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何も楽しくない
僕は詩を捨てた。 高校生の時から書き続けてきた詩を切り捨てた。 35歳になった今、遅すぎる決断と言えるだろう。 詩が僕の全てであると錯覚した。 それはなぜか? それ以外に何もなかったから。 何もなかった。 詩を書くことで、僕は何かを成し遂げているような気がしていたし そして評価してくれる人もいるから、何かを成し遂げたような気分の後押しをしてくれる。 YESもNOも、僕の詩から生まれたものだと思うと、どんなに些細な反響であっても、 僕に繋がっているという感覚が孤独感を紛らわせてくれた。 何者でもない自分を直視するのが怖くてたまらなかった。 ただ単なる現実逃避と知りながらも、表現者になったような高揚感に突き動かされてきた。 ネット詩人。こんなにダサい言葉があっただろうか。 いやいや、ちゃんと受け入れよう。ネット詩人、すっごくダサい存在だからね。 たまに凄まじい作品が投稿されたりするけども、実のところ僕は否定的な心情を隠し持っている。 田中宏輔さんとか、誰でもいいけど凄い作品を書かれる方が、誰でも容易くアクセスできる掲示板に投稿すんなよって僕は思う。 だって、そういう凄まじい作品はキラキラと輝いている宝石のようなもので、 寝転がりながら見つけるようなものじゃないんだよ、本来は。 苦労して苦労して、やっと見つけたものであるべきじゃん、というのは僕の勝手な思いだけどさ。 こんな簡単に0円で読めちゃうと、もったいないなーと思う。 凄い作品は、掲示板に投稿しちゃだめだよ。 あーこの作品、掲示板じゃなくて、どっかの本で偶然見つけたかったなと思う。 何だか話がコロコロ変わるようだけども。 ああ、そうだ。僕は詩を捨てたんだ。 正確に言えば、ネット詩を捨てたんだけどね。 じゃあ詩誌に応募でもするのかって言うと、全然やらないよ。 ああいうのはもっと歳を取ってからでいいと思うし、応募しなくても後悔しないからね。 何で僕はアホみたいに齷齪と詩を書き続けたのだろう。 友達がいなかったわけじゃない。彼女だって途切れたことはない。 詩の魔力に取り憑かれたんだろうな。 詩を書き続けて、書き続けて、後悔しないのだろうか。 何のために詩を書いてきたのだろう。 創作に集中している間、周囲の人に寂しい思いをさせてまで、 タバコを吸うように書き続けてきたのはなぜだろうか。 詩人だから? 詩人なんて言葉、煙のように覚束ないじゃないか。 そもそも詩人を本気で目指しているなら、詩誌に出すべきじゃないか。 一度でも真面目に詩誌を読んでみて、その詩誌のレベルの高さを直視するべきで、 それはつまり、ネット文芸投稿掲示板のレベルの低さも同時に直視するってこと。 自分がなんでネット文芸投稿掲示板に身を浸しているか? 同レベルだからだよ。落ち着くんだろう、そこが。 レベルの高い人は、きちんと自分のレベルに合った場所を選ぶものだよ。 便所の落書きの美しさ云々を語る前に、掃除しろよってな。 とりとめがなくなってしまったな。いつもこんな感じだ。
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何も楽しくない ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 106.3
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 4 時間前
コメント日時 1 分前
| 項目 | 全期間(2026/02/06現在) |
|---|---|
| 叙情性 | 0 |
| 前衛性 | 0 |
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| エンタメ | 0 |
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| 総合ポイント | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


まず、修辞的な必然性がないのに行間をどうして あけるのかな。わたしには読みにくいんだけどな。 この、自分の気分を優先して無意味に読者に苦痛を しいるところが、いかにもいまどき詩を書く人の、 "らしさ"を感じます。 それから「捨てる」って童貞でもあるまいに(笑) 「捨てる」っていうものなのかな、詩を書くとい う、お茶お華、書道、盆栽のような作業を。 "「わたしは盆栽を捨てた」"というだろうか??? うん、いうかもしれない。しかし「盆栽を捨てた」に はユーモアがあるけど、なぜか「詩を捨てた」には 悲愴感が漂う。 ネット詩人、すっごくダサい存在だからね。 という言明からみると、ダサいことをしている自分 がいやになったということだろうか。 ネット詩人がすっごくダサい存在だという見方には ひとつだけ間違いがある。このtakoyo2だけはそこか ら除外されている。その真実を肯首するなら、作者の 言明は正しい。ほかは仰るとおりダサいやつばっか だから。はは。 田中宏輔さんとか、誰でもいいけど凄い作品を 書かれる方が、誰でも容易くアクセスできる掲 示板に投稿すんなよって僕は思う。だって、そ ういう凄まじい作品はキラキラと輝いている宝 石のようなもので、寝転がりながら見つけるよ うなものじゃないんだよ、本来は。 田中宏輔氏の詩がどれほど優れていようと「他の詩の 書き手たちが"詩を書く姿勢"を批判する秤」にはなり えない。他の書き手たちが書いた詩を批判するなら ともかくね。 そもそも田中宏輔の詩なんか、まったく良い詩とは思 っていないわたしはどうなるのだ? 田中の詩はある意 味、わたしには気持ち悪くなる詩なんだけど、多くの人 たちが称賛する詩の書き手ひとりのせいで、このわたし の気持ちはアリのように押しつぶされるのだろうか? つまりいいたいことはこういうことです。作者の個人的な 価値観を他人に押し付けてもらいたくないということ ですわ。 しかし、この文章、後半のほうはかなりわたしの気持ちを 正確にいいあてている。そのとおり。詩壇なんかに出しても わたしの詩や小説などだれからも見向きもされないことを知 っているから詩壇にも文壇にも作品を応募したことがありま せん。一度、哲学者で詩人の細見和之から、群像にあなたの 小説載せませんか?といわれた。ぼくが推薦する。イヤだと いったら今後二度と群像に書かないと言ってでも載せさせます。 そこまでいわれても断った。だってわたしは(比喩的にいうならば) "日本人"じゃないから、"日本人"には読めないし理解されないと わかっていたから。ま、「下手」であまり「知的」ではない というのが自分でわかっている。だからこのような市民大衆 があつまるアマチュア投稿板を愛している。 一度、サーフィンに熱中していたとき、サーファーにとって 神様といわれるジェリー・ロペスが生涯、アマチュアにとどまった ことを聴いた。プロになると競技のために心が分断されサーフィン の自由さを堪能できないということだった。 詩にもそれがある。 プロの書き手、たとえばなんだっけ谷川チンタロウだっけ笑 ああなるともうオシマイだと思っています。 アマチュアはだれの目も商売も気にせずに書ける。そういう 利点がある。一方、アマチュアには批判がないから、あっても 素人の運営人の身勝手な採点が付く程度だから、成長がないと いう欠点があるけど。
0おめでとうございます。素晴らしい。早朝からこれが読めてよかったです。私なんかは10年詩を好きになろうなろうと頑張ってみましたが、まったく愛着も湧かず、本当に幸せなんだな私はってそう思う今日この頃です。良き一日を。
0もう一つ。匿名で投稿って酔っ払ってます?ちなみに私は接待以外飲酒しないんです。酔っ払ってネットに出たこと一度もありません。つまり、いつも正気です。あなたは普段はいつも人柄もいい。けれども、どこかのタイミングで乱れていますよね。それが気になってました。頭が良い人、たくさんいらっしゃる。そのなかで少なからず酒で闇堕ちしてる人がいます。あなたもそうかもしれません。ちなみに、文学極道時代からあなたの作品で一度もすごいと思ったことがない。あなたが入選する度に、詩界隈で大人気の友人と、なんであなたが入選をするのかいつも不思議だと会話していました。あなたの作品、ぜんぜんよくないです。そんなお前がこんな投稿をする。最悪だな。なんだったんだよ、お前がやってた賞金コンテストは。そういうお前の本性が作品にいつも出てるんだよ。もう一回一から詩を書きなさい。
0要するにこの書き手は三浦なにがしもそうだけど、 「詩人」という言葉の響きに憧れて詩を書き出したのだろう。 わたしも詩を書き始めた頃は詩人に対してそういうイメージを 持っていたけど、そういう憧れで詩なんか書き始めると、 この方や三浦爆破魔や花緒氏のようになってしまう。つまり、 最後はアマチュアリズムを軽蔑して、砂をかけて出ていく。 おれなんか確たる自信があるから、(詩は下手でもいいのだ! 詩とは下手とか上手いとかいう領域にあるものではなく、そう いうことにこだわらず、人が書きたいものを書くところにあり、 そういう立場だからこそ、どんな罵倒批評でも受け入れるべき だという、それがアマチュアリズムとしての(詩は本来アマチュア である)という確信があるから、ネット投稿板こそ詩人や詩の 在り方だと思っている。 要するにもともと詩に縁がなければ関わらなければいいだけの 話だけど、どうしても詩人という響きにあこがれて無理して詩を 書き、下手をするとだれかさんみたいにH氏賞の審査員にまで なりあがる。こういうの、悲惨なんだよ。悲劇だ。 喜劇なんていってられない。まさに悲劇だよ。 可哀想だけど、さっさと出ていけばいい。
0いや、、、私、詩を書かなくても、元から詩人らしいですよ...よく言われるんです。私は詩人大嫌いなのに、三浦果実は詩人だって言われるんですよね。だから、こんなことやってるんだと...つまり業ですね。業。今後ともよろしくお願い申し上げます。
0詩を書かない詩人っていますよ。存在そのものが詩人って人。 要は何を媒体として詩的なものを表現しているかということでしょう。 『10DANCE』というドラマをみるとベランダに出た竹内涼真が 紫煙がけぶるタバコをくわえて中空の方へ片腕をあげるだけで詩に なっている。(あのドラマでよかったのはここだけとしても) では「詩」とはなにかというと、ふとした瞬間にカタルシスを人に 与えるコトやモノのことをいうのだと思いますね。 しかし今の"日本の"現代詩はそれを嫌がる。カタルシスによる安定・安 全の崩壊を極度に怖れて、まゆの中にひきこもって眠ろうとする。 だれにも脅かされずに。そういう詩がイイネされる情況になった。 三浦爆破魔が周囲から詩人と感じられるのだとすれば、そういうダレた たましいを爆破し 情況にカタルシスを与えるところでしょう。つまり、今回の爆破 作戦は三浦氏の詩的な作品ともいえる。 だからわたしはアホ貝のようにここが閉鎖されることに反対、執着しないし 閉鎖自体を半分おもしろく思っていますよ。ま、残念ちゃ残念だけどね。
1ありがとうございます
0筆者さんへ くどいけど、面前でもう一度言う。 ほんとに逃げるなよ。わかるよね?自分からな、自分から逃げてもしかたがないじゃないか。三浦果実もめっちゃ笑われてます。漢字読めないんだ。俺は漢字読めない。詩もわからんよ。君はわかるんだから逃げないでください。
0詩なんて捨てようと思う。 心配しなくていいです。 何れ詩のほうからあなたを捨てますよ。 何方か知らないが、捨てるを言うその前からあなたは勘違いしてると思う。 あなたは詩を書いてきたんじゃない。文字を、言葉を書いてきただけなのです。 本物の詩ならばたとえあなたが居なくなっても生き続けるでしょう。 だから詩を捨てるというのは間違いだ。 言葉を捨てる。が正解でしょう。 書かなければいいだけの話しを大仰に発っしてる。 誰も見向きはしませんよ。 このようなヤケクソを作文を読めばすぐに説教したくなる、じじいだけです。 で、わたしもそのうちの一人なので言わせてもらいますよ。 詩を書いてるから詩人ではない。 詩を書かない、その辺のおばさんやおじさん。 社会という枠の中で汗を流して働いている人全部を含めて、みんなみーんな詩人なのです。 勘違いしてはいけない。 詩を書いているから詩人とは言えないのです。 詩人とは人生そのもの、生き方のすべてがつながる。 なので、 嘘か誠か、そんなささくれた根性では、 よく知りもしないくせに谷川俊太郎氏を貶してる、 takoyo2とかいうウズラハゲ人物と同じで、 いじけた根性を引きずったまま、 あなたもあの世と道連れにすることになるでしょうね。 情けないことです。 御年35歳ですか、 このような文言を容易く発してしまうとは、 しかし、まだまだ人生はこれからじゃないですか。 心配しなくていいですよ。 そういうお気持ちであれば、 何れ詩のほうからあなたを捨て去るときは来ますよ。
0後悔しないなら、何でもいいのさ。 人はいつか死ぬ。 僕もあなたも、いつ死ぬか分からない。 だから好きにすればいいのさ。
0この投稿者が類くんだとわかってコメントしてるみたいだな。 そうだろ。俺も類くんだと思ってる。 しかし、きみも同じ穴のムジナだな。 テキ屋の神経痛持ちで夜逃げ屋でもあるタコじじいのコメント鵜呑みにする奴はみなクズだが、 きみもその一人になるなよ。 で、ここをどうしたいんだ。潰れるのを待つのか? 知らん存ぜぬか。
0匿名にした意味が全くないじゃないか。 してもしなくても、どっちでもよかったんだけどね。 ああ、しらふです。お酒なんて、めったに飲まないんですよ。 文学極道時代とは、僕が鴉だった時のことですかね。 ええ、僕も不思議に思っていました。 まぁ、たまたま選考の傾向に合致した、それだけの話です。 学校のテストと同じように傾向って大事なの。 僕は別に傾向なんて気にしてなくて自分が好きなものを書いてきただけ。 当時の文極の代表がシュルレアリスム専門家なので、 僕の作風の、なんて言えばいいのかな。 まぁいいや、僕も自分の作品が凄いとは思っていないよ。 ただ選ばれた理由は僕には分かる。 三浦さんには少し難しいのかもしれませんね。 賞金コンテストは当然やりますよ。 最後までね。
0いやいやwアラメルモさんがさー、そういう、三浦果実あんた、どうするの?どうするの?って詰問するたびに、三浦果実が裏で絵図描いてるって思われるじゃないですか。本当に三浦果実はもうなんの権限無いの。私はただ、元の中心者だったから、人間として、ここに居座ってるんです。最期だから。みなさんと一緒に自決するの。わかりましたかアラメルモさん、三浦果実と一緒にここで自決。(朝だよ
0類さんへ ありがとうございます。いつかシュールを教えてくださいー。
0ところでさ、あの類くんて、文極時代の仮名なんて付けてたのさ。 俺わかんない。ひょっとして、、チョイ心配になってきた。
0あ?ごめん鴉だったんだね。 安心した。
0僕が書いてきたものは、紛れもなく詩です。 別に詩と呼ばれなくても構いません。 僕は詩を神格化しないし、単なる媒体の一つでしかなく呼び名でしかない。 僕が書いてきたものを便宜上、詩と名付けているだけに過ぎない。 詩を捨てるとは、僕がこれまでに書いてきたその行為そのものを捨てるということに他ならない。 僕は別に詩人ではないし、詩人と呼ばれたいとも思っていない。 誰もが詩人。それならそれで結構。 誰もが詩人の素質はあるだろうね。 詩が僕を捨てることはできません。 僕が詩を捨てることができるのです。 言葉は捨てませんよ。 ただこれからは普通の言葉を使うということです。
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