表現の自由 - B-REVIEW
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PICK UP - REVIEW

ひらいて、とがって

ひらひらとひらかれひかれて

ひざこぞう、に出逢ってください。そして手をのばして作品の言葉にためすすがめつ、触れてほしい。

帆場 蔵人@⚰

ねね

私は、こんな詩に出会いたい。

読者が 作品世界に囚われて、しばし 動けなくなるような 動けない時間を持つことで、自由を得るような そんな詩に わたしは 出会いたい。

真清水るる

薬売り

胡散臭さがたまらない

怪しいものや不思議なものが好きな方におすすめしたい、世にも奇妙な掌編——

沙一

書かざる言わざる、雄弁に水銀を

黙って笑ってろ、沈黙は金

これを見ているあなた、恥ずかしくはないんですか? 答えられないのですか。 なんでですか。 理由があるという訳でもないのですか? ああ、そうか。 全部、冗談だというのですね。

鳴海幸子

夏は夜。月のころはさらなり

田舎の夜道は暗くとも、恋は華やかで明るい——

沙一

あなたとどんぐりとハナミズ……

悪意のないホローポイント弾

ここには○○の残酷さが描かれている。 ○○が何なのかは、読めばわかる… …かもしれないし、わからないかもしれない。 感じ方は「人それぞれ」だから。

R

祖父の痕跡

黙想を貫いた彼が最後にみたものは…

祖父の遺物が並んだ「私」だけの世界… 彼の深層に踏み込むべく「私」は宝物箱に触れてしまうのか…祖父とは一体何なのか…

つつみ

直列つなぎ-うんこ!!(……

青春の現代詩

青春はいつも、エロくて汗臭い。そして切ないけど優しいところもあり、美しい瞬間もあるけど、昆虫たちも僕らも命を捨てて夫婦になることを受け入れる。それが生きるということだから。個人的には、僕は飯田華子さんの紙芝居を観に行きたい。

蛾兆ボルカ

ちがう星

ピッチャーとキャッチャーみたいだね

それから時々 おなじ星

neue Ära records

いつまでもあいさつをしてゆ……

伝説の流行語はここから始まった

「かきかきたぶんしない」は伝説になった。わからない人には永遠にミューズは来ない。

neue Ära records

粘土

こんにゃろっというやり場のない怒れる者よ

ほの暗い系男子がたどり着いた極北のモノローグがきみにはわかるまい

neue Ära records

菊の花

2020年10月の裏番長/裏大賞

これの良さがわかるまで詩を書くんじゃない

neue Ära records

死んだベテルギウス

地球は退屈な諦念に埋め尽くされてる

重力に支配された地球人にはわかるまい

neue Ära records

風吹き抜ける青

残酷なロマンティズムがきみにはわかるまい

そのまま生き地獄で野垂れ死にするといいという孤高の美

neue Ära records

ぢんせぃ

その喪失感は夢かうつつか

ネットとリアルがボーダーレスな、デジタルネイティブ世代の感性──

沙一

潮風

潮の香りにのまれるように

不思議な気配が手招きをしている

帆場 蔵人@⚰

空の下

大自然という舞台への出奔

二人が走り出す。広大な大自然という舞台へ。

羽田恭

明るい朝の歌

明るい朝のうらには、暗い夜があった

外をみつめることが、内をみつめることにつながっている──

沙一

震え 揺れ 回る

一気に詩情が注ぎ込まれていく。 それが 震え 揺れ 回る。 詩を詠み終えても、止まらない。

羽田恭

生きるためにパイを焼く

どうしようもなく生きていくということ

ただパイを焼く。それだけなのだけれど、衒いも奇抜さもなく心にぶつかってきて揺さぶられる。

帆場 蔵人@⚰

別れ

靴の哀しみ

歩くための存在でありながら、誰かが履いてくれないと歩き出せない存在が、絶望して待機してる

蛾兆ボルカ

パパの日曜日

しがない日常に飽きてしまったすべての人へ

ごく平凡な日曜日のパパが、壮大で絢爛豪華な世界へ旅立つ——

沙一

「中央公園より」

わかりあえなくたっていい

人種、国籍、性別、年齢、人間同士のわかりあえないディスタンス、そんなことよりも、おたがいに笑っていよう、ここはみんなの公園だから——

沙一

わたしの髪は生きているのか……

心を亡くしてしまいそうなときに

ささやかなお洒落をたのしむ、それは自分が自分であることをわすれないために、ひつようだったのかもしれない——

沙一

angel coffee?……

一瞬と、永遠

幸せなコーヒーと、降りやまない雨、好きな人といるとき、あなたならどちらを選びたいですか?

沙一

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表現の自由    

ひとを××××のが苦手だ、×××ないように生きてきた、ものにぶつかるたびに謝って、先生の言うことを守って、いい点を取ってきた、だから表現の不自由を勝ち取れない、 どうしようもない自由だ 本当は、公衆の面前で××されたい、あなたは私たち日本人を××××と言われたい、××られたい、責任をとって仕事を辞めさせられたい、××××たい、偉くはなくとも、インターネットの片隅にいる寂しくて優しい人たちに、×××××価値がないと言われたい、電話対応に追われて心を××させたい、××を広められたい、がんじがらめに表現を束縛されて、メンヘラの×××××な彼女に「どこにもいかないで」って言われたい、匿名で××××を持っていくから待ってろと脅されたい ひとを××××のができないから、僕にはその権利がない、だから代わりに何かを燃やしてみたい、新宿駅の西口とか、近所の大きな森とか、公園のパンダとか、を燃やしてみたい、どうせ僕の炎では誰も××ないから、××ないから、たぶん××××、××××くせに、どうせやるなら一人で死ねって言われる、偉い人が言って、たぶん、たくさんの優しい人たちがそれに「いいね」してくれる、そうしたらいいのかもしれない、そうしたら一人で××せてくれるのかもしれない


作成日時 2019-08-07
コメント日時 2019-09-01

表現の自由 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 16
P V 数 : 2331.5
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 12
#テキスト
項目全期間(2021/05/07現在)投稿後10日間
叙情性00
前衛性81
可読性10
エンタメ00
技巧11
音韻00
構成20
総合ポイント122
 平均値  中央値 
叙情性00
前衛性2.72
可読性0.30
 エンタメ00
技巧0.30
音韻00
構成0.70
総合43
閲覧指数:2331.5
2021/05/07 01時38分56秒現在
※ポイントを入れるにはログインが必要です
※自作品にはポイントを入れられません。

    作品に書かれた推薦文

表現の自由 コメントセクション

コメント数(16)
ふじりゅう
(2019-08-20)

面白いことをされているな、という印象です。 表現の自由(ひいては、恐らく今話題の某騒動)を土台にした「書かれない詩」として、×の部分を読者に想像させたり、インパクトがある作品へ押し上げたりといった地点に到達できている作品とお見受けしました。 同様のケースで、極めてぶっ飛んだ作品として渡辺氏の「少女ヌード写真集から見る昭和性風俗 ―雑誌『(検閲済)』を中心に―」(https://ncode.syosetu.com/n7551fb/)という作品があり、それに比べるとこちらの方が柔らかく読みやすくもありますが、個人的な勝手な考えとしてはぶっ飛び具合がほしかったな、という印象です。

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弓巠
(2019-08-22)

ふじりゅうさん コメントありがとうございます。 「書かれない詩」としてインパクトがある、という評価、ありがたいです。 「ぶっ飛び具合」についてなのですが、作者の意図としては、これは「ぶっ飛び」を狙った作品ではない、と申しておきましょう。では何を狙ったのか、というのをあまりいうのも無粋だと思うのですが、あえて、これは作中でも言っているように、「ぶっ飛ぶ」ことができない、残酷になることができない、という詩として書いた、ということだけ言っておきたいな、と思います。 渡辺さんの詩、ご紹介いただきありがとうございます。これは確かに、「ぶっ飛んだ」詩だとは思いますが、今回僕がやろうとした意図とは違う方向性のことをやっているので、同一に話すことは難しいかもな、と思いました。変な話ですが、僕は残存した言葉と、言葉が消されている、ということの間の運動を捉えたかったのです。個人的には、(ご紹介いただいた詩の評価とはまた別として)単純に振り切れていることが詩としての価値だとは思いません。単純に消し去ることのできない鬱屈があるからこそ、はじめて言葉が削られることの痛みが意味を帯びると僕は考えています。 なんとなく、反駁のようになってしまいましたが、コメントをいただけて、とてもありがたいです。

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白犬
(2019-08-23)

冴えない気持ちという正直さを、××で変奏して流れるように奏でている、その感じが良いと思いました。××で隠されているからこそ、自棄な気持ちや願望が現わされてて、でも隠れてるから直では無いというちょっとひねられたとこも含め良い感じ。個人的には非常に自棄糞な人間なので、共感したし、なんだかどきどきしました。××のもざいく感でしょうか…w

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エイクピア
(2019-08-23)

まさか遠回しの犯行声明に仮託した詩作ではないでしょうが、表現の自由や不自由の問題を訴えたいと言うのは伝わって来ました。伏字の内容を知りたいと思いました。最初から検閲されたような形でXXXXとやるのは他者の不在のようでおもしろい言語遊戯だと思いました。旧内務省の検閲局を想起させます、私的には。あるいは戦後間もないころの占領当局の検閲でしょうね。でも実際の検閲は最悪発禁処分でしょうから、そう言う点でもXXXX的な検閲、ではなくて単なる自主規制でしょうね、は発禁処分との比較対象と言う点でも大変面白いと思いました。

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弓巠
(2019-08-31)

白犬さん。 どうも。コメントありがとうございます。意外と白犬さんからもらうの初めて?かもしれず新鮮な感がありますね。自棄な感じとか、冴えない気持ち、に注目してくれたのはかなり嬉しくて、正直、この詩は、表現の自由云々をめぐるもろもろについての、単純な風刺としては成功していないと思うんですね。なんというか、二重の意味で、冴えないままだった、というか…… けれど、そんな冴えない、切れ味のない言葉も自らなのか、誰かからなのか、×されてしまう。そこから何が出てくるか、考えてみたかったな、という。それにどちらかというと、僕は、表現の自由云々をめぐる問題って、どちらかというと、必ずしも大きなスケールのイデオロギーの問題ではなくて、こういう、個人の自棄な気持ちにこそ関わることだと思うんですね。(だからこそああいう問題をイデオロギーの闘争として見るのはちょっと違和感があったり)意外と、検閲とか、そういうもの以前に、語っている人の一種のショボさのなかにも、隠蔽だとか、自分の言葉を封殺してしまうことがあるかもしれない、という。この詩では単純にそれを批判するのでなくて、現象として作ってみたかった、というのもあります。 余談だけど、戦時中に永井荷風の小説が検閲にかけられて、ある芸者のセリフが「××まで脱がせて」となっていたことがあったらしく、当時の読者は×の中身を妄想して楽しんでいたらしい。しかし、戦争が終わってその部分の規制が取れてみたら、その「××」というのは「足袋」だったからみんながっかりしたという。隠蔽によって余白が生まれて、一種の妖しさが生まれる、ということはあるのかもしれないですね。

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弓巠
(2019-08-31)

エイクピアさん、コメントありがとうございます。 ご推察の通り、当初は旧内務省の検閲を意識して書きました。ただ、「他者の不在」というご指摘はもっともで、僕自身、書いているときには、検閲の象徴のようにして「×」と入れていたのですが、読み返してみて、詩としてみたときに、「×」を入れたのが、果たして語り手本人なのか、それとも、何か検閲のような他者なのか、というのが自分でもわからなく、その振り幅が結果として生まれたな、という風に思います。 中国の方と話していたときに、「本当の検閲は外部からものではなく、内面から生まれて、自主規制してしまうもの」と言われたことがあり、確かにな、と思った記憶があります。こういう、自分は振り切れた人間にはなれない、と思ってしまう人の心理自体が、一種の自主規制のような働きを作っているな、と思ったりもします。そういう意味で、検閲のようにして言葉が隠蔽されることの恐ろしさって、それが完全な他者によって行われるからじゃなくて、我々の内面からの発露とつながっているからじゃないか、とかも思ったりしました。

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ビショップ(このアカウントは使用できません)
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(2019-08-31)

弓巠さん、はじめまして 弓巠さんは、東大文学部の学生さんなんですね。 ただ、コメントを見ると論理的な文章は得意なようだが、この詩?を含めいくつかの作品を拝見すると詩的な表現は上手ではない。 独創性に基づく想像力に欠けておられる。 私見では、その理由は他者との対話からは得られないと思います。

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弓巠
(2019-08-31)

ビショップさん、はじめまして。 はじめに言っておきたいのですが、僕はこういう形のコメントをもらったのが初めてなので、ちょっといま緊張しております。なので多少変な返答になってしまってもご容赦くださいね。それと、理由は以下に書くのですが、こういうコメントをされた以上、返信をお願いしたいです。返信は3点にまとめました。 まず、詩的な表現は得意ではない、想像力に欠如している、とのご指摘についてなのですが、根拠をこの詩のなかから示してもらえるとありがたいです。どういう表現からそのように思われたのか、そういう説明がないと、あなたのコメントは意味を帯びないばかりか、ただの悪口になってしまいます。おそらく、このコメントをコピーアンドペーストして、他の方の他の作品につけたとしても、通用してしまいますよね。作品は固有の良い点、悪い点があります。それを無視して否定するならば、ただ否定を目的とした否定と思われてしまう可能性があるのです。現段階では、ビショップさんのコメントをどう扱えば良いか、正直僕はわかりません。悔しいことに、これだけ良い加減なリプライでも、人はちょっとドキッとしてしまうものだからです。それと、「他者との対話からは得られない」とのことですが、そのようにして「対話」を閉ざした上で僕にこのようなコメントをする意図もわかりませんでした。ご自身が無根拠なコメントをして、それを正当化するようなことは、ちょっとどうかな、と思ってしまいます。正直、僕はあなたがただ否定のための否定をしていると思いたくないです。なぜなら、そういう無根拠なものの方が、論理的な批判より傷つくからです。もし僕がそのように誤解しているのだとしたら、それを解くことはあなたにしかできません。 次に東大生であることに触れられている点について。どういう意図からかわかりませんが、正直詩の内容に触れずにそのような肩書きにだけ言及されることは不愉快です。肩書きをプロフィールに書いてしまった僕に問題があるのかもしれませんが、わざわざそのように肩書きに触れられると、悪意を感じてしまいます。 最後に、Breviewという掲示板の特徴についてです。ビショップさんは最近初投稿されら方のようですので、一応古参である僕から少しアドバイスです。この掲示板は、もともと、別の掲示板で荒らしや人格否定が横行している、ということを見かねた旧運営の方が設立したものです。そのため、マナーガイドラインが整えられています。僕はそうではないと思いたいですが、ビショップさんのこのようなコメントが、ガイドラインに沿うものか、僕には疑問です。一度確認した上で、互いに安心して合評できるような場を作ることを意識された方が、いらぬ誤解を生まず、いいと思います。 以上3点です。批判するな、とは言いません。時として批判の方が勉強になりますから。しかし、無根拠な批判は、ただの悪口と区別するのが難しくなってしまいます。僕があなたのおそらく何倍も時間と手間をかけてこのような長文コメントを書いているのは、あなたにそのようなことをわかってほしい、ということ、このままにしていたら気持ち悪い、ということがあります。ネットは顔の見えない相手と関わるからこそ、慎重に誤解なきようコミュニケーションを図るべきものではありませんか? それと、最後に、自分の書いてきたものにはそれなりに自信を持っているし、なしえたものもある、弱点についても無根拠にあなたに何かを言われる筋合いはない、とだけ言っておきましょう。

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いけい・るか
(2019-08-31)

××を読む側としては、弓巠 さんにとって××がなにを指すか大体なんとなくわかる節と、時々自然と××になんとなく自分が入れたい言葉を入れて読んでしまう節があって、こんな一貫性のない読み方をしていいのかな?と不安になりました。はっきりとした言葉がない、読者が自由にあてはめられるものは幅があるだけに不安定な気持ちにさせられるんだなと思います。「自由」の幅を感じました。 弓巠 さんが伝えたいこととは違うものを受け取ったかもしれませんが、面白い発見がありました。

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(2019-08-31)

弓巠さん、こんにちは ご返答ありがとうございます。 ご質問にお答えさせていただくと、 まず、「表現の自由」との作品名で詩?を書いておられますが、結局、あなたは何が言いたいのですか? あなたに表現の自由について考えがお有りになるのであれば、旗幟を鮮明にすれば済む話です。 わざわざ伏字を用いるような陳腐かつまどろっこしい手法を用いる必要はありません 詩に必要なものは発想の特異性と言葉の斬新さですが、「表現の自由」には、その双方が欠けています。 従って、この作品は論評に値しません。 (根拠を示せと言われても、存在しないことについての証明は出来ません) 但し、以前の作品になりますが、「水のおぼえ」は、そんなに悪くはない。 発想の特異性は有りませんが、表現には少し良いところがあります。 私見では、文学は、読むにしろ、書くにおいても一人で行うべきものです。 対話を楽しむことはかまいませんが、そこから何かを得ようと考えておられるのであれば、 (そんなことは、よもや期待していないでしょうが)それは期待外れに終わるでしょう。 東大生との肩書に触れたことについては、悪意は無いのですが、不快に感じたのであれば申し訳ありません。 また、弓巠さんの肩書を「東大文学部の学生さん」と誤った記述をしたことについても、重ねてお詫びいたします。 ただ、東大院生であれば文学の道に進みたいと本気で考えておられる可能性は有ると思います。 その方向については、研究方面に向けるのか、創作を志すかはじっくりとお考え下さい。 マナー云々については、それを強制するあまり、毒にも薬にもならないコメントばかりになってしまいました。 というか、批評コメントにいかほどの価値があるのかと思いますが。 私の、今回のコメントについて根拠を明確にすることは必要ですか? 少なくとも「表現の自由」においては、独創性に基づく想像力が欠けていることは明白ではないですか。 ちなみに、アドバイスにおいて個々に不十分な点を「根拠を踏まえて明確に」指摘しても、意味は無いと思います。 アドバイスの役割は、対象者に考えるきっかけを与えることです。 その後の方策は、ご自分だけでしか探すことは出来ません。

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(2019-08-31)

具体的に欠点を指摘してみると、 殆どの作品において表現を積み上げる手法がとられていない。 その為に、表現の切れが感じられず、山場が無く、全体的に淡々としている。 (とりあえず、詩作においては盛り上がる個所を作ることを心がけてください。) もしかすると、弓巠さんは、イメージがはっきりしないままに詩作に取り掛かっているのではないか? そんなことはないと仰るかもしれないが。

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弓巠
(2019-08-31)

ビショップさん。 特に一時間前のコメントを読み、先ほどよりかは、まだあなたの考えがわかったように思います。しかし、僕にとっては、依然あなたは、得体の知れない人にすぎないのです。批評、批判というのは、それを行う人が、作品を読む力があることを証明できて、初めて意味を持ちます。あなたのコメントからは、今の時点では、残念ながら、作品を読む力以前に、作品を読もうという気概さえ感じられない、と思います。結果として、あなたのコメントは、毒にも薬にもならない、一種の迷惑なものになっています。「あなた誰?」感が凄まじいのです。 一時間前のコメントを見て、ビショップさんがどのような詩をいい、と思っているのか、ややわかったような気がします。しかし、あなたが思われる以上に、日本語の口語自由詩の世界には、多種多様な価値付けの軸があるように僕は思います。あなたが言った、「表現の積み上げ」というのは絶対的な価値ではありません。むしろ、そうした絶対的な価値付けを離れたところから、日本の口語自由詩が始まったのだ、と僕は考えます。(日本の定型詩で「いい」とされたことがどのように批判され、現代の詩が始まったのか、勉強してみることをお勧めします) 読み、書く、ことは一人で行わなければならない、というあなたの考えには賛同します。しかし、批評、批判は、本来詩が一人で書かれ、読まれるものであるからこそ、そのような一人に寄り添う努力が必要になってくるのです。 あなたが、僕の作品に感じた、「キレがない、淡々としている」といった感想は、批評のスタートラインに過ぎません。そこから、あなたなりの詩の価値付けを提示しながら、こちらの意図を推察し、どのような表現が成功していないから、詩の全体が失敗している、という風に指差し、指摘していく、というのが本来のプロセスです。例えば、「独創性に欠ける」と思ったなら、そのような表現を見つけてみることです。そのような観点に僕は立っているので、「ほとんどの作品において」という作品の固有性を否定する言い方には閉口します。 表現の自由、という問題は、あなたが言うような、立場を明示すれば済む、という単純なものではない、と僕は考えます。そのために、このような詩を書くことになった。僕にとってはこの詩自体が言いたかったことです。「結局何を言いたいのか?」とおっしゃっていますが、それを読み取ろうとして初めて、この詩が成功しているか、失敗しているのかがわかるのです。 それと、時折見せる高圧的な言い方は正直不愉快に思ってしまいます。あなたは何の権威で、どのような能力を持っているから、そのような言い方ができるのでしょうか。僕の将来についても、大きなお世話だ、としか答えようがありません。 あなたの中に、作者に対して辛辣なことを言えれば、批評として意味がある、という考えがあるように思えてしまいますが、作品に寄り添う姿勢を見せず、また自らの読みさえ開示せずにそれを行うことは、道端で出会った人に「お前はクズだ」というようなことです。つまり、あなたの考えの正しい、間違っているを問わず、ただの迷惑行為になってしまうのです。 少々厳しいことを言いましたが、これを機に、自らの詩を読む態度を一考されてはいかがでしょうか。僕からはこれ以上言うことはありませんし、再返信をくだされば読みますが、回答はしないつもりです。それでは。

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弓巠
(2019-08-31)

るかおさん、コメントありがとうございます。 「×」があることで、却って自由に、その背後に意味を想像してしまう、という読み、面白く拝読しました。自由とは、意外と目標とされるような、達成されるものではなく、言葉の背後にうごめく、不可解な、(そして不安定な)何かなのかもしれませんね。ちょうど暗闇のなかにいろんな不気味な影を描いてしまうようなものなのかもしれない、とも。 作者自身の意図とは、また別に、読みによって生まれてくるものがあると僕は思います。ご自身の読みを伝えてくださって、ありがとうございます。

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(2019-09-01)

>表現の自由、という問題は、あなたが言うような、立場を明示すれば済む、という単純なものではない、と僕は考えます。そのために、このような詩を書くことになった。僕にとってはこの詩自体が言いたかったことです。「結局何を言いたいのか?」とおっしゃっていますが、それを読み取ろうとして初めて、この詩が成功しているか、失敗しているのかがわかるのです。 私は、表現の自由は立場を明示すれば済むとは書いていません。 しかしながら、表現の自由について語るには、その前提として自身の立場の表明が必要なのです。 また、表現の自由は自らの責任による意思表示であって、他人に読み取ってもらうものでもなければ、他人に判断を委ねるべきものではありません。 どっちつかずのそのような態度を怯懦と言うのです。 あらかじめ逃げ場所を用意しないでください。 (単純明快なことを何故、見えにくくするのですか?その理由は?) また、この作品については読み取りました。 私の結論は失敗です。 ちなみに表現の自由は詩を書く上での基盤であって、詩として表すべきことではないですね。 辛辣とされる点については、冷厳たる事実を書いたに過ぎません。 それを受け入れることが出来ないのであれば、これ以上、何も言うことはありません。

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ふじりゅう
(2019-09-01)

ビショップさん、こんばんは。運営の藤井です。 トップページに「マナー重視」とある通り、本サイトは荒れない、常識の通ずるサイトを根幹として成り立っています。また、本投稿作にはアドバイス募集タグはついておりません。その場合、コメントには慎重にされることを前提としております。 氏の最初のコメントには、アドバイス募集タグのついていない作品に対して苛烈な批判をし、また明確な根拠を述べられておりません。 筆者に根拠を示されてやっとその断片を明示したと私の目には映り、またその返答も私のみる限りでは苛烈と捉えて仕方なく映るものです。かつ、筆者もこのコメントに対して不快な返答をしたにも関わらず、その対応が軟化あるいは何らかの変化をみせたとは感じられません。 氏には、1.アドバイスをする場合は根拠をできるだけ示す。2.コメントでの苛烈な発言を慎む。 以上のことをお守り頂くようお願い申し上げます。 氏の、本作におけるコメントを一切禁止します。本件に対する議論はフォーラムにて行っていただきますよう、お願い申し上げます。 氏には本サイトのマナーを遵守した上で、B-REVIEWをお楽しみ頂けましたら幸いです。 最後に、このような形でコメント欄を使用致しました弓巠さんに、深くお詫びを申し上げます。

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弓巠
(2019-09-01)

ふじりゅうさん。もろもろのご対応、感謝いたします。私の方からご連絡するつもりだったのですが、お早い対応をしていただき、恐縮です。 運営の仕事もボランティアであり、色々と大変とはお察ししますが、これからも陰ながら応援いたします。 ありがとうございました。

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