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ボイルド・ギョウザ・オン・ザ・フロア
真っ白でやわい、 ぷるぷるの水餃子が 透き通った湯の中に横たわっていて、 カウンター席の真後ろまで 駐車場からずらぁっと伸びた待機列は わっぱのように丸まった男の背中へ 鋭い圧力を注いでいる。 突き刺さる視線に急かされるように、 男は醤油をひと回しすることもせず、 湯気がたちのぼる水餃子を口へ運んだ。 痛みのような熱に耐えながら、 はふはふ、という呼吸とともに 口腔は徐々に体温を取り戻す。 徐々に鮮明になっていく、味わいの淡白さに 男が己の人生に投影した。 男は、湯に浮かんだ水餃子を つついて、 ゆらゆら、 つついて、 ゆらゆら、 つついて。 隣の女性が醤油を垂らしているのを見て、 男はようやく理解し、 レンゲに水餃子を掬い、 醤油のビンを手に取ろうとした時、 レンゲから水餃子が転がり落ち、 机の上で一度跳ねて、 床でぺちゃりと音を立てた。 ぷるぷるなまま、床の上に横たわった、 水餃子。 人々の目は一斉にその柔肌へ注がれた。 その瞬間、 記憶は瞬く間に逆転し、 男は薄暗く騒々しいバーにいた。 張り詰めるように肥大化した胸筋が あおむけの少女の上を あがったり、 さがったり、 あがったり、 さがったり、 あがったり。 腕立て伏せが一往復するごとに さらに膨らみゆく胸筋と同時に 少女の頬もだんだんと火照っていった。 茹だるような熱を発して床に転がっていた、 少女。 少女の付き添いでやってきた男は セット料金に含まれた焼酎の水割りを なぜかちびちび飲みながら 夢が叶ってよかったね、 とわらった。 その瞬間、男は気づいた。 存在を認識できていなかった 極めて本能に近いところの尊厳が 貧相な胸板の奥で痛んでいた。 『マッスル・バー pump筋』の安っぽい座席の上で、 理性的、かつ、理知的な自分、が、 愚かな虚像であることに気づいてしまって、 それでもわらった。 こんがり焼けた胸筋についたあの乳首を nintendo switchのカードリッジとまるっと換装して 誰かを困らせてやりたいとおもった。 あいつの乳首が苦いことによって困る人間が 本人か他人かは知る由もないが、 ぷちぷちおみせっちとか、 プリティプリンセスとか、 情けない乳首に取り替えてやりたかった。 男はふと我に帰った。 よく聞いた空調、 安っぽいガラス戸を貫く日光。 あいもかわらず 水餃子はぷるぷると赤い床に横たわっている。 男は覚悟を決めた。 背筋はゆっくりと伸びた。 男は迷いなく跪き、 両手を水餃子の斜め上へ置いて ゆっくりと腕立て伏せを始めた。 薄い胸板が、火照った水餃子の上で、 あがったり、さがったり。 導火線へついた火のように 動揺が待機列の人々を伝播していった。 店員だけはその様子を見慣れたように、 餃子の焼きを中断してゆっくりと手を叩き始めた。 それを契機に、大衆に蔓延していた戸惑いは いつの間にか歓声へ、 さらに熱狂へと変わった。 薄いままの胸板が悲鳴を上げていた。 しかし、男は止まるわけにはいかなかった。 水餃子は確かに紅潮していた。 放置されて焦げゆく餃子の気配を感じながら 男は、よかったね、とわらった。
ボイルド・ギョウザ・オン・ザ・フロア ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 591.9
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2025-09-26
コメント日時 2025-10-08
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


シュールで不条理でありながら、どこか淡白で、しかも色気を帯びている。書きすぎることもなく、かといって書き切れていないこともない。肩の力を抜いて書かれているように見えて、実は隙がなく、一行一行が「こうでなければならない」とでもいうような、強い意志を宿している。センス・オブ・ザ・ワールドが極めて鋭く、その肌触りが独特であることを、僕は高く評価したい。匿名投稿であることが惜しいと思った。なぜなら、筆名からリンク先に飛んで、他の作品も読んでみたかったからだ。初投稿なのだろうか。今回の作品は淡白でシュールな趣だったけれど、あえて抒情的に傾いたとしても、けっして湿りすぎることはなく、感傷さえも芸術的な体温を帯びて、読ませてくれるだろうという期待感を抱いた。
0類さん,コメントありがとうございます. やりたいことをやりたいようにやってしまった作品なので,そのような評価をいただけて「投稿してよかったな」と感じました. 匿名投稿,導入当初から使っているんですが,なんか意地になってしまっていてやめられないんですよね. またビーレビ上でお会いできるのを楽しみにしております. 励みになるご感想をありがとうございました.
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