※すべて実話に基づいた作品です。
⑴或る阿呆の青春
⑵This is it
⑶ぼんやりとした肯定
(最後にオマケの中編小説があります。)
【短編】或る阿呆の青春
或る阿呆の青春は
一言で表現するならば
「よく見られたい」であった。
其れは謂わば
「愛されたい」「認められたい」
「受け入れてほしい」といった類の
思春期をバラ色にも灰色にもしてしまう
どうしようもない情動である。
今年でハタチになる阿呆は
台所でだらしなく座込み
取り留めのないことを考えていた。
「わしの人生ってどうなるんじゃろ?」
この阿呆は十六になる頃に
母校の中学校の周辺を
チョロチョロとしていたときに
或る恩人と出会って 第一の回心をしたのたが
其れは亦別のお噺である。
第一の回心からも暫く
家庭の経済的不振による高校の停学で
持て余した暇の大半を図書館で暮らしていた。
一七だったか十六になっても
まだスマホを買い与えられなかったもんである
ゆえバイトの面接は悉く不合格の報せが届いた。
だが苦悩は長く続かぬもので
すぐに転機が訪れるのである。
まさしく「直観」に従ったまでの決断である。
スマホも持たぬ
自身を証明するものも
大した履歴もない阿呆を拾い上げ救い上げ
育て上げてくれた弁当屋の店主が
現れたのである。これが第二の回心である。
まずもって其の弁当屋に勤める方々はこの
阿呆に苦心惨憺たる思いを抱いていただろう。
まさに「認められたい」がゆえ
かけ続けた迷惑の
数々によって、である。
ひとつ、覚えが悪すぎる。
何度教われど此奴は阿呆であるから
出来てたことも出来なくなるし
またとろとろしていて所謂ノロマだ。
されども、この阿呆にとっての「第二の回心」は
所詮、対人関係における初歩的訓練にすぎず
つまりは「ごめんなさい」が言えるかどうか
「ありがとう」が自然に出るかどうかという
礼儀作法と情緒の練習台にすぎなかった。
けだし、弁当屋は学校ではなかったし
学校で習えなかったことを
この阿呆は皿洗いをしながら
黙々と覚えていったのである。
だが、そこで終わるような
簡単な青春ではなかった。
なぜならば「第三の回心」──
それは、
この阿呆が「言葉」と
出会ってしまったことで
起きたのだから。
図書館にて偶々手に取ったのは
現代詩人の作品集であった。其の詩は、
ただの言葉の羅列でしかないやうでいて
なにか、深く内なるものを鷲掴みにしてくる
不可思議な力を宿していた。
それは「意味」があるのかないのか
「解釈」するものなのかしないものなのか
阿呆には到底わからぬことであった。
だがひとつ、確かなことがあった。
この阿呆は
「これは、わしの心の中にあったもの
じゃろか?」
と、初めて──この人生で初めて誰かの
書いたものを読んでそう思ったのである。
詩は、阿呆を拒まなかった。
貧しかろうが、無知であろうが、
阿呆であろうが詩は、
言葉の中に居場所をくれた。
──これが、第三の回心である。
それからというものこの阿呆は、
独り言のような詩を書きはじめた。
最初は手帳の隅に、つぎはスマホのメモ帳に
夜の台所、昼の階段下、バスの中、便所の壁、
どこでも構わず言葉を生んでは捨て、
生んでは拾い上げた。
ある夜などは弁当屋のまかないで
食ったエビフライの味に感動して
「命には衣が纏っている」と書き残したほどである。
誰が見るでもなく誰に褒められるでもなく
ただ、ことばと共に在ることが
阿呆の支えとなっていた。
然るに、この時分に至って
阿呆の「よく見られたい」は微かに
その輪郭を変えはじめる。
つまりは、「よく見られたい」ではなく
「正しく伝えたい」と。
或いは
「伝えられずとも、書き遺しておきたい」と。
己れの喜びも悲しみも恥も驕りも含めた
すべてが何かのかたちになって
時間の果てに流れてゆくことを
それを願うようになったのだ。
それが詩であり
それが生であった。
──阿呆の青春はまだ終わらぬ。
されど、その阿呆はもはや、
ほんとうの意味で
阿呆ではなかったのかもしれぬ
【短編】This is it
何者かも分からず、
スマートフォンも持っていない、
そんな私を拾い、
育ててくれた弁当屋があった。
ある冬の晩、
いつものように注文を取り、材料を用意し、
弁当を丁寧に袋へ詰めた。
隣にあるカラオケ喫茶へ、
配達しなければならなかったのだ。
普段は閑散としている場所だが、
その日はたまたま人が多かった。
戸をノックし、
重く狭い店先の扉を開ける。
「弁当の配達です」
いつも通り、少しだけ声を張って挨拶をした。
「何円かな?」
化粧は厚く、
山姥のような顔をしたオバサンが、
酒焼けした声で尋ねてきた。
私はレシートの金額を指さした。
会計を待つ短いあいだ、
顔を赤くした四十代ほどの
男性が声をかけてきた。
「兄ちゃん、歌ってけよ」
その口調は誘いというより、
不思議と命令に近く聞こえた。
「仕事終わったら来ますね」
愛想笑いを浮かべ、
代金を受け取り、店を出た。
カラオケ喫茶の熱気と、
冬の夜の冷たい風が、
エプロンにまとわりついていた。
後片付けを終え、
油で汚れたエプロンを外し、
タイムカードを押したとき、
ふと「行きたくないな」と思った。
社交性の問題ではなく、
ただ疲れていて、早く眠りたかったのだ。
だが、約束してしまった。
行くしかない。
店主に挨拶をし、
私を呼んだ男性のもとへ向かった。
──────普段どんな曲歌うん?
──────金は俺が出すけん
──────まあ、楽しんでけや
周囲に合わせて拍手をし、灰皿を渡し、
この居心地の悪さをやり過ごしていた。
「おめぇ、弁当屋でどんくらいもらっとん?」
唐突に、給料を聞かれた。
世間を知らなかった私は、
正直に答えてしまった。
「七万円くらいですね」
今思えば、致命的な失策だった。
彼は鼻で笑い、
「そんな仕事続けてどうするんだ。
楽にさせたる」と言った。
そして、
〈親方〉と呼ばれる男を紹介された。
配管工だという。
体力には自信があった私は、
深く考えずに承諾した。
作業着を買い、
一人親方保険に加入し、
親方と現場へ出ることになった。
私は少し浮き立っていた。
『能力が変われば、必ず環境も変わる』
本で読んだその言葉が、
頭の中に残っていたからだ。
だが、現場に入ってすぐ、
自分の無力さを思い知らされた。
弁当屋では力仕事を任されていた。
それなりに役に立っていると思っていた。
だがここでは、
何一つ、まともにできなかった。
教えられた手順を、翌日には忘れる。
昨日できたことが、今日はできない。
怒鳴り声が増えた。
指示だった声は、
次第に人格を責める調子へ変わっていった。
「何回言わせるんだ」
「頭使えよ」
「向いてねえんだよ」
言葉は正確で、
逃げ場がなかった。
昼食時の会話から、
私は外れていった。
『能力が変われば、必ず環境も変わる』
その言葉は、
いつの間にか裏返って胸に残っていた。
環境が変わったのではない。
変わらなかった私が、露呈しただけだった。
言葉は、いつしか暴力になった。
溶接のトーチを押し当てられ、
感電した。
火を使う作業中に、
可燃性スプレーを吹きかけられ、
作業着は焦げて着られなくなった。
ヘルメットはハンマーで叩かれ、
ふたつとも穴が開いた。
高所から落とされそうになり、
ハンマーで膝の皿を叩かれ、
駐車場では水をかけられた。
「痛い」と言えば笑われ、
「やめて」と言えば「お前が悪い」と返された。
「辛い」と言ったときだけ、
誰も何も言わなかった。
それが普通になった。
現場のトイレに籠もる時間が、
自然と長くなった。
朝五時に家を出て、帰るのは夜八時。
そんな日々が続いていたが、
「困難は魂の糧だ」そう思おうとしていた。
だが、
ある日、決定的なことが起きた。
理由も告げられないまま、
左足の付け根を、
ハンマーで振りかぶって殴られた。
いままで辞めることを躊躇っていたが
もう、無理だった。
親方の顔を見るのは
今日で終わりだと覚悟を決めた。
仕事終わり、
自転車で警察署へ向かった。
──────This is it(これで終わりだ)
翌朝、
久しぶりに七時まで眠った。
親方からの着信が、
三件残っていた。
与えられた環境の中で
成長できなかったことを悔やみながら、
私は八ヶ月ぶりの二度寝をした。
バックれた。
逃げたのではない。
ただ、避難しただけなのだ。
【短編】ぼんやりとした肯定
12月19日。
──仄かに、しかし取り消せない
嫌な予感があった。
財布の中には一万円札が一枚だけ入っていた。
口座の残高は千円。
これを使えば、今月はもう、
まともな飯は食えない。
そう考えながら、
私は何度も財布を開いては閉じた。
そのときだった。
ネットで知り合い、
しばらくやり取りを続けていた
十六歳の少女から電話が鳴った。
Kと呼ぶことにする。
十三時過ぎ。
受話器の向こうで、Kは静かに言った。
「ごめんね」
「沢山助けられました」
「ありがとうございました」
その声は、軽すぎるほど軽く、
だからこそ、異様な重さを帯びていた。
以前から、Kの口からは
死にたいという言葉が何度もこぼれていた。
だが今回は違う。
理屈ではなく、直感がそう告げていた。
本当に、死ぬつもりなのだ。
しかも、友達と一緒に。
私のこれまでの言葉は、
もうKの中に届いていないのだろうか。
無力さだけが、胃の奥に沈殿していった。
「ごめんね」
「幸せになってね」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の中で何かが強く反発した。
Kが死んで、
私が幸せでいられるはずがあるか。
否。そんな理屈はどこにもなかった。
生きていてほしい、と願った。
理由を問われても、答えはなかった。
ただ、生きていてほしかった。
「生きないよ。疲れた」
疲れた。
その一言が、
正しさも、希望も、説得も、
すべてがねじ曲がるのを、
私は見たくなかった。
「笑ってるのも、生きてるのも、
息するのも、全部全部疲れた」
私は黙った。
沈黙こそが、最後に残された
唯一の正解のように思えた。
しばらくして、
Kの彼氏からLINEが届いた。
一文だけのスクリーンショット。
「〇〇さんが迎えに来れば生きとくよ?」
その下に、
「どうすればいいか分からんよ」と添えられていた。
その瞬間、
腹の底で何かが切れた。
今月、飯が食えなくなろうが構わない。
Kが生きてくれるなら、行くしかない。
死んでも、終わりではないのだから。
気づけば、もう十八時を回っていた。
私は一万円札を握りしめ、
反射的に電車へ飛び乗った。
岡山から徳島まで、三時間ほど。
夜はすっかり深まり、
待ち合わせ場所の東光寺に着いた頃には、
時計は二十三時を指していた。
徳島駅で降り、
セブンイレブンに寄った。
モバイルバッテリーと、揚げ鶏を一つ。
「食欲がない」
「もう食べた」
そう言われて、
揚げ鶏は私の中に落ちた。
乾いていて、冷たかった。
Kが受け取ったのは、
揚げ鶏よりもさらに冷たい、
モバイルバッテリーだけだった。
三島神社まで歩き、
今日はゆっくり寝よう、と言った。
冬の風はそっけなく、
神社の石段は、
夜の体温をすべて奪っていくようだった。
ほんの短い時間だったが、
Kと心中すると言って同行していた
もう一人の十六歳の子と、
付き合うことになった。
理由は、そう言うしかなかった。
「絶対、見捨てんけぇ」
それしか言えなかった。
野宿で眠れるはずがなかった。
それでも、
寒くないようにと、
私は自分のコートを彼女(Kの友達)に被せた。
翌朝、
私はカラオケに行こうと提案した。
私も、Kも、そして彼女も歌が好きだった。
KはMrs. GREEN APPLEが好きだった。
「ダーリン」
「Soranji」
「天国」
狭い部屋の中で、
私たちは全力で歌った。
その姿が、
ひどく生きているように見えた。
時間だった。
もう行かなければならない。
だが、どこへ行くのかは分からなかった。
カラオケボックスを出て、
私たちは歩いた。
ただ、歩いた。
十キロほど歩き、
橋を渡り、
少し休もうと立ち止まったとき、
警察官二人に声をかけられた。
Kと私の彼女は施設を飛び出しており、
捜索願いが出されていた。
パトカーを見た瞬間、
Kの彼氏の言葉が胸を抉った。
「感情を抑え込んで、
また苦しくなるなら無限ループじゃん」
理由もなく、生きていてほしいと願った。
だが、警察署に同行し、
児相の職員と話し、
結局、Kも彼女も施設に戻ることになった。
私は、何も出来なかった。
岡山へ帰る金もなかった。
────助けがあって、
どうにか帰ることはできたのだが。
それから、
Kからも、彼女からも、
LINEは来ていない。
クリスマスも、
正月も、送ったメッセージは
既読にならなかった。
今日も、
いつものように
YouTube Musicで音楽を流していた。
「Soranji」が流れた瞬間、
体の置き場が、
突然なくなった。
理由は分からない。
ただ、意に反して、
私は死にたくなっていた。
オマケ
【中編小説】ワンネス
冷たい夜でした。
夜が明けても、夜であり、
日は暮れても、また暮れるのです。
夢から覚めても夢。
現実から逃げても現実。
自室から出ても自室。
そう形容すべき世界でありました。
わたくしが生活していた家、近所は
大して変化してはいないのですが
時間だけは変化なし、と言いがたいのです。
時間とは不思議なものでして
愛しき人と共に見る花火のように
ゆったりと、しかしはやく流れています。
暮れるばかりで明けぬ夜だというのに。
わたくしは時流れども
飢えも眠気も感じぬことを訝しみ
此処は人の世ではないと悟った次第です。
わたくしは
何かを求めていました。
何かを探していました。
其れが何であるかは存じません。
この家には
コーヒーを淹れるための電気ポットも
消し忘れがちなテレビもあって
何ひとつ失ったものはないのに、であります。
生前、物書きをしておりましたので
本能…とでも言いましょうか
黄ばんだ紙と削られていない鉛筆を取り出して
この世界のことを書こうと思い至ったのです。
しかし、手が震えて
一言も書けないのであります。
書けない….書けない
わたくしは悲歌慷慨しました。
ふと黄ばんだ紙に視線を下ろすと
すでに四つの言葉がノスタルジックな筆致で
記されていたのでありました。
『γνῶθι σεαυτόν/汝自身を知れ』
『I am that I am/私は私である』
『tat tvam asi/汝それなり』
『Anā al-Ḥaqq/私は真理である』
わたくしは長い眉をひそめて
腕を組み、低く唸りました。
「これはわたくしが求めていたものか。
もっとも知らなくて良いことかも知れぬ」
知らなくても良いと
野生の本能は唸れども
「汝自身を知れ」と命令されたなら
物書きの本能とわたくしの良心は
それに従わざるを得ないのであります。
「わたくしとは何でしょうか」
その違和感とノスタルジアに従い
書斎に積んである大量の本を漁りました。
夜、次の夜、またその次の夜。
答えを探せども見つからないのでありました。
今日、探求して分からないままであれば
記憶に灰を被せようと決意して、
蝋燭の灯る書斎の扉を開きました。
そこには、横に目は大きく、
唇は分厚く、獅子のように潰れて
上に向いた鼻…という醜貌の老人がおりました。
バチリとその老人と目を交わしてしまい
目を逸らした瞬間に砂利を踏み潰すような声で
彼は「汝とは何であるか」と問うて来たのです。
「わかりません…」
彼は醜貌を和顔であると見紛うほど
慈悲深く静かに沈むような声でこう言った。
「よろしい。わからないと素直に言えること、
知らないことを痛感すること。
それは素晴らしいことだ。
かつての賢人はそれを無知の知と呼んだ。」
そう言い終えたとき醜貌の老人は
微動だにせぬ石像に姿を変えたのであります。
その石像に触れると
まだホットコーヒーを一気飲みしたあとのカップほどの温もりを感じたのであります。
が、ボロボロと剥がれて
お仕舞いには書斎の床で散らばる
かけらとなったのでありました。
ふと、気づいたのであります。
わたくしとは彼と同じように
たちどころに形を保てなくなるような
存在であるということを。
これが諸行は無常であり、
諸法は無我であるということだと
実感した次第であります。
床に散らばる老人のかけらを
箒でサッと掃いて塵取りに纏めると
床にはある文字が浮かび上がったのです。
『I am that I am/私は私である』
かねてから抱いていた疑問が
ふつふつと湧き上がったのであります。
それはわたくしの生前の生き方と
信仰についての懐疑が共存したものであります。
いかんともしがたく
独り言は埃と共に乾いた夜の書斎を舞う。
「わたくしがわたくしであるならば
どうして人の世には癒えぬ病がある。
どうして人の暮らしは楽にならない。
どうして人は苦しみの世界に生まれる。
臥して立ち上がれぬ病なら
いっそのこと死にたいだろう。
すべての苦しみもわたくしなのであるか?」
「そうだ。世界は汝であり、
汝は世界なのだ。苦楽も幸も不幸も
すべて汝が原因である。」
塵取りから声が聞こえた。
形の保てなくなった老人のかけらが
わたくしに語りかけたのであります。
消えたはずの老人が語りかけて来たのですから
びっくり仰天してひっくり返りそうになりました。
「あなたは死んだのではないのですか?」
「死んでも終わりではない。
本来、このように"大象無形"なのである。
白百合は変わらず白百合であり、
藤の枝垂れは変わらず藤の枝垂れなのである。
変わりゆく世界であっても
その奥に"イデア"があるのだ。
イデアこそ私なのだよ」
書斎の蝋燭が揺れた。
揺れても蝋燭のままです。
しばしの沈黙ののち
がたがたと部屋が揺れて
書物がひとつ、またひとつと落ちて
老人のかけらは書物の山に
埋まってしまったのです。
「燃やせ。」いや、彼を助けねば。
「燃やせ。」いやだ、それは良心に反する。
「燃やせ。」拒めど蝋燭は知識の山に灯る。
悪魔の声か
不条理の命令か
錬金術的浄化か定かではないが
すでにわたくしの書斎は尽きてしまったこと
だけは確かであります。
物書きの居場所、存在根拠、
忘れてしまった、そして
求め探してやまないわたくしの名前。
それらすべてが眼前で
ただの灰になったのであります。
茫然自失で知識の山が尽きるのを
見つめておりました。
短い言葉が
書斎だった空間に響きました。
まるでわたくしを目覚めさせるように。
何もない空間に砂利を潰すような音。
「私を見よ。」
続けて「tat tvam asi/汝それなり」
何もない空間に
すべてを見いだせと言わんばかりの
言葉でありました。
物書きとしての居場所であった書斎を失い
物書きとしてのアイデアの源であった書斎を失いアイデンティティの根拠を失ったあとに
残るもの(レフトオーバー)とは何でありましょうか。
わたくしは煤けた灰立ち込める部屋に
へたり込んでおりました。
ぼうぼうと
蝋燭の炎であった炎は
まだ残っているようであります。
それを見つめて「………。」言葉にならない
言葉がわたくしを支配しておりました。
書物に記されていて理解できなかった
かつての賢人が『道可道、非常道』と語った
ことを身をもって実感したのであります。
暮れて明けぬ夜に
ぼうぼうと燃える知識の山。
そして其れを失ってなお残る存在への問い。
わたくしは曰く"それ"だったのです。
変わりゆくすべてを手放して
否、失って共に燃え尽きた老人の言葉の意味を理解したのであります。
変わらないものは
イデアであり、プレーマであり、
慈悲であり、愛であり、真理であると。
答え合わせかのように
脳天に白い一条の光が差し、
言葉が胸の辺りに広がりました。
「Ana al-Ḥaqq/私は真理である。」
この言葉が降りた瞬間、
やさしさと強さを感じ
気が開けて羽化しそうなほどの
解放感を味わったのです。
地上に生まれる理由は
苦しみの中に真理をつかめという
大いなる慈悲なのだと気づいたのであります。
カチッとポットが湧く音で
ふと我に返り、いや自我になり
消し忘れていたテレビの電源を落としました。
そして書斎だった場所に戻り、
まだ尽きぬ炎に身を投げました。
さーさーと慈雨が降る。
燃え盛るわたくしはついに鎮火されました。
静かで穏やかで安らかで浄らかな
この境地、形に囚われない境地をなんと申しましょうか。わたくしは其れを存じません。
わたくしはわたくしであり、
わたくしは真理です。
鎮火というアルファから来たりて
鎮火というオメガへ帰ってゆく過程で
その燃え盛る地上生活の『貧・病・争』と
『求めるほどに遠ざかる苦しみ』を味わう
ちっぽけな存在にすぎないのであります。
わたくしがわたくしを忘れていたから
誰がこの黄ばんだ紙に
プロティノスための四つの手がかりを
書いたのかを忘れていただけなのであります。
それが真理です。
もはやわたくしの世界は
暮れて明けぬ夜などではなく
ぬくもりに満ちた涼しい朝だったのであります。
作品データ
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作成日時 2026-02-04
コメント日時 2026-02-04
#現代詩
#縦書き
| 項目 | 全期間(2026/02/05現在) |
| 叙情性 | 0 |
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| 音韻 | 0 |
| 構成 | 0 |
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| 平均値 | 中央値 |
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
閲覧指数:69.4
2026/02/05 06時34分54秒現在
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