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ある日のこと
梅と桃の混在性花束を抱え 薄ら寒さの晴天路地を ゆっくりと急いでいきました 早く行っても 遅く行っても さして変わりはなかったのですけれど それでも祝日をしっかり踏みしめていきたかったのです 春空を見上げれば 掲揚塔 ゆらゆらと揺れる赤い旗に 金糸で縫われた高潔の花 それをすぅっと見つめては また帰路に戻っていって 昼霞 どこかの家の台所の幸せな匂いが、足を急かしてくれました
ある日のこと ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1041.2
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2026-02-11
コメント日時 2026-02-17
| 項目 | 全期間(2026/06/20現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
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| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


どこにでもあるようなとりとめのない文節。 でも何故かこころ揺らぐのは何故だろう。 思うにティムくんの展開するリズム感に引きつけられるんだろうね。 「ある日のこと」 ぼかされたようにとりとめのないタイトルだ。 ある日とは何だろう? ポイントになるのは祝日ですね。 行間も隙間だらけだ。 ならばもう少し突っ込んで読み手を誘因してほしい。 終わり二行、昼霞※昼寝に見えてたな、笑 この昼霞の次くらいに一行、 祝日に関わる語り手の気持ちを意識させてほしいよ。 日日是好日、と置かれたならば、最後の一行が幸せそうな家庭に置かれているので、 逆に語り手の虚しさが強調されて読めてきます。 また、たとえば国旗掲揚、とかの熟語が使われれば、 祝日に対する筆者の政治的心情までもが読めてくる。 タイトルから内容に対する描写が薄いだけに、 祝日に対する思いを作為的に工夫して読み手に手渡すのは技術です。 これから成長して佳い詩を沢山書かれるのだろう。 そう思われる作者です。 頑張ってください。
1むう、確かに……行間が隙間だらけなのもそうだし、読み手を誘引したり、あるいは何かを渡す技術がまだ不足してる……(詩人会のを見て、言葉を削った結果でもあるとはいえ、性急すぎたか) あと、確かに”国旗掲揚”でも思想表現はできるかもだし、その方が伝わりやすいのはそうだ。 >ゆらゆらと揺れる赤い旗に >金糸で縫われた高潔の花 でも、あえて迂遠に表現したこれをみなまで言うのは不思議な気恥ずかしさがある。あまり直球に言うと、逆に風刺してる風にも思われかねないのが怖いんだよな。 (※PICK UP - REVIEWにも載っている『天皇陛下万歳』が良い例。あの著者、別のコメ欄とかも総合して見る限りよしのり寄り保守の自認なのだろうけれど、あの作品や本人から感じるのは右派が崇敬と忠誠を本来なら誓うべきものへの苦手意識や敬遠である……僕が赤尾敏系列の右派に近しいというのもあって、余計に違和感を感じてしまう。なので僕はこの人には近づかず、watertimeさんの方に寄りがち) まあ、この問題を回避するためにより表現を磨くべきなのはわかっている。
0ゆらゆらと揺れる赤い旗に~高潔の花 国旗を想像するなら中国ですよ。笑 御門の旗印もないし意図した日の丸を想像するのには個人的に無理がある。 気恥ずかしくても風刺に読まれてもいいじゃないですか。 わざわざ皇居に繰り出して、あなたが天皇陛下万歳を叫ばないお人ならば…
0まあそれは確かに。書いたあとに「赤で金だと……これどうみても社会主義国家の国旗だな」と車のなかで思い出しては苦笑してたし。 だが、本当は詩でよりわかりやすく言うべきだったのだろうけど、皇室旗なんだよ。作中ではためいているのは。 ※高潔という花言葉がある花:菊 ……でも、皇居に繰り出して叫ぶ、というわけでもないんだよな。 それこそより熱のある人からは熱意が足りないとか不忠だって言われそうだけど。 それでも……ある歌の歌詞の引用になってしまうが、「赤裸々ではこそばゆいでしょう」というなんだよな、僕の心情。
0こんばんは。 着実に焦点が絞れていっている 印象がしました。 梅と桃、花束、抱え は 具体的に動作までを 想像出来るので いいなと思いました。 「それでも祝日をしっかり踏みしめていきたかったのです」 は一番 目を惹く文章でした。 "それでも" の 前の連の 「早く行っても 遅く行っても さして変わりはなかったのですけれど」 が思考に 効いて行く印象です。 最終連は緩やかな イメージで終わるのですね。 毒気があるものも見てみたい気もしましたが それは 単純に、好みかもしれません。
0わりと長いこと書いてるが、いつになったらこの「チー牛詩人」感から脱皮するんだろうか。うじうじ悩むな、角海老に行け。
0もう毒気のある(あるいは毒しかない)詩なんて他の面々がたくさん書いてるじゃないか! なんで僕までやらにゃあかんのだ! そのくせ何人かは僕に偉そうに「芸術は下半身と云々」などと延々と語るし! 僕一人が清純な詩を書くことがそこまでry(以下長いのでカット) …すまない。ちょっと色々とね。うん。あったんだ。 今回は言われている通り、かなり焦点は絞った。今まではあれこれ詰め込んだけど、今回はちょっと絞ってやってみたんだ。動作もつい省略しがちだから、具体的な動作までも確かに描いたつもりだ。 >それでも祝日をしっかり踏みしめていきたかったのです ここは最初は丁寧語じゃなかったけれど、朝になってもう一度推敲して、今回の形になったといえる。 最後を緩やかにしたのは……やっぱり、緩やかさな綺麗さが僕の性分に合っているからかも。
0お返事ありがとうございます。 たしかに、紅一点ならぬ、 "清純一点"を貫くのも いいのかもしれません。 自分の性分にあわないやり方は 散漫になったり(熱意がこもらない)ような気もします。 「今回は言われている通り、かなり焦点は絞った。今まではあれこれ詰め込んだけど、今回はちょっと絞ってやってみたんだ。動作もつい省略しがちだから、具体的な動作までも確かに描いたつもりだ。」 これは詩の雰囲気からも 伝わりました。 テイムラー流を突き進んだら何があるのかわかりませんが めげずに進む姿は見えました。 今作の丁寧語は 僕は 印象に残ったですね。 動作も先述の通り、 見えて来たので 各連のイメージが掴みやすくなった気がしました。
0この小さな物語は、確かに昔あったふっくらとした感情を、或いはそのとき着ていた服の感触を思い出させてくれる。
0そう言ってもらえるとすごく嬉しい……(ノスタルジーを志向しているからこそ)
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