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一昨日、小学校の同級生から突然連絡があった。 「今日、イオンの本屋にいなかった?」 彼女は、私が小学校の頃最も仲の良かった友人の一人だった。かと言って卒業後も会っていたわけではない。たまに彼女から見かけたという報告を受けて、その度一方的に見つけられていることに少し悔しさを覚えたりする程度だった。私が彼女に対して何か特別な感情を抱いていた訳ではない。ただ他の友人に比べれば少し特別な人だったのである。そう思えるほどに、彼女は当時私の心に近い位置にいた。 「いたよ、本屋にいたの?」 「私そこでバイトしてるんだ」 「そうだったのか、本屋はよく行くから、また会うかもね」 久々の連絡に動揺していたのかもしれない。会うとしたら自分から本屋に赴く以外ないのに、「また会うかも」などと気味の悪い発言をしていた。 数分間の沈黙。 「あそうなんだ、是非たくさん買ってってね笑」 まあ、しょうがない。 そして今日、バイトが18時に終わった帰りに私は何となく本屋へ足を進めた。 私が何も考えず本屋へ立ち寄るのはよくあることで、漠然と家に帰りたくないような気分がするときは大抵本屋で時間を潰す。特に欲しい本があるとは限らないが、茫漠とした私の心を無数の文字が掻き消すようで、落ち着く雰囲気がそこにはある。 塾でのバイト終わりに立ち寄ったため、私はスーツ姿であった。そして本屋に入る直前、私は彼女の存在の可能性を思い出した。レジに目を向ける。一瞬だが、それと思しき人影が見える。彼女は私を何度も目撃しているらしいが、私はこの数年間彼女を視認していない。彼女が私に気づくより先に私が彼女を特定するには、全ての可能性を考慮する必要があるのである。ひとまず私はレジからは見えないブースの本を見物する。スーツ姿で街をうろつくのは浮いているようで落ち着かないが、知人に見られるのはより落ち着かない。ましてや私は彼女にまた訪れる可能性を示唆してしまったのである。再会するなら自然がいい。 そうして私は1時間ほど店内を徘徊した後、気になった書籍を2冊ほど手にしてレジへ向かった。レジにいた店員と目が合った。 彼女が「お」というように口を動かした。私も「お」という口をした。 「お支払方法はどうなさいますか?」 彼女は少し笑いながら言った。私も少し笑って答えた。 5年ぶりの再会といえど、同じ幼少期を過ごし同じ町に生きているのだ。私はいつものように本を買い、彼女もいつものように処理をし、そしてお互いにありがとうと会釈して、私は店を出た。 話したいことが沢山あった。その顔を見た瞬間に記憶がいくつか出てきたのである。 ただ、それらは良く分からぬ安堵に消えた。 結局私に残ったのは、彼女はあんなに背が小さかったかな、という不思議な温度だけだった。
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作品データ
P V 数 : 392.1
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2025-08-29
コメント日時 2025-08-30
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
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| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
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| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


特別な感情、というのがどういうものか気になります。気味の悪い発言をして、実際に会った ときには記憶がいくつか出て来て、安堵する、という話の筋は、少し独創的で、だれにも 書かれたことがない話なんじゃないかな、と思いました。
0時の風化と言うのか、記憶の曖昧さを思います。中には同級生と言う牢獄とか、ネガティヴに言う人が有るのかもしれませんが、記憶の指標としては、これほど人間の情動をかき乱すものもないと思うのです。「背が小さかったかな」と言う感慨はただの感慨ではなくて、記憶に纏わる正しい何かを、正鵠を射る、或る何かを言明しているのだと思いました。
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