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小心者の朝   

作成日時 2019-08-01
コメント日時 2019-08-31

すっと、 レコード針を落とすように、 薄いはねを細かくふるわせた、 虫の音の朝が 浮き出している 亀が、 少しづつ目を見開き、 もるる、 うぐり、 と前足を次の時間へと伸ばしていくように 朝は、 苦いコーヒーをすすりながらやってきていた 小心者の僕は、 ちいさなちいさな一コマが 凝縮された劇場のような朝が好きで いつも、朝にたわむれている また暑さは、 老化した皮膚を食い破り、 凶悪な虫が 肉の中で発火する 夏が大好きな虫たちの 発狂の季節だから ぽつんっ、 とスイッチを入れられる 神様の肉厚の巨大な人差し指で 最高ですか!? さいこうです!!! 自問自答して僕は 夏のよだれの中で解体する


項目全期間(2019/11/18現在)投稿後10日間
叙情性362
前衛性31
可読性311
エンタメ00
技巧310
音韻11
構成10
総合ポイント1035
 平均値  中央値 
叙情性92
前衛性0.80.5
可読性7.80.5
 エンタメ00
技巧7.80.5
音韻0.30
構成0.30
総合25.84.5
閲覧指数:1406.5
2019/11/18 08時48分33秒現在
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コメント数(13)
暗谷時宗 (2019-08-03):

情景と感覚がヒシヒシと伝わります。独特な表現が言い得て妙で面白く感じます。

yamabito (2019-08-04):

おーーー、ひっさびさにレスをいただき感謝感激です( ;∀;) クラヤさん、お初です。 いやー、なんか素敵なコメありがとうございます。

舞浜舞浜 (2019-08-18):

繊細な表現の書き出し、そして最後のおとし方!にやられました。夏のよだれ、という表現が、とてもしっくりじっとりしてて、最高でした。

エイクピア (2019-08-18):

最高ですかと言うフレーズであのパナウェーブの教祖様と言うのですか、その人の口癖を、私は信者ではありませんが、思い出しました。詩全体に比喩の緊張があると思いました。解体される僕は詩を書き始めるのでしょう。

ふじりゅう (2019-08-18):

拝読しました。朝の描写が大変美しく、個性的になっていると感じました。 >虫の音の朝が >浮き出している 訪れるわけでなくやってくるわけでなく「浮き出している」としたところに、筆者のこだわりを感じます。 >夏のよだれの中で解体する 夏の溶けるような暑さを非常にうまく表した言葉だと感じました。 他方、惜しいな、と思う点もいくつか。 詩としての、心情描写の掴み具合がもう一歩ほしいなと個人的には感じました。風景描写は大変すばらしいものですが、詩句のほとんどがこの朝の描写となっているので、主人公がこの朝に対して、好き、最高、などの言葉以上の描写がほしかったな、と思うところです。折角風景描写はテクニカルなので、心理描写にもっと注ぐことができれば本作はさらに良くなるのでは、と考えた次第です。 >最高ですか!? >さいこうです!!! ここの下りは私としては、今までの清々しい、幻想的ともいえる詩の流れを断ち切るような印象を受けましたが、何となく狙ったものなのかも、とも感じております。

藤 一紀 (2019-08-18):

遅ればせながら今初めて読みました。いまは時間がないのでひとまず一言だけ。 もうダメ。悶絶する。

藤 一紀 (2019-08-19):

改めまして。おはようございます。いまレコード針を落とす、ってことをわかるひとがどのくらいいるのか、わからないんですけど、《すっと、/レコード針を落とす》という、この慣れた、自然な手つき、とてもきれいですね。そこから、この作品がスタートしているからか、言葉の背後に音楽の存在を感じます。また《薄いはねを細かくふるわせた、/虫の音の朝が》で《薄いはねを細かくふるわせた、》のは《虫》なのだけど、この《はね》の細かいふるえと、《レコード針を落とす》動きが、指揮者がタクトを振るイメージと重なりました。レコード針がレコードに落ちて音楽ははじまるし、虫ははねを振動させて「声」をだすというところで音楽的なのだけど、同じように、指揮者がすっとタクトを振ることで演奏ははじまる。というわけで、作品が冒頭から(他の方が「出だし」と書かれているように)音楽が流れるようにはじまっている、と感じたのです。 「指揮者」のような映像を思い浮かべた点では視覚にも訴えてくる作品と言えます。また、作品世界に《すっと、》、構えるより先に予備動作なしで入っているので、私は気づいたら作品世界にとりこまれてしまっている。 さらに、《亀》の目や動き、また最終行の《苦いコーヒー》にあるように、とてもゆっくりと《朝》はきつつある、その時間の経過と進み具合を感じることができる。細かいところで言うと、最終行の《やってきていた》、これは絶品だと思います。これによって、第一連を通して、時間の経過だけでなく、近づきつつあるものの気配を感じとる主体の静けさのなかでの澄まされた感覚をも感じることができます。 そして拡大解釈になるかもしれませんが、夜が過ぎて朝がくるという、ただただ時間が経過するというよりは、様々な事象がそれぞれに地球の自転といった法則のなかにあって、うごめきながら、ひとつの音楽を構成している、そういう大きな世界へのつながりを感じることができます。 まさに《小心者の僕は、/ちいさなちいさな一コマが/凝縮された劇場のような朝》である、その通りだと思います。 勝手な推測ですが、《僕》は夜通し起きているんじゃないか。たとえば何か心配事があるために眠れないとか不眠症とかの理由で。 第三連は、意識が別の方へ流れはじめたと読んだのですが、《凶悪な虫が/ 肉の中で発火する/夏が大好きな虫たちの/発狂の季節だから》の《虫》は様々なイメージを喚起させてくれます。それは文字通りの「虫」であり、また「(凶悪な)欲望」であり、それを心中に飼っている私たち、熱に浮かれて我を忘れ、箍を外して行動に走る「人間」でもある。 このような暑さや、暑さに取り込まれて、自制を失うことに、もしかしたら《僕》は強い抵抗(逆に言えば「憧れ」)があるんじゃないでしょうか。 第三連での意識の流れが、次の連で切断されたのはそのためでもあるように推測しました。もっと読みたい気持ちはやまやまだけど。《神さま》(自分ではない)の仕業なら仕方がないです。 ときに《スイッチ》は何のスイッチなんだろう、と考えてみました。ちょうど明け方を過ぎて、陽が当たりだすとじわじわ蝉が盛んに鳴きはじめて、ざんざか降りそそいで、暑い一日が動きだしたことを否が応でも意識させられますが、そういう一日を動かすための《スイッチ》なのかもしれません。とすれば《僕》の《小心者》ぶり(受動性、消極性)がよく語られていると思います。 そこからの飛躍に最終連では呆気にとられながら、なんとなくアントニオ猪木の「元気ですかっっ!」を思い出して、笑ってしまいました。それにしても《夏のよだれ》という、、、この締まりのなさというか、だらしなさというか、放心のなかで現れる生理的反応を持ち出してくるとは。《解体》については、ついに眠りに落ちたのかと考えましたが、ともすると、《小心者》であるはずの《僕》が、やはり夏にやられて、《小心者》の繊細な注意力や自制を失ってしまうことを意味しているのかもしれません。 全体として、背後に曲調をかえながら音楽の流れを感じさせ、映像としても体感としても、様々なイメージの複合を味わえる作品で、細かいところまで気を配られた作品ですが、是非とも加えておきたいのは、そのような作品でありながら、上段から振りかざしたような言葉遣いがされていない、ということ、詩的な(詩の言葉とはこういうものだと「ぶった」)言葉を運用せずに作られているということ、こんな難しいことを収めているというところです。 長々と書きましたが、一言でいうと悶絶ものです。

yamabito (2019-08-21):

レスに気づかず、亀レスレス失礼いたします。 お一人づつ返信させていただきます。 舞浜さん、おはようございます。 ここ1年程、かなり作品を増産していたのですが、かなり駄作も多く結構廃棄した作品もあります。 なので、それ以降、何かキラリと光る表現などを模索しつつ詩作しております。 お読みくださり、ありがとうございました。

yamabito (2019-08-21):

エイクピアさん、おはようございます。 私が影響を受けた農民詩人さんの娘さんがその教会に入信しており、興味を持っていました。 おっしゃるように、「最高ですか―――」というのは、その某教祖の信者への投げかけの言葉です。 気が滅入り、最悪な時、そんな時に敢えて、最高ですか!と言ってみることのバカバカしさ。そのバカ加減に自分自身が呆れて、思わず笑えてしまうようなそんな目的を有する言葉ではないでしょうか。 お読みくださりマリがとうございました。

yamabito (2019-08-21):

ふじりゅうさん、おはようございます。 風景描写は巧い。よく言われてきましたし、仰るように心情が伴っていないというのも、ずっと指摘されてきた部分です。 たいへん、適切な御批評今後に詩作に生かせるかと思います。 お読みくださり、ありがとうございました。

yamabito (2019-08-21):

藤一紀さん、おはようございます。 たいへん丁寧に私の作品を撫でていただき、喜んでおります。 また、色んな読みをしていただき、うれしく思います。  詩って何だろう?って、よく考えるんですが、言葉にならない気持ちを敢えて言葉にするんじゃないのかな?って最近考え始めたのです。というか、もともとそういうものなのかもしれませんが。 私には技術的な暗喩でモノを表現することがとても難しく、苦痛に感じてしまいます。 ですから私は、技巧的な作者さんにはとてもかなわないや!といつも尊敬してしまうんです。 でも、いつかはそういうものにもチャレンジしていかないと…とは思っているのですが。  で、今自分ができることは、冒頭にも書きましたが、言葉にならない気持ちを言葉にしていこう、とする試みです。さらに言うと、表現したいものをもっと確実にわかっていただけるような表現にしてみよう、という事です。 今回は、大変貴重な御批評を詳細に書いていただき、また訂正できる部分はして行ければと思います。 あらためて、お読みくださり、ありがとうございました。 

るるりら (2019-08-29):

こんにちは、 先日、電気屋のレコードプレーヤー売り場で、レコード針を落とすタイプのプレーヤーを見ました。いまどきの展示は、針部分が客には落とせないようにしてあります。レアだから しらない世代の人がすると壊すかもしれませんよね。今朝 傘の中で、ぷつぷつという雨音を聞いていると 針が落ちてしばらくの間のぷつぷつした音と この詩の冒頭のことを思い出したので コメントを書かせて頂くことにしました。 ≫もるる、 ≫うぐり この擬音 いいですね。 レコード針を落とすしてから はじめの 一音がスピーカーから出てくるときの感じでもある気がするし、虫を用いた朝の比喩だと書いてあるから そうなのでしょうが、朝に布団からでる前に もぞもぞしている あの身体感覚な感じも想起しました。腹の虫という表現もあるように、人の心は あんがい虫っぽいなと yamabitoさんの虫シリーズを読んでいて思ったてことがあるのですが、今回のは 過去に私が読んだものと すこし違うようです。ポップですね。 yamabitoさんの虫への違化を表現した詩群が好きなのですが、この詩の場合は変化ではなく そもそもが人とは蟲であるかのような身体感覚表現だと思いました。 虫であるかのような表現なのに、ポップですね。神様の肉厚の巨大な人差し指が、やる気スイッチを押しているかのようです。人差し指だから なんだか箱庭ゲームみたいでもあるとも 思いました。 !? とか!!! とか ポップが炸裂してる。 ≫最高ですか!? ≫さいこうです!!! このコール&レスポンスて 猪木の「元気ですか?」…ぽいです。って、言っても良いですか?筆致自体に対しても自問自答して、おられる気がする。なぜなら、結構ポップなのに、「解体す」という古文的な終り方。むむむ むむむ。意欲作であると感じました。 あと、「、」が いつもより多めですね。過去に 「、」を多用しておられる詩人さんに 「なんで多用しておられるですか」を伺うと、「俺のリズムだ」とか「感覚だ」という答が返ってきたことがあります。本作品の場合は、 yamabitoさんの心の汗のような気がしました。興味深い作品でした。読んでいて楽しかったです。

yamabito (2019-08-31):

るるりらさん、こんばんは。 お読みくださり、ありがとうございました。 そうですね、一味違うものが書けないか?という事で、一応足搔いたりしてみた次第です。 読点を必要以上に使うお方と言えば、およそ見当がつきますが、それもアリでしょうね。 逆に読点句点一切なしっていうのもあるので、それもまた楽しかったりしますね。

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