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落花
落花 第一の観測 「お疲れですね。」黄昏時の校舎より屋上書生と思わしき男が現れる。おんぼろの制服に身を包み、たまにしか教室に現れない君。確かではないが何度か留年しているなんて噂ももっぱらだ。だからこそ、ここでは彼のことを書生と思わしきとかかせてもらう。先客の私は屋上に座り込み、一冊の本を読んでいた。普段自分を懇意にしてくれている先生達はなんの気兼ねなく私が屋上の鍵を貸してくれと言っても何も疑うことなく貸してくれる。故に私は毎日ここで一際人生に役立つ栄養を補給できるわけだ。だが今回は少しミスをしたらしい、私が屋上に上がった後屋上扉の鍵を閉め忘れたのだ。彼はふらりふらりと出来立てのような歩き方でフェンスに寄りかかりポケットからシガレットとライターを取り出してあろうことか委員長であるわたしの前でそれに火を付けた。夕焼けに照らされた世界を一瞥するようにゆっくり息を吸い込み、何かに呆れたように大きく吐き出す。 「雨はしばらく降らないようですね。お互いにその日が苦痛なので無いことに越したことはないのですが。」 まるで私のことを知っているかのような口調が癪に触る。それに対して「なんのつもり?」と私は怪訝そうな顔をして本を閉じる、少し身が軽くなったのはココだけの話。 「ソレ、李箱の翼ですよね?実に破滅的な内容なはずですが、お好きなんのですか?」 彼はまた私に目もくれずに振り返り私の閉じた本に目をやる。 「委員長が破滅的な内容を好んで悪い?」 「あなたは諦観や破滅がお好きなのですね。」 この会話がままならないのが嫌いだ。胸の底がムカムカしてきていてもたってもいられなくなる。見透かされるものなど等にないはずなのに。 「随分と物知りなのね、若者特有の達観で哲学者でも気取ってるの?」 皮肉を言ったつもりだった。だが先ほど言われたものが事実だと、ないもので気づきないものが突き刺されたような気がした。正直なところ彼の正体が知りたくなった。 「さぁ?僕は何者なのですか?あなたがそう若いや哲学者という題名をくれるのなら私は私なのでしょう。」 そう言うと彼は踵を返してまた暮れ町見る。しかし私は直接彼の本質に触れるのを臆した。踵を返す彼の学生服の隙間からタバコの煙が溢れ出た気がしたからだ。今ココで彼の制服を脱がし、本質を覗こうともすれば私はたちまち彼の虚無に吸われてしまう気がしたから。 沈黙。 落花 第二の観測 「あなた、何もないのね。」 右腕を左手で抱えながら、彼に向かって言う。 「お気づきですか。ひどく虚で曖昧なのです。永遠と続くような畦道で、無意味に踏まれるアリンコのようで。」 私はまた沈黙を貫く、彼を風景として観測するために。触れることがなければ虚無には吸い込まれない、私はそうたかを括ったのだ。 「その本、初めは剥製にされた天才について語られますよね。」 彼は振り向くことはなく語り始める。 「僕達は天才でなくとももとより剥製なのです、観測されなければ存在することなく哀れにも踏み潰されてしまう。罪悪も感ぜず。」 彼は突然また踵を返して今度は私の目を見てはっきりとこう言う。 「無論あなたも剥製です。」 突然その虚無が私の心臓をがっしりと掴んだ。 「観測され星に名がつけられ、成分やら何ならが細分化されていくように、あなたも観測されなければこの城には居られないのです。」 今度はまた遠く、じきに空に滲む月より遥か向こう。そこを見つめるように彼は語り出す。 「本が好きでした、この世界が嫌いでした。それでも僕はここで文学に縋って生きて死んで行けると、ある一つの安心感を感じていました。文学を嗜めば何者かでいられるとそうやって甘えていたんです。観測されることのない人間に何の意味があるのでしょうね?、、、」 自嘲気味に彼が微笑を浮かべながら言う。すぐにタバコの煙に覆い被さる、少し彼の目が潤んだように見えたが果たして泣いていたのかタバコの煙が目に入ったからなのかはわからない。深くタバコを吸った後に彼はまた私を見る。 「ただ暗いところへと、急いでいる。あなたはそう見える。ただ常に誰かしらがそこへ行こうとするあなたにおいおいと声をかけて止めている。そうですよね?破滅こそがあなたの行きたいところのように僕には見えます。」 彼のその言葉に私は釘で貫かれた気がした。貫かれた際、ひび割れた隙間から次々と私を覆っていた委員長が剥離していくのを感じた。 「そうだ、私破滅を望んでいたんだ。」 どうせなら私は彼のいるところまで落ちたくなった。それを察したようにかれはシガレットを一本私に差し出す。何を言うまでもなく私はそれを受け取り口に含んだ。 落花 第三の観測 何も悪くない。棚の上に置かれた白桃のように、世界の見え方が違ったのかもしれない。ただしその白桃にはイモムシが潜んでいた。 私が私になっ た⬜︎を見ているのか、それとも私 が私になった 夢を見てい、るのだR0うか_私にはわから ない。 私も、彼も、存在してはいけなかった。 私を形容する形容詞を探す旅はそこで終わりを告げた。神から与えられた手帳にはすでに私たちの名前は消されている。私がふと横を向いたとき書生らしき人物は消えていた。然し私のポケットにはシガレットとライターが入っており、制服はボロボロであった。数本のタバコを吸い終えた後、私も消えることにした。
落花 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 717.6
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2025-06-03
コメント日時 2025-06-06
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


「私」が消えようと思った時に、同じく委員長タイプの破滅を望むものに出会い、声をかけるのではないかと思いました >ただ暗いところへと、急いでいる。あなたはそう見える。ただ常に誰かしらがそこへ行こうとするあなたにおいおいと声をかけて止めている。そうですよね?破滅こそがあなたの行きたいところのように僕には見えます。 この言葉を聞くと、周りがおいおいと声をかけて止めるのがいけないのだと改めて思います。止めなければ、その人は破滅に向かわないのではないかと。
1「みんなみんな、壊れちゃえ!」 何度、そう思ったことでしょう。 そんな私の破滅衝動を知っているのは、 過去の空気たちだけです。 心底、こころを許せるひと以外には、 私のこころの弱い部分を見せずに生きてきました。 書生さんのような方が現れてくれて、良かったと思います。 書生さんに、言い当てられたとき、 悔しさと共に、 「分かってくれるひとがいた」と思われたのではないでしょうか? 残念なのは、 手遅れであったこと。 生きている内に、書生さんのような方に、出会えれば良かったのではないか? と思いました。 ありがとうございます。
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