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食べて下さい   

作成日時 2017-04-22
コメント日時 2017-06-07

都会の路地裏 陽の光からも逃げ果せたその場所で、とおくとおくの空を見上げて勝ち負けの「負け」とか「虚しさ」を抱いて、幾世かが経過した ここにも時々温みはあって、例えばそれは地熱で、空調機から吹く風で 「光も届かないのにどうして?」なんて疑問も、久しぶりの温みに抱かれて気がつくと眠っていた 温かさは、直接私たちに降らなくても届く 世界の温みを冷たいところで感じられる 光は、きっと届かない それでも光は届かない すべての人々に平等に陽は射さず、「そんなこと何を今更」と嘲ける君にもどうかそこに居て欲しい 食べる食べられるの階層も知らない誰かが見ている じっと見ている そこにはカラス、イタチ、野良猫、生ゴミ、割れたガラス窓、錆びたボルト、ボルトの錆、なにかの粉、 命のそのあと、命いがいの その小さな窓から、沈没船内の天井すれすれで僅かな酸素を吸うみたいにして、昨日も生きていたんだろう? 俺は君を知っているぜ そこに届く言葉がないことも、届けられないことも俺は知っているぜ なぁ悔しいなぁ くらいやがれこの詩を 昼間くわれた俺が何もくわなくても排泄したみたいな詩だよ 「それってゴミでしょ?」 まぁまぁ、何もくわなくても排泄したみたいな詩だからほんとうだぜ なぁ、お前年中、年中その小さな部屋で季節感のない服を着て丸まって、大きな災害不幸を待ってるんだろう? その大きな毒素を出さなければ、もう死んでしまうもんな だからやさしいお前がそんなこと願ってるんだろう そんな浅い呼吸の日々で、お前今日まで生きていたんだろう? 俺は君を知っているぜ そこに届く言葉がないことも、届けられないことも、俺は知っているぜ 「俺を知ってくれ!」と現在未来に向けて叫んだ過去に 俺はお前を知っているぜ 「世界の温みは冷たいところで感じられる」とそいつが言った (嘘つけ!この気持ち知らないくせに) 光は、きっと届かない それでも光は届かない なぁ悔しいだろう?お前がこの詩を壊してくれよ 俺なんかがこんな気持ちにのせられて、詩なんか書かないでいられるように 「さよなら」なんか言わずとも、人はこれまでそうして来たし、「さよなら」が馴染むように美しくなんて生きられない 「さよなら」が口に浮いている だからわかるよな 光は、きっと届かない それでも光は届かない


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2019/09/16 05時34分17秒現在
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コメント数(16)
花緒 (2017-04-23):

リフレインを伴いながら、食べる食べられない、といった円環的な言い回しを伴いながら、作品が編まれており、興味深く拝読した。命のそのあと、命以外の、以降の連が、わたしにはやや冗長に感じられる。知っているぜ、の連投、生きていたんだろう?壊してくれよ、悔しいだろう?という呼びかけ。ひとつひとつはひと昔前のロックの歌詞のような言い回しであり、冗長さが目立ってしまっているような印象を受けた。初読の印象。

まりも (2017-04-23):

「陽の光からも逃げ果せた」このあたりの比喩は、上手いけれどオーソドックス、という感じですが、「幾世かが経過した」こういう飛躍が独特で素敵だと思います。 「地熱で、空調機から吹く風」都会、を新たな「自然」として生活する都市生活者の息吹を感じます。砂漠の岩場に住むチョウゲンボウが、都市の摩天楼に巣作りをして話題になったことがありましたが・・・そのような、肌身、五感でとらえる「都市空間」。 「ここにも~どうかそこに居て欲しい」の連は、口語体を導入しているから、かもしれませんが、若干、冗漫な印象を受けます。もっと刈り込むことも可能なのでは?抱いた疑問すらも眠っていく、というところは魅力的。 「食べる食べられるの階層」喰う喰われる、は、日常語ではないだけに、人に喰われる、資本主義社会の弱肉強食、といった比喩としても用いられることが多い言葉。食べる、食べられる、という日常的に、実際に食べる時に用いる言葉をあえて使うところに、生々しいリアリティーが出ているように思いました。 「そこに届く言葉がないことも、届けられないことも俺は知っているぜ」なんとなく、モタモタしたリズムという・・・言葉なんか届かない、とか、言葉を喰らって溺れちまえ、とか、何かこう、叩きつけるような、きりっと短い、シャウト感のある言葉の方が、先へ先へと進行していくメリハリが出るのかな、と思いました。 世界崩壊、世界破滅を願っている(反語である、としても)君、は、それを知っている、この詩を叩きつけてやる、と叫ぶ俺の鏡像なのかもしれません。 光は「平等」になんて届けられない、言葉だって救えない、いっそ世界なんて滅びちまえばいい(ああ、そう叫ばなければいられないほど、俺は追い詰められているんだ)そんな時、冷え切った場所であるほど、都市の抱え持つ地熱(都市の体温)空調の温み(都市の排気、息遣い)が身に染みて感じられる・・・そんな都市生活者の姿を、実際に肌身で感じて描き出そう、としつつ・・・「君」に「俺」が寄り添おうとし過ぎている、のではないか。「なぁ悔しいなぁ」とか「もう死んでしまうもんな」という、共感を示すというのか・・・突き放し切れていない言葉の湿り気のようなものが、作品を、なんとなくもたつかせているように感じました。 ドライな質感で疾走感を持って突っ切るか、もっと湿潤なところ(寄り添うとか、肩を抱く、ような方向)に向かうか・・・ロックな感じで行くのか、バラード系に行くのか、というような方向性が見えにくいような気はします。

もとこ (2017-04-25):

貧困とか食物連鎖とか詩作に関するルサンチマンとか世界の終わりを夢見る引きこもりとか、それぞれのテーマは明確だし各パーツごとで見ると悪くないんですが、全体的な構造物として眺めるとハウルの動く城みたいな感じに思えるのです。その内側にすごい力を秘めているのは分かるのですが、見た目がちょっと難ありという感じ。特にメインであるはずの、 >光は、きっと届かない >それでも光は届かない という表現が個人的に違和感バリバリなんですよね。あと少しで、もっと良くなるのにというもどかしさがあります。 >すべての人々に平等に陽は射さず、「そんなこと何を今更」と嘲ける君にもどうかそこに居て欲しい このフレーズ、好きです。ピンク・フロイドの「Wish You Were Here」を連想しました。

クヮン・アイ・ユウ (2017-04-26):

花緒さま おはようございます。 ご覧くださり、ありがとうございます。 「冗長さ」について、おっしゃる通りかも知れません。そのご意見ご感想を受けて、リーディングで聴いて下さった方にもどう受け取られるかお聞きしたいと考えていました。 いつもありがとうございます。

クヮン・アイ・ユウ (2017-04-26):

まりもさま おはようございます。コメントをくださり、ありがとうございます。 「たべる」の表記については迷いました。結果今回の形にしましたが、まりもさまのコメントを拝見して報われた想いです。ありがとうございます。 私の詩には、間違いなく冗長さや冗漫さがあると言えると思います。 たとえばテキストを声で表現するときには、聴き手がさらに受け取りやすいように主語述語の関係を補足することではっきりと示すことがあります。目の前で聴いて下さっている方に届けたいという想いからしていることですが、その良い悪いはまだわからず勉強中です。 投稿掲示板のように、その方がその方のペースでご覧いただける様なところでは、詩をもっと見つめ直す必要がありそうです。 ありがとうございます。 いただいたコメントの最後の箇所についてですが、おっしゃる通りだと思います。 日々生きていますと、どちらにもなれないことを痛感します。そのほんとうを描きたく、今回の詩となったと考えております。それが結局「君」に届かないのなら、もう一度考え直さなければならないと思っています。

クヮン・アイ・ユウ (2017-04-28):

もとこさま おはようございます。 「内側にすごい力を秘めている」と言っていただけて嬉しいです。 「見た目」について、おっしゃる通りかも知れません。他の方からも、言葉に異質なイメージがついてしまっていることをご指摘いただいたことがあります。センスと言ってしばえばそれで終わりそうですが、そこを少しでもよくしていけるように学んでいきたいと思います。 コメントをくださり、ありがとうございます。 「冷たく引き離して、さてあなたはそこからどうする?」という問いを受けるところからスタートして欲しくて、光に関して書きました。

み う ら (2017-04-28):

本作が一番ユウさんのテーマ(勝手に三浦が推測しておることですが)である、ヒエラルキーに対する抵抗的なもの、反骨的なメッセージ性がよく出ているかと思います。 『「そんなこと何を今更」と嘲ける君にもどうかそこに居て欲しい』 ここがすごくいいですね。 ひとつだけ、云わせてもらいますと、ネット詩硬派組(これも三浦の妄想の存在かもしれません)からも評価され得る作品とする為には(別に評価されなくてもいいのですが、、)少し冗長な感がしました。私は、文学極道に今でも投稿を続けている理由のひとつは、ネット詩硬派組の感性を知りたいなということだったりします。まあ、相手にもされないんですけどね、でも、私なりの戦いなんです。本作で云わんとすることにも似た、『なぁ悔しいだろう?お前がこの詩を壊してくれよ』という気持ち。

朝顔 (2017-04-28):

お初にお目にかかります。皆さんが仰られるように、まだまだ技巧的には磨ける詩かも知れません。でも、わたしはこういう世界、どん底の世界に住む住人を知っています。そういう場所で飯炊きをしていたことも、タコ部屋で数か月暮らしたこともある。無論、詩と言うのは経験を昇華しなければ成り立たないものではありますが、この詩に込められた激情は、私は(もはや自分に取っては些か過去のものになりつつありますが、)ヒリヒリと痛いように想起します。活字での投稿も無論大切なのですが、朗読で勝負するのであれば、表現の上っ面のみをこねくり回さない方がいいような気もしますね・・・。すべての人が希望を持っている、届けられるというのは殆ど嘘なので。

朝顔 (2017-04-28):

(続きます。)それでも、シャウトしていたいと言うのがユウさんのスタンスであるとは理解しているつもりです。三浦さんの仰るところのネット詩硬派組は、そこから逃げちゃっているんですよね。

朝顔 (2017-04-28):

連投すみません。この詩のまずいところ(敢えて言います、)は、自分も往々にしてやりがちなんですが、同じ状況に置かれたまたは、置かれたことのある人以外にとって、どうでもいいよと言わせてしまう部分があるところなんです。例えば、ボブ・ディランの詞なんかはもっともっと緊縮されてます。そこが、皆さんが冗長だと仰るところかなと。つまり説明になっちゃっている。自戒を込めてコメントしました。

朝顔 (2017-04-28):

ちょっと酷い物言いになりました、ごめんなさい。私も、これ今直面している表現上の問題なのでコメントがブレました。最近、知人と話し合っていて、百人を感動させることは無理だよねと。九十九人がそっぽを向いても、一人に何がしかが伝わればいい。 私も、昔はみんなに分かって欲しくて説明に説明を重ねていたのですけれども。少なくとも、最後の二行は私にはすごく刺さります。

クヮン・アイ・ユウ (2017-04-28):

三浦さん コメントをくださりありがとうございます。 テーマは、誰かにとっての業のようなものであるとしたら、自分には何があるのだろうと考えています。そして予想のつくものがあります。 三浦さんからは今回のコメントのようなご推測をいただいているとのことで、それを受けて、私のそれが何であれ確かに何かが伝わっているという事実に喜びを感じています。 「すごくいい」と言っていただいた箇所に関しては、「ほんとう」を書きたい私にはこれまた嬉しいお言葉でした。 「ネット詩硬派組の感性」、おもしろい視点だなぁと刺激を受けつつ考えていました。 (届けたい。 誰に? みんなではない、みんなには届かない ではそのうえで誰に?) さいきんその答えがだんだん見えてきた気がしています。 僕が尊敬する方は、りょうほうの世界でかっこよくてすげぁーなぁーって思っています。 朝顔さま はじめまして。コメントをくださりありがとうございます。 絶望をただ絶望としてそのまま事実描くなら、私がやる必要はないと考えています。私に出来ないことだろうとも考えています(コメントを受けて考え始めた事なのですが)。 少なくとも生きることにして、生きているから、じゃあなぜ進むのか耐えるのかを詩の中に含ませられたらと、これも後づけ的に願っております(無意識にはあったのかも知れません)。 >>「同じ状況に置かれたまたは、置かれたことのある人以外にとって、どうでもいいよと言わせてしまう部分があるところなんです。」 この言葉がとても響きました。ほんとうにその通りであると思います。 リーディングする時、説明したいと希求します。テキストの内容をステージに立ってから瞬間的に選択し変えることが多くあります。 最悪だれにも届かないことを知ったその上で、誰に、なにを届けたいのか。そのことを考えざるを得ません。 未熟だから冗長なのかも知れません。端的に、余白を持たせて、相手の能力や価値観にゆだねる美しさがあると思います。そのうえで、どうしていくのかを選んでいきたいと思います。 最後の二行に関して、ありがとうございます。 昨年末に、これまで詩のライブを観たことがない(自分よりもひとまわりも若い)人たちの前でLIVEしました。 あとでその誰か一人に届いていたことをご本人から聞いて知り、これだと改めて確認しました。 皆様からいただいた「冗長さ」について、そのことを受け止めたうえで、引き続き勉強し続けていきたいと思います。 ありがとうございました。

百均@B-REVIEW ON/ (2017-05-07):

 詩の話がメインで、そこに説得力を持たせる為の場面の設定があり、その為の排泄のイメージを促すような語彙群のイメージが羅列されているのかという感じがします。という感じで前半は割と道具っぽいイメージというか、なんだろうな、大雑把な物言いですが劇みたいな物かなと思いました。  君という人称代名詞に向かって物を話すという形、俺が君を「食べる食べられるの階層も知らない誰かが見ている」 そのような存在であって、そこにいるお前には何も届かないという事、その媒体として「詩」が飛び出してくる。言葉という光を下から当ててもその温み(最底辺の、言葉という誰もが持ちうるたった一つの武器というか)は上に伝わらない。という事の絶望みたいな物を感じます。 それで、ここでは君の立ち位置は読者が一番近しいからそれに簡単に同化しやすいと言えると思いますから、急に語り手が出てきて「君」=「読み手」を糾弾するように、それは光=多分言葉=詩というものが、下から上に当てても届かない叫びのイメージにつながっていく。という訳で要はメタ詩みたいな物でもあるのかなと思います。    光のイメージというのは多分基本的には上から発せられるものであるし、それは多くの場合絶対であって(太陽や街灯なんかは普通上にある)下から光を当てるには自分が光になるしかない訳ですが、それが凄く大変な事だよなぁという感じがしました。

クヮン・アイ・ユウ (2017-05-16):

hyakkinnさま コメントをくださりありがとうございます。 日の目を見るということや、言葉の無力・有力、人と人の関係について考えていました。 あえて絶望を描き、「それで君はやめるの?」という問いをもって挑発したかったところがありました。そして、必ず奮起して欲しかったです。

右肩ヒサシ (2017-05-16):

クヮン・アイ・ユウさん、こんにちは。 この詩の問題点は、逆に届きすぎてしまうことにあるのかもしれません。 詩世界がすべて解釈から成り立っているので、言葉が言葉そのものの持つ世界を、読み手の文脈に合わせて右から左へ移動させているような。自立したモノ自体の存在感に欠けてしまっているのだと思います。気持ちの強さは充分よくわかるのですが。

クヮン・アイ・ユウ (2017-06-07):

Migikataさま おはようございます。 コメントをくださり、ありがとうございます。 随分遅くなってしまいましたが、今こうして読ませていただいていて、なんとなくすっと胸に入ってくる感覚がありました。 僕の詩は道筋、読み方を示しすぎているのかも知れません。 読んでもらう為に書いていた詩も、リーディングするとなれば、手直しをせざるを得ません。 言葉がどんどん音となって耳に入りは流れていく。その事実にどう抗えばいいのか。どうすれば意味を聴いてもらえるのか。 その先で僕の今の形があるのだと思います。 読んでもらう詩だけを意識して、解釈の余地のある詩を書いてみたいと思います。 ありがとうございます。

投稿作品数: 1