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天使篇《空飛ぶ円盤》
天使篇《空飛ぶ円盤》 あなたは少年の頃から信じているわね? 一ベル、本ベルもなく突然に 天使の声が劇場に響き渡るのだった ネス湖の怪獣を! 音響が言葉尻をエコーにする そしてそのエコーを切っ掛けにして 老いた僕の目の前で緞帳があがるのだった ヒマラヤの雪男を! 緞帳があがるにつれて舞台の強烈な照明だ そのまぶしい照明が客席をも襲う 老いた僕は舞台を見上げて目を細める 舞台の中央にはスツールが一つ置いてあり 坊主頭の十三歳の僕が座って天使を見上げる 僕の肩に手を置いた天使は客席を向いている 天使はスカートの丈が膝下のセーラー服姿だ オーパーツも超能力も! ドドン!と言う重低音の音響が奏でるのは ワーグナーの「ワルキューレの騎行」である ムー大陸などの先史文明も信じているさ! 十三歳の僕は天使に叫ぶように言う そして客席を向くと一拍おいて吠える 大人や学者たちが否定すればするほどにね! 強い風で天使のセーラー服と長い髪が乱れる あなたはどんどん強固に信じていったわね? そうさ! 僕は立ち上がる 謎や不思議が醸し出す香りに僕は酔ったさ! 何色にも乱れて色を吸っていた白紗幕が飛ぶ 白布(はくふ)の何ヵ所かを吊り上げて山なりにして そうした白布を幾重にも吊り 上から下から何色もの照明を当てて 表情を無数に変化させる単純な舞台装置が 剥き出しになると全体をまず赤色に染める 背景の赤色に負けじと僕は吠え続ける でも僕はいつかは謎は解明されると信じた! あら、だからオカルトの世界に飛ばないで、 そして真っ白な翼を何枚も広げて天使は言う オカルトの世界に堕落しないで済んだのね! そうした中でも僕は特に空飛ぶ円盤に―― 僕は舞台中央のスツールに再び腰かける 僕が老人だからだ 空飛ぶ円盤に特別の思い入れがあったんだよ 天使は僕の量の減った髪を撫でる たくさんの飛行機のプラモデルを作っては 僕の髭面の頬に頬ずりをする 柔らかな天使の頬っぺただ 一人興奮していたものね! 懐かしいな 老人の僕も興奮し出す 飛行機好きの僕が空飛ぶ円盤に憧れるのは? 天使と二人瞳を合わせ声を合わせる 「当然じゃないか!」 モーツァルトのレクイエムのハイライト! 天使は僕から離れると天を指差して言う ベントラベントラ・スペースピープル! 僕は瞑目して復唱するのだった ベントラベントラ・スペースピープル! 何かの本で読んだ円盤を呼ぶ呪文だ その言葉を唱えるだけでテレパシーも増幅し やがては円盤の宇宙人と無言で会話できる そう信じていたのだ 十三歳 少年の僕は家の屋根に登って夜空に向かい 幾日も幾日も叫び続けるのだった 十三歳 未熟な自己否定と不完全な自己肯定が同居し 蠱惑的な希死念慮と強烈な生存欲求に途惑い 僕は自己統一感のない日々を送り だから空飛ぶ円盤こそがその矛盾を解決する 唯一の方法だと信じていた それは信念だけでなく祈りでもあったのだ 背景の白布の山々が 先の台詞に従って全体を青く染めてゆく ベントラベントラ…… 青一色の舞台で僕はもう一度、言う 少年の僕は齢を重ねた そして老いの重圧だ 日常の積み重ねによる経験の重圧なのだった 半世紀生きたよ 天使はしゃがんで正面から僕の背中を抱く よく生き残ったね えらい偉いわね 僕の肩に顎を預けて甘い囁きだ 僕は、天使の囁きに快感を感じる 老人の僕は何と言っても あの坊主頭の少年の僕と地続きなんである 謎の実在がまだ証明されていないなら―― それは信じるか否かだ もちろん僕は信じた そして信じたいために疑い続けてきた 天使は立ち上がり座る僕にスカートを被せる オンナの甘い匂いがスカートに充満する 暑いねんけどなア と小声で言えば 天使の存在をも不思議がってよね やはり小声でそう言ってくふふと笑う スカートを被ったまま僕はその笑いに従い 片手を上げてキューを送る 緞帳が降りてくる 舞台はまた強烈な明かりだ 重低音の「ワルキューレ」だ! 緞帳は17秒かっきりで降りる 僕はストップウォッチを握ったまま 手を力なく落とす 天使はスカートから僕を出すと お疲れ様でした そう言って上手の袖に去る 僕はスツールに腰掛けたままである 僕はなんと言っても舞台監督なのだ そして舞台監督としての生涯での 最後の仕事はこちらも幕を降ろしたのだった カーテンコールなし 音楽が客の追い出しに拍車を掛ける しばらくして 静かな無人の客席と何もない舞台だ 舞台装置も照明も音響も持ち込みはバラした そして舞台は無機質な作業灯である ちょっと寂しい するとひよひよひよと言う効果音だ きょろきょろと辺りを見渡す そして客席の上をぷるぷると 下手フロントから上手フロントに掛けて ナイロンの釣糸に引かれながら いかにも手作り感満載の空飛ぶ円盤が飛ぶ それを追いかける絞ったピンスポット 僕を泣かせてどうするつもりだ?
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天使篇《空飛ぶ円盤》 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 152.0
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2025-07-06
コメント日時 2025-07-06
項目 | 全期間(2025/07/09現在) |
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叙情性 | 0 |
前衛性 | 0 |
可読性 | 0 |
エンタメ | 0 |
技巧 | 0 |
音韻 | 0 |
構成 | 0 |
総合ポイント | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
新時代の詩、と言った感じがします。日曜日の朝9:30~からやっている、「トゥービーヒーローX」という アニメに、似た感触を感じました。
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