つまさきまで - B-REVIEW
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つまさきまで    

真夜中の雪のポタージュで しんと芯まで つまさきまで きれいごと きれいごと 潔癖症なので 月の光しか 浴びたくない 白いものしか 食べたくない 仕方ないこと積もらすことが 大人になることだとしたら 私 猫の手のひらで 締めころされたっていいよ、世界 甘くないってほんとなの 子供の肌は血は骨は 甘いというのか そうなのか 洗濯機の中で絡み合う私たち こそ真実だって思ってた 憐憫と大欠伸、小鳥の悲鳴 点滅する蛍光灯 荒れた指先で冷たい スプーンを弄ぶ 正しさだけを飲み込んで はやく透明になりたい


つまさきまで ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 6
P V 数 : 1064.2
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 0

作成日時 2018-11-17
コメント日時 2018-11-20
項目全期間(2024/04/20現在)投稿後10日間
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閲覧指数:1064.2
2024/04/20 21時45分32秒現在
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    作品に書かれた推薦文

つまさきまで コメントセクション

コメント数(6)
ふじりゅう
(2018-11-17)

拝見しました。いい詩だと思います。 読み解いていきます。 「真夜中の雪のポタージュで しんと芯まで つまさきまで きれいごと きれいごと」 とにかく雪が積もっていることがわかります。雪の「寒さ」を「きれいごと」と置き換え、「しんと」「芯まで」「つまさきまで」と表現していると考えられます。 「潔癖症なので 月の光しか 浴びたくない 白いものしか 食べたくない 仕方ないこと積もらすことが 大人になることだとしたら」 潔癖症なので、とは、この寒さが人のきれいごとや裏のある感情であるということ、それに辟易した主人公像が見えます。またその、主人公にとって「汚い」感情を身につけることが大人になることだとしたら、と読み取れます。 「私 猫の手のひらで 締めころされたっていいよ、世界 甘くないってほんとなの 子供の肌は血は骨は 甘いというのか そうなのか」 この語りは、主人公が、世界に向けて放った一言でしょう。猫好き、なのか、はたまた逆の意味なのかはここでは分かりません。子供のパートは、これだけでは難解です。 「洗濯機の中で絡み合う私たち こそ真実だって思ってた 憐憫と大欠伸、小鳥の悲鳴 点滅する蛍光灯」 ベッドシーンでしょうか、洗濯そのものを指しているのでしょうか、どちらかを真実だと思っていた(が、違うことが分かった)とあります。次のパートにより、ベッドシーン説が濃厚だと思いましたが確信ではありません。 「荒れた指先で冷たい スプーンを弄ぶ 正しさだけを飲み込んで はやく透明になりたい」 スプーンで自己形成の元を掬って飲んでいるのでしょう。 興味深いのは、正しさを飲み込めば透明になる、という点。はっきり言いますと、正しさだけでは現実世界を生き抜くことは難しい(正しさの定義をどこに置くかにもよりますが)と自論があります。まぁ私の自論自体はそれほど意味はありませんが、ひょっとしたら主人公も同じ考えなのかもしれない、という点です。 が、私と全く違う点は、それでも自分の信じる正しさだけを飲み込み、早く透明に、なりたいと述べているところ。 透明、が、自己を消してしまいたいという事なのか、まっさらな自分になりたいのか、が明白ではありませんが、前者と捉えるとそこに主人公のこの世への果てしない絶望が見えます。それでも仕方ないから〈汚い〉ものも取り入れなければ、と考えるものです。どれだけ嫌でも。自分が消えてでも自己の正しさを突き詰めたい、それは自分への自信などでは決してなく、とてつもない絶望によってそうなったと考える方が自然です。 長さとしては中くらいながらも、素晴らしい内容に思わず長文となってしまいました。

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三浦果実
(2018-11-18)

世界と御自身を相対化させるとき、憐憫と大欠伸と表する感情を持っている。確かに私たちにはそれがあって、一方の世界に耳を傾けると小鳥の悲鳴がある。きれいごとの表層をもって私たちは生きようとする。しかしそれは実存ではない。世界にある実存は私たちが感じるような、言葉にするように創られてはいない。子供の肌も血も骨も甘くはないように。私たちと世界は混沌としている。それはまるで洗濯機のなかで絡み合うような。世界と私たちの絡みは私の身体のつまさきまでの全てにあるということ。 そんなことを読んで思いました。世界を思う時に残念な気持ちになる。

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豆塚エリ
(2018-11-19)

ふじりゅうさん ありがとうございます。 子供のパートは「大人の世界は甘くない」という言葉に対して、です。わかりにくいかな?と思いつつ、書いたのですが、やはりわかりにくいですね。 雪=白=正しさ てっぺんからつま先まで正しくありたい、という詩でした。そんなこと、あり得ないんですが、子供の頃そう思っていたことを、最近、高校生の女の子を見て思い出しました。 正しさって冷たくて不毛で、ラストでそこを匂わせたかったです。

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藤 一紀
(2018-11-19)

こんにちは。《洗濯機の中で絡み合う私たち》というところ、面白いなと思いました。 ときに、今ではあまり使われなくなったようですが、二槽式洗濯機というのがありまして、洗濯槽と脱水槽が別々になっているんです。全自動は一度に全行程をやってしまうのですが、二槽式の場合は洗濯やすすぎと、脱水を分けないといけない。その点やや面倒といえば面倒なのですが、洗濯槽に蓋をしなくてもよい(というかそもそも蓋がない)ので、汚れの落ち具合や洗剤の落ち具合を見て、洗濯を止めることができるんです。あー、水がきれいになったからもうすすぎもできたなー、脱水しよ。みたいな感じ。だから、洗濯中もその様子を見れるということです。全自動だと蓋にロックがかかるから終わるまでは一度停止をかけないと中が見れない。そういうふうにしない限り、中を見るのは脱水までの行程が終わってしまってからになりますね。ここをどう考えるか、です。二槽式であれば、洗濯中は泡の溶けた汚水のせいで中は見えにくいものの、さほど絡み合うまではない。洗濯槽が脱水槽に比べて大きいからかな。しかし、脱水後はひどい絡まりようをしています。もつれあってほどくのが大変なくらい(量にもよりますが)。全自動は同じひとつの槽でやるから、それも量によるとは思いますが、二槽式の脱水後ほどはひどくないんじゃないか。で、二槽式の洗濯槽の場合で考えると、ある一定の広さのなかで、汚れ(汚水)にまみれて交わりながら揉み合っている状態と読むことができます。まあ、「絡み合う」のだから恐らく脱水後のことと推測するのですが、そうすると、全自動の場合ではある一定の広さのなかで互いに交わり絡み合う、二槽式の場合だと極端に限られた狭いところで救いようのないくらい、もつれ合い絡み合う、いわばぐちゃぐちゃ状態という感じになる。だから、《洗濯機の中で絡み合う私たち》も表現として面白いのだけど、「私」が思っていた《真実》の解釈に差が生じてくるように思います。マニアックで細かなところではあるけれど、「こそ」と強調され「思ってた」と告白がなされている唯一の箇所、そんで作品のなかの結節点でもある大事なところと思ったので、しちくじいことを書かせていただきました。

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豆塚エリ
(2018-11-20)

みうらさん 世界を広げてくださってありがとうございます。世の中、白黒はっきりしてくれたらいいのにな。でもそうでないから自分が居ることを考えると大変わがままな感情だと思います。せめてずるい大人の二枚舌にだけは騙されないよう生きたい。

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豆塚エリ
(2018-11-20)

藤 一紀さん ありがとうございます。平成生まれなので(?)二槽式洗濯機、思いつきもしませんでした。二槽式は現物を見たことさえありません。「洗濯機」といえば、縦型全自動か、ドラム型のイメージで。脱水まで終わって中で縺れ絡み合った様子を想像して書きました。二槽式に比べて広くて…というところまでは考えませんでした。でもそこまで描写しないとわかりにくいかな?うーん。ちょっと疑問です。 二槽式調べてみましたが、今でも使われている方がいるのですね。未だ魅力ある製品であることに驚きましたし、ちょっと興味がわきました。

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