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様々な世界
わたしの中にはいくつもの世界が存在している。 人類が滅びた後の世界、 魔法で繁栄した世界、 砂だらけの惑星 いずれも人の営みがあり、笑い合い、涙を流している。 でもどの世界でもふと見かける情景は、 心を守るために人を虐げる姿と 居場所を守るために心と体を焚べて燃やし尽くす姿なのだ。 わたしは人をこのように定義してしまった。 いずれわたしも全存在を焚べることになるのだろうか。
様々な世界 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 289.0
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2026-02-01
コメント日時 2026-02-11
| 項目 | 全期間(2026/06/20現在) | 投稿後10日間 |
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| 叙情性 | 0 | 0 |
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| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


こんばんは。 「わたしは人をこのように定義してしまった。」 という一文か 印象に残ります。 「いずれわたしも全存在を焚べることになるのだろうか。」 この"焚べる"という行為が前進なのか後退なのか あるいは 惰性や現状維持であるか。 また、自分自身がいま "定義"している世界の足場の 心もとなさは 非常に不安定であるから どのようにしたらいいだろう。 これを 僕は考えていたい気持ちになりました。
0>いずれも人の営みがあり、笑い合い、涙を流している。 「わたし」にはこれが見えていながらも、なお >心を守るために人を虐げる姿 >居場所を守るために心と体を焚べて燃やし尽くす姿 この2つを人を定義するのが興味深い。 人のマイナス部分を人の定義だとする作品はたいていは「営みがあり、笑い合い、涙を流している。」という部分が見えてないか、あるいは極端に軽視する傾向にあるけれど…… 作中での「わたし」は人のそういったプラス部分をきちんと見て、認めていながらも、同時にそれを人の定義とはしたくないという欲求があるように感じる。
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