山口旅行記
わたしはわたしは
湖へ
近所にある湖へ
(具体的には別府弁天池)
向かひつつあり
わたしはところで
若さの尾を引く二〇才の
若者なり
外に出るやうに、最近はしつつあり
でもあんた
かくして良く言へば
踏みしめるやうに
わたしの言葉で言へば
一文一文、終止するやうに
詩を書くと
切ない気がする
最近の人間はほとんどロボットにあり
わたしはロボットにあらず、されば
泣きもしなひし愚図りもしなひ
だけどこれではいけないと頭が言っている
わたしは湖へ向かひつつあり
言葉がくだらないと思ひながら向かひつつあり
涙が出ても湖に吸いこまれていくだらうと
思ひながら向かひ
やがて到着せり
一五才の自分を探しに来ぬ
わたしは自分を褒めていた
それがこの世で一番くだらないのに
水面はきらきら揺れた
わたし以外の誰もいない
作品データ
コメント数 : 12
P V 数 : 603.7
お気に入り数: 1
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2026-01-19
コメント日時 2026-01-21
#縦書き
| 項目 | 全期間(2026/01/25現在) |
| 叙情性 | 0 |
| 前衛性 | 0 |
| 可読性 | 0 |
| エンタメ | 0 |
| 技巧 | 0 |
| 音韻 | 0 |
| 構成 | 0 |
| 総合ポイント | 0 |
| 平均値 | 中央値 |
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
閲覧指数:603.7
2026/01/25 18時12分09秒現在
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変な詩だが、 古文書きが逆に興味を覚えててしまう。という 筆者はなかなかのやり手だ。
1ありがとうございます。 とっても嬉しいです?
0長沢池の弁天社もなかなか趣があります。 機会があれば是非。
1長沢池の弁天社、写真を拝見しましたが、とっても良い場所ですね。わあ〜行ってみたい!
1北村透谷風の文体と、ところどころにモロの現代文が混ざって、なんとも乙です。かなーりデキる人と見た。
1ダメだなと自分では思ったのですが、本当に励みになります。ありがとうございます。
0旧仮名遣いや文語的な表現がところどころに ありますが......意図的であれ無意識的にであれ、 こういうことばを書くと、その方に専門的な人から 書き手の心の構造がすっ裸になって、隅々まで 透視されてしまうことを覚悟したほうがいいのです。 旧仮名遣いや文語をところどろこ交える表現という のは心の「先祖返り」(=「精神の退行」現象です) 精神の退行現象とは何かというと現在から心を昔に 退避させる行為、つまり、ひとつの精神的な逃避 行動です。だから詩がひとつの世界であるとすれば、 そこには亀裂があり、分断があり、ちぐはぐさがあ ります。それは当然、健康な人からみるとある種の 不気味さを伴うのですが、その不気味さのもとを辿 ってゆくと、書き手のすっ裸な全体像が見えてしまう。 だから、こういう文体を書くときは用心が必要なの ですがね。わたしからすると前張りもなくしたすっ裸 の書き手が目の前にいるのですが、やっぱり詩って 怖いし、わたしの場合いつも投稿するとき恥ずかしさ を感じるのですが、たいへんなものですね。そんなこ とを改めて感じました。
1いろいろ考えてくださりありがとうございます。
0こんばんは。 「わたしは自分を褒めていた それがこの世で一番くだらないのに 水面はきらきら揺れた わたし以外の誰もいない」 僕もロボのような性格をしているので、立ち止まりつつ 最終連がもっとも突き刺さりました。氷柱を受けて胸が赤く染まる。余韻が深いです。
1よかった。嬉しいです、ありがとうございます。
0久しぶりにのぞいてみたらこんな素敵な詩を読めるんだからネット詩はやめられない。 古文書きの小気味良さは読んでいてすがすがしいし、自らに客観的であろうという若い感性に、周囲は冬枯れなんだけど、自身への期待がふつふつわきながら歩いている、そんな風景が浮かぶ作品だと思いました。 「だけどこれではいけないと頭が言っている」 ここは、意味はわかるのですが、もうちょっと”私”に寄り添った表現でもいいのかなと思いました。ちょっと説明的すぎるといいますか。
1嬉しいです。 しかし、"私"の詩なのに対して、急に現れる説明っぽさ…やはりこれは詰めが甘い作品です。理解と反省をさせていただきました。ありがとうございます!
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