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柊
水面がうねる。 風が頬を切る。 白い泡沫が寄せては返す。 人の心もまるで同じだ。 千思万考、踵を返す。 溺れたくてここに来たのに。 海岸からの道なり、生け垣、 柊の花が目についた。 不忍通りの坂を、 一昨日の夜、自転車で登った。 人生にも似ていて、 脚が俄に歳を取る。 そんなに急げないのに、 誰ひとりとして待ってはくれない。 男の癖に、 永久に律動することなど、 およそ適わぬ躰を持て余して。 君を嘲る永遠。 俺の残滓は、 君の柔肌に、 薄汚い跡をつけて、 命の匂いをマーキングするのだ。 別に悔いはない。 永遠に繰り返されてきた、茶飯事だから。 少なく見積もっても、 嫌いなわけではない。 そうだろう? それでも全部受け止めるのは、 君には少し重かろう。 ***** 断崖で、君を待つ。 先程いた入り江を見下ろしながら、 残酷な風は容赦がない。 凍えきった透明な匂いが、 鼻腔をつく。 寂しい。 君のいちばんに、 なりたかった。 心の境界は、 輪廻を繰り返せば、 あるいは壊せるかもしれない。 でも、本当にそうだろうか? ああ、それは迂遠だ。君は遠い。 憧れて、憧れて、 抱きしめた感触も、 すべてが俺を駄目にした。 また、厄介者扱いだ。 野良猫よりもたちが悪い。 俺がいちばんに悪いのは、 もう知っているけれど。 漬物石と同化しながら、 俺の涙は、 ひとひらの欠片を呼び寄せた。 それもまた業か。 世間という牢獄にあっても、 君は一面のノースポールで、 あるいはあの柊の花で、 俺はそれならきっと、 如雨露にでもなろうか。 ***** カラメル色の君の恥部を、 目に焼き付けて、 幾度か繰り返されたそれを糧に、 俺はモアイにでもなるんだ。 虫の音が報せる。 君もまた、冷然としたこの海の何処かで、 溺れている。 そう思い立って。 もがいて、つんのめって。 転んで、また立ち上がって。 時間がない。 もう一刻の猶予もない。 柊の木の傍で、 君とまた逢えたなら。 そのときには、 俺もまだ生きると誓おう。 それがこの世界の理だと、 この歳で俺は、ようやく知って。 崩れ落ちるしかなかった。 だからこの生をまだ、小脇に留め置いた。 だって、この世界との約束を果たそうと、 そう思わずにはいられなかったから。 囲われた空の下、 五里霧中、手探りで、転ばないように。 それでも、君がいるなら、 俺はまだ日向だって歩ける、 そんな気がしたんだ。 ***** 雨の日でも、曇天でも、暁闇の渦中にあっても、 世界は回る。 だから。 たとえそれが勘違いでも、 刹那のこと、俺は今生、幸せだった気さえする。 そうだろうか、でも。 我儘なのは、俺だって同じことだ。 白い花びらが、風に溶けて消えた。 幽かに遠く擦れる音が、命の儚さを教えた。 俺は走った。 あの笑顔がちらつく度に脚がもつれて、 これが人生の機微ってやつなんだと、 今、まさにまたひとつ歳を取った。 世界は今日も、 暗闇の底からまたよみがえるのだ、 さながら不死鳥のように。 俺のすべてを賭けて、 君の笑顔を願おう。 気づけば俺の人生は、 そういう風にできていた。 俺もまた、きっと幸せになる。 そうだよ。当たり前だよ。
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柊 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 436.8
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2025-11-01
コメント日時 2025-11-05
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


多彩な言葉を思いつけるのが、本当に素敵です。今のところ、限界らしきものは見当たりませんね。凝縮と構築とを心がけられて、もっともっと詩を書いて行ってください。詩が好きなのが、読んですぐにわかります。
1恐縮です。 本当にありがとうございます。 楽しみながらマイペースで頑張ろうと思います。 感謝です!
1何篇か読ませて頂いて、毎回、この人はなにか凄いものを書くんじゃないかなって感じさせるのですが、その、力というのは、具体的には修辞の力なのですけど。決定打になるような作品をまだ読んだ印象がないです。なにか、いつもおもいつめていて、一本調子で終わっている。俺と君が結ばれるのか結ばれないのか、結ばれたい、というような普通の世界観ではなく、なにかそういう世界を逆転させるような視点が欲しい。
1こんばんは。水辺の描写が良いですね。 >>溺れたくてここに来たのに。 という一文がこの詩のなかの海、または波の中に潜水している、 揺蕩うような、風を切るような、 さまざまなイメージとして印象に残りました。
1ご講評誠に感謝申し上げます。 一本調子というのはおっしゃる通りで、今後の課題として、もう少し精進します。 少しインプットが足りないかもしれません。 黙々と読んで書く、これを実践していきます。 僕のことですので失敗もたびたびあるかと思いますが、温かい目でこれからもたまにお読みいただけましたら、望外の喜びです。 ありがとうございました。 失礼いたします。
0コメント誠にありがとうございます。 思いを少し乗せた部分だっただけに、目に留めていただきまして、本当に嬉しく思います。 皆さま方の作品を拝読しながら、少しずつでも勉強します。 感謝申し上げます!
0間違いましたので、改めまして。 コメント誠にありがとうございます。 思いを少し乗せた部分だっただけに、目に留めていただきまして、本当に嬉しく思います。 皆さま方の作品を拝読しながら、少しずつでも勉強します。 感謝申し上げます!
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