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論理学
1、人の魂は死なない 2、霊は存在する 3、霊は存在する、または、非生物と生物の境界は曖昧である
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論理学 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 874.8
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2025-12-13
コメント日時 2025-12-21
| 項目 | 全期間(2026/01/28現在) | 投稿後10日間 |
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| 技巧 | 0 | 0 |
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| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


論理学というタイトルがとても興味深いですね。
0そもそも魂は存在するのか 霊は存在するのか という疑いをバッサリと切り捨てて 魂と霊の存在を前提に 止揚している アウフヘーベンってやつで 問いを塗り替えている 存在論から 生物/非生物という境界へ 肝心の内容は アンチテーゼがないというか そもそもこの問い自体が 一個のアンチテーゼなのかなと 思いました
0魂や霊は論理学の対象にならない。 なぜなら実体のないただの観念だからだ。 純粋論理学ならば1足す1は2だが、 たとえ一般的な論理としても魂や霊が1とは 限らない。それは希望もそうだし愛もそう。 人間は観念がつくりだした実体のない言葉 に明晰さを奪われている。 とまあ、そんなことを思いました。
0論理学という無機質でシステマティックな題名とは裏腹に「霊」や「魂」というものを扱っており、不思議な感覚になりました。
0「我思う故に我あり」 古来から実体として認識できない精神界の頂点に君臨する神の存在。 哲学者は論考を駆使してこのことを解明させようと書物に著してきた。 実体として認識できない魂や霊としての存在。 しかしながら考えてみれば「神」として言葉にするの存在も同様で、 多くの人々は認識を超えた存在の象徴として捉えている。 なので、 祈りとは、 神としての魂や霊の存在を観念を超えた実体として、 意識下のもとでは精神論として存在するのだ。 故に神も魂も霊の存在も、 論理としての思考には何ら矛盾しない。
0追記 信じる人は救われる。 なので、わたしは救われないのかも知れない。
0タイトルとコンパクトさにひかれました。3がいい味出してますね。
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