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とこずれ
ふやけるほど風呂に浸かった後 深夜2時くらいまでは勝手に 破滅的な気持ちで幻燈あそびをやっていて 盛んに狂った猫のやすとこに執着していた所 4番書庫『Locusts』に先週来白鯨があったのを思い出して取りに行ったのです、 『人間科学とか心理学とか精神医学というものが人間の理想体を喝破して駆逐し、とにかく懈怠で愚劣な人間のすがたが大量に観念上に生み出されることと相成った。 精神の理想体を放棄してお前らは生き続けることができるのか?』 後藤くんあたりはこういう事を言っていた訳だが、あなたが義の為に、すなわちいずれにせよ生命の為に精神の理想体を放棄したならそれはとても充分に理想体的な振る舞いをする精神とは言えないのか。 図形という言葉を生まれて初めて聞いた人間に説明するときに、『紙に書いた形を図形という』と説明すると、『絵は図形であるか?』という質問をされた、『絵画を図形の範疇に入れることはひょっとしてできるかもしれないけれど、同時に図形と絵画は対義的な意味を持っている。』と答える。 語というものは妙にグラデーションを帯びた状態で存在し、だから付帯する一部の意味が特化して強化されると、強力に思考に反映するのです。 全生者とこれまでの死者を含めたある一個の生命が存在するという半信半疑の確信の為に凍てついた廊下をあるいて本棚まで行くのでした。
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とこずれ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 178.2
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2026-01-05
コメント日時 2026-01-05
| 項目 | 全期間(2026/01/06現在) |
|---|---|
| 叙情性 | 0 |
| 前衛性 | 0 |
| 可読性 | 0 |
| エンタメ | 0 |
| 技巧 | 0 |
| 音韻 | 0 |
| 構成 | 0 |
| 総合ポイント | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


言葉の牢獄に囚われて、 似たような思いをもち、似たような情況にいる 若い方はたくさんおられると思います。 もちろん、人を苦しめ人を悩ませるのはことば ですし、そこから救い出し、人によろこびを与 えるのもことばです。 でもわたし個人の感想でいえば人は観念的なこ とばに囚われてかってに苦しんでいるようにし か見受けないのですね、これが。 「愛」だの「真実」だの「幸福」だのといった タワゴト(観念語)を必要とする愚かな人間。 だってそうでしょう? たとえば「赤」「青」「黄」といった色を表す単 語だってそんなものはウソで、どこにもないの です。 色として現実にあるのは"青森県〇〇群●●村の 某さんの畑に実った季節外れの収穫を忘れたト マト”の、色です。あるいは"トラクターに惹か れてぐしゃぐしゃになって皮だけになったきゅ うり"の、色です。 古代には「赤」「青」「黄」という今のように洗 練されて、観念として煮詰まった各色を表す言 語はまだなかった。古代人は赤を言い表すのに、 最初に述べたような長い長い注釈と形容をつけ て「赤」という色を他人に語っていたのです。 ほんとうをいうと「赤」とか「青」とか「黄」 という単語は非常に難解で難しい言葉なのです って。むしろ古代人には難解な現代詩のような 描写がすらすらと頭に入る。ところが現代人は 難解な現代詩風の表現より赤とか青とか黄とい われる方がすぐに分かる。でも実際には分かっ たつもりになっているだけで、実は観念として 統合された記号なだけで、ほんとうは、ちっと も分からなくなってしまっているのです。 これは「愛」とか「真実」とか「幸福」とか「平 和」とかいった観念語も同じ。人はまるで「愛」 がほんとうにあるように考えているし話してい る。「真実」も「幸福」も「平和」もまるでほん とうにあるかのように話している。古代人からす ればびっくりものでしょうね。笑 投稿者さまが落ち込んだ言葉の牢獄から抜け出る には、今一度「知」というものを全部脱ぎ捨てて 足で踏んづけて蹴飛ばしてざぶんと風呂に入り、 鼻歌でも口づさみながら湯に浮かべた盆の熱燗を いっぱいやることが必要な気がしますね。
0ありがとうございます! まあ、本を読む趣味って実際面倒くさいものですし、無理に頑張ってそれを趣味にしなくてもよいとは思いますね
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