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よびな


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読んでいただきありがとうございます! 煩悩で詩を書きました。なんだか笑っちゃいます。 (標本的生存本能(煩悩))

2021-04-21

コメントありがとうございます。 相撲界の妖精は聞いた言葉を面白いと感じたのでそのまま使いました。 (相撲界の妖精)

2021-03-29

私の判断としましては思出話はライ麦さんの作品を読んで想起したものなので、作品を読んで感じたこととしてコメントしました。 (欠席)

2021-03-29

この詩を読んでの私の感想です。 私は海のない町の生まれですが、小学校のころ児童クラブかなにかで近所の山に連れていかれて、『このあたりの山からは貝の化石がでてくるが、よってこの辺りまで昔は海だったのだ』と説明され、その頃の地球温暖化で海面が上昇して陸地が海に沈むというイメージと共に町が海に飲まれる状態というのをイメージして恐ろしくなったのを思い出しました。「海のなごり」という言葉は、時間をものすごく引き伸ばした感覚があって素敵ですね。 (欠席)

2021-03-28

言葉を計算、というのは面白い表現ですよね。言葉の何が計算できないというのは多分言葉を受け取った相手の心情が計算できないということなのでしょう。 その言葉の結果相手がどう思うかが計算された(と私が思い込んだ)言葉、に(私が)嫌悪感を抱くのはこういうことなのかな、と思いました。私はそれでも自分なりの素直な言葉を返せばいいのに、(あなたは私がこの程度の計算を分からないと思っているのか?)という態度を相手に取ってしまうわけです(これも極端な話ですが)。私の性格の最低な部分であり、私が文学というものに何とかしてほしいところです。やっぱり「言う」ことって大切なのだろうなと最近思います。難しいですが。福まるさんのコメントで色々考えて言ってみました。どうもありがとうございました。 (I Would Not Die in Summer Time)

2021-03-11

読んでいただきありがとうございます。 言葉を計算、とは、言葉を足したり引いたり掛けたり割ったり、することですか?論理的に組み立てるということでしょうか。それとも、本心とは異なっていても状況的な好機を期待できる言葉を選ぶということでしょうか?もっと一般的に、状況によって相手が不快にならないような言葉遣いをするということでしょうか。 良く分からなくなってきましたが、伝わりやすい言葉で話せる人、ということでしょうか。私が思ったのは、私は実際は伝えたいことがあって言葉を使おうとしているのではなくて、言葉の上手い使い方をすれば使えば何らかの面白いものが発明できるのではないかと言うことで言葉を使おうとしていることです。言葉をいじくるのは楽しいのかもしれませんね。長々となりましたがありがとうございました。 (I Would Not Die in Summer Time)

2021-03-09

この詩、駄洒落詩(?)のつもりで書いてみたのですが、どうだったでしょうか。大体「駄洒落詩」なんて成立するのでしょうか?しかし、日本語の漢字って同音異義がたくさんありますよね(中国語ではイントネーションで区別すると思いますが) ありがとうございました。 (成敗、テーバイ神聖隊)

2021-02-24

>脳内の勝者が語るみたいな。 そうですね。「自分がそうあって欲しい言葉」よりも「強い言葉」「勝利した言葉」が語ることが多いでしょう。でも強い言葉こそ、自分の理想たるべきなのでしょうが。などと言っているとまた変なところへ落ち込みそうで、こんなのは詩の管轄から外れているかもしれませんが、私はそれほどに詩や文学に期待しています。ありがとうございました。 (成敗、テーバイ神聖隊)

2021-02-23

読んでいただきありがとうございます。意味を考えて下さって嬉しいです。 実は、この詩は大体の部分が色々な文章の引用になっております。ご指摘の部分は昭和天皇の読み上げた玉音放送の一節の文句です。前後の文が抜けていて分かりにくいのですが、「(日本の国民、軍部、政府に対して)それでもまだ戦争を継続するのですか、そんなことをしたら日本民族を滅亡させるどころか、私達は人類の文明そのものを否定して破却してしまうでしょう。」という意味だと思います。ものすごい強い文章ですね。戦争を停めるための言葉なのですが。意味が強い言葉をいっぱい書きましたが、全体としてあんまり意味がないかもしれないです。意味を言うということは、それが正しいか否かを少なからず言うことになりますから。 (成敗、テーバイ神聖隊)

2021-02-19

この詩を読んでの感想です。 最初の(四番)を読んで銀行の窓口だろうかと思ったら急に(なめくぢ)が出て来たので面白いと思いました。しかしもう少し読んでからこれは短い詩が4つなのだと気が付きました。ブーゲンビリアという花の名前は初めて聞きました。 「私は、あなたは、私達は、一体何の話をしているのか」というのは非常に重要だと思います。何の話をしているのかという話は、普段あまりされませんけれども。 (四番)

2021-02-19

この詩を読んだ感想です。 「地球はそもそも難しい うそでつながり、無意味な世界だ」 の部分は、この世界すべてが無意味ならば簡単なのではないでしょうか。無意味ではないから難しいのではないですか?でも意味を考えるほどに影響のある可視的、直接的な問題が現代社会にはあまりないのだろうなと思います。それこそ、いまある直接的な問題は人間と自然界の問題くらいでしょうか。 (詩小説クリップ!さわがないでわめいて)

2021-02-11

この詩を読んでの私の感想です。 この詩を読んで「暇」について考えてみて、この詩に出てくる暇は私のイメージする暇とは異なっているように感じました。私は全くの幸福のなかの満足とか充足とか、の中にも暇があると思っています。完全に満足しているからこそ、何をやっても良い、というような。この詩に出てくる暇には、やるせなさとか、退屈さを感じます。この詩の妻の寝顔、が自分の充足や満足となり、自分の人生全てが肯定される証としてそこにあるなら、その向こうにまた肯定された暇、があるのではないでしょうか。暇を根拠として奥さんの寝顔を見る自分、は「充足」していないのか、もしかしたらこの詩の思考先にそんな充足への気付きがあるのか、と、色々考え面白く思いました。 (〈妻に〉)

2021-01-14

この詩を読んで思ったことです。 野球ってありますけど、テレビで放送されるプロ野球選手の野球だけが野球じゃないですよね。小学生から休日の社会人まで、また野球ファンまで、たくさんの人が色々な仕方で野球に関わって野球というものを形成していると思います。 コンピュータープログラマーも、プログラムを書く人間だけじゃなくて企業用コンピュータ作る会社とかパソコン作る会社とかゲーム作る会社とか色々に利用されて、その利用者がいてコンピュータの文化が成立していると思います。 詩も、著書が文庫本になる作家もいれば、自分のノートに詩を書いてみる中学生がいたり、ネットに詩を投稿する人がいて、それを読む人がいて詩という概念を形成していると思います。詩を書く、書き始めた人は、きっと詩の概念に何らかを感じて、その一因子になってみたいという思いで詩を書き始めるのではないでしょうか。 詩が全く失くなった世界は寂しいなあと思います。 現代社会は自己否定的にならざるを得ない社会のように思います。民主主義国家というのはみんながすごく当事者的で、個人がすべてを背負っていますからね。 (あなたは誰ですか?)

2020-12-28

この詩を読んでの(曲を聴いての?)感想です。 びよよーんという静かな感じの明るい曲調が、個人製作っぽい青春映画とかでながれてたらとてもいい雰囲気だろうなあと感じました。この曲がテーマ曲の映画を見てみたくなります。 (B♭→D)

2020-12-22

読んでいただきありがとうございます。 視点が珍しいというのはこの詩が誰から目線かということかと思いました。詩や言葉には誰かから誰か(誰か達)へというのが必ずあるものなのかも知れないです。そうするとこの詩には何らかの目的があるような気がしますが目的のある詩は考えてみるとなんだか怖いと思いました。 また私の詩は言葉同士のつながりについての感想を度々いただくように感じ、そういった特徴があるのかな、と面白く思いました。なにか感じて頂けたなら嬉しいです。 ありがとうございました。 (誰か世界と手を繋ごうとしていつの間にかぶん殴ってる)

2020-12-20

読んでいただきありがとうございます。 殴った方は殴ったのをすぐ忘れちゃうけど殴られた方はいつまでも覚えてる、というような話がありますが、殴った殴られたという議論はいつだってとんでもなくこんがらがりますね。 多くの場合殴る方は自分が殴ってるのを自覚してないのですが、殴るのを自覚して殴る場合に、戦いや復讐のように、殴るのに大義名分がある場合があると思います。 あとは多分、世界と手を繋ごうとしていつの間にかぶん殴っちゃう場合です。詩を書くという行為に感じたことです。 ありがとうございました。 (誰か世界と手を繋ごうとしていつの間にかぶん殴ってる)

2020-12-19

読んでいただきありがとうございます。自分の詩の解説は良くないと思うのですが、感想を受けてわたしが思ったことです。 わたしには手をつないでからのことしか書けないのだと思うのです。 手は(多分)無理矢理つながせられて、つなぐことって幸せでしょそうでしょ幸せなんだよ?って或いは私は手を繋げないんだ!駄目だ!って。それって(無自覚でも)つなぐことは前提にされてますよね。 手をつなぐことは幸せなんですがつなぐことはやっぱり前提なんだと思います。 でも私たちは手をつないでいるのに、まだつなごうとするか、もっとより完璧につなごうとする。つなぐことを目的にしてしまうんです(それって「重たさ」でしょうか?)。のが嫌なんです(つなぐことを否定してはいませんよ)。前提にすること、目的にすること、の違いって大きいな、と思いました。 そう、そして、例えばバットにボールを当てるのが苦手な人(手をつなごうとしてぶん殴っちゃう人(或いは私かも))が本当に頑張って当てようとして、空振りしている、横で、おいおい当てなくたってバット振り回すのって楽しいじゃねえか!?っつってブンブンバット振ってる人が居たら空振りしてる人はそいつにブチ切れるか、なんなんだこいつ、と軽蔑するか。 でも周りに誰もいなくてそいつの印象が多少良ければ(うーん、まあ、今日は帰るか)となるのを希望に頑張りたいと思います。野球が得意な人が居れば、サッカーが得意な人もいるかもしれません(笑) (誰か世界と手を繋ごうとしていつの間にかぶん殴ってる)

2020-12-18

この詩を読んでの私の感想です。 早朝は私の一番好きな時間帯で、冬の朝というのは早起きが辛くても気持ちが良いと思った高校時代の通学を思い出しました。昼間は太陽の光というものは気に止まりませんが、朝の時間は日光をとても印象強く感じると思います。昨日の記憶が冷たく残っている朝、ということで徹夜明けの朝を想起しました。 (冬の朝)

2020-12-13

タイトルがタイトルなのが面白い、と思って読み始めました。 この詩を読んでの私の感想です。「頭の中に画像を詰め込めるだけ詰め込んで 欲しいものは星ほどあるから 大丈夫 心が叫ぶほど声は出ない 泣き顔ほど星ほど遠い」のフレーズが良いと思います。全体的に葛藤している辛さ、みたいなものを感じましたが、このフレーズはこの詩でこれを掴んでおこうという力の強い言葉だと思います。 (タイトル)

2020-12-13

読んで頂きありがとうございます。とても温かな気分になるコメントだと思いました。実はこの詩には私一人しか出てこないつもりで、閉じこもった気分で書いたものだったのですが、「あなた」と天使を見る私、が居るのだというこの詩への解釈で、少し明るい詩に見えるように思います。ありがとうございました。 (風呂場で天使)

2020-12-13

読んでいただきありがとうございます。 僕はニュートラルで中立な純粋な絶対的に正しい言葉を求めているかも知れません。でもなぜ絶対的に正しくなくてはいけないのか、絶対的に正しいことは本当に正しいことか(ちょっとよくわからなくなってきましたが)というのは難しいですね。 (ことばの刻み)

2020-11-05

批評ありがとうございます。自分の書いた文章について、他の人が書いたものを読むことはとても嬉しいです。 批評への感想ですが、私がこの詩を書いたときは「他人の言葉は実は自分の言葉だ」、という意識で書いた記憶があるのですが、rさんの批評には「自分の言葉は実は他人の言葉だ」という見方が書かれていると思います。誰かから受け取る言葉も、さらに誰かに発する言葉も、実は全部自分の中にあるのだ、という意味ですよね。私の詩についてrさんに書いていただいた文章から私が感じたことですが、これは面白いと思いました。 (自分の言葉は他人の言葉)

2020-11-05

すみません。上はrさんへの返答です。 あらためまして読んでいただきありがとうございます。 ことばの責任というか、わたしを傷つける言葉というものはほとんど、実は私の内にある言葉のような気がします。ということでした。確かに僕が混じってといきなりするのは黒曜石が出てくる上との関連が薄くて唐突な感じがします。 とても好きとのお言葉、嬉しいです。 (ことばの刻み)

2020-10-29

こんにちは。読んでいただきありがとうございます。 私は時々ことばが怖くなることがあります。それは多分私の自業自得である場合もあるのです。余程心が弱っているときですが。そういう時息がしずらくなるような気がするのでした。 (ことばの刻み)

2020-10-29

明日への嫌悪というか倦怠というか、そういったものがひとつテーマでしょうか。心に矛盾があるときの苦しみというものについて考えました。 明日について思い悩むほどに、明日について大切に考えておられるのだと思います。 (夜明けの盗み食い)

2020-09-30

意図的にインターネットより発生した新しい(みかけの)普遍にファイティングポーズを取ってみようとしたとすれば、とても有意義な書き物だと思います。しかし、素材をそのままごろごろんと並べられている感じがして、書いた人は可笑しいのか、悲しいのか、問いかけてるのか助けを求めてるのか汲み取りにくい。ということを考えました。 好きだ!!大脳見せてくれや!!!はとても好きです。 (INTERNET)

2020-09-16

読んでいただきありがとうございます。やはり、人間につけられる名前には意味がこもってますよね。逆に我々を区別するものが名前しかないとしたら、悲しいと思います。 ありがとうございました (呼美奈ちゃん)

2020-09-11

書き出しの一文がかっこいいと思い読み始め、そのまま最後まで読みました。文体や雰囲気が読んでいてぬふっと笑ってしまうような諧謔的な感じで、個人的に好みの文章です。 この詩のわたしはすべてから断絶したまま、というように感じ、断絶したままで終わりなのかな、ということを考えました。 (こんなもの)

2020-08-26

読んでいただきありがとうございました。タイトルを気に入っていただけて嬉しいです。確かに議論が迷走してますね・・・。迷走するほかないのかもしれません。 (むげんかくめいろんじゃよ)

2020-08-03

これ以上の返信は野暮ですね。はい。 ええ、芸術は誰かが殺さなきゃいけません。芸術が現実への殺意から生まれたものならば、芸術も殺意を持って受け止めて然るべきでしょう。殺されずに神棚に祀り上げられたら芸術じゃありません。 人間は「反」獣ですが「非」獣ではないと思っています。僕の思想、というか悪癖ですが(こんなものにいつまでもつきあっていただけるとは思ってません)。 (「名前」禁止令)

2020-07-31

自分の詩を読み返していて思うところがあり、どうしても気がかりなのでもう一度コメントさせていただきます。 「白い怒りを吐く人」への無関心を読み取った、とのことでしたが私は 「白い怒りを吐いている、蛍光灯みたいなべったりした光が照らして、顔に汗をかく」 までをセットのつもりで書いたのです。つまり前の人が吐く、蛍光灯のような白い怒りのべったりした光に照らされて、顔に汗をかいているのは僕です。怒りが光なのです。 タイトルに関しては小説など表紙にタイトルが書いてあって、本文にはあまり干渉しない感がありますよね。僕としてはそのような感覚です。 人間は必ずどこか獣であるのに、なにからなにまで点数付き名簿なんとかなるだろうと考えられている感がありますね。 かっこいい文章を書くという快感が創作の目的でありたいです。 それから、そうです。もしかしたら言葉の先に「詩(文学?芸術?美?)」があるという意識を僕は持っていますし(あらゆる芸術は近似値であるべきです)、この詩は名付けへの名付けだ!と言われるとその通りなのですが、それを認めてしまうと詩的な観点からこの詩が死んでしまうような気がするので、ノーコメントにします。 (「名前」禁止令)

2020-07-28

読んでいて思ったのは、これはあまり大人の人が読みたがらない詩だな、ということです(悪い意味ではないです。読者を気持ちよくさせるのが詩の目的ではないのですから。また私は個人的に書かれないものを書いた文章が意味のある文章だと思っています)。この詩に書かれているのは一般的に「思春期」そのような言葉で片付けられてしまうもの、そういうことにして無視しておけるものだと思います。 なぜ大人の人が読みたがらない詩なのか、というと大人も、誰しも昔に「思春期」と名付けられた時期にこういうことを考えたことがあるけれど(本など読んでいてそう感じます)、忘れるかこういったものを無視するかして大人になったからだと思います。この詩には思春期的な嘆きだけがあるからです。 個人的には悲しいことがあって、じゃあなぜ悲しいのか、ということが重要だと思っています。 目がカメラ、という表現は好きです。まさにカメラになるしかないなあ、と納得しました。「謙虚さのない人間は消えろ」というのも全然謙虚じゃないのがいいと思いました。 (不信ロボット)

2020-07-25

読んで感じたことをコメントいたします。蛇足ですが個人的に好きな舞城王太郎を思い出しました。格闘ゲームと受験の参考書、のようなものが想起され、なんとなく男子中学生のようなイメージに自分としては少し懐かしい感覚がしました。冷笑的な感じがして良いと思いました。ただタイトルなど見て思春期の少年だとしたら少し羞恥心がない感じがします。にやりはnearlyでしょうか。ひやりが名前というところは考えてもよくわかりませんでしたが、自分の名前に気が付いて(?)「名前じゃないか。」と少し冷静になるのはなんとなくドラマがあるような気がしてかっこいいと思いました。 (【史上最長】-全裸パークに行ってみたwww)

2020-07-21

↑すみません詩ではなくて死でした。 (不信と夏)

2020-07-19

コメントありがとうございます。詩の恐ろしさへの疑い、という意味が読み取れるとのことで、参考になりました。 私は本当は作品を(作者が)解説することはあまり良くないことだと思うのですが、私の意図としては例えば私たちが知っている死の姿、のようなものは表情だけ安らかな溺死体のようなものだと思うのです。でも本当は、おぼれ死んだ人というのは水中でものすごい苦痛を味わいますよね。溺死した本人にとっても、死んだ後のことはわからないので、溺死している最中しか自分の死を認識できないのです。だから溺死体は本人は死んでいてもそれを認識できない、死を見る生きている人も、死んでいないから、死を認識できるわけではない。わたし達は死を認識できないと思います。僕は死はずっと怖いです。 (不信と夏)

2020-07-19

批評ありがとうございます。このような種類の作品があることを知らず、読み飛ばしてしまっていました。 鳴海幸子さんの批評と、僕がこの詩を書いた時の意図をいま照らし合わせてみると(それが自分の詩への批評の正しい読み方なのかということは分かりませんが)、全体の抽象的な意味は大体僕の思っていることと同じだと思いました。そこから表現の具体的に表すものになると、僕が想定していなかったような意味まで汲み取られていて参考になりました。 「獣」というのは美しいものでもありますが醜いものでもあると思っています。「獣」は実は人間の側にもあるものだと思っていて、例えば犯罪者など、それも倫理に逆境するような、万人に人間扱いされないような、まさに倫理という「言葉」によって断罪されるもの、があります。人は言葉によって断絶してしまうことがあるように思うのです。獣はますますその「眩しさ」を恐れて闇へ逃げていきます。それがどうか、ということまでは言えませんが僕は詩にそう言ったことを書きたいと思っているかもしれません。「言葉って全部何かの名前なんじゃないか」ということからこの詩を書いたので大体そのような意味です。 (「名前」禁止令)

2020-07-19

「君を照らして特別だから」という一文がかっこいいと思いました。「思い出」というところから「君」との関係が過去のもので、振り返ったら「君」との何かが終わってしまい、美しい終わりという衝動と、そのうしろめたさ、と「君」自体という要素がせめぎあう状況を感じました。 (日の出に背を向け)

2020-07-12

前半には「後ろ向きな感じの強いエネルギー」のようなものを感じました。文字にしにくい叫びという表現が、現実には出てこない、強いエネルギーのようなものを表していると思います。最後にはすべて終わってしまうのですが、そこには悲しさとは少し違う、微笑みのような、どこかすっきりしたような思いを感じました。 (酩酊)

2020-07-12

読んでいただきありがとうございます! 私は何かを書くときはなるべく題名をかっこよくしたいと考えているので、誉めていただいて嬉しいです。私はどういうものが詩なのかというのが自分の中でまだよくわからないのですが、繋がりと、説得力というところに詩を感じたというあささんの見解に、なるほどなあ~と参考になりました。 (名前だけくるくる踊っておおいかぶさる)

2020-07-12

雨粒

2020-07-12

紫陽花

2020-07-03