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ドキドキ文芸部しようよ
幸せになったことがないから、幸せについての詩は共感されないのだと、あなたはあどけなく言う。サンタクロースなんていないんですよと告げる、おませなこどもみたいに。孤独についての詩を書くと受けがいい、だけど幸せについて書くほうがじつは難しいんじゃないかな。それにいまのわたしにとっては、孤独について書くと偽りになってしまう。わたしは書こうとして詩を書いているわけじゃないから、いま自分の心にあるものしか書くつもりになれないんだ。過去の作風のほうがよかったとあなたは言うし、わたしもその自覚はあるけど、孤独だとか、いつまでもおなじようなものばかり書いていてもしょうがないし、いまだからこそ書けるものを書いていたい。クリスマスにあなたと満たされるまで食べたラム肉の、くせのある風味を思いだしている。ふたりだけの、ドキドキ文芸部しようよ。
作成日時 2023-01-18
コメント日時 2023-01-25
ドキドキ文芸部しようよ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1123.5
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
項目 | 全期間(2023/02/09現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
こんばんわ。 これはある意味、批評的なメッセージ詩とも読めるのですが、 その批評的な部分に注目して感想を述べさせていただくとすれば、 これは事実とはちょっとだけちがうような気がします。 わたしのような人間ですら他人が幸せな顔をしているのをみるのが大好きで、 まして幸せな気持ちをうまく表現しえている詩は大好きですから、 たぶん多くのひともそうだとおもうのですけどね。 ではなぜ作者がこのような批評をするかというと、認識にねじれが生じている としか考えられない。 サンタクロースはいないんだよと告げる子どもはリアルな現実を知ってるよ、と その知識を披露することで、わたしはおとなよと自慢して鼻を高くしている。でも 作者はそんなことを知らないほうがいいんだよ、知っていても信じたほうが じつはおとな、なのかもしれないよといっている。しかし、 これがどうして前置きの「幸せになったことがないから、幸せについての詩は共感されない」 という間違った現実認識を補強してする例になるのか論理的にどうもなっとくできない。 おそらく作者は、ぼくは幸せについての詩を書いて、人にみてもらうのだけど、あまり高評価をえられない といっている。わたしはそれが現実認識にたいするねじれなのじゃないかとおもうのです。 いくら孤独についての詩、あるいは幸せについての詩であろうと、どちらでも たんに詩表現が稚拙もしくは下手な場合も他人は共感や評価をしない。その原因を冒頭の間違った 世界認識にふっていないだろうか。そんなことをふと考えてしまう。 他人に評価されない原因を内容がゆえだと錯誤していないだろうか。 「それにいまのわたしにとって、孤独は......」以降、「いまだからこそ」うんぬんまで すべて弁解のように聞こえてしまうのですね。 そうすると結局、下手な詩でも笑顔でドキドキしてくれる、実は詩にはまったく関心が なく、相手を恋しているからその詩を認めてくれる恋人としか詩の評価をわけあえないことになる。 そいううドキドキ文芸部がはたしてどうなのか、ちょっとさみしいような 気がしないでもありませんでした。
0ドキドキ文芸部をすることが、登場人物の作中のあなたにとって幸せになるきっかけかになるのかもしれないなぁ、と言っているのかなぁと思いました。 幸せと孤独が、詩の評判を決めると云うように対象的に配置されていると思いました。 作者にとっては、今の心にあることを詩作するのが、幸せなのかもしれないのだろうと読めました。 ドキドキ文芸部という造語より、あなたとクリスマスに食べたラム肉のような癖を思い出している。しかし、一般的にラム肉は子羊の肉なので、癖がなく柔らかい肉の象徴として扱われることが多く、逆に癖があるのはマトン肉(成羊肉)の方なので、ここは、 >おませなこどもみたいに に、あなた、が、癖のあるラム肉と掛かっているのかもしれないなぁと思いました。 あなたは子供の頃からマセガキで、幸せより孤独について詩作した方が受けがよいと言うが、作者は幸せの方が、詩のテーマとしては孤独より難しい。又、作者は今は孤独ではないので、孤独をテーマに詩作すると自分の気持ちを偽ることになる。 だから、今は幸せなので幸せなことを書きたい、それがドキドキ文芸部なのだ。 作者はマトン肉なのだけど、ラム肉(子羊)の頃のようにドキドキしたいのかなぁと思いました。 アルプスの少女ハイジに登場する子山羊のゆきちゃんが成長し、ゆきさんになった頃、アルプスのおばさんになったハイジは、ペーターおじさんと一緒にゆきさんがゆきちゃんだった頃を思い出しながら搾乳をするようなイメージを持ちました。 作者は、恋人同士でしかわからない暗号文をドキドキ文芸として作ろうとしているのかなぁと思いました。
0追記 室町さんのコメントにある >ドキドキ文芸部がはたしてどうなのか、ちょっとさみしいような 気がしないでもありませんでした。 に私も同感で、この私の想起に至るきっかけは、 昔、NHKで放送していた、「明るい農村」というテレビ番組を思い出したことに由るものです。 その番組は、明るいと称すれば称するほど、暗さをともなった寂しさが農村につきまとうイメージを全面に醸していました。 もう40年以上前の話ですが、その頃の私は、農家は暗くて寂しいのだなぁと思ったものです。 このドキドキ文芸部も、ドキドキと称すれは称するほどに、「はぁ?」みたいな冷めた気持ちを想起させます。
0ニンテンドースイッチに、そういう題名のゲームありますよね。僕はバッドエンドしてしまいましたよ(;O;)
0皆様、精緻な批評をありがとうございます。 やはり「ドキドキ文芸部」に注目されているようで、じつは同名のゲームがあり、比喩的にお借りしました。おそらくゲームをご存知なくてもインパクトが伝わるのではないかと思いましたが、まさしくそのようです。 本作の元ネタになったゲームの「ドキドキ文芸部」にも興味をもっていただけましたら幸いです。
0これは「真剣に」に詩を書いている人を冒涜していると思いました。三浦は「真剣に」詩を探究しているのですぐに見分けがつきました。これは「真剣に」詩を書いていない人が書く作品です。毎月、「真剣に」詩を投稿している人達に謝ってください。とくに「真剣に」詩を書いている三浦果実にごめんなさいして下さい。ビーレビでは謝罪要求はトレンドですから要求します。謝ってください。サンタクロースにも謝ってください。サンタクロースは「真剣に」プレゼントを配ってまわっているのですから。
0まいりましたね…… ごめんなさい、正直に言いますと、詩よりも相方さんに夢中です。
0俺は真剣に詩作した実感がないな。あと努力もしたことがないな。てか、真剣も努力もしている実感を得たことがないや。 事後に振り返って夢中だったな、なんてことはあるけど。 まぁ、他人から「頑張ってますね。」 なんて言われることがたまにあるくらいで、でもそれを言われると、もっとがんばらなくっちゃ!と俺の場合は、自分のペースが乱れるから受け流してるな。 でも、外から見てて、物事に対して真剣に取り組んでいるなと思える人を見ると、自分ができる形で応援はしたくなるな。 駅前でティシュを配っていたサンタクロースは見てて応援したくなったな。 とうぜんその時サンタクロースに真剣とか努力している実感はないと思うけど、、。 仕事を終えて、私服に着替えて、どこか一杯やりながら、 「今日も寒かったなぁ。」 なんて言ってると想像すると、 「お疲れさん!」 と心の中で呟きたくはなるな。 ま、本当に真剣に物事に対して打ち込んでいる人は、真剣なのではなく、真剣を携えているのだと思う。 そういうのを真剣と略して呼んでいるのだろうな。 だから、あらゆる道の型や形が整って出来ている人が、携えた真剣を抜いてたまに振ってるのを見ると、凄いなぁと思うときがある。
1いや、良い作品 螺旋、落ちる方だけど 心地よい無重力で螺旋に押されて落ちてゆく
1詩なんて嫌い、ポエムはもっと嫌い。詩もポエムも同じだから、ドキドキなんてできない。そんな暇があったら、ブラックホールに飲み込まれる準備をする。
0言葉や意味に惑わされることなく、貴方だけは文体を味わった上でご感想を寄せていただいたようで、励みになります。ありがとうございます。
0タイトルとは違って、なんだかすごく悲しいに近い淋しい感じを受けます。そんなことではなくて、ということも判ってはいても。 ラブポエムというお題が出たときにチャレンジしましたが難しかったです。これも違う話ですが。
0他の部員は先に帰ってしまったのか、最初からいなかったのか、途中でやめてしまったのか、いずれにしてもその部室には大きなソファーがあって、皮が破れて中の黄色いスポンジがはみだしているに違いない。
0表面だけを読んでいてはわからないであろうと思いながら、しかし表面だけを読んでもなにかしら感じられるものがあるようにと、考えながら書いてはいます。感じとってもらえたことがあるのだと、伝えていただきありがとうございます。
0幸せな詩なんだけど、そういう要素を取り入れずに、誰にも気づかれないような幸せな詩をいつか書けるようになりたいです。
0光によって影ができるように、影があるのは光があるからですね。 幸せを書いた詩が幸せなだけとは限らず、逆もまた然りですが、気づかれにくいことではあります。
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