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世界はただヨーロッパのために存在するべきだった
最初にヨーロッパがあった それは存在するがゆえに美しかった インドが輝かしい帝国の宝石として王冠にはめこまれ バタヴィアが芳醇な香辛料が運び込まれ アルジェに三色旗が翻ったとき 世界はヨーロッパであったがゆえ 愛おしいほどの最高光度の透明を誇っていた そんなヨーロッパに 狂ったふりをして恋をしたんだ ベル・エポックの燈明は カフェの机上を淡く包む 展覧会、あるいはダンスホール ありとあらゆる栄華と教養の詰め込み そして船上でのささやかな休息 そんな印象派たちが生きた時代は やがて優しさのデカダンへと ゆっくりとまっさかさまに 星と化したヨーロッパは ひっそりとうたた寝の中 その先に待ち受ける 夜の果ての嵐さえ知らず そんな微睡みの古き良き日に僕はそっと涙を流した 八月の澄んだ砲声が ヨーロッパを午睡から醒ます それから人々は運命を知って、それに生きて死ぬことを選ぶ 銃声、叫び声、マスタード そしてまた銃声、叫び声、マスタード それでもそれは崇高な天命であり 精神と精神の戦いのために課された責務だった それは紛れもなく最終章だった 全ヨーロッパ人がそのために血を流した 塹壕戦のなんと素晴らしかったことだろう それは夜の果ての星として輝く天命と愛の たったそれだけのために行われたのだから 彼らもまた狂ったふりをして恋をしていたんだ だから僕は塹壕を愛していた 最終章のあとの二十年の講和の後 ささやかながらのエピローグ “現存在”に至るためにライヒは戦って その灰と共にヨーロッパは幕を閉じた 祈りに満ちた慈愛のポグロム響くルーシ あるいは水晶が電燈で煌きながら散った夜 世界は確かに美しかったのに そんなヨーロッパを愛してることが どうして罪になってしまったのだろう 大清帝国の美しさと同様に明白な事実なのに 愛すること、泣くこと、笑うこと その全てをヨーロッパに教えてもらったことを アジアは、アフリカは、世界は 忘れてしまったのか ヨーロッパへの愛がない世界は ただただ寂寞の果てに僕を追いやる ヨーロッパの不在は 神の不在
世界はただヨーロッパのために存在するべきだった ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 661.1
お気に入り数: 0
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2025-10-04
コメント日時 2025-11-07
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
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| 技巧 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


西洋史など学んでみるのはどうでしょうか。 あとはニーチェなどもオススメです。 神の不在を問うには、まず神とは何か知ることから。
0ちょっと価値観が単調に思えるな。もっと自由で豊かな遊び方を探した方が、詩としても面白くなると思うよ。
0コメントありがとうございます! ……世界史専攻(西洋史)の知識&欧州志向の立場で書いたのが今回の作品なんですよね。
0コメントありがとうございます! そう……? これでも今回は結構単調じゃない方というか……。 欧州賛美は結構鋭利な方だとおもうけどね。
1……ちょい言い忘れたことが一つ。 僕にとってはヨーロッパこそが神様みたいなものなんだ(唐突な発言) 実際、僕を今まで形作った文学の多くは欧州産(ドイツ帝国&ヴァイマル共和制が多めだけど)だし。
0ヨーロッパへの愛、神の天命一本やりで、単純に思えたんだ。その他の思想の入る余地がないというか。過去は戻ってこないし、過去より未来を見つめないと、とんでもないことになる。核戦争とか。
0『哀愁のヨーロッパ』という確かカルロスサンターナさんの楽曲を思い浮かべました。 ヨーロッパの歴史は殺戮虐殺の歴史でもある。インディアンを虐殺してヨーロッパから独立した米国は未だに同じことを繰り返していますね。なのに不謹慎とか、検閲検閲で上辺ばかりお上品なこと言って腹黒いなあって。 私はモーツァルト好きだし、ヨーロッパの文化大好きなんで非常に大きな矛盾を孕んでますけれど。 矛盾だったり複雑さを受け入れることに潔さを感じれないのかな? となんとなくその反発として書いたようにも感じました。なにかの反動でなければここまで言い切らないよなあと。
0コメントありがとうございます! ……なんか意外というか。万太郎さんがヨーロッパ好きというのが 僕の中のイメージの万太郎さん「ヨーロッパ? 嫌いです。だって綺麗さばかりを繕ってるし。あんなものは本物じゃない。偽善的にもほどがある。汚さを見るべき」(※かなりの偏見) ……それはさておき、確かにこの作品は反発・反動として書かれた面が大きい。とはいえ、それは矛盾とか複雑さとかを受け入れない人への反発もあるのだけれど、一番大きいのはヨーロッパの精神性を受け入れようとしない人々への反発である。 確かにアメリカでのネイティブアメリカンへのあれこれは不味いことではあったけれど、それでも確かにそこには『明白な運命』という一種の天命的使命があり、そして第一次世界大戦さえも精神と精神の戦争であった側面は見落とすべきではないだろう。 こういった精神性をヨーロッパを憎むような人たちは受け入れないだろうし、さらにこういう人たちは戦争どうこう関係なく、ウィーンやパリの栄華、ベルリンとローマの近代的人文を絶対に受け入れようとしない(これが行き過ぎるとヘッセですら”教養”から除外しようとするのだ) あと余談だけど、反村上春樹も一種の反ヨーロッパな気もしなくはない。彼の書く主人公はパスタをゆっくり茹でて、サンドイッチやビールと共につまみながら、自分の周囲で起こる出来事をどこか俯瞰的に眺めているようなもので、これはどことなくヨーロッパの合理・理性・貴族主義的な姿勢でもあるから(アメリカ混じりでもあるけど)
1テイムラーさんが、 美しい肉体への愛→すべての肉体の美への愛→魂の美への愛→知恵の美への愛と辿って行かれ、最終的に、「美そのもの(イデア)」への愛(本来的なプラトニック・ラブ)へ至ることが出来ますように。
0人は自分の生れた時代を拒否出来ない。 僕自身西洋顔だし、少年時代は和食ばかりだと良く舌が飽きてしまったし、ハンバーグやステーキが今も大好き。村上春樹の翻訳した『ティファニーで朝食を』などを好んで読んでいたし、彼の好きなビーチボーイズにはオタクと言われたほどハマっていたし。 僕自身の中に、客観性を欠いている人とは違うというプライドもあるのかも知れないけれど、自分のことをよく言われる似非保守なのかと思うことも正直あるよ。 平和が良くて博愛主義で、世界平和を願っていた時期も長くて、保守に目覚め開眼したのは、コロナ騒動あたりからだね。世の中がおかしくなったと思ったし、迎合出来る人達全員が信じられない中で、保守を表する人達が主に、パソコンで引きこもって生の会話もしないような世の中に物申してたからね。 反米的な思想は子供時代からあったのだけれど、どちらかというと『はだしのゲン』や『少年H』で描かれていたような、反戦思想が強かった。よく考えたら矛盾していると気がついたのは、米国に押し付けられた戦争放棄憲法9条を呑んだ日本を無意識で支持している癖に、片面では反米を唱えているという二律違反をしていると気づいた時だった。 子供の時家に英国人が遊びに来たのだけど、不思議と気があって、その後も何度か欧米圏の人に会うのだけれど、向こうの人はものをはっきりいうでしょう。そういうところが物申さぬ主義の日本人より、自分には気が合う気がするのですよね。 僕の中には英国人的な反骨精神があるので、日本人より西洋人の方が気が合うというのがどこかにあるんだよね。その反骨心の強さを日本では左翼より保守に見つけたので、気が合った気がする。そういう反骨心がないまま、生活弱者を叩いている自称保守ユーザーもいるけど、僕はあれには保守は全然感じません。本当の保守は、小林よしのりとか亡くなった西部邁とか一部の人だけで、後は保守をどこかで間違えて考えている人達という認識もどこかにあるし。 まっ、保守思想は思ったより深くて、自分には遠く及ばないものと今は考えています。
0僕も分類上は保守になるのだろうけれど、万太郎さんとは何かが違う気がする(僕は逆に小林よしのりや西部邁が苦手である。) 確かに僕は今回の作品においては熱烈な欧州支持的なものを書いたのだけれど、実のところこの欧州というのはかなりドイツ成分が濃い。これまで散々ヘッセとかマンとかを推しているからわかるはず。 そして、自然と保守……というかナショナリズムに関しても1848年革命やオットー・シュトラッサーの提示したようなドイツ的ナショナリズムに近くなっている。ここにジョージ・オーウェルの提唱した郷愛主義(パトリオキシズム)、赤尾敏や浅沼稲次郎の目指したような君主制と社会主義の融合した革新右翼思想、三島由紀夫の唱えた文化国家論、そして宮崎駿(と久石譲)が『風のとおり道(楽曲)』や『もののけ姫(作品)』の方で示した日本的なものも加わるのが僕の思想になるというか……。 つまるところ、僕が一種ドイツ的な感じの”ナショナリスト”というのが大きいのかもしれない。万太郎さんの保守と何かが違うという感覚を抱くのは(その自称保守ユーザーに関しては僕も嫌悪感を感じることだけは一致する、それが誰なのかは知らないけれど)。 ※「テイムラー(ケルビィン)、お前ナショナリスト(パトリオット)だったっけ?」と思ったそこの読者諸君。『荘川』や『感情のための故郷』を見れば郷愛主義的なものも書いていることがよくわかるよ。CWSにも『三河のために春は存在した』、『世界の忘却の、故郷』、『僕の手』、『菫』、『渥美』、『田鏡』、『語るべき』(これはどちらかというと神社の情景が一部あるくらいだけど)があるし。 以下、CWS作品のリンク(上記に書いた順) https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=639&user_id=19&mode=post https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=646&user_id=19&mode=post https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=662&user_id=19&mode=post https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=791&user_id=19&mode=post https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=966&user_id=19&mode=post https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=1181&user_id=19&mode=post https://creative-writing-space.com/view/ProductLists/product.php?id=1353&user_id=19&mode=post ※ぶっちゃけ僕が西部邁を苦手に思うのは、彼との意見の大きすぎる差異であったり、僕が好きな国を彼が嫌いであったり(ウィキを見ればわかるが、彼は韓国を嫌っていた)……ぶっちゃけ、同じ保守でも福田恒存の方を僕は好む(読みやすい、創作者・文学好きとして好ましい)。
1>愛すること、泣くこと、笑うこと >その全てをヨーロッパに教えてもらったことを >アジアは、アフリカは、世界は >忘れてしまったのか なるほど。 では、縄文土偶マニアから返詩を。 中世、近代から現代に至る現代美術に全く引けを取らない、縄文土器土偶の名品を一度拝見するのをお勧めいたします。 紀元0年よりはるか前 古代ギリシア人さえ知らない そんな土の中から 笑顔が出土した それに続き 驚愕の顔 泣いている顔 祈り 出産 子守り あやし 睨み 怒り 歓喜した かと思えば無表情に 日本の各地で 様々な感情が 作られ 祀られ 祈り 忘れ去られていった 現代文明の起源と言える ヨーロッパ文明 ベル・エポックに負けもせず 釈迦堂遺跡から 三内丸山遺跡から あちこちから 無限と言えるほどに 再びこの世に現れた それは存在するがゆえに美しかった 縄文時代はヨーロッパなんかじゃない でも 愛おしいほどの最高光度の透明を誇っている 少なくともこの日本中にある土偶たちは それを証明している 土偶たちに ヨーロッパへの愛はない 我らへの愛はない でも このこれを作り出した縄文人たちの祈りは 本物だ そして 我らが受け取る衝撃もまた 忘れ去られていた存在たちが この世界に再び灼熱を与える 神はいなくてもよい 土偶たちを作り出したこの地が 神だ
0大いなる愛を感じました。欧州が起き上がり綺羅びやかな人格を持ちました。塹壕戦のくだりが個人的には胸にきました
01990年代にフランシスフクヤマのヨーロッパの歴史の終わりみたいな本が流行して居ましたが、この詩でのヨーロッパは軸ですね。ヨーロッパの不在は神の不在とまで言っています。キリスト教の神概念は確かに普及度が高いですが、それゆえに否定されやすい神でもありますね、ニーチェの神は死んだと言う宣言みたいな。何か民衆を導くモーゼみたいな雰囲気もこの詩からは感じました。
0コメント&返詩ありがとうございます! ……やっぱり、そこはアウトだったかあ。 いや、誰かそこに反応するだろうと書いた僕も僕だけど。 ※なおヨーロッパによって「自我」というものが発見されたとテイムラー隆一は半ば本気で思っている節があります。
0コメントありがとうございます! わかってくれるか(塹壕戦のくだりは確かにすごく頭をひねりながら書いた……あのヨーロッパの天命をどう書くべきかはすごく悩んだ)
0コメントありがとうございます! 事実、ヨーロッパがあってこその世界であったのだし……(欧州文学好き)。 なんかこのサイトの幾人かは僕のそういうのは嫌いそうだけれど、ウィーンが美しい神の都であるという事実を誰が否定できようか。あるいはドイツやロシアが一種の天命に突き動かされているという事実を。 ※テイムラー隆一は半ば本気の欧州崇拝の気質があります
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