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ビューティフルマインド *   

作成日時 2018-12-02
コメント日時 2018-12-19

確かにそこにいたはず だったが 薬を飲んで冷静になると あれは ティッシュ箱とペン立て 確かに業務命令のはず だったが キズナアイから下りたもの まさかね 午前四時の布団の中 センスがあると思ってたこと 全部 他人との不和だった 確かに 伝わってなかった気がする 皆さんが困ってるのは 存じ上げております 何とか薬のおかげで 正気を保っております どこで間違えたのか 生まれたこと自体か この肉体が 五感で受け止めるすべてを 攪拌する たぶんあの時だった あの子を追いかけなかった放課後 いやそれも 本当だったか怪しい 何の根拠も記録もない過去


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2019/03/24 00時09分15秒現在
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コメント数(28)
環希 帆乃未 (2018-12-04):

思い出ですね。

小林素顔 (2018-12-04):

コメントありがとうございます。 思い出であって詩ではないかもしれませんね。

環希 帆乃未 (2018-12-04):

ん?詩ではないと言ってませんし、詩ではないと思われたのでしょうか? では、詩とはなんでしょうか?

小林素顔 (2018-12-04):

失礼いたしました。 自分の詩に自信がないもので、つきみさんのコメントを皮肉と受け取ってしまいました。誤解をしてしまい、大変申し訳ありませんでした。 詩とは何かという問題については、至らない自分にとっては、生涯追求していく問題だと思います。

環希 帆乃未 (2018-12-04):

いえいえ。私こそ一言で済ませてしまい誤解を招き申し訳ないです。一言だけでは分からないですよね。分かりやすかったです。読みやすくて分かりやすい、読み手に「親切」な作品ですよ。読み手には様々な方がいらっしゃいますので「親切」が必ずしも良いとは言えませんが、「親切」武器(表現)ですので、武器を増やすか極めても宜しいのではないでしょうか?自信を持つかぁー。そうですねー。自信を持つ必要性を私が感じえないので、自信を持ってと無責任に言えません。私は自信を持ってしまって、作品が疎かに成るなら自信が必要ないと思っています。詩はジャンルが幅広くあります。なので、詩じゃないと私は決めたくないです。読む場合ですね。そうですねー。失われたジャンルの詩もありますからね。詩はいまだに生き残って変化していますよ。詩とは何か?生涯問い続けるのに私も賛同です。

小林素顔 (2018-12-04):

つきみさま 講評ありがとうございます。親切という視点で詩を考えたことはなかったので、新しい考え方を得たような気がします。個人的には、「どのように詩を書けば読者に自分の『感情』を伝えられるか」は、いつも考えているので、そこが「親切さ」という部分につながったのかもしれません。 武器を増やして、自信をコントロールし、詩とは何かを自問しながら、これからも詩作を続けたいと思います。 ありがとうございます。

環希 帆乃未 (2018-12-04):

小林様応援していますー(*・ω・)*_ _))ペコリン

鬱海 (2018-12-04):

自明であると思っていたこと(や記憶)が、あるとき崩壊する怖さ。たとえば自分にはセンスがあると思っていたけど、他人とうまくやれなかっただけだったなど。うまく具体例が示されていると思いました。よく伝わってきました。 ただ書いてあることはよくわかるんですが、逆にわかりすぎてしまうのかもしれません。共感以上の、読み手が思わずその表現から意味を汲み取ろうとしてしまうような箇所みたいなのが個人的には欲しいかなと思いました。抽象的な表現で申し訳ないです。

小林素顔 (2018-12-04):

鬱海さま コメントありがとうございます。 自分の伝えたいことが伝わっていることに、少しホッとしました。 >共感以上の、読み手が思わずその表現から >意味を汲み取ろうとしてしまうような箇所 >みたいなのが個人的には欲しい おっしゃっている事はなんとなくですが理解しています。 この詩には飛躍がほぼ皆無です。自分も、読者に、パズルを解くように詩を読み解かせる醍醐味を提供したいとは常々思っているのですが、なかなかにうまくはいきません。精進します。 改めて、講評いただき、ありがとうございます。

みうら? (2018-12-04):

ビューティフルマインドとタイトルに持つ詩であれば私的な語り手の思い出が私的なものとして終わっていることが惜しいように読めるが、ノスタルジックな雰囲気をタイトルが後押ししているようにも読める。つまり少々中途半さとしての読後感。改行が独自なリズムを刻んでいるだけに、レトリックな作品なのかモノローグが主としてのスタイルなのか微妙な仕上がりで終わっていると思った。

小林素顔 (2018-12-05):

みうらさま コメントありがとうございます。 講評をいただいて改めて読み直すと、確かに、狂気に真正面から向き合って描写するか、ノスタルジーを前面に打ち出した詩にするか、どちらかに寄せたほうが、より尖った仕上がりになったかもしれないと、反省しております。本人としては、狂気が時間軸の中にあり、過去と現在が判然としない状況の中で生きていることを表現したかったのですが、成功とは言い難いかもしれません。 改めて、講評いただきまして、ありがとうございます。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-12-05):

個人的に題名がツボ。うる星やつらの映画「ビューティフルドリーマー」も思い出させる。 でも詩文自体はパッとしなかったなぁ。 上手い例えが思いつかないが、文章って名詞と動詞があって初めて内容が生まれるじゃん。この詩は形容詞しかない感じ。内容となる軸が不明瞭のままその軸を修飾するものばかりになっている。

小林素顔 (2018-12-05):

渡辺八畳さま コメントありがとうございます。 題名なのですが、一応説明させていただきますと、同タイトルの映画がございまして、オマージュのつもりでつけたものだったのです。申し訳ございません。 形容詞しかない感じというご指摘ですが、内容となる軸の不明瞭さは、おそらく、私自身の狂気への観察に対する覚悟の足りなさであるとか、無名性を好んで主体性を読者に放り投げる私の癖であるとか、そういったことが裏目に出ているのだと思います。 改めまして、ご講評ありがとうございます。

IHクッキングヒーター(2.5kW) (2018-12-16):

統合失調症患者の詩なのかな、と思いました。統合失調症の人は自分が正しくありたいと願っている、という言葉を思い出しました。

小林素顔 (2018-12-16):

IHクッキングヒーター(2.5kW)さま コメントありがとうございます。 おっしゃる通り、統合失調症患者をテーマにした詩です。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-12-17):

質問箱に酷評が来ました。 https://peing.net/ja/q/846d5418-3b6c-4a00-8776-4e915f2156a5 なお、最終連の「次作」は「自作」の誤字だそうです。 質問箱は送られてきたテキストが画像にされてしまうので、申し出があったもののこちらから誤字の修正は行えませんでした。ご了承ください。

小林素顔 (2018-12-18):

酷評を頂きましたので回答させていただきます。 まず初めに、私が統合失調症という重いテーマを自信のない詩かつ駄作でB-REVIEWに公表したことを、統合失調症の治療中の方々およびそのご家族や関係者の方々に深くお詫び申し上げます。私は、統合失調症という病気に対しての理解を深めずにこの詩を公表したことを認めざるを得ません。そのことにより、ご病気の方々が社会から大きな誤解を招く可能性を考慮しておりませんでした。同時に、自信のない詩作品の中に病気のテーマを入れ込むという無責任な態度をとってしまいました。また、統合失調症的な作風というものが批判されているという詩壇の潮流というものに対しても、無学であったことを、ここに認め、改めてお詫び申し上げます。 大変申し訳ございませんでした。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-12-18):

えー、つまんねー。 酷評に対しいやお前の論間違ってるよって喧嘩買ってほしい。そうでなくても、ここは頷けるけどここは違くない? とかさ。 心の底から詫びる気持ちならばいいけれど、リスクマネジメントでそれやってるなら個人的には残念。

小林素顔 (2018-12-18):

渡辺八畳@祝儀敷さま コメントありがとうございます。 私も当初は詩論を戦わせることを考えていましたが、この酷評の方のおっしゃっているような「人間性」の部分への批判に対して、いくら論を組み立てようとしても、それがすべて「人としての正義からの逃げ」になってしまうことに気づいたのです。無論、「人としての正義」に対しての疑義を唱える詩であれば、そこに踏み入った議論をすることができるのでしょうが、私はこの詩に対して、そこまでの思慮を持たずに書いていたのです。つまり、その程度の覚悟で、その程度の詩を書いていたということを、認めざるをえず、そういう不真面目な態度で書いた詩でこのB-REVIEWの作品投稿掲示板を汚していたことになります。 私は詩というものを、もっと気軽に書いて良いものだと考えていましたが、題材が題材だったので、傷つく人のことまで考えておらず、ただ、自分の狂気の作品化として、軽率に書いてしまったのです。 謝罪に対してもご批判はあるとは考えていましたが、自分はこの作品に対する人間性への批判に対しては、謝罪をするしかないと考えました。

maru (2018-12-18):

いやいや。 まことに統合失調症者の妄想病理を、いかに医者からそれは妄想だと言われても自分なりに己を信じたいという、彼らのかなしみにシンパシーを感じていたわけでしょう。 謝罪はやさしさの表現だけど そこに同情心という弱さをもって 彼らへの裏切りですよ 彼らは強くありたいから 妄想だろうが信じたいと思うし自分なりに治して人生楽しくやりたいと思っているわけで 彼らはまさしく自分のことを信じたいと思っているのだから 貴方がそこにシンパシーを感じて表現したいと想うならば、堂々とこれが僕なりの表現ですと居直って態度で強さを示すべきだし それが貴方の詩人としての礼儀だと僕はそうおもいます。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-12-18):

統合失調症ってわかって読むと、最初の一連なんか「さよならを教えて」というゲームみたいだなと思う。ネタバレすればあれも精神病患者が主人公だし。 とはいえ一連目ほどの症状になったらもう最後でそこからの改善なんて見込めなさそうだし、そこ以外は一連目と比べるとまだ軽症だから違和感を感じる。お前の症状の程度ヤバいレベルじゃなかったのかよって。 私自身は創作物に対し現実世界の倫理を持ってくるのは完全反対、「人としての正義」なんて知らねえよバカって立場なのだが、じゃあ作品を独立して読んでみたとしても、やっぱそこまで上手い作品じゃねぇなって結論に至る。

渡辺八畳@祝儀敷 (2018-12-18):

あと、「統合失調症的な作風というものが批判されているという詩壇の潮流」は無いと思われる。そこは気にせず書いて良い。ちと違うかもしれないが小笠原鳥類なんて偏執的なの書いてるし ただ、統合失調症的というかアールブリュット的作品なんてそうそうそうそうそうそう……書けるもんじゃないし書けたら世紀の大天才だよ。

小林素顔 (2018-12-18):

maruさま コメントありがとうございます。 結果的に統合失調症患者の皆さまへの裏切りになってしまうかもしれませんが、私は、患者の皆さまの寛解を願う立場を取らせていただくことにいたしました。その寛解には医師の協力は欠かせないものだと私は考えます。この詩作品に関しては、その視点が抜けていたことによって、逆に患者の皆さまの症状を深刻化させる表現になっていた可能性があると言えるのでしょう。 私の統合失調症患者の皆さまに対するシンパシーは、患者の皆さまの寛解に反するものだと考えて、この度、謝罪させて頂きました。 渡辺八畳@祝儀敷さま コメントありがとうございます。 確かに、一連目の症状とその他の連の症状はあまりに差があり、詩作品としても統一感のないものになったことは否めません。作品が質として低かった事実は真摯に受け止めます。

帆場蔵人 (2018-12-18):

描こうとされていることはなんとなく解ります。しかし、作品に軸がなく(狂気を描こうとしたからでしょうか) 読んでいて物足りなさを感じました。統合失調症を扱うことが、今さらなのかぼくは詩壇の現状は知りませんが、この詩の内容がその病を患う方に対して問題を孕むようには感じません。謝るほどのことは無いと思います。 むしろ詩としての仕上がりが物足りないです。外側だけをなぞった感じで、統合失調症の人の内的世界をもっと読み手の五感に訴えてくる描き方でもよかったのかな、と思いました。小林さんの語り、は結構好きなので余計にそんな感想を抱きました。

小林素顔 (2018-12-18):

帆場蔵人さま コメントありがとうございます。 結局のところ、私は酷評という舞台に立つ覚悟なくこの詩に酷評OKを付記してしまったのだと思います。であるからこそ、私はこの詩に関して、「自信のない作品で統合失調症を扱う」という認識の甘さを露呈してしまったことに、深く反省すべきなのだと思います。皆様がご指摘していることからも、作品の仕上がりが物足りないというのは、共通認識というよりもすでに、客観的事実として受け止めるべきでしょう。そのような駄作が、統合失調症という深刻な疾病を取り扱うことこそが、すでにこの疾病を愚弄する行為であり、患者やその家族・関係者の皆様に失礼極まりない行為であることを自覚しなければならないのでしょう。そのうえで、「酷評の舞台に立つ覚悟のなかった作者」が、作品に対して説明責任を果たせない状態でいる状況は、愚かの極みであることを、私は自覚しなければなりません。

環希 帆乃未 (2018-12-19):

んー。小林素顔さん。酷評や他の方のお言葉で、萎縮して視野が狭まっていませんか?あのですね。理解者が居なければ成り立たない世界もあるんですね。小林素顔さんが書いた作品で、回復者さんである方々への、一般社会、回復者さんを知らない方への、目線、関わりあいが、良い方向に転ぶとは考えれませんか?差別や戦争賛成という詩が在ります。それで、反対に強まる思いが有る事も事実です。戦争差別反対って。ですので、作品の可能性をご自分で閉じず、広げて、自分らしく不自由な中で自由に表現する事って大事ですよね?読み手全てが、小林素顔さんを責めていないでしょう?あまり思い詰めませんように。

みうら? (2018-12-19):

匿名酷評を読んで、本作が統合失調症に関係する内容を含むことに気がついた。たしかに薬のキーワードを考えればそうだったのかと思うし、コメント欄での小林さん本人が認めていらっしゃるのだから間違いないのだろう。そうだとしたら匿名酷評者は鋭く本質を突いているのだろう。小林さんのお詫びは誰か特定の人宛ではないという前提でコメントしてるのだけれども、もしもお詫びが世間の皆様宛てだとしたら、そのお詫びするお気持ちはわかります。誰かが自分の作品で傷心された人がいることを想像すればお詫びしたい気持ちにもなると思う。しかし私たちが詩人であるならば、黙って詩で落とし前をつけるしかない。傷心された人がいると思うならば。

カオティクルConverge!!貴音さん (2018-12-19):

詩の中身にちゃんと触れないで申し訳ないですが 思ったことを好きに書けば良いと思います 遠慮とか罪悪感で書くのを抑えるのは勿体ないです 私は病気をテーマにだってするし 震災をテーマにだってするし イマラチオって名前できったない詩をここに書いたりしました 理由は書きたいから 差別とか 不謹慎とか 知識が無いと駄目とか良いじゃないですか これも全て、アドルノって糞人間がそうさせてるのでしょうね あの人はやっぱり私の敵ですな

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