お知らせ

社会   

作成日時 2018-01-11
コメント日時 2018-03-03

明日は雨上がりのまま いつまでもずぶ濡れで たちすくんでいるようだ 助けを求めている かわいそうな子犬みたいな そぶりをした語り手が 僕を形容している その気持ちは 僕からしたら形容しがたい 人と話すのが苦手だ おしゃべりがにがて いじられるのはすき たんじゅんな論理がすき だじゃれもすき ろんりーおんりー 虚空をたたくあめのにおい おと、かえでのはっぱ 名探偵にうまれればよかった そしたら こうかいなんて することもなかったのに あなたのひとみをみつめて 犯人ですよ、あなたは って 言えればよかったし 言えなければならない 社会よこんにちは 元気ですか? ぼくもげんきです


項目全期間(2019/06/18現在)投稿後10日間
叙情性00
前衛性00
可読性00
エンタメ00
技巧00
音韻00
構成00
総合ポイント00
 平均値  中央値 
叙情性00
前衛性00
可読性00
 エンタメ00
技巧00
音韻00
構成00
総合00
閲覧指数:53.0
2019/06/18 00時10分09秒現在
※ポイントを入れるにはログインが必要です
※自作品にはポイントを入れられません。


コメント数(13)
まりも (2018-01-12):

一番最後のフレーズ、「魔女の宅急便」の「落ち込むこともあるけれど、私は元気です」(だったかな、そんな感じ)を思い出しました。似ているから駄目、ということではなく、ああ、この感情に通じるものがあるなあ、ということ、です。 冒頭に「~ようだ」「~みたいな」と「形容」が続くなあと思ったら、「そぶりをした語り手が/僕を形容している」次の連の言葉を借りれば、自分で自分を「いじって」いる、そんな諧謔味というのか、反転させる面白さを感じました。 二連目が少し弱いかな、と言う印象もありますが、三連目が軽めなのに面白い。犯人、この場合は、語り手を「こうかい」に追いやった張本人、そのことを言いたいのに言えないもどかしさ、のようなもの、を、うまく「形容」していると思います。 こうかい、は、後悔、航海、どちらも当てはまるような気がしました。二連目を引きずるなら後悔、三連目や四連目から推すと、比喩としての航海。公開、もあるのかな・・・。 犯人、は、人、ではなく、もの、や機会、も当てはまりそうです。誰かを、その「時と場」に追い込むきっかけ、となるもの。 題名、社会、でいいのか、どうか・・・私も、題名をつけるのが超絶苦手で、コメントするのも難しいのですが。なんとなく、社会、安易かな、という気はします。しかし、代替案・・・。思いつかない、今のところは。こうかい、とか?挨拶、なんていうのも、行けそう。

百均@B-REVIEW ON/ (2018-02-21):

まりもさん 返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません…ちょっと身辺が落ち着いてきましたのでゆっくり返していきたいと思っています。この詩は卒論の一次締め切りに間に合わなくて頭を下げまくった日にあった、飲み会の帰り道に勢いで書いた詩で多分書くのに十分もかかっていません。という所で、甘い部分滅茶苦茶あるとは思うのですが、その一方で普段忘れてしまっている素直な部分みたいなものが出ればいいなみたいな事も思っていました。 結果的に、読み返してみて、二連目は蛇足だったと思います。ある意味真面目にふざけて書いてしまったし、この作品のぜい肉になってしまったかなぁと思います。最後の締めについては、結論らしい結論が出ずに、投げ出してしまいました。魔女の宅急便も、思い返すと確かに念頭にあった感じもします。キキみたくなれればいいのかなぁというか、いま思うと、あの世界の魔女って(原作は未読ですが)社会の中に受け入れられた魔女なんだなぁと思うと、あれって魔女なのかなぁと思ったりもしなくないなぁと思いました。社会については、最近責任という虚構というポスモっぽい本を読んで、その中で読んだ事柄に割とこの作品縛られているのかなぁと思いました。確かにこのタイトル安直だと思うので、再考したいのですが、相変わらず再考する推敲するという過程が苦手です。コメント返すという過程を経ることで僕は漸く自分と向き合えているのかなと思いました。なんだかんだ一ヶ月考えて返せるコメントがこの程度の物で申し訳ないのですが、考えた事書かせて頂きました。 ありがとうございました。

あやめ (2018-02-22):

わたしはこのような詩をどんなふうに読めばいいのかわかりません。寄り添うように読まなければならない詩というものでわたしは感動できないです。 あやめ

百均@B-REVIEW ON/ (2018-02-23):

あやめさん コメントありがとうございます。ついでですが、名前入力しておきました。 正直何も言い返せないですね。僕の中にはどこにもポエジーなんてものないので、外に求めてしまっています。僕は感動がないと生きてゆけません。これは感動が欲しくて、色々ないている詩なのかもしれません。色々普段忘れているつもりな事、コメント頂いて思い出しました。

藤 一紀 (2018-02-23):

こんにちは。 とても悩ませられました。いや、勝手に悩んだのかな。とある状況でなにかを感じる、この作品の場合だと《僕》が茫然と立ち尽くすよう感情に陥ってしまう、ところが、そう感じた途端に《僕》は語り手として背後に下がり、先ほどまでの自分を、そういう状況に置かれた物語の主人公のように対象化してしまう、一瞬の離れ技を見た気がして、フワッとしてしまいました。入り込んだと思いきやビュッと離れて、つい今し方までの《僕》をさえ、対象化してしまう醒めた目の存在といえばいいのか。 で、悩んだのは《語り手》という言葉で、この作品自体の語り手が存在すると仮定しているからこそ、私はその語り手の語りを読もうとするのですが、作品のににも《語り手》が登場してしまう。でも、作品の中に登場する《語り手》は、この作品の語り手ではない。 そして、この登場人物としての《語り手》は、悲壮ぶっていて、そのことを《僕》は見抜いてしまっている。ということを作品自体の語り手が語っている。という風に、ひとつは作品自体の語り手、それから登場人物としての《語り手》、そして《僕》とが頭の中で入れ替わり立ち替わりぐるぐるしたからでした。表にでてきたり、奥に引っ込んだり、そこからさらに距離をおいてひとつの構図をつくりあげていたり。まったくハラハラして、面白いです。 いったい何のコメントだって感じで自分でも思うのですが、この感じもいわく形容しがたいのです。

蛾兆ボルカ (2018-02-24):

主題的に魔女の宅急便に通じるものがあるのかも知れませんね。 ひとは何度も何度も成長します。 でもひとつのステージが終わるごとに、感慨はあるし、それをセンチメンタルに感受するか、ドライに眺めるか、雨の日に缶ジュースを飲むような内面的な経験とするか。 その反応の仕方もステージごとですね。 初々しさがこの詩の魅力だとすれば、二連は少し硬いかな。 地を出そうとして緊張してしまった感があります。そこが流れたらリズムが内向的な詩情を生んだのでは、と思いました。

蛾兆ボルカ (2018-02-24):

好きなところは、3連でした。 名探偵ではない自分。すなわち語り手でもなく、登場人物でもない自分。かと言って批評家でもない、作者が、ひとつの激情に耐えて、穏やかに立っているイメージでした。 社会は、そんなふうな個人でできてますし。

高町トビラ (2018-02-24):

社会=他人、他者、自分以外の人として読みました。 一連目は、自分に対して色々なことを言う人(語り手)がいて、そのことにもどかしさを感じていると読みました。 三連目は、個人的には、「あなた」のために何か出来ればよかったけど出来なかったという物悲しさと、これからは何かをしていくんだという心強さを感じました。 そういう読みの上で、自分だったら題は「あなたに」とかつけるかなと思いました。

るるりら (2018-02-26):

わたしは、二連目が 好きでした。とくに、かえでの はっぱと、言葉遊びが、好きでした。 ご自身のレスを拝読して この詩に 欠けているのは、酩酊の告白が ないことだと 思いました。 酔いどれの名詩に、李白の【月下独酌】がありますが、月と自身と自身の影の三者で 酒を飲む詩です。本作品にも 自己と他者の判別が曖昧な去来がみられて 興味深いです。 酔いどれ詩だったんかー。強きと弱きが いりまじるよねー。と、思いました。 詩で、酔拳を やるのも楽しいかもしれないなーと、思わせて いただけました。

百均@B-REVIEW ON/ (2018-03-03):

藤一紀さん レスありがとうございます。 こんにちはです。 >とても悩ませられました。いや、勝手に悩んだのかな。とある状況でなにかを感じる、この作品の場合だと《僕》が茫然と立ち尽くすよう感情に陥ってしまう、ところが、そう感じた途端に《僕》は語り手として背後に下がり、先ほどまでの自分を、そういう状況に置かれた物語の主人公のように対象化してしまう、一瞬の離れ技を見た気がして、フワッとしてしまいました。入り込んだと思いきやビュッと離れて、つい今し方までの《僕》をさえ、対象化してしまう醒めた目の存在といえばいいのか。 > >で、悩んだのは《語り手》という言葉で、この作品自体の語り手が存在すると仮定しているからこそ、私はその語り手の語りを読もうとするのですが、作品のににも《語り手》が登場してしまう。でも、作品の中に登場する《語り手》は、この作品の語り手ではない。 >そして、この登場人物としての《語り手》は、悲壮ぶっていて、そのことを《僕》は見抜いてしまっている。ということを作品自体の語り手が語っている。という風に、ひとつは作品自体の語り手、それから登場人物としての《語り手》、そして《僕》とが頭の中で入れ替わり立ち替わりぐるぐるしたからでした。表にでてきたり、奥に引っ込んだり、そこからさらに距離をおいてひとつの構図をつくりあげていたり。まったくハラハラして、面白いです。 > >いったい何のコメントだって感じで自分でも思うのですが、この感じもいわく形容しがたいのです。 なんとなく詩を書くときでもなんでもそうなのかもしれないのですが、僕は答えみたいな物を提示するのが苦手で、誰がどのような事を言っていて、言っている何かが幾重にもたくさんの人たちの間で絡まり合いながら、その中で一つの回答を出さなくてはいけないというところが苦手だという事しかいえない。ですから、それそのものを僕は書くしかなかったし、こういう事を書いてもしょうがないと普段はわりかし思っているところもあるのですけれども、でも今回は酒に酔った勢いもあって書いてしまいました。そのように読んでいただけたこと本当にうれしいです。 僕自身、ずっと視野を広く持ちたい、誰とでも仲良くなりたいしやって行きたいみたいな感じでやってきたところもあるんですけど、最近とレスをいただいたり、話したりして思ったのは、このような感じで視野を狭めて行った方がここに大したものはある意味定時できないんですけれども、何か書く動機みたいな物が見つけられるのかなと思いました。 丁寧なレスありがとうございました。 蛾兆ボルカさん レスありがとうございます。 >主題的に魔女の宅急便に通じるものがあるのかも知れませんね。 > >ひとは何度も何度も成長します。 >でもひとつのステージが終わるごとに、感慨はあるし、それをセンチメンタルに感受するか、ドライに眺めるか、雨の日に缶ジュースを飲むような内面的な経験とするか。 >その反応の仕方もステージごとですね。 この詩を書いたのは、ここには書いてない事なのですけれども、卒論の締切日でした。その日の夜にサークルみたいな奴の新年会があって、そこの帰り道で書いたものでした。つまり、僕自身本当に社会人としてこれから生きていく訳ですけれども、だからこそ社会というタイトルを最後につけてしまったのですが、なんで自分でつけたのかあんまりよくわかっていませんでした。ボルカさんのレスを読んで、多分自分はステージの境目煮立っているのだなぁと思わされました。僕もまたキキと同じボジションに漸く立てるというのか。 >初々しさがこの詩の魅力だとすれば、二連は少し硬いかな。 地を出そうとして緊張してしまった感があります。そこが流れたらリズムが内向的な詩情を生んだのでは、と思いました。 ここは、僕も書いていて思う節がありました。(自覚していた心の隙を明確に突かれて、なんというか伝わってしまうものだなと頭を下げています)その点勢いで飛ばして書いてしまったのですが、少し立ち止まって書いた方がいいのではないかとおもいました。まりもさんからの指摘もあり、この部分を書いてしまう自分の存在を心の中に留めておきたいと思います。 >好きなところは、3連でした。 > >名探偵ではない自分。すなわち語り手でもなく、登場人物でもない自分。かと言って批評家でもない、作者が、ひとつの激情に耐えて、穏やかに立っているイメージでした。 > >社会は、そんなふうな個人でできてますし。 ありがとうございます。語り手の話を1連目に入れたのに名探偵を入れた理由がわかったような気がしました。僕は名探偵になりたかったというか、なりたい。そして社会は名探偵みたいな個人たちが集まって成り立っているというのは、まさにそうだと思いました。僕の中にはたくさんの語り手がいて色々惑わされるし、惑わされる事自体は必要な行為だと思うのですが、名探偵でありたいなぁとやっぱり思ってしまいます。 考えさせられるレスありがとうございました。

百均@B-REVIEW ON/ (2018-03-03):

高町トビラさん レスありがとうございます。 >社会=他人、他者、自分以外の人として読みました。 >一連目は、自分に対して色々なことを言う人(語り手)がいて、そのことにもどかしさを感じていると読みました。 >三連目は、個人的には、「あなた」のために何か出来ればよかったけど出来なかったという物悲しさと、これからは何かをしていくんだという心強さを感じました。 >そういう読みの上で、自分だったら題は「あなたに」とかつけるかなと思いました。 なんというか、色々心の中の芯を突かれたコメントで参りました。僕は結局のところ心根の部分は自分本位な存在というのがあるんですが、それらを解消したいのと、自分本位な自分そのものが気持ち悪いみたいな感覚があって、色々頑張って他者を取り込もうとしてきた、みたいな感じがあります。これはある意味ここに書いてない事だと思うのですが、読み返すとモロに僕の内側に食い込んでくるなぁと思わされました。 この詩は、だから僕にとってはびーれびゅーに対する詩でもあるのかなと思わされました。僕、一年近くこの場に携わってますが、肝心な事はみんな他の発起人やキュレーターが尽力してくれたからできた事ばかりで、僕本当に何も返せてないなみたいに思うことばかりですが、それでも今回いただいたレスを返すところからもう一度社会を始めていけたらと思います。 色々気づかされるレスありがとうございました。 るるりらさん レスありがとうございます。 >わたしは、二連目が 好きでした。とくに、かえでの はっぱと、言葉遊びが、好きでした。 > >ご自身のレスを拝読して この詩に 欠けているのは、酩酊の告白が ないことだと 思いました。 >酔いどれの名詩に、李白の【月下独酌】がありますが、月と自身と自身の影の三者で 酒を飲む詩です。本作品にも 自己と他者の判別が曖昧な去来がみられて 興味深いです。 > >酔いどれ詩だったんかー。強きと弱きが いりまじるよねー。と、思いました。 > >詩で、酔拳を やるのも楽しいかもしれないなーと、思わせて いただけました。 素直になるほど、と思わされました。なんというか、酒飲みの詩とか酔拳の詩僕はあんまり信じてなかったんですが(多分僕なりのプライドもあって、自力で何もかけないのに酒に頼るとは何事だという感じだと思います)、この詩を書いてるるりらさんからレスを頂いて、また、自分がこの詩を書いたときの境遇を思い出して、この詩には欠けている事や、足らない事だらけだと思うのですが、今の僕にとっては必要な事が詰まっているのかなとおもう事ができるようになりました。言葉の緩急みたいな所は確かにというか僕はどうせやるなら全編パンチラインじゃないとあかんみたいに、極端に思っていたとおもうのですが、別にそうじゃなくてもいいんだよなという事を今更ながら、再認識しました。 示唆を含んだレスありがとうございました。

いかいか (2018-03-03):

いかいかです 全体的に音も描写も、単調で読ませることに関して非常に意識が、低いように感じられます 無理矢理惰性で書かれたのが手にとるようにわかり、逆にそれを悟らせるような技巧的な下地も無いのがわかります また、自らの苦悩や社会との自己のあり方をあまりにも、安易な形式に、還元しているような、描きかたは肯定的に語れるものではないでしょう

百均@B-REVIEW ON/ (2018-03-03):

いかいかさん レスありがとうございます。 なんというかコメントしてくださったのが申し訳ないですね・・・いや、なんというかそのままの通りですし、なんというかコメントに色々救われたというよりは掬い上げられたように思います。色々分かられてしまっているのが、恥ずかしいですね。反論も出来ない程にその通りだと思います。結果的に言ってしまえば、そうしたら読ませることが出来るのか分からないのですね、故に技術の付け方も分からないので毎回付け焼き刃で、それは結局惰性としか言い様のないものでしょう。なんというか、まぁ僕の周りには僕より優れている人一杯いますので、大分困っています。取りあえず、今返信出来る事は以上です。

投稿作品数: 1