別枠表示
進化
誰だったか 名前は忘れたが あるシュールレアリストが 驚きはすべて美しいと言っていたが それはまさに このことではないか 何がって 私が誕生する前に さらに 十月十日前に 私はすでに 母親の胎内で生まれていた それは確かなことだが しかし 悲しいかな そのときの私の記憶がない…… ところが ある解剖学者が 母親の胎内における 赤子の姿を 微細なスケッチで 明らかにした その絵の脇には 生後三十二日目の胎児 という断り書きがあった ところが よく見ると それは魚なのだ それも 思わず目を覆いたくなるような 獰猛な形相をした 一匹の魚なのだ それは どこかサメに酷似している 目は横に付き その下方には 仮鰓と書かれた 鰓さえある これでは どう取り繕っても 描かれている対象は いまだマイナス歳の サメという他ない 私はただ ただ驚きを以って 見詰めるばかりだった スケッチの脇には 目は徐々に中央に寄り 仮鰓は消滅すると 断り書きがあった それを読みながら 一瞬 私は救われたような 妙な気持ちになったのは確かだ それにしても 進化の神秘には驚くばかりだ しかも その当の主が ヒト科の私自身でもあることに 深い驚愕を覚える 魚以前は いかなる生き物か 私には見当もつかないが 想像しただけで気が遠くなる それでいて 誰のことでもない まさに自分のことなのだ その自分には 自らと自ずからとがあると言う しかもその関係は 自ずからあっての自らであって その逆ではないと言う これは ある高名な現象学的精神病理学者の意見だが 私はこの自ずからに また自らとの前後関係に 限りない関心と 熱い希望とを抱いている なぜなら この自ずからとは 自分自身の本来のあり方を示すものであり 自然さのことだからだ この順が逆では 自然さが死んでしまう ここに進化の神秘に対峙する 鋭い切っ先がある サメと人間との区分けが出来れば すべてがまるく治まるなどと言う 珍奇な問題ではない すべては 止まることを知らぬ進化の問題なのだ ただ人間を中心にした区別が 何の意味を持つと言うのか 進化そのものは すでに人間もサメも呑み込んで洋々としている その大らかさを サメ人間がどう捉えたものか 自ずからを捨てて 自らの虜となって突っ走るのか それとも 自ずからをおのれの糧として その自然さにおのれを託しながら 歩むのか 一個の人間が 深々と試されている
進化 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 754.0
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2025-05-31
コメント日時 2025-06-05
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


お母さんの胎内でも、魚類から進化しているとは、驚きました。 魚類を遡れば、アメーバーなど、 もっと遡るなら、ミトコンドリア、 原初まで遡ると、ただのタンパク質、アミノ酸です。 最も、卵子と精子の結合から考えれば、 タンパク質の結合、細胞、細胞分裂となり、 胎内でタンパク質から進化してるのかもしれません。 みずからとおのずからの違い。 初めて知りました。 面白いですね。 ニュアンスの違いに「へぇ!」と思いました。 なるほど、おのずからが先、というのは、力みがなく、とても自然に感じます。 今後、生き物がどう進化してゆくのか楽しみですが、 最終的には、AIが生物環境を支配、コントロールするようになるのかもしれませんね。 ありがとうございます。
0読んでいただ、ありがとうございます。木村敏氏は、「自ずから」の「自然さ」を忘れたとき、あの統合失調症の「よそよそしさ」「不可解さ」が出て来る、と言っていました。統合失調症患者をとらえて、言い得て妙だと思いました。ありがとうございました。
0えーっと… 私、統合失調ですが、 統合失調の患者は、どんな風に見えてるんですか? 自分では、よそよそしくも、不可解でもないと思っているのですが。
0(私が知っている限り)古くは夢野久作著「ドグラ・マグラ」内の論文のひとつ(『胎児の夢』)、最近、とはいっても2017年頃には西原克成著「生命記憶を探る旅: 三木成夫を読み解く」にも示されていた事柄を指しているのだと思われます。生物学的には「個体発生は系統発生を繰り返す」、反復説という概念も当てはまりますね。 >ただ人間を中心にした区別が 何の意味を持つと言うのか >進化そのものは すでに人間もサメも呑み込んで洋々としている >その大らかさを サメ人間がどう捉えたものか 今のところ、言葉や構造による区別は(ある意味仕方がないのですが)人間が中心となっていることは確かですね。そもそもヒトの学名からして……すみません、私からは以上です。
0読んでいただき、ありがとうございました。私は胎児のスケッチを、三木成夫著の岩波新書で見ました。ありがとうございました。
1