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ニレの木で鳩が鳴いているんだね
本を閉じた それから身の回りのものや 家具類を すべて売り払った その金で細かい借金まですべて精算し 当面の食費と交通費を残した 田舎のあばら屋は風通しのよい 道場のようになった 雨戸と玄関を開け放し 庭を掃いた 井戸から水を盛大に汲み上げて 座敷と縁側を雑巾がけした パンツとシャツを手で洗い 昼に乾くのを待って 裏山へでかけた 滝の水は冷めたく頭も心臓も胃袋も 凍るようだった 信仰心もないのに、ナミアムダブツと 唱名し、瀑布にうたれた 滝壺からあがり 三十年間使ってきた菜斬り包丁を研いた 水面から反射する光がまぶしく 目眩いがした 夕方、イノシシでも一撃で貫き通せるほどに 磨き上げた菜斬り包丁を縄で巻き 腰にさげて 下山した 途中、村のコンビニで オニギリと即席麺と缶詰を 買った それから三日間、十帖の居間に座して 過ごした 腹が減ると缶詰や即席麺を食べ 夜になるとそのまま横になって目を閉じた 星や月の光も 虫の音も 慰めにはならなかったが 熟睡した 最後の日も爽やかに目覚めた 注文した白い夏服上下が 新しい帽子 新しい靴と一緒に 届いた 菜斬り包丁を丁寧に新聞紙で包み 懐に忍ばせると わたしは出かけた 我が家から 600キロほど離れた地に遠いむかし別れた 恋人が住んでいるという そのことを 最近彼女が出した詩集で知った たいそう評判になり新聞でも取り上げられた 本はずいぶん売れたそうだ そのひとの住む町のバス停に降りると 鄙びた宿をとって早めに眠った 明け方 案内を乞うて玄関戸をあけると 彼女は暗い上がり框の床板に正座していた まるでわたしが来るのをずっと待っていたかの ようだった 「やっと、ですね」と 彼女はいった わたしは懐から包丁を取り出すと 目にも止まらない速さで 彼女の心臓を刺しつらぬいた 一瞬で絶命したようだった 唇を強く結んで悲鳴もあげなかった わたしの両肩を掴んでいる彼女の手をはずし 刃を引き抜くと 噴き出した血がわたしの顔に散った 手ぬぐいで彼女の顔の汚れを きれいに拭きとってやり 髪の毛を整えてやった それからまっしぐらに走って 地元の小さな警察署に出頭した 署内は大騒ぎになり 現場へ急行した刑事がすぐに戻ってきた わたしは その場で現行犯逮捕された 留置場へ続く厚い扉が背後で閉められると それまで戸外でぐーぐーぽーぽー と苦しそうに鳴いていた鳩の声が とつぜんやんだ
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作品データ
P V 数 : 757.3
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2025-12-06
コメント日時 2025-12-13
| 項目 | 全期間(2025/12/15現在) |
|---|---|
| 叙情性 | 0 |
| 前衛性 | 0 |
| 可読性 | 0 |
| エンタメ | 0 |
| 技巧 | 0 |
| 音韻 | 0 |
| 構成 | 0 |
| 総合ポイント | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
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| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
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| 構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
~暗い上がり框の床板に正座していた。 これだけじゃ玄関口なのか、奥の床の間なのか、はっきりせんわ。 せんわみつお。
0AIの答え 「上がり框(あがりかまち)」という言葉が具体 的にどの場所を指すのか、 辞書を引けばすぐにわかることです。 建築用語としての「上がり框」の意味を考えると、 この文章は「玄関口」を指していると解釈するの が一般的かつ自然です。 ● 「上がり框」とは? 「上がり框」は、日本の伝統的な住宅において、 玄関の土間(たたき、靴を脱ぐ場所)と、その 上の居室の床(廊下や玄関ホール)との段差の 部分に取り付けられた横木や板のことを指しま す。上がり框の役割は、 靴を脱いで家に上がる場所(境界線)を明確にする ためにあり段差の切り口を保護し、見た目を整えます。 また段差に腰掛けて靴を脱ぎ履きしやすくもします。 従って、 「暗い上がり框の床板に正座していた。」という記述か らは、以下のことがわかります。 「上がり框」自体、または上がり框のすぐ内側の床板 (居室側)に座っている。 「正座」という座り方から、座っているのは靴を脱い だ室内側の床の上である。 これらの点から、情景としては、玄関から上がってす ぐの場所で、内側を向いて座っている様子が最も自然 に浮かびます。 「上がり框」は基本的に玄関に使われる用語です。 一 方、「床の間」の段差の部分にある横木は「床框(とこ がまち)」と呼びます。「上がり框」とは別の部位を指す ため、この文章で「奥の床の間」を指している可能性は 極めて低いです。 したがって、この文章は「玄関口」を指していると解 釈して間違いありません。難癖は、「上がり框」という建 築用語の正確な意味と「床框」との違いを理解していない バカが、言葉遊び(せんわみつお)をしたいだけのものと 考えられます。
0↑ 指しているだけじゃわからん。 正確に書けよう。ということですね。 アシカラス。
0玄関口に上がり框なんかある古式床式家、 なんて、見たことないわ。アハハ
0追記 ごめんなさいね。 僕が新しい人間でした。貧乏世帯でした。アハハ。
0鮮血を拭って死骸を整える場面に愛を感じられて素敵。 私はとても陳腐な人生を送っているのだと実感。
1型どおりではない、ひねくれた文章である。ただ、 >それまで戸外でぐーぐーぽーぽー >と苦しそうに鳴いていた鳩の声が >とつぜんやんだ というラストが濃厚な感興を呼ぶか?というと分からない。 まず、これを書いたのは若い人なのではないかなと思った。 孤独なことが描かれていると思うが、老い先短いわけではない。 食事のとりかたも、枯れた男のものではない。 それよりも危険物の印象が先行していて「若いな」と。 女詩人は孤独だったのだろうか? >最近彼女が出した詩集で知った >たいそう評判になり新聞でも取り上げられた >本はずいぶん売れたそうだ とあるので、どうもちょっと違う気がする。 少なくとも社会的には孤立していない。 にもかかわらず、殺害シーンでは、 おたがいに孤独を抱えているような趣もあったりして。 全体にぬるっとしている。 最初は「crisp」という語が浮かんだのだが。 渋くて手が付けられないような文章になりそうな予感もあったのだが。 好意的に見ると、必然性を考える愉しみはある。 ここまでくると「考察」の部類になってしまうが。
1殺人事件が含まれて居る詩と言う事で言えば、萩原朔太郎の詩を思い出すのですが、この詩では、ドライな印象が強いです。警察署や、刑事、署内がステレオタイプと言う訳ではないのですが、彼女の「やっと、ですね」と言うラストウィル?らしき言葉、フレーズを知れば、これは舞台演劇の様な、脚本や、演出が背後に有るような、何か、確かな、内容の、ブックの存在を強く意識させられるからです。
1お読み下さりありがとうございます。 そこの描写に愛を感じ取って頂けてうれしいです。 これは、あの、詩にありがちな構造でして、つまり、 わたしが女性をハナ紙のように捨てたことがあるという反省というか その女性たちにいつか仕返しされるんじゃないかという恐怖、いや、 無慈悲に捨てたのだから殺されてもしょうがないという気持ちや 贖罪意識がありまして、 わたしの立場を復讐する女性側に託し、わたしの立ち位置を わたしが捨てた女性たちの立場に替えたものです。 つまり殺されたのはわたしです。 だから少々そういう描写を入れて救いにしました。そこのところ なにか感じていただけてうれしいです。
1お読み下さりありがとうございます。 動機などは確かに謎です。殺人者の年齢なども たしかにはっきりしません。行為だけに焦点を しぼって書きたいという何かわけのわからない衝動が ありまして、これを書きました。そのあたりの矛盾というか 難点をご指摘いただいたような気がします。 丁寧にお読み下さり感謝です。
0「確かな内容のブックの存在」というコメント には思わず失笑しました。 たしかテキスト論者は文芸作品を引用の織物だといいますが、 わたしは引用とか盗作大っきらいでして、 この詩に「確かな内容のブックの存在」があればむしろ 教えて頂きたい。萩原朔太郎は食わず嫌いで読んだことない ですが、こんなものあるの? あれば大したやつだと見直し てやりますが。笑 いずれにせよ、読んで頂いただけでも感謝です。 ありがとう。
0裏昭和ですね。森田童子の世界観です。 建築用語も知らずに框を垂らしてしまいました。申し訳ありません。 昭和は枯れススキでありました。
0良く書けていると思います。 ですが、最初から疑問に思ったのは、 殺す側の心理って、 そんなに簡単に割りきれるものなのでしょうか。 特に >熟睡した >最後の日も爽やかに目覚めた この2行は多いに疑問で、 決心した、決意したからと言って、 そんなに簡単に割りきれてしまうものなのでしょうか。 寧ろ、眠らずに過ごし、眠っても浅い眠りになるのが、自然なのではないでしょうか。 ひとひとりを殺すことに葛藤しないひとは、いないと思います。 そこを加味していただきたかったと思いました。
0すごく綺麗な書き方なのにちゃんと物語性があってすごいと思いました。 頑張ってください!
1お読み下さりありがとうございます。 殺す側と殺される側のそこへ至る物語は何も説明していませんが 読者の方それぞれに推測や想像をしていただけたらと 思っています。頑張ります。
1わたしをつけまわして嫌がらせコメントをする ストカーお爺さんの連れ?の方が 葛藤がないのはけしからんとか 色々じぶんの好みに合わないとか仰るのですが ......詩ってものに もっと真面目に向かいあって下さい。 じぶんでじぶんの詩を解説するほどアホな行為 はないのですが、あえて一言だけ。 この詩の冒頭になんて書いてありますかあぁ~? はい、二番目の右端の席のぼく、なんて書いてあります? 「本を閉じた」 はい、そのとおり。本を閉じた。この一行に すべての行為の端緒がつまってます。 以上。
1この作品の主人公はある種の潔癖症なのだろうか? 行為に至るまでにある種の身辺整理をしている。 犯行後も行動は乱れずに、大人しく自ら出頭している。終始、至って冷静な行動。 内容の中に一人者の寂しさを感じる。 他人に迷惑をかけるなと教えられる日本社会だけれど、この男は独り身の寂しさから、かつて愛した女に最大の迷惑をかけて自ら罰を受けることを引き受けた。 世の中は持ちつ持たれつ。最後にどの道を選ぶかはその人の美意識。そんな印象を持ちました。
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