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こころ
見渡す眼下の灯りを見れば あの灯りひとつに一つの命ということはなく あの灯りひとつに幾つかの命が寄せ合っているのだと考えると 温かくも寂しくもなってくる 「ご両親の幸福の条件の中から、早く太郎を除いてください」 昔どこかで知ることとなった遺書の鮮烈な一節 私などが触れてはならない、絞り出された真っ直ぐな言の葉 どうしようもない悲しみと同時に 誰かの幸福の条件に、皆組み込まれていることを想った 心は、苦しい 切ない そうやって時に命を引きずる 開いては閉じる 狭まり、拡大する 点灯し、点滅し、明滅し、消灯する 私はひとり、手元のマッチを擦る 儚い火薬の反応が消える前に煙草の先を灯し その小さな燃焼を育てるように深く息を吸い、吐く この小さな小さな灯りを、向こうで見つけている人のことを想う
こころ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 557.1
お気に入り数: 1
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2026-02-06
コメント日時 2026-02-11
| 項目 | 全期間(2026/06/30現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
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| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


「ご両親の幸福の条件の中から、早く太郎を除いてください」 「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました。 餅も美味しゅうございました。 乾柿、りんごも美味しゅうございました。 敏雄兄、姉上様、お鮨美味しゅうございました。 喜久代兄、姉上様、葡萄液、わらび粉美味しゅうございました。 巌兄、姉上様、しそ巻き、柿の葉ずし、美味しゅうございました。 栄兄、姉上様、お土産美味しゅうございました。 幸江姉上様、お鮨美味しゅうございました。 メグミちゃん、ヒデコちゃん、アキコちゃん、カオルちゃん、 ヨシオくん、ヒデキくん、ミツオくん、タロウくん、キヨコちゃん、 イクコちゃん、お菓子美味しゅうございました。 父上様、母上様、幸吉は、もう疲れ切ってしまって走れません。 何卒お許し下さい。 気が休まる事なく、御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。 幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。」 あとのは1964年東京オリンピックのマラソン銅メダリスト、円谷幸吉選手が 遺した遺書の全文ですが、わたしはこういう詩を前にして涙をこぼしそうに なるのですが、こういう自分の情緒に対して懐疑的でありたいと思い、 現フォに「凄いぞ! TOP10]というシリーズの批評を書いています。
1私は、この作品は詩ではないと思いますが、 読み手に安心を提供しているという芸の水準で巧いと思います。 >この小さな小さな灯りを、向こうで見つけている人のことを想う ここまでくると、もはや広告代理店的というのか、プロ味がありますね。 円谷幸吉の遺言の引用も、内面性のキャッチコピーの巧さの なかで審美化されて、脱臭された「きれいな」イメージに変換されて、 今風に言えばケアの物語にうまく接続している趣。 高度な手わざの持ち主とみます。
1お読み下さり、コメントまで頂き誠にありがとうございます。 はじめ、takoyo2様の「こういう自分の情緒に対して懐疑的でありたいと思い、」と仰ったことがすんなり理解できず、示して頂いた批評を読ませて頂きました。(別作品のコメントのリンクから飛んで)とても、興味深く読ませて頂きました。 『詩人が軍国主義に賛同しているわけではないのに、 軍国化と同じ方向の情緒に共鳴してしまうことが起こりうるのでしょう。』 →まず上記の内容を投げかけてくださったのかと理解しております。引用しました太郎さんの一節は、私は畏敬の念を持って扱っているつもりでした。どんな事情にせよ、自分以外のもののために命をなげうった先人への畏敬の念です。ただし自分がどんなつもりであるかに関わらず、『自己犠牲の美化』『服従への美談化』等につながる共鳴を呼ぶ危険性(いつの間にか刷り込まれた情緒、と言えますでしょうか)を孕むものであることを、しっかりと教えて頂きました。浅はかに扱ってしまったことも認識いたしました。 また、 『きれいなきれいなお遊戯』『ポーズとしての詩』『分かりやすい切なさ』『”いい話”に収束していくネット投稿詩』『心のテンプレート』『「イイネ」全体主義』『詩を放棄した皆様の詩』 →これらは私も認識し(takoyo2様が言語化されているように明確にではなく恐らくぼんやりと)、そして嫌っているはずのものでしたが、結局は自分もそこから抜け出してなどいないのだと、思い知らされます。 コメントを頂けることそれ自体にまず喜びですが、ばっさりと言い当てていただけるのは痛くも苦くもあり、しかしだからこそ、恥を忍んで思い切って投稿(毎回、ええい、ままよ!で投稿)してよかった、と感じています。 「私私」のエゴ丸出し一方的で申し訳ありません。 読み飛ばすどころか読まないことも出来るところ、コメントを打つお手間も掛けて下さり、ありがとうございました。
1お読み頂き、コメントまで下さり、誠にありがとうございます。 詩ではない、ということにダメージを受けつつ……なので、普段であれば褒めてもらったのでは?!とドキドキなお言葉を頂いている気がしていますが、姿勢を正して受け止めさせて頂きます。 『もはや広告代理店的というのか、』『今風に言えばケアの物語』と仰って頂いたことが、自分自身でもどこかしっくり来てしまい、そんなはずで編んだわけではないのですが、思い返してみると 拙作を編もうとした出発点が、自身の悲惨な現状を溺れながら只々吐き出されているような投稿を複数目にして、そこにバランスを取るように、何か読み終えた後に温かくなるものを作りたい。ということでした。救いなどは断じて意図しておりませんが、”耳触りが良くきれいであたたかい”でしかないもの、になってしまったかも知れません。 追伸 『円谷幸吉の遺言』はtakoyo2様がコメント欄に転載してくださったもので、今回拙作で扱わせて頂いたのは、一人の、遺書の他には情報が分からない、太郎さんという戦死者の方の遺書の一節でございました。念の為に触れさせて頂きました。
0こんばんは。 あの灯の中によせあっていくとき命かこころか どちらが瞬発的に 強くひかれて 誘われていくのか それに境界はないのかもしれませんが 自分が蛾のようにじぃと注意深く光を探している気になりました。 つつましく 丁重に 人やその先のこころまでを想う文章とは このようなことなのだと 感じます。
1人はだれしもこころが有るという共通項のうえで 点けた灯りに離れた場から気づいている人が居る 個人と場、個と場を繋ぐことばは個と場はともに 貴重なのだと伝わるのはわたしがまだ新米だから なのかもしれませんけど公と私の間者が柱の裏で 待ち伏せしているようにも言語化されていない部分 から、今後の発展で有るのかもしれないなと感じた。 あゝ、以前、たぶんとても若い男の子の参加者から コメントに対して「勝手に深読みするな」とキモい 返信を貰ったことが繰り返しあり、でも懲りずに感想 みたいなものを遺書まで有るのでカキコしますが、只、 こころの定義すらも疑わずなにも固定概念も壊せずに ことばを楽しんでいるわけではない作者かなと思うわ 生きるため社会と癒着してしまった私は書けないかな
1こんばんは。 お読み下さりコメントまで頂き、誠にありがとうございます。 『自分が蛾のようにじぃと注意深く光を探している気になりました。』 なんとも言えない雰囲気のあるご感想、素敵です。拙作には含ませられていない、命か心かがなぜか引き寄せ合う性質?要素?を示して頂いたようで、新たな気付きを頂きました。 それから『つつましく』は意識していた要素でしたので、汲み取って頂けてうれしいです。 俯瞰してみると、人は皆つつましい存在だと思っています。
0読んでくださったこと、コメント下さったこと、誠にありがとうございます。 『公と私の間者が柱の裏で 待ち伏せしているようにも言語化されていない部分 から、今後の発展で有るのかもしれないなと感じた。』 何か胸にひっかかるところが有るのですが、理解まで及ばない、考えさせられるコメントでした。すみません、本当に読解が出来ない人間で、自分のスカスカさに打ちのめされます。 深読みというのが、私にはまごころに近いものにも感じています。 投稿されたものに向き合う労力、というのか…心の働き、脳の働き、時間、機会をそれだけ、相手方向へ割いている・与えているのではと。 私が損得勘定ケチ人間なだけかも知れないですが汗 学び多きコメントを頂き感謝しております。
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