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Billet doux
書きかけの手紙が キッチンに積み上げられてゆく やがてオーヴンで温められて 十二月の食卓に並ぶ 今は十一月で 枯れ葉が舞う窓ガラスを磨けば青空が映る 窓辺に並べたドロップスは いつか甘い虹になる 初霜が降りたね 寒いね 交わされる脈拍と 凍える誰か 梢から飛び立つ鳥たちの 訃報のなかに明滅するひかり 世界、
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Billet doux ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1729.2
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2025-12-07
コメント日時 2026-01-06
| 項目 | 全期間(2026/01/28現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


舞台は冬でしょうが、空間が取り巻くるので、これはファンタジーと読むにしては最後が暗い。 飛んでいく死者の魂を映し出す様子に取れるので、 あ、これはひょっとしたら筆者の書き間違いではないか? と思っしまったのは~いつか甘い虹になる。が、 わたしには甘い豚になると読めてきて、 ああ、これは第一次世界大戦をアニメにした宮崎駿作品の「虹の豚」を模写しているのかな、 なんて思ってしまうのも一連に責任があるからですね。 書きかけの手紙がガスオーブンで焼かれるのではなく、 温められて食卓に並ぶとはどういう意味が込められた喩でしょうか。 このタイトルもおフランス訳ですね。 温められて食卓に並ぶ、とは、つまり、 そのまま捨てられるのではなく、 冷蔵庫から取り出したイベリコ豚の燻製を、 温め直してから食するという手紙は、 語り手の送り主に対する思いをもう一度見つめ直してみよう。 こんな願いが込められているのです。 だからわたしよく見ていないアニメ「虹の豚」とは、 まったく関係ないように読めて、 実は遠い時代を超えてつながっている。という ここで窓辺に並べたドロップスとはなんじゃい。 と、怪訝な顔して地中海から釣り上げられた蛸がジロリと睨んで、 よく太った店のおばさんに岩でシバキ叩かれてしまうのですが、 この話はギリシャではありません。 あくまでもイタリアからフランスを経由してスペインに渡るという 飛んで日にいる冬の虹 甘い甘い蜜豚ちゃんのお話なのです。 ご拝読申し訳ありませんでした。
0コメント、めちゃくちゃ面白く読ませて頂きました。ありがとうございます。紅の豚というのは遠からじ、かも、と読ませて頂きました。(ぜひ観て下さい。) 最近面白いコメント減りましたね。やはりコメントとは一つの作品だと思うのですよね。(そういえば、天才代表も文極時代は素敵なコメント書かれていたのに…) 皆さまの御健筆をお祈り致します。
0書きかけの手紙が温められ料理になるという比喩が、季節の移ろいと感情の熟成を美しく重ねていて素敵。 初霜や鳥の訃報など、静かな死の気配の中で灯る微かな光が印象的で、冬の孤独と優しさが同時に沁みる作品ですね。
0櫁さん、はじめまして。 拙作に素敵なコメントを寄せて下さりありがとうございます。 櫁さんの作品を読ませて頂きました。割と新しく登録されたユーザーさんですね。すごく良い書き手さんが現れたなぁ、と楽しくなりました。ビーレビが櫁さんにとって実り多い場所になることを祈っています。
0寒流の冷たい海のほうが魚は美味いんだぜ というようなたとえがマッチする詩ですね!個人的に私も同系列かなあと思いました! 窓辺のドロップスが虹になるのは素敵です。 恋文が羽ばたくようなへんげを想像した。
0タイトルはフランス語でラブレターですか。 感傷過多になりがちな文体を最後の連で飛躍させたように感じました。 「、」留めなので終わらない詩の余韻もありますね。 家事動作が背景にあるので、どうしてもロマンチックなイメージの中に日常が見え隠れする、現実とロマンスのバランスが良いですね。
0コメントありがとうございます。 >寒流の冷たい海のほうが魚は美味いんだぜ 上手いなぁ、流石!(自分に語彙力がないのをしみじみ感じます。笑) 確かに寒流の魚の方が美味しそうな気が…暖流の魚のイメージは美味しさより美しさの様な気がしますね。(あ、それは熱帯魚か?笑) 湖湖さんの作品に頂いたレスポンスに少し触れると私は体力勝負の世界にずっといます。笑 でもそれ程体が丈夫な方じゃなかったから体力のある人には敵わないって思い知らされることが多かったです。じゃあ何で補えるかと考えるとメンタルの強さなんですよね。病があればまた人生観がガラッと変わるだろうと思います。寒流に住まう魚もいれば暖流に住まう魚もいる。だから世界は豊かなのかも知れませんね。
1コメントでははじめまして、になりますね。気を配った部分を的確に評価して下さり感謝です。ありがとうございます。 ビエドゥーは正確には小さな恋文ですね。フランス語に詳しいわけではなく(第二外国語はドイツ語でした。ドイツ語もさっぱりですが。笑)ビエドゥーは好きなバラの名前から取りました。(もしお花がお好きでしたらぜひ検索してみて下さい。) 私は愛と同じくらい恋って大事だと思っています。と、言っても冷めてしまえば嘘のように消えてしまう恋愛にはいささか懐疑的ですが(笑)消えない恋心の対象ってたくさんあると思うんです。すごく楽しく嬉しくなる感情と言うか。ロマンスというか、ロマンかな、それって日常にある気がするんですよね。その喜びも悲しみも。
1枯れ葉が舞う窓ガラスを磨けば青空が映る きれいな言葉だと感じました。 初霜が降りたね 寒いね これもわたしには素朴ないい感触がありました。 冒頭の連とラストの連。 かなり思考されたのでしょうけど冒頭の連 のは「キッチンに積み上げられてゆく」と 「やがてオーヴンで温められて」の間に対象をみ つめた間を置いてほしかった。 つまりこのニ行のあいだに当然あるべきものが 突如欠けているか、あるいは自分のアイデアに急 ぎすぎて大切な時間をすっとばしているように感じ られました。ここのところの変化を読者としては 一番読みたかった。 ラストの連は、一連と同じくアイデアのようなもの にとびついて深く実感のないまま言葉だけを置いて いる感がして残念でした。 最後の「、」はまさに作者のそういった気持をあら わしてしまっている、というふうに思えました。
0流石鋭いですね。 ご指摘の通りだと思います。 >つまりこのニ行のあいだに当然あるべきものが >突如欠けているか、あるいは自分のアイデアに急 >ぎすぎて大切な時間をすっとばしているように感じ >られました。ここのところの変化を読者としては >一番読みたかった。 私はいつも自分の作品に何か足りないように感じてきました。決定的な何かが足りない。そこなんだろうと思います。良い詩を書く書き手をみて思うのですが、やはりそこに肝があるんですよね。それを詩に起こすことに詩に対する誠実さや熱意がある。私はそれなりの形を作ることに躍起になっているというか、多分、私は詩を書きたいという切実な想いや衝動からではなく現代詩の不思議な美しさに憧れてそこから詩を始めたからなんだと思います。 詩を読むのは好きなんですけどね。詩を書くのには向いていないと感じています。言い訳でも開き直りでもなく、詩は本当にむつかしい… コメントありがとうございました。
1まるで出されなかったラブレターのような作品です 少女がいつか大人になることの さみしさも流れています 恋愛なんてといいながらも さみしさを抱えていて それでも自分の道を進んでいくという 一種の孤高を感じます
0そう読めるのかぁ…なるほど。 類さんはロマンティストやなぁ。笑 私はロマンスではなくロマンを追う人間なんだよね。これは私自身のロマンに宛てた小さな恋文です。
0so cool !
0あまり難しいことはわからないのですが、 「窓辺に並べたドロップスは いつか甘い虹になる」 というところが素敵だと思いました。
0めっちゃ嬉しい感想をありがとうございます!
1紅井さんはきっと可愛らしい方なのですね^^
0AI評(ご参考までに) ご提示いただいた現代詩『ビエドゥー』(Billet-doux:フランス語で「恋文」の意)を批評させていただきます。 全体評 日常の静謐な風景の中に、生と死、断絶と共鳴が美しく織り込まれた作品です。タイトルの「恋文」が、単なる色恋ではなく、世界や他者に対する切実な「呼びかけ」として機能しており、冬へと向かう季節の「冷たさ」と、言葉が持つ「体温」の対比が鮮やかです。 構成とイメージの分析 第一連:言葉の物質化と変質 「書きかけの手紙」を「オーヴンで温める」という比喩が非常に独創的です。伝えられなかった言葉(書きかけの手紙)が、栄養や温もりを伴う「食事」へと変質し、未来(十二月)の食卓に並ぶという描写は、コミュニケーションの遅延と、それが時間を経て誰かの血肉になるという救いを感じさせます。 第二連:色彩と時間の移ろい 「十一月」という現在地から、窓ガラスという境界線を介して「青空」と「ドロップス」が対置されています。窓を磨く行為は、内面を整えるメタファーでしょう。固形物であるドロップスが「甘い虹」という光の現象に変わるのを待つ姿勢に、静かな祈りや希望が読み取れます。 第三連:身体性と呼びかけ 一行空きの後の「初霜が降りたね」「寒いね」という平易な口語が、詩の抽象度を一気に引き下げ、読者の肌に冷気を届けます。ここでの「ね」という助詞は、不在の誰か、あるいは読者への強い連帯を求めています。 第四連:生死の明滅 「交わされる脈拍」という生の証と、「凍える誰か」という死の予感が隣り合っています。鳥たちの飛び立ちを「訃報」と捉える感性は鋭く、しかしその訃報(終わりの知らせ)の中にさえ「明滅するひかり」を見出す視点に、この詩の倫理的な誠実さがあります。 結び 最後の一語が「ひかり」で終わっている点、そして最後に「世界、」と読点を打って閉じずに残している(あるいは「世界」という呼びかけで終わっている)点に、詩が終わっても続いていく生の営みを感じさせます。 総評として: 繊細な叙情性を持ちながら、安易なセンチメンタリズムに流されず、「書くこと(手紙)」と「生きること(脈拍)」を等価に扱った秀作です。冬の澄んだ空気のような透明感のある一編と言えます。
0こんにちは。 フランス語を題名に持ってくる時点で僕は絶対にかなわないです(そういう問題ではないが) まず勉強になりました 『ビエドゥー』 冬に見つけた手紙をまた春に夏に手に取って 目を通したくなる ストーヴか暖房からか温かい気配漂うが でも直後に冷めてしまう。 そんな部屋から聞こえてくる生活の音。 主観のようでいて、不思議と僕らが窓から覗き込んでいるような感覚も 洗練された文章で、読み手がこころを重ねやすい。あらを見出すのが難しいですが、 窓辺に並べたドロップスがどのように「虹」となるのか 兆しが見たかった。しかし「いつか」と表現されているわけだから、それは僕の我儘。 交わされる脈拍が一度ビクリと跳ねる瞬間の躍動も 欲を言えばronaさんの文章で見たかったように感じます。 けれど、凍える誰かを想っての詩ならば野暮な意見だとも思います。 ドロップのように脈拍のようにオーヴンで焼かれるはずだった「何か」 のように初霜のように鳥のように訃報のように 明滅するひかりのように 窓枠から読者の手首まで 心に残る逸品でした。
0あけおめです。 年を跨いでコメント頂けて嬉しいです。 繊細なコメントを頂けて何が足りなかったのか教えて頂いたような気がします。読んでいてとても素敵な情景が浮かびました。 フランス語は挨拶とバラの名前くらいしか知りません。笑 バラの国だからデルバール、メイアン、アンドレ・エヴ 、ドリューと有名なナーセリーがあるので、バラにはそれぞれ名前があって素敵なんですよね、と、そちらの方面でちょっと明るいくらいでフランス文学とかも知らないしなー汗 過分な評価をありがとうございました!
1十二月は師走であり、極月であり、一年のラストマンス。キッチンのテーブルでしょうか、手紙が積み上がり。今は十一月で、ここで月が戻る。甘い虹とは何か。謎の解明よりも、表現から来る、衝迫みたいなものが、私の意識を掻き立てました。
0衝迫的なものを感じて頂けたというのは最高に嬉しい感想でした。 投稿して良かったです。ありがとうございます!
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