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鑢を握る私へ
尖ったモチーフを持たない私は、 限りなく丸い球を作りたくなった。 行く先々で誰かに手渡されたものが 掌の熱で固まり、いつしか球は形を成した。 しかし球は休みなくその形を変える。 囚われれば波が立ち、 目を離せば亀裂が走る。 私は鑢を握りしめ、表面を均した。 やがて球が冷たい輝きを帯びたころ、 背後で衣擦れの音がした。 隙がない、と声が言った。 私は頷いた。 そのために手間をかけたのだから。 遊びがない、と声は付け加えた。 それも否定できなかった。 鑢を手にしてこのかた、 客体に没頭した試しなど、 一度もないのだから。 声の主は、 粗末な土塊と、 持っていた琥珀色の酒瓶を 静かに置いて去った。 土塊には体温があり、 酒瓶を揺すると、賑やかな音がした。 私は土塊を手に取り、形を確かめる。 今度は、器を作ろう。 器をいくつ作っても、土塊は減らない予感がした。 気づけば球はどこかへ転がり、 鑢の音は止んでいる。
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鑢を握る私へ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 632.5
お気に入り数: 0
投票数 : 2
ポイント数 : 30
作成日時 2025-11-25
コメント日時 2025-11-27
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 5 | 5 |
| 前衛性 | 4 | 4 |
| 可読性 | 5 | 5 |
| エンタメ | 4 | 4 |
| 技巧 | 4 | 4 |
| 音韻 | 4 | 4 |
| 構成 | 4 | 4 |
| 総合ポイント | 30 | 30 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 5 | 5 |
| 前衛性 | 4 | 4 |
| 可読性 | 5 | 5 |
| エンタメ | 4 | 4 |
| 技巧 | 4 | 4 |
| 音韻 | 4 | 4 |
| 構成 | 4 | 4 |
| 総合 | 30 | 30 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


冒頭にある、尖ったモチーフを持たないわたしは、 この尖ったモチーフをどう解釈するのか、でしょうね。 わたしは凡俗な世界での経験がない、或いは足りない、と読んでみます。 さすれば、まろやかなわたしはさらにその完璧に丸い球体を求めて鑢で磨く。 という解釈は、この物象に置かれてある言葉から、 何か精神的な悟りに導かれようとする様が読み取れてきます。 ~隙がない、と声が言った。 ~遊びがない、と声は付け加えた。 つまり角の無い、完璧な理想や精神を志しても人間という社会の下では何の役にも立たない。 という声を聞いたのでしょうか。 そして直接社会に貢献できる器作りに動機を求める。 俗悪な人間社会を見直した鑢の使い手を見て、 悟りの御神体でもある完璧な球はそれでいい、というように去っていく。 この詩の根には、 悟るという宗教哲学があるように、 わたしには感じられました。が、 おもしろい作りではあるが、 精神的な意味合いとして解釈に引き出せば、 内容的には少しスタンダードな気もします。
1タイトルとラストの一行からみるに かつて"鑢を握っていた私"へ の回顧的な手紙になっている。 しかしわたしならこれをショートムービーの台本に使いたい。 あるいは何かのCM映像でもいい。サントリーウィスキーの 市川崑風CMに使えないか? そんなことを思った。
1これは、ご自身の文章表現について、考察されたのではないかな?と思いました。 >尖ったモチーフがない とは、声を大にして主張したいことがないという風に、解釈いたしました。 >隙がない も、 >遊びがない も、ご自身の文章表現についての、他者からの指摘なのではないでしょうか。 あそびごころ。 まず、自分が楽しむことが大事と、詩が言っているように思います。
1(全て個人的な感想です。わかったような事を書いているかもしれませんが意見ではありませんので気に入らないところは読み飛ばしてください) 「尖ったモチーフを持たない私」すなわち一般的な人々 はとにかく特徴はないが精巧なものを作りたくなる であろう その過程で 色々な横やりがあるが 何かを見つけ、球の事は忘れてしまったというオチ でも実はその球が大事だったのかもしれない ヤスリを削る行為のひたむきな美しさが私たちには 必要だったのかも知れない 冒頭の私を「書き手側」に置くか、「読み手側」に置くかで 趣が変わってくる良い作品だと思いました。
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