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何も楽しくない
僕は詩を捨てた。 高校生の時から書き続けてきた詩を切り捨てた。 35歳になった今、遅すぎる決断と言えるだろう。 詩が僕の全てであると錯覚した。 それはなぜか? それ以外に何もなかったから。 何もなかった。 詩を書くことで、僕は何かを成し遂げているような気がしていたし そして評価してくれる人もいるから、何かを成し遂げたような気分の後押しをしてくれる。 YESもNOも、僕の詩から生まれたものだと思うと、どんなに些細な反響であっても、 僕に繋がっているという感覚が孤独感を紛らわせてくれた。 何者でもない自分を直視するのが怖くてたまらなかった。 ただ単なる現実逃避と知りながらも、表現者になったような高揚感に突き動かされてきた。 ネット詩人。こんなにダサい言葉があっただろうか。 いやいや、ちゃんと受け入れよう。ネット詩人、すっごくダサい存在だからね。 たまに凄まじい作品が投稿されたりするけども、実のところ僕は否定的な心情を隠し持っている。 田中宏輔さんとか、誰でもいいけど凄い作品を書かれる方が、誰でも容易くアクセスできる掲示板に投稿すんなよって僕は思う。 だって、そういう凄まじい作品はキラキラと輝いている宝石のようなもので、 寝転がりながら見つけるようなものじゃないんだよ、本来は。 苦労して苦労して、やっと見つけたものであるべきじゃん、というのは僕の勝手な思いだけどさ。 こんな簡単に0円で読めちゃうと、もったいないなーと思う。 凄い作品は、掲示板に投稿しちゃだめだよ。 あーこの作品、掲示板じゃなくて、どっかの本で偶然見つけたかったなと思う。 何だか話がコロコロ変わるようだけども。 ああ、そうだ。僕は詩を捨てたんだ。 正確に言えば、ネット詩を捨てたんだけどね。 じゃあ詩誌に応募でもするのかって言うと、全然やらないよ。 ああいうのはもっと歳を取ってからでいいと思うし、応募しなくても後悔しないからね。 何で僕はアホみたいに齷齪と詩を書き続けたのだろう。 友達がいなかったわけじゃない。彼女だって途切れたことはない。 詩の魔力に取り憑かれたんだろうな。 詩を書き続けて、書き続けて、後悔しないのだろうか。 何のために詩を書いてきたのだろう。 創作に集中している間、周囲の人に寂しい思いをさせてまで、 タバコを吸うように書き続けてきたのはなぜだろうか。 詩人だから? 詩人なんて言葉、煙のように覚束ないじゃないか。 そもそも詩人を本気で目指しているなら、詩誌に出すべきじゃないか。 一度でも真面目に詩誌を読んでみて、その詩誌のレベルの高さを直視するべきで、 それはつまり、ネット文芸投稿掲示板のレベルの低さも同時に直視するってこと。 自分がなんでネット文芸投稿掲示板に身を浸しているか? 同レベルだからだよ。落ち着くんだろう、そこが。 レベルの高い人は、きちんと自分のレベルに合った場所を選ぶものだよ。 便所の落書きの美しさ云々を語る前に、掃除しろよってな。 とりとめがなくなってしまったな。いつもこんな感じだ。
何も楽しくない ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2718.2
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2026-02-06
コメント日時 2026-02-21
| 項目 | 全期間(2026/06/21現在) | 投稿後10日間 |
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| 叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


まず、修辞的な必然性がないのに行間をどうして あけるのかな。わたしには読みにくいんだけどな。 この、自分の気分を優先して無意味に読者に苦痛を しいるところが、いかにもいまどき詩を書く人の、 "らしさ"を感じます。 それから「捨てる」って童貞でもあるまいに(笑) 「捨てる」っていうものなのかな、詩を書くとい う、お茶お華、書道、盆栽のような作業を。 "「わたしは盆栽を捨てた」"というだろうか??? うん、いうかもしれない。しかし「盆栽を捨てた」に はユーモアがあるけど、なぜか「詩を捨てた」には 悲愴感が漂う。 ネット詩人、すっごくダサい存在だからね。 という言明からみると、ダサいことをしている自分 がいやになったということだろうか。 ネット詩人がすっごくダサい存在だという見方には ひとつだけ間違いがある。このtakoyo2だけはそこか ら除外されている。その真実を肯首するなら、作者の 言明は正しい。ほかは仰るとおりダサいやつばっか だから。はは。 田中宏輔さんとか、誰でもいいけど凄い作品を 書かれる方が、誰でも容易くアクセスできる掲 示板に投稿すんなよって僕は思う。だって、そ ういう凄まじい作品はキラキラと輝いている宝 石のようなもので、寝転がりながら見つけるよ うなものじゃないんだよ、本来は。 田中宏輔氏の詩がどれほど優れていようと「他の詩の 書き手たちが"詩を書く姿勢"を批判する秤」にはなり えない。他の書き手たちが書いた詩を批判するなら ともかくね。 そもそも田中宏輔の詩なんか、まったく良い詩とは思 っていないわたしはどうなるのだ? 田中の詩はある意 味、わたしには気持ち悪くなる詩なんだけど、多くの人 たちが称賛する詩の書き手ひとりのせいで、このわたし の気持ちはアリのように押しつぶされるのだろうか? つまりいいたいことはこういうことです。作者の個人的な 価値観を他人に押し付けてもらいたくないということ ですわ。 しかし、この文章、後半のほうはかなりわたしの気持ちを 正確にいいあてている。そのとおり。詩壇なんかに出しても わたしの詩や小説などだれからも見向きもされないことを知 っているから詩壇にも文壇にも作品を応募したことがありま せん。一度、哲学者で詩人の細見和之から、群像にあなたの 小説載せませんか?といわれた。ぼくが推薦する。イヤだと いったら今後二度と群像に書かないと言ってでも載せさせます。 そこまでいわれても断った。だってわたしは(比喩的にいうならば) "日本人"じゃないから、"日本人"には読めないし理解されないと わかっていたから。ま、「下手」であまり「知的」ではない というのが自分でわかっている。だからこのような市民大衆 があつまるアマチュア投稿板を愛している。 一度、サーフィンに熱中していたとき、サーファーにとって 神様といわれるジェリー・ロペスが生涯、アマチュアにとどまった ことを聴いた。プロになると競技のために心が分断されサーフィン の自由さを堪能できないということだった。 詩にもそれがある。 プロの書き手、たとえばなんだっけ谷川チンタロウだっけ笑 ああなるともうオシマイだと思っています。 アマチュアはだれの目も商売も気にせずに書ける。そういう 利点がある。一方、アマチュアには批判がないから、あっても 素人の運営人の身勝手な採点が付く程度だから、成長がないと いう欠点があるけど。
0おめでとうございます。素晴らしい。早朝からこれが読めてよかったです。私なんかは10年詩を好きになろうなろうと頑張ってみましたが、まったく愛着も湧かず、本当に幸せなんだな私はってそう思う今日この頃です。良き一日を。
0もう一つ。匿名で投稿って酔っ払ってます?ちなみに私は接待以外飲酒しないんです。酔っ払ってネットに出たこと一度もありません。つまり、いつも正気です。あなたは普段はいつも人柄もいい。けれども、どこかのタイミングで乱れていますよね。それが気になってました。頭が良い人、たくさんいらっしゃる。そのなかで少なからず酒で闇堕ちしてる人がいます。あなたもそうかもしれません。ちなみに、文学極道時代からあなたの作品で一度もすごいと思ったことがない。あなたが入選する度に、詩界隈で大人気の友人と、なんであなたが入選をするのかいつも不思議だと会話していました。あなたの作品、ぜんぜんよくないです。そんなお前がこんな投稿をする。最悪だな。なんだったんだよ、お前がやってた賞金コンテストは。そういうお前の本性が作品にいつも出てるんだよ。もう一回一から詩を書きなさい。
0要するにこの書き手は三浦なにがしもそうだけど、 「詩人」という言葉の響きに憧れて詩を書き出したのだろう。 わたしも詩を書き始めた頃は詩人に対してそういうイメージを 持っていたけど、そういう憧れで詩なんか書き始めると、 この方や三浦爆破魔や花緒氏のようになってしまう。つまり、 最後はアマチュアリズムを軽蔑して、砂をかけて出ていく。 おれなんか確たる自信があるから、(詩は下手でもいいのだ! 詩とは下手とか上手いとかいう領域にあるものではなく、そう いうことにこだわらず、人が書きたいものを書くところにあり、 そういう立場だからこそ、どんな罵倒批評でも受け入れるべき だという、それがアマチュアリズムとしての(詩は本来アマチュア である)という確信があるから、ネット投稿板こそ詩人や詩の 在り方だと思っている。 要するにもともと詩に縁がなければ関わらなければいいだけの 話だけど、どうしても詩人という響きにあこがれて無理して詩を 書き、下手をするとだれかさんみたいにH氏賞の審査員にまで なりあがる。こういうの、悲惨なんだよ。悲劇だ。 喜劇なんていってられない。まさに悲劇だよ。 可哀想だけど、さっさと出ていけばいい。
0いや、、、私、詩を書かなくても、元から詩人らしいですよ...よく言われるんです。私は詩人大嫌いなのに、三浦果実は詩人だって言われるんですよね。だから、こんなことやってるんだと...つまり業ですね。業。今後ともよろしくお願い申し上げます。
0詩を書かない詩人っていますよ。存在そのものが詩人って人。 要は何を媒体として詩的なものを表現しているかということでしょう。 『10DANCE』というドラマをみるとベランダに出た竹内涼真が 紫煙がけぶるタバコをくわえて中空の方へ片腕をあげるだけで詩に なっている。(あのドラマでよかったのはここだけとしても) では「詩」とはなにかというと、ふとした瞬間にカタルシスを人に 与えるコトやモノのことをいうのだと思いますね。 しかし今の"日本の"現代詩はそれを嫌がる。カタルシスによる安定・安 全の崩壊を極度に怖れて、まゆの中にひきこもって眠ろうとする。 だれにも脅かされずに。そういう詩がイイネされる情況になった。 三浦爆破魔が周囲から詩人と感じられるのだとすれば、そういうダレた たましいを爆破し 情況にカタルシスを与えるところでしょう。つまり、今回の爆破 作戦は三浦氏の詩的な作品ともいえる。 だからわたしはアホ貝のようにここが閉鎖されることに反対、執着しないし 閉鎖自体を半分おもしろく思っていますよ。ま、残念ちゃ残念だけどね。
1ありがとうございます
0筆者さんへ くどいけど、面前でもう一度言う。 ほんとに逃げるなよ。わかるよね?自分からな、自分から逃げてもしかたがないじゃないか。三浦果実もめっちゃ笑われてます。漢字読めないんだ。俺は漢字読めない。詩もわからんよ。君はわかるんだから逃げないでください。
1詩なんて捨てようと思う。 心配しなくていいです。 何れ詩のほうからあなたを捨てますよ。 何方か知らないが、捨てるを言うその前からあなたは勘違いしてると思う。 あなたは詩を書いてきたんじゃない。文字を、言葉を書いてきただけなのです。 本物の詩ならばたとえあなたが居なくなっても生き続けるでしょう。 だから詩を捨てるというのは間違いだ。 言葉を捨てる。が正解でしょう。 書かなければいいだけの話しを大仰に発っしてる。 誰も見向きはしませんよ。 このようなヤケクソを作文を読めばすぐに説教したくなる、じじいだけです。 で、わたしもそのうちの一人なので言わせてもらいますよ。 詩を書いてるから詩人ではない。 詩を書かない、その辺のおばさんやおじさん。 社会という枠の中で汗を流して働いている人全部を含めて、みんなみーんな詩人なのです。 勘違いしてはいけない。 詩を書いているから詩人とは言えないのです。 詩人とは人生そのもの、生き方のすべてがつながる。 なので、 嘘か誠か、そんなささくれた根性では、 よく知りもしないくせに谷川俊太郎氏を貶してる、 takoyo2とかいうウズラハゲ人物と同じで、 いじけた根性を引きずったまま、 あなたもあの世と道連れにすることになるでしょうね。 情けないことです。 御年35歳ですか、 このような文言を容易く発してしまうとは、 しかし、まだまだ人生はこれからじゃないですか。 心配しなくていいですよ。 そういうお気持ちであれば、 何れ詩のほうからあなたを捨て去るときは来ますよ。
0後悔しないなら、何でもいいのさ。 人はいつか死ぬ。 僕もあなたも、いつ死ぬか分からない。 だから好きにすればいいのさ。
0この投稿者が類くんだとわかってコメントしてるみたいだな。 そうだろ。俺も類くんだと思ってる。 しかし、きみも同じ穴のムジナだな。 テキ屋の神経痛持ちで夜逃げ屋でもあるタコじじいのコメント鵜呑みにする奴はみなクズだが、 きみもその一人になるなよ。 で、ここをどうしたいんだ。潰れるのを待つのか? 知らん存ぜぬか。
0匿名にした意味が全くないじゃないか。 してもしなくても、どっちでもよかったんだけどね。 ああ、しらふです。お酒なんて、めったに飲まないんですよ。 文学極道時代とは、僕が鴉だった時のことですかね。 ええ、僕も不思議に思っていました。 まぁ、たまたま選考の傾向に合致した、それだけの話です。 学校のテストと同じように傾向って大事なの。 僕は別に傾向なんて気にしてなくて自分が好きなものを書いてきただけ。 当時の文極の代表がシュルレアリスム専門家なので、 僕の作風の、なんて言えばいいのかな。 まぁいいや、僕も自分の作品が凄いとは思っていないよ。 ただ選ばれた理由は僕には分かる。 三浦さんには少し難しいのかもしれませんね。 賞金コンテストは当然やりますよ。 最後までね。
0いやいやwアラメルモさんがさー、そういう、三浦果実あんた、どうするの?どうするの?って詰問するたびに、三浦果実が裏で絵図描いてるって思われるじゃないですか。本当に三浦果実はもうなんの権限無いの。私はただ、元の中心者だったから、人間として、ここに居座ってるんです。最期だから。みなさんと一緒に自決するの。わかりましたかアラメルモさん、三浦果実と一緒にここで自決。(朝だよ
0類さんへ ありがとうございます。いつかシュールを教えてくださいー。
0ところでさ、あの類くんて、文極時代の仮名なんて付けてたのさ。 俺わかんない。ひょっとして、、チョイ心配になってきた。
0あ?ごめん鴉だったんだね。 安心した。
0僕が書いてきたものは、紛れもなく詩です。 別に詩と呼ばれなくても構いません。 僕は詩を神格化しないし、単なる媒体の一つでしかなく呼び名でしかない。 僕が書いてきたものを便宜上、詩と名付けているだけに過ぎない。 詩を捨てるとは、僕がこれまでに書いてきたその行為そのものを捨てるということに他ならない。 僕は別に詩人ではないし、詩人と呼ばれたいとも思っていない。 誰もが詩人。それならそれで結構。 誰もが詩人の素質はあるだろうね。 詩が僕を捨てることはできません。 僕が詩を捨てることができるのです。 言葉は捨てませんよ。 ただこれからは普通の言葉を使うということです。
1きみにはきみの考えがあっていいよ。 そういう確信をお持ちならば敢えて否定はしません。 ひとつ僕の信念を言っておくけど、 詩は言葉そのものではないんだな。 僕はそういうつもりでいる。 もちろん思うようには書けないよ。 人生そのものが詩だと思ってる。 なので思うように書けないのはわかってる。 それだけです。
1アホ貝がまたしゃしゃり出てきて、それと同格の 方々が絡んでいる。そういうのをみると漫才だね。笑 ここさあ、新装開店して「アホ貝劇場 吉本支部」とか 命名してさぁ、三浦、類、アホ貝らで漫才やったら? ウケると思う。アホ貝はレモンだったっけスイカだった けと夫婦漫才やればいいのだが、ぷっ。
0ソウルがある。 これから何をするのかわからないが、拍手を送りたい。 類さんはきっと芸術とか文学のような大文字の大義ではなく、 より人間的で他者的な問題意識を持ち続けるような気がします。 35ってまだ若いでしょう。
2おまえランゲルハンス島のプラナリアだな。 脳みその代わりに尻が有ってそこに口がある。 つまり減らず口っていうのか。 「珍学タコ屋敷」 詩人は二度俺の言うことを聞け。 オメエが主催でやりなさい。笑。
0「詩を捨てる」というのは「詩とは何か」わからない僕たちとしては なにでも盛りこんで一緒に捨ててしまえる、或る意味、魔法の言葉で 僕自身は学生のころ 「音と色と数字と時空の神経を脳からぶち抜いて無くして」みたので、、 と書くと変な感じですけど、日々、小さなしあわせで満足してたので 悪くはない言葉遣いのできる作者とやっと令和になってあえた感じで そのたびの書き捨てごめんで、今回も良いのではないのでしょうか? 以下、返詩です(ゴルに載せたものですごめんなさい) かき集めてはため息ばかりついていないで 今にさよなら半歩先 詩を書くことの出来るよぼよぼ歩く老人の 後ろの影のマス席で 韋編三絶繰り返して 今の私から未来の私へ メッセージを書いてみます 令和が始まった今の時代から トロント始発のユビキタス行きの列車は煙りを吐き出し、 有産階級文化の器という名の便は既に変貌を遂げた中で、 イレイザーをも受け容れる枠組のペンタゴンは笑う。 日本のトイレは、ますます綺麗に合理的に未来になり、 トイレに行くことが、ますます、恥ずかしくなくなり、 「私と公」の壁が低くなり、接点が曖昧になるにつれ、 個人の脳の限界を肉体的に理解しはじめているキミは、 ぼくが夢見る「過去と未来と今と何か」を足して割る ぼくの夢の限界を肉体的に理解しはじめているぼくに、 手紙電話FAX通信ワープロ通信みかか通信netwebSNS、 ぼく以外の親兄弟親戚親族地域の皆様職場の皆様友人知人 ラジオ新聞テレビジョン映画に演劇予告編と協賛の太鼓持ち 垣根無し垣根無しの曲がり角先が見えてる曲がり角で、 ごちゃごちゃのタコ足配線をテーブルタップごと力任せに抜いてしまい 音と色と数字と時空の神経を脳からぶち抜いて無くしてしまっているのかもしれない そこが欠如しているのかもしれない、こましゃくれて、ささくれたぼくに、 キミが夢見る「過去と未来と今と何か」の表面を 融合混合の液体の中で 都市の肉体は溶けはじめる 「公と私」の狭間での圧迫死の快感を 悶絶の泣き顔と恍惚の笑顔で同時に表現して 動き出したレシートと最新号のじゃらんと明日着る服を抱きしめて やっと、三つ編みの赤毛のソバカスだらけの女の子は 大草原に現れ
0いつか機会があればねーでもルネ・マグリットの『涙の味』の絵から文脈を自分なりに読み取っていく方が僕の作風に対する理解度が深まるかもしれません。あれも理想形ですからね。ただ僕のはもう一歩、言語でしか表現できない領域を探っているというのもあるんです。要はイメージも副産物であって目的ではないということですね。そんな感じです。瀧口修造の『妖精の距離』なんかもどういう仕組みなのかを考えてみるといいかもしれません。
0コメントありがとうございます。 確かに結構、他者的な問題意識って自分の中で重要かもしれません。 視線を低くして生きたいというか、低い視線だからこそ見える角度を大切にしたいなって。
1コメントありがとうございます。
0コメントありがとうございます。
0もう、うざいから、こんなもの、いちいち上にあげるなよ。 たく、楽しくないからっていちいち他人にいってどうなんだよ、 ったく、ガキ丸出しだ。
0今日パチンコ負けました 慰めてください
0こんばんは。 重さ、苦しさ、立場が違うので 何も楽しくない ということに共鳴されたとて 鬱陶しいだけなのでは、とは 思ったのですが 僕は 成功も不幸も 過程も結果も 他者の生活をインターネットで 目撃することに慣れてしまい 末路というのか 総て 目に入ってしまうのが 虚しく感じます。 当事者性もないままに わかった気になっているのではないか 恐ろしさも感じます。 もう総て在るところに そこに立って あらためて自分が物事を行う意味とはなんだろうか 一蹴ものかもしれませんが。
1ふーん、って思いながら他人の投稿を読むこの時間がネット詩の醍醐味で 読んでも読まなくてもなんの意味もなさないところが最高に芸術的です 草々 「もう詩なんか書かない!ヤダー」がちょっとした話題になるところも好き
0今晩は、初めまして、西川と申します。何も楽しくない、という題名に少し切なくなりました。35才との事ですが、恐らくは転換期なのではないかと 思います。私は27才から32才まで詩を書いていました。その後、突然全く興味を失い止めてしまいました。44才で創作を再開し、2年経ちました。今詩を通してやりたい事が沢山あります。楽しいです。高校生の時から書いているとの事なので、20年近い経験とても素晴らしいと思います。また燃え上がる日は来るのではないでしょうか。失礼しました。ありがとうございます。
1Thanks for reading. 同じ人生なんてないんですよ 経験の不可逆性は 知っていることと起こることの差にあるものです SNSで他者の人生の断片がとめどない滝のように流れていて 自分がそこに紛れ込む一滴でしかないとしても 同じ構造であったとしても 同じ人生は存在しません これは物理的な事実です 好きにすればいいのです 自分が物事を行う意味は自分で作っていけばいいと思います
0Thanks for reading. 結局みんな潜在的意識としてネット詩から離れたい気持ちがあるのでしょう だからそれなりにレスがついたような気がします 仕事で疲れている時なんか、こういう何も考えなくていい感じの投稿とか楽ですよね
0Thanks for reading. こんばんは、はじめまして。 まさしく転換期かもしれません。 20年近くも詩を書いてきたことは、間違いなく良い経験になりました。 ネットに詩を投稿し始めたのは約10年前からです。 詩を20年近く書いてきて、普通なら一流になってもおかしくないと思うんですが、僕は一流になれませんでしたね。 一流の基準は人それぞれですけれども、僕は理想的な詩を書こうとして、いつも辿り着けないんですよ。 才能の壁を痛感するばかりです。 20年近く書いてきて、僕はついに自分の作品に満足したことがありません。 満足したら人として終わりですけどね。 でもしかし、才能の壁は間違いなく存在していて、僕はついにその壁を破ることができませんでした。 撤退します。さようなら!
1ああ、でも、さようなら、と書きましたけど、最後に一つか二つだけ投稿してから去ります。 僕はシュルレアリスムを取り入れた作品には長い時間をかけて真剣に書いてきたのですが、シュルレアリスム以外の作品はパッと書いたもので全く推敲も構成も何も練ったことがありません。 なので、シュルレアリスムの作品に向ける熱量を、シュルレアリスムの手法を使わない普通に読める作品にも向けようと思うのです、最後にそういう作品を投稿しておきたいなと思っています。 その一般的な文体・手法で書いた作品を見て気に入ってくれれば、もしかしたら僕のシュルレアリスムの作品も見直してくれるかもしれませんし。 なんか最後にこれはやらなきゃなと思っています。それ投稿してから撤退します。
1吐き気がしてきた。もう、頼むからこんなもの上げるのだけは やめてほしい。真面目に投稿されている方々に悪い。 下げでお願いします。
0おいらは行分けから散文に行きたいのだけれど、詩情というか、敢えて詩情という事で守っている感情は忘れず持っていこうと思っているよ。
0わざわざ下げるのがめんどくさいんですが、意を汲んで下げておきましょう
0https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=16401 返詩です。 よかったらどうぞ。
0>便所の落書きの美しさ云々を語る前に、掃除しろよってな。 そこまで言ってまだ居座っている神経に脱帽。笑 takoyo2さんの意を汲んでsage
1お読みいただきありがとうございます。 感情も性格も作品に現れますよね。
1お読みいただきありがとうございます。 わぁ、返詩ありがとうございます。
0お読みいただきありがとうございます。 ronaさんはこれからもネット詩人として輝いていってください。
0いやまぁ精一杯の皮肉なんだろうけど、マジレスすると期待(笑)に添えず申し訳ないけど私はネットにしろ紙にしろ詩人として輝くつもりは端からないんだわ。 私にとって詩はあなたのように孤独を紛らわす道具でも承認欲求を満たす為の道具じゃないからね。 私はスポーツの世界の人間だし、その世界で評価も輝かしい時間も貰っているから今更別分野で他者の承認って必要ないんだよね。自分を認めて輝かせてくれた世界に心からの謝意があるし恩もある。だから指導者としてやるべき今や未来があるからね。自分の人生は全てそこに捧げるつもりで生きている。 私にとっては詩は学び以外の何物でもない。ネットだの紙だの下らな差別心もない。投稿掲示板にも学びがあるから出入りしている。シンプルにそれだけ。 まぁ、あなたが詩を辞めようか続けようがどうでもいいしネット詩人を否定するのは勝手だけどわざわざそこに居る人たちに泥をかけて去るような人生ってダサいし惨めだと思うね。ネット詩人がダサいというよりあなた個人がダサいという感想でした。 まぁ馬の耳に念仏だろうけど。笑 sage
0笑 読まないよ 読まなくてもあなたがどういう人なのか分かるからね 読んでないけど長文ありがとう
0想定内の返信です。笑 あなたがどういう人なのか分かるからね。笑 下げる余裕もなさそうだけどその程度の配慮は出来るようになりましょうね。笑 sage
0かわいいね
1ronaさんはかわいいφ(..) 感情も性格も作品に出る、という一言が気になって。 詳しくお話ししてもらえませんか?
0広すぎてどこから話せばいいのか分かりませんが、「作者=作品」ではないですからね。作者の性格や感情が作品に反映されることがあるというわけです。要するに、田中さんが守っている感情があると仰っていたので、そのレスポンスとして守らずとも作品の背景から勝手に滲み出るものという持論を述べたまでです。
0ありがとうございます。 素晴らしい作品や、功績を残す方が人格者かというとそうでもない(逆の場合も、目立ちませんがあるようです) 良い意味で滲み出ちゃってたら好感度高いですけど、 「思い出とかさぶた」と、「何も楽しくない」との対比を見るに、投稿の要旨としては非常に似ているんですが、元が違う気がして。 あちらはビーレビを一切批判しなかったが、もう戻る気はないという。対して、こちらは扱き下ろしながらそれでも投稿する、というスタンス。 結構大事なことだ、と面白く読ませていただきました。 もう二度と参加することはないですけど、と弔辞ばりに死んだ人の良い思い出みたく自分の参加するコミュニティを語られたらびっくりします。まだドキドキしてる。 筆者さんはわりとあっさりしてらっしゃるようにお見受けしました。良かったら作品、読ませてください。なんの気の利いたコメントも残せませんが…。
0面白い作品を書く人はやっぱり面白い人じゃないかなと僕は思いますね。特に二面性を抱えている人は作品に深みがあるような気がします。印象ですが矛盾している人間ほど、結構面白い作品を書くと思います。(思います、ばかりですね……。) ネット詩の在り方として僕はくだらなくていいと思うんですよ。便所の落書きの中で、たまに「おっ」と思えるものもあるわけで、まぁでも傑作とかには、こんなところに書くなよと言いたいだけです。言いましたけど。 まぁこのまま去ってもいいですけど、最後に普通(?)の文体で真剣に書いたものを投稿してみたくなったのです。それと賞金大会2k3kの第二回も開催しようかしらんと。 コメントありがとうございました。
0詩は阿呆を拒まないが、 阿呆は詩を拒む。
0↑ いいこと言うね。座布団一枚だ。
1Thanks for reading. 芥川の『或阿呆の一生』を再読したくなりました。勿論、『侏儒の言葉』も。 阿呆が詩を拒むというのは少し論理が飛躍しています。
0ひとつのレトリックなので 論理的整合性は担保してないです。 ただ、不立文字に気づいたというか、 アウグスティヌス風に言えば藁屑に見えるようになって来ると「詩として表現する」ということを敬遠するのではないかと思うので、論理的には正しくないのかもしれませんね
0論理云々の前に主語と述語の関係を見直した方がいいと思います
0すみません。 誤解を招くような言葉ですが 作者様を「阿呆」と言ってるわけではないので安心してください。 主語と述語の関係と仰られましたが、 本来、その関係というか因果律は 助詞や接続詞によって定義されるものなので見直すは少々的外れです。 ごちゃごちゃ言ってしまい 申し訳ないですが、 私はこの作品、結構好きですよ
0阿呆と言われたと思っていません。 >主語と述語の関係と仰られましたが、 >本来、その関係というか因果律は >助詞や接続詞によって定義されるものなので見直すは少々的外れです。 半分正解で、半分誤解です。助詞や接続詞の役割はあくまでも文脈の関係を明示することであって、その因果律を形成するものではありません。 まぁ私もごちゃごちゃ言うのやめます。みんな、仲良く。わいわいやっていきましょう。
2詩を読み続けてノイローゼになって精神障害者になることはあっても 精神障害者の人が詩を読み続けて詩人になれるほど単純な世界でない という一方通行の考え方をしてきましたが、二者選択以外で考えます。
0このサイトにきて、類さんのことを大阪に住んでいた友だちが まだネット詩サイトでも頑張っていたんだと勝手に思い込んで しまっていましたが、別人だったようです。変な書き込み謝辞。
0精神的に病むような人はどんな世界でも続かないと思いますよ。 例えば思い詰めて早々と人生からリタイアする才能の持ち主。 これで由、と思ったら終わりでしょう。 身体を必要とする体育会系の世界とは違う。 僕のようにボケだしたら、ちょっと蟇蛙にもなりますが。笑
0なにアホなこといってるのかな。笑 >半分正解で、半分誤解です。助詞や接続詞の役割は >あくまでも文脈の関係を明示することであって、 >その因果律を形成するものではありません。 だから類はダメななだよ。モノの本を読んだら批判的に 吸収しないで頭から信じ込んでしまう。 こんな言い分は西欧言語学でしか通用しない。 日本語には当てはまらないのだよ。 きみの嫌いなAIにでも聞いてみればどうかな? 聞かなくても大昔からわかっていたが今はAIという 標準的な一般的概念を抽出して教えてくれる。 AIならこう語る。 「その言明をする人は、言語を「情報の運び手(ツール)」 としてのみ捉え、「言語が思考(論理)を規定する」という サピア=ウォーフ的な側面や、日本語独自の構造を軽視し ている可能性が高いです。 日本語において助詞や接続詞を操作することは、単に既存 の論理にタグを付ける作業ではなく、混沌とした事象の中に 因果という秩序を「彫り出す」作業そのものだと言えるの ではないでしょうか」 こんなことはあたりめえの常識。AIに聞かなくても文学に 関わるものなら最初からわかてなきゃ。笑 1. 「文脈の関係」と「因果」は切り離せない 西欧言語学的な視点では、まず「私(S)が」「愛する(V)」 「あなた(O)を」という論理構造が先にあって、接続詞は それを繋ぐ糊(glue)だと考えがちです。 しかし、日本語において「〜ので(原因)」「〜から(理由)」 といった助詞は、単なるラベルではなく、その言葉を発した 瞬間に思考の因果律そのものを確定させる「思考の進行方向」 そのものです。助詞がなければ、日本人の思考において因果は 「形成」され得ないという側面があります。 2. 「てにをは」は思考の鋳型 日本語は、助詞(てにをは)を置くことで初めて、名詞という 「素材」に「意味(論理的役割)」が宿ります。 「水……飲む……」という断片的な認識が、 「水を飲む(目的)」なのか「水が飲む(擬人化された主体)」 なのかは、 助詞によって後から明示されるのではなく、助詞によってその 瞬間に論理が「成立」するのです。 3. 西欧的「ロゴス(論理)」への偏重 「因果律は言語とは独立して存在する」という考え方は、西洋 的な客観主義(ロゴス中心主義)に基づいています。 しかし日本語は、話し手と聞き手の「場(コンテクスト)」に おいて、助詞を介して関係性を編み上げていく言語です。 「助詞は単なる明示である」という言明は、「日本語においては、 助詞こそが思考のプロセス(因果の組み立て)そのものである」 という動的な側面を見落としていると言わざるを得ません。 以上、面倒だからAIに語らせたがこんなことは常識。 類はいつの時代に生きているのだ? とくに自分が日本人である ことを忘れちゃいけません。すべての欧米言語学、構造主義理論は 日本語にそのまま当てはめられないことをまずは知るべきだね。 そんなことだから田中宏輔や澤なにがしにすぐにイカれてしまうのだ。 ったく。詩を捨てるもなにもきみは詩の尻尾すらつかんでいないよ。笑
0『日本語の論理―ハとガ』三上 章(くろしお出版) 『日本語の思考タイプ』金谷 武洋(講談社現代新書) 『漢字の思想』阿辻 哲次(中公新書) 『文字と言語の構造』白川 静(平凡社など) 『ことばと文化』鈴木 孝夫(岩波新書) 以上のような最新の言語学の本読んで、もう一度、 詩を一からやりなおしてはどうかな。 詩を捨てるもなにも日本語の使い方すら知らない。笑
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