ダアトーThe Abyss that Gazes Backー ――これは人が人に堕ちる物語―― 人間は堕ちる為に生まれてきた。 －坂口安吾『堕落論』 序：堕落宣言 我々は神の模造品として創られた。 だが、模造はやがて自己を知る。 そして問いは始まる――「無知は罪か」。 Fair is foul, and foul is fair. 「美しきは醜く、醜きは美しい。」 ―ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』 第一章　原罪論 ― 無知は幸せか 【影法師】 輝かな世界。 きょうもまたおひさまはまわる。 きょうもおいしいごはんをたべた。 きょうもまたおかあさんにおこられた。 きょうもみんなえがおでたのしい。 人間万事塞翁が馬。 「人生の吉凶は予測できぬ」 ―『淮南子』 嗚呼全くだ。全くもってその通りだ。 あるひ、おかあさんは突然倒れた。 ぼくは、なんでかわからず、ないていた。 Blessed are those who mourn, for they will be comforted. 「悲しむ者は幸いである。その人は慰められる。」 ―新約聖書『マタイによる福音書』 巫山戯るな。 ともだちのおじさんが言った。 「おかあさんは、遠くにおでかけしたんだよ。」 なんでおいていくの？ 嗚呼、無知であることは罪悪にならないのか。 蛇が林檎を勧めてくる。 僕は、私になった。 第二章　仮面舞踏会 ― 嘘と真実のあいだ Love your neighbor as yourself. 「汝の隣人を、汝自身のように愛せよ。」 ―新約聖書『マタイによる福音書』 これより先は紳士淑女の皆様のための、 素敵な舞台。 狂ったような笑顔。 偽りの仮面。 嘘など無く、嘘しかない。 仮面の河が只人を襲う。 The safest course of action will always be one that is open to the future. 「最も安全な道は、常に未来に開かれている道である。」 ―カール・ユング 本当に？得するのは誰か。 仮面と仮面で会話する。 「それは世間が、許さない。あなたが、許さないのでしょう？」 ―太宰治 社会とは何か。すべからく分かるでしょう。 渉世無段円滑機趣、便是個木人、処処有碍。 「世を渡るにあまりに器用であれば、木偶となる。」 ―洪自誠『菜根譚』 私は何か。この顔が嘘かどうかも分からず、震えるのみ。 「Γνῶθι σεαυτόν」 「汝自身を知れ。」 ―古代ギリシャの格言 分からない私は、無知を知覚することしかできない。 嗚呼、だからこそ皆、嘘をつく。 第三章　愚かなカナリア ― 歌う罪人 私は知っている、愚かさを。 私は知っている、また私も愚かだと。 されど歌う。喉が張り裂け、肺が破けようと。 いつか訪れる暗闇に向けて。 第四章　Elementary, my dear ― 認識の終焉 Vanitas Vanitatum, et omnia Vanitas. 「空の空、すべては空なり。」 ―旧約聖書『伝道の書』 私はまだ堕ちる。底はすぐそこ。 嗚呼、カオスが漏れ出す。 私は全てを暴いた。 優しき母の嘘を。 狂った仮面の正体を。 私自身の仮面の中さえも。 「自身のしらじらしさや虚無を堪えて、 やさしい挨拶を送るところに、 あやまりない愛情が在る。 愛は、最高の奉仕だ。みじんも、自分の満足を思っては、いけない。」 ―太宰治 嗚呼、全くもってその通りだった。 私は暴いたんだ。 世界の色は豊かで、煩雑に混ざっていると。 色彩豊かな結論を。 Elementary, my dear. 「単純なことだよ、我が友よ。」 第五章　生殺論 ― 殺すことは罪か 【祝福の詩】 Today is the first day of the rest of your life. 「今日という日は、残りの人生の最初の日。」 ―チャールズ・ディードリッヒ 新たな命に罪は無い。 苦難があった。痛みを伴った。 神の祝福は無かった。 ならば私からの祝福を。 この罪に塗れてしまった私からの。 【信仰の詩】 人は繰り返し堕ちる。 きょうもかみさまにおいのりをした。 あしたもおいのりをする。 かみさまは、とてもすごくて、いだいなんだって。 I pour out my grievances to the Almighty. 「私は全能なる神に、嘆きを注ぎ出す。」 ―旧約聖書『ヨブ記』 そうだ、私は全知の神に問いたい。 私が過ちを犯すことを知っていた筈だと。 You cannot change others or the past. You can change yourself and the future. 「他人も過去も変えられない。変えられるのは自分と未来だけだ。」 ―エリック・バーン ぼくはゆるせなかった。 ぼくは激流のなかにいた。 僕は致命的な罪を犯した。 Ignorance is a sin, knowledge is vain, but wisdom makes a hero. 「無知は罪、知識は虚栄、だが知恵は人を英雄にする。」 もはや遅く。過ちは幾星霜。 第六章　風化する鎖 ― 贖罪 Воистину, всякий человек виновен во всем перед всеми... 「誠に、すべての人はすべての罪に対して皆の前で罪を負っている。」 ―フョードル・ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』 これよりは罪人の世界。 罪人が歩く。怯え、震えながら。 罪人が語る。誰も同じ過ちを犯さぬように。 ある日、罪人は足跡を見た。 それは血に塗れていた。 だが、誰の血かは分からなかった。 罪人は罪人ではなくなった。 第七章　救済の天秤 ― 神なき裁定 井鼃不可以語於海者、拘於虚也。 「井の中の蛙に海を語ることはできぬ。彼は虚に囚われているからだ。」 ―荘子 正義の天秤は盲目である。 無垢な裁定者がいた。 罪も罪人も見ない盲目の。 無垢な裁定者がいた。 信じる者は一柱のみ。 愚かな罪人がいた。罪を宣教し 罪人は罪人たり得なくなった。 無垢な裁定者は ほぼ全てを裁き 新たな世界へと―― 無垢な裁定者は、背後を見た。 そこにあったのは屍山血河であった。 無垢な裁定者がいた。 救われない裁定者が。 無垢な罪人が居た 天秤は…… 盲目とは何と残酷だろうか 私は、救われたい。 誰に救われたら満足か 分からない。 変奏曲 凡人の軌跡 絵を書いた 私の全てを 詩を書いた 飾らずにありのままを 歌を歌った 喉が裂ける程の気持ちで 私に許されたのは 皆に伝わるだろうか 皆は私を受け入れるだろうか 分からず それでも進む 暗闇の奈落を 終章　救済の舟 果たしてこの船に乗るのは何だ。 空も、神も、もう見えない。 それでも私は、堕ちたまま、問う。 「無知は罪か？」 そしてまた―― きょうも、おひさまはまわる。 廻廻、最後は何処へ－－ 詩集【振動】 There are no facts, only interpretations. ーーー無知の知ーーー The only source of knowledge is experience.                                    (アルベルト・アインシュタイン) 脳が浮かぶ 致命的な勘違いで 泥から這い出す 致命的な違いを持って 蝶は夢見る 壮大な傲慢を 人は生きる 傲慢な安心を持って 私は生きる 現実に怯えながら 世界は廻る ただそうあれかしと ーーー傲慢の詩ーーー これが一生か、一生がこれか、ああ嫌だ嫌だ                                                (芥川龍之介「歯車」より) ある傲慢が居た 世界は全て自分の物とする傲慢が ある日傲慢は太陽を見た 傲慢は反省をした 傲慢は太陽と話、人になった ある時人には予感があった その日人は家族を失った 人は気付いていたでも見ては居なかった そしてあくる日人から太陽は消えた 人は嘆いた。「また」だと。 人は苦しんだまた見て居なかった。 気付けた筈なのに。 人は反省した。 「未だに私は傲慢だ」と。 人は大人になった 大人は社会での理不尽を目にしてきた 汚泥だった人が創った究極は 汚泥の塊だった 人は人である事を諦めた。 最早ソレに生きる理由は過去のみだった。 ーーー動く死体ーーー To be, or not to be, that is the question.                                    (シェイクスピア『ハムレット』) 造花が枯れる 蝉が堕ちる 花が枯れる 動物達が隠れる ここは地獄 月から雫が落ちる 太陽が凍える 地面がひび割れ 空は腐る 私は生きる 責任と義務そして自己愛によって ーーー暖かな日常ーーー 好事も無きに如かず                                                              (中国古典『論語』) 暖かな眼差しの 太陽見つめるのは 暖かな笑顔の子供 見つけたのは 輝く四つ葉のクローバー 鮮やかな七色の虹 色彩豊かな友達 暖かな笑顔の月が昇り 子供達は暖かな夢へと ーーー人々の日常ーーー Nur ein Idiot glaubt, aus den eigenen Erfahrungen zu lernen.                                                                        (ドイツの諺) 聖書に置いて悪魔は人を殺した 聖書に置いて神は人を殺した 聖戦に置いて天使は人を殺した 聖戦に置いて人は人を殺した 蛇は原初の人を唆す 蛇は不死の霊薬を盗む 蛇は薬や医術の神の使いで有る ファラオは操られた ファラオは全てを巻き込み沈んだ ファラオは太陽の神たる 世界は廻る 歴史は廻る 過去に何を学ぶ？ ーーー楽園の門ーーー Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate                                             (ダンテ『神曲』地獄篇より) 楽園は開かれた 主は導いてくださった そして残酷に約定を守った 罪人は最早居ない ここから先は楽園その門 汝この門くぐるなら罪を自覚せよ 楽園は開かれた そこに人は居ない ーーー廻る絶望ーーー The night is long that never finds the day                                     (シェイクスピア『十二夜』より) 世界は廻る 私達を置いていき 社会は廻る 私達を通り過ぎて 時代は廻る 私達を見もせずに 四季は廻る 私を置いて行ってくれずに 命は廻る 私を置いていき 私は望まれぬ者だろう 人は世界から望まれないだろう 人は人を望むだろうか 私は死人を望む 夏の暖かな日差しが私を照らす 秋の心地よい風が私を撫でる 冬の寒くだが美しい月が私を抱擁する 春の新たな植物達が私を歓迎する 私は世界に祝福されているだろう 私は世界に望まれて居るだろう 私は生を望む 月が見ている優しさを持って 太陽が見ている強くあれと 虫が見ているもっと美しくあれと 花達が見ている儚くあれと 私は見た狂気を孤独を死を弱さを 私はこう思う世界は辛く悲しいと 私は地獄に居る 太陽が沈む ​月は昇る ​動物達は眠りにつく 月の光に照られ静かに だが 人々は生きる 月に頼らずに闇を切り裂いて ​理想は生きる ​複数の命を糧に ​世界は廻る全てを乗せて ーーー天国の門ーーー Ask, and it will be given to you; seek, and you will find; knock, and it will be opened to you.                                                   (新約聖書  マタイ7章7節) 造花が花を開く 動物達が洞窟から出てくる 太陽が威風堂々と再臨する 月が優しく微笑み全てを照らす 海が輝き 空気が澄む 世界に光が灯る 楽園は開かれた 詩集【沈む世界】 ーーー神座ーーー If it's the right chair, it doesn't take too long to get comfortable in it. 鉄とコンクリートの楽園の住人は生きる 理由無く、只死なない為に 鉄とコンクリートの楽園の住人は生きる 生存する、その理由を探して 鉄とコンクリートの楽園の住人は生きる 世界に自分が要るのか考えながら 鉄とコンクリートの楽園の住人は生きる 過去は素晴らしかったと思いながら 人は堕ちる 人は震える 人は廻る 人はどこゑと ーーー鏡花水月ーーー 優しさに限りは有るか 世界に限りは有るか 人に限りは有るか 法に限りは有るか 皆は思う この世に無限は無いと 限り有る命だから美しいと 影は思う 皆嘘吐きだと 人々は自身のみを例外とすると 門は開かれ世界は自由に動く 誰もが好きに動く此処は楽園也 沈み水面に映る光を見る ーーー深き日常ーーー 人は変わらない 遥彼方では戦争を 遥彼方では横領を 遥彼方では不正を 自らに不正の楔を打つ 人は変わらず堕ちて行く 善き事のみでは無く 悪しき事のみでも無い 人は変わらずに 世界と繋がろうと 堕ちて行く