますけども、それだと勿論上質な作品は出来ますが、出来上がった作品に手足が生えて、勝手に歩き回るわけではないので広がりは見せないんですよ。歌だって、歌手が足で広めていくのは稀で、メディアを通じて広まっていく場合がほとんどでしょうし。 ・コラボ相手とのWin-Winの関係を作る。いくら詩人側が頼んだこととは言え、演者側にも得がないと続いていきません。詩を広めたいのなら、できるだけ長く扱ってもらえるようにしなければいけないでしょうから、向こうにも、つなぎとしてのコーナー枠、新しいファン層の獲得、ファンとの交流の機会を増やす、なんかの利点を得られるようにしなければいけなりませんね。 ・詩をメインコンテンツに置かない。今回であれば、アイドル系Vチューバーという役を設定しています。リスナーと演者との掛け合いがメインであって、扱うのが詩以外でも、むしろコーナーそのものが無くなっても楽しい時間は成立します。あくまで副菜としての位置づけに収まっていますね。主役になるのはブームが起こってからでも十分だと考えます。まずは、広めることを目的にしてみました。 ・荒れにくい環境下での発表。詩は『読めない』という認識を持っている人が多い中で発表するとなると、批判程度であれば良いのですが、自分のわからない物を無意味に貶したり存在を認めたがらない人も出てくるでしょう。一度荒れてしまえば、流れはそちらに傾き、流れが収まった後には人が居なくなる。ある程度の良識で固まっている場所を利用するのも大事かなと考えます。今作品ではまとめ役がしっかりと存在しているというのが大きいです。 ・詩の雰囲気と動画の雰囲気を合わせる。今回使った『裏庭に居ます』、この作品の一番の読ませどころは最後の“ひたひたに満ちるお昼さがりに缶コーヒーの欠伸を聞いた”なんですよ。一応。他はおまけみたいな物です。もし、詩を知らない人に読んでもらう機会があれば、この雰囲気だけを持って帰ってもらいたいです。文章を読んで伝わる人もいるでしょうけど、意味がわからないという人もいるかと思います。散文を崩した詩文なので。そんな人たちにも、動画の雰囲気ややりとりから、イメージを膨らませてもらえたらいいなと。動画を観た何年後かに思い出してもらえたら、特に予定が無いのに満ち足りた感のある午後、「ああ、缶コーヒーが欠伸をするようなお昼ってこんなかんじなのかも?」なんて思ってもらえたら、わたしの大勝利なのです。動画でのやりとりもありますし、言霊も込めているので、できなくはないかな~。 ・多くの人に詩文を考えてもらう。ただただ読んでもらっても心には残らないでしょうから、詩について考えて、その人にとっての答えを求めてもらう。これが一番重要かなと思いますね。答えが存在しない詩もありますけど、それならそれで詩文から何かを想ってもらう。そして、読者それぞれが表現してくれたら最高です。それが正しいかどうかなんて二の次。それを踏まえて考えれば、上手く書けたら演者に読んでもらえるし、失敗してもすぐに流れてしまうコメントというのはかなり気楽に書き込めそうだなと思います。 ・みんなが楽しめるようにする。これが詩を広めるに当たって重要になりそう。詩を理解できる人だけ楽しめるスタイルは、まあ悪いとは言いませんけど、人を集めるには分母が小さすぎる気がするんですよ。詩を詩として楽しむには読むコツが要りますが、詩を読むコツを学ぶ人が少ないのが広まらない原因になってるのでは? 興味が無いのに学ぶのは苦痛ですから。  今回は演者が代表して読んだり考えたりしてくれますから、それを眺めているだけでも楽しめるんですよね。この点、ユーチューバーや芸人はさすがに上手ですよ。視聴者が興味を持っていない事柄でも楽しませてくれます。ゲーム実況であれば、そのゲームをやったことがない人やあまり得意じゃない人でも楽しめるように、演者が彼らなりの手法で演出してくれます。これを詩に活用すれば、詩を知らない人や興味のない人でも詩を楽しめるんじゃないかと考えます。野球をしない人でも野球実況を楽しむように。そして、詩の強みは言霊を相手に撃ち込めること。ゲーム実況であれば、見ている間や見終わってすぐの頃は楽しさが持続しますけど、それ以降はそんなに印象に残らない。次々と新しく放送される実況に記憶が飲まれていきます。でも、詩は、言霊の乗った詩文をきちんと相手に撃ち込めていれば、時間を経ても思い出してもらえますし、浸ってもらえる。わたしは後々効いてくるのが強い詩だと認識しています。  いずれにしろ、本当に大衆に向けて詩を広めたいのであれば、見世物パンダとしての役割を果たせる、人に好かれやすい楽しく心地よい詩が必要でしょうし、詩に興味の無い相手を楽しませられる技術を持った人の存在が重要になるように思います。  今回は、こんな感じに仕上げましたけど、他にも色々な手法はあるはずです。カレンダーに詩が付いているのをよく見ますけど、あれも上手な方法だと思いますね。カレンダーってどうしても見ますから、強制的に詩を目に入れるという難しい目的を達成できますし。  最後になりましたが詩はもう少し大勢に広まっても良いと思います。  ありがとうございました。 (詩を知らない人になるべく批判されないよう強制的に読ませて考えさせ一緒に楽しむ1つの答え。金を積んで依頼する編。)

2020-06-22

 お読みいただきありがとうございます。  今回は中身の薄い作品ばかりなので、全体的であったり配置であったり、そういう所に力を入れないとどうにもならないなーと(笑) あれやこれやといじってみました。  ニキビも、鬼も係長も無ければ無くてもいいような話だったのですが、在ったら在ったで何かが生まれるかな、なんて考えていました。7(+1)つ置かなければいけないという縛りもありましたし。気に入って貰えたのなら幸いです。 (隠し隠して持ってきたのは、誰しも1度は書く視覚詩で)

2020-06-20

 うーん。動画、わたしはそんなに違和感なかったですけどね。  あえて言うなら、この詩の意味を理解している人の読み方っぽいなーと思ったぐらいですか。朗読が上手い動画配信者は少なくないでしょうし、真面目に読んだのはリスナーへの最低限の配慮かなと。  動画内で、彼女は何を伝えようとしたのか?  合コンで知り合ったばかりの人から意味不明のポエムが送られてきた。エリートが集まるとの前評判だったが、いい年の男性から送られてきたポエムはあのうしくんやこのうしくんという代物で衝撃を受けた。意味不明の詩を送られたときのリアクションの取り方がわからない。女性を口説き落とすのに詩を用いる、しかも牛の詩を使うなんて理解できない。もう二度と送ってくるな。他の女性にも送るな。  これに対する詩人の反応は、詩がもっと読まれる物になって欲しいと思ってやった(下心あり)行為で酷い仕返しを貰いショックを受けた。詩を知らない人に読ませればこのような反応を返されるというのに、詩人たちは本当に、心からもっとみんなに読ませたいと思っているのか? と詩のサイトのみんなに問いかけた。  この2つ、同じ直線上にあるものでしょうか? わたしは、そう思えない。この二者の間にあるズレにこそ、詩が読まれない理由があると考えます。  彼女は、詩人全員をディスったわけでもなく、『うしのはんすうし』という作品を単体でディスった訳でもないように見えるんですよね。自分を口説き落とすのに詩というツールを持ってきた詩人を批判しているのであって、また、時と場面を考慮せずに作品を選んできた詩人を批判しているものだと見ました。  どうしてもっと強くディスらないんだというコメントもありますが、それは無理難題でしょう。本当に意味がわからないものは賞賛も侮辱もできないものです。  たしかにポエム(笑)というニュアンスでポエム自体を侮辱はしていますが、これは価値観の違いが生んだものであって、詩を理解した上で侮辱しているわけではなさそうです。理解できない物の価値は、総じて低く設定されがちです。これは誰にでもある感情でしょうから、致し方ない話。  そもそも、彼女の立場上、詩を書く行為自体を直接的に侮蔑は出来ないのではないかなと考えます。動画投稿者は視聴者がいてくれて初めて成り立ちます。視聴者の素性がわかっていない状態で詩をディスると、視聴者の中に詩を書く人がいたとき、視聴者から反発を招きかねません。そんなリスクを背負うとは思えない。    他の方のコメントと被るかもしれませんが、問題点をまとめます。  彼女は主に、作中に出てくる『男』と『この詩を選んだこと』しか侮辱していないのに、男は詩人全員や詩を送る行為全てを侮辱されたと訴えてる、のだと読み解きました。  要するに、作中の男は相手の伝えようとしていることをほとんど理解できていないまま荒れているのじゃ無いかなと思うのです、わたし。  作中の彼は、しっかりと相手の言葉を受け取ろうとしているのでしょうか。わかったつもりになって自分勝手に憤っているのでは?  これは恐ろしいことです。お互いの意思疎通が上手くいっていないまま、片方がキレているわけですから。  詩人はよく、読者に詩の想いや技術の面白さが伝わらないと嘆きますが、ならば詩人はどれだけ読者の思想に寄り添えているのか? 意味不明な文章を読まされる側の立場に立って物事を考えられているのか?   詩を読んでくれる相手の気持ちを理解できない限り、わたしは詩は広がらないと思います。    そして、この作品に対するコメントを読んでみると、役者に対する演技の不満・賞賛、作品構成に対する指摘、リアリティの扱い方、詩との向き合い方、内輪ネタに対する意見、詩人側の深層心理に迫る意見などが多い印象です。  送った詩に問題があったという意見や、詩を読む行為がどんな意味を持つのかについて自己解釈なども見られましたけども、コメントのほとんどが詩人側の立場に立った話をしていました。  どうして、読まされた側の心情を推し量るコメントが極端に少ないのでしょうか?  もちろん、詩の技術を切磋琢磨し合うサイトであるのだから、詩の出来映えを評価するコメントが並ぶのは当然なのですが、御作は詩が読まれない・読ませないをテーマにしているのですから、読者側の視点に立ったコメントがもう少し合っても良いと思います。    動画を投稿する役柄の演者は、脚本を棒読みしたわけじゃないのです。彼女は役になりきって、意味不明な詩を送られた人の気持ちになって演じたのでしょう? それは現代詩に対する演者なりのコメントに等しい物だとわたしは感じました。それに対して、現代詩詩人が注文を付けるのはいかがなものかと思うのです。現代詩詩人が、現代詩に対する読者の反応はこんな感じでなければいけない、と読者に対して注文をつける行為に近いように見えるんですよ。 それが必ずしも悪いとは言いませんけども。それでも、演者の演技を無視していいとは思えないのです。  わたしはコメント欄を読んで少なからず危機感を覚えました。  これでは詩が広がっていかないのも無理はない、と。  詩人が、詩を読んでくれる人の気持ちを理解しようとしない限り、読者と直接向き合わない限り、詩は広がらないだろう。そう感じました。  今回のシチュエーションは、合コンで知り合った女性に詩を送るというものでした。  結果として、笑いものにされたあげく、もう送ってくるなと釘を刺されてしまいます。  送った方はさぞかしショックを受けたことでしょう。ただ、わたしは思うのです。これは不幸中の幸いだったと。  詩人の皆さんに伝わるかわかりませんけども、ちょっと書かせてもらいます。  ほとんど面識の無い人から意味不明な文章を送りつけられる行為は、相手をどんな気持ちにさせるでしょうかと考えます。文章から意味が読み取れない、何を伝えようとしているのか不明、何を目的としているのかさえ理解できない。これは受け取った側からすれば、怪文書以外の何物でも無いのです。  送った人は『詩(ポエム)』だと言い張るのですが、読めない人はそれを詩だと確定できるだけの術を持っていないのですよ。暗号のような文章、不安に駆られながら読んでしまえば犯罪予告文だと読む人もいるかもしれない。違法行為に誘う文章と読み解くかもしれない、今回は異性から送られたものですから、もしかしたら性的な意味合いを持つ変態的な文章なのかもしれない……  文章の意味が理解できなければ、あらゆる選択肢を捨てきれないまま文章と向き合わなければいけないのです。これははっきり言って苦痛です。  彼女は困惑と不快。この程度で済んだから良かったですけど、場合によっては不安、恐怖、そんな感情を呼び起こしかねません。今回は『うしくん』を連呼するという無害さに満ちた雰囲気の作品でしたから酷くはなりませんでしたが。  更に言えば、女性は男性の何が悪かったのかを動画内で語ってくれているんですよ。大雑把な物言いではありましたけども。それらの言葉に耳を傾けることもせずに、どうすれば改善できるのかを考えることもせずに、仲間に不満をぶちまけるのは、果たして詩人としてあるべき姿なのだろうかと、わたしは疑問を抱きましたし、できればみなさんにも、その辺りを指摘していただきたかったなと不遜ながら思うのです。  言葉には力がある。詩には力があって、本当に良い詩作品であれば相手が誰であれ、どんな状況下であれ、読んだだけで心は打たれ感動する。わたしもそうであると信じたいですが、恐らくそんなことは無い。もし、誰彼問わず読むだけで感動するのであれば、詩はとっくの昔に広まっているはずです。  詩人のみなさんはよくこんな事を仰います。「詩は好きなように読んでいいよ?」と。しかし、この言葉は危険を伴う読ませ方であると、わたしは思うのですよ。  理解できない物に遭遇したとき、人は恐れを抱くものです。  相手が受け取れる構えを取れていないのに、力のこもったボールを投げつけるのは危険行為ではないでしょうか。受け取って貰いたいのなら、まずは安全に受け取れる構え方を教えるべきなのでは? と。誰が読んでも受け取れるような力であれば問題は無いのですけども。  詩がどうして読まれないのか。  詩の技術力うんぬん、詩への思いや力の強さうんぬん、の前に、何よりも真っ先に考えなければならないことがあるはずだと、現代詩を読めないわたしは考えるのでした。   作者が読者と向き合わずして、誰に何を読ませるつもりなのか。ただ、発表できれば良いという詩ならともかく。 >詩というジャンルにおいても、谷川俊太郎とか最果タヒなどが比較的読まれている背景として、読まれることを企図して書いていることが挙げられるように思います。  そうそう。そうだと思います。  えーと。  わたしの知っている人に、ポエムで女性を誘い込み、口説き落とした男性がいます。古い話じゃなくて数年前の話ですね。  求愛の手段として詩はまだまだ現役なのです。そんなに悲観しなくてもいいんだと詩人の皆さんに伝えて、下がりたいと思います。  長くなってしまったので特にお返事は求めません。作品へのコメントが少なくて申し訳ないです。では。 ((動画投稿)Maximum_Fucking_Poets #1)

2020-06-20

 作中の「わたし」は、凄く身勝手な人なのか、それとも「あなた」とは異なる優しさを持つ人なのか、悩みました。何かを読み違えているのかもしれませんけどね。  個人的には身勝手な人、かなと。そっちの方が人間臭くてある意味正しい気がします。 「あなた」とは、どんな人物なのだろうか? そんな人物は存在するのだろうか? 人間達からはことごとく裏切られ、誰もが見捨てて救ってくれないような存在は、果たして人間と呼べるのだろうか? そんなことを考えてました。  そんな人物は神か仏でしか有り得ないのでは? と仮の答えを出したとき、神仏の像を指さしながら大笑いし、それでいて笑ってくれよと願う「わたし」を見た気がします。  人間は、人間らしく生きる方が楽なんでしょうね。 (あなたのやさしさはこっぴどく裏切られるだろう)

2020-06-14

 うーん、これだけだとちょっと表現したいことがわからなかったです。普通に読める文章ですから書いている内容はもちろんわかりますし、様子もわかるのですけど、何を伝えたかったのかがいまいち。読解力が足りないのかも。  世間はコロナ一色なので、もしかしたら一人きりのフライト? とも考えたのですが、うーん。答えを聞いてみたい気もします。 (In a corner of this world---Shanghai version---)

2020-06-14

 生死観。クリエーターであれば、大抵の方が一家言ありそう。そんな話をどこかに書いた気がします。  答えを明示しないで引くという手法は、前作のトリッキーの作品ならツボに入ったのですが、御作では内容が薄くなる要因になってしまっているように感じました。  答えの提示をこちら側に放り投げるのでは無くて、出来れば1つの答えを示して欲しかったなと。最後をピシッと決められれば、もっと重さを感じられる作品になったかと思います。答えが正しくなくてもいいのですよ。数千年も考えられてきた話題ですから、どうせ正しい答えを持っている人なんていないでしょうし。  ちなみに、わたしの感覚では、生は自分で認識する物で、死は他人が認識してくれる物、かな。自分で自分の死を確認する術はないのです。もっとも、明日には違う答えを言うでしょうけど(笑) (あんたの「死」はなんだ)

2020-06-14

 チョコレート、みんなにあげる。女性(女の子)の視点で書かれていますね。日常で出会う何気ない話題ですけども、こういう視点は誰もが書けるわけではないので、バレンタインデーの時期はともかく、この時期に読むのはちょっと新鮮でした。  内容以上に題名が面白かったです。そっか、提出するべき課題を自分で消化しちゃうと、知識とかお腹とかに栄養が付いちゃうのか。 (未提出課題)

2020-06-14

 ああ、そっか。片思いか。う、感覚が鈍ってきてる気がする今日この頃です。  刺激的な感情を欲する現代詩の特徴(多分)からか、恋のお話には反応が鈍い気がします。青春のポエムっぽさが出るからかな? いや、そもそも、最近は投稿数も多くなってきているので流れやすいのもあるのかも。わたしは青春物も好きなんですけどね。  雨の音と、ちょっと浮き足だって歩く足音(かな?)がすごく印象的ですね。こういう演出をすっと差し込めるセンスは羨ましいです。  全体的に暗さが無いから、明るい未来を想像させます。感染予防を求められている中ですけども、すぐそこに夏も控えていますし、主人公のように元気を持てあましている方も多いことでしょう。コロナウイルス、早く終息してくれることを願います。 (マスクの中で溺れている)

2020-06-14

 1連目と2連目の台詞が興味深かったです。特に「正義でも悪でもない労働に飽きてきた。」は、若い人ならわかるかも? と。真っ平らな仕事ばかりをしているから、オンラインで戦争ゲームをしたくなるのかも。水曜日って言うのが良いですね。週末になれば、何か楽しみを見つけられるんですけど、真ん中が一番ダレます。  ただ、2つの台詞の繋がりが薄かったのが残念でした。同じ内容にならないような、同じ価値観の台詞なら、もっと引き込みやすかったように思います。 >今日も間違えてしまった人が >テレビの向こうで叫んでいる  この2行が好きです。なんだか、よくわかります。希望と欲望、難しいですよね。  んー、後半はちょっと味が薄いでしょうか。前半が強かった反動かもしれません。 (ふたつの望み)

2020-06-14

 思いのほか、大きな世界観の作品でした。  んー、超未来のお話で、この街には大人しかいないように読めますね。そもそも大人しかいない未来なのか、それとも、瑕疵の無い健康体に育てるために子供達を無菌温室育成しているのか。この先、死ぬことが無い未来になれば、子供を作る理由がなくなる、そんな考え方もあるかも。星が飽和する前に、宇宙船の開発をしなければいけませんね。  事実は小説よりも奇なりとも言いますし、これ以上に奇天烈な世界が作り上げられているのかも。  面白かったんですけど、個人的には、物語として書く小説のような散文作品で読みたくなる内容でした。 (ホログラムではないノラネコ)

2020-06-14

 そうか、町なんですね。なるほど。  主人公は人間かな? 水棲生物かな?   ホタルイカなんかも発光しますけど、それらとは発光する目的が違うのでしょう。  自分を知っている人が誰も居ない場所にきて、こっそり発光する、存在を現してみせる。ちょっと憧れますね。不安とワクワクが入り交じる感じ。  故郷は確かに私だけがいない町なんですけど、自分のことを誰も知らない町も、私だけがいない、存在を認識されない町と言えるのかもしれません。 (私だけがいない町)

2020-06-14

 幽霊になったのかなと、直接的ですが、そんな風に感じ取りました。  水や、晴れた空、淡い、そんな言葉達から爽やかさを感じ取り、その流れの中に出てくる骨。白さが、鮮明に想像できました。  物質ではない骨には感情や魂が宿っているのだと、幽霊のような存在になって初めて気がつく。それは、自然と調和できるほどの有機的な存在であることを知る。  波間に眠る君を、生きている間は見ることは叶わなかったけれど、こうして感じ取れるようになった今、君の骨が物質でないのだと語れるようになれた。  解釈を飛躍させれば、子猫の姿に、自分や君の最期の姿を重ねているのかも、とか読めますね。  写真と作品の印象が、わたしは繋がらなかった(ぼやけているところに現実感の喪失を感じ取れたのですが)のですが、もしかすると、『ある日。』に繋がる道なのかも? (Untitled)

2020-06-14

 揃えてある文字数はスマホを意識したものでしょうか? スマホ画面だとピッタリと収まってくれます。  独特の感性をお持ちの方だと読んでいたんですけども、もしかすると作品ごとに独特の世界観を作り上げているのかなとか、思いました。人物も背景もしっかりと構築された上に作品を書かれていますから、人相や立場を想像しやすくていいですね。一人語りには、重ねてきた経験の割に幼い雰囲気が見え隠れし、強がりが滲み出ているところなんかは、好きな人物像です。  言葉から受けるイメージが思いがけないところへ飛ぶところに詩の良さ、強みがあるという意見も多いですが、強い思いを純朴に語る作品もいいなーと思いました。 (雨空の下の孤独)

2020-06-14

 ほどよい加減が良いですね。部屋に満ちた古い畳の匂い、半分開けたカーテンから見る小っちゃな夜景、手の中の美味しい温もり、缶ビールはあるのかな? >そういうものとはほどよい加減でさよならして  世間から逃れられる自分だけの居場所を持ってるのって素敵だなーと。自分だけの居場所で豚の角煮をハフハフ。至福ですね。  二十世紀最期、この言葉を聞くのも久しぶりです。世紀の一大イベントの夜をこんな風に過ごしたから、普段の夜もそんな感じで過ごしてもいいという理屈が面白かったです。なるほどと、妙に納得させられました。  インパクトは薄い作品ですけども、その分、雰囲気が強く生まれていて好きですね。読みやすくて、感じやすい作品だと思いました。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-12

 個人的にはもの凄くもったいないと感じた作品です。この感性を元に普通サイズの詩を書かれていたら、ガン推ししていたかも? このままだと、メモしていたネタ帳をそのまま書き写した様に見えて、作品としては弱いような気がするのです。  ただ、感性は凄く好きですね。   特に一つ目の作品。  色々考えたんですよ。他はすぐに情景が浮かぶのですが、最初だけが上手く表現できない。うんうん唸って、ようやくピンときた時に、するすると本一冊分のシナリオまで発展しました(笑)  おそらく作者さんが狙っていた情景ではないのかもしれないと思うのですが、私なりの景色を書いてみましょう。  夕まぐれに駆けるヒト。ヒトとカタカナ表記にしたのですから、ヒトであって人ではないモノ。髑。昔の話ですが、妖怪に出会いやすいやすい時間帯は夕暮れ時と言われていたそうです。今のように街灯がなかった時代は、夕暮れ時になれば遠くの人物が詳しく見えなくなる。すれ違う時、何の気なしにその人の方を向いたら……骸骨だった。そんな事もあったのかもしれません。そう、妖怪にとって夕暮れ時は、人間を脅かしやすい一番の稼ぎ時だったのです。ちなみに、夕暮れ時を過ぎてしまえば、人々はみんな家へと入ってしまい、脅かせなくなった。  で、作品に戻ります。駆けていく一丁目。一丁目は何処の一丁目か? 地獄ですね~。人間界と一番近い場所が一丁目なんでしょう。ここがポイントなんですよ。夕暮れ時という一番の稼ぎ時に地獄の一丁目を駆けていく骨の妖怪。十中八九、寝過ごしたのでしょう 「遅刻遅刻ー!」鉄板ですね(笑) パターン入りました、ボーイミーツガールです。妖怪達が出払い、手薄になる夕暮れ時を狙って地獄への侵入を果たそうとした対魔師の少年が、慌てて走ってきた髑の少女と鉢合わせしてしまう。ドタバタした後に、少年は死んだと思われる妹を探しに地獄へ来たと語り、最近髑の妖怪になったばかりの少女は少年に同情して、一緒に妹を探し地獄巡りをすることになる……  題名を入れて三行の詩からここまで飛躍させられるのは、わたしの異常な妄想力の賜ではなくて、絶妙な表現で綴った作者さんの腕だと思います。そのはずです(笑)  二つ目。感情を詰めた(詰められた)箱を開こうとするときは、確かに素手で触れながら、声を掛けながら開かないといけません。鞭やお金といった缶切りを使っても、開くことはないでしょう。  三つ目。笑顔って柔らかな弧で表現される表情。たしかに、プリンは全てが曲線で出来ています。横から台形としてみてもプルプルしているので、輪郭は曲線ですね。笑うプリンと向かい合う笑顔が浮かんでくるようです。きっと瓜二つになっている。  四つ目。見ているわたし達からすれば、墜落といいたくなるような落ち方なのですが、猫からすればたいしたことはなかったり。墜落してもピンピンしてたりします。猫。  五つ目。奴か、奴が0なのか。道理で誰も手にできないわけだ。  こんな感じに読み解いてました。 (5 - a view)

2020-06-12

 冗談、というとスカッと笑わせたり、オオッと感心させる冗談を思い浮かべるんですけど、悪い冗談から来てたんですね。  歌詞も歌い方も、良い感じに力が抜けていて聞いているこっちもグデ~っとなりました。誰かを責めるわけでもなく、何かに当たるわけでもなく、答えを掘り出すほど真剣になるわけでもなく、積んできた現実に覆い被さられながら、ちょっとだけ上を向いてみる。そんな歌詞と、広い部屋で反響させているかのような『ぅおぁん』とした声がよく合っていました。  夜に聞きたい歌です。(朝に聞いていたら遅刻するかも) (冗談)

2020-06-11

 なんだか素朴な印象を抱きました。そんなに大きな事も起きていませんし、うん、9割方天気のお話。寝ぼけ眼で雨降りの外を眺めている情景が浮かんできます。  時間の経過を太陽の傾きで測っているわたしたちは、雨が続いて空が見えなくなると、時間がわからなくなるのかもしれない。そんな事を思いました。雨が降ると針が見えなくなる時計をしながら一日を過ごすと、こんな感じになるのかも。  「君」とは会えたのだろうか? そんなことを思いながら、のんびりと読むのがいいかも。 (化生)

2020-06-11

 短歌は苦手なので、あんまりコメントも書けないんですけども。真っ直ぐで、純粋な恋愛を一歩ずつ踏みしめていく、そんな歌が多くて甘い気持ちになれました。  良いですよね、一生懸命で一途な恋のお話も。  わたしも一行目を最後に持ってきた方がいいかも? と思いました。いわゆる、オチの様な意味合いを持っているので、最初に持ってきてしまうと雰囲気が崩れてしまうかなと。 (《短歌》透きとおる笑顔のままで悲しみが瞳をこぼれる美しい人)

2020-06-11

 徐々に変貌を遂げていく人。そんな風に読みました。  乱れたラグやこぼれたままのコーヒーから推察するに、苦痛でいくらか暴れた後のお話なんじゃないかな。夕暮れまで続いたその苦しみは、ふと治まり掌を引き剥がした。そんなはじまり。  くちばし、翼。でも、血は赤い。形を変えた爪先と眼、でも肌は白いまま。  次の2行から先は、個が分離してしまったのでしょうか。最期はやりたいことをやって眠りについた、自分から分離した物。しかし、元は同じ物。きっと、眠りについた瞬間は一緒だったと思うのです。  一番の恐怖は原因が不明であることかな。  もう少し情報があっても良かった気もします。 (恐怖)

2020-06-11

 ごふごふごふごふ を 風が出てきたな から 飯が炊けたのだ に変換させる着眼点はさすがですね。これは強い。  そして、他人に語りかければ自分の内側を向くことになる。一方で、自分に語りかけようとすれば、馴染みの薄い自分がやってくる。視点の変化を交えながら、読者を巧みに混乱させていく思考も見事だと思います。  それで、ですよ? タイトルにもなっている二枚のとりもも肉からの後半が、わたしはちょっと読み取れなかったですね。もちろん、一行ごとに分ければ読めるんですけど。『そこにいたければいればいい』が、うーん、上手く繋がらないと言いますか。肝になる部分だけに、読み取れないのが悔しいですね。  お弁当屋の写真なんですけど、ずっと1人のお客さんを写した写真と思ってたのですが、店員さんでした。エプロンを着けていらっしゃいますし。そう改めて読むと、味わい深いですね。売る側と買う側の視点が違えば、受ける印象も変わります。 (〈安閑夜話〉 二枚のとりもも)

2020-06-11

 冒頭にガッツリと説明文にしてしまっているのが個人的には残念でした。4段落目、5段落目に脂が乗っているので、この文章量であれば、いっそ全ての説明を省いてしまって全文に作者さんの旨味を染みさせてしまってもいいのかなと。んー、最初に説明を持ってきたのは、作者さん自身が作品の流れへ自分を乗せるために必要だったのかもしれませんけども。  説明文を面白く読ませるのって難しいんですよね。興味深く読ませるのは比較的楽ですけども、それは最初から興味を持ってくれる話題を提示していた場合で、真っ白な読者に説明を読ませるのはなかなか。  虹の7と罪の7、そしてグラーデーション。後半は間違いなく強みがあるので、これらのテーマに集中できていればもっと大きく化ける気がしました。 (瞼に焼き付く光跡は君をかたどる)

2020-06-11

 んー、おそらく、 読者が置いて行かれたまま話が進んでしまっているような気がします。  幸せ、あなた、「良かった、生きてたね」、これらの言葉は、人それぞれで抱えるイメージが違いすぎて、単語をポンと放られてもなかなか情景が湧いてこない……かも。感情が作品へ寄らないまま、クライマックスを迎えて終わってしまった。そんな感じでした。もっと情報があると近づきやすいかも。  そうすれば、『はっきりと』『誘い出された』『あなた』これらの単語が効果的に機能するかなと見ています。 (陽はまた沈む)

2020-06-11

 題名がもし、『ぷろてすとタン』だったら、都市封鎖の中でも単騎でデリバリーを頑張る電柱系少女を想像していたかもしれません(笑)  反乱たった一本、ここまでは格好いいと思ったんですけど、この先が読解力不足でついて行けなくなりました。うぐ。  ただ、半ばから最後にかけてイメージが変わらないまま文字数だけが増えている感じを受けるんですよ。もう少しイメージの変化が欲しかったかなと。わたしの好みを言えば、ですけどね。一方で、勢いは十分伝わってくるんですよ。この勢いを生み出すための文章列だったのかと考えれば、成功しているとも思いました。 (ぷろてすとたん)

2020-06-11

 3連目と4連目、個人的には好きな方です。が、作品を読みながら、『愛』というテーマを演じきるのはかなり難しいんだなと再認識しました。死と愛は、やっぱりみんな書きますからね。どこかで味わったようなテイストになりがちで。 『い並ぶ墓石は脱皮していく』  この一行が良いですね。い並ぶ(居並ぶとしても伝わりやすいかも)が付くことで、イメージする範囲が広くなり、脱皮を終えると一斉に飛び立って空を覆い尽くすのか、それとも、足を生やして行進を始め、地を覆い尽くすのか。  うーん、問題は一連目が読者に届いてくれなかったんじゃないかなと。最初が響かないと次が続いてくれませんからね。 (愛)

2020-06-11

 せっかく現代詩のサイトにお邪魔しているのですから、こういう作品を楽しめるようになりたいんですよね。皆さんのコメントを読みながら、楽しみ方を模索しています。  やっぱり抽象として書かれた作品で、背景に飲まれた白い言葉達を想像しながら楽しむのが正しいのか、それとも、言葉の印象や音を直接脳内に取り込んで、繋がり、ぶつかり合う反響音を楽しむべきなのか。   茜が燃えていた 破線でたどる 冬へと  わたしはこの連が好きです。  雲かな? 色と形が織り合っていき、やがて冬をの景色へと変わっていく様を表しているよう。絵画のような、でも時間が加わっているから動画とも取れるのですが、冬に変わったシーンはないのでやっぱり絵画のままなのかなとか。  ただ、他がよく掴めなかったです。申し訳ないです。もう少し、肩の力を抜いて読めるようになれば良いのかもしれませんけど、わかっていても難しい。 (在処)

2020-06-11

 18分という短さが、そのまま初夏が通り過ぎていく時間を表しているかのよう。地域差もあるとは思いますが、夏の陽差しを喜べる初夏の季節って少ししか無いなって思います。暑さが本格化してくると、陽差しは凶器と化しますし。  日向に溶けるという表現は、わたしも好きです。晴れている空を、黙していると表現するのは初めて見ました。時と場面を選べば、色々と応用が利きそうですね。  『擦りむいた膝のごつごつした樹々は四方八方に身をくねらせている』 この一文は、少し削ってもいいかなって。全体的に、使用する語句をもっと礼賛に寄せてバランスを揃えても良いかなと見ました。意外性を重視しているのかもしれませんけどね。 (初夏礼賛)

2020-06-11

 空気不足の魚の顔と笑顔を重ねるのは興味深いですね。なるほど、と。そして、空気も食べ物も充足している自分は、笑顔を作れない。んー、真顔なのかな? 外を冷静に眺めている様子が伝わって来ました。鮮度の良い表現力、そして全体のバランスを整えるのが上手ですよね。先月分も読ませて貰ったのですが、全体のバランスはどれも良くて。きちんと繋がりを保ったまま進んでいくので、振り返りに耐えられる作りになっていますよね。  前半部分、もう少し削ってもいいかと思ったのですが、後半とのバランスを考えれば、大体半分ですからいいのかな。前半は頭を使って読ませる文章で構成されているので、冷静な意識になってきます。そうなると、インパクトが弱く、長く感じてしまうのかも?   個人的には、前半の方が好きですけどね。  後半のガツン! と来る感じ。こっちには確かな強さを感じます。わたしはイメージが浮かびにくい作品が苦手なので、どう評価しようか迷うところなのですが、好きな方は好きだろうな~って思いました。言葉選びと配置に独特なまとまりを感じます。 (ぬら 死の磨きたて)

2020-06-11

 お読みいただきありがとうございます。  匿名ネタは前にもやったので、もうやるつもりは無かったのですけど、題名をこれにしてしまったが為にやらざるを得なくなったのです。正直な話、名前を伏せたくはなかったんですけどねー、題名はこの先使う機会が無いだろうなと思ったら、もったいなくなってしまって。  ちなみに、今回持ってきた作品は、ビーレビさんに来ていなかった期間に作った作品をゴチャゴチャに詰めたものです。  この視覚詩を思いついたのは、沙一さんの『はっかといちご』がきっかけです。これならわたしも書けるのでは?と思って色々試したのですけど、クロスワードパズルになってしまいました。『はっかといちご』の視覚詩は、すっきりとしていて綺麗でしたね。あの雰囲気を狙ったんですけども、難しかった。  個人的には頭文字を揃えるといったクロスワードの作品はあまり評価しないんですよ。書こうと思えば、まあ、書けますし。今回持ってきたのは文章も特別優れているわけでもない。ですから、自己評価は低いです。  心理テストは面白そう。ランダムに選択した文字を散らして詩は出来るでしょうか? 星座のようになったら素敵ですね。  そう、この麻雀。  いやー、これがですね。うーん。視覚詩は雪の結晶の六角を模しています。雪の結晶で角が出ていない六角形を見たことがあって、こっちなら視覚詩に出来るかもと思ったんですよ。出来上がった当初は、麻雀のまの字もなかったです。ただ、上に書いたようにクロスワード系をあまり評価しない私は、これだけ持ってきて雪の結晶の視覚詩です、だけじゃちょっとなーと思って……他を書いているうちに何故か麻雀が出てきて、絡めて一役乗せる結果となりました。摩訶不思議。  全体で麻雀の役を作れたら、もっと洗練された作品になっていたでしょう。残念ながら、そこまでの集中力は生まれなかった。最初と最後だけです。麻雀の用語に「頭を作る」っていうのがあるんですよ。今回の七対子は例外ですけど、麻雀の役は普通、同じ柄の牌や数字が続きになっている牌を3つずつ、4セットを作って、それとは別に、同じ柄の牌を2つ作ることで役の形が出来ます。 九九九 東東東 345 ### ●●(←この2つが頭)  今回、作品で表したかったのは、この頭(今回は『一筒』)が揃えばアガリですよ~って話です。冒頭に1つ、最期に1つを持ってきてアガリ。  このネタをするのなら、当然、真ん中に入れている作品も麻雀関係で揃えていなければいけないんですけど、今月分を早く投稿して、他の作業に専念したかったので、手抜きの仕事になってしまいました。申し訳ないです。  誰か上手く書いてくれたら嬉しいです(笑)   (隠し隠して持ってきたのは、誰しも1度は書く視覚詩で)

2020-06-07

 あ、すみません。わたしも密、コロナウイルスにまつわる作品だと思って、読み解いてしまいました。  そう、エイクピアさんの作品では珍しく、強引で勝手ながらも読み解けてしまったんですよ。  日記が電車に惹かれる様子は、文字の上に横線が走るイメージを沸き立たせ、予定が次々にキャンセルされる現状を表している。ぞろぞろと通過するサラリーマンたちも、太陽を浴びない生活、巣ごもりへの変換を強要される事態となった。  そう、密不足ですね。一方で、普段は会社に居る家族が揃い、夕暮れには多くの家庭で炊事の湯気が立ち上る。そんな、今まででは見られなかった光景が街に広がっていた。  コロナを相手に熱くなるのは逆効果。無意味な争いを生むことになるから、冷静に対処するようにと、連日のようにテレビは言っている。心が熱くなったときほど、冷静な言動を心掛けなくてはならないのだ。  こういうときは、ゆっくりと湯船に浸かると良いと早めに風呂へと向かい、浸かりすぎて六腑がお麩へと変化してしまう。  主人公は1人が好きみたいで、会社勤めの羊達が密を好む理由がいまいちわからなかった。そんなことは置いておいて、自分もコロナと戦わなければいけないのだ。ソーシャルディスタンスは、視界にコロナウイルスを捉えたとき、反射的に殴りつけても他人へ被害を与えない距離なのだろう。  と、こんな感じ。  相手の思考を全て理解することは出来ない。この大前提があってこそ、文学は面白さを増してくるんだろうな~なんて思いました。読者は作者の思考を完全には読み解けないですし、逆に、作者が読者の思考を完璧に予想することは出来ない。できないからこそ、すれ違いが生まれ、その摩擦熱が物語を生んだり、重なったときの衝撃が予想しなかった感動を生んだり。  数学なんかは、お互いの考えを完全に一致させることで、先へと進んでいく学問なのかも。  結局の所、エイクピアさんが望んだ作品世界を見ることは叶わなかったのですが、わたしはわたしで新たな扉を開け放ち、わたしだけの世界を見てしまったのでしょう。  これはこれで、良い経験をさせてもらいました。 (羊と私)

2020-06-06

 全てを理解できなくても、イメージできそうだと思える位置に存在している詩は、近づきやすいです。そもそも、全てを理解する必要は無いのでしょうけど。  4行で構成されていると確かに歌のような印象になりますね。4行に限らずですけど、全体を律で縛ってあるとその形式に想いが宿っているように見てしまいます。御作品であれば、4行目はどれもペアが存在しているものであり、でも、今は1つきり。  大体6月前後の季節が入っていて、2連目だけが周りではなく人物が6月。時代を錯覚させる表現がちりばめられているのも印象的です。  わたしは3連目が好きですね。憧れを追ってきたのか、美味しそうな色合いに惹かれてきたのか、薄い色であろう蝶々がさまよう地下通路。幻想的なひとときです。ここで枕詞を当てられれば格好いいんですけども、わたしには枕詞の知識が無かった(笑) (きのうとあしたのおどり場で)

2020-06-06

 詩が潜在的に持っている『暗さ』をどうにか薄めたいと考えるわたし的には、楽しい出来事も詩で表して欲しいと思うのですよー。楽しさがあり、喜びがあり、だからこそ死が余計悲しく映る。グロや死ばかりを扱っていると、次第に慣れていきますからね。読者も。  まあ、その辺は好みかも。  力強く、まっすぐに向き合っている詩ではあるのですが、そのまま過ぎる気もしました。死をそのまま文章で書いてしまうと、この場面を動画にした作品には勝てない気がします。せっかく文章で書くのですから、文章にしか出せない強みをもっと示して欲しかった気もしました。  二部に分けて、後半は獣医にピントを合わせても良かったかなーと。  ここから先はわたしの死に対する考え方で、対立するような意見になりますが、否定したいわけじゃないのでご容赦を。あくまで、作品に対する個人的なコメントです。  死は、うーん。  生きていれば、死に立ち会う機会も少なからずありますから、考え方は人それぞれありそう。  うーん。家畜は、うーん。こういう一生を送ることしか許されない生き物を品種改良で作り出したのは人間ですし、なんて考えちゃうんですよね。作品を読むと衝撃的な印象を受けるのですが、振り返って考えてみれば、育てられた牛にとっては当たり前のことなのかもしれないとも思いました。しっかり生かして、しっかり殺して。人間がやらなきゃいけない役割かなと。  なんて偉そうに言っているわたしは、鶏も締めたことないですけどね。  生き物の生と死かぁ。  うーん。  ああ、逆もある得るのか。死を書き切れれば、生を一層輝かせて見せることが出来る。そんな考え方もあるのかもしれませんね。 (激流)

2020-06-06

 お読みいただきありがとうございます。  大人になってしまった大人って表現、いいですね。わたしも大人になりたくてなったわけではなく、いつの間にか大人と呼ばれる人間になってました。  子供と大人の境目に立つ大人、そんな作品をかいてみました。今回、夢を追いかけてる虫のモチーフはアメンボですね。アメンボ、わたしは『雨ん坊』だと思っていたんですけど、調べてみると『飴棒』が語源みたいです。カメムシに近い種類の虫で、同じように匂いを発するのですけど、アメンボは飴ように甘い匂いがするのだそうですよ?  まあ、今回はわたしの勘違いである『雨ん坊』がテーマになっていますけどね。大人になっても『坊』と呼ばれる虫。  そうそう、頭の固い大人。でも、最近は頭の固い大人ってそんなに居ないんじゃないかなって思います。そう考えると、大人になると頭が固くなるという固定観念を信じ続けている頭の固い大人なのかもしれません。  何故頭が固くなるのか? それは楽だから? 今までと同じ言動を繰り返せば、生じる結果は今まで経験した出来事の中に収まってくれる。これは、楽です。予想外のことが起きにくければ日常生活を過ごしやすくなります。  同じコンビニの、同じ場所に駐めていれば、事故やトラブルに遭わないことを経験で知っている。今までと同じ行動を繰り返すだけで、予想通りの結果を得られる。不測の事態を防げる。  頭が固ければ、未来も固い。固くなった未来では、飛躍も起きにくいわけですが、固い頭ではそこまで頭は働かない。  個人的な考えですが、新しいことに対して億劫だと思うようになったら、歳を取ったって事なんだろうなって。  話は変わりますけども、わたしは未だにスマホを使った電子決済を利用したことがないんですよ。○○Payとか。  クレジットカードですらお金を支払ったという感覚が薄いのに、スマホで決済だと、更に支払いをしている感覚が無くなるんだろうなって。わたしも頭は固い方なのです。  そんな意識を入れた一行ですね。  コメントありがとうございました。 (『-UFO- 地上の星屑観測船』)

2020-06-06

 お読みいただきありがとうございます。  返詩に下の句を添えて、変化を持たせた短歌へ変える。 >夢希望 大人になって 墜落死   骸に春風 沿う二輪草 >手を伸ばす コンビニ前で 夢破れ   『有料ですよ?』と 袋くれた君  今回は目的があって暗い感じの作品に仕上げましたけど、実はバッドエンドって苦手なんですよね~。なので、ちょっとハッピーエンドを示唆するような句を添えさせて貰いました。返詩では、わたしの作品から受け取った雰囲気を文章による説明ではなく、新たな作品として味わえる、という点が面白いですね。伝えたい雰囲気が伝えられたようで良かったです。  返詩、ありがとうございました。 (『-UFO- 地上の星屑観測船』)

2020-06-02

 お読みいただきありがとうございます。  ただいまです、裏庭から帰ってきました(笑)うーん、正確には畑ですね~。本腰を入れて手を入れ始めた家庭菜園に、思った以上に時間を取られてしまいました。どんな品種であれ、種からの栽培は難しい。  作品を作るきっかけは、フロントガラス越しに見上げたアメンボです。一回だけガラスに乗ってるのを見たことがあって、こんなところに何しに来たんだ? と、すごいビックリした覚えがあります。子供の頃はアメンボが飛ぶとか予想すらしていなくて、水溜まりに居るアメンボはどこから来たんだろうって不思議に思っていましたね。  夢って言うと、できるだけ遠くに定めた子供が褒められる傾向にあって、子供達はほとんどが大きな夢を示すんですけど、成長するにつれて小さくなっていく。アメンボの夢とか聞いてみたい(笑)  舵を切らされるの2行は、わたしも気に入ってるんですよ。ウインカーとかもそうですし、反射で答えてしまってやらざるを得なくなったり、考えも無しに立ち上がったから部屋から出て行かなければならなくなったり。特にウインカーって急かすような音がしません? カッチカッチカッチって。わたしはあの音がちょっと苦手です。  現代詩っぽくなっていますか? それなら書いた甲斐がありました。実は、今作品はわたしの好みからは外れるんですよ。こういう救いの見えない暗さ・ネガティブさは、わたしのジャンルじゃないと思っていまして。いつもならこの後に雰囲気をひっくり返す展開を繋げたりするんですけども。職場のデスクに座ってる主人公に声が掛かるんですよ、「なあ君、わたし達の星座の前足をやらないか?」なんて。  今回の目的は『詩らしい詩を書く』だったので、無難に詩らしさを演出してみました(詩は暗くなりがちという偏見)。もちろん表現は目一杯凝りましたけども。なぜそんな目的で書いたのか。思いがけず、6月の選考委員に誘われまして。詩歴の浅いわたしがそんな大役を担って良いのだろうかとも思いましたけど、せっかく貰った詩を学ぶ良い機会なので受けることにしたんですよ。でも、詩をろくに書けない人の賞なんて貰ったって嬉しくないじゃないですか。なので、一応このぐらいの詩(っぽい詩)を書けますよというアピールのための作品だったんです。成功しているかどうかはわかりませんけどね。  当初、違う作品を上げる予定をしていましたが差し替えました。  わたしが選考委員に選ばれたと言うことは、詩にあまり詳しくない人の視点も選考に組み込みたいと思っているのかな~と勝手に解釈していまして、6月はわたしなりに頑張りたいと思います!  コメントありがとうございました。 (『-UFO- 地上の星屑観測船』)

2020-06-02

 お読みいただきありがとうございます。 『こんな大人になるんじゃねーぞ』は一応印象的になるように配置したんですけど、安直な表現だった気もします。まあ、テーマがありきたりな使い古された感情ですから、こんなものかなって気もしますけど。  まあ、それは置いておいて。無垢と大人のエゴ。無垢の万能さという表現を読んで、なるほど、最後は万能に近づいていくのかと考えさせられました。やっぱりコメントってありがたいですよね。  書いたときのお話をすると、無垢とは1つの存在では無くて、空や海それぞれに存在している、もしくは、空や海を目指している無垢な存在たちをイメージしていました。  そうですね、空は『飛ぶ』場所なんですよ。海は『泳ぐ』場所であり『潜る』場所。それ以外ではあり得ない。空を飛べる人、空を飛べると一途に信じている人は『飛ぶ』と表現するかと思います。空を泳ぐ、とか、空を駆ける、なんて書いたりはしない。そんな風に捻って書かれた言葉は、誰かに良く見せよう、他人よりも上手に表現しようといった打算が働いている表現なのではないでしょうか。こういう表現を使うようになると、もう無垢な子供では無くなり、大人になったと言えるのかなーと。  ただ、そんな風に表現できると言うことは、泳げる空が本人の空想の中で確かに存在しているのだと考えるのです。少なくとも、嘘をついている訳ではないでしょうし。人間は空を飛べないことを知っている大人は、空想の中に、飛べないけれど泳げる空を作り上げて満足している。自分だけのための空、大人のエゴから生まれた空。こんな思想に浸りながら書いていましたね。  もちろん、これが正しいと言いたいわけではないですし、人それぞれに色んな読み方があって初めて詩としての面白さが生まれるのだと思っています。じゃあ、作者の考え方は書かない方が良いんじゃないかっていう意見もわかるのですけど、わたしは書いた方が多くの人に読んでもらえるんじゃないかなと考えるんですよー。なので、機会があれば作者の狙いは書いておきたいなと。  色んな方の、様々な視点のコメントが並ぶと嬉しいですね。  ではでは、コメントありがとうございました。 (『-UFO- 地上の星屑観測船』)

2020-06-02

 見つかってしまいました!(笑)  やっぱりバレちゃいますか~。今回の内容は今までやったことのないタイプだったので、本編からはわからないかも?と思っていたんですよ。あ、絵を待っていると書いたのは、もうコメントは付かなさそうだったので、もうバレても良いかなって。一面に上げてもらいコメントも頂けて嬉しかったです。  今度は絶対にわからないようなのを書きたいですね。友人曰く、わたしの文章は、誰が書いたのか分かりやすいのだそうです。  そうそう、わたしへの返信で書いてくださった一と千の詩。いいですね。こうやって、同じ場所に集いコメントをやりとりしているのも、めぐりあわせですからね。この詩で、あ、そっか、沙一さんは『一』でしたね、と。沙は砂を意味しているんですね、んー、砂浜から1つの砂を拾い上げる。ん!?沙一さんの目から逃れるのは難しいのでは!(笑)  イーシャがロコを造った。ああ、なるほど。それも有りですね。そうなると、また違う世界が生まれて、二人はその世界線の上を一生懸命生きていくんでしょうね~。わたしなら、友達が欲しかった説を推しますか。わがままなイーシャらしい気がしますから。そちらも最後は「二人で幸せに暮らしましたとさ」的なハッピーエンドになれそうです。  少ない要素から読者に同じ情景を想像させる、これを突き詰めれば大した物になると、わたしも思うんですよ。小説の書き出し、ここに配置できれば、一瞬で読者を小説の世界に入り込ませられます。小説の書き出しって色んなパターンがあるとは思うんですけど、登場人物の心情をシンクロさせて引き込むのと、情景の中に読者を立たせる、この2つを初手で同時に叶えられたら強力な武器になりそう。  詩として活かすなら、どうでしょうね。いずれ、こういう詩もサクサクと書けるようになりたいです。詩のカレンダーなんかがあるじゃないですか、ああいった形式にも応用できるでしょうね。使い方は多いはず。  ところで。わたしは、今月のB-reviewは低浮上になりそうです。  どこかで1作品上げられたらなーとは思うんですけど。 (裏庭に居ます)

2020-04-12

 お読みいただきありがとうございます。  ああーーーーー、それです! 『○○にいます』っていうフレーズが、ずっと頭にあって、何処で聞いたっけな~と思っていたんですけど、宮沢賢治さんでしたね。  テクニカル、ありがとうございます。普段は平仮名だけで書くことは稀で、挑戦的な意味合いもありました。  普遍性を収めることで、過去と未来を同時に写し出す。この考え方がすごい面白いなと思います。今と、10年前、10年後が同じ景色であるなら、一枚の写真で10年前と10年後を写していることになる。いいですね~面白く読ませてもらいました。 (裏庭に居ます)

2020-04-03

 お読みいただきありがとうございます。  そう、詩のテクニックがあるかどうかはわかんないですけど、全体的にあまり飾らないよう心掛けました。先月のサイトは、すごいガチな作品が多く並んでいた印象だったので、ちょっと息抜き的な作品を置きたかったんですよ。読者の、というより個人的な一服な作品でした。  ほっこりしていただけたのなら、狙い通りで嬉しいですね。 (裏庭に居ます)

2020-04-03

 お読みいただきありがとうございます。  静謐さが出ていましたか。それは、良かったですよー。  てか、上の文章は要らなかったかも? 題名・4行・写真。これの方がすっきりした作品になったんじゃ無いかなと。今更ですけど(笑) (裏庭に居ます)

2020-04-03

 おお! 柔らかくて可愛い絵。なんというのか、描かれた物の質感まで伝わってくるように感じるのは、色の塗り方、線の描き方のテクニックなんでしょうか。うん、男の子はちょっと硬めに感じますね。こういう違いまで出せるのは凄いなーと。  二人の表情がいいんですよ。不安そうだけどしっかりと意思を持っている男の子、微笑みながら優しく近づく女の子。面白いのが、ずっと見つめ合ってるところ。小説の方でも見つめ合っては居るんですけど、絵の方がはっきり伝わりますね。  本当にありがとうございました。  こうして、自作品を違う形で表現してもらえるのは、作者として感無量です。そう、違う形でというのが、個人的には特に嬉しい。ここだけの話、同じ文章による表現だとぶつかっちゃうんですよ。  結果として、読んでもらったのが断片で良かったなと。  小説作品の断片から描き起こしてもらった作品なので、もちろん、細部は異なります。ただ、異なるからこそ、詩として活きるんだと思えました。もし、作品の全てを伝えて、打ち合わせをしながら描いてもらったのなら、それは挿絵として機能する絵になり詩としての意味を持たなくなったでしょう。  壁に貼られた設計図、本棚、外から見てわかるロボットの体、人間体の少女、青と緑、金色と黒、青と金色、ファンタジックな時計、そして、壁。これらは、原作には書かれていなかった(原作にはない)表現。私の作品を読んだ沙一さんが、自分の手で咲かせた花。そして、実った絵の作品。  見つめ合う二人、男の子の決意、女の子の悦楽、暗がり、色の濃い男の子の服、女の子の軽い色のワンピース、時計に変わったこころ、勉強家。女の子が纏っている浮き上がるような雰囲気。こういった要素は、間違いなくわたしの作品から遺伝しています。DNAが受け継がれている。  こうして、自分の作品から生まれた他者の作品を観て、そこに寄せられるコメント欄も読ませてもらうと、なぜか時代を経て変わっていく世界を観ている気分になれます。どんな人にも歴史があり、歴史は時代と言い換えることが出来るのならば、人はそれぞれが自分なりの時代を作っていると言うことが出来ます。千才森万葉時代、沙一時代……。千才森万葉の時代に育てた一本の作品が原種として存在し、その作品の一部分と遺伝子を受け継いだ種子が沙一時代を過ごし成長して花(感想)を咲かせて、果実(作品)を実らせた。その果実を受け取った人たちが、それぞれの時代に持ち帰り心に植えて、多様な花を咲かせる。あなたの実らせた果実の種子が自分の土壌でこんな花を咲かせたよ、と沙一さんに持ってきて見せてくれる。  まるで、子や孫の時代を垣間見ているかのような不思議な気分になりますね。普通は次世代までなのですよ。自分の世代と、他の方の世代に付けた感想という花を見せてもらう、これを1度ずつ。  それが、今回は沙一さんが果実を実らせてくれたおかげで更に次の世代まで観ることができました。得がたい体験をさせてもらいました。  ちなみに、原作を全部読んでもらっていたら、恐らく描いてはもらえなかったでしょう。その点を見ても偶然性が高い奇跡の作品と呼べる気がしています。  もともとは、アダルトっぽい作品でしたからね。あまり詳しくは書きませんけど、赤子の時に捨てられた半人半兎の少女が、人の居なくなったゴーストタウンから独り立ちできるようになるまで、機械として生きている男の子が少女をだましながら踊り子として劇場に囲っているという話でした。  この辺は一切書いていませんでしたから、沙一さんはわかりっこ無い。そのため、沙一さんなりに色々と想像されているのが良く伝わってきて、原作とは異なる雰囲気を纏っている作品だと思ったのと同時に、わたしがこのシーンで思い描いてもらいたかったことがしっかりと伝わっていたんだなと確認できて、非常に嬉しく思いました。  なんだか、色々勉強になりました。  あ、そうそう。わたしの作品の紹介などはしていただけるのなら大変ありがたいですし、好きに使ってください。一方で、この作品は、この作品として鑑賞してもらうのも大事な気もするんですよ。うん、でも、確かに元ネタがわかんないと観る方も難しいのかも。  はい、貴重な体験をさせてもらったので、わたしの作品は好きに使ってもらってかまいませんよ?   あらためて、良い作品をありがとうございました。 (時計仕掛けのこころにふれる)

2020-04-03

お読みいただきありがとうございます。 写真は、なんだか面白い感じだなと思って撮っただけなので、意味が無いんですよね。でも、意味が無いからこそ、詩に使ってみようかなと。 そうそう、交差が何かを表象しているように見えるんですが、今回は答えを見つける前に詩を書きました。答えを出してしまったら、わたしはそれを説明する詩を書いてしまいますから。その辺りは読者に丸投げしています。ちなみに、この竹は父が片付けをサボって放置していた物です(笑) いいですね、緑陰。初めて聞きました。実際ここは、水気があって涼しいです。冬はかなり寒いです。 タイトルは、まさにそんな感じのイメージで書きました。「裏庭に居ます」うーん、本当なら作者と読者でイメージがピッタリ合うのは、詩として良くないのかもしれませんけどね。膨らみが無いと言いますか。 (そうそう、絵を描いてくださるそうで、嬉しいですね~! 来月を正座で待ちたいと思います! 他者の絵に文を寄せたことはあるのですが、文から絵を描いてもらうのは初めてのはず。わくわくです) (裏庭に居ます)

2020-03-31

お読みいただきありがとうございます。 おお! まさか現代詩を観た、という感想をいただけるとは思いませんでした。定義は色々あるのかもしれませんけど、現代詩然とした作品になっているのなら嬉しいですね。 秋に撮った写真だったかな。何か目的があって撮った写真じゃなかったので、写真に意味は無く、この場の雰囲気が伝えたかっただけの作品ですね。流れがしっかり生まれていたみたいで良かったです。 (裏庭に居ます)

2020-03-31

 お邪魔します。  普段は、ロックとかアニソン系とかのガチャガチャした歌を車で聞いてるんですけど、画面に向き合いながらだと、こういう作品も柔らかい気分になれて良いですね。  ボカロ特有のぼやけた発音が、詩のノスタルジアな雰囲気を盛り上げているようで、人の歌では出せない面白さを感じられました。うん、これはうまく効いてると思います。  そうですね、個人的には。  冒頭の2行が少し、情報過多になってる気がします。もう少し入りやすい方が良いかも? 激しい曲ならいいんですけども、この雰囲気でしたら、するすると記憶の底に滑り落ちるような感じが欲しいかも。ちょっとあちこちに意識が飛ぶ感じになってますから。  これ以降は、好きです。何気ない思い出の欠片を大切にしているのが伝わってきますね。  うーん、そして、ここは非常に書きにくいんですけども。肝になる >壊れて行った胸のダイヤの痕 この部分の『壊れて行った』が、うーん、曲には合ってるんですけど。んー、多分もっと何かあるように思う。好みの問題かもしれませんけどね。  リピートで聞き流しながらこのコメントを書いてるのですけど、凄く作業中に向いてます。メインテーマにするには弱いかもしれませんけど、棚に差しておきたいナンバーという印象でした。良い歌でしたよー。 (MY 9090 OF NOSTALGIA)

2020-03-22

 お邪魔します。  どうしてこんなにも難しい話題を選んだのだろうか、と言うのが最初の印象でした。わたしなら、この話題を作品に出来る腕がないので、まず手を出さないです。  デジタル時計とスマートフォン。一昔前なら、チクタクのアナログ時計と無音のデジタル時計の対比だったんでしょうけども。正直、すこぶる難しいです。使い古されたネタですし、半分まで読むと恐らく大抵の人が最後までの流れを読めてしまうので、読ませる作品まで昇華させようとすれば人並み以上、更に数段上の視点や発想を求められるでしょう。平易ゆえに、とんでもなく難しい。  本作品は技術の練習を兼ねているのかなと読めました。  説明→感情→説明→感情の流れから入って、雰囲気に鋭さを射し込むダークマターやsmartphoneの単語。よそよそしいスマホの説明と、デジタル時計の現実味の籠もった説明。繰り返しの「それは、」。 らしい、の使い方もスマホとデジタル時計では違いますね。誰かから聞いて述べているかのような自分の意見と、自分とは異なる周囲の感想。  色々な手法が使われています。  わたしの感覚ですけども、形は間違っては無いんですよ。ただ、いまいち効果を発揮できていないように見えます。用法用量を間違っているような。どこがどう機能していないのかを書ければ良いんですけど、わたしも正確にはわかってないのです。あ、ただ、「らしい」の使い方は凄く上手だなと思いました。  日常を作品に出来たら、間違いなく有利に働く。ネタが尽きることは無いですからね。普段見聞きしているものを興味深く書けたら最高だとわかってはいるんですけど、わたしはよく諦めてファンタジーに逃げてます。ふじりゅうさんは現実の話題の方が強そうですね。これは羨ましいです。 (古びたデジタル時計への愛の詩)

2020-03-22

 お邪魔します。うん、わたしは、この作品は詩として起こすよりも、日記風の記事として書いた方が強みが引き立つ気がしました。特殊な書き方では無くて、しっかりとした散文作品としてですね。詩として発表すると、どうしても言葉の技術や表現技法に目が行ってしまい、読者に言葉選びや強調の仕方の善し悪しを評価させてしまう。  というのも、わたしも夜野 群青さんと同じで、ただし、わたしの場合は全体に渡って、どこか面白くしようと書かれた形跡を見てしまうんですよね。  そんな風に見てしまうのは、先に『肉になる 牛看取りたり 死産の子』を読んでいるからかもしれません。こちらの作品は、繰り返して使われる文章や、生々しい表現が鬼気迫る切迫感を生んでいたんですよ。最初は単純なリフレインかな? と思ったんですけど徐々に効いてきます。上手いと言うよりも必死な感じが良く出ていた作品だなって思ったんですよ。  あちらと比べると、危機感はどうしても薄く感じてしまいます。今回はハッピーな終わり方ですから、いっそ、「こんな時間に食肉になる子牛を必死こいて救ってるなんて、最高に楽しいだろ~?」みたいな空元気の明るさを見せるのも面白いかも? とか思いました。  いずれ、この雰囲気なら、散文の文章を読ませる方がしっくりくるかなっていうのが感想です。馴染みの無いわたし達からすれば、面白くて興味深いお話ですからね。 (午前二時~三時)

2020-03-22

 はれの庭 花の姿の 見つからず 袖に春の香 兄のいたずら (非在という言葉を知らずにコメントを書いてしまいました。書き終えてから意味があることに気づいてしまったのです。すみません。非在がかくれんぼと掛かるんですね)  隠れんぼですか~。かくれんぼは自信ありますよー(笑)   わたしの作品がきっかけになっているのかな? それなら嬉しいですね。誰かに影響を与えられるのは創作者冥利に尽きます。  俳句が5句ですけど、雰囲気が統一されていて繋がっているようにも見えます。仏や観音堂も、落ち着いている不思議な感覚を作っていますね。  沈丁花の香りに誘われて菜の花畑をかき分けて進む子。春雨に会い、お堂で雨宿りをしたあとに外へ出ると、霧深い幻想的な景色に変わっていた。どこか見覚えのある面影を追っていき、菜の花の神隠し。それでも、「かくれんぼ」ですから、朝には見つかるのですよ。  わたしは、どの句かというよりも、全体の流れが好きですね。色々なことを想像させてくれる順番です。  俳句を評価できるほどわたしは詳しくないので(多分、詩よりも苦手)良いか悪いかはわかんないですけどね。  今年の春は早く始まりましたから、かくれるほうは楽だったかもしれません。探す方も暖かくて楽しそうだね~。なんてことを想いました。 (非在)

2020-03-22

 あ、なるほど。プロフィールの画像を元に作られたんですね。  お邪魔します。  んーと、率直な感想としては、全体が直接の説明描写と安易なイメージで書かれているように見えました。説明描写はともかくとして、読んだときに湧き起こるイメージが弱く小さい、総合的に薄い印象になっています。進み続ける時間、成長をテーマにしていると見ましたが、もう少し飛躍が欲しかったなーと。  あと、もう一つ気になったのが、文章がぼんやりしているような。メリハリを付けてもいいかな……と感じました。  最後の4行は好きなんですよ。読み手の視点を変えさせ、広いところから最後は小さな手元に収束させて終える。この感じを扱える方なら、前半からもっと引き込めるはずと予想を立ててみます。 (Twitterのプロフィール画像(道路反射鏡))

2020-03-22

 お邪魔します。正直好みではないので立ち寄る予定では無かったんですけども、コメント欄の狙いを読みまして、なるほど~と。  んー、わたしなら、『菜穂はベッドで激しく脱糞した』と書きますか。ベッドもちょっといまいちですけども。今の題名だと、やっぱりギャグに思えてしまうんですよね。危機感を感じないと言いますか。読者には、それがどれほどの非常事態なのか伝わりきらない気がします。  それと、根本的な話ですけど、説明文調では主人公と読者の距離が離れすぎてて、最後があまり機能せずに、最後も彼女の履歴の一環として読まれかねないかなと。「病気かな? ふ~ん、そういう人も居るんだ」ぐらいのリアクション。これではもったいない。 「100日後に死ぬワニ」も見てみましたが、なるほど、と。多分、SNSの大勢で共有できる特性も強みになったのかなと。それほど乗り気じゃ無かった読者でも、他者の「そんな場合じゃ無いぞ!」っていうコメントを読んでいれば徐々に焦りが移りそう。感情の伝播。  日常のシーン、ありふれたシーンは端折らないでしっかりと書かないといけないのかなと思いましたね。  やりたいことと、何を書けば良いのかをはっきりと認識されていたせいか、全体の流れと、まとまりが良かったと思います。斉藤木馬さんの >ここで瞬間、「斬られる」と身構えた自分がいました。 >太刀筋の速さに結局、斬り捨てられてしまうのですが。 この表現がしっくりきました。確かに速い。この速さが格好良かったです。  こうして、狙いを書いてもらうとコメントしやすいですね。もちろん、わたしのコメントに対する批判コメントもあるでしょうし(あって欲しい)。 (菜穂は激しく脱糞した)

2020-03-22

 お邪魔します。グロは苦手なのですが、御作は興味深く味わうことが出来ました。淡泊な語り口が詳細なグロいイメージを沸かせないからかもしれません。  1行目を先を読ませない説明から入り、2行目で一気に落とす。1連、2連、3連と畳みかけるのも読者を逃がさない勢いがあっていいですね。逃がさないと言えば、最後が逃げ道を塞ぐ感じになっていて、世界観をより強固なものにしていると感じました。  題名を含めて、作品のバランスが良かった。リズムと言いますか。  あと、背景。円の渦が、金属を加工した際に残る跡に見えて面白かったです。  気になった点。何か書こうと思ったんですけど、成るべくして成った感じの作品で、まとまりが良すぎるために書くことが見当たらなかったです。 >無いものへ想うことなどしなくてもいいのです  ここぐらいでしょうか。この1行だけ感情で語っているのがちょっと気になったぐらい。ただ、真ん中に置いているので、おかしいとは思わないんですよね。  作者さんの最近の投稿作品は読みやすいのが多くて個人的には助かります。てか、今はそういう流れがあるのかな? このサイトにお邪魔に来ているのですから、いずれ、難解な作品も読み解けるようにならないといけないのですが。 (主観を想う存在だけ残っていれば世界は安泰)

2020-03-22

 お邪魔します。むしろ、お邪魔しなければいけない気がしました。  趣味小説を一人称メインで書いている(御作を読ませてもらってから小説を書いてると言うのはちょっと恥ずかしい)身としては、大変面白く読ませてもらいました。  言葉を読者がどう捉えるのか、知識としてでは無く指先の感覚で知っている方の文章という印象を受けます。  全体的には、海原を行く波のような作品と形容したいですね。高低差が等しい波のように感情を上下させて描いてる。推移が滑らかなので感情移入しやすいです。凄く上手に制御されてる。 >レモンサワーください  この手慣れてる感が羨ましいです。『ひょいっ』とシーンを移されるので、視点をワープさせされたことに違和感を覚えないんですよ。大抵、○○店に入ったとか、暖簾をくぐったとか、移動を説明する描写が入るものなのですが、それを書いてしまうとせっかく作った流れを寸断してしまう。その点、注文の台詞で理解させるというのは妙手ですね。  蝉の死骸、レモンサワー、空、神(これは否定的な意見もありましたが)。登場させている品が特に珍しいものではないのに、読んでいて面白い作品に仕上げられるのは、純粋に腕なのでしょう。  それで、神。コメントで「よれる」という表現で批評されているのを読んで、(「よれる」という感覚が掴めていないのですが)確かに宗教的な要素を持ってこなくてもいいかも、と考えさせられました。ただ、この『神』が後の『空』に掛かってるように見えるんですよ。見えない神をいないと言う主人公は、一方で大きな存在である空の意思を信じている・感じている。この対比が最後の2行に効くんですよ。終盤、読んでいると、どんどん意識が収束していき抑圧される感覚を受けます。そうして押さえつけられた最後に『赦し』が降る。そう、口調は強いですけど、内容は書く事への赦し。神を信じていない主人公に、空が赦しを与えている。なによりも強い安らぎです。  ただ、宗教観は確かに安直かもしれない。わたしは、酔いが回ってきて普段は口に出さない話題が浮かんできたのかなって思ったんですけども、そこまで酔っている感じも無いですからね。  んー、宗教に変わる話題。何があるだろう。偶然出会ったセミ、ありふれた自然の空、爽やかな刺激のレモンサワー。これらと被らないもの。店主の働く姿、とかでしょうか。むしろ、宗教的な語句に頼らず書き上げられるのなら、読んでみたいですね。  批評。何か、指摘する箇所があるとすれば、今の世に投稿するなら、すこし味付けが古いことでしょうか。もっとも、古さが一概に悪いとはいえないんですけど、個人的にはひっかかりました。舞台をもう少しひねれば、また違う味が生まれるそう。  とはいえ、面白く読ませてもらいました。  てか、わたしもこの雰囲気を書けるようにならないといけないんですけども。 (レモンサワー)

2020-03-22

 先生! 宿題を持ってきましたー。というわけで、最初にこちらを書きましょうか。  相手に伝えることを最良とする理由。うーん、理由ですか。こちらの想いが読者に伝わらなければ面白いと感じてもらえない、と考えているからでしょうか。小説の考え方、理屈で面白さを作ろうとする傾向があるんでしょうね。  例えばですねー、ABCと書いたならば、Aではこういう感情を生み出し、Aで生み出した感情をBで濃く表現し読者に共感させたら、Cで変化を付けて今までの感情を裏切り、この落差を楽しみとする。こんな感じで、流れの面白さを提供しようとする事が多いですね。そうすると、Aの感情が上手く伝わらなければBCが狙い通りに機能するはずも無く、面白さを感じられない作品になってしまうのですよ。こういうのをもったいないと思っちゃうのです。  強いて突き詰めるなら、読者を制することで確実に面白さを感じさせることが出来る、という考え方。パワーワードで読者を強制しようとするのではなくて、自然な流れで読者を誘うんですよ。読みやすい文章を飲ませ、韻律で相手の呼吸を作り、緩急で鼓動を掴み、無数の感情を狙った流れに乗せたら、一番高ぶったところをスウッと仕留める。  もちろん全部を伝える必要は無いんですけど、できれば読んでくれた方には、ちゃんと楽しさを受け取ってもらいたいと思います。  小説を書いていた今までは、こんなのを目標にしてきたんですけど、読んでわかるとおり長くなるんですよ。はい。なので、詩の力を使って省けないかなーと。  一つを書いたら、三つも四つも感じさせる。こういった詩の力は強いです。  詩と小説は違いますけど、読んでくれた人に何かを感じてもらいたいという思いは一緒です。  ああ、そうそう、そうですよー。性別の話です。  実のところ、わたしは相棒から性別の明言を禁止されているのです。だから、男性だったり女性だったりしています(笑) そういった意味では、千才森万葉も1人のキャラクターと言えるのかもしれませんね。一人称が『わたし』なのは、作中で使うキャラクターとなるべく被らないようにするため。本当は中性っぽいキャラで動きたいんですけど、中性キャラはけっこう作品に使うんですよ。  異性の人称。わたしには同性だって難しいのです。んー、まずは相手に興味を持つことかな。一方的な、表面的な興味では無くて、相手から笑顔を引き出すための興味、喜ばせるための興味、わかり合うための興味。 この行動はどんな想いでやったんだろう? 今なにを考えているんだろう? どうして怒ったの、悲しんだの、喜んだの。  アイドルが書きやすいのは、アイドルがこちらに対して興味を持ち、こちらに合わせて振る舞っているからかなーと思うんですよ。他人とは本来であれば理解できない生き物ですから、どちらかが歩み寄らなければ通じ合えないんだと思う。理由も無く誰かと通じ合えたと思ったときは、知らない間に相手がこちらに寄ってきてくれたときかな。  難しいのが、もし間違えていたとしても指摘してくれる人がいない事なんですよ。作品を読んで違和感を覚えても、世の中にはそういう考え方の人もいるかもしれない、と考えて指摘を控えますからね。  それでも、挑戦して書いてみる、表現してみることは大事。  そして、作品の感想ですね。コメント欄にはコメントを書かないとカードが出てしまいます。  んー、そうですね。様々な手法を試してみた作品という印象を受けました。と言うのも、作者特有の力を感じる表現と、筆に馴染んでいない表現の差が見える、気がするのです。わたしの好みの問題かもしれませんけどね。 『感閃』と『発晶(性例・献心)』は好きなんですけど、『快報』と『冠治』がいまいちでした。『快報』は根幹が弱い気がします。『冠治』はメッセージ性が強いのですけど、その割に伝わりにくい気が。この書き方ですと、反発を生みそうです。一番気になったのは、貴方と貴女に「たち」を付けて複数形にしているところですね。この書き方ですよ、男性、女性を一括りにしてしまってるんですよ。共感してくれる人であればすんなり読めるのでしょうけど。  全体から見ると、最初の方が興味深くて、徐々に弱くなってしまってるという感想を持ちました。じゃあ、順番を逆にすれば良いかというと、そんな単純な事ではないでしょうから、文章って難しいですよね。  多分ですけど、トビラさんは相手に変化を求める作品よりも、自分にこんな変化があったと表現してみせるのが得意なんじゃないかなーと。諭したり批判したり、為になることを伝えようとする作品よりも、こう感じた、想った、こんな考えに変わったと表現・発信しているときの方が言葉の力を感じるんですよね。個人的にはですけどね。  もちろん、色々な表現を扱えることに損は無いです。現状は表現者としての力を持っている方なんだろうなって気がします。詩に向いているんでしょうね。 (サヴァンな)

2020-03-15

 沙一さんの、たのしかったで賞を頂いちゃいました! ありがとうございます。そうそう、今月の選考委員でしたね。詩の選考って大変そうだ。作風も感性も人それぞれ違いますもん。  短いのは難しいですね。インパクト不足になるんですよ。強い言葉が入っていないとか、そういうのではなくて、イメージさせるものが弱いと言いますか。わたしが書くと『前後に散文を足して情景を説明しながら書いた方がしっくりくる詩』になるんですよ。質が落ちるのなら短詩として発表する理由が無い。  もしくは、直線的な作品ですね。一つ二つの感情しか想起させられない文章になって、雰囲気・趣が広がらないのです。感情以外の言葉遊び的な面白さなんかは書けたりしますけど、詩芸と言うよりは楽芸と称したいものになってしまいます。(どちらも造語)  それでも、何かしらの面白さが含まれているのなら、それを活かしたいなと思うのですよ。  この作品の形式は試行錯誤していきたいなと思っています。新たな面白さを生み出せると思うんですよ。作品化。そうですね~、いずれは千才森と言ったらこういうの、みたいなのを完成させたいですね。 『ウサギと機械の少年』気に入ってもらえて嬉しいです。クライマックスのシーンなので、もちろん前部にシナリオがあるのですが、クオリティがいまいちなため持ってきづらいんですよ。  提喩、調べてみました。なるほど。書いた身からすれば読者に想像してもらえるように書けているわけで、提喩として機能しているのなら嬉しいですね。  一方で、先に断章を発表してしまうと、後から本編を上げにくくなるなーと。読者好みの想像を超えるシナリオを書くのは難しいんですよ。書き手からすればリスクの一つですね。このリスクを逆手にとって、断章だけを書いていく手法もありそう。途中は勝手に想像して? と読者に投げる方法ですね。読書中級者以上向けに発表するなら有り。読書初心者向けなら、しっかり書き込んだ方がいいのでしょうけど。ふむふむ。  最後は、賛否あるでしょうね~。書いていて感じたのは、体験を入れるなら読者から体験コーナーに進ませる様な誘導をしなければならないってことでした。読者の善意に頼ったコーナーでは滑るだろうなーと。  今回は読者を引っ張るのに『煽り』を使ってみました。  んん、沙一さん、今面白いことをおっしゃいましたね。 >果実のなかに、種が含まれているように。  この言葉、かなり強いですよ。そう、種が含まれているんです。当たり前のことなんですけども。この場合、果実を作品として、種を作品に挟み込んだ詩とするなら、果実も種も腐ってはいないし、眠ってもいない。  みずみずしく生きている果実から、無数の芽が生まれ出てきて、喜びの芳香をあげるモノ。これをおぞましいと思わせない容姿に育てられれば、果実から伸びた茎の先にたくさんの花が咲くことでしょう。豊沃な果実からいくつもの草木が生えて華麗な花を掲げる様子を、一体なんと呼ぶのでしょう。  頑張りたいですね。  (視野狭窄者のかくれんぼ)

2020-03-14

 お読みいただきありがとうございます。もう流れると思ってました。  筆者名を隠すのは、この時点ではまだ誰も思いついてないだろうと踏んで、一番乗りさせてもらいました。いずれ、この手法を上手に活用してくる人が現れると思います。  てか、驚いたのは、わたし・わたし達の方ですよー。プログラミング技術、凄いですね。サイトの変貌ぶりにびっくりしました。元の印象をしっかりと残しつつ、大胆に、それでいてかゆいところに手が届く仕様に変わり、すごく利用しやすくなりました。ふじりゅうさんの作品は読者の意表を攻める印象があったんですけど、サイトデザインは真面目で、独自の、悪く言えば自己満足的なシステムも見られず、この点もちょっと驚きました。これだけ弄れる人なら、茶目っ気で何か入れたくなる物なんじゃないかなって気がしますし。立派な仕事人だな~と感じました。まあ、コメントから正々堂々とした方なんだなって印象は持っていましたから、驚くのも失礼なのですけどね。  そうですね、どこから書きましょうか。  批判。なぜ、「長い」「ただの独り言」という批判が起こるのかを、わたしの見方で分析していきましょう。  長くなった理由=度胸が足りなかった。本作品を書いたのは、『詩』が置かれている環境が悪すぎるのでは? と思ったことがきっかけになっています。詩は一般受けしづらい、稼ぎにくい、知名度が低い。これでいいのだろうか? 詩を書いている人たちは現状に満足しているのだろうか? との疑問を投げてみたかったんですよね。詩はもっと評価されても良いんじゃないかと。  ただ、詩人が集まっている場所に、これをそのまま放り込んだら袋叩きに遭うのでは、と思って、尖りが出ないようオブラートに包んでいたら、めちゃくちゃ厚みが出てしまい、蛇足が8本も生えたような冗長作品になってしまったんですよ。削るのも難しくて、結局そのまま出してしまいました。  もう一点、わたしは『どんなに表現しにくいものでも言葉を上手に繋げていけば必ず伝わる』みたいな信条を持っていまして、長い文章表現をいかに読ませるかという技術を磨こうとしてきました。この考え方で得をしたこともあるのですが、損も多かったんですよー。損の一つに、根本的に文章量が多くなることが挙げられます。趣味で書いている分にはそれでもいいのですけど、公募なんかに出そうとすると、文字数制限に引っかかるんです。文章量を改善したくて、詩のサイトに技術を盗みに来たという背景もあります。「一万字を~」などは、自分への皮肉ですね。本当に文才があれば、もう少し面白い物が書けるはず(T-T)    独り言で終わっていると捉えられる理由=改善策を提示できていない。  問題をだらだらと挙げただけなら、ただのぼやきですからね。駄目だ駄目だーって台詞なら、子供の方が上手に叫べますし。この手の作品は、改善策や解決策を小出しにしながら読ませるのが面白いんでしょうけど、自慢げに話せる解決策が見つかりませんでした。  んー、この作品の……試作品の本当の目的は、詩を挿絵のように挟み込めないだろうか? というのを実験したかったんですよ。  本編を補足する為の挿絵では無くて(補足なら絵とか図形の方が適材ですね)、本編から少し離れたテーマで書いた、雰囲気作りの為だけの挿絵。アイキャッチ、もしくは、まとめサイトなんかでよく見かける本文の合間に差し込まれるフリー画像の代わりとして詩を用いる。作中でも触れましたけど、メインの引き立て役として詩を利用する形ですね。  プロトタイプだったので、詩に限らず、俳句や短歌の形式、小説なんかも置いてみました。小説を差し込むのはやっぱり難しいですね。小説そのものが世界を持っているので、ぶつかる。この点、詩は馴染みやすい。  本作品最大の誤算は、引き立てるべきメインが弱すぎた事です。てか、詩の現状が云々なら、詩を書かれている方々が、一番考えているでしょうからね。わたしがわざわざ出さなくても。  あと、こうして見ると、差し込む作品の量が多すぎますね。どっちがメインだかわからない。投稿してから見えてくる物もあるのです。  ただ、引き立て役として詩を用いる。この考え方は一理あると思っています。なにが利点かというと、詩に興味の無い人にも、強制的に詩に触れさせる・目に入れさせることが出来る点ですね。食わず嫌いだった人たちも多いでしょうし。  他人の詩を使うともちろん著作権に引っかかりますけど、自作の詩なら問題ないので、いくら挟み込んでもいいわけです。エコなのです。  この『詩を差す』考え方が色んなところに広まれば、もっと詩は身近な物になっていくと思っているのです。  ……長い。やっぱり長くなる。  雑誌! 雑誌を思いつかなかった! 雑誌に似せたわけじゃ無かったんですよ。でも、確かに、雑誌風にしたら、かなり良くなりますね。うん、間違いなく良くなります。おっしゃるとおり、構成がすっきりと収まりますね。あーーーー、もったいない。いずれ、そんな一冊の作品を書いてみたいですね。 (視野狭窄者のかくれんぼ)

2020-03-13

 んーーーーーーー、ほとんどの詩がわたしには難しいんですけども。  片思いの子との思い出でしょうか、でも時間軸が変? 最初と最後が繋がっているのかな? 中に挟み込んでいるのは学校の思い出。別々の人の記憶って事は無いと思いますけど。ふむふむ。  掴めそうなんですけど、あとほんのちょっとですり抜けられる感じでした。この、もうちょっと、ギリギリでわかりそうって感覚が先へと進ませますね。  そして、色々な要素が詰まっているから、飽きませんし。これだけ読者を楽しませる手を用意できて、更に、一つの作品に対して手数を豊富に使える(まだまだ隠し持っている)レパートリーの多さに驚きました。  様々な言葉遊びを組み込んでいるんですけど、それぞれが作品の雰囲気によく馴染んでいます。言葉が生み出す色や匂いを、正確に感じ取れる方なんじゃ無いかなって気がしました。  多分、使用されている言葉遊びは手持ちのストックの中から選び出して使っているのだとは思いますけど、もし、作品を書きながら時々の思いつきで遊びを入れたのでしたら恐ろしい才能です。  わたしが一番気に入ったところは > 傘を差していた xとyとの交わりについて   √アワへんわ     √あわへんね   ここですね。ルートを傘に見立てるセンスが好きです。仲が良さそうな感じも伝わってきます。傘と雨に纏められている連の中で、ルート記号が、んー、オシャレ……かな。オシャレに効いています。  新大阪駅の辺りから、一気に現実へと帰ってくる重さの変化も巧みだなって思いました。  一方で、最後の(リラ からの4行。ここが、意味が掴めなかったということもあるのですが、必要性を見いだせなかったです。逆に、この4行が作品の肝になっているのなら、それまでの雰囲気作りが強く効き過ぎている気もします。そこだけ、毛並みが違うと言いますか。  秋の別れなら、長めの余韻を残すのもありと思いますけど、春なのでスッキリとした終わりの方が良かったんじゃないかなっていうのが、わたしの感想ですね。  詩としての善し悪しはわかんないですけど、興味深い作品でした。稀な感性の持ち主だなと感じました。 (わずら ひ、)

2020-03-13

 やっぱりエイクピアさんの作品は、全てを読み解ききれないのですけど、この作品は面白いなって感じられました。  並びをみると、かなりしっかり内容が組まれているのがわかりますね。 ・まず、結論を先に話す。 ・今までの活動の成果と反省を公にして、喫緊の問題を挙げる。 ・この街(国)の現状を確認してから、若者に何をしてやりたいのかを具体的に例示する。 ・最後は心に熱く訴えかけて演説を終える。  すごく上手な並びだと思います。読み方が合っているかわかんないですけど。んー、この作品に限った話じゃ無いんですけど、バラバラに書いているように見えて凄く理性を感じるんですよね。  なので、何か読み解く鍵があるんじゃ無いかと考えながら読むんですけど、やっぱり理解しきれない不思議。  全てを断定口調で話せる強さも好ましい印象を持ちました。のらりくらりと明言を躱すお役人たちにも読ませたい演説ですよ。  一方向にのみ先を見据えていると、確かに不測の事態には対応できなくなるのでしょうけど、しっかりと前を見て、現実を直視しながら進むんだというメッセージ性を打ち出せる人には、人が集まりやすい。  詩の内容を理解できているとは言えませんけど、それでも面白い詩だなって思いました。 (ないのだ(政治演説))

2020-03-12

 お読みいただきありがとうございます。  文字数としては、わたしからすればそこまで多いわけではないのですが、気持ちをシンクロさせながら書いていたから、体力を使いましたね。  今作品は、読み方・感じ方が人それぞれ変わるだろうなって思ってます。おっしゃるとおり、終盤は死後まで続く愛を詠っていますし、ようやく二人っきりになれた喜びなんかも表せたらな~って考えてました。人によっては一方的な愛の狂気を感じるかもしれませんし、または、2人の幸せだった時間を夢想するかもしれません。ヘビーとかスイートとか、挙げてもらった色々を含ませた結果、こんな熱っぽい仕上がりになりました。読み返してみれば、かなり色々な雰囲気を突っ込んでますね。  もっと彼氏の心境を表せるような行を入れられたら良かったんですけど、難しかった。実はこの関係に満足していないのでは? なんて考えさせられるような表現を入れられれば、この作品はもっと化けるんですけどね。  趣味が合わない方をしっかりと惹きつけられているのなら、嬉しいですけど、どうでしょうね。構成は、参考書があるわけでもなく直感で変化を付けているので、効果を発揮できているかどうかは賭けなんですよ。韻律(と言えるような物なのかわかんないですけど)も我流ですし。  なので、効果を発揮できているのなら良かったです。 (声塊、貴方の身体に似合わないもの、楽器……この辺を書き換えたい) (骸骨スフィア)

2020-03-12

 お邪魔します。  わたしは詩を上手く読めないことが多く、コメント欄を読ませてもらってから、ようやく作者さんの意図しているところを理解できるようになることが多いです。  こういった作品を読むと、詩は人なんだなって感じられますね。広い懐を持つ詩を一括りにすることほど危険なことはないのでしょうけど。んー、トビラさんの作品は、人だなーって。  詩は旅そのものだと書かれていました。終わりは無いと。小説は目的地へ向かうための旅で、詩は旅をするための旅。こう言っては失礼かもしれませんけど、もしかしたら、トビラさんは目的地にたどり着く前、もがいている姿こそが詩の強さになっているのかもしれない、と。  そして、わたしとトビラさんは進んでいる方向が大きく違うこともわかります。相手に伝えることを最良とする作品か、自分の持っている物を表現しきるための作品か。  それでも、作品について良いとか悪いとか言い合えるのは、凄い縁だと思います。  詩の感想を。  最初に読んだときは、内容が掴みきれなかったんですよね。最近気がつきましたけども、わたしはどうも要らない深読みをする癖があるようです。コメント欄を読んでから作品を読み直すと、強いぐらい伝わってきました。自分自身も、自分がいる世界もよくわからなくなって、こみ上げてくる違和感を音に変えて放つ。自分と同じような迷子をいくつも見つけるけれど、彼らは星ぐらい遠い存在。寂しさとか、やるせなさとか。  なんと言いますか、こういう作品って良いとか悪いとかあるのだろうかと考えてしまいますね。だって、正しいんですよ。どの行も正しい。全てがトビラさんであって、削ったり増やしたりしたら、本人から離れそう。違う色が混じったら、もう本人では無くなってしまう。  だから詩は難しいのかもしれませんね。 (まいごこまいご)

2020-03-11

 お邪魔します。自作のコメント欄でも書いたのですが、最初に見たとき、自画像だと思ったんですよ。沙一さんの正体は猫だったのだと。休日には、人間という着ぐるみを脱いで、リラックスしながら読書を楽しんでいるんだろうなって想像してました(笑)  絵。間違いなく絵ですね。しかも、すごく上手だと思います。絵心が全くないわたしからすれば、ものすごく羨ましい才能ですよ。  うーん、題名を1行詩のようにしても良かったのかなって思いました。せっかく、自由に書いても良いですよって題名欄がありますし。  一枚の絵から、なにを想像するのか。そういうのも大事なんじゃ無いかなって気がします。考えようとすれば考えられる、ではなくて、実際に考えてみること、が鍛えることに繋がると思うので、いくつかシーンを考えてみましょう。 ・猫が読書をしている。まあ、見ればわかりますから、これで終わってしまっては面白くないですね。 ・昔風の小さな眼鏡を掛けた、ちょっと硬い表情の猫。若くはなさそうなので、お父さんか叔父さん。人間では無く猫が標準の世界なのかもしれない。と、なると、この絵は子供が父の日に書いた絵とか。 ・魚の本。しかし、内容まではわからないから、ブックカバーかもしれない。ブックカバーを掛けるシーンとはどういう時が考えられるだろうか。多いのは、外出時。テーブルの大きさから図書室は考えにくいので、喫茶店かな。 ・喫茶店繋がりで、薫り高い珈琲。そして、硬い表情でこちらを見ている。ここに注目してみれば、主人公は待ち合わせに遅れたんだろうなと。相手の猫は誰だろうか。珈琲豆の仕入れの取引相手なんていうのはどうだろう。猫のバイヤー。 ・周囲が暗いことに注目してみよう。部屋やお店ならなら明るいはずだから、かなり特殊な状況が考えられます。何がふさわしいだろう。洞窟? 洞窟の最奥で出会ったまさかの生き物。パーティーが洞窟内で迷ったときに現れる救済キャラ。 ・一番しっくりくるのは、先生でしょうね。文学か、数学、歴史の先生。眼鏡と表情が生み出す雰囲気は大きいです。  一枚からでも、色々思い浮かびますね。何か書けたらいいんですけど、わたしが書くと長くなってしまうのです。  含みの多い作品なんだと思います。 意味が多すぎると、ゴチャゴチャしちゃう物なのですが、すっきりと伝わりやすく、心地の良い作品だなと感じました。 (ホリデイ)

2020-03-11

 こちらもお読みいただきありがとうございます。  タイトルは結構気に入ってるんですけど、厨二病っぽくなってしまったかなーと。  原点回帰、といえば聞こえは良いですけど、安全地帯に避難したというのが正直なところですね。なんだか混乱してきまして、安全なところまで1度退きました。この味付けなら、安定して書けるんですよ。  演劇はわたしも思いましたけど、肝心の役者さんが居ないのです(笑) そうですね、一人称をメインで書いていると、時々頭の中で演劇が始まるときがあります。キャラクターに酔って書くことが多いですから、1人(よがり)芝居のような雰囲気が出るのかもしれません。この浸っている雰囲気は気に入っているんですよ~。  実のところ、この作品は他人様の絵から起こした作品なんですよ。ピクシブさんを眺めているときに見つけた作品をモチーフに書いてみました。題名は忘れてしまいましたけどね。もともとは、白い骸骨に軍服、そして白いドレスを身につけた骸骨だったかな。 『ミイラ』ありがとうございます!  たしかに前半部分は骸骨スフィアとテーマが似ているように感じますね。そして、後半は『わたし』に似ている。わたしが今作品で行っていることは修辞(と呼べるほどの技術は使えないですが)によるミイラと骸骨作りですから。  動かない相手に恋をすることが、どれほど破滅的なことなのか。自分勝手に動かせる相手に恋をすることが、どれほど狂気的なことなのか。  なによりも救われないのが、彼らが幸せであることだ。わずかでも不幸を感じられるのならば、まだ救う手立てもあっただろうに。  可愛そうな幸せ者だ。  とか。 (骸骨スフィア)

2020-03-11

 ふむふむ。トビラさんにとって、詩は大衆のためのものでもあるんですね。読む人も書く人も、みんな大衆の中の1人ですから、当たり前と言えば当たり前なのかな。  詩の頂上がわたしには見えないんですよ。雲の上にあるみたいなので。うーん、でもやっぱりわたしには皆さんが違う山を登っているように見えるんですよね。現代詩なんかの枠組みで囲ってみれば、同じ山なのかもしれませんけど。もしかしたら、あまりにも山が広大すぎて、登るルートが多岐にわたっているから、違う山に見えるのかもしれません。雲の上がどうなっているのか、どんな景色が見えるのか、もし登り詰められたら発表してみてください。不二山よりも高いのかな?  四次元、となると、増やした次元は時間でしょうか。過去、未来への憧れ。それとも、未知の次元軸を探ろうとする行為。どちらも、一緒なのかもしれません。  次元で言えば、詩はゼロ次元から、多次元を認識しようとする行為なのかも。あくまで自分自身を基準としていますから。なんて、こじつけは無数に生まれそうですし、答えが無いのかもしれませんけど、こうして考える行為が創作の素なんでしょうね。楽しい。  わたしも色々書きましたけど、本当はビジネスのセンスなんて無いんですよ。あったら、もっとお金持ちになれてたはず(笑)  そうですね、生活に余裕が無いと柔らかな言葉は生まれない気がします。心に隙間を持てない人は、どこか窮屈で狭い言葉達を並べてる印象。逆にスカスカな人は、甘い言葉に満ちている気がします。どちらも生きているだけで頑張っている証拠なのでしょうし、極めればジャンルを確立できますけど、どうせなら、どちらも書ける物書きになれるよう、実生活を充実させていきたいものですよー。  わたしは詩人になる気は無いですけども、小説家が小説でご飯を食べていくように、詩人が詩を書くことで生活していける未来になるといいなって思います。 (ああ、ああ。そうか、小説家は家か。詩人は人か。人の生き方ですからね。そうなると……)  大衆に向けて書くと詩の質が落ちる。本にはそんなニュアンスの文章が書かれていましたね。真実なのかもしれませんけど、そこで諦めてしまったら、おっしゃるとおり、裾野は広がらないのですよー。  詩を極める人、大衆向けではない詩を書く方も居なくてはいけないんです。でも、大衆向けの詩を書く方がもっと増えてくれたらいいなと、いやいや、大勢いらっしゃいますけど、もっと表に出られる機会が増えてくれたら良いなって思います。 (視野狭窄者のかくれんぼ)

2020-03-08

 はい、御作ホリデイに勝手ながら稚拙ではありますが添えさせてもらいました。  あの句はですね~、わたしではなくて沙一さんの事だったんですよ。ホリデイを拝見したとき、自画像だと思ったのです。人間を脱いでゆっくりすごしている沙一さん。なるほど、正体は猫だったのかーと(笑)  こちらこそ勝手にです。ありがとうございました。 (視野狭窄者のかくれんぼ)

2020-03-07

 お読みいただきありがとうございます。  紹介してもらった『詩の原理』を青空文庫さんで読んでみました。面白かったですよー。最初は、少々くどい文章だったので最後まで読めるのか不安だったんですけども、どんどん興味深くなっていきました。  まだ飲み込めていない章もありますが、おまかには理解できたと思います。もちろん、これだけが正解ではないのでしょうけど、とても勉強になりました。 >生活のための芸術 芸術のための芸術  この表現がしっくりきましたし、詩とは何か、詩人とはどんな人間なのかを、ぼんやりながら掴めたような気がします。  色々なことを考えさせられました。やはり、詩は主観の情を含む(作中では情象でしたか、ここのみなさんは詩情と仰っていましたね)作品のことなんだなーとか、描写とは客観的なものであり純粋な意味での描写は小説に用いる物というなら詩における描写とは何を目的としているのだろうかとか、所有していない世界への憧れが詩の素になるのなら二次元に憧れる人たちは総じて詩を書けるんじゃないかとか、現代詩は変態だ、とか。  詩の対極が美という考え方は本当に面白かったです。  詩は大衆向けの文学ではないのが理解できました。詩人という生き方を突き詰めようとするものなのかな。わたしは詩人になりたいわけではないので、詩を極めるために高みへと登り続ける気は無いのです。ある程度で満足しそう。せっかくペンネームに森を入れたのですから、この裾野からみなさんを眺めることにします。とはいえ、眺める景色の何が素晴らしいのかは語れるようになりたいですね。  登り続けなければいけない詩において、裾を広げようとするわたしは、詩人にとっての敵になるのかも(以前どこかで書いた気がする)。  やっぱり、詩は種類も形も色々ありますね。こうなってくると、批評とはどうあるべきか、とか考えちゃいます。ここから見ている限り、みなさん高みへ登ろうとする姿勢は一緒なのですが、登っている山は別々のように見えるんですよね。1人1人の目指す場所が違うような。好みの問題なのかもしれません。同じ詩、現代詩でも好みが違う。自分の山を登ってこないからと批判するのはどうなんだと思いますし、相手の登る山を知らなければ発破をかけるのも難しい。かといって、単調な言葉では、読んでいて面白みが無いですから。うーん。  あ、これとは関係ないですけど、長歌は単調だから廃れたという話が書かれていましたね。なるほど、と思いました。  そうそう、こんな思想のわたしでも、このサイトのみなさんにはよくしてもらっていて、感謝しているのです。思いのほか、感想もいただいていますし、ありがたいですよ。 『つつけば、パーン』は本当に勢いだけで作っちゃいました(笑) 前後が大人しめなので、刺激が欲しかったんですよね。 (視野狭窄者のかくれんぼ)

2020-03-07

 お読みいただきありがとうございます。筆者の千才森万葉です。(これを書かないと盗作を疑われかねないことに気がつきました)  あ、まずかったですか。すみません。  こうして載せてみた結論から言うと、利点は無かったです。欠点はありますけど。名前から辿ってもらえないのは、つらいですね。  実のところ、題名で名前を隠し、作中で連呼する手法を思いついたときは、小躍りしてました。すごいをの思いついてしまったと(笑)ウザい感じのかまってちゃんキャラでかくれんぼする話は面白そうだ! と。  うーん。個人的には面白いと思ったということもあり、名前を伏せる前提で題名と一番最後を考えたので、ここを変えるとなると、頭とシッポを切り落とさなくちゃいけないんですよ。まあ、内容は刺身だけでも伝わるんですけども。  やってみてわかることもありますね。  やる前に気がつければいいんですが。 (視野狭窄者のかくれんぼ)

2020-03-07

 やっぱり、詩は、作者さんの創作した意図を読んでからの方がコメントしやすいですね。そんな事を思うあたり、わたしは詩を読むのに向いていないのかもしれないなーなんて考えます。自由に読む事はなかなか難しいのですよ。  さて、幻想というものをめぐる思索の跡ですか。なるほど。それぞれの段落は読みやすくわかりやすかったんですが、繋げたときに結論らしい物が見えてこなかったんですよ。独立しているので、当たり前ですね。ただ、どう言いましょうね、答えのないものを書こうとしているのは伝わってくるんですよ。  場所、空間。これもキーワードになっていそうです。  仮に3段落ともに同じ人物を描いているなら、なにかしらのストーリーがあるはず。  公園でお昼休みを過ごしたあと、会社に戻りストレスを溜めて、会社帰りにマックへ寄った。幻想という割には、なかなか現実的なところを書かれている。現実の中の幻想を見ていると言いますか。  赤の他人とでも思考は影響し合うという幻想。  弱者でも強者を打ち負かせるという幻想。  形では表せない要素が力を持つという幻想。  こう書いちゃうと、一気に面白みが無くなってしまうのが、詩の不思議なところ。いかに文章表現に旨味が含まれているのかがわかります。  ゲーム世代のわたしは、幻想というと異世界や妖怪なんかを連想しますけども、たしかに現実世界にも幻を思わせる物はありますね。  あ、もう一点、興味深いなと思ったのが、お金を求める→仕事→他者の成功例とも取れる構成ですね。最後の成功例がちょっと面白くて。マックや教授は成功者ですからね。んー、わたしたちは成功例を眺めながら成功を求める者達の中で生きているんだなって考えさせられました。多分、本当の失敗例は、わたしたちの目には映らないのかもしれません。   (幻想離れⅢ)

2020-03-04

しっかりと伝わってきますね。 尖った言葉があるわけでもないですし珍しい比喩があるわけでもないのですけど、その分、正確に懐かしさを思い起こさせてくれます。素直な感性を感じました。 ほんわかしていて、受け取れる感覚は好きなんですけど、やっぱりインパクトは薄いのかなーと思いました。3連目にすこし「転」を設けていますけど、最後の連で元に戻っちゃってるので、もう少し、変化や強みがあった方がいいかなと。 (憧憬は今も)

2020-03-02

 お久しぶりです。ああ、もう、そんなに時間が経ったんですね。2月は公募ガイドという雑誌の公募に精を出していまして、ちょっとこちらに来る気力が沸かなかったんですよ。ひな祭りイベントも、575のイベントだっていうのに完全に出遅れて、最終日にフォーラムの方に書き込むだけという、中途半端な参加になってしまいましたし。  確かに年末はネタが尽きたんです。ただ、公募に投稿する作品を考えていたら、いろいろな案が沸いてきて、ストックが溜まりました。やっぱり張り合いって大事だなと思いました。賞品とかが絡むと、うん。  そうなんですよ、匿名の機能があったので有効活用させてもらいました(笑) わたしにとって新機能は遊び道具ですから。  思考の流れを文章化する。んー、確かに書いていて楽でした。エッセイ風の文章だと、どう書いても間違いがないんですよ。書籍化になるようなエッセイは、色々な順序立てとかあるのかもしれませんけど、頭に浮かんだことを伝わりやすいように文章化するだけなら得意なのかも。ただ、よく読み返してみると、問題と答えの方向がズレていたり、賢い文章ではないなーって思いますね。  今作品は挑戦的な物なので、ファッションに限らず、色々なところに反論が出るかも? と予想はしています。けど、本音は本音で、個人的には正しい話なのですよ。  あ、小説、読めました? 良かった。本編でも触れましたけど、小説や短編を挿入するのは詩を挿入するのに比べてリスクがある分、入れるか迷いましたね。そこだけ世界観が変わってしまいますから。『添える』なら詩の方が楽ですね。  最終問題。  実は答えを用意していません。そもそも、読者を逃がす気は無いんですよ、とか言ってみる(笑)  まあ、面白い質問が出来たと舞い上がって、そのまま書いたのが真相です。答えは色々あるかと思いますが、後付けとしてわたしなりの答えを書いておきましょう。  沙一さんがおっしゃったように、設問自体に居る。というより、出てきた名前の全てがわたし自身。これが答えの一つ。『一人きり居る』としか書いていませんから、偽物が居るわけでも、隠れているわけでもない。だだっ広い森の中、かくれんぼと言いながらずっと一人で語っていただけの説。目の前に居る人物をわたしだと認識できない様なら、もう一回読み直してくださいって話ですね。  もう一つは、森自体がわたし。一万文字もわたしの文章を読んだのなら、きっと読者はわたしの中に入り込んでしまっていることでしょう。言の葉一つ一つがわたしであって、しかし、それらは別々の存在として森に舞い散っているが、それでも一人は一人である。無数の一人きり。これは本当に寂しい。無数のわたしの中からひとつのわたしを探そうとすれば、いつまで経っても森を出られません。いずれにしろ、作中にわたし以外は居ないでしょうね。  まあ、こじつければいくらでも答えは出てくるでしょうし、答えたい(森を出たい)と思う方を引き留めたりはしないのですよ。蜘蛛の糸だけくっつけて、出口まで誘導します(笑)  ちなみに、悪い回答は、『どこにいるのだろうと探しながら作品を読み返すこと』。2度読みしてしまうようなら、わたしの術中にまんまと嵌まっています(笑)    てか、隠恋慕!? それはちょっと予想していませんでした。ああ、ああ、それも面白そうですね。ツンデレかな~ (視野狭窄者のかくれんぼ)

2020-03-02

コメント欄がわいわいしてる? なるほど、なるほど。 わたしは好きですね、描かれている世界観が好みなんですよ。詩としてよりも物語として面白そう、とでも言いますか。 死んでいるというので、死の世界にいるんだろうなって考えます。すると、死の死は生(裏の裏は表)、生まれ変わりを意味することになるかな。 ひらがな表記なのは、うん、評価は分かれそう。わたしは、「あり」かなと。上手下手はわかんないですけどね。言葉を忘れてしまうほど長い間、死後の世界に生きていることを表現したいのかなーって感じたので。 >くやしい。 せかいめ だましたな。 しを かくす なんて ふとどきものめ。 この二行が凄くいいなって思います、予想していなかった生々しい感情が飛んできて、わくわくさせてくれます。そう、物語として活きるんですよね。台詞を使うと、主人公の性格が具体的になり、読者が感情を寄せやすくなります。いわゆる感情移入しやすくなる。 一方で、 >つぎは ぜったいに すくってやる。 この行がいきなりすぎて、ちょっと話の流れを掴みにくかったです。序盤に、布石が置かれているともっとズシッと決まったのかなって思いました。 多分ですけど、最初が弱いのかなと。1連2連が弱くて、読者をその先まで引っ張れない気がしました。後半まで引っ張ってこられれば、もっと好きになる方も多くなりそう。 (魂魄)

2020-03-01

おばちゃんに焦点を当てた着眼点と、書き切る腕は凄いですね。 時々、年上の方の鷹揚な雰囲気を羨ましく思います。いやいや自分はまだ若い、子供達の元気に負けないぞ! と意気込んでいるのですが、どうしても広い心には勝てなかったり。おばちゃんは自信があるんでしょうね~と考えて、自信を得るならやっぱり年季がいるのだろうかとも考えてしまいます。 「おじさん」と「おばちゃん」の違いも面白いですよね。同じ時間を過ごしているはずなのに、どうしてああも違うのかと。どっちが良いとかでは無いのですけど。 (おばちゃん)

2020-03-01

> 沈黙は誰にも    明け渡してはならない この言葉が強いですね~。冒頭に持ってこれるのは強い。 >あんたは海だ  誰もが知ってる ここも好きです。 内容の全てを理解することは出来なかったんですけど、最初と最後を受け取ることができたなら、詩を受け取れた気分になれるのが面白かったです。すごく素敵な雰囲気を味わうことが出来ました。 ドラム缶に心を預け、一人手酌で飲む酒は、波に小波に酔わされて、眩む海原問いかけられて、年の瀬の音響く中、静かに静かに腑に落ちる。とか。 (落雁)

2020-03-01

二枚か三枚か、この表現が面白かったです。読み違いかもしれませんが、世の中の皆が口をそろえて言う言葉達は、心から叫んでいるのは二人か三人ぐらいで、ほかの人たちは読み解くこともしないまま倣っているだけなんじゃ無いかなーと、そんなことを考えさせられました。よく考えれば、当てはまらない人も多いでしょうに。 寒い日こそ、言葉が必要になる。でも、寒くなると、雪の白に頭の中まで支配されてしまうのです。 (鏡(回折格子、格子))

2020-03-01

 沙一 さんへ  最後までお読みいただきありがとうございます。2万3千文字にまで膨らんでしまって申し訳ないです。  言葉遊びに関しては、色々考えるのが好きなんですけど、伝わらなければそれでもいいと思ってます。仕掛けが伝わらなくても、面白く感じてもらえるようなものを書かなければな~と。  映像の変化を褒めていただき、ありがとうございます。意外な変化をできるだけ自然に書けるよう心掛けています。上手くできるときと失敗するときの差が酷いですけどね。ただ、最後まで浸っていたい人からすれば評価は分かれるのかも?  語り手の正体は内緒です(笑) てか、あまり詳しく考えていなかったんですよ。最初は『二人称を書きたい』というところから生まれた語り手で、最後のシーンも後付けだったりします。そんなわけで、多分語り手の正体は、誰でも成り得る存在になったような気がしています。もしかしたら読者かもしれませんし。その辺は、作者は関与しないことにしましょう。  ちなみに、『二人称』なのか『三人称神視点(人格を持った三人称)』なのかはわたしもよくわかっていないんですよね。そもそも、二人称で書かれた小説作品が少ないので。  そうそう、いろは歌から生まれた作品なんですよ。いろは歌の解釈って調べると、様々な意見が出てくるんですけど、個人的にはしっくりくるのがなくて(奥山とか)、どういう意味なんだろうと考えているうちに出来上がったものです。どこから何が生まれるかわかんないところも、文学の面白さですね。  長い作品でしたが、最後までのお付き合いありがとうございました。気に入っていただけたようで良かったですよ。  ちゃんとした詩作品も書いていきたいものです。 (いろは峠と恋札めくり(後編) ~詩飾り小説の欠片~)

2020-01-06

沙一 さんへ  あれ? 『風車はまわる』で最後でしたか。何か大きなものになりそうな気もしていたので、少々残念ですけども、とても楽しませてもらいましたし、勉強もさせてもらいました。ありがとうございました。シリーズ完結おつかれさまでした。最後であり最初でもある輪廻は、終わりにふさわしい題材だったと思いますよ。すんなりと終われたようで、幸いです。  お読みいただきありがとうございます。  天才とも評される泉鏡花さんと比べられるとさすがに雲泥の差で(笑) ただ、幻想文学、あの怪しく不思議な世界観を巧みに操る技術は学んでいきたいですね。真似では面白くないですから、わたしなりの作品を書いていきたいなと思っています。そうですね、あの時代の作品を読まれる方からすれば、読みやすいかも。小説サイトにも載せたんですが、やっぱり読みにくいせいか(ドンパチやったせいもあるのでしょうけど)ほとんど感想が付かなくて。今の時代を考えれば、まだまだ読みにくいんでしょう。  あ、その歌を選びます? それなら、まだ帰って来やすいかもしれません。人間ですし。  あかさなはまやらわを(閉じる)→た抜き(狸)  あとは、蜘蛛と人魚でしょうか。まあ、実際は襖を開けてみないとわかんないんですけどね~。  短歌に出来たら良かったんですけどね、字数を合わせるだけならともかく、上手な短歌を書こうとすると色々作法も覚えないと(汗 てなわけで、自由形式の歌にして逃げてみました。  ミクロコスモス、陰陽和合。なるほど。これらの解釈から、どう読み解いたのかが何となく掴めて、面白いですね。楼を1つの宇宙と見立て、森羅万象を配置することでこの世界を表現しているが、それぞれを構成しているのは極小の陰陽である。といった感じでしょうか。作者よりも深くまで感じ入ってもらえて、嬉しい限りですよ。  そうなんですよ。文庫とサイトでは、文章量に対する印象が違うんですよね。一行の文字数も大きく違いますから、空行の印象も大きく変わってしまいます。その点は、意識していかなきゃいけないなと考えていますね。 (いろは峠と恋札めくり(前編) ~詩飾り小説の欠片~)

2020-01-05

エイクピア さんへ  お読みいただきありがとうございます。  そうでした……詩は、どこから読んでも詩なんですよね。そういう意味でも、詩が持つ自由度は高いんだなと思わせられます。シナリオを読む作品という点でみれば、本作品は小説の形式となるのでしょう。後編から読まれたのでは、なかなか内容が掴みにくかったんじゃないでしょうか? 申し訳ないです。てか、後編から読んでも読み込めるなんて、相当な想像力がないと難しいはず。さすがです。  いささか、どころではなく長かったことかと思います。特に、詩をメインで読まれている方からすれば、異様な長さかと。現代詩然とした詩文と比較すれば読みやすいかなと、わたしも思うのですが、やはり普通の小説と比べれば読みにくいと感じますし。  詩のサイトに載せるということで、詩としての味わいが出ているのかどうか。そんな所も気になっていました。読んだ方が何かしら思ってもらえたのなら、良かったなと思います。蛇姫様、なるほど、蛇にその姿を変えて主に危機を知らせる。しまった、そのままだ(笑)  自然との合一は、わたしの思想の根幹を成すテーマになっていて、何かと自然に基づいた生き物が出てきますね。一方で、自然に飲まれてしまえば、人間は動物から離反した人間としての生き方を失うんじゃないかとも思ったりしています。自然に住まうモノたちは人間を引き込もうとしますし、人間はあらがおうとする。そんな思いも溶けていたのかもしれません。 (いろは峠と恋札めくり(前編) ~詩飾り小説の欠片~)

2020-01-04

いや、まあ。目測を誤ってしまって、二万文字を超えてしまいました。前後編になってしまって申し訳ないです。 詩のサイトに投稿するのはどうなんだって作品ですね。ただ、小説としては致命的に読みにくいので、小説の枠に入れるのも憚られる、いわゆる問題作です。 果たして、最後まで読める方はいらっしゃるのだろうか(笑) (いろは峠と恋札めくり(後編) ~詩飾り小説の欠片~)

2020-01-03

 ティアドロップは耳なし芳一でしたか。なるほど。そうなんですよ、わたしの知っている妖怪のようなものが登場しなかったので、操り人形的な妖怪かな~とか思ってましたね。そうですね、もう少しわかりやすく書いても良かったかなと、個人的には思いました。現実と幻想のぎりぎりですか。難しいですよね。  お邪魔します。輪廻は死後の世界での出来事なのでしょうけど、死に近づきつつある老婆を通して、現実世界にその片鱗を見る作品って感じがしました。テーマ性がはっきりしていた分、読みやすく解りやすかったです。そして、色々と試行錯誤しながら書かれているのが解って、作者の視点で見ても興味深い作品でした。  一年の終わりと言うことで、時期も合ってるんじゃないでしょうか。  沙一さんの作品で、引用を使ったのを読ませてもらうのは初めてではないですけども、冒頭に持ってきているのは初めてでしたっけ。なるほど、こんな感じになるのか~と。詩の世界では引用って賛否が割れたりするんでしょうか? 個人的には、オリジナルではない分、個人の力を示せていないので加点対象にはならないんですけども、そっくりそのまま言霊を移せるというのは、読んでいても伝わりやすいですし、便利だなって思いますね。  三途の川と風車、座る老婆は鬼か地蔵か。イメージがちょっと狙いすぎかな、とは思ったんですけども、風車と輪廻を掛けているのが効いていたために、新鮮さも感じられました。非現実感がありますけども、現実にある風景ですからね。  鬼のようなお婆さん、輪廻と風車。このテーマは個人的に好きですね。小説としては、多分色々な書き方があるんでしょうけど、これはこれで沙一さんらしさが出ている気がしますよ。  ここだけの話、御作は短編よりも短い掌編ってくくりになるかと思うのですが、小説って意外と短い方が難しかったりするんですよね。長編は根気があれば書けるんですけど(わたしは根気もないですけど)、短編や掌編って話を圧縮しなければいけないので、技術が問われるんですよ。わたしに技術があれば、どうのこうのとアドバイス等も出来たんでしょうけど。  詩としての良さを生かすなら、もっと比喩なんかでテーマをぼかしても良かったかなって気もするんですよ。でも、小説としてみるならあまり隠さない方がいいらしいです。この前、小説サイトのミニコンに『猫が書いた詩~』の中の、『かぐや姫壱夜』を投稿したんですよ。あれを持って行っても受賞なんかしないんですけども、公開されるので賑やかしになればなと思いまして。ちょうど、そのミニコンの回では、投稿された全作品に編集部からの寸評を付けるという企画をやっていまして、かぐや姫壱夜に付いたのが、こういうのは同人とかでやるならいいけど小説コンテストに持ってくるなら読者に理解を投げるのはお勧めしないといった感じの評を戴きました。まあ、あんな理解不能なのを投稿したわたしもわたしなんですけどね(笑)   とは言え、詩は読者によって読み方が変わるのが1つの良さかなって考えるので、詩と小説の垣根はまだまだ高いんだなって、わたしは感じました。  ああ、脱線してしまいました。  読みやすい、わかりやすいっていうのは、1つの良さなんじゃないかなって気がしているんですよ。そうそう、このシリーズは旅行記なんかのように、写真を付けても面白いかもしれませんね。   (風車はまわる)

2020-01-03

 あけましておめでとうございます。お読みいただきありがとうございます。  読者の不意を突くのも、作者のお仕事なんですよ~(笑) 詩の坩堝と評していただけるのは嬉しいんですけど、今回はあまりパッとしなかった在庫品を集めてきたって感じですね。定点カメラに比べて単発火力が低いので、個人的にはぼんやりした雰囲気になってしまったかなって気がしています。  二番煎じじゃいけないと思って色々手を打ってはみたものの、書いているのがわたしなので、なんとなく同じ色が出てしまいます。  楽しさを感じながらも、どことなく品を漂わせられるような作品を作っていきたいですね。 (年末は楽しく飲みたいねって事で、楽しさ10万馬力!)

2020-01-03

千才森の名をどこかで聞いた 北か南かどこかで聞いた 千才森の名をどこかで聞いた 今日か昨日かどこかで聞いた  声を掛ければふわりと揺らぎ  後に残るは風のそらみみ 千才森の名をどこかで聞いた 明日は向こうの山陰の 泉の泡に聞くのだろう  お邪魔します。  いや~、とある小説サイトの方でドンパチやってまして。文学って答えがないから泥沼になっちゃうんですよね。なので、ちょっとテンションが高いですが平常運転です(笑)  今回の作品。最近書かれている散文詩といいますか、小説の形を取った作品の中でもかなりファンタジー世界に寄せている印象を受けました。どちらかと言えば、ファンタジーの雰囲気が好みなので楽しませてもらいました。キャラクターが魅力的で良いですね。  まずは、舞台の転換について。  転換させることが悪いわけじゃないと、個人的には思います。ただ、転換前と転換後で、何が変化するのかを見極める必要があるのかなと。これは難しいんですけどね。  主人公が公園で二人に話しかけました。この時は、二人が閉じた雰囲気の中に存在していることもあってか、すごく小さな、3人だけの世界のお話なんですよ。閉じた世界観の良さは、密度の濃さにあると思います。お互いのことだけを思って会話をする、親密さが心地良いんですよね。そして、後半はライブになります。ここからは『二人が持っている不思議』の一端に触れられるシーンなんですけど、場面が広くなるために、二人との距離が離れてしまう印象を受けるのです。読者がその他大勢の1人になってしまうような。まあ、その他は人ではなくて、自然や星でしょうか。この考え方は好きです。ただ、今までの親密な雰囲気が好きな方にとっては、残念に思うかもしれません。一長一短で、どれが良いかは読者によります。  雰囲気を崩さないまま場面を広げるなら、もう一曲聴いていって下さいと主人公のために歌い始めたんだけど、周りに何かの気配が集まってくるのを感じる……そんな書き方にしても良いのかもしれません。その辺りは作者の好みや得意な書き方次第ですね。  もう一点、『行灯』が悪い方向に作用してしまった可能性。これは、下で詳しく。  率直な意見としては、全体的に売りになる物が弱い感じを受けるんですよ。二人のキャラクター性・関係性、彼が認識しているモノたちの謎、歌、世界観、描写、等々読者を楽しませられる要素は沢山含まれているんですが、淡いと言いますか、仕掛けきれていないと言いますか。  一番良かったな~と感じたのは、二人の関係性ですね。不思議ながらも絶対に切れない関係性が濃く伝わってきました。一方、読んでいて世界を思い描きにくかった面がありました。沙一さんがどんな世界を想像していたのか、これによって、文章や使用する言葉が変わってくるんですよ。例えば、『ゆれるポニーテール』では、一行目に『ユークリッド平面』という単語が出てきます。これが入ることで、強力に現実世界をイメージさせることが出来ますし、その先でファンタジー要素を入れたとしても、読者がイメージする世界観がぶれることはないと思います。効き目の強い単語ですね。  そして、今作品。最初に登場する言葉達がファンタジー寄りだったので、わたしはRPG風のファンタジー世界観を想像しました。空想の世界、あてのない旅、白皙で盲目の青年、二人のキャラクターが現実離れしているので特に。しかし、その先で『メジャーデビュー』『行灯』と言った独特の世界観を持った単語が登場します。これらが、イメージを揺るがすんですよね。メジャーデビューは現代とデジタルのイメージ、行灯は古い和風世界。もちろん、単語自体にそういう意味があるわけじゃないんですけども。周りの風景が書かれていない場合、読者がどういった世界なのかと想像する際は、単語のイメージを活用します。言葉の雰囲気が統一されてないと、狙った世界観を想像させるのは難しいかなと。  単語の雰囲気を整えることで生まれる強さ、それが生きている作品は『音のない町』でしょう。あの沙一さんの強みは、散文詩にも応用は利くんじゃないかなって気がします。  現代詩は、世界観を無視した強力な単語を組み込んで言葉のインパクトを楽しませる性質を持っている、みたいな記事をどこかで読みました。もし、それを狙っているのであれば、もっと突拍子もない言葉を入れた方がいいのかなって気も。明らかに外れた言葉を書けば、狙っているんだなって気が付きますし。  んー、現実世界を思わせるのでしたら、『雑踏から逃れるように~』とかほんのちょっとした周りの描写があると、想像しやすいのかな。  個人的には今作品、『ベースとなる作品』って気がしました。何を強みにしたいかで、様々な書き方に変えられるんですよ。ただ、わたしと沙一さんの書き方は違いますから、具体的にこう書けば良いとは言いにくいんですよね。まあ、当たり前ですけども。  沙一さんの作品は同じ散文作品であっても、それぞれに狙いや雰囲気が異なるので、作者として読んでいて為になりますね。わたしも頑張らねば。  なんだか、書きすぎてしまいました。  あ、ちなみに。コメント返しで大口を叩いた『大物作品』ですが、2万文字を超えてしまったので(笑) 来月分割であげたいと思います。失敗した…… (ティアドロップ)

2019-12-29

沙一 さんへ お読みいただきありがとうございます。 ………はぇ?……………えええええええ!? あーーーーーーーーーーーー!!!!!ほんとだ!わたし過去に載せてますね。。。 うわー、申し訳ないです。新しいのを持ってきたつもりだったんですけども。この、やらかしてしまった恥ずかしさで詩を一編書けそうです。 (あんまり動かしてない)ブログに載せていただけだと思って、倉庫にあったのを弄ってから持ってきたんですよ。ちなみに、この作品を選んだのには理由がありまして。月初のビーレビは間違いなく殺伐する踏んで、その中に紛れてもコメントを書いてもらえそうな物を、と考えた末の選択でした。思った以上にコメントをもらえて嬉しく思っています。 洗練されてました? ありがとうございます。仕事をサボって弄ってた甲斐がありました(笑) オムニバス。そうなんですよね、わたしは文章量の多い作品の方が世界観に浸れて好きなんですけども、オムニバスにしてしまうとコメントは少なくなりがちですね(もちろん成功されてる他者さんの作品もありますけども)。逆に、1本であれば、文章量が多くてもコメントを頂けているんですよ。定点カメラにしても、まさかの渡辺さんに刺さって一発目にコメントを頂けたので盛況に終えられましたが、皆さんの評価は低かったですね。投票結果を見ても同じ月にあげた『道理』の方が票を獲得していましたし。もちろん、賞を狙うだけが詩を書く理由ではないのですが、どうせなら高評価を得たいです。 視点の分散は確かにありそうです。個人的には、好きな作品と好みではなかった作品が同時に並ぶせいもありそうだなと思っていまして。プラスとマイナスを足したら、普通になっちゃって評しにくいとか。 混沌とした作風も頑張っていきたいなと考えてはいるんですが、前作と同じ手は使えないですから、どうしたものかなと。わたしの場合、混沌作品は運も大きく関わるようで、頭で考えると混沌にならないんですよね。 実は『ゆれるポニーテール』も読ませてもらったんですよ。読みやすくて入りやすい作品でした。良い作品だと感じました。迷い家、懐かしいです。このサイトにおっかなびっくり作品を載せた時のことを思い出します。 うーん。馴染みの皆さんの所にコメントを書かせてもらいに行きたいのですが、ただいま大物に取り組んでおりまして。それが終わりましたら、御作にも伺いたいと思っています。その時はよろしくお願いします。もし、のちに短詩が投稿されたら失敗してやんの~と笑ってやって下さい。 コメントへのお返事は書きに来ますけどね。 ではでは、申し訳ないですが水面下へ沈んで参ります。 (狐、被ります。申し訳ないです) (秘伝の口上レシピ『大根の誰うま煮』)

2019-12-05

藤 一紀 さんへ おおっと大変失礼しました。お名前に さん が抜けておりました。 (秘伝の口上レシピ『大根の誰うま煮』)

2019-12-03

 /舜舜 さんへ お読みいただきありがとうございます。その株式会社、中身は真っ黒そう(笑) 今回、美味いのはわたしじゃなくて大根のほうでした。何の気なしに大根役者をネタにしたんですが、まあ、言葉が出てくる出てくる。ここまで行が伸びると思っていなかったので、書きながらビックリしました。言葉の素材自体は、かつらむき、千切り、ぬかずけ……まだまだありますし。言葉が多いと言うことは、それだけ人と大根の繋がりが強い証なのでしょう。  歌詞はどうなんでしょうね~。わたしが書くと文章になっちゃいますから。歌詞は文章とあまり相性が良くなかったり、難しいです。  帆場 蔵人 さんへ お読みいただきありがとうございます。  ああ、料理上手な方の登場! そうそう、昆布はグツグツやってもいいことないですよね。わかってはいたんですが、その言葉の収まりの良さについつい…… 空きっ腹にも、空いた懐にも染みそうな作品になりました。もう少し、味覚を刺激できるような味に仕上げられたら良かったんですけどね。当初、悲哀をテーマにしていたので、こんなテイストに。  藤 一紀 お読みいただきありがとうございます。 そのお話は初耳です! 面白いですね~。今は食べ物の種類の多い時代ですけど、役者がエンタメを背負っていた江戸時代なんかじゃ、大根はかなり重宝されていたんじゃないかと思いますし、大根役者が万能役者の意味を持っていたというのも十分納得がいきますね。 アンパンマンの各キャラに歌が!それは楽しそうです。こっそり混ぜてもらえないかな~。とそこまで考えてですよ? まてよ、際限なくキャラを増やし続けているアンパンマンシリーズが、『大根役者』なんて使いやすい名前を放っておくだろうか、と考えて検索してみました。 居ましたよ!大根役者(笑)しかも、めっちゃ二枚目でした。この歌に全く合いそうにない凄いイケメン。残念。 (隣に映ってた、かまめしどんの方が似合いそう) 萩原 學 さんへ お読みいただきありがとうございます。 さて、難しい問題ですね。どこかで聞いたのですが、子供の頃は内臓がまだ強く育っていないので、少しの毒にも敏感に反応できるように味覚が鋭敏になっているそうです。なので好き嫌いが多い。歳を重ねるごとに鈍化していくわけですが。(年配の方が「昔の野菜は美味かった」と仰るのは、そうした理由も有るとか無いとか)大根には独特の辛味がありますし、味覚が鋭い頃は苦手意識がある人は多そう。 それか、2本食べようとして挫折したのがトラウマになったとか? ちょっと徒然草を調べてみました。 子供の頃、文学作品に全く興味がなかった自分は色々と出遅れていますね。 (秘伝の口上レシピ『大根の誰うま煮』)

2019-12-03

 お邪魔します。  んー、わたしは好きな作品です。何処がと言われれば困るのですが、人物としての核があるからでしょうか? 思いの強さがリアルに伝わってくる感覚が個人的には刺さりました。詩の技術的にはどうなのかわかんないですけど、扱っている感情や挙げているやりとりが、現実味に富んでいて好きですね。まあ、飛躍がないと言ってしまえば、そうなのかもしれませんけども、んー、でも気に入りました。  最後をもっと強く惹き付けて締められたら、作品の魅力は増すんじゃないかなと。あと、題名ですか。ちょっと弱かったかも。 (わからない人)

2019-12-01

お邪魔します。 うん、難しい。難しいんですが、作者さんの作品の中では雰囲気を掴みやすかった気がします。何作品か読ませてもらっているのですが、実に難解で。ただ、読み解けているのかと聞かれると、まだまだと答える他ないのですけども。  この怪しい雰囲気の中に「水利に揉め」や「鍬をひく」と言った言葉が入ってくることで、一気に現実世界が混ざってくる感覚が楽しかったです。わたしは現実世界ではない世界を描くことも多いので、こうした異なる世界を混ぜる面白い手法は参考にしたいなと思いました。  神妙な面持ちで読ませてもらいました。 (行燈を灯す、)

2019-12-01

 ボーロを食べながらお邪魔します。  何だか不思議な作品です。わたしにとっては詩全般が生き物が残した不思議な跡なんですけども。異常な情景をシンプルな言葉で描いているんですが、使っている技法はどこかまじめで、そのバランスが妙な世界を作り上げている気がします。多分。  二行で構成されている連は読者に予測させない回答を用意していて、全体の流れも分かりやすいんですが予想は許さない。最後は逝ってしまいますが、確かに存在感を残していて、詩の死に逃げではなくしっかりと余韻を残した終わりになっています。そういうところが凄く真面目な作りなんですよね。  歌を聴かせてもらって。男は何かを成したかったんだろうなと思いました。もしかしたらオリオンに成りたかったのかもしれません。せめて肌色の空にオリオンとして残りたかった。女性の方に思惑が伝わったのかはわかりませんけども、その曖昧さも男の生き様のよう。そんな風に感じました。  このシーンだけ切り取れば異常に見えるんですけど、きっと2人は正常なんだと思う。情の濃さがグロさを覆っていて、消滅していく最後のやりとりに、しっとりと浸れた作品でした。 (「オリオンの消滅」)

2019-12-01

 お邪魔します。  詩の評価って好き嫌いも多分に関わってくるんだろうなと思う今日この頃です。  すごく読みやすくて伝わりやすいですね。表には直接出していない含ませている感情も良く伝わってきます。上手なんですよ。その上手さが強みであり、また、欠点ともなり得る気がしました。断片を繋いで作る詩文に比べると伝わりやすい分、作品を読んだ際に思い描く登場人物達の心情の幅が狭くなります。読み違いが起こりませんし。  作者さんの作品はいくつか読ませてもらっているのですが、コメントが付く作品とあまり付かない作品とに二分されている印象で、それは読者の肌に合うかどうか、感情移入できるかどうかの違いなんじゃないかなと考えました。  この感情を受け取って欲しい、思想を理解して欲しい。そんな作者さんの心の声が伝わってくるような作品が多い気がします。表現するというよりも伝えようとすることに重きを置いた作品。主観ですが。そうすると、壁に掛かった作品を眺めるようには読めず、読む方も受け入れるような心構えが必要になります。詩の色や形が好みであれば受け入れやすくなりますし、合わなければ躱されてしまう。  合致した時は凄い共鳴作用が生まれる作品。  この作品からは男性の心情や考え方が送られてくるのですが、その贈り物が読者の肌に合うかどうか、これにより大きく印象が変わると見ます。  個人的には、前を向くことに心血を注ぐ男性らしい自分本位の考え方が、ちょっと肌に合わなかったかなと。付き合わされている女性に同情してしまい、繰り返し語られる男性の考え方を自分勝手だと思えてしまって作品に入り込めなかったんですよね。もし、それを狙っていたのであれば成功しているんじゃないかなと思いましたが、はたして読んだ人が楽しめるかどうか。 >煙草ばかり口にする僕に >君は言った >「なんでそんなに吸うの?」 >僕は言うなれば >革命を欲していたのだ  この表現が凄く気に入りました。読んでいて、煙草と革命がピシャリと繋がったんですよ。  わたしは寂しさを覚えた作品でした。  (愛の試験)

2019-12-01

 お邪魔します。  どう言いましょうか、どうしようもない、やるせない気持ちになります。  コメントを読ませてもらってから読み返して、「そうか、広がっていたのは真っ青な闇だったのか。だからどうにもできないのか」と、更にやるせない気持ちに。  老人が時に子供のようになるのは、私も知っています。対応を学んでいないとどうして良いのかわからなくなる。しかも老人の対応なんて、いざ老人が目の前に現れないとなかなか学ぶ機会も無く、学ぼうとする気も起きず。とは言え、実際そういう事態になってからでは、学ぶ時間も取りにくいですし。少子高齢化の社会ですから、高校あたりで老人に対する接し方を学ぶ授業があってもいいのかなと思いました。  などと、つらつら考えたくなるほど、やるせない気持ちに。  誰も悪くなければ、幸せであると言えるのか。老女は悪くないんですよね。きっと。幼子の行いを悪行とは言えないように。でも、幸せではないのはきっと手法を間違っているから。手の形を間違っているから。  そうそう、老人と話す時は正面からしっかりと目を合わせると良いそうですね。そういう所も、子供と一緒なのかもしれません。  なんだか作品の批評から離れてしまい、更に暗いコメントになってしまいました。ご容赦下さい。  枯れ葉がね、印象的でした。いつまでも印象に残っています。    (蒼穹)

2019-11-30

 お邪魔します。  survofさんが、独自の特異な文章で書かれる作品は、非現実の話の筈ですが、なぜかわかるんですよね。現代詩っぽい作品の多くはわからないわたしですが、この作品に書かれているお話はわかります。わかっていないんですが、わかる気がします。というよりも、当たり前のことを話しているように思えてしまうのです。『ソナチネ』や『うつつ』もそうでした。「うんうん」という感想を抱いてしまいます。んー、好きなんでしょうね、この世界観。  散文の文体がそう思わせるのか、口調なのか。理屈が通ってしまう感じです。この作品は文章の並べ方が効いてるのでしょうけど。現実と幻の境目から、ほんの一歩だけ現実側に置かれた世界。手で触れられる幻。作者独自の世界を構成できる文章はやっぱり強いです。  最後、街中に視点を置いていますが、部屋の中から眺めているまま終えるのはどうだろうかと思いました。それまでの視点が部屋の中かどうかは定かではないですけども。カーテンから透かし見る視点があったのでそうなのかなと。  窓から街を見下ろす様な視点で。  口調からの単純な連想かもしれませんけど、主人公はアンドロイドじゃないかと感じたんですよ。皮膚もあるし、時計さえ内蔵されていないのは変ですけども、人とは違う印象を受けました。そこがまた不思議な魅力でした。 (ある夕刻)

2019-11-30

 お邪魔します、とお邪魔に来たのは良いけれど……。  なるほど、翻訳ですか。英語は中1の教科書で挫折しているわたしにはコメントが書けそうになくて、残念。まず、元の作品を味わえないことには、どうにもこうにも、ですからね。  訳された翻訳作品も、内容は元の作品に沿っているわけで、内容を評しても作者さんが不在じゃ仕方がないですし。翻訳における表現方法に対して感想を書きたい所なんですが、英語がわからないことには、どこからどこまでがオリジナルの表現なのかがわからない。  うーん、何となくですけども、原作に囚われすぎず、もっと自己表現を入れてみても良かったんじゃないかなって思いました。翻訳としては正しいのかもしれませんけどね。 申し訳ないです。これは英語に強い方のコメントを誘うために、トップへ押し上げるだけになりそうです。 『Hervé Riel エルヴェ・リエル』のほうは臨場感がありますが、こちらの方が言葉の扱いが凝っているように感じました。   これからの時代の流れを見れば、英文を用いた作品も増えていくのかもしれませんね。うーん、英語かぁ。学校では全く覚える気がなかったですし、覚えられるとさえ思わなかった。  まあ、わかんないってだけじゃ面白くないですから、ちょっとだけ。  翻訳された作品を参考にしながら、わたしも猿真似で1だけ翻訳してみました(1だけでいっぱいいっぱいでした)。元の作品が韻にこだわってる事だけはわかったので、わたしも字面にこだわってみました。他の手法はわたしの語学力じゃ読み取れなかったので。 1, 私が鐙に足踏み飛べば、ジョリスも続き、足しての1人。 かけた私に、ディルクを足して、これで3人揃い踏み。 「そーれ走れい!」声張る見張りが、門の閂開ける間に 「走れい!」木霊が壁から帰って、我らは外へと駆けて出る。 裏門が背後で閉鎖、灯りも沈下。 深い夜の真ん中を、横にならんで突き進む。  詩と言うよりは言葉遊びになってしまいました(笑)元の作品の雰囲気を無視してますし、翻訳とは言えないでしょうけど、個人的にはこういう遊びは好きですね。 ("How They Brought The Good News From Ghent To Aix"「ゲントからアイクスへ吉報の伝え方」)

2019-11-30

 萩原 學 さんへ  詩文になっていましたか? 小説っぽいかなと思っていたので詩文として読んでもらえたのなら嬉しい限りです。なにせ、小説しか書いてこなかったもので、詩に触れ始めたのは最近なんですよ。なので、どう書けば詩に見えるのか、色々模索しているところです。  神様云々はどうしようか悩んだところです。ある程度は説明しないと読めないかなと思って入れてしまいましたが、詩を読まれる方々は説明を入れなくても読んでくれますもんね。書く側としては有難いことです。  そして、歌。これは盲点でした。歌として入れることで全体が小説に見えるというのは、考えが及びませんでした。なるほど。個人的には、小説のような文章なのだから歌詞でも入れておかないと詩に見えないのではないか? と思っていたので、むしろ逆効果だったとは。  入れるなら、細切れにして地の文に混ぜる形でも良かったかもしれませんね。勉強になりました。 (少女独白~詩飾り小説の欠片~)

2019-11-27

 るるりら さんへ  こんばんはです。お読みいただきありがとうございます。  廃墟って、どうしてあんなにも惹かれるんでしょうね。わたしは廃墟を『見る』のが好きですね。意味も無く、ずーっと見続けてしまいます。わたしの場合は、特に何かを想像するというわけではなくて、ぼーっと見るだけですけどね。  確かに人間関係の泥沼が無い。穢れることもないまま還る。それも、いつまででも見ていられる理由なのかもしれません。  ああ、描いて下さるのならめっちゃ喜びます(笑) この作品は情景がメインの作品ですから、絵に起こせるぐらい想像できたのでしたら、成功だったのかなと思います。この作品の景色は、頑張ってひねり出したというより、どこかに在った景色をそのまま書いた感覚でした。多分、わたしたちがいつか見た小説や詩、マンガや映画の世界にこの場所があったのかもしれません。ただ、どの作者さんもこの場所を書こうとされなかっただけで。  見たことはないけど、ありふれた夢想域。そんな感覚です。 (少女独白~詩飾り小説の欠片~)

2019-11-27

 はい、お邪魔します。  えっとですね、実のところ、3行目ぐらいまでで「あああ、ちょっと待った」と言いたくなったんですよね。うん。  散文と詩の違いの一つに文字数があると思うんですよ。そんなもん見ればわかるだろ?という話ですけどね。詩には疎いので散文メインの個人的な意見を書きたいと思います。  詩は一行、もっと言えば数文字で詩情を醸すことが出来るわけですけど、散文、特にこの作品のようにまっとうな小説文の形式では、情感を醸し出すのにそれなりの文章量が必要になるんですよ。一行で、ぐいっと惹き付ける文章を書く方もいらっしゃいますけど、その一文は散文の力を使ったものじゃ無くて、詩としての力を使った文であることが多いように感じます。  散文の場合、五感に触れる情景を描いてキャラクターの心情を書き込み、読者をその世界に引き込んでからようやく、読んでいる人の情が揺れ始めるんだと思います。いきなり任意の方向に読者の心を動かすのは難しいんですよね。余談ですが、詩文と散文の違いに、読者の感情を動かす向きが有るんじゃないかな、と考えています。詩文では、文章からどんなことを想像するか、何を感じるかを読者に委ねる事が出来るんです。だから、好みや文章が読者の心にクリティカルヒットすれば、文章が生み出す感情や情景を際限なく広げさせることが出来ます。一方、散文では、作者の望む方向に読者の心を動かすことが出来ます。ただし、半強制ですから制限が掛かり、広がりはある程度抑えられてしまいますね。広げようとすれば、その分文章量を増す必要があります。上手く使い分けられれば、作品の幅は広がるんじゃ無いかなと思ってますけどね。  『見つめかえす瞳』を例に挙げると、主人公がいる場所の情景や少年との会話を描くことで、読者をその場の雰囲気に慣れさせています。そして、最後で読者の情をぐいりと動かす。後半までのやりとりが情を動かす為の準備段階になっているんですよ。もっと言えば、読者の心を目的の方向へ動かすために30行ぐらい必要だった。  一方で詩としての形式で書かれた『音のない町』。こちらは最初の3行で読者の情が揺れ始めます。これは詩文としての力が働いているからでしょう。具体的に何が効いているのかは、詩に疎いわたしにはわかりませんが、確かに感情が心地よく揺れるんですよ。  戻って『本能』です。  最初から終盤まではストーリー・出来事を読ませる流れで、形式は散文の小説の形です。散文として機能しているんですが、詩としての力はあまり働いていないように感じます。あ、いや、それが悪いって話じゃ無いです。散文には散文の力があります。  最後に作品の肝である怪しい雰囲気が揺らめいているのですが、最後を機能させるためには、そこまでに読者を作品世界に入り込ませないといけません。御作はどんな人がどこで何をしているのかはしっかりと書かれていましたが、作品には入り込みにくかったです。恐らくストーリーの情報量が多すぎるんですよね。詩なら、一行ごとに立ち止まって噛みしめる読み方をすることも多いのでしょうけど、散文の場合はサクサクと読み進めてしまう場合が多いです。そう読んだ場合、ストーリーを追うことと与えられる情報を暗記することに精一杯になってしまって、心が作品に入り込みにくかったのです。上辺だけ触れている感じで。このシンクロ率では、なかなか情は動かないかなと。  よーく考えてみると、町で出会って、ナンパをして、一緒にアイスクリームを食べた後にカラオケに行ってめっちゃ歌って、抱きつかれ、雪女のように彼女は立ち去った。このシナリオをこの文字数の散文で書き切って、なおかつ読者の心を動かすって、すごく超級テクニックですよ? 多分、これが出来たらプロ作家になってますね、はい。  雪の描写を入れずに、雪女の雰囲気だけを纏う不思議な女性を描く。このコンセプトは好きなんですよ。純粋に、ああ、さすがだなと思いました。  そうそう、あと気になった点がもう一つ。描写の表現が安直に感じましたね。恐らく、文章量を圧縮しようとした弊害じゃないかなと思いましたけども。沙一さんの腕を考えれば、もっといけるはずなのに。  ああ、なんだか纏まらなくなってきました。叩くだけ叩いてしまった感じになり、ほんと申し訳ないです。他の作品を読ませてもらっているので、なおさら色々書きたくなってしまって。  もっと良くなるはずの作品です、ということを伝えたかったのです。続けることは必ず力になります、マジで。頑張って下さい。では。 (本能)

2019-11-26

 沙一 さんへ  ああ、こちらもお読みいただきありがとうございます。  世界が変わってしまった理由については完全に後付けなので、作品に馴染んでなかったんだと思います。設定で神を持ち出すのは、本来は悪手ですからやらない方が良いですし。そんなわけで記憶に残らなかったんだと思いますよ。わたしも書いていたことを忘れていたぐらいです(笑)  水は巡る旅人という考え方は、ずっと昔から持っていた感覚でちょくちょく使っているんですが、目新しい表現では無いですから新鮮さは無いかも。全ての生き物を辿って、脈々と命という歴史を運んでいる水分。水の中から生命の源が生まれ、未だに水に生かされていることを考えれば、この先永遠の時間が経ったとしても、わたしたちが生き物である限りは、水が巡る旅を追いかけ続けるのかもしれませんね。  今回は、不思議な世界の中で水と戯れる少女を描く、これが目的でしたから、ファンタジックな映像が浮かんでくれたのなら成功と言えるのかな~と思っています。ほっとしています。待っている彼……実は、まあ、その。昔に投稿した『星を抱き、酒精に口づけ』の最後に出てきた、突っ込みを入れていた人だったりします。繋がりは持たせてないんですけどね。  小説の一片なんですが、詩を意識しながら書いたシーンでした。この先もお話は続くのですが、そっちは小説の方でいつか書きたいですね。今作品は詩っぽい雰囲気があるのでギリギリいけるかなと思って持ってきたんですが、純粋にストーリーを楽しむ事を目的とした小説はこのサイトに載せてもな~とも思うので、どこかの小説サイトになりますか。  それでですよ? 『本能』読ませていただきました。後ほどお邪魔しようかと考えているのですが、ただ辛口になりそうです。わたしの読んだところ、恐らくサイズに無理があったかなと。詳しくはそちらで。 (少女独白~詩飾り小説の欠片~)

2019-11-25

 お邪魔します。  ん、こういう展開ですか! いいですね~、わたしも凄く上手だと思います。  何が上手かって、ミスリードからの最後の立場の逆転ですね。これが凄く恐怖を誘うんですよ。少年が実は河童だった、河童の世界がある、これだけなら他の方が書かれているので新鮮みは無いのですが、最後に河童と深淵を組み合わせることで、得も言われぬ恐怖を演出できている気がします。そうですよね、河童は水の生き物ですもんね。深淵とは相性が良いわけです。  不思議な少年との出会い。少年は、弟が失踪した過去を上手く消化できずに背負い続け、嘘か誠か、河童の世界を信じ続けた。信じ続けることで力が顕在化するのは神もあやかしも変わりは無く、少年の言動も何かに乗り移られたかのように、次第に妖怪じみてくる。そんな少年に、主人公は『知ったかぶり』で河童の話を教えた。そう、口に出して河童の存在に世界を与え明確化してしまう。主人公の話を聞いて、少年の心はくるりと晴れやかに変わった。  まるで憑き物が水の中に落ちたかのように。 (ポチャン)  ああ、居るねぇ。 『○○かもしれない』 本来、予測する・想像するという思考は、自身の身を守るために欠かせないもので、わたし達創作活動をするものにとっては必須となるものですけど、行きすぎると幻と現実の境目が曖昧になってしまい、精神が揺らぎ始めます。妖怪や幽霊も、実際に会うより会うかもしれないという心理状況に陥った時の方が、わたしは強い恐怖を感じるんじゃ無いかなと思いますね。会ってしまったら、もう逃げるか戦うしか出来ないわけですし、最終的に倒す・逃げ切る・殺される。これらの終わりが、必ずやってきます。一種の諦めが付くんですよ。一方、考えているだけの間は、取れる選択肢が無数に浮かんできますし、いつまで経っても終わりがやってこない。  自分を見ているかもしれない得体の知れないものが何を考えているのかわからないが、居るような気がする。  はい、怖いです。 (見つめかえす瞳)

2019-11-23

いやー。見返すと直したいところがガツガツ出てくる。紅葉に虫の声はないな~。もう少し寝かせた方が良かったかも。でも、もう冬が来てしまうし。 そうそう、わたしのスマホだと一行が25文字だったので、それを意識して改行を入れてみましたよ。  沙一さんへ。  お読みいただきありがとうございます。今月はちょっと立て込んでおりまして、投稿は止めておこうかなと思っていたんですよ。危なかった。まさか、待っていてくださったとは思わず。大変有難いことです。  タイトルを考えるのはいつも最後になってしまって、最後の最後に方向転換をするなんて事も多いです。今回もそんな感じで、最初は硬い作品で行こうと考えていたんですよ。でも、タイトルを思いついてしまったばかりに(笑)最後を書き換えるはめになり、ポップな感じになっちゃいました。ただ、こういうのも好きな方は好きだろうなと考えて、このまま行かせてもらいました。もちろん私も好きですが、やり過ぎると評価が下がりそうだったので、おっしゃるとおりだいぶ抑えましたね。ポップになったせいか、どう読んでもお昼寝にしか……  コスモス観覧車をまず作って。この作品は、ピクシブを覗いていた時に印象的だった絵からイメージを起こして書いた作品です。コスモス畑に観覧車が写っていました。一つだけだと弱いかな~と、倉庫に眠っていた団栗の詩を付けて、お!?銀繋がりじゃん!だったら……とやっていたら、こんな文章量になってしまいました。長い作品でしたのに、最後まで読んでいただき感謝です。  ひたすら秋を書いてみたかった。  必ず来る。望む望まない関係なく。夜は必ず来る、なるほど。当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんけど、不意を突かれて出会うと、はっとしますね。うーん、必ず来るものなら、どう迎え入れるかを考えるのも面白いかもしれません。朝を踏んだのなら、もう夜から逃げることは出来ませんし、春を越えたのなら冬は必ず来るんでしょう。ギリギリまで逃げ続けるのも自由、舞台を整え盛大に迎えるのも自由。こそこそと隠れて怯えながら過ぎ去るのを待つのは性に合わないし、ぼぅっとしながら挨拶を交わすのだけは避けたいな~なんて、沙一さんのコメントを読ませてもらいながら考えてました。  こっちの冬は長いです。  秋の暖かな色を身に纏いながら、春の日差しを想い、ひたすら冬と格闘するのです。  冬が必ず来るものならば、春もまた然り。まだ見ぬ春と挟み撃ちで、冬を空の向こうへ押しやるのです。  なんて。  (缶コーヒーを取りに戻ったら、ついつい冬眠してしまった昼の話。)

2019-11-22

 お邪魔します。  んーーーーー。んーーーーーーーーーーー。  そうですか、評価は低めですか。  こういう詩なら、現代詩が苦手なわたしも読めるんですよ。それで、ですよ? 上手なんですよね。  後ろも前も向かない。自分は今、胸を張って生きているんだ。2連目では、『今』がどれだけ尊い一瞬なのかを、真っ直ぐに説いてくれています。  3連目では、そんな『今』を生きるために、主人公ががどれだけ一生懸命生きてきたのかを思わせてくれて、読んでいるこちらも前向きに……うーん、上向きにさせてくれる。『全部背負えば』の次に『空も高い』と続ける。ここが、わたしは凄く好きですね。前ではなくて、上を向かせる。上手だと思います。  最後にかけては、思わず『飛べ!』と声を掛けたくなりました。一歩一歩が今なんだ、と。  違ったらすみません。  構成も言葉の選び方も、上手いんですよ。  ちょっと話を飛ばして。  前に投稿されている作品も、読ませて貰ったんですよ。  わたしは、露華が好きでした。星辰も言葉の力があって良かったですけど、好みから言えば露華かな。  全体的に、そうですね、みなさん仰っているように青さ、若さを感じました。作品には必ず、青い色が滲んでいた気がします。ついでに、評価が高い時と低い時の差が明確で、サイトの傾向がぼんやりと、ですけど掴めるような気がしますね。  話を戻します。  構成も、言葉の選び方も、上手いんですよ。  向き合って、よく読めば、です。  単体で見れば、瑕疵の見えない素敵な詩だと思うんですよ。ただ、他者の詩と並べた時に、どれだけ人目を惹き付けて、立ち止まらせられるのかと考えれば、弱いのかなって思いました。このサイトに投稿されている詩は、鋭い言葉で飾られている詩が多いので、どうしても字面のインパクトで負けてしまっているように見えるんですよ。今作品は特にですね。もうね、非常にもったいない。  どうも、持ち味の青さが不利に働いてしまったように見えます。  言葉の青さって、なぜか古さに通じてしまう。大人になってしまえば、通ってきた道を思わせて、少しこそばゆい。そんな古さ。それ自体は悪くはない筈なんですけども、皆さんが『自分だけの詩』を求めて誰も見たことのない表現を望み、未来に片足を掛けているような場の中で、通ってきた過去を連想させる言葉たちで構成された作品では、食指が動かないのかも。んー。  かく言うわたしも、投稿された最初の頃にチラッと読ませて貰った気がするんですよね。でも、特に何も思わず流してしまった気がします。  理由としては、目が『現代詩』に慣れ初めてしまい、さらりと読める作品では立ち止まれなくなっていたこと。これはもう、わたしの目が鈍っていたとしか言いようが無いですね。  もう一点は、タイムマシンと爆破の繋がりから、内容が読めてしまったこと。2行で、時間、今、力強く生きる、そんなイメージを連想した気がします。その後で、さらっと流して読んだ時に、予想から外れるような単語がなかったことで、「読んだ気分」になってしまったため。  タイムマシン。この作品の雰囲気を考えればピッタリの言葉なんですけど、タイムマシンってどこか古めかしいんですよね。目新しい詩じゃなさそうだってイメージが生まれてしまう。悪い言葉じゃないんですけども。  技術的な面白さって、立ち止まって読まないと感じにくいのかもしれません。そんな気がしました。じゃあ読者を惹き付けられる文章に書き換えれば良いかというと、そういうわけではないと思うからややこしい。なにせ、この作品は綺麗に完成していますからね。変に弄りたいと思わない。  伝わりやすいし、感情も動きますから、わたしは良いと思うんですけども。  まあ、わたしがいいなーと思った詩は、評価が低い場合が多いんですけどね。  んーーー。もったいない。 (この一瞬、鮮明)

2019-10-24

るるりら さんへ  皆さんの感想を読んで、ステータス『楽しさ』に全振りしとけば良かったーと。悔やまれます。詩に何を求めるのか、人それぞれ違うんだなと、しみじみ感じています。  お読みいただきありがとうございます。  ゴチャゴチャしてる作品集を、ひとつひとつ読み込んでいただいて、ほんとに感謝ですよ。確かに、様々な感情を引き出せるよう書いたつもりではあるのですが、んー、立ち止まって読んでくれる方じゃないと、伝わらないんじゃないかと自己分析しているところです。頭をフル活用しながら読んで下さる方の存在は、本当に有難いですね。  そして、折り紙の所作。  この発想は、うん、凄いなと。もちろん、わたしが書いている時は折り紙を想像したわけではないんですけどね。  カギ括弧に注目されてるじゃないですか、その部分は実のところ後付けで、部屋にある有形の物を摸した文なんですよ。棚だったり、スマホだったり、窓だったり。カギ括弧を読んでいけば部屋のミニチュアのようになるかなと。その辺は伝わるとは思っていませんでしたけども、まあ、ぼんやりと同じ所にある物だと認識してもらえればいいかぐらいに。ただ、それらを考えれば、形を摸するということで、大枠の所は折り紙に近いんですよ。  もちろん、読みに正解も不正解もないんですけどね。いやいや、やっぱり嬉しいですね。  十色折り紙 千代に重ねて  指ですりすり 折り合わせ  角々物差し 軌跡を引いたら  くるくる丸めて 子供に還ろう  ほら出来上がり 唇当てて  みんなで歌おう つくつくほー       『めがほーーーん』より  ……変なのが出来てしまった。  るるりらさんの何が凄いって、鋭い感性と素直な理屈を同じように浮かばせられるところですよ。どっちかが得意って方ならよく見かけますけど、どっちもってなかなか。折り紙と繋げられるのは、間違いなく感性で、でも普通は、『折り紙で遊んでいるところを思い出しました』ぐらいのコメントで終わってしまうんですよね。そこに詳細な理由を付けて書いてもらえると、伝わりやすいってだけじゃなくて面白さが生まれます。思考を追える楽しさといいましょうか。  るるりらさんが書かれた読み解き方は、むしろわたしの作品より面白いんじゃないでしょうか。  いろは歌は、正直、手間が掛かりましたね。仕上げられるかどうかは、運も大きく関わってくるように思えました。後半になってから、一文字替えようなんて考えたら、全てが崩れていく恐ろしさを味わえますし。下手な物を書くぐらいなら条件を緩くしようと濁点を不問にしたのですが、それでも難しかったです。  全体は進行していき、最終的に感情ではなくて形を作る。そういう詩も純粋に楽しいですね。覚え歌、遊び歌は昔からありますし。  折り紙の歌、視聴してみました。なるほど、絵とかで表現するのではなくて、折り紙に表すという発想そのものが好きですよ。わたしの作品も何かが出来上がるようにすれば良かったですね。本作品は、想像しやすい形と誘導したい方向がありましたから、形を作る所作と相性が良かったのかもしれません。ありがとうございます。  向こうのは遊び心だけではなくて、詩としての情も乗っているのがいいな~と思いますね。あんな感じで作れば、最後も格好が付くのか。    コメントはわたしの方が長くなりますよ。気になさらずに。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-23

 帆場蔵人 さんへ  お読みいただきありがとうございます。  面白さを感じてもらえただけでも、良かったかなと思います。重たいテーマがあるわけでもないですし、浸るような作風にはなってないですからね。  どんな言葉であれ、使えない言葉って言うのはないと考えてます。きっと、この作品も使い所を間違えなければ、それなりの効果を発揮するんじゃないかなと。ただ、メインの作品には向かない物なのでしょう。小さい作品を並べただけでは、重厚さは出ずに、テーマを定めないと散漫な感じになってしまうんだなと気がつけたのも良かったです。  色んな物をつっこんだので、多様さは確かにあるかなと。気持ちよく、さらりと読める。今以上に、その読後感に焦点を絞って、全体を纏めるのも面白く出来るのかもしれませんね。今のままだと、棘もありますから、もう少し丸めて。  機会がありましたら、またよろしくお願いします。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-23

トビラ さんへ  お読みいただきありがとうございます。  どういう詩が良いのか悪いのか、その辺りがいまいち掴めてないので、悪い時はダメだと言ってもらった方が助かりますね。このサイトでの評価の高い作品も読ませてはもらっているんですが、個人的にはあんまりピンこなくて、ですね。恐らく、想像する景色が違うのかも。色々教わりたいところです。  一応、本気ではあるんですよ、この作品。言葉遊びに本気を出してみた感じですね。かごめ歌の解釈に方角の四神を組み合わせた方は、わたしの調べた限りまだいないかも?  じゃあ、それで感動するかと言われたら、まあ、しないでしょうね。んー、感動かぁ。  色々な形式の作品が投稿されているところをみると、詩と一口に言っても、かなり幅が広いんだなと感じています。その中で、どういったのが自分に合うのだろうか、使いこなせるだろうかと模索しているところで。  文才は、仮に持っていたところで使えなければ腐らせるだけですよ。文才を持っている人よりも、言葉を効率よく操る技術を持っている人の方が、世間じゃ重宝されるでしょう。  このパターンは受けが悪い。今回は、それを得られただけでも収穫なのです。ついでに言えば、他の作品を拝読していても、小品集の類いは受けが悪い気がする。  感動かぁ。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-22

 お邪魔します。  ん! んん!? めっちゃ好きです、この作品。沙一さんがおっしゃっている夕焼けの魔法がよくわかります。  感情の引き出し方が上手なんでしょうね。なんだかするりと共感してしまいます。  夕焼けのコメットさんが一番好きですね。よく、わかります。まあ、全体的に好きなんですけども。  誰も傷つけない優しさの、ノスタルジックな色合いで、ちょっとだけ苦い大人の味。そんな作品に感じました。生々しさを覚えるのは記憶が混じっているからかな。その点が、読みやすさ、親しみやすさに繋がっている気がしました。  うん、こういう作品も書いてみたいです。 (夕焼けのコメットさん)

2019-10-22

 お邪魔します。 >かどがよっつ >かべがよんまい  この2行が、凄く考えさせられるんですよね。四角い部屋なら当たり前なんですけども、何もない部屋の雰囲気が良く現れている気がします。  ここから、色々とイメージを派生させられそう。この部屋に居る人達は世界と呼べるだけの物を何もない部屋の中に見いだしているとも取れますし、天井がないのに下だけがあると取れば、落っこちてきた人達を連想させられて皮肉な描写になりそうです。  色々考えさせられるだけ、飛躍的な発想がなかったのはちょっともったいないなーと思いました。  うん、角と壁、ここを選び出す着眼点はすごい羨ましいです。   (コミュニティの部屋)

2019-10-22

 お邪魔します。  すごーく聞きたいことがあるのです。  エイクピアさんは、どんな手順で作品を書かれているのか、非常に興味があるのですよ。文章は繋がっているんですが、意味が正面からは繋がらない不思議な作品。そして、連なる言葉たちのジャンルに大きな開きがあるんですよね。  その飛躍、距離感が面白さになっている作風。  シナリオが先なのか、単語が先なのか、書きながら浮かんだ言葉を繋げているのか、全く見当が付かないあたりも、凄いなと思います。  まあ、わからないと言えば、わかんないんですけどね。 >ヤキモキさせた  の一文のせいで、妙にキッドが可愛く見えるんですよ。一番最初に出てくる感情がヤキモキって新鮮ですね。  んー、作品へアドバイスできる方がいるなら、アドバイスも読んでみたいですね。 (夢想)

2019-10-22

 お邪魔します。  情と楽しさがポンポンとリズミカルに転がってくる、面白い作品だなと思いました。そのどちらの味も強いんですよね。どちらかが喰われるなんてこともなくて、最後まで楽しませてくれます。おでんの芋、人気ですね。不意を突かれるとはこのことなのでしょう、かなり飛躍した物を持ってきているんですが、それでも作品の雰囲気を壊さないのは選ぶセンスが成せる技。  深みのある、大きなテーマを書かれているんですけども、とても分かりやすかったのも良かったなと。 >地球との縁を忘れて空に落ちそうになる >縁が、ふいに宇宙の風に吹かれて >孤独な引力につかまるのだ  こういう表現は見習いたいですね。小さな事柄を大きく展開させている文を読むと、脳みそが広がる感じがします。  ちょっと気になったところを書いておきます。  2連目。袖振り合うも多生の縁の説明になってる部分かと思われるのですが、なくても良かったかも? 4,5連でしっかり伝わりそうだと思ったんですよ。最初に説明調が続くと、読者を飽きさせやすいですし。 (縁)

2019-10-22

 お邪魔します。  わたしは、こっちの絶景の雰囲気が好きですね。記号を用いた作品は、ちょっとわたしには難解なこともありまして。  そして、これはどっちなのだろうかと、かなり悩みました。幸せなシーンで良いのだろうか? それとも不幸を予感させるシーンなのだろうかと。  無垢な赤子は何も知らず、朝日なのか夕陽なのかさえ知らずに喜んでいる。それは良いのですが、周りの情景がどうにも不穏と言いますか。単純に、わたしが単語をそのまま読むタイプだからかもしれませんけども。  師走の夕暮れ。冷たい風が吹く中、赤子を抱いて河原へ赴く。無数の目玉がこちらを向いて、水草が伸ばした手指のように揺れる川。わざわざ隣人と呼ぶ相手、その子供。 >指先に力を込めた。  この文の先に幸せが待っていた事って、わたしの記憶にないんですよね。  そして、最後の連。これが……。  うーん、読み違えたかな。  この雰囲気でしたら、風景描写に関しては目一杯美しく、郷愁を誘う絵画と書かれてますから純朴かな、そんな感じに仕上げても良かったかもと思いました。赤子と同じく純粋な物として扱うのもいいのかなと。もしくは、あくまで中間の位置に立っている存在として。読んだ印象としては、どことなく恐ろしさがありました。  あー、でも、風景って見る人の心理によって大きく印象が変わりますからね。うーん。  絶景。この漢字、改めて眺めてみると面白いですね。  言葉の使い方が巧みな方ですから、土台の安定感があります。ズレを深読みするんじゃなくて、仕掛けられた言葉や文を深読みするのは、やっぱり面白いなーと。間違えていたとしても、思考している道筋そのものが楽しいと思えますね。  (絶景)

2019-10-22

お邪魔します。 わたしは断然こちらが好きですね。作者さんが持っている独特の旨味がしっかりと出ている気がします。 >洋食がテーマパークなら、ラーメンは自分で作り上げる私小説である。 >店主の混沌とした思考と吐息のから編み出された味。 >めらめらと立ち上がる炎は、備え付けの雑誌やコミックで誤魔化すのだ。 >誰にも悟られたくないこの熱きラーメン炎は人には見られたくない。 これらの表現がずっしりとした満足感を与えてくれます。 1行目も、もちろん好きなのですが、この行を書くのであれば、裏付ける文章が欲しかったかなと思いました。詳しく書かないのも詩らしくていいですが、散文の形を取るのなら、より強調させてもいいのかなと。 実のところ、視覚や行動の描写については、多分yamabitoさんが持っていない書き方を、わたしは持っているなと見ました。なので、結構読んでいてもどかしかったですね。ここはこうした方が……みたいに。 ただ、そういった単純な描写は身につきやすいと思っています。数をこなせば、書けるようになりますし、料理系のマンガなんかでも見た目や触感の描写はよく見ます。一方、なかなか書けないのが、今作品でyamabitoさんが書かれたような思考、思想を伴う描写ですね。これはセンスや経験が大きく関わってきますから、どれだけ考えながら生きてきたかが問われるんだと思います。誰にも真似できない武器になるのでしょう。学ばなければ。 最後の行の心地良さはよくわかります。この共感を伴いながら、去って行く感じがたまらない。やっぱり強い旨味が間違いなくありますね。 (「ラーメン道」)

2019-10-22

 沙一 さんへ  お読みいただきありがとうございます。  そうそう、終盤を書きたかっただけの作品と言っても過言ではないのです。お互いの本音が出てくるシーン、カタルシスは良い言葉ですね。ぴったりですよ。  もう少しちゃんと説明を入れた方が良かったなーと反省してます。主人公は、自らの意思で、家族を連れ戻すためにあの世へ下ったって話だったんですが、かなり省いてしまった為にわかりにくくなってしまいました。ラストはですね~、想像にお任せします。いずれ、なんとなく良い感じにはならなかったんだなって雰囲気があるかな。  んー、これはそのまま小説で書いた方が良かったかもしれません。小説にあらず、詩にあらずって所を目指したんですが、恐らく小説として書いた方が面白く仕上がったように思います。要研究。  仏教用語と相性が良かったとは!  しかも、微妙に絡みますね。うわー、書く時に知っていたら、もっと世界観が極まったはず。あー、惜しい。船頭は、降り続く慈雨の温かみに触れて、ようやく向こう側に行く決心が付くとか、閻魔が火宅の話を用いて主人公を責め立てるとか、色々使えそうです。  あーあー、これはやっぱり小説にするべきだ。うん。  そうですね、冒頭の文がするりと生まれて、そこからにょきにょきと育った作品なのです。自分で読んでも、文章に酔っちゃってるのがわかりますね(笑)愉しかったですよ~。リズム良く描写を書き進められてる時が、本当に好きなのです。 (道理)

2019-10-22

ふじりゅう さんへ。  お読みいただきありがとうございます。  ああ、この作品は深読みには耐えられないかも。書いてるとおりのことしか含んでないですからね。皆さんの言葉を借りれば構造ですか、それを解いてみることは出来るかもしれませんけど、内容はそんなに深みは持たせられてないかなと思ってます。  へ~、ふーん、そんな見方もあるのか。ぐらいに読み流す方が良いのかも?  カギ括弧の中身と次の文の接合ですね。これは故意にずらしてました。先を読ませないという考え等があったんですが、上手く機能しなかったみたいです。上手いって事はないでしょうけど、まあ、小手先の捻りに捕らわれて読者を散らしてしまってたら、本末転倒です。  最後は、どう言いましょうね。こう、高まった気持ちの収め所を見失ったと言いますか(笑)。技術不足ですね。仕上げの腕が足りてなかったのです。元々はバラバラに作った作品で、それを寄せ集めた作品なんですが、最後にコメントに関するネタを入れてしまったのが、失敗だったのかも。コメントの書き方はこのサイトでもちょくちょく話題になってますし、流れに乗ろうと書いてみたのですが、どうにも偉そうな文面になりそうだったんですよね。それで、オチを付けた強制終了みたいな形になってしまいました。しっかりと纏められると良かったのですが。  オチを付けたがる癖は直さないといけません。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-22

 お邪魔します。  恋の詩が好きなんですよ。現代詩に触れるまでは、詩とは大切な想いを感情に包み込んで、相手に伝えるための文だと思っていましたから。  やっぱり、花と恋は相性が良いですね。その分、みなさんが書かれるのでオリジナリティを発揮するのは難しいんだろうなって気がします。雨は滴、涙と繋がりを持たせて読んでしまいます。儚く散った後でさえ、花びらは相手の元に落としたまま。そのひとひらに、こぼした涙の美しさも留め続けておきたい。そんな詩に読めました。  印象的なのが、彩、香、象です。色、香り、形をもっと強くイメージさせる言葉。それと個人的には、雨に打たれる度に美しさを増していくんだと、少し前向きに捉えているところが心に残りました。  ただ、イメージは沸きにくかったなと思いました。綺麗な言葉達で組まれているので作品の品が良いのですが、その美しさに作者さん自身が捕らわれてしまってる感じを受けるんですよ。そういうところは、わたしも人様のことは言えないんですけどね。  わたしは詩について詳しくないのですが、他の方々が書かれている現代詩に比べれば分かりやすく書かれていますし、それならいっそ、連の繋がりをわかりやすく持たせた仕上がりにするのもありかなと感じました。 (花恋文)

2019-10-14

 お邪魔します。  前にブログ形式の作品を読ませて貰った時にも感じたんですが、詩の形って色々あるんだなーと、思わずにはいられない千才森です。  この作品は、何処の誰に向けて書かれたのか。その向かう先を、『邪念をもって』色々と変えてみるとなかなか複雑に読めてしまい、実のところ作者さんは、かなり強かな人物なのではないかと恐れおののいているところです(笑)  どちらが正しいのか、間違っているのか、を問うような書き方になっているように読めて、考えさせられますね。どこかのアニメで聞いた台詞を思い出しました。争いがなくならないのは人間の数だけ正義があるから、なんだそうです。  今回の件に関して言えば、至極当然の結果。現代社会において見れば、ですけども。時代が変われば、結果も変わっていくのかもしれませんね。    内容に関してのコメントだけでは毒にも薬にもならないので、ちょっと。  叩き合う事の例えで刀鍛冶を持ってくるのは、やっぱり安易かな~とも思いました。恐らく、誰しもがイの一番に思い出すはその辺りでしょうから。ただ、一概に悪いと言えないのが、橘氏の古く凝り固まった思想を振りかざす人物像と、刀鍛冶の古風なイメージが良く合うんですよね。  となると、橘氏の人物像をもう少し捻ってみても良かったのかな。目新しい要素を組み込んでみるのも面白いかも。  ベースとなっているお話があり、それに被せているというのであれば、読みやすいですし途中で飽きることもないので問題はないのかなとも思います。読みやすい文章というのは、それだけで旨味になりますね。    余談ですが、最近になってもっとも批判的なコメントが付くと評判の小説投稿サイトに数年ぶりにお邪魔しました。荒らし放置のサイトで、運営者が表に出ることはなく、余程の事を書き込まないと削除されない所です。にもかかわらず、削除されている方も居たりと、ある意味盛況でしたね。しっかりとガチの批判コメントも頂いてきました。  もちろん、馴れ合いをメインとした投稿サイトにも居たこともありますし。個人的には、出版チャンスのある馴れ合いサイトの方が、叩き合いサイトよりも殺伐としているように感じます。叩き合いの場所、褒め合える場所。両方揃って健全なのでしょう。  そういったサイトも見てきたわたしからすると、B-REVEWは利用者側にとって、すごく居心地良く機能しているように感じます。 (ぽえとーく)

2019-10-14

 お邪魔します。  これまた難しいところを狙いましたね、というのが最初の印象ですね。コメント欄にある既視感というのを置いておいても、この手の描写はかなり難易度が高いと思っています。特に蕎麦は。  食事は誰しもが毎日必ず行う行為ですし、人それぞれこだわりがあったりしますから、読者に共感させ、さらに面白さを感じさせるのはなかなか。  ネット小説なんかでもたまーに見かけますけど、滑ってることも、あります。  作品について。安定感がある、というのが印象でしたね。これだけの腕があったら、どういうシーンを書いても、そう簡単に滑ったり寒くなったりはしないんだろうな~と思えます。スポーツと絡めるのは新鮮に感じられました。  それでも、お腹がいっぱいになるには、まだ物足りなさを感じました。うーん、蕎麦の魅力はまだまだありそう。個人的にはもう少し音が欲しいかなと。作ってる時とか。  うん、こうして読んでいると、やっぱり蕎麦の描写は難しいんだなと改めて感じます。  ただ、プロ物書きの食レポならともかく、素人さんの比率が多いサイトでは挑戦する方がまだまだ少ない(わたし個人の印象)ので、食事の描写が好きな方からすると、こういう作品は嬉しい筈。    個人的には、また挑戦して貰いたいなと思いますけどね。主人公を、老若男女様々変えて書けるようになると、新しい道が開けそうな気がします。険しいとは思いますが。  (「蕎麦っ食い」)

2019-10-14

 こういう雰囲気大好きですね。  色々なことを想わせてくれる詩だなと感じました。そして、コメント欄を読ませて貰って、更に深みが増した感じです。  最初読んだ時、何故か『現在に居る人』を感じなかったんですよ。景色だけがある町、現実とはちょっとずれた感じの町。眺めながら歩くことは出来るんですけど、そこにいる住人とは同じ存在にはなれないんだろうなと思わせられる町。電車を待っているシーンでは、住人のように町に溶け込もうとしている姿に見えましたね。今回は音が消えてるんですけども、多分人間は、五感を全部使って感じることで、ようやく現実の物なんだなって認識できるのかもしれないなーと。  旅って、その土地の住人ではないんですけど、なった気分で歩くのも面白みがあるかも、と思ったりしました。  コメントの過去と未来の話を読んで、なるほど、と。変化の少ない町だからこそ、どんな景色にも時間が積もり、何気ない場所さえ繰り返し擦られ深みのある艶が生まれる。  一連ごとに、読者それぞれの思い出を呼び起こす。そんな風に感じました。全てが、なぜか懐かしいんですよ。そして、最後の無声映画という言葉でしっかりと締める。  良い詩だなーと思いました。個人的には、レインパーカーのふとうめいな透明人間が気に入りました。 (音のない町)

2019-10-14

 あの足音は座敷童か、降ってくる音あずき洗いか。  山越える雲は大入道か、押し寄せる波は海坊主か。  飛んだ布きれ一反木綿か、振り返らぬ犬人面犬か。  明かりの消えた長屋の隅で、恐怖と興味が抱っこすりゃ、  生まれ落ちるモノうらめしや。  お邪魔します。  良かったなーと思ったのが、ファンタジー世界を取り入れなかった事ですね。座敷童を扱っているんですけど、あくまで現実の中に収まっているんですよ。それにより、雰囲気が崩れないまま最後まで進んでいきます。わたしは妖怪なんかを良く書きますけど、ファンタジー要素を組み込むと、何でもありの世界観になってしまうんですよね。世界に締まりが無くなってしまうから、浮いた作品になりやすいです。  ちなみに王道であれば、仲居さんに「そんな子は泊まっていませんよ」と言われるんでしょう。でも、それだと平凡ですから、面白さに欠けます。  夢。今生きている現実は夢かもしれないよと諭すことはどこか宗教じみていて、危険な要素を孕みかねないんですけども、この作品では、夢だからこそ色んな将来を思い描くことが出来るんだと伝えている。子供に夢を持たせやすくする言葉になっていますね。この使い方は上手だなと思いました。この世界は夢かもしれない、このフレーズを前向きな表現として使うのは新鮮でした。  そうですね、フロイトやユングなんかの話が出てきますし、このシーンで主人公の夢に対する考え方を聞いてみたいなと思いました。きっと、一家言あることでしょう。  シリーズ物にするのも面白いかもしれませんよ?  妖怪やお化けに会いたくて旅をする主人公が、妖怪のような人々と出会うお話。ただし、不思議な要素を一切入れずに、あくまで現実に収める。うん、いけるいける、新しい面白さがありそうです。んー、ただ、そうなると普通の小説にしたほうが面白いのかな。  こういう、何気ない日常の一コマを書いて楽しませられるのは、才能だなと思います。 (旅館)

2019-10-14

お邪魔します。 世界が狂っているのか、主人公が狂っているのか判断付きかねる、良い感じの世界観でした。こういう世界を覗いてみたいですね。お土産を買いたいとは思いませんけど、そうですね、絵心があったなら、道行く人々をスケッチしてみたい。写真はダメですね、怒られそうだ。 言葉のリズムが良いのはもちろんですけど、特に気になったのが、正当性です。 文章も世界も人物も、何一つ間違っていないんですよ。どんな世界でもそうですけど、世界を文章で無理に書こうとすると、世界の理屈にほころびが生まれたり、景色のバランスが失われたりするんですけど、それらが全く崩れていないまま、世界が成り立っています。 ただただ、狂っているだけ。罪も無ければ、悪人も居ない。存在している世界を書いているだけ。見ている人が狂っているのか、見られている世界が狂っているのかはわかんないですけど、こういう世界があるんだって事がはっきりと伝わってくる、世界観の描写でした。 きっとこの人は、魔法をかけたかった、それだけなんでしょうね。でも、この人が見えている世界に魔法をかけるのは、わたしたちが見えている世界に魔法をかけるよりも、遙かに難しそうです。むしろ一から世界を作った方が早いレベルかも。 (世界に魔法をかけるには)

2019-10-05

 あ!しまった。アドバイス募集タグが付いてなかったですね。  ごめんなさい、調子に乗って色々書いてしまいました。  申し訳ないです。 (手取り15万)

2019-10-05

 お邪魔します。  ん~、そうですか、感想は付きにくいですか。  わたしは凄く好きなんですよ、この作品。渡辺さんの作品は、何作か読ませて貰いましたが、一番肌に合いましたね。他のが難解すぎるというのもあるのですけども。  シュルレアリスムは詳しくないですけども、わたしは俳句なんかで感じるわびさびの雰囲気を覚えました。何を書くか、何を描写するか、それらを選び出すセンスで勝負する作品かなと。どれだけ読者を世界観へと没入させられるかが肝になるんでしょう。  文章の硬さから男性だろうなと推測できて、台所という単語が独り暮らしを連想させます。切れかけた電球、籠もった湿気、毛玉もどきが生えている着古した下着、人工の観葉植物、冷たいフローリング。これらを意味する言葉から、死を覚悟するほどではないものの、ギリギリで余裕を生み出せない生活ぶりがよく伝わってきます。そして、全部の言葉が冷たさを感じさせるんですよね。唯一温かみのあるものが下着だけというやるせなさ。  わたしが上手いなと思ったのが二連目。  切れるほど灯し続けた電球、安堵を覚えるほどの湿気への馴染み、毛玉もどきが付いてしまうぐらい洗濯を繰り返した下着。直接書かれていませんけども、時間の長さを感じさせてくれます。文章以上の年月を読んでいる気分になれますね。  たしかに、こんな暮らしをしていれば、切れかかった電球から落ちてきた弱々しい光にさえ、温かみを感じてしまう夜を過ごすことになりそうです。数百円の木漏れ日。  うん、いいですね。独り暮らしをしていた頃を思いだします。  最初の5行は、切れかかった電球を描写した物だと読みました。確かに、電球の明かりはとろっとしてるな~と。伸びて細くなる、これは良くわかりました。そう感じられるのは、対比対象のLEDの存在が大きいですね。さばさばした終わり方をするLEDがあってこそ、電球の容姿を見直すことができる。蛍光灯は、力強い感じがしますし、細く伸びるってイメージじゃ無いですからね。  電球そのものがそろそろ無くなりLEDに代わりそう。あのぼんやりした明かりが消えてしまうのは残念ですけど、時代の流れには逆らえないですね。  では、気になった点をいくつか。  5行目、事切れるという言葉を使ってしまうと、そこで終わってしまいますから、この一行は外して、細くなりで終わっても良かったんじゃ無いかなって思いました。手取り十五万の人も電球も、もう少し頑張れそうですからね。最初から死を連想させるのはもったいない。  肌への絶妙な刺激という表現が、丸まった繊維と上手く繋がらなかったですね。もう少し、柔らかさを含んだ表現の方がしっくりくるかもしれません。  最後、故郷で締めたのがちょっと安易かなと。このテーマであれば、恐らく故郷と絡める人も多いと思われますし、個性が出にくいかも。手取り十五万の人の過去を連想させる場所を持ってきた方が良かったかなーと。もっとも、狙いすぎると滑って台無しになるでしょうから、難しいかもしれませんけど。  手取り十五万的な感覚の共有。難しいだろうか。 (手取り15万)

2019-10-05

yamabito さんへ  繰り返しのお読み、ありがとうございます。  詩情が籠もっているのか不安でしたから嬉しいです。何せ、SS・小説形式でしたから、ここに持ってくるのに勇気が要るのです(笑)  ハッピーエンドは、そうですね、大勢に読んで貰おうと思うならハッピーエンドの方が良かったのかもしれません。わたしも小説はハッピーエンドが好きなんですよ、ほんとは。今回のテーマは道理でしたから、無理を通すわけには行かなかった。そこにこだわったから、読者を絞ってしまう反作用が出ているんでしょうね。  んー、明るいのも書きたいですね。 (道理)

2019-10-05

三文字 さんへ  お読みいただきありがとうございます。いいですよね、ハクチウム。わたしもお気に入りです。漢字の白昼夢とは違い、カクカクした結晶っぽく感じられます。  無垢な瓶詰めでは売ってないかもしれませんね。見たこと無いですから。でも、きっと色んな物にくっついてるんだと思います。筆で丁寧に擦り落として白い薬紙に集め、繊細なガラス皿の上に乗せてから熱で炙ると結晶化します。日に翳すとプリズムのようにきらきらとひかりをうずのようにまぜあわせながらながれていって 目が覚めてしまうのです。その頃にはもう、欠片も残っていませんから瓶詰めは難しいかも。  カウントダウンの詩は、わたしも気に入っています。ここに来る前に書いた、『わたしが詩を書くならこう書く』って感じの詩です。芸術としての詩では無くて、日常のポエムなのかもしれません。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-05

 千才の森へようこそ!  と言ってみたかったのです。そう言えば自己紹介をしていなかったなーと。  今、名刺を出せと言われたら、この作品を渡すかもしれません。私のゴチャゴチャした部屋を表したもので、頭の中の思考倉庫を表したものなのかも? 作品用資料、スマホ、時計、食いかけ、窓(実際には近所にツクツクボウシはいなさそうですけどね)、コーヒー、ブログ。  いろは歌の替え玉は、わたしのペンネームを組み込んである、所謂『虎の子』ですね。ただ、単体ではちょっと弱いので混ぜてみました。 渡辺八畳@祝儀敷 さんへ  お読みいただきありがとうございます。一番目に渡辺さんが来られるとは思いませんでしたよ。視覚を刺激するようなのを入れていませんでしたから、興味は無いかもな~と。しかも最後まで読んでいただけたようで、ほっとしています。  小品集で間違いないんだと思います。全体で見れば、わたしの頭の中でしょうか。かごめとイロハは前から大切にしている言葉で、雑草と食いかけはこのサイトにお邪魔するようになってから書けるようになった作品ですね。今までは絶対に書かなかったテーマです。そんなここ数年のわたしの作品集。  フックはですね、個人的にはかなりの量を仕込んだつもりなんですよ。どこにヒットしたのかは、掛けたわたしもわかんないですね。文字数のスムーズさ、次の作品への心構えをしてもらうための『』、読者にストレスを極力与えないようにする順番、同じ感情を続けない工夫、感情を上下に強く揺さぶる工夫、先を予測させない組み方などなど。まあ、自己満足の品です(笑)  わたしの作品は基本的に理屈で仕掛ける書き方ですからね。その書き方が皆さんが書かれるような現代詩的な言葉選びと相性がいまいち。仕方が無い、わたしの目指すのはこっち側ということで。  沙一 さんへ  お読みいただきありがとうございます。  千才の森に迷う、本当は抜け出したくないんですよ。わたしはわたしの色に染まった言の葉の彩りに酔いながら、いつまでも森の中を彷徨っていたいのかもしれません。  自分の綴った言葉を眺めていれば、いつだって白昼夢を見ることが出来るのですから。酩酊、そう! いつもそんな感じで書いてますよ。  そうそう、ハクチウムは白昼夢です(笑) たまにダダ漏れします。  最後はね~、あまり偉そうな終わり方をしたくなかったのもありまして、強制ログアウトを選択しました。まだまだ作品はありますし、本当に終われなくなりますからね。技術力不足ですね。  愉しんでいただけたようで持ってきたかいがありました。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-04

お邪魔します。 ども、向こうではお世話になっております。 分かりやすい文体での小説も書かれて、こういった難解な詩も書けるのは羨ましいです。 内容を読み解くのは難しかったですね、初見ではほとんどわかんなかった。コメントを読みまして、何となく理解できたかなと思います。 詩なのですから、内容をしっかりと読み解けなくても良いのかもしれませんけど、文章が真っ直ぐこちらに向かってくるので、読めないのはもったいない。答えを示すのが詩として正しいかどうかはわたしにはわかんないですけども、個人的にコメントの解説は有難かったですね。 書き表したいから書いたと言うよりは、伝えたいから書いた。そんな印象を受けました。ですから、内容を伏せてわかりにくい言葉を使っていても、それでも伝えたいという気持ちがそのまま文章に乗っかっていて、読む人の方に向かってくる強い力になっている気がします。むしろ、普通の小説で書くよりも力は強くなるのかもしれませんね。文章に破綻が無いのも、目的を持った意思の表れなのかな。 使っている言葉もあっちこっちにぶれないで、一つの文が向かおうとする方向を向いているんですよね。それも強さを増す要因になっている気がします。 作者の一部になっている記憶。 コメントから考えれば、記憶の一欠片のよう。 内容から考えれば、血肉の一部のよう。 余韻から考えれば、歩き続ける動機の一因のよう。 事実から考えれば、無数に重ねられた用紙の一枚のよう。 長い一瞬は確かに存在していて、手にとって日陰で透かして見れば、いつかの誰かが映り込む。 そんな純粋な詩。 詩はこれからも書かれるのでしょうか? 色々書いて貰いたいなーと思いますよ。 (約束)

2019-10-04

お読みいただきありがとうございます。 そうなんですよ、わたしよりも猫の方がセンスがありまして(笑) 本編は忘れてもらって構いません、ただの愚痴みたいなものですからね~。 読みやすさ、というよりも途切れさせないように。このサイトで言うところの可読性でしょうか。この点はかなり気を配ったつもりです。話に大きな意味が無い上に、小難しい漢字や単語を混ぜているので、読みにくくなるだろうなと思いまして。成果に繋がっていたようで良かったです。その辺は小説を書いている人の、特権なのかもしれませんね。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-27

こんにちは、こんばんは。 お読みいただきありがとうございます。 なるほど、『かん』ですか。癌だと確かに、語感も厳つくて強そうですし、漢字も独自性があって難儀な気分にさせられますもんね。一方、『かん』だと軽く扱えそうな気がします。癌もこんな名前をもらったから、頑張っちゃってみんなに悪さをしているのかも? 縁は意外なところから生まれたりするものですね。感謝です。 聴覚、音はなるほど、意識して書いてました。でも、それだと、作中に耳当たりの良い音は無かったかも知れませんね。海苔の缶(わたしも円筒の缶を想像していました)の音、紙、パラパラと溢れる音、紙魚の足音、猫の笑い声…… 今作品はネガティブな思考から生まれたものでしたから、作品が纏う感覚も陰気寄りになっちゃってて、気をしっかりと保っている時じゃ無いと読む気にならないかもしれません。 普段は癌なんて危ない単語は使わないんですけど、みなさん鋭い言葉を扱っているので、わたしも負けないようにと、ちょっと使ってみました。 手の中に収めるサイズ感への比喩というのは、無意識の願望を見られた気がしましたよ。実のところ、わたしの意識では、癌は言葉や思考の事だったんです。意図せず無限に広がり続けるくせに、形のある文章になかなかなってくれない真っ黒いもの。そのうち、生きているから考えるのか、考えるために生きているのかわからなくなりそう。わたしの言葉は制限を掛けておかないと、こうして増え続けますからね。 そういったものを、わたしは手中に収めたがっていたのかもしれません。 缶にかんを還して冠する。カポッ。 かぐや姫壱夜。気に入ってもらえて嬉しいです。ああ、なるほど、お名前がちょっと似てますもんね。ルルは登場人物の中では、明確な肉体を持った存在としてキャラを立たせましたから、お気に入りになりやすい存在なのかもしれません。主人公以外の他のキャラクターは象徴のようにぼやけてますからね。 ただ、ちょっと性的な表現に頼りすぎてるような気もしています。ここは反省しないと。 罠を仕掛けたお化け屋敷、嬉しいですね~! ああ、でも確かに。うん、なるほどですよ。お化け屋敷のお化け達は、意味を持っていませんからね。怖がらせるだけに生み出された存在で、それ以外の存在理由を持っていない。そういう視点で見れば、この作品もその時々に出会った印象や衝撃だけで言葉を選んでるようなものでしたから、大いに似ているところがありますね。全体的に恐ろしさや暗さを持たせていますし。 そして、全体的に知的さを含ませた罠。あー、お返事しているわたしの方がわくわくしてきました←謎 本作品は2度目の読みに耐えられるのだろうか? 特に明確な含みを持たせていないので、内容は浅いんですよね。 書いていて楽しかったし、すらすらと筆を運べたので、もう一度書いてみよう! ジャンルを確立する勢いで何個か書いてみようと思ったんですけどね、全く書けないのです。不思議なぐらい書けない。書こうとすると、普通の小説になってしまうんですよ。あのときは、何かが降りてきたぐらいの勢いがあったからなー…… やっぱり長くなってしまった。 ありがとうございました。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-26

 お邪魔します。  わかるようで、わからないけど、わかるような。そんなもどかしさを感じました。でも、言葉が優しいので、何となくわかった気分になれるのが、この作品の持ち味って気がします。読んだ人に、わかりましたか?って聞くと、みんなが うんうん と頷いちゃうような作風。  折角なので、わたしの感性のままに読んでみます。  愛を愛と言って有り難がるのは人間だけなんじゃないかなって思ってます。で、多分考えたのは男性かな? 多くの生き物は、雄が雌にアピールしますし、人も昔は男性があの手この手で女性を口説こうとしていたんじゃないでしょうか。そんな中、女性に対して、僕の本能を受け取ってくださいと言って嫌われた男性が練りに練って生み出した言葉が愛。もしかしたら。わたしはその頃まだ生まれてなかったのでわかんないですけど。  で、この『愛』って言葉は便利なもので、形が存在しないから愛の意味がどこまでも広がってしまって、今では大抵のことを『愛』で片付けてしまえるようになってしまいました。  そんな広すぎる『愛』の果て。そこにはあらゆる者を抱きかかえすぎた結果、悟りを開いてしまい何も存在していないのかもしれませんね。 >愛の果てのように ぽつねんと  そんな事を思いました。  貯えられる図書館は、まだまだ空きがありそうです。終わりの見えない情報道を走る図書館。なんだか表現を生きがいとする全ての物書きを指してるように読めました。  トンビが「おお、人間よ(訳 万葉)」と人を探している。この感性には脱帽ですね。巻き舌で、とか、トンビのくせに可愛いか。あれだけ高い場所を飛んでいても見つけられないのは、探し人は紫の中に紛れてしまったかな? たしかに、人捜しのためだけに言葉を身につけたトンビからすれば、ただの点は、どんな名前で呼ばれるんでしょうね。  そんなわけで、点の獣の登場です。闇の獣もこれまた可愛いですね。舌っ足らずなんじゃないかと思う鳴き声も、見た目からは想像できない鋭い爪も、丸まって点になっちゃった外見も、全てがチャーム。でも、チャームポイントは他者を惹き付ける点であって、他人が居ないと教えてもらえない。自分じゃなかなか気が付かないものなのかもしれません。  なんて感じで書いていると、終わりそうにないので、端折っていきます。  全体を通して読むと、嫌なことがあり、むしゃくしゃして言葉遊びと連想ゲームをしていたら、誰かに優しくしている人を見つけて心が穏やかになり、また先へと進めるようになった。そんな詩の様に感じました。  言葉遊びと連想ゲーム、これが作品の骨格になっているように読めたんですよね。優しく、やわらかくて、前向きになれる詩。作品の雰囲気や言葉選びが、良い感じに好みなんですよ。柔らかい。  全ての連に遊びが入っていて、ほわほわとした流れなんですけど、でも最後にはちゃんと大切なことを伝えてくれる。  3連目。一転、広い視界と描写力を試されそうな情景、これは確かに疲れそう。でも、猫写をしてしまう性。個人的には猫写(びょうしゃ)より猫写(ねこうつし)の方が好みかも? 何となくですけどね。  やさしみのおさかな。指でツンツンしたくなるほど、柔らかそう。  平仮名の使い方が手慣れていて、読んでいてほっとしますね。角が取れるってこういうことなんだなと。最後では、何となくばらばらになっていた自分自身を受け入れて結び直せるようになった途端、本来の姿を取り戻した感じが伝わってきて、読後感も楽しさがメインで残ってる、良かったです。  あー、コメントがごちゃごちゃしてしまいました。  やさしみを撫でているような感覚になれる作品でした まる    (ciao ちゃあみんぐ)

2019-09-10

お読みいただきありがとうございます。 まずは、半分の羊でのコメントへのお返事ありがとうございました。面白かったとのことで、良かったなーと。まあ、作品のジャンルがどうこうよりも、一緒に創作された事が楽しかったんだろうなと想像していますけどね。 詩は連詩という文化があるのがいいですね。最初の2連は、別々に書かれたんだなっていうのはわかったんですよ。言葉の選び方が違いましたから。ただ、その2つを最初に置いたことで、『この作品に含まれている雰囲気はここからここまでありますよ』という範囲を示す役割を果たしていたから、作中の細かな色の違いも範囲内と感じられたのかもしれません。 詩のスランプは、深そうだ。小説はテンプレートがあるので、形だけは書けますからね。  都々逸を書いてみて気が付いたんですけど、狙って書くのはいまいちですね。頭の中がしゃれっ気で溢れてる人が、ふとした拍子に浮かぶ、そんな感じに生まれる都々逸の方が、上手く出来そうです。狙うと頭でっかちな出来上がりになっちゃいますし。そもそもの話、都々逸は韻を踏む必要って無くて、全くのわたしの趣味だったりします。  何個か書きましたけど、良さそうなのは豚骨鶏ガラぐらいで、他は自分でもまだまだだなーと思います。有名所の都々逸って、的のど真ん中をスコーンと打ち抜いてくる感じが魅力なんですよね。狙うのは難しい。  そう考えると、たしかに酔った勢いで生んでしまうぐらいが丁度良いのかも?   俳句は言葉に代えられない感情を、短歌は相手を思いやる心を歌っているのが多い気がしますけど、どうなんでしょうね。わたしはこんなペンネームを使ってますけど、俳句も短歌も苦手でして(笑) 万葉も、まようと読んで、迷うの意味を含ませたものですから。でも、いつかは短歌とか綴れるようになりたいですね。  初春、令月の空は和らぐ蕾の奥に控えて、薄く、遙かに伸びていた。……意訳を書き換えられるようになっても仕方が無いのです。  あ、題名の英語は適当に並べただけです、すみません。LEDが先に思い浮かんでしまって、これは使えそうだと粘った結果、引っ張られる形になってしまいました。  そうですよね、明るいものを明るいと書いても詩ではなさそう。さて、どう書きましょうかね。  ありがとうございました。  (『Little Eggs Dodo it’s 飛べぬのろまの 歌うたい』)

2019-09-10

 お邪魔します。  いや、すいません。色々と評したかったんですけど、下の変なのを書いたら体力が尽きてしまいました。  なんとなく、こんな感じのが続きに来るじゃないのかな、むしろ来て欲しいなと思ったんですよ。階が夏で終わるとは思えなくて。わたしが書いたのは答えをはっきり示しちゃってるので、詩としての面白みに欠けますし、むしろ小説に近いです。  ああ、これだけは。  最後の3行1連に、凄く強い言霊を感じたんですよ。まとめの連だからとか、そういうのじゃなくて、文章そのものに深みを宿した力を感じました。いい詩だな~浸れるな~と思いました。  ただ、その強すぎた力が他の連を存在感を打ち消しちゃったのかも、とか。多分、期待なんでしょうね。この連を綴れるのなら、他の連ももっと深みのある文章にできるはず、みたいな。全体的な雰囲気・方向性は、めっちゃ好みなんですよ。好みじゃなければ、コメントに力を込めようとは思いませんからね~。  一つの枝に次々と実を付けるトマトは、幹に近い方から熟れる。  すぐ隣で真っ赤に成長していく兄弟を眺めながら、憧れながら、  追いつけ追い越せの心意気で、陽の光を浴びようと頑張るのだ。  隣にぶら下がる兄が頭の先まで真っ赤に色づき、食べ頃を迎えた。  それはそれは美しい、あの太陽さえ及ばないほど輝いているように見えて、僕は羨望の眼差しを送らずには居られない。。  ああいう風に生りたい。早く熟れてくれ、僕の体。あれほど、綺麗な容姿を保ち見事に色づいたのなら、人間達に持て囃されて、店先でも他の先輩とは一線を画して並べられるに違いない。賞賛する歌に囲まれながら高々と太郎トマトの名を掲げる兄の姿を、はっきりと思い描いていた。  その兄が、その兄が。誰にも気が付かれないまま、落下した。  (中略)  鴉が、不吉な色を纏い不気味な声を上げる、不浄から使わされた不穏な使者が降りて、その凶嘴が、あろう事か兄の、真っ赤な名残だけをこの世に残していた兄の体を貫いたのだ。  なんと言うことを! 兄がどういう存在なのかわかっていてそんな真似をしているのか!?  (中略)  急いで登り詰めなければ。  太郎トマトの名を冠する僕らが、このまま終わるわけには行かない。兄が落ちたなら、今度は僕が代わりに。  春の遅くに地を蹴って、夏の階を駆け上がりここまで来たんだ。何故兄が落ちてしまったのかはわからない。おそらくは、階を登り終える後一歩の所で踏み外したんだろう。兄が踏み外した階を、僕が代わりに登り詰めてみせる。  暑さが最高潮に達した日、駆け上がっていった僕の足がぴたりと止まった。本能が危険を感じ取ったのだ。足の裏が、踏み出した足の裏に感じる感触が明らかに夏ではなかった。  知らない。僕はこんな季節を知らない。  次の一歩を登ったら、間違いなく、階は崩れる。崩れてしまうと言う確信があった。今まで積み上げてきた全ての物が、崩れる。  いや、そんな筈はない。まだ先の高みがある筈なんだ。あの兄でさえ到達できなかった夏の先、未だ見ぬ高みがある……なければならない。無かったら、僕らは何のために登ってきたのかわからないじゃないか。  カァァァァァァ  背中に ぞくり と悪寒が走る。すでに狙っているのか? どこだ? どこにいる? 僕が地面に落っこちるその瞬間を、物陰から狙っているのか、あの不埒者は!  しかし、踏み出した足は固まった。この道は一本道で、近道なんか無いんだ。でも、次の一歩を踏み出せば、必ず地面に落ちる。落ちてしまえば、醜くひしゃげ、僕が何者だったのかさえ思い出してもらえない芥と化す。そして、どこまでも真っ黒な鴉が私の体をついばむのだろう。恐ろしかった。そんな者に変わってしまう事が、恐ろしくてならなかった。 (中略)  弟よ。  私の血を分けた弟よ。  私の体は鴉の腹へと飲み込まれ、数粒の種だけが地面に残った。残りの数十粒も、いづれ鴉の腹から這い出てくるだろう。どうだ、醜いだろう? 失望しただろう? あんなに赤々と実った私の体は、もう存在しない。  だが、これが私の望んだ姿。弟よ、お前に私の真意が伝わるか?  移り変わる季節を恐れ、夏の幻にしがみついていれば、いずれ人間がやってきて、美しく実ったお前を大切にもぎ取ってゆくだろう。ああ、お前は私とよく似ているから、きっと皆から賞賛されて、持て囃されながらその一生を終えるだろう。  だが、わたしは夏の階を越えた。その先にある一段は、登った瞬間に崩れ落ちることを知っていて、それでも私は登ったのだ。  お前は私とよく似ている。  知りたくはないか? この先にある季節を。そして、季節が一回りした時の私達の姿を。この先には、まだ、私達の物語が続いているんだ。醜い姿を晒し、凍える季節を耐えた先で黄色の風が、眠り続けた私達の物語の頁をめくってくれるだろう。  落ちてこい、弟よ。  自らの意思で夏を越えろ。  喰われてしまえ、弟よ。  お前は大樹に成れる者。 (後略)  いや、ほんと、勝手に書いて申し訳ないです。やっちまった感。  お邪魔しました。 (夏の階に立ち)

2019-09-09

お読みいただきありがとうございます。 そう、おっしゃっていただけると有難いですね。前回が難解な作品でしたから、今回は小難しさを排除して、調子に乗せて気楽に読めるのをと思い、こんな作風にしてみました。どどいつの妙よりも、言葉遊びに傾いてしまいましたけども。 子供の頃以来、浴衣を着る機会も踊る機会も無くなってしまいました。 どどいつどいつ、どどいつどいどい。この合いの手は、実際に言われてたそう。どんな感じかわからなかったのでアレンジしてみました。 都々逸については、以前俳句を投稿されている方がいらっしゃったので、都々逸でも大丈夫だろうと持ってきてみましたけど、どうでしょうね。 初めて都々逸を書いてみたんですけど、書くに当たって色々と調べてみたんですよ。ルールとかあって驚きました。7775がリズムですけど、言葉の内訳としては、34.43.34.5が基本らしくて、1番目と3番目の34は44としても良いんですけど、2番目と4番目は字余りさせてはいけないとか。 詩作は、明るい詩を書いてみたいなと思っているところです。でも、暗くなるんだろうな~。明るい詩を書ける人は明るい人でしょうから、きっと詩としてではなくて歌詞として、歌を発表するんじゃないかなって思ったり。 ありがとうございました。 (『Little Eggs Dodo it’s 飛べぬのろまの 歌うたい』)

2019-09-09

 水は幽を生む生き物だ。  真っさらな水鏡だけが、一滴が内包している世界を映し出せる。  無数に重なる波紋として、意識の全てを惹き付ける水音として。  潤ってみたいと思わせる透明な色として。  全ては一滴から始まるのだ。  彼女が透明な森へ足を踏み入れた時に生まれて広がった濃緑の世界を、私はひたすら追いかけた。 (最初の2連からのイメージ。どこか水をような清らかさを感じました)  自作をちょっと書いてまして、コメントを書いて回るのはもう少し後からにしようと考えていたんですけども、すごく好みの作風を見かけてしまいコメントを書かずにはいられませんでした。  真っ先に聞いてみたいことがあるんですよ。この作品を書くのは面白かったですか? それとも苦しかったですか?   こういう作風を好む方はもっといらっしゃるとは思うんですよ。書くにしろ読むにしろ。  あくまでわたしの見方ですけど、この作品、内容は小説寄りで文面は詩に寄ってるように感じられました。共作との事でしたから、詩の趣を乗せつつ、相手に内容が伝わるよう書かれた感じを受けます。物語がわかりやすかったです。交互に書かれたのかな? それとも一緒に構想を練って書かれたのかな? いずれにしろ、綺麗に纏まっていて共作の悪いところ(継ぎ接ぎ感)の見えない仕上がりになっているように感じます。  わたしなりの批評ですけども。  全体的な物語の流れとしては、そこまで目新しさはないんですけども、主従の関係性にオリジナリティがあって良かったなと思いました。短編として良く纏まっていると思いましたね。わたしなら、このサイズで最後まで書き切るのは無理ですから、羨ましい技術です。  やっぱり、詩的な表現が効いてます。もっと、濃く入れてもいいなーと思うぐらいですね。ああ、物語に色が付きすぎて表現が呑まれるよりも、ちゃんと、言葉にも雰囲気にも浸れるこのぐらいの安定感のあるシナリオの方がいいのかもしれません。  詩と小説の合いの子は、この加減が難しい。内容にわくわくしすぎて先を読み進めたいと思うと、目を止めさせる詩の表現が鬱陶しくなりますし(小説書きが詩的な表現を敬遠する理由はこれでしょうね)、かといって乾燥した文章だけじゃ、面白みに欠ける。  表現は、さすが詩を書かれる方だなーと。 『八分休符の椅子に腰かけて』この言葉がもの凄く好み。 『姫空木の迷宮』すごく素敵な情景です。迷いたくなりますね。 『葉を落とした裸木のように、おたがいにありのまま、心をうちあけられたらいいのに』物語があるからこそ効果を増す文章なんじゃないかなって思いました。  まあ、好みの表現を挙げていたらきりが無いんですけどね。一番良かったのは、素直で純朴な優しい物語に合わせて表現や言葉の色、香り、雰囲気を揃えていることだと思います。敢えて変える方もいらっしゃいますし、その威力もわかりますけど、わたしは揃えた方が美しいと思いますし。  一方で、わたしの好みとはズレがあり、書き換えたい!と思う表現ももちろんあります。会話の多さは好き嫌いが分かれそうだなとも。好みはそれぞれ違いますからね。こればっかりは仕方が無い。ちょっと指摘したいところもありますけど、アドバイスタグが付いていませんし、共作でしたら指摘されても直すのが難しいでしょうから控えておきます。  大切に取ってある少年との記憶を、『記憶の断面からあふれる蜜』と、どこか艶めかしい表現で捕らえて囲っているこの女性も素敵だなと思います。とか書いていると、コメントが終わらないので、この辺りで。  なんだか新しい刺激を受けた作品でした。 (半分の羊)

2019-09-09

お読みいただきありがとうございます! こんなに訳のわかんない文章を、深く掘り下げてもらって嬉しさの極みですよ。凄い。1作品目と2作品目は完全に別物で、2作品目を書き終えてから、1作品目を書きました。本当は猫が書いた2作品目だけでも良いんですけど、現代詩という不可解なものを書こうとした時の、混乱具合を伝えてみたくて1作品目を加えてみました。 あのとき、わたしは『現代詩を書こうとする人』を演じていたんですよ、多分。その時に内外から受けとった感覚を、そのまま書き記した作品です。これほど、深く読み解いてもらえたので、わたしも自作を読み解いてみましょう。自作を読み解くって変な言葉ですけどね、わたしも理解が追いつく前に書いちゃったので。 ふじりゅうさんのコメントを頂く、というより吸収する。他者の作品の読み方とそこから綴られた言葉達を、作者のわたしが吸収するのです。そうすると、わたしに目が生まれます。新しく浮き出てきた視点と、元々描かれていた線を繋いで、新たな像を描き出す。それは、1人では決して探し出すことの出来なかった焦点であり、新焦点に集めた思考の光が広がった先に創り出すのは間違いなく実像。  この男は普段に過ごす生活の中で、現代詩を書こうとしたのだろう。しかし、男は現代詩という物がわからない。詩を書くのであれば罫線の引かれた紙を用意するのだろうが、現代詩なるものがどんな姿をしているのか予想できない状態では、何も書かれていない白紙を用意した方がいいだろうと、考えたようだ。  色の付いていない白紙の白は、あらゆる色を混ぜ合わせて生まれる太陽の白色とは違って見える。そう感じた男は、この色が褪せる前にと急ぎ、考えも無しに、真っ黒な癌を紙に溢していった。だらだらと、溢した。現代詩を書くのに癌を使った理由は、現代詩では鋭い姿の言葉が好まれるという調査の結果を受けての事、そして恐らく、癌の無限に増える性質を利用すれば自らが何もしなくとも詩が形作られるだろう、そんな安易な考えからによるものではないだろうか。男は脳内で増殖を果たした癌を用いたのか、それとも、社会の隅に巣くう癌を集めてきたのか。それはまだわからない。  癌を蹴散らすほど乱暴な紙魚、いったい男は何を見たのだろうか。だが、その紙魚なる生物的な何かによって、男の浅はかな望みを潰えさせられたのは事実なのだろう。銅より銅を感じさせる色のふてぶてしい生物(こちらは間違いなく生命体かと思われる)にさえ小馬鹿にされるほど、もくろみは木っ端微塵に潰えた。現代詩は自然と生まれる物ではなかったのだ。  男は最近弁当を作っているらしい。現代詩が何かを知らない男は、料理をする際に使われるの技法で現代詩を書こうとしていた可能性がある。当然だが、失敗している。詩をグリルで焼いても現代詩にはならない。焦げるだけだ。ここで、癌の生態が少しだけ明かされた。本当の白紙、白の上に載りたがる癌。何の色も付いていない紙の白、それに対して空白時間を埋めてしまう明日は色が付きすぎているのかもしれない。詰め込まれた情報が多すぎるのだろう。社会の荒波生まれの癌であれば、明日に存在する情報量程度で嫌がることもないだろう。ここから推測するに、癌は男の花舞う脳内でぬくぬくと育った世間知らずな黒の可能性が高い。  結局男はやめた。作りかけで、やめた。白紙の白も弄っていた癌の黒も、全て元の海苔の缶へと放り、さらには名前を偽装した。現代詩の出来損ないとは書かずに、クッキーと書いた。無かったことにした。平等という言葉を使えば、確かに正しい行いの様にも聞こえるが、男に必要なのは平等ではない。言い訳のようにも感じられる。  海への落下。大きな何かに呑まれていく描写。前述した癌の生体を思い出してほしい。癌は脳内で増殖していたもので、男の予想では、癌が行列や隊列を作りどんどん溢れていくはずだった。しかし、溢さないままやめてしまった。やめたのは男の都合で癌の都合ではないだろう。知らずに増殖を繰り返す癌。もしかすると、この海の正体は……  喉を鰓にしたいと嘯く。身体の器官を別の物に変える、環境に因る進化だ。しかも、男は肺を持ったまま酸素を取り込む器官だけを変えたいという。本来であれば人間は海の中では生きられない。だが、男にとって海の心地は良かったらしい。進化をしてまでもそこに居たいと思わせるほど、居心地が良かったようだ。肺を持たずに海中で生きていく術もあったろうが、男は酸素を取り込みながら、このどろどろとした海中を自由に泳ぎ回る『鰓を持った生き物』に成ろうとした。  その生き物は海苔の缶を開けられるのだろうか? 白紙に表現することを諦め、悩むことを忘れ、唯々この海を泳ぎ回るだけの生き物に成ろうとした。それは、男ではなくなること、男の死。強がってみせる男、困難を楽しんでいる風の男、大口の啖呵を切ってこれが自分の道なのだと吠える男。だが、死だ。  それでも。  幸せなのかもしれない。  自由なのかもしれない。  解放なのかもしれない。  海の姿をしたモノに呑まれてしまうことは。  いつもの猫に釣り上げられた。やっぱり男には陸上が合っているように見える。 個人的には、こんな感じでわかるように書く方が好みかも。 今回はふじりゅうさんのコメントを頂いて書きましたけど、他の方のコメントを吸収すれば、きっと別のコメントが生まれるはずです。可能性は黒の数だけあるのでしょう。こういう思考実験は楽しいですね~。 ありがとうございました。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-07

たまに、コメントが反映されないまま、コメント数がカウントされる時がありますね。わたしのPCのせいかな?コピーペーストするとなりやすいかも。 お読みいただきありがとうございます。 あ、散文の書き方は苦手ですか? わたしには詩が難しすぎますし。みんな得手不得手ってありますよね。 読む度に感想が変わるのは、わたしもそうです。だって猫が書いたんですから、わたしには理解しがたいのです、とか言って逃げてみる(笑) その時々で感想が変わるという感覚は凄くわかります。個人的には、答えは一つの方がありがたいんですけど、全然定まらない感想に翻弄される楽しさも何となくわかってきたところですよ。 運び屋は気に入ってるんですけど、猫を使ったのは安直だったかなと。人気取りの為に猫を持ってきたようにも読めちゃいますし。馬とか、ゲンゴロウ鮒とか。『頭蓋が書いた詩、わたしが運ぶ詩』なんてのも面白かったかも? 猿の話は聞いたことがありますね。わたしの文章が書ける動物が居たら、こき使えるのに。 そうなんですよね、こういう作品を楽しんで読んでくださる方もいらっしゃるんですよね。書くのは楽しかったし、自作なので読んでいても楽しいんですけど、他者が書いたこの手のジャンルを楽しく読めるかと言ったら、わたしはどうなんだろう。 どの読者層に的を絞るのか。範囲を広く取るか、深みを取るか。色々試してみたいです。 ありがとうございました。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-03

こんばんはです。 お読みいただきありがとうございます。前の作品のいくつかも読んでいただいたようで、重ねてお礼申し上げます。 本作品、このサイトに上げさせてもらった作品達どころではなく、今まで書いた全ての作品をひっくるめても、2番目に挑戦的な作品となりましたよ。こんなに意味の通らない文章を書いたのは初めてですね(笑) 挑戦してみないとわからない事、というのは確かに在って。書くのは思った以上に楽しかったです。読者にほとんど配慮をしない、書きたいことを書く自由、これは確かに癖になりそうな感覚でした。一応、自分なりの制限を設けて、意味は通じなくてもぎりぎり読めるようには仕上げたつもりです。 ただ、書きながら、こんな訳のわからない作品を書くことに何の意味があるのだろうかと自問していましたね。読む人は居るのだろうか?と。楽しかったので書き切ることが出来ましたけども。不思議な感覚でした。 下書きをこんな風に書いて、ここから小説を起こすのも面白そうだなと考えてます。不思議な小説が生まれそう。 この程度のクオリティであれば、読者への配慮を欠いている分、そんなに難しくないかなと思うんですけども、極めようとすると相当精神をやられそうですね。 前作での藤 一紀さんのご指摘を受けて一気に書き上げた作品でした。良い機会をいただけて感謝です。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-02

お邪魔します。 遠く近くの豊かな自然の情景を、温かみのある色彩で描いた西洋絵画を眺めている気分になれる作品でした。わたしは描写が好きでして。『斜方形が紺のシルクを絡めて』『透明な手が風を解き放つ』この表現が素敵だなと。 牧歌的で平和な暮らしをもたらしてくれる日々への感謝。そこかしこに神秘的な気配を感じさせる景色。 そんなイメージを持った作品でした。 穏やかになれる作品でした。 (訪問者)

2019-09-01

お邪魔します。 高揚感に沸き立つ戦場でもなく、世界の傾きを変える場所でもない、自室からこの作品を読むと、『君』は世界の大きすぎる包容力に殺されてしまったんじゃないかなと思える詩でした。 詩の初心者の私は、まだまだコメントの解説を読まないと真意を掴みきれない作品が多いです。戦争を肯定も否定もしないのは、人間よりも不定形の世界その物の価値観に近いんじゃないかなとコメントを読みながら考えてました。 わたしはどちらかと言えば、文章作品を読む時は主人公に感情移入しながら読むタイプでして。そうすると終始晴れない虚しさを抱えている語り手の心情に呑まれ、反戦的というか、戦争へと向かわせる高揚感に対して反感を覚える作品でしょうか。個人的には。まあ、わたしのような変わり者の読者でさえ、作品は否定しないんじゃないかなと思わせるところが作品の持つ深みなのでしょうね。 時に、広すぎる世界を恨みたくなる。みんながみんなの行動を視界に収められる程度の世界ならば、きっと醜い争いも、出し抜こうとする競争もなかっただろう。 時に、広すぎる世界に感謝したくなる。個人を見ている目の数などたかがしれている世界では、自分を縛り付ける鎖の重さに信条を制限されることなどないのだから。 どちらも同じ世界なんだなと。 うん、多分読み違えているとは思いますけども、世界の包容力と人間が抱え込めるものの大きさの差を見せつけられるような作品でした。答えの示されていない作品は、読んだ後、無心となって作品世界に浸れますね。 (君が死んだのは果たして本当に君のせいなのか)

2019-09-01

お読みいただきありがとうございます。 難解ですよねー。わたしも自身で解説しろと言われたら、辞書を身代わりに置いて逃げ出しますもん。 前回の作品で、文章のイメージのしやすさが逆に詩としての欠点になっているとの評をいただきまして。あえてわかりにくい、ぶっちゃけ意味の成さない直感的な言葉を組み込んでみました。ただ、これが正しい改善方法なのかはわかりませんけども。どういう方向性に持って行くのが正解なのかがまだ掴めていませんね。 書いていて楽しかったのが一番の発見でした。 ポイントありがとうございました。 (猫が書いた詩、わたしが運ぶ詩 (おまけ付き))

2019-09-01

お邪魔に来ました。 どんな形であれ、独特な自分の世界を持っている人は面白い気がします。近寄らなければ(笑) 小説なんかでは、こういう人物を敵対する組織のトップに据えると、主人公の理屈が相手に全く通らない為、話がやたらとこんがらがって面白いんですよね。でも、最終決戦直前に裏ボスに消されちゃうタイプかな。 ブログの内容ですけど、色々な方面を風刺しているんじゃないかと勘ぐれたのが面白かったです。作者さんにそういう意図はなかったらごめんなさい。また、話の視点があちこちにぶれているのも、逆に人間味があって良かったかなーと。 腐った理論を垂れ流す人をネタに書きたいという目的ならば、十分に成功しているんじゃないでしょうか。ただ、それだけを武器に読者の興味を引けるかとなると難しい気がしました。そうですね、芯。個人的には、一番表現したいところがどこにあったのかを読み取りにくいのがネックになっているのかなと感じましたね。こういう人物をネタにして『   』を表現する、この空欄が欲しいかも。まあ、目的のはっきりとした作品を読みたいという、わたしの好みの話ですけどね。 この作品で一番興味を引かれたのが、上下に付いた広告なんですよ。これを組み込もうと思う発想が凄く好きですね。普通であれば、そこは書かないじゃないですか。 ブログ本編と広告の関係の薄さや温度差が、妙にツボに入るんですよ。持論というか、自分の生きている世界を熱く語った内容を一瞬にして冷ましてしまう、広告の『いつも通り』感。個人の世界観なんて誰も関心を持っていないと言わんばかりの通常運転広告。これは使えそう。 ブログの内容をもっと熱く語らせて、数行ごとに本編と一切関係のない様々な業種の広告を挟み込む。本人の思惑とは無関係に壊れていく雰囲気。そんな表現も一つの手かなと。言葉に表せない虚しさ。あー、でも過去に使われていそう。 あらためて。盲信者を産み出せる宗教って怖いですね。 (【DER4】 偉大なる恋愛論者のブログ )

2019-08-30

お読みいただきありがとうございます。 本題の前に。コメントの文章ですけど、伝えたい目的に向かって整然と言葉が連なっている様子が格好いいですね。こういう文章を書けるのは羨ましい。 ご指摘の、詩である条件について。これがですね~、わたしにとっては難易度が高くて。 確かに、世の中に溢れかえっている言葉は、そのほとんどが耳当たりの良いリズムや表現に加工されていますから。それらを『詩』とは言えないでしょうし、詩の条件でもないとわたしも思います。 ただ、作品の流れを汲めば本来入るはずのない言葉をあえて差し込むなどして、言葉の次元を変化させることが詩の条件というのはどうだろうか? と、ちょっと前のわたしなら答えたと思いますけどね。 現代詩を色々調べたところ、そういう違和感というか不思議さを味わうのが現代詩の特徴の1つ、と載っていまして。なるほど~と。言葉の次元の違いを楽しむ、その感覚は理解できますし、読むのは楽しいんですけど、わたしは正直書く気はないかな。現代詩を拒否するようで申し訳ないんですけどね。刺激が強いですから読むのは楽しいんですけども。 わたしの創作におけるこだわりに、作品の雰囲気を整えるというというのがありまして。雰囲気を崩すような言葉、単語を極力入れたくないんですよ。不思議な雰囲気の言葉を書く時は、世界観そのものを不思議な色に仕上げますし。うーん、折角積み上げた形を崩すのがもったいないんですよね。甘い考えかもしれませんけど。 もちろん、筆力があれば作品の雰囲気を変えないまま、言葉の次元を捻ることも出来るんでしょうけど、わたしにはまだまだ難しそう。実は、今作品では普段使わないような言葉もちょくちょく差し込んではいるんです。でも、様々な言葉に触れてきた方からすれば、『普通の言葉』の枠から抜け出せていないんだろうなと引き出しの無さを痛感しています。 「!???」これの作り方。 そんなわけで、「!???」を感じさせる言葉や単語を直接差し込むことを嫌うわたしが詩を書くならば。文章から組み上がっていく情景や情感、世界観で「!???」を作る、これしかないかな。 言葉では書き表せないはずの森羅万象、登場人物にすら表現しきれない思想詩情、他人からでは手に入れられないものを書ければ、文章からイメージを起こした瞬間、読者の心の中で鮮明に描き出される世界に「!???」という感動が生まれるんじゃないでしょうか。おお!?自分で書いておいて大それた事を言ってしまったと「!???」ってなってます(笑) 狙うなら、そういう作品かな。きっと、それは詩と呼べる物になると……今のところは思っています。 でも、まあ。言葉や単語で摩擦を生み出し読者の心に火を付ける手法も、得られるのなら身につけておきたいですけどね。食わず嫌いは損しますから、挑戦はしてみようかな。 ありがとうございました。 (星を抱き、酒精に口づけ。 )

2019-08-27

お読みいただきありがとうございます。 いえいえ、運営お疲れ様ですね。運営を担っている方が表に出てくるのは、やっぱり何だか新鮮みを感じます。有難い事だな~と思いますよ。 ビックリするような良い評価をいただき恐縮です。アルファベットがですねー、他のサイトに上げるのなら普通に数字で書いてるんですよ。このサイトの方々、と言うよりも詩というジャンルのせいかもしれませんが、ページ上にある全ての文字を作品として読まれますからね。空白さえ評価対象になり得ますし。そんなわけで、本編の邪魔をせず、なおかつ記号として存在感を示そうと気を配ってみました。 表現の文章を褒められるのは素直に嬉しいですね。むしろ、それ以外に見所がないような作品なので。でも、好みは分かれるんでしょう。読者によっては鼻につく表現なんだろうなーとか思っています。 さらりと書けているように感じてもらえたようで良かったです。結構、時間も手直しもしているんですよ、今作品。辞書を引いたり。言葉は難しいです。 それで、書いていて感じたんですけども、考えて書いては直してを繰り返しているうちに難しい変化のある言葉も手に馴染んでくるんですよね。スムーズに扱えるようになる。その結果として、さらっとした感触が生まれたのかもしれません。 最後のオチは、元々がここスタートだったんですよ。この後に、普通の小説を続ける予定をしていました。詩の出落ちを付ける感じですね。まあ、この作品が冒頭にしてはくどすぎたので没にしたんですけども。 オチは入れようかどうか迷ったんですけどね。それまでの雰囲気を全て捨てることになるので、好みが分かれそうだなと。それでも、書かないと話が締まらないと思って。気に入っていただけて良かったです。 ありがとうございました。 (星を抱き、酒精に口づけ。 )

2019-08-26

 お邪魔します。  命の期限、リミット。こう書くと、寿命と書くよりも無情で無機質な感じを受けますね。でも、色が付いていない分、自分で色を付けられる。寿の文字は幸せという強い意味を含みますから、迎えただけで幸せだったんだと感じてしまうけれど、実際そんなことは無いんでしょう。だから、みんな一生懸命生きようとするのかもしれません。  終わりまでの道のりを改めて考える詩、終わりがあるからこそ前向きに頑張ろうとする姿は格好いいですね。精一杯生きるためにリミットを知りたい、そんな考え方もあるのかとちょっと驚きました。来るな来るなと逃げるより断然格好いいです。  そして、それを強調するわけでも無く、強要もしないで、ふとした日常の中で考えてるテイストにしているのも、いいなーと感じました。 (いのち)

2019-08-15

月隠緯檻さん こんにちは。お読みいただきありがとうございます。 コメントは付かなさそうだなと、半ば諦めてました(笑) オチを付けたのが悪かったか。 タイトルは完全にわたしの好みで書いたので、どうかなーと思ってましたけど、目を引けたのなら良かったです。 aはわたしも気に入っている部分ですね~。言葉遊び重視で、深い意味とか無いんですけど、こういうのは書いていて楽しいです。 こちらこそ、ありがとうございました。 (星を抱き、酒精に口づけ。 )

2019-08-15

くどい…… 久しぶりにこんなくどい文章を書きました。 a=詩 b=詩的比喩? c=詩的描写? d=詩のような言い回しをするキャラクターが出てくる小説 e=小説(オチ) 意識しながら書いたわけでは無いんですけども。結果として、そんな区別になりました。 (星を抱き、酒精に口づけ。 )

2019-08-13

お邪魔に来ました。 ああ! コメントを読ませてもらってようやく気が付きました。こういう作品をアクロスティックって言うんですね。なるほど。面白いですね~。 平仮名綴りも読めてしまいました(笑) 北の言葉かな。 夏の夜風に当てられたかのような、しんみりする詩ですね。夜の風は、どこか遠くだったり、離れた誰かだったり、もしくは自分の内面の深い場所だったり。普段意識しないところを想わせる不思議な力を持ってるような気がしますね。 あまり綺麗に書いてしまうと、心情を吐露する感じが薄れてしまいますし、かといってダダ漏れみたいな書き方では作品として読みにくくなってしまう。この手の作品は難しいですね。 泣く子はいねがー。海外では虐待だと批難されたりするみたいですね。まあ、今とは時代背景が違いますし気候も違うでしょうから、やむを得ないかも。今は文化として残ってるだけですし。 泣くのが正しい子供の姿なのかもしれませんね。 そうそう、くろんどさんって何でしたっけ? どこかで聞いたような。 一連目が好きですね。頭文字を整えながらこれを書けるのは凄いなと思いますよ。 星への想いが溢れてる感じが伝わってきます。星と言っても、実際の星では無くて、幻を感じさせる創作に見る星。 >んんって頭捻っても この描写がいいですね。難儀している様子が伝わってきます。所々に言葉遊びもちりばめられていて、頬が緩むような楽しみも感じます。でも、しんみり。 夜の深みに沈んでも、やっぱり朝日は昇るんだ。 そしたら、また前を向かなきゃいけないんだろうなー。 (かきさらし)

2019-08-12

 お邪魔します。  わたしの知識では、並ぶ言葉たちが何の隠喩なのかさえわからないほど難解な作品でした。それでも、読みやすく書かれているので表面的なところは読めるんですよ。  行の作りが魅力的で、非常にわかりやすく区切られていますね。ここまで丁寧に書かれているのに、なんの答えも見いだせないのは、なんだか情けないので、わたしなりに読み解いてみました。  もっとも、解こうとしてはいけない種類の作品なのかもしれませんけどね。  鯉は出世と相性が良いので出世の事かな。城ヶ崎さんはわたしの知り合いにはいないんですけど、なんだか格式の高そうな家柄に思います。偏見かもしれませんけど。  そう考えると、出世は縁が無かったが、代わりに令嬢を手に入れたというふうにも読めますね。  目移りの激しかった相手も一途に変わってくれた。彼女との関係は安定している。  流動的な株価の変動はもう先が読めなくなり、固定資産の価値が上がる昨今。会社の業績は浮き沈みが激しく、一方が浮き上がれば必ず反対側は下がる。この情勢では、いつどうなるかわからない役職を得るよりも、良い縁談を得た方が吉と言えよう。  安定的な家庭を築いていれば、ゆくゆくは、この船の舵はわたしが操ることになる……と思う。  わたしが読むとこんな解釈になりました。  うーん。こう読み解いて楽しみました、と言った方が正確かもしれませんね。  最後の行が面白いなと思いました。この先のことを言ってるように聞こえるんですよ。今までの事を踏まえれば自分が羅針盤を司ることになるのだろう、そんな希望というか野心というか。確定では無いところが面白いなーと。  色々と解釈を楽しめる、そんな作品に感じました。    (羅針盤)

2019-08-12

仲程さん  お読みいただきありがとうございます。  わたしも堅苦しいのは苦手ですよー。  茄子はボリュームがあった方が良かったですか? 何にせよ、茄子は安直でした。もしかしたら深みが足りないから、ボリューム感に乏しい作品になってしまったのかもしれません。  大根は、そうですね。もう少し削り落とした方が読みやすいかもしれませんね。思いついた限り並べてしまいましたから。なるほど。  あとがきはすいません。コメント欄に書こうかとも思ったんですけど、どうしようか迷った末に本編へ書いてしまいましたね。後書きは、あくまで後書きとして書きましたから、散文詩では無いのです。  ネットでは現代詩の特徴に、普段使わない言葉を差し込んで、とか色々書かれてましたからちょっと混乱してまして。実際、このサイトでは現代詩らしい作品を書かれる方が多いように感じますし。サイトが現代詩をメインに扱っているので当たり前ですけどね。  ありがとうございます。   ( 畦の散歩歌3編 (潮風のおまけ付き))

2019-08-12

 タカンタさん  こんにちは。  そうそう、そんな易しい言葉で書いてもらえると読解力の無いわたしでも読めます。感謝です。あいかわらず、本編を読んでもらえたのかどうなのかわかりませんけども、ありがとうございます。  わたしの場合は浅学が理由にあると思っています。タカンタさんの場合は人間性というよりは、文章が発する力の方向性かなとも思いますよ。相手の考え方を変えさせるのに、知識を背負って真っ正面から押し込んでも難しいでしょうに。ガードを固められるだけじゃないかなとも思いますよ。でも、そういったところも人間性に含まれるのかな。  まあ、わたしは他人の文章をどうこう言ってる場合じゃ無いんですけどね。タカンタさんの積極性は羨ましいですけど。  好ましくとリズム良くは意識してます。格好良くと美しくは、目標ということでお願いします。  ゴーストライターは考えたことが無かったですね。わたしの文章は癖が強い方ですから、どうでしょう。わたしの作品を読んでる方は、地の文を読むとわたしが書いたのがわかるらしいですよ?  まあ、どんな形でもある程度を稼げるなら、嬉しいのですが。  あ、それと、タカンタさんはわたしへのコメントは2回まででお願いします。タカンタさんのコメントは回を重ねる度に、どんどん違う方向へ逸れていきますから。あと、長文で書かれると間違いなく曲解します。  2回まではお返事をさせていただきます。と言っても、そんなに深みのある作品は書けないと思いますけども。  なにとぞよろしくお願いします。 ( 畦の散歩歌3編 (潮風のおまけ付き))

2019-08-12

 お邪魔に来ました。  詩を読むのが苦手なんですよ。  わたしの感想じゃ、本当になんの参考にもならないと思いますよ?  さて、ダリアです。  全体を通しての感想は、難しくてもったいない、って感じでした。  幽霊が成仏していく話のようにも、自殺者が輪廻に飲まれていく話のようにも、単純に夜明けを描写しているようにも読めました。でも、たぶん読めていないんでしょう。  壁伝いに苺を擦ってくる様子は、苺の軌跡さえも簡単に想像できるのに、凄く強くイメージが印象に残りますね。  人の息で満たされた地下道で、靴音が一つに揃っていく感覚は、静かに、それでもはっきりと生命力を感じさせてくれます。 >迷宮のはずみに >緩やかな空を吊るした >空になった景色に置かれて揺れている >水槽いっぱいのダリア  はっきりとは捉えられないのですけど、センスの良さを感じる表現でわたしは好きです。  こんな感じに好きな表現がいっぱいあるから、読み解ければ絶対に楽しめる詩なんだろうなと思う反面、全体を通してイメージを掴みきれないのは、非常に残念で辛いのですよ。正しくなくても、作品から自分なりの感情を得られれば救われるんですけどね。  何度読んでも読み取れない詩というのは、何度計算しても解に辿り着けない物理学の問題と向き合っているようで、読んでいて苦しくなるのです。  今回のダリアという作品だけでは作者さんの作風が掴みきれなかったので、過去の作品も読ませてもらいました。 『Gaden garden』『家族八景』『無題』なんかにみられる作風というか、作者さんの色というか、めっちゃ好きですね。心中や花なんかも好きでした。この辺りはわたしも読めるんですよ。ここまで一般的な感覚に寄ってもらえれば、きっとほとんどの人が読めるでしょうね。  こういう作品を書ける方なんだなと知れば、ダリアでももう少しこっちに寄ってくれたらなと思ってしまいます。そしたら読んで楽しめるのにと。 『Gaden garden』や『巣立ち』が素敵でした。  言葉には言霊という力があって。持論ですけども。楽しい・西瓜・跳ねる……単体の言葉であれば、老若男女誰が使っても同じ印象を与えられます。これは言葉が本来持っている言霊なんだと思っていますね。  その言霊を目的によって高めたり、ぼかしたり、研いだり隠したりする技術が文章かなーと。その文章達によって作品全体の味わいや面白さが作られるんだと思います。  作者のセンスは選び出す力。題材とする感情を選ぶ、言葉を選ぶ、文章表現を選ぶ。どれを選択すれば、自分の表現したいものを上手く表して伝えられるか。そうして組み上げられた作品の色が、作者の輪郭を作り上げるんでしょう。  まあ、わたしの個人的な見方ですけども。  わたしが読み取れて楽しめた過去の作品達は、高い技術力はもちろんですけど、センスの良さをビシビシと感じたんですよ。言霊をどう扱えば望む力を発揮できるのかを、しっかりと把握していなければ書けない文章・作品です。  静かに、深く、そして品が良い。一番気になった特徴は抵抗がないことですね。すーーーっと入ってくるんです。もっと多くの、詩とは関係の無い人達の目に触れていけば、今よりも更に評価されるんじゃないかなとも思いました。  詩の味わいであるどこか不思議な文章でありながら、飲み込みやすい。  文章を壊す手法を使うと読める人、読めない人が出てきますからねー。ダリアという作品は文章を壊してるわけでは無いですけども。文章同士の繋がりを断っているように感じます。  わざわざ読者を減らす手法を取り入れることが、自分の詩のためになるのかどうか。そんなリスクを冒さなければ表現できないテーマなのだろうか。  詩の専門家に向けて、専門的な手法を使い、専門家の好みに合うような詩を綴る。そして専門家の専門的な見地から評価を受ける。そんな道もあるのでしょうし、もちろん否定はしませんけども、専門家では無いわたしからするともったいないなーと。    なんだか、どんどん話がずれていく気がします。ちゃんと読み取れずにすいません。  ではではそれでは。 (ダリア)

2019-08-04

 エイクピア 様  お読みいただきありがとうございます。  詩のようでしたか? それなら良かったです。  どちらの感覚も身につけたいなと思うのですが、いかんせん詩は難しいのです。それっぽさだけでもしっかりと扱えるようになれたら良いなと思いますよ。  さて。思いの外、詩に寄せた作品を書けたのですが、どちらかと言えば偶然で。このクオリティを狙って書けるのだろうか。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-31

 お読みいただきありがとうございます。  描写の丁寧な詩と表現していただいて嬉しく思いますよー。できるだけ情景が伝わるように書けたらな、と思っています。  どうやら私は、小説や詩、俳句なんかもそうですけど、わかりやすい言葉で書かれた作品の方が好みのようです。詩というのは難しい。  なるほど。創作するときに訪れる場所、なるほど。小説を書く時は、幻想的な白い迷い家へと入り込み、彼女と話をしてから執筆する。この設定は面白いですね、ほんと面白いと思いますよ。彼女との会話に様々なバリエーションを持たせられるだけのネタの引き出しがあったら、小説として書きたいぐらいです。絶対に面白くなりますね。  その設定であれば、ハッピーエンドもあり得るのか……  迷い家、迷家。マヨイガと読むそうな。  一応、元にしたお話を明かすと、東北地方の民話に残るお話で、山の中にあるとされる幻の家ですね。富をもたらす家らしいのですが、偶然で無いと辿り着けないみたいです。調べ直したところ、こっちが元ですね。  わたしが参考にさせてもらったマヨイガは、ゲームか何かに登場した『子供が山で迷ったときに現れる無人の家の妖怪』でした。今回は女の子に登場してもらってますけどね。  なので、本作品は、実際に館に会いに行ってる設定なのですけども、現実と幻の境目に居るような感覚になれる描写を狙っていますから、脳内の小部屋と感じていただけたのなら成功していたんだなーと自己満足に浸っています。  そうか、迷い家そのものを創作と結びつければ、苦労を忍ばせるメッセージ性も生まれますね。意図はしていなかったんですけど、確かにそうとも読めます。良いですね~。面白い。  きっと、まだ書きたい物を書けていないんでしょう。  目指す作品が明確になったとき、わたしは書きたいという衝動よりも、読みたいという欲望の方が高くなる気がします。誰かが書いてくれるのなら、それでもいいですね。わたしは読んでみたい。  だれも書いてくれなさそうですから、自分で書きますけどね(笑)  彼女の最後の何個かの台詞は、わたしが用意した台詞では無いんですよ。彼女が勝手に話し出した台詞です。小説を書いていると、キャラクターが勝手に話し始めたり動き出したりすることがあります。そういう台詞ほど言霊が宿り、力を持った言動になりやすいですね。  きっと、根底にはわたしの深層心理が滲んでいるんでしょう。  マンガは申し訳ないです。わたしの技術力不足です。  この作品は、小説サイトの掌編企画に参加したときの作品を詩のように書き換えた物です。三つのお題が出されて、それを入れて掌編を書くという企画でした。お題はマンガ、エコー、メイド。メイドの行(くだり)はごっそり削り落としましたけども。  元の作品は、もう少しライトな感じだったので、、マンガでもしっくりきていたんですけどね。こうして硬い文章で書くと、マンガという単語は悪目立ちしますね。小説に書き換えれば良かったと思います。  ただ、小説に書き換えてしまうと、それに伴って彼女の性格も少し書き換えなければならず、この雰囲気を壊してしまうことを恐れたわたしは書き換えることをためらったんですね。  その結果、違和感の残る仕上がりになってしまいました。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-31

読ませていただきました。 夏ですね~。異なる感覚を刺激されて、色んな夏を楽しめました。 みんながイメージしやすいものから挙げていってもらえると、作品に入りやすくて良いですね。 >皆んな夏でございます この一行で、すっかり詩の中に飲み込まれた感じがしました。 2の夏の鶏冠に、作者さんの感性が目一杯溶け込んでいて惹かれます。 夏雨と黄昏れる怪談では、みんなが知っている、もしくは辿ったことがある記憶を呼び起こしているように感じました。 一方、夏の鶏冠は、景色の中に潜む心理を、独自の感性で拾いあげて描写されてますね。 曇天を燃やしてやってきた。この文には凄く惹き付けられました。 ただ、1と2に比べて書こうとしているテーマというか、情景というか、そういうのがぼんやりしちゃってるのかなって感じたのです。 1と2では、名詞が強く前面に出てくるから、余計そう感じるのかもしれませんけど。 わたしは描写が好きでして。わたしの好きに弄るならという話になりますけども。 もっと盛り上がるような描写にしてみたらどうだろうか、と思ったんですよ。名詞に代わる鋭い強さを描写に持たせる。でも、あまり「人魂」とか「火を掲げた行列」の様に幻想的な感じで書いてしまうと、その後に続く妖怪と被っちゃうんですね。 んー。もっと静々とした雰囲気を作り、お盆に寄せた描写も面白そう? 舞台がお寺では無くて神社だったら、わたしならお祭りに書きたいところです。火を持って振り回すような勇壮なお祭りですね。全体の雰囲気が壊れるかな。 妖怪も、こう書くと黄昏の雰囲気に良く合いますね~。 てか、黄昏れる怪談っていう響きが好きです。「黄昏れる」も「怪談」も、広がりや伸びを持った言葉っぽくて、端っこから溶けて消えていくような世界観を覚えます。 この感覚が、作品の終わり方によく似合うんですよ。 この時期にピッタリの、五感で夏を感じられる作品でした。 (夏の記し(三編))

2019-07-21

そうだ! 追記です。 白い迷い家/黒い家へのコメントありがとうございました。 何だか凄くもったいないお言葉をもらってしまったぞと恐縮すると同時に、ハードルが物凄く上がっているので、次は何を持ってくれば良いのだろうかと恐々しているところです(笑) 昔の有名作品も読んでいかないとな~。子供の頃は推理小説なんかも読んでいたんですけどね、成長するにつれてライトノベルだけになってしまったのです。 あまり期待を裏切るような物は書きたくないです←もう書いてしまいましたけど…… でも、多分、色々試した作品も挙げるかもしれません。 わたしはしがない趣味人ですからね~。 ではでは、ありがとうございました。 (小さくも大きくもない、只の恋のうた)

2019-07-20

読ませていただきました。  夜を泣かせてみせた君が、僕の隣で空を見上げる。  一体どうやって泣かせたんだろうか。烈火のような涙が、夜の、星を散らした頬を流れた。  見上げる君はしたり顔で、あの涙の別名を教えてくれるんだ。  僕に見せたかったんだろう。  それだけのために。  夜空には悪いけど、僕は彼女に惚れ直した。 わたしの解釈はこうでしたね。 涙とした理由が掴めなかったので、全く自信が無いですけども。 それでも、主人公にとって、二人で見上げる流れ星が美しかったことは伝わってきますし、彼女を美しく思っていることは十分に伝わってきます。そして、離れられないほど好きになっていることも。 本人にとって幸せなことが、一番なんだなって改めて思わせてくれる作品でした (火球という、涙)

2019-07-20

読ませていただきました。 もしかすると。気にしてしまえば、常識で成り立っている世間に戻りにくくなる。日常にはそんな隙があるのかも。 そう思わせる詩でした。 1連目、わかりやすいしイメージも容易ですから、入りやすいですね。『でも誰も気にしない』という行は、人々が気にしていないことを詩にしていくんだと、明確にアピールしていて好感を覚えます。意思の強さがあります。 2連目。領収書の個性っていう言葉が良いですよね。 領収書も、求人雑誌も、給料日(給料明細であり札であり)、どれも紙媒体に数字が記されているだけの物なんですけどね、それぞれに個性や命の輝ける時間を持っている。人の手垢にまみれたせいか、それぞれが生き始めてしまったのかも。生きてしまえば、終わりがある。 寂しさも感じます。 寂しさに寄ってしまえば、あの明かりから遠ざかる。 3連目。ポスターなのですから、男は笑顔のはずなのです。そう、表向きだけでも笑顔でいなければいけない。 ハイヒールで、リズムを付けながら歩くことが出来る女性。モデルの様な姿勢で歩くのでしょう。美しくあるために歩調を縛り付けている。 彼らの知り得ないはずの心。 もし覗いてしまえば、あの明かりから遠ざかる。 4連目。挙げたどれもが、箱。 壁や天井を区切っただけで、場所に名前が付くのだろうか。看板を掛けるだけで、その名にふさわしい場所になるのだろうか。 罪の無い、酷く流動的で実に身勝手な人間たちが場所の価値を認めなければ、その空間は存在しているとは言えない。 憩い、乗り降りし、誰かを想う居場所として他者と共有する。人の間にそれらの認識が生まれなければ、箱。 ただの箱。 箱を知覚してはいけない。 その在処を知覚してはいけない。 知覚の隙に足を向けてはいけない。 知ろうとすれば、あの明かりから遠ざかる。 地下鉄さえ。 最後の一人が明かりへと向かえば、ここも。 はい、メトロン♪ 今日は暑くてですね~、家の冷凍庫にはアイスクリームがあるのです。やったね! なんて、色々と想像させてもらえた作品でした。 (メトロ)

2019-07-20

読ませていただきました。 うん、何を伝えようとしているのかが、すんなりと読み取れますね。 読みやすい、伝わりやすい、感じやすい。 この3点は、間違いなく作者さんの武器になっています。わたしもわかりやすい文章の方が好き。まあ、わたしが詩よりも小説を多く書くから、なのかもしれませんけども。 難しさ、高尚さ、だけが言葉の力じゃないとは思うのですよ。 まあ、安直な例えで申し訳ないですが、お食事処でも、安い、早い、誰でも美味いの3点に命をかけて営業されているお店もありますよね。 この3点を極めることができたお店は、間違いなく繁盛します。どれか一つでも、突出できれば話題に上るでしょう。この武器は、どの時代においても有効ですから。 独自のこだわりを追い求めるお店のように、行列が出来るほどの繁盛にはならないかもしれませんが、お客さんは十分にやってきます。 そうそう、涙の総力戦って言葉は好きですね。ただただ沢山流れる様子を示すのでは無く、感情が一生懸命に泣いているんだって伝わってきますから。 どうにもこうにも。ここのサイトの皆さんは、難しいというか難解な作品を好む傾向にあるようで。捻りが少なく、わかりやすい作品には感想が付きにくいのかな。 アドバイスを少しだけ。と言っても、詩としてのアドバイスじゃ無くて、文章の方になりますね。詩を語るのは苦手です。 言葉を繰り返す技術について。『現在(いま)の私』を繰り返した後に、今日(いま)と変化を付けて一気に読者をその場に立たせる。そして明日(みらい)へ踏み出すんだ、と力強く締めていますね。 一連の通した流れは好きなんですけども。 この繰り返す技術ですが、繰り返す度に狙った効果を増していかなければ、くどさが目立つようになってしまうのです。副作用みたいなもの。 繰り返される言葉が、一つずつ積み上げるでも、広がりを見せるようにでも、どんどん深みに沈んでいくのでもいいですけど、何かしらのプラスに働く要素になっていて欲しいところ。御作は、どうも感情や内容が進んだり戻ったりしているように感じられましたね。恐らく、繰り返しの効果が足踏みをしてるんじゃ無いかな。 同じ場所を踏み続けることで、固く締まった感情を表すなんて事も出来るんでしょうけど、そういう感じもなさそうな。 繰り返しにどんな効果を持たせたいのか。この技術を使う際は、その点に注意してみてはどうでしょう。狙った効果が生まれないと思ったら、数を減らすことも一つの手かなと思います。 (失恋)

2019-07-20

読ませていただきました。 うん、すごくコメディ(笑)  こころは、心じゃなくて小説の方だったんですね。最後に出てきた旧千円札で気がつければ良かったんですけど、途中が色々ありすぎて、最初のこころがどこかへ行ってしまってました。入り込んでしまった。 こころは子供の頃にちょっと読んだ、はず。文豪と呼ばれる方々の作品は難しいので(面白さが現代の面白さと違いますから)敬遠してましたね。大人になってから読もうとしたら、文章の上手さに嫉妬してしまって内容が入ってこなくなったり。 こころを分解している間に寝落ちしたら、こんな夢を見たんだ。そう言われると大いに納得しそうな作品です。 わたしの注目点は、突拍子もない出来事が切れ間無く続いているのに、現実を感じられるところですね。舞台や言動の不思議さが、無理なく想像できるギリギリのところを突いてるんですよ。 >十畳程の部屋は旅館の部屋をそのまま切り取って来てここに設置したものだ、 >階段を昇ってすぐ左手には障子で囲まれた三畳ほどの狭い部屋があり、寝返りを打って階段側の障子を破ってしまえばそのまま転落するからくりになっていて、 >私は一晩中雉の鳴き声を真似して「ケーケーケー」と叫んでいたらしい。 こういうところですね。実際には無理かもしれないけど、やろうと思えば出来そうな気もする。そんな境界線付近の出来事は想像していて楽しいです。 突拍子が無いお話でも、立ち止まること無く、読み進めながら情景を想像できるのは強みだと思います。まして、こういう笑いを求める作品は、読者にストレスを与えない方が素直に楽しめる気がします。その点でも好印象でしたね。 こころから分裂したお話は、最後に肖像画を分裂させて終わった。いや、新しいお話が始まったのかな。 もしくは、こころという作品の呪いに囚われて、どこか不思議な世界へと引き込まれていった私が、お嬢さんの手で呪いが解かれ元の世界へと戻ってくるお話、そのようにも読めました。 個人的に気に入ったところは、障子を破ると転がり落ちてしまう部屋でした。障子って不思議な物で、向こう側のシルエットは見えるものの、姿を見ることは絶対に叶わない。障子を挟んだ反対側には、何があるのかわかる気になるんですけど、実際のところは知らない。 隣のことがシルエットでしかわからない(わかってしまう)狭い部屋。頭が変になりそうですね~。この感覚を味わえる舞台が 良かったです。 んー、一つ一つの文章が、『こころ』という作品にもの申す、と言ってるんじゃ無いかって疑いたくなってきます。後で読んでみようかな。20万文字ほどかぁ。 確か、解釈の難しい作品だったような。読み終えた直後、間を置かずこの作品を読むと、ツボにはまりそう。 この手の作品へのアドバイスってどんなのがあるんだろう? アドバイスを読んでみたい気もしますね。 (小さくも大きくもない、只の恋のうた)

2019-07-20

お邪魔しています。 自分で書いてみて、視覚詩がどれだけ難しいかを、顔から火が出る感じで理解した千才森です。そうそう、目で楽しむ感じで作ってしまいました。はい。 アニメもちらっと見て、御作を拝読したのですが、読み込むのだけでも難しいですね。いや、そもそも詩というものを読むことが難しい。 わたしの読解力でコメントを書けそうなのは、後半の二つの詩でした。本当はアニメを見まくってから、御作を読むのが正しいのかもしれませんが。 上下を罫線で挟まれた三行の詩、そしてラストの足跡渦巻き(勝手に変な名前を付けてごめんなさい)で、どんな印象を受けたのかというコメントぐらいなら書けそうです。 多分読み違えているとは思いますが、まあ、折角読ませてもらいましたので。 上下を罫線で挟まれた部分ですが、わたしは、元々は一本の罫線が引かれただけの境界だったんじゃ無いかと感じました。上下を分けるだけの境ですね。 その境の中で生まれた想いを詩で表現するために、境に切れ目を入れて境目とし、上下に開いて間を作り、狭間の底に詩を置いた。そんなイメージが浮かびました。 綴られた言葉も、問いかけにはなっていますが、自身の中に向けた感情に読めましたし。 そんなイメージを持ってしまった為か、この狭間を開けたままにしておくのが変に気になってしまいました。 動画では無いのでやむを得ないのですけどね。狭間を閉じてから先へと進みたかったかも。 最後の螺旋状になった言葉たちが、すごく印象的でした。 深い底から、すり鉢状になった道を歩いて上ってくる感覚。 並ぶ言葉たちが心境の変化を良く表していました。二人だけの内側に籠もっているときは、思いが硬く結晶化して強さが見られるのですけど、登り始めて外に触れることにより、弱さが混じり始めます。 人間の心境も一緒なのかな? 世界に触れることは自分以外の存在を知ることで、姉妹たちの世界が二人だけじゃないと気が付けば、頼ることを覚えるのは必至なのかもしれません。 禍々しさと対峙する私たち――そう始まった姉妹の台詞は、自分自身を押し込める納得へと変わり、諦めにも似た慣れとなっていく。そして、他者の存在を頼らないと成立しない願うという言葉へ変わっていった。 最後に歩んでいく一歩一歩の詩に込められた感情は、誰かに答えを求めるような、存在しない何かに助けを求めるような。 それでも一歩ずつ進み続ける強さがありますね。 視覚詩は、自分で書けないにしても、楽しめるようにはなりたいです。 (姉妹たちに #5【横書きVersion】)

2019-07-19

タカンタ 様 ん。一行目、ので、で繋いでいましたから、そんな含みがあったのかと思ってしまいました。 どうやら、なにか読み違えがあったようですね。 大変失礼しました。 では、これにて閉幕とさせていただきます。 (詰めさせたがる彼)

2019-07-19

survof 様 お読みいただきありがとうございます。 survof様のコメントはわたしに向けられたのだと思うので、わたしから返信をさせていただきますね。 有名どころの視覚詩を何点か調べてみたのですが、それぞれが有無を言わさない説得力を持っているんですよね。 「そうとも見える」なんて生やさしい見え方じゃ無くて、この作品はこのお題を書いたのだ!と言われてしまえば否定のしようが無い印象を受けます。それぐらいのインパクトが必要なのでしょう。そうそう、パンチ力。 うん、目の神経に繋がる脳の回路を、増設する必要がありそうだ。 個人的には、改行は強制的な切断を意味していると思っていますね。視覚的リズムは確かにあると、わたしも認識しています。そして、詩の世界に住まう方々は改行を巧みに使いますよね。とりわけ、トリッキーな使い方に長けている様に感じます。  小説ではご存じのように、句点読点、一マス下げをメインに扱いますから。リズムは単純。声に出して読むときの、呼吸のリズムに合わせるだけです。一応、字面も気にしていますが、ネット上に作品をアップされる作者さんは、それほど気にされない方が多い印象です。  改行は呼吸を整える記号、話に区切りを付ける記号。それぐらいにしか思っていなかったもので、改行の威力を知ってはいるものの、捻りを入れて使うのは難しいんですよね~。  ああ、3行書き。下手な真似では効果を生み出せなさそう。あたりまえか(笑)  目に見える形には、無感覚にならないようにしているつもりですが、難しい。その辺は、わたしの信念とぶつかるところがありましてね~。空白、余白を上手に使うより、描写で埋め尽くす方が好みだったり…… ええ、確かに見た目のフォルム効果は侮れない物があるなと、自分で書いていても思いました。ほとんど扱ったことの無いわたしでさえ、これほどの効果を出せるのですからね。 この作品の種明かしは上で書きましたから省きますが、本当はそんなに強い効果を期待していなかったんですよね。ただただ、彼と彼女の位置を表したかっただけで。思わぬ収穫でした。 四角と波の対比、なんかも面白そう。男性の頑固さと脆さ、女性の移り気としなやかさを、文字で書かずにフォルムだけで表現する事も出来そう。 てか、うわーーー申し訳ないです。 良く評価して頂いて土下座物ですよ。今回は、装備レベルが足りないくせに無理矢理装備した武器に、自分が振り回されたような感覚です。なので、こうして、皆さんからどんな印象を受けたのかを聞けるのはありがたいですね。参考になります。 ありがとうございました。 (詰めさせたがる彼)

2019-07-18

沙一 様 お読みいただきありがとうございます。 いやー、ほんと申し訳ないです。そう、スマホを横にすると長く表示されることを知っていた私は、横表示にすれば幅が足りるだろうと確かめもせずに載せてしまったんですよね。 えと、パソコン表示だと、5行目も私は右に居るのです……泣 しかし、そうですね~。スマホで表示すると、 ト が回転させる役割を果たしていて不思議な雰囲気を作り上げていますね。なるほど、蝶番。随分と面白い偶然。 うん、確かにスマホ表示だと蝶番として、回転の……いや待てよ。蝶番。ちょうつがい。ちょう、つがい……  ちョウっガいが壊れたの。  朝へ踏み出すために開くことも、  夜を抱えるために閉じることも、  もうできない。  すがるよすがを失って、  私は向こうへ倒れたの。 あー、これでいいかな、うん。こっちと差し替えましょう(笑) 最後の一行は安堵です。目一杯安堵しているのです。煙が消えて……。もう、蝶番という言霊が強くて、私の作品はどうでもいいかなって感じになってますよ。いいですね、蝶番。 んー、視覚詩は視覚情報がメインで無ければいけないんでしょうけど、わたしは視覚情報を言葉を補う目的で使っていたみたいです。 そして、致命的にまずかったのが、答えを一つしか用意していなかったって事でしょう。謎解きパズルを視覚詩などと、よくも口に出せた物だ、とか言われそう。 実は、この作品の狙い所としては「煙草が苦手な女性」です。皆さん、めっちゃ丁寧に読み解いてくださって恐縮しているところです、はい。煙草の煙、それだけの詩だったり。土下座したくなるほど浅い! 煙草に火が付くまでは二人の距離も近いんですよね。でも、時間が経つにつれて彼と離れてしまう。彼は動いていないのに、私はどんどん遠ざかる。おっしゃるとおり、距離は狙っていましたね。空白はテーブルか何かと思っていただければ。 大好きな彼は、煙草を吸うと、しかめっ面に変わってしまう。それでもけなげに寄り添おうとするけど、煙のせいで距離が離れてしまうのです。煙を吸いたくないと、呼吸は浅くなり、途切れ途切れの言葉になっていく。それでも結局は、火の付いた煙草と台詞だけを置いて、彼は立ち去ってしまうのでした。 火が消えて、フィルターだけになったら、私はまた元の位置へと戻る。ピリオドフィルター。 ト と、最後の行の始まりにあるピリオドは、煙草のつもりでしたね~。 ああ、浅い(笑) そして、自分のギャグを自分で解説する時の恥ずかしさ。 わたしは、どこかでシナリオを求めてしまうのかもしれません。 ちなみに、わたしは煙草を吸ったことが無くて。みんながしかめっ面になるのを不思議に思っていました。煙が目に染みるんですね。 んー、そうですね~。 答えが無いからと探求を諦めるのは、思考の固定化に繋がりますから、自分なりの答えにたどり着くまでは続けていきたいと思っていますよ。手探りで、有象無象をかき分ける。芥を握り、夢の夢見し。 ありがとうございました。 タカンタ 様 ああ、やっぱり理解できていませんでしたか。 わたしは、わたしに向かって、わたしを想い、わたしの為に綴られた言葉しか、きちんと理解できないみたいですよ。わたし用に書いて頂かないと曲解してしまうでしょう。わたしの読解力がどれほどの物かは作品をご覧くださいな。 曲解も時には楽しい物です。新しいモノが生まれたりしますから。 まあ、わたしが用意していたお返事は、作品へのコメントに対する物ばかりでしたからねー。寄せられるコメントは、てっきり作品へのコメントかと思っていたのですよ。 詩作品全般をお題にした討論は、さすがにわたしには難しいです。それを専門になさりたいのでしたら、ここへ来た道をまっすぐ逆にお戻り頂き、ホーム画面へ出たならば、ちょちょいと下へスクロール……って、書き込まれてますね。そうそう、フォーラムを利用されるのがよろしいかと。 それと、いくら絵を上下に切り貼りしても大した効果は出ないと思いますよ? そんなことを言ったらさすがに絵描きが怒るでしょう(笑) あいつなら怒る。 ではでは。 survof 様 と続けたいところですが、そろそろお時間となりました。 明日も仕事が待っている身でして、こっちの都合で大変申し訳ないですが、後日改めてお返事させていただきますね。 しばしお待ちを。 (詰めさせたがる彼)

2019-07-18

タカンタ 様 初めまして。お読みいただきありがとうございます。 あれ、視覚に訴えかける詩作品ってそんなに書く人が少ないんですか? やりたい人は多いんじゃ無いかなと考えていましたけど、確かに学びようのないジャンルですもんね。語学力は勉強すれば上がりますけど、こっちはセンスの一本勝負で生み出さなければいけませんし。 詩を額縁には飾れない………………あ、なるほど。 タカンタさんは詩と文字(文学)とは完全に切り離して考えてますか? そうか、詩の本質は言葉では無い、そもそも形を持っていないと考えていらっしゃるのかな? その発想は無かったですね。神秘的で実に面白い認識だと思います。 わたしは絵心は一切無くて、しかも音楽はネズミが逃げ出すほどオンチです(笑) ただ、鮮明なイメージを表すのに、必ずしも美術の才能が必要かと言えば、どうでしょうね。意外と化学の才能が足りない部分を補ってくれるかもしれません。 重ね合わせのポリフォニーには、整理整頓の技術が転用できるかもしれませんよ? 利用できる手段を自ら狭めてしまうのは、もったいないですよ。世界はこんなに広いんですから。 まあ、マルチジャンルのセンスを持ち合わせていない私ではどうにもこうにも、な話ですけども。 買わない宝くじは当たりっこないですからねー。 挑戦しなければ成功はあり得ませんし、恥を掻いたところで逮捕されるわけでも無いので、色々試していきたいなと思いますよ。何せ、タダですし(笑) ではでは、ありがとうございました。 (詰めさせたがる彼)

2019-07-17

あー、しまった。 スマホだと横幅が足りないようです。すいません、確認しなかった。 パソコンでお読みくださいな。 (詰めさせたがる彼)

2019-07-16

詩の善し悪しがわかってないのに、無謀にも視覚を刺激する作品(文章になってますから視覚詩とは違うのかな?)に挑戦してみました。使っている手法は安っぽいですね。てか、誰かがどこかで、すでに使ってるんじゃないかとは思いますけども。 書いているときは楽しいんですけど、出来上がったのを見ても、良いのか悪いのか全くわかりません(笑) 難しい。 一行目がどうにもしっくりきませんでしたね。でも書き直し方がわからなかった。 視覚を刺激する詩は、本来の形を保ってないと成り立たないのが不利ですね。場所を取るため応用は難しそう。 多分、この手の作品は、わたしにはまだ早い…… (詰めさせたがる彼)

2019-07-16

全てに置いて行かれる。 じゃぽんの音で、ヒューズが飛んだ。 今も、私は、置いて行かれ、続けてる。 こんなイメージでした。う、安易な読点の使い方をしてしまった。 まずは運営者様のところへお邪魔に行くのが道理だろうと、何度か足を運んだのですが、正直、渡辺様の作品はわたしには難しいのが多かった……特に視覚に訴えかける作品は、なかなか難解でして。ほどいていいのかどうかも迷うぐらい、難解でしたね。 あと、生々しい直接表現もちょと苦手。 この作品は、周りの速さに本気で追いつけなくなった人の詩かな~と感じました。飛び込んだのは『君』ですけども、世の中から死んでしまったのは主人公なのかなと。 それか、じゃぽんの音がきっかけで時間の遅延が始まった人の詩か。 2連目は、登場するほとんどの言葉が速さの言霊を持っていて、置き去りにされることを表す文章が続いている、気がする。 特に、 人人人 この表現は、表情を確認できないほど速く横切っていく人の列を視覚化したようで面白かったですね。 考えてみれば、鉄や銀よりも、鉛の方が速いイメージに変えることが出来ますし。 題名も速さ。出会いから、空白を一つ置いて、すぐに別れの挨拶。世の中に追いつけなくなった主人公にぴったりの題名。主人公には、その空白の意味が理解できないでしょう。 人間は恐怖を感じると感覚が鋭敏になるそうで。 最後の行は恐怖かな。ようやく気が付いた時間の差に対する恐怖かな。 意味のわからない風、世の中を吹き抜けていく風に、恐怖だけは感じられる。 そう考えると、『君』は自殺じゃ無くて、世の中に合わせるために、当然のこととして、身投げしたとも取れますね。 酷評okの作品には何か指摘した方がいいんでしょうかね。とはいえ、作者さんの考えを正確に掴めてないと、どういう答えの方に向かった意見をすればいいのかわかりませんけども。 でも、まあ。気になった点を一つ。 もし、わたしの読み方が正しいのであれば、侵食は少しゆっくりすぎるかなと。 あーー、すぐにって言葉が付いてますから、いいのかな。 飲むは速いけど安っぽい、汚染も遅いか、瞬く間、いっそ再侵食を終え…… 詩は難しいです。 えと、ここに書き込むようなことでは無いんですけども。 投稿されてから一定期間が過ぎた作品には、コメントできないんですね。 考えてみれば、当たり前なのかもしれませんけど。 それでですね。 気が付かずに、渡辺八畳様の作品、『雪 2019』のコメントを書いてしまったんですよ。 このまま捨てるのも何だかもったいなかったので、ここにちょっと置かせてもらってもいいでしょうか? 以後気をつけますけども。 (やぁ! さようなら!)

2019-07-15

帆場蔵人 様 お読みいただきありがとうございます。 そうですね、若い方でも気を楽にして読めるような作品を書きたいと思っています。わたしの文体はちょっと硬めですから。 描写を褒めてもらえて嬉しいです。奥行きは広めに取りたいと一応意識して書いています。作品世界に浸れるような作品になればいいな~ むしろ、描写以外にあまり売りが無いのですよ。ここの好みが合わなければ、わたしの作品は読めないのかもしれません。 彼女が出てくるところが、一つの境目ですから。好みが割れるところかもしれませんね。彼女が出てきてからは、会話がメインになって小説の色が強くなっていきます。この会話部分を外し、詩として持ってくることも考えたんですけど、わたしらしい作品で行こうと考え直した結果、今の形になりました。 廃墟が彼女。わたしのイメージもそんな感じです。 実は、迷い家(まよいが)という妖怪が居るそうで。色んなパターンがあるそうですけどね。 子供が山で迷ってしまい、どんどん山奥へと入っていくと、人の居ない不思議な家にたどり着くことがあるそうです。山里からは離れすぎていて、到底、人が住んでいるとは思えない場所なんですが、まるで、さっきまで誰かが生活していたような様相で、テーブルにはお膳が置いてあるんだそうな。 子供は不思議に思いながらも一眠りし、腹ごしらえしたら、山を下る。帰り道は絶対に迷わないそうです。その家から一つだけお土産に持って行ってもいいなんて話もありますね。 後日、大人たちがその家を探すのですが、絶対に見つからない。 そんな妖怪みたいです。一説では、落ち武者の隠れ里ではないか、なんて話もありますね。 今回のは、この妖怪迷い家を擬人化させて書いてみた作品です。 そうですか、詩が宿っていますか。 方向性は間違っていないのかな。 コメントをする度に上にあがっちゃうんですね。 まとめてお返事した方がいいのかな? (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-14

survof 様 現状でも、細かい描写に詩情が宿った小説体の文章になっている。この評価は物凄く嬉しいです。踊りたくなるほど嬉しいですね。 フォーラムには小説と詩のアイノコを探したいって書きましたけど、もう少し詳しく表現するなら、詩で飾った小説の欠片を書いてみたいのです。本物の上手な詩作品を書ける腕は無いですし。詩がなんなのかを理解できなければ、詩を扱うのは不可能かなと考えてまして。 ただ、もう書けてるよって言われてしまうと、「そうでしたか、ありがとうございました~お邪魔しました~」って手ぶらで帰らなきゃいけなくなってしまう(笑) もう少し、何か盗んでいきたいと思います。 私は詩情という感覚を掴めていないんですよ。なので、醸し出してるという嬉しいお言葉をいただきましたが、操れている自覚がありません。ほぼ直感でこれがいいかな~的に書いちゃってます。課題としては、自在に詩情を醸せるようになることでしょうか。 記号化は、なるほどそうですね。 それで無くても、わたしの書く物は詩に比べたら文字数が多いですから、最後まで惹き付けておく必要があります。確かに記号化された表現技法を使わなければ、惹き付け続けることは難しいかもしれませんね。 記号化は嫌だ! 一から十まで自分らしさを出したい! まあ、読まされる方はたまったものではないでしょう。 自由と制約。よく問題になりますね。 ちょっと、個人的な意見を書かせてもらいますか。制約を広くすると、それだけスケールの大きな演出を求められるんだと思います。周りから期待される。 例えば、自由が好きだ、広い方がいいからと、サバンナのど真ん中でタップダンスを披露してもダンスの良さは伝わらないでしょう。どれだけ上手に踊ったとしても、見ている人は満足してくれないでしょうね。本人は気分がいいと思いますから、趣味であればそれでもいいんでしょうけど。 大きくて派手な演出しか出来なくなるのは自由と言えるのでしょうか。もちろんそういう演出をされる方であれば、制約は広い方が好ましいですが。 誰かに披露しようとするなら、不必要な場所に読者の意識を散らさないよう、自分の演出が良く伝わるように、自由を謳歌している様子を相手に伝えられるような広さで、自身に制約を設けるのも一つの演出かなって思いますね。 まあ、参考にはならない考え方でした。 「言葉のずらし方」なるほど、始めて聞きました。 そっか。詩を読んでいて、この表現に意味はあるのかな? って思う事もありました。ずらしているだけだと、あんまり意味は無かったのかもしれませんね。 確かに、ズレは目に付きやすいですから、目を引く技法と言えるかもしれませんけど。なるほどね~参考になります。 エッセンス、エッセンス。わたしの言霊。 ふむ。失わないように心掛けなければ。 貴重なアドバイスありがとうございました。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-14

タグを付けていませんが、酷評OKです。 と言っても、詩の専門的なことはわからないので、専門的なアドバイスを頂いてもちゃんと理解できるかわかりませんが。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-13

沙一 様 お読みいただきありがとうございます。 冒頭はちょっと自信がありました(笑) でも、場面の移行を褒めてもらえるとは思ってませんでしたね。何が功を奏したのだろう。ちゃんと時間を掛けて移行させたからでしょうか。 自分で理解できていないと、仕えないから困りますね。 詩的でしたか? 詩人の方にそう言ってもらえると励みになります。 気に入ってもらえて良かったです! なにより嬉しいですね。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-13

survof 様 お読みいただきありがとうございます。 思った以上の高評価をいただけてびっくりしてますよ。 そうですね、どんなものでも綺麗に、美しく書いていきたいと思っていますね。 詩の自由さに比べたら、小説の表現はベタです。決まった形から抜け出せないのは小説書きの性なんでしょう。わたしの描写の9割9分は、きっとどこかで目にしている言葉だと思います。組み合わせや視点、比喩なんかで、独自性を生み出そうとはしてますけども、基本を作っている文の形や言葉は既存の物ですね。 小説での描写や表現は、大抵、正しい答えがあるんですよ。わたしのもそうですね。 珈琲の描写であれば、必ず珈琲を思い描けるような書き方で無いといけないのです。読者によって、これは牛乳の話だろ?いやいやオレンジジュースじゃ無いか?なんて事になったら、話がこんがらがってしまいます。 一方、詩を読めば、読者の数だけ答えがある、そんな詩も多く見られるのです。この点が大きく違うんじゃ無いかなって思ってますけども。 なので、小説を書いてきたわたしの表現は、survof様がおっしゃるように、ほぼ記号化されていると言っていいのかもしれません。故に、脳裏に正確に思い描かせることが出来ます。逆に、それ以外の回答が入る余地を潰してしまう。多様性の消失。 この点、わたしの作品は詩としてはどうなのか、と考えてしまいます。 わたしは小説書きで。小説の話で申し訳ないですが。 小説というのは、言葉を読ませる物では無いんですよね。 物語を読ませる物。なので、言葉に目が行ってしまう書き方は本来あまりよろしくないのです。んー、描写や言葉が鬱陶しく感じてしまうんですよ。さっさと先を読ませろって感覚。 そういう点で見れば、この作品は小説向けじゃ無いとも言えるのかも。実際、小説サイト、特にライトノベルのサイトでは、この作品は間違いなく評価が低くなるでしょうね。最近のライトノベルは、凝った表現を嫌いますから。 表現形式を考えられているそうで。 難しいテーマですね。小説と詩では、好まれる手法がおそらく大きく違うでしょうし。 大同小異で個性を見せるのが日本式。なるほど!? それは気が付きませんでした。確かにそうですね。ふむふむ。 使っている技法なんかは、昔ながらのものですからね。なので、そこまで目新しさはないかと思います。そうですね、読みやすさを出すために、奇数で区切れるように気をつけて書いてみたり。多分、これが日本的な何かを思わせたのかも。 この作品でわたしが書いたことは、ほとんどが描写なんですよね。君の瞳はバラのよう、こういう表現の派生系。 なので、詩情…… ああ、読めた。ひらめいた。 わたしは描写が出来るんですから、詩情を直接描写してしまえばいいのか。 詩情を描写できれば、それは詩と呼べる作品になるのではないだろうか? ありがとうございます。おかげで何かを見つけたかもしれません。 長くなってしまった上に、支離滅裂な感じで申し訳ないです。 もしかしたら他の作品も持ってくるかもしれません。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-13

 神の遊泳なのだと思った。  遙かまで見渡せる壮大な世界に一人きり、落ちていく。  寂しさもなければ、恐れもなかった。明晰夢に似た安心感と、知り尽くした世界を見渡す満ち足りた気持ち。  そうぞうだから。  精緻に組まれた箱庭は、全てが誰かのそうぞうで、その誰かとは何となく、そうぞうがつくけど、やっぱり言わない。言ったらきっと崩れてしまう。歴史の重みを感じるほどに、しっかり骨を組んでないから。  落ちていくほど好きになる。  心の底で渇望していた景色を存分に楽しみながら、落ちていく。  ひとときだけのそうぞう“した”せかい。  冒頭、無機質であるはずのデータで、感情の揺れを誘う手法は面白いと思いました。  水に飲まれた世界観は大好きですね。 (そうぞう)

2019-07-13

 生を好む者たちは、捕らえた獲物を意気揚揚とひけらかす。  手にした価値の輝かしさが、己の価値を高めるのだと。  死を好む者たちは、捕らえた獲物をただ粛々と引きずっていく。  手に入れた価値の重たさが、己の命を繋いでいくのだと。  わたしは描写が好きでして。最初の……ああ、一連目と言うのですね、視点と感性の描写だけで、舞台や人物、人間性といった、想像する上で必要な情報を表現できる腕は見事だな~と思いました。  死から生へと切り替わる狭間のような時間に設定しているのもいいですね。 (生の価値)

2019-07-13

 この先、こういう視点で書ける人は少なくなっていくのかもしれませんね。  昔は、テレビの情報を曖昧なまま覚えてしまって、更に人に広めた結果、大変なことになってしまった。そんなこともよくありましたけど。  今は、「わからなかったらスマホでググればいいじゃん」って感じですから。  私が面白いなと思ったのは、四字熟語のわかりにくさを皮肉っているところです。感じを四つ並べるだけなので一見覚えやすそうに見えるんですけど、半分に切り取りやすい為、前後が入れ替わったりしやすいですよね。今回のように反する漢字が入れ替わってしまったり。  その妙を楽しむ感じが好きですね。  詩はさっぱりわからないわたしの様な者でも、さっくりと楽しめる。  こういう作品を切り込み隊長に据えておくと、詩を読む人の裾野も広がりそう。 (夏の健康法)

2019-07-13

 従順に付き従っても、気が付いてなんてもらえなかった。  怒りを見せて、そう訴える。  自問自答し、原因を探ってみよう。  情に直接訴えかければ、こっちを向かせられるかも。  情よりもっと深みにあるもの、本能だ! 危険を察する本能に刺激を与えて存在を、示すのだ。  影の情緒の豊かさよ。  でもきっと、人間は上を向くのだろう。  目映いばかりの光の下で、もうだめだと地に伏せるとき、始めて影と出会うのだ。  始めて影に手を握られる。  握手を交わし、罪を知る。 なんて。  感情を置いていく順序が面白かったです。  影に操られるという表現は聞きますし、誰かの影である人が縛られるのもよく見ますけど、本物の影が縛られているのは新鮮でした。 (影)

2019-07-13

 影の乗せてるこの土も、腰を掛けた石だって、何気なく飲む水はもちろん、一日を抜ける風さえも。  きっといつかは、誰かになるんだ。  僕らが旅をしてきたように、かれらはこれから旅をする。  何気なく過ぎた景色に向けて、大きく腕を広げてみよう。  まだまだ愛に触れあえるはずさ。  腕を失うその時は、左右の指を絡めて眠るの。  そうだよね。まだまだ旅は続くんだ。  いつかの誰かに抱(いだ)かれながら。 なんて。  人間だから愛で抱きしめられる。この表現が気に入りました。  他の命たちは『抱きしめる』とは違う形で愛を表現するんだろうな~。そんなことを考えながら、旅をするのも楽しそう。 (月の輪)

2019-07-13