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息吹
2025年、落とし穴にハマってしまったように 私は部屋に引きこもってスマホから物語へと現実逃避をしていた 写真はそれより少し前から、シャッターを切る回数が徐々に減っていってほとんど撮れなくなった 私は、たぶん、そのとき生きていなかった でも家族や友達、周りの人達のおかげで沖縄に帰って生活できることになった 10月、一度沖縄に帰省したときお世話になった写真の先生に電話をしたら「生きてて良かった」と言われたのを覚えている どうしようもないほどに申し訳なくて、謝罪に謝罪を重ねた そして仕事もなかった私を、経営しているギャラリーで拾ってくださった 最初の仕事は展示の設営を手伝わせていただき、そこから受付なども任せていただけることになった 久々に写真にふれた 尊敬している先輩方の展示を見て、また私を作家と呼んで作品を覚えてくださった方々のおかげでようやく生き返ってきた そしてあの時に見た東松照明の写真が放つ、鮮烈な赤色がずっと印象に残っている 強く脳にこびりついている 11月、父方の叔父がわざわざ沖縄から千葉まで来てくれ、引っ越し作業を手伝ってくれた 昼食と夕食もご馳走してくれて、千葉で私が生きていた場所を何度も一緒に歩いた 叔父は「コンクリートの家がほとんどないし、沖縄と全然違う」と言っていた 当たり前のことだけど、3年暮らして馴染んでいた景色が、上京をせずに沖縄で生きてきた叔父からしたら異色であることが私には少し気がかりだった それが小さな棘のように刺さって抜けなかった 12月、沖縄に完全帰省してから写真を膨大に撮った 今までなら外出する際にカバンに眠っていたカメラが、ずっと外に出ていて目につくものを幾つも何度も撮った 私のADHDの特性と服薬を再開した薬のせいで、疲れても嫌になっても、移動中は撮影を止められなかった 撮りたいものが決まってしまって、写真の世界から抜け出す選択肢を選ぶことができない私には、そのまま進んでいった でも、ようやく息を吸えた気がした 生き返ったんだと思う
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息吹 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 430.9
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2026-01-03
コメント日時 2026-01-20
| 項目 | 全期間(2026/01/28現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


こんばんは。 写真を撮る回数が減っていくことは、 不調にもダイレクトに繋がっているような気は、僕はします。 興味の衰退というか、 気力が廃れていく感覚と言いましょうか。 >>「生きてて良かった」 この発言が、 側に在る人から降りてきてくれて 胸を撫で下ろしました。 「今までなら外出する際にカバンに眠っていたカメラが、ずっと外に出ていて目につくものを幾つも何度も撮った」 この連のカメラと主人公がともに息を吹き返したような 気力の疾走感が良いですね。 >>生き返ったんだと思う 題名に還り、「息吹」をもう一度 聴けた気が致します。
0こう言う詩もあるのだなと印象を持ちました。 「でも、ようやく息を吸えた気がした 生き返ったんだと思う」 こんな二行の終わりは、最初らへんで 「2025年、落とし穴にハマってしまったように 私は部屋に引きこもってスマホから物語へと現実逃避をしていた」 こんな二行が有ったので、ほっとさせるものがありました。
0写真業界に詳しいわけではないですけど、日本で東京から離れるっていうのは、決断なのでしょう。近隣の千葉、埼玉、神奈川への移住ですら「都落ち」と揶揄される、という近似業界の類似の話を聞いたことがあるくらいです。ネットがあるといっても、自分の表現を世界に届かせる、、となると、結局ものをいうのは人間関係とコネとそれを換金する場所であり、どうしても東京一強ということになる。詩のサイトに写真をバンっ!と貼りつけるとか。そんな試みがあってもいいと思いますが。
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