小さな村で見た - B-REVIEW
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小さな村で見た    

いつぽんの川がながれてゐる。 川べりの道は夏枯れた草に覆はれてゐる。 川はゆつたりと蛇行して その先はうつすらと 野のはてにきえ 太古の記憶へとつづいてゐる と村びとたちは云ふ。 川の右岸を 白い服 紺の帽子のこどもたちがあるいてゆく。 男の子も 女の子も 一列であるいてゆく。 今日はいつまでも夕方にならない。 こどもらの列は ながながとつづいてゐる。 みな顔がわらつてゐる。 何がたのしいのか 面白いのか わらひながらあるいてゆく。 川が見えなくなる先の そのまた先に 入道雲がむらむらとつき出してゐる。 ひとりのこどもが その雲に紺の帽子を投げた。 それを合図にするやうに こどもらはみな帽子を投げた。 幾千もの帽子が 高く高く舞ひ上がつていつた いつまでも青い空へ それら幾千もの帽子は 入道雲を吸ひ込み 空に溶けていつた。 がらんとして高い。秋空。


小さな村で見た ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 16
P V 数 : 1040.2
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 85

作成日時 2018-11-05
コメント日時 2018-11-21
項目全期間(2024/04/20現在)投稿後10日間
叙情性140
前衛性70
可読性320
エンタメ90
技巧80
音韻50
構成100
総合ポイント850
 平均値  中央値 
叙情性1414
前衛性77
可読性3232
 エンタメ99
技巧88
音韻55
構成1010
総合8585
閲覧指数:1040.2
2024/04/20 13時13分29秒現在
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    作品に書かれた推薦文

小さな村で見た コメントセクション

コメント数(16)
まりも
(2018-11-05)

不思議な懐かしさがありますね。谷内六郎の絵のような。 あえて旧仮名を用いたことが、味わいとなるか、目眩まし的な作用となるか・・・ 少しずつずらしてノリで貼り付けていくように、川や子供たちを重ねて行くのに、 いつまでも夕方にならない (真昼の幻影が続く) 幾千もの帽子~溶けていつた (実はすべてが非現実の幻だった) あまりにも鮮明な白昼夢のような映像に、しばし立ち止まりました。 時間を超越した、永遠の、夏。

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三浦果実
(2018-11-05)

正直にコメントすれば私はこれを書きたい。詩とはなんぞやという命題を抱え続け2年間が過ぎた。ネット詩にある流行は理解した。少し背伸びをして書けばネット詩の流行を取り入れた作品を書けることは実感した。でも私が書きたい傑作はそんなものじゃないと最近は確信していて。大層であり大層でないこと、自分語りであり自分語りではないこと、虚構であって現実であること、そんな傑作を書きたい。本作「小さな村で見た」を読んでそんな感想を持った。

0
石村利勝
(2018-11-10)

まりもさん ご高覧ならびに美しいコメントありがとうございます。私は絵の世界に全く不案内で、谷内六郎の名前を知らなかったのですが、検索して氏の作品の画像を見て「なるほど」とおもいました(笑)私の脳裏にあった風景とよく似ております。 みうらさん ご高覧ありがとうございます。「大層であり大層でないこと、自分語りであり自分語りではないこと、虚構であって現実であること、そんな傑作を書きたい。」とのお言葉に大変、共感しました。私自身も、まさにそのようなものを書きたいと日々念じております。その域には未だ道遠し、ですが(笑)

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stereotype2085
(2018-11-10)

旧仮名使いが初めは正直もどかしく感じるのですが、最後の「がらんとして高い。秋空。」という一節で収束させている。もう一作よりこちらが馴染みやすかった。これが最終節まで旧仮名を用いたフレーズが来ていたら、印象はだいぶ違っていたと思う。

0
石村利勝
(2018-11-11)

stereotype2085さま ご高覧ならびにコメントありがとうございます。ご感想を伺って、もし新仮名遣いでかいたらどうだったろう、と本作を頭の中で仮名遣い変換してみましたら、耐え難いほど貧相なものになってしまいました(笑)仮名遣いを変えたら、自分がかく詩そのものも変わってくるのだろうな――そんなことを思いました。

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ほば
(2018-11-12)

きざまれた言葉がまた次の言葉を引き出していくような、静かでありながらたくさんものに満ちた詩ですね。ひたすら沁み入ってくる情感に酔いしれました。

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石村利勝
(2018-11-12)

帆場蔵人さま ご高覧ならびに温かいお言葉ありがとうございます。「きざまれた言葉がまた次の言葉を引き出していく」とのご感想は、「少しずつずらしてノリで貼り付けていくように、川や子供たちを重ねて行く」というまりもさんの言葉に通じていますね。当人にはあまり意識がないのですが、そういう技巧を俺は使っていたのか、なるほど、とようやく意識することができました(笑)長いことかいていますが、技巧への意識はちっとも向上しません。 桐ヶ谷忍さま ご高覧ならびに身に余るお言葉に恐縮しきりです。ありがとうございます。私もよく「こういう詩がかけたらなあ」と溜息が出る思いで讃嘆したくなる作品に出合いますが、菲才にしてその念願が叶ったことはありません(笑)ですが、そういう心境でひとのかいた詩を見られるようになってから、むしろ自分の詩をかくことが楽になったような気がしております。

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石村利勝
(2018-11-13)

仲程さま ご高覧ならびに過分のお言葉ありがとうございます。って、なんか、現フォのコメントのレスみたいなお返事で失礼しました。つい、いつもの癖というやつで(笑) >心のひだにふれて、すこしいたみも感じます。 してやったり、じゃないですけど、読んで下さった方がそういう感覚を持っていただけるというのは、作者冥利に尽きます。励みに致します。

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石村利勝
(2018-11-18)

蔀 県さま ご高覧ならびにまたしても身に余るお言葉有難うございます。そして、今回もまた適格なご指摘を頂いてしまいました。汗顔の至りです。仰る通り「幾千もの」はいかにもまずい。まずすぎです(笑)音律、語調に囚われて語の色調、フォルム、質感への意識がお留守になっておりました。何年もかいているのにお恥ずかしい話です。貴重なご指摘に感謝致します。

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藤 一紀
(2018-11-18)

こんばんは。旧かながよく作用していると思います。新かなだとたぶん「現在」が「太古の記憶」につらなる時空間の味わいが消えたんじゃないかと。丁寧な配慮が見えて好ましくも感じます。 ただ最終行は迷うところです。詩というよりも詩的雰囲気として収束させている感じともとれます。《空に溶けていつた。》で、その広がりの方へ向かったものが、それ以上に飛ばされず、はぐらかされたような感が多からずありました。「高い」のあとに「。」で切ることで、雰囲気に流れるのをぎりぎり抑えた、というふうにも読めますが、せっかくだから、もっと飛ばしてほしかった感は否めません。終結部の難しさは重々承知のうえですが、好きな向きの作品だけに敢えて。

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fiorina
(2018-11-18)

「時間を超越した、永遠の、夏。」 まりもさんが暗示されているように、ここまでにすべきだと思いつつ、 喪われた夏、をかさねて、 「幾千もの帽子が 高く高く舞ひ上がつていつた いつまでも青い空へ」 「それら幾千もの帽子は 入道雲を吸ひ込み 空に溶けていつた」 「がらんとして高い。秋空。」 をみています。過去現在未来が一つの絵の中にあるような、 そんな時間を感じました。

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石村利勝
(2018-11-18)

藤 一紀さま ご高覧ならびに懇切なコメント有難うございます。ご指摘の通りだと思いますが、現状では「それ以上に飛ばす」ことを私ごときの力量で試みれば、詩が理屈に堕す結果に終わっていたでしょう(まあ、それを才能のなさというのですがww) 理屈に終わらず、技巧に逃げず、詩を「もっと飛ばせる」ようになりたいものですが、才は足りず、努力でどうにかなるほど甘いものでもなし。さあ、どうしたものでしょうね(笑)

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藤 一紀
(2018-11-19)

すいません。私の読み違いかも。《空に溶けていつた》あとの余韻というか、名残のようなものが、すっかり取り払われたあとの、ほんとうに一切が抜け落ちて遠くなった感覚(それこそ《がらんとして高い》)のための最終行かもしれない。そうすると、その遠さはまぶしさとしても感じられます。 《溶けていつた。》の印象が強くて、そっちに引っ張られたのだと思います。「いった」ではなく「いつた」。「つ」で詰まって「た」で一気に開かれるところ。旧かなならではですね。

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石村利勝
(2018-11-19)

fiorinaさま この度も美しい御評有難うございます。すぐれた読み手の言葉に照らされて、自作の宇宙に生彩が増すのを見るのは、作者としてこの上ない喜びです。「喪われた夏」…終わろうとしている夏を永遠化したい、というのは私の詩作の原風景であり、大切な動機のひとつです。何度かいてもかき切れたとは思えないのですが、これは死ぬまで試み続けるでしょう。 藤 一紀さま 貧しい作に再度の懇切なご感想を頂き恐れ入ります。真摯な読みはどのようなものであれ「読み違い」というようなものはない、と思っております。かかれて世に出された瞬間から、作品は読み手のものです。作者もひとりの読み手にすぎません。が、さまざまな読み手に作品がどのように映じたかを見る楽しみは、幸運なことに作者のみ享受できる特権です。その意味でも、貴重なお言葉を下さったことに感謝致します。

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じゅう
(2018-11-19)

拝読しました。ハーメルンの笛吹、の話を思い出しました。不思議で危険な、幻のような情景を独自に書き上げることが出来ていて、素晴らしかったです。

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石村利勝
(2018-11-21)

じゅう様 ご高覧ならびに過分のお言葉ありがとうございます。「ハーメルンの笛吹き」…言われてみればその趣が無意識に入っていますね。以前に何篇か意識してモチーフにしたことがあるのですが、本作をかいている時には頭にありませんでした。どうも、あの野郎、自分の中に広がっている詩的風景の一画を占有してやがるな、と気付かされました(笑)

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