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きんだいし
あの黎刻を覚えている 最高光度の藍が うっすらと薄れ 星が見えなくなった日のことを 「やっぱり嫌だな、君の詩」 イヤホンの右は君の右耳に そっと共有していて その口から響く 慈愛的アルカリ性の声 僕の耳に添えられた イヤホンの左からは どこか滲んだ酸っぱさが 耳に馴染む、君の友の歌声 どうしてとは問わなかった 僕の声はずっと 昔から塞がれてたから 悲しくなるほどの その君の澄んだ声が ゆっくりと 僕の心に溶け込んでいく 「君の詩は近代にして 魚の棲めないほど澄んだ そんな明治の詩でしかない どこまでも どうしようもないほど 明治の詩なんだよ」 バスは静かに揺れる この世界のゆりかごの そのすべての代用のために 心臓性の絡繰仕掛けの 歌声が左耳から響き 「どこまでも澄んだ空を すうっと冷たい、暖かい星を そうやって掴もうとする君の その詩は、その足もとを見もしない」 ぎゅっと僕の手が掴まれた こっちを見もせずに 「どれほど踏みにじってるなんて、気にもしない」 バスは雲のそのあわいに入っていく 山を優しく包むそれは 灯りをいずれ失う僕の その未来のための 柔らかい予告だったのだろうか 「ねえ、君の詩は皆を殺すんだよ 正確に言えば、君の詩風が世界を包んだときにね 君はそれを願うけど、だめだよ タヒさんも、香織さんも、ねじめさんとやらも 皆が生きられなくなるから 君のその金属製の共感と暖かさ せっかくのりこさんが殺そうとしたのに 無駄死にだったね、あの人」 ……歌声が遠ざかる 過去を喰らい 海に化けて それでも人を気取らんと 足掻く人の人たるゆえを 魂を刺すほど謳った君の友の その痛みの子供性の歌声が 「君が殺しちゃうんだよ」 そう言いながら 優しくイヤホンの左を外し それから小さなグラス瓶の さみしき透明の琴花酒を そっと口に含む前に 「乾杯、君の未来完了形の虐殺に」 僕は逃げられなかった ぎゅっと肩を掴む 彼女の華奢な手からも 唾涎性の液が混ざり込む 濁り澄んだ琴花酒からも そのしめやかな温度を絡ませる くねりと滑る舌からも 「美味しかった?」 こくり そして、こくり そう頷いた あるいは頷くしかなかったあと 白い靄に覆われ 一つの街灯が灯る 木組みの停車場で バスはゆっくりと止まった それからドアが開いて 身のすくむほどの 冷気がすっと入り込み ポツリと呟く君が去る 「近代の、”し”」 ピシャリとドアは閉まり ただ一人僕を残しながら あいもかわらずバスは ゆりかごのように揺れ始め 右の車窓も 左の車窓も ただ雲の中 いっちもさっちもわからなくて あんなに雲を目指して 坂を上がって上がって 上がりきったというのに 進むしかなくなったのは、下り坂
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きんだいし ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 113.7
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2025-12-16
コメント日時 2025-12-16
| 項目 | 全期間(2025/12/17現在) |
|---|---|
| 叙情性 | 0 |
| 前衛性 | 0 |
| 可読性 | 0 |
| エンタメ | 0 |
| 技巧 | 0 |
| 音韻 | 0 |
| 構成 | 0 |
| 総合ポイント | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


一種の詩論だと思うのですが── 人間が幾らがんばっても藤村の時代の詩に 触れることは出来ても、あのような詩を 今の時代に生きる人間が書くことは 到底不可能です。書けると思った時点で大きな ミスを犯しているような気がします。 人間の感性の構造というのは そんな生易しいものじゃなく、時代と環境、 つまり"絶対の関係性"に規定されるのです。 「きみの(近代)詩」がタヒだのねじめだの 香織だのとかいったジャーナルな詩人もどきの 詩人ごときですらを殺すほどの超時代性を もたらすことは、まず出来ないと考えられます。 近代詩に触れることはできても今の時代にそれに 準ずるようなものを書くことは到底 不可能だからです。 人間の意識や感性の構造はそんな融通無碍なもの じゃないと思います。 それはともかく、 詩論として読まないで詩と読めば きわめて心地よい静かなリズムがあって なかなかに気味のよいものでした。
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