別枠表示
フィラデルフィアの夜に 57
フィラデルフィアの夜に、針金が解けます。 水に、酒に、顔が映り込みます。 暗く沈んだ顔が、真っ黒な影の向こうにうっすら浮かび、飲み込めない今を映しています。 度数の高い酒を飲んで忘れようにも、体が受け付けず堪らず水を入れて割ったものの、より忘れられない現実が頭をよぎり続けています。 グラスを揺らし、顔は波紋で消えますが、また元通りに。 揺らしても揺らしても、元通りに。 何も変わらないことを教えてくれるのです。 せめてこのグラスの中の液体は一気に飲み込もう。 そう思った時。 何かある。 暗い顔が映る水面の向こう。 何かがある。 塊。 氷の様にも見える。 指で顔を、水面を、酒と水をかき分け、拾い上げた。 白い、隙間だらけの、何か。 網状に編まれた針金の球体。 いつの間に。 なんでこんなものが。 そう考えつつ、針金に爪先を食い込ませていく。 引っ張り、押し込み、引っ張り上げ、パズルみたいに編みこまれた球体を解いていく。 引っ張る。長く長く、針金を引っ張り出す。 押し込んでみる。底なし沼の如く針金は、球体の中へ吸い込まれていく 解いていく。指で摘まめるほどの大きさだった球体が、無限を連想させるほどに、針金が飛び出してきた 針金を解くたびに。 それでも針金の塊を解くと。冷たい感触。 手が濡れ続ける。迸り続け、湧き出していく。 針金の塊から、水が噴出する。 手が、体が、部屋中が水に満たされていく。 それでも針金を解くのを止めない。 指先が、心が、針金を解き続ける。 針金は水と同じく部屋中に散らばり、満たしていく。 あの小さな塊から飛び出してきたと、この世の誰もが信じないほどに、水と針金が。 ついに塊は、解き終わる。 最早立っていても呼吸が難しい位に水が部屋に満ち満ち、針金もまた身動きできない量を部屋中に長く伸びている。 一体何が。 不意に冷静になるも、針金が一か所に集まりだす。 針金が人の形を作り出してくる。 自分とそっくりの姿に、変わっていく。 水がその針金の元へ、集まりだす。 自分そっくりな針金人形に水が吸い上げられて、部屋は乾く。 体が動く。 人形が動くと同時に。 真向いの人形に、自分の体が同調している。 声も出せず、表情すら変えられず。 体が動く。 見たこともやったこともない姿勢に。 右足を大きく、天に届くほど大きく振り上げる。 そして。 地面へ踏み込んだ。 部屋が、世界が揺れた。 大津波が巻き起こる。 人形の中の水と、自らが踏みしめた衝撃で部屋に残っていた水が、世界を壊し、打ち鳴らす。 左足を大きく、天に届くほど大きく振り上げる。 また。 地面へ踏み込んだ。 水と衝撃が、全てを揺るがし震わせ、世界に知らしめる。 人形と自らは、向かい合い頭を向け合う。 お互い同時に動き、ぶつかり合う。 頭蓋骨と人形は、交通事故以上のの轟音を鳴らす。 狭い部屋の中で、灼熱しだした体が言うがまま。 顔を張り、顎をカチ上げ、腕を取る。 顔から血が、人形から水が噴火の如く噴き出しながら。 崩した姿勢を急いで戻し、人形を再び押し出しにかかる。 悲鳴を上げだした足腰の叫びを無視し、壁へ人形をぶつけた。 体中、あらゆる場所が少しの隙間もなく悲鳴を上げています。 部屋は水に濡れ、何もかもが壊れました。 傷口は大きく開き、血が流れ続いています。 人形をぶつけた壁は大きな穴が開き、そこから隣人が警察への電話を片手に騒ぎ続けます。 ドアは、八つ当たりにしか思えないくらい、打楽器以上に叩かれ続ていて。 もう、ここから追い出されることでしょう。 でも、自らの中に不思議な熱があるのを感じます。 心と体の中に、灼熱が。
フィラデルフィアの夜に 57 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 453.2
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2025-07-06
コメント日時 2025-07-07
| 項目 | 全期間(2025/12/06現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


針金をいじりまわしながら紙粘土でなんかわけのわからない人形を作らされたのは小学校上級生の頃かな?中学生でもあったような、忘れましたね。思いだせば、あ!フィギュア好きな僕としては挑めばよかったな、と思いますね。針金をこねくりまわして形作る。粘土細工はおもしろい、はずです。笑 でも、これほどめちゃくちゃな妄想で暴れまわるのを意識させられたら思い浮かべるのは映画『バーフライ』の主役ミッキーロークですね。脚本は作家で詩人としても有名なあのブコウスキーですよ。アルコール依存で、毎日場末の喧嘩に明け暮れる日々は彼の自伝的なドラマとしても語り継がれています。が、 この作品の舞台はフィラデルフィア。 フィラデルフィアといえば独立宣言。先日7月4日に独立記念日を迎えた米国のシンボル。リバティベル『自由の鐘』ですよね。 それがいまではどうでしょう。 連日のように報道されるなかでも最悪なのがケンジントン地区。ゾンビタウンと言われるくらい。薬物依存で動きを止めた人形がうろうろしてますよ。ずっっと何時間も。考えられますか?まさに針金に括られた人間状態。怖いものですね。 怖い。フエンタニル。薬物依存。 そのへんが妄想状態の動きとして表現されて読めてきますが、 これはべつに作者様が薬物依存であるかのか、ないのか、 そんなことはどっちるかよ!と、 ミッキーローク(ブコウスキー)は今日も暴れまわるのを止めません。 失礼しました。
0フィラデルフィアシリーズの原型を書いたのが2013年位だったと思います。 当初は遺作という題で、その時から「フィラデルフィアの夜に針金が……」という始まりをしていますね。 更に言ってしまうとフィラデルフィア・ワイヤーマンと仮に言われている人物の作品群が連作を作るきっかけとなっています。 なのでフェンタニルとか全く関係ないのです。 今のフィラデルフィアの現状と結びつけるのも悪くありませんが。 映画『バークライ』も全く知りませんでした。 色々連想がつながるものですね。
0