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どこにもいない三郎
どこにもいない三郎は 三歳五カ月の男の子で いつも青い毛布に包まって ソファの上でお昼寝をしている 三郎はどこにもいないので 夫婦には子供がいなかった だから夫婦は三郎に 子供服を買ったことがない それでは三郎がかわいそうだと 夫婦は子供服を買いに行くことにした かわいそうな三郎 お洋服も着させてもらえず さぞ寂しかったでしょう ほら今日は好きなお洋服を 買って帰りましょうね どこにもいない三郎に 夫婦はお洋服を選んでいく デニムのジャケットに ネイビーのパーカー 白のパンツに 赤のスニーカー きっと三郎は喜んでくれるはずと 夫婦はお洋服を選んでいった 夫婦には三郎が必要で だから どこにもいない三郎は 夫婦の家のソファで 今日もお昼寝をしている 妻は時折三郎に話しかけながら家事をして 夫は帰ってくると三郎にただいまと言う どこにもいない三郎は 本当にどこにもいない そんな事は関係なく 夫婦は三郎のことを 心からかわいがっている
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どこにもいない三郎 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 193.8
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2026-01-24
コメント日時 1 時間前
| 項目 | 全期間(2026/01/25現在) |
|---|---|
| 叙情性 | 0 |
| 前衛性 | 0 |
| 可読性 | 0 |
| エンタメ | 0 |
| 技巧 | 0 |
| 音韻 | 0 |
| 構成 | 0 |
| 総合ポイント | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


この詩の主題から外れるかも知れませんが わたしはすぐに『風の又三郎』を思い出しました。 風の精かもしれない少年を、村の子供たちが 「風の又三郎」という幻影として受け入れ、ともに 過ごす体験を描いている宮沢賢治の童話ですが、 幻影のような存在を、夫婦が真実として受け入れる という心的情況は同じのような気がします。 三歳五カ月の男の子という具体的な数字が憶測を 呼びますが、かつて存在していて失った過去の 幻影なのか、まださずからない子どもへの未来に 託す幻影なのかはともかく、「どこにもいない」 子どもというのは不思議な存在ですよね。 西成天王寺動物園ちかくにじゃんじゃん横丁とい う賑やかな立ち飲み屋や射的や麻雀屋や串カツ店 などがアーケードの下にならぶ狭い通りがあります。 かつて、 その裏は広大な市バスの集積所で、わたしが子 どものころはススキがゆれる広い空き地でした。 ある日、喧騒の横丁の裂け目をくぐると静寂な野原があり、 そこに見たこともない少年がひとり立っていました。 本人は小学校の転校生だといってましたが、 さんざん一緒にいたずらをして、弾けるように泣き笑い して楽しんだあげく、ある日、また 突然いなくなりました。 どこを探しても風が吹いているだけ。 のちに賢治を読んで、ああ、あいつも風の精だっ たのだな、と納得しました。
1ご高覧頂き誠にありがとうございます。 「風の又三郎」の「又三郎」と拙作の「三郎」は同じ効果をもたらしていると読んで頂いて大変に嬉しく思います。 具体的なところの核心を書かず読者に委ねることによって世界が広がるかと思いました。成功していたら嬉しいです。 子供時代の「又三郎」的ご体験は一篇の詩が生まれそうですね コメント誠にありがとうございました。
1三郎。ひょっとしたら幼少時に亡くなったもしくは死産のことなのかもしれない。どこにも存在、もはや、しないのにその三郎に愛を注ぎ続ける父母の姿が切ない。ねねむさんの詩の特徴として、実体験や実際にあった出来事に頼りすぎる印象があったのだけど、この詩はそれがない。読んでなんとも言えない悲しみと、ある種の孤独を感じる。三郎とその両親の姿を見守る、医者の心が無力感に満ちている。
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