私は
融けない氷の中にある
一億年前の花の種
自動運転で車が走る時代に
一億年
時の流れが何かの意味を持つのだろうか
いや、持たない
一億年後に雪が融けたその時
私は目覚める
焔という名前の竜の涙で育ち
凍り付いたままの大地に根を下ろして
吹き荒ぶ雪嵐のままに
頬をなぶられる
あなたにあいにきた、と私は臆面も無く咲く
雪と同じ色の無垢をして
触れれば溶けそうな花弁を開き
恥ずかしくて葉をしおらせる
あなた、という言葉がどこからやって来たのか
知ることができない
空の上にも空があること
分かること分からないこと
ゆっくりと光を食べる
しずかに水を飲む
私はその時一輪の白い花
何よりも自分を誇らしく思う若さ
雪の結晶という名の鉄砲百合
山野にぽつねんと立つ孤高の魂
他の草木はもっと短いスパンで
生き、死ぬ
あまりにも長く眠る私は泣く
あなたにあいにきた、と孤独と寂しさで泣く
神に会うのかもしれない
この世にないものに会うのかもしれない
雪はよかった
とても冷たくて
優しくて穏やかだった
しかし戻ることは出来ない
晴天の下で星を数えている時
あなたには会えない、と私は静かに諦める
根の先が石を砕き割る
花弁は一枚、また一枚と散ってゆき
柔らかく碧かった茎は硬く渋い色に変わって
ようやくまた種に戻ろうとする
一億年後に私は咲く
降り始めた雪を受けながら
そっと北風に頭を下げる
それはつまり君が死ぬということではないのか、と
北風はいつもいささか気安い調子で囁く
死なないの、生まれ直すの、
気流に甘えながら答えると北風は旋毛になり姿を消す
花が
茎が
葉が
枯れていく
花の中心に硬く凍えた意志を抱き締めて
眠りに就く
雪が降り積もる
足元まで
背中まで
首から上まで
空の上の空まで
私は
融けない氷の中にある
一億年後の花の種
光の速さで測ってもまだ遠い銀河にひとり
一億年
時の流れが何かの意味を持つのだろうか
いや、持たない
私はあなたを待っていたい
ただ一輪の花の種
花開いたその時
吹いた一陣の風に揺られる時いつもあなたはそばにいて
微笑んでいる
何も知らなくても
何も覚えていなくても
また会いたいと願う
凍り付いた花の種
作品データ
コメント数 : 9
P V 数 : 975.0
お気に入り数: 0
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2026-02-03
コメント日時 2026-02-13
#現代詩
#縦書き
| 項目 | 全期間(2026/06/30現在) | 投稿後10日間 |
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| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 |
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
閲覧指数:975.0
2026/06/30 04時49分08秒現在
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詩や散文を筆写(キーボードでのタイピングです)するのが好きなのですが、一行一行がとても美しくて驚きました。これだけ洗練されていれば、特別な意味合いは要らないのではないかと思いました。精密に研磨された言葉の結晶を見ているような感覚でした。 少し気になったのは、タイトルの『永劫回帰』です。文章の長さの問題かもしれませんが、詩の分量でタイトルを回収できるだろうか、と感じました。詩作品として本文の美しさが完成されているため、「私は」の一行目から最終行までが複雑ながらも直線的、あるいは単線的な矢印で結ばれているように感じてしまったのです。 とはいえ、他にタイトルの候補は思い浮かばないのですが……
0ニーチェの「永劫回帰」という概念は梅毒に感染して 狂ったニーチェの狂気の産物として、わたしは言下に 否定するのですが、でも、アニメ的な物語の背景とし て使うのなら面白い概念であると思います。 しかし表現がまるで銭湯の富士山の絵のように定型的 です。表現が驚くほどワンパタなんですが、アニメの 絵というのはワンパタでなければ共感を呼びませんか ら、同じようにアニメ的なこの散文詩の場合はワンパ タの表現である必要がある。アニメ風散文詩としては これでいいと思います。 ただし、ワンパタな表現であってもこの散文詩のよう にある程度きれいきれいでなければならない。昔の映 画館の看板のように看板屋が描いた上手な絵のように。 しかし、看板の油絵が絵画であるかどうかというとな かなかむつかしいところだと思います。
0なんか何遍でもその辺で咲いてる花ってみんなこんな気持ちなんだろうなぁ と私が思ったかどうかは置いておくとして 本人としては(コメント欄に後で書き足されていますが)この書き割りのような不自然さはあまり好きじゃなかったりします 月の影の所に星を書くような、現実に裏打ちされていない文章 それが好きだっていうひともいます(笑) ありがとうございます
1大衆文化を認めるのが芸術、というような風潮もある なんだ大衆文化って、恐ろしく上から目線だな、と失礼に感じる心もある 醜さや汚さを書くほうが難しい時もあり、綺麗みは学校で散々教わりますけど 何が悪なのかというとそれは本人の善意に依るし、世の中に出てみないと分からない 絵を描く時にも影やキャンバスの白が見えないことには現実味が出ない、ということなのだとは思いますが 取り留めもなくそんなことを思ったという記録です そこそこ綺麗には書けているのか、でも銭湯の富士山かー ありがとうございます
0永劫と思えたコキュトスも、また数えきりない数多の歴史となっていくのでしょうね 以下、他人にかわした中級手法はよすことにして、 返詩です(昔のです、最近の時間がないときの手法です。ごめんなさいね ともだちは春のにおい 青春の息吹が芽吹くときのはて 役目を終えた潤井川に映る笑顔は 今年の桜が舞い散る風景のなかに 音もなく溶け込んでいく 永劫と思えたコキュトスもまた 数えきりない数多の歴史となり 語り部によつて紡がれていく 僕の両足の身代わりとなり壊れた車 僕の心臓の身代わりとなり止まつた時計 僕の頭脳の身代わりとなり空回りしたAI 最後まで手放したくなかつた誇り 最後まで抵抗したかつた人の尊厳 最後まで隠していたかつた初恋の いま それでも生きている 全てをなくして生まれ変わつた君
0わーい、らどみさんに返詩をいただいてしまった。 冥府の河は、死の象徴であると同時に、 蘇りの象徴でもあるのかもしれません。 カロンは、渡すために戻っていくわけですから。 輪廻の苦痛とは違う、単なる境としての生と死の狭間がある世界は好きです。 あちら側に生き、こちら側に死ぬ。 笑顔が溶けていく川面を眺めているらどみさんの優しい眼差しが見えました ありがとうございます
0>一億年後に私は咲く いい詩句ですねえ。
1情熱を感じました。 美しいです。 包み込むような優しい孤独がじわじわと沁みて、 1億年後に巡り逢える待ち人の傍で、 誇り高く、輝かしく咲いてほしいです。 その待ち人とは、何度も何度も巡り逢うのでしょう。たぶん。
0なんか、妖怪たちの間では、 人が生まれ変わり、何度も、 同じ者を愛しているというのは、 常識らしいので、 私も妖怪に会ってそう言われたら、 素直に従おうと思っています それでも500年くらいの周期らしいから、 1億年は、もはや、生物として違う姿かたちを、 してしまっていると思いますが 草木なら問題ありません 私は変わらない、という、強い決意 それが生存競争の中で 意味があることとは思われませんが なぜか、美しいらしいです ありがとうございます
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