別枠表示
自画像
自画像 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 791.8
お気に入り数: 1
投票数 : 2
ポイント数 : 0
作成日時 2025-08-10
コメント日時 2025-08-15
| 項目 | 全期間(2025/12/06現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


こんばんは、 >>しらない速度で >>まわっていた魚をつかまえてからはじまる。 ラストが気になる文です。 未知の速度でまわる魚をつかまえてから、はじまる。示唆的だと感じました。
0歌舞伎見たいかな、と思いました。筋を作り込んである作品ですね。
0ざっと読んでみた感想として、自画像としての年輪なもの。そうだな、木が一本あって、そのまわりには、ひとが見えるような、ものとしての一行、を配列している感じ。なので、その木の幹にある、木目字をなぞるような感覚になる。だから行ごとの理解でとどまる性質があって、それが出来事だったりおもいだったりを疾走らせるような感じで書かれているので、詩としての性質として、うまみ、を感じさせるものではあります。わざと芯がない、そういうものなのかなと思いましたが。自画像としての側面の切り出し、として、文字として置かれているのだろうけど。ンーどう読み解こうかというところまで、惹かれない。己に重ねることはできなかったです。
0詩の表現というものは鏡に写る自分のこころの描写でもあり、 他人が入り込む余地のないものでもある。 なので、感覚やあたまを奪われる作品には、わからない為りに立ち止まって読み解こうとしてみたりする。 『自画像』と置かれている。 自画像には見た目をそのまま写し取る写真のような精密な写実の技法もあれば、 色や線で構図を切り分けて、そのときの内省や感情だけに焦点あてた破壊的なスタイルもある。 読んだところ、~おさない死語~太鼓をならす男の子~とあり、終わりには~まわっていた魚をつかまえてからはじまる。一体何がはじまるのだろうか。このことは、~川をさかなでながら~にかかってくる。おさない男の子の一日が時間を遡って作者の脳裏に甦ることを示唆されている。 夏休みの絵日記のように。 AOIさんがわざと芯を外している。というのも頷けて、これは回想にみられる思い出の出来事や、普段から無意識に浮かんでしまう昔のイメージがひとつのながれとして重なりあい、自画像として映し出されるのではないだろうか。 詩はわからないものである。 しかし、それ故に書かれた言葉の語感は感覚にも伝わってくるものがある。 という感想で、印象には残りました。
0