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気を逸らしあうことが湯気にかわるまで
きみは手を洗うことがやめられない。 僕は僕で食べることが やめられない。 寝返りをうつ時も左も右も闇しか見えないと 打ち明ける、きみ。 左、右 同じ回数だけその寝返りの数を揃えなければ 「気がすまない」 沸騰したケトルの腕を掴み 涙みたいと湯気で 曇っためがねに腹が立ちながら僕は パンを口の中へほうり込む。 そのあいだ 水も飲み忘れ 喉がつっかえそうになりながらまさに 今枯れてしまいそうな植物が大きな口を開いて最後に光を貪り食うように たくさんの食べ物を 心に運んでしまう 獏と 獏とだが 明日にはひどい目に遭ってしまうとか 起きたら好きなように、食べられなくなってしまう、とか 予言者でもないのに膚へ感じ 段々恐ろしくなってきてしまう。 次の瞬間には 視界に入った食べ物を 続々 胃の中へ放り込んでしまっている。 おいしい、まずいはない からだの隅々まで食べ物を敷き詰めなければ 「気がすまない」 沈む 落ち着かない 眠らない 叫びたい がらすをびりびりに引き裂く勢いで 時計の針が動く 部屋にはさまざまなコードが 吊るされている。ばらばら これらは一本ずつ 好きな色、かたちを きみと二人で 選んだ もし同僚の手先が器用な茂さんだったら こういったねじれ、はすぐ解いてしまうだろう。 彼は僕が苦手な手先を使う作業ではよく力を貸してくれる。 しかしそんな彼も 一日二箱たばこをやめられないといい、 喫煙所では暗い顔をして 「家庭でいろいろあるんよ」と落ち込んでいる。 彼もたばこを吸わなければ 気がすまないのだろうか 耳のまわりから風がびゅうびゅう 聞こえる 寝たら落ち着くとか 数を減らしたら? それらは尖った鍵の先端を白い肌に食い込ませるように 僕たちにとって 暴力的な響きを帯びるが、 彼らもまた不安で苦しくて口を挟まなければ「気がすまない」のだろうか。 僕たちはとめたら 自分を 引き裂いてしまいたくなる。 親切から生まれたすれ違いは だれもわるくないようで痛くてわけも わからないほどかなしい 手を洗うきみのよこで 僕は静かに椅子へ座り真っ白な紙を一枚広げる。 その間にペンを何度か指から滑り落として こころが叫ぶ ––丸 まるを書きます ペンを走らせ シャッ、と 僕は綺麗な丸が書けました。 つぎは三角、さんかくを書きます。 シュッ──── 綺麗な三角が書けました。 「よかった。 ちゃんと、閉じてる」 誰にも教わっていない 声に出して図形を書くと 混沌の世界の恐ろしさから 少し気を逸らせた。 時計の針がまた十分進む。 ふと張り詰めた闇の視界 油断した視線の先で 薬箱きみがプレゼントしてくれたハンドクリームが光る。 「これ使って」 「あっ、でも僕 べたべたのはだめで」 「べたべたじゃ、ないやつよ」 あの時、僕の苦手な感覚を きみが覚えていてくれたことが 嬉しくて目を細めた 水道の音はまだ止んでいない。 「ね。 こっちへきて一緒にコードをほどいてくれない?」 静かに刺激しすぎないように 声色を選んで、呼びかける。 液晶に額をこすりつけて 僕は焦りをこらえた。 今日は手を洗うことが九十九回の間に 終われますように きみの背中を目でさすり 両手を硬く結んだ。 やがて、 水が赤く染まっていく世界から 顔を上げたきみは 「わたし異常よね」 憔悴しきった顔 水滴 からだをひきずって 歩いてくる。 僕はなるべく穏やかな面持ちで椅子を引いて きみの両手まで 繊維のやわらかい タオルを渡す。 「今だけだよ。僕もさっきは普通じゃなかった」 僕たちはこたつのなかで肩をよせ 訪れる十二月のために沢山の輪が連なったねじれをほどき始める。 「これ地味な作業よね」 「意味、あるのかしら」 「わかんない でもやらないよりはいい」 「あっ もしかして折り紙の方が良かった?」 きみは緩く首を振って、 「ありがとう」 また今度ね となかいの赤い鼻、にこり笑う。 ─ ─ 昨日より柔らかな気持ちが 跳ねるようで儚いざわめきの改札をぬけ、 ICカードへ暖色の溜息を重ねた。 職場ちかくのドラッグストアで 橙と緑の葉のパッケージ、 「あっ私この匂い好きだな」 きみが 話していた金木犀の香りを思いだす。 そのバームを手に会計へと向かった。 職場へ着くと 黙々と、僕は 書類整理の作業に、取り掛かった。 ふと視線を壁際へ逸らしたとき、喫煙所へ向かおうとする茂さんが目に入る。 僕は声をかけようか、一瞬迷った。 誰にでもあの方法が 通用するとはかぎらないからだ。 でもやらないよりはいい。 彼が立ち上がり銀色のドアノブを握ったとき 「この、 からまりを解いてくれませんか」 声は少し震えた。 それは業務上かならず必要になる 電源のコンセントで 茂さんの手のひらの上 ポンッと何個か差し出した。 彼は小さく笑う。 「しょうがないなあ 貸して 」 「あ、りがとうございます」 僕も困ったようにはにかんだ。 それを五分と経たず全部ほどいてしまい 喫煙所へ消えてしまった茂さんは 帰って来た時 「今日はあれ吸うの、二本でやめれたけん。 なんでかな」 と不思議そうに僕へ耳打ちをして 席へ戻った。 帰り道、改札を抜けて、パスケースを取り出し 茂さんがいつも三本、休憩の時 たばこを吸っているという話を思い出す。 昼間のように、三本から二本、 手洗いならば 百回から九十九回へ減らすこと お互いのしんどい行為を「一回休み」にずらす 気の遠くなるような気をそらしあう 生活を探している たとえば 茂さん たとえばきみの たとえば あなたのその 手のひらの内側から 逃げた 光 ケトルから生まれて泣く湯気を 照らすかのように曇って あたたかい 金木犀の香り 鼻をかすめ 拇できみが拭いた僕のめがね 誰かのレンズへ涙は繋がっているのか 夕食の つかみかけたパンを 僕はバスケットの中央へ ひとつだけ 戻した。
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気を逸らしあうことが湯気にかわるまで ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1002.2
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2025-11-23
コメント日時 2025-12-01
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


気がすまない。 グサッと来ました。 まさに今日、Xに怒涛の書き込みをして、 自分の書いた量にゾッとしたので。 と、自分のことは、置いといて、 強迫観念という仄暗さにフォーカスした良い詩だと思いました。 テーマがテーマだけに、冬の空き家に吹く隙間風のような寂しい印象があるのですが、 具体的に悪循環を断ち切る行動を、みんなでやることから、希望が伺えます。 いつもながら、 着眼点、ことばの鋭さ、ことばの鋭さを補って余りある優しい想いが、からからに喉がかわいてるときの一杯のお水みたいに、すぅぅっとしみわたってゆきました。 ありがとうございます。
0(全て個人的な感想です。わかったような事を書いているかもしれませんが意見ではありませんので気に入らないところは読み飛ばしてください) たくさんの食べ物を 心に運んでしまう (初段の結び?1つ目の結論でしょうか?) のところまでは、2人の関係性が独特の表現で描かれており、楽しく拝見する事が出来ました。 以降も2人の関係性を示すところになり前段に比べると、早く結論が聞きたいという感じになってしまった(私個人としては) ただ読み返すとそれぞれの項目に1文づつ書き手の思いがめぐらされており 容易に消すことが出来ないことも理解できる。でも長いような気もする。むずかしいですね… ★最後の結びでしっかり想いを届けてくれるところはよかったです。 ★時計の針がまた十分(じゅっぷん)進む。は10分で充分だったという事なのかなと思いました。
0心の葛藤を感じる作品でした。 男女・職場・友人…人間関係の中で 自分と他人との感情的なすれ違いへの葛藤 何度も繰り返され、出口が無さそうだけれど 意外と簡単な事で抜け出せると解る。 でも人間は理屈じゃないんですよねと 作品を読みながら独り言が漏れそうでした。 葛藤って他人の目から見ると長く感じられるけれど 本人とっては湯気が消える程の時間でしかないものなんでしょうね。
0階段を上り下りする時最後の段が奇数でないとどうしても納得できない人。 自販機の飲み物やカップ麺を一切受け付けない人。 手を洗うのに石鹸をまるまる1ヶ使ってしまう人。 ドアの取っ手や電車の吊革に素手で絶対触れられない人、等々……。 過去出会ってきたそういった人たちに自分は十分寛容で優しかっただろうか? そんなことをふと思い出しました。
0こんばんは、いつもコメントありがとうございます。 >>まさに今日、Xに怒涛の書き込みをして、 >>自分の書いた量にゾッとしたので。 熱量、あるいは焦燥感でしょうか。とかくなにかに想いを訴えたいというのは、僕もかなり強い方ですからよく理解できます。 強迫的な行為や、不安、過剰反応、トラウマなどに関しては 脳の扁桃体を絡めた上での反応として、すごく気になっているんですよね。 扁桃体は感情をつかさどるボスではないかと、個人的には感じます。 中にはあまりにぐるぐる思考やトラウマが辛いために、扁桃体を摘出し、恐怖を感じにくくなった方もいるとか。 >>具体的に悪循環を断ち切る行動 これが今回の一番のテーマだったかな、と振り返ると思います。 作中の気を逸らす行為は、一応僕がやってみて効果があったものです。(あくまで個人的に) レモンさんはなにか、気を逸らす知恵はありますか? 詩については、技巧などはまったくないので、 毎回 あたまを粘土みたいに引っ張りながら作ってみています。 ちょっと今回はごちゃついた感覚もあるので、そこは反省点ですね。
1こんばんは。 そうですね、自分でも作りながら、「長いねえこれはちょっと長いかなぁ」と頭をかいていたため、ご指摘の通りです。 はしょれる部分は確実にあるのですが、削ぎきれなかった部分、 更に茂さんをどうしても絡ませたかったので長くなり、そこを含めてまとめあげられなかった点はまだまだ未熟ということにつきます。 十分は、なんでしょうね。彼らにとって長いような短いような、時間の曖昧さの雰囲気を出したかったようにおもいます。じりじり、かな。 コメントありがとうございました。
0こんばんは。 人間関係はとてもデリケート、そんな風に憂いながらも、 人に気付かされることも沢山あるし、人に傷つく(自分が傷つける)ことも両方あるな、と日々感じています。 >>意外と簡単な事で抜け出せる これはとても重要なことで、 心理的に視野狭窄に陥っていると自分では抜け出しづらいのです。ですから他者の視点は色々あると助かるなと、僕個人は信じています。 そうですね、葛藤の種類にもよるとは思うのですが、ぐるぐる思考になると、他人からは「それくらい」と思われることも本人には重大な悩みとなるため、体感の齟齬が生まれてしまうかな、と感じます。 コメントありがとうございました。
1こんばんは、コメントありがとうございます。 紅井さんの思い返して下さった方たちにたいする そういった視点や思い遣りですか、 過去どうだったか、に思いを巡らせてくれることが 次なる微光への秘訣ではないかと僕は考えます。 紅井さんがここで挙げてくださった方たちが 気を逸らすためには何が自分には出来るか?僕もいま一度一緒に考えたくなりました。
0具体的。 ぼんやりすることか、 何かに集中することでしょうか。 それか、少し眠るとか。 昔、編み物をしたことがあるのですが、 あれは、個人的には効果がありそうな気がします。 何かをしながらでも、ぼんやり集中できるし。 私の場合は、少し眠る、です。 あと、空を見て、深呼吸します。
1お返事ありがとうございます。 現段階では僕の知識不足により、この気を逸らすことの効能はケースバイケースである、としか考えが至りませんが、レモンさんの方法がしっくり来る方もいるはずです。 一つの視点が増えました。 編み物ですが、指先を使いながら何かをするとマルチタスクぎみになるので、気を逸らしやすいかとは、僕も思います。 「ちょっと苦手なことをする」も僕には効果がありました。 あとは全部性格によりますが、ナンプレ(無理なく解ける範囲でやや疲れるくらいの難易度)をやりながらタイマーで時間を計る、も効果がありました。タイマーはキッチンタイマーとかの方がスマホに触れないため、集中出来ました。 参加してくださって、ありがとうございます。
1あと、さっき思ったのですが、 マッサージが良いかもしれません。 常々、こころが緊張すれば身体が緊張する。 逆に、身体をほぐしてあげれば、こころもほぐれる、 と思って、セルフマッサージをよくするのですが、 痛い。痛いのですが、ラクになる。 マッサージ、オススメです。
1ごめん、同時に書き込みしてた。笑
0ご協力ありがとうございます。 マッサージも手先を使い、頭も使い、ぽつぽつ独り言なんかを喋ったりもするので、適度に神経を散らせて、良さそうですね。 知恵や経験を持ち寄ることは 大切だと僕は信じています。 そして大変心苦しいお願いではありますが、次回以降なにか知恵を見つけてくださった際にはsage進行していただけますと、非常に助かります。僕の中ではこれは雑談なので、申し訳ないですが、ご協力頂けると有り難いです。僕から意見をお願いしたのに、失礼ですが おゆるしください。thank you.
0了解です。
0しつこくて、申し訳ないです。 (私の中では)いちばん良い方法を、 忘れていました。 ずばり、お散歩です。 天気の良い日などは気分転換になるし、歩くことは健康にも良いし、可愛い草花などをスマホで画像検索したり、とにかくリフレッシュできるし、自分が少し健全になったように思えるのです。
1新たな視点、ありがとうございます。 いろいろな情報があると自分と照らし合わせたり出来るので発見があります。 sage進行であれば、すべての方のすべてのコメントを歓迎しております。全くしつこくはありません。 自分一人ではなかなか、知識も付かず、主観的な意見ばかりになってしまいそうで、恐いところです。他者の視点があると、身が引き締まります。ただ、なるべく他の方々の作品の邪魔はしたくない為、sage進行だけご協力頂けましたら、心温まります。 レモンさんは散歩がお気に入りでしたね、僕は散歩に行くと、葉っぱの種類などがやたら気になってしまうので、スマホアプリで調べます。しかし寝たら名前をわすれます。←(笑) あとは自販機の変な飲み物が好きなので、変わり種が売っていないか、さがします。 インフル流行ってますから外出の際はお気を付けて。
1ありがとう!
1僕の生きて来たなかで 強迫行為のそばにあったものはなんだろう と近頃 ぽつり、ぽつり思い出すのですが 例えば 小学生の頃。 トイレに行きますと なにひとつ汚していないのに、服が汚れているような気がしてならなかったんです。 手を、洗い続ける事はしなかったのですが トイレを出てからも 給食中もずっと「付いてる」と言う自身の服に対する 不潔感に見舞われていました。 (頭の中のことなので 他者は気づきません) この考え方のとらわれは、 「汚染恐怖」と名付けられているそうです。
0淡々とした流れる日常のなかや会話にも詩情が織り交ぜられていると感じました。 誰かのレンズへ涙は繋がっているのか この表現が秀逸です。 そして「水葬」へのコメントありがとうございます。なんか、返信の欄が無くなっていて こちらに入れてしまいました。失礼しました。
0こんばんは。お手を煩わせました、失礼。 なみだとなみだがレンズ越しに繋がっていたら一人ぽっちじゃないな、とか いやでも結局は悲しいのか、とかいろいろ考えて居たような気がします。 そういえば、一月前か二月前かの作品は確かコメント出来なくなるはず…僕も最近きづいたのです。 ともかくこちらまで出向いてくださり、ありがとうございます。 水葬、美しい作品でした。
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