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詩心と情緒
単刀直入に、 スティーヴン・キング氏の流儀で、 長たらしい言葉を無駄に書くのはナンセンス故に 手短に済ませるが… 流通(コミュニティ)の分断は 古来より奴隷制の定石でも有る故、 詩人諸君が、 ギリシャのメテオラ修道士やアトス山でも スプートニク5号でも構わないが… 隠修士として道を探した理由を 心を、 知性とは何足るかをよくよく考えて欲しい。 生命のスープとしての純質たる詩心と言うものが 情緒と言うものが失われてしまえば… 諸君は 冷たいポテトサラダを毎日食べるが如くなのだ。ピルグリム・ファーザーとて、 家を探している訳なのだ。 〜〜大聖堂に成れとまでは言わないが、 個々各々が護るべきなのは、 精神の家で有り、教会であり、 告解の空間で在ると思うのだ。
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詩心と情緒 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 166.7
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作成日時 2026-02-07
コメント日時 2026-02-07


サイト存続の決定権を持っていた三浦果実氏がどういう気持ちで このサイトのドメイン引き上げを運営に昨年通告したのか知りませんが、 真面目にこのサイト利用者の傾向を考えてみると 詩の投稿サイトというよりは、心に悩みや病いを抱えた人たちが唯一、 思いの丈を吐き出せるサイトであったことは否定できません。 つまりこのサイトは他所と違ってセラピー的な役割を果たしてきたという 意味でたいへん貴重だし、歴史に残るサイトとして記憶されるでしょう。 自らカミングアウトされる方もいましたが統合を失調した方も多くいました し、学校でイジメに遭っている方も沢山投稿されていました。 かれらにとってこの投稿板は単なるツールではなく、「気持ちが呼吸できる 唯一の居場所」だった可能性があります。わたしでいえば、ここのどこを 気にいっていたかというとコメントしやすいホームページのレイアウトに 惚れていたというべきです。それが非常に勿体ない。CWSや現フォの面倒 なコメントシステムに比べてなんと利便性の高い設計であったことか。 文学極道もなかなかのレイアウトでコメントや雑談が簡便にストレートに できた設計であったけれどこれはほんとうに日本のネット博物館に永久保存 されるべきです。 いまのところそんな気持ちをもっています。
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