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一(いち)」
コタツに脚をいれたまま 背を畳に横たえ/天上に向かって 一本の指を立てる 天頂儀の針のように真っ直ぐに 空の一点を指している/人さし指 これがわたしの墓
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一(いち)」 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 432.2
お気に入り数: 1
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2026-01-26
コメント日時 2026-01-27
| 項目 | 全期間(2026/01/28現在) |
|---|---|
| 叙情性 | 0 |
| 前衛性 | 0 |
| 可読性 | 0 |
| エンタメ | 0 |
| 技巧 | 0 |
| 音韻 | 0 |
| 構成 | 0 |
| 総合ポイント | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


訂正。 タイトルの末尾に消し忘れの余計な"」"がついてます。 無視してください。笑
0巨大なORRERYに跨がるコペルニクスよ あなたは中指を立てたまま 小さな我々を見下ろしているのか
0比喩としては理解できますが「墓」と断言する必然性が弱い。作者の内的感情が過度に前景化しており読者に委ねる余地がありません。 また コタツ 畳 指 といった具体物が単なる自己陶酔的イメージに留まっており普遍性を欠いているように感じます。 詩は私的体験の吐露ではなく他者に開かれた言語であるべきです。
1読み手をリアルに触れさせる力はあると思う。ただちょっと惜しい気がするのは「これがわたしの墓」といったときに、読み手は直感的に、書き手の「理想」をみてしまい(本人は認めないかもしれないが)解釈のふくらみが損なわれてしまうのではないだろうか?と危惧した。実物を観察してそのまま描き出している、というよりも、リアルをアニメ的な世界に再構築しているような巧さが嫌味になっているように思った。
1>詩は私的体験の吐露ではなく他者に開かれた言語であるべきです。 他者といってもいろいろありますからねえ。わからないひとには 開かれてないことになり、なにかわからんけどなにか感じるという人には 開かれていることになる。こんな発言は何の意味もないと思うけどねえ。 私的体験といってしまえば、何の意味もない狂人の妄想も私的体験だし ウィトゲンシュタインの観念的な妄想も私的体験ですからねえ。笑 つまらない議論、よしましょうよ。お互い大人なんだから。
0>読み手をリアルに触れさせる力はあると思う わたしもそう思っています。それがひとつの在り方としてあっていいのじゃないかと。 >解釈のふくらみが損なわれてしまうのではないだろうか?と危惧した。 ああ、なるほど。まさにそれですね。実はわたしは自己陶酔とまでは いかないけど、指を天に立てて颯爽と死地に向かって歩くアニメ的な かっこいい人物をついうっかり想像してました。いやはや、汗顔の至りです。
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