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哀しげな日傘を差す女(ひと)みたいに
胸のなかに、水色のバケツの情景が浮かんでいた。クルクルクルとアマゴが3匹泳いでいた。それは遠い夏の日のこと。あの午後の対岸の深い緑に、わたしはいつもいつも見護られていた気がする。深い緑はそのほとんどが杉だったはずだ。わたしはもちろん(?)実の父母に育てられた。しかしなぜだかわたしは、湖を抱く北欧の村で養子として生きる少女を想っていた。 義理の父母は優しく、なにより寛大だった。そしてわたしはおてんばで、キンキンに冷えた午後にカンカンに凍った湖へと一人出かけた。そうして太めの針葉樹の枝を折って、ダジャレじゃないがカンカンカンと枝で氷を叩くのだ。叩けども叩けどもしかし氷は割れてくれない。そうしているうちに小さな黒い鳥たちが遥か右上を旋回し始める。わたしはそう深くはないところにクリスタルブルーの宝玉があるという気がしていたのだけど、ついにそれを確認することは叶わなかった。 そのうちに空が哀しげな橙色になってきて、心配した義父がヌーっと左下から現れた。彼は真冬だというのに半袖で、丸太のような腕はわたしに森の熊を思わせた。背筋をシャンと伸ばしてツンと無関心を装って、ややあって10mほど離れた父の瞳を顔だけ向けてそれとなく見る。どう振る舞うべきかと思案しているような父の胸へと、ゆっくりと歩み寄っていく途中で、世界は限りなく淡くなっていって、気づけばわたしは紫陽花の白を見ていた。 ゆらゆら、ゆらゆらと大気がたゆたっている気がした。なんて、なんて澄んだ雨上がりの朝なんだろうと思った。ゆるりとコーヒーを淹れようと立ち上がるとわたしは、やはりゆるやかに"輝ける青"へと誘われていた。それは海原の青で、わたしのなかで海原の青はそうでなくてはならなかった。黒みがかっていながらも深く澄んだ海面が、30度ほど隆起しては陽に輝いた。 狂おしいほどに胸を切なくさせるような何かとともに、わたしは海に向かっていた。色とりどりのペンキで塗られた淡い色の小舟たち。ピンク、水色、ライムグリーンに抱かれるようにして、レンガ造りの厳しい一昔前の銀行のような建物の傍から、わたしはすぐ目前に広がる海を見ていた。ユリカモメが3羽スーイと泳ぐように町近くの左上を流れていく。それを合図にするように、やはり左の方からなごやかな風が吹いてくる。この気持ちを何に向けたらいいの?とわたしは半ば嘆くようで。 それはごくゆるやかに、しかしたしかにわたしの胸から立ち昇ってきた。遠くビルが霞んで見える東京とおぼしき、しかしいかにも閑静な住宅路のまあるく盛り上がった道の、その向かって左側を、30過ぎほどの綺麗な女(ひと)がゆっくりと歩いてくる。 それはまあるい道のてっぺんと等しい高さにある中空からの光景で、彼女はサンサンと輝く陽射しのさなかクリーム色(クリームイエロー)の日傘を差していて、わたしが見つめ出してから2、3秒ほどの頃合いでそっと目を瞑った。街路樹などなかったように思うのだけど、2、3枚の緑の葉はその前を泳ぐように右下へと流れていった。 行かないで(!)と、わたしはふたたび彼女に頂を歩いてもらう。その日傘の、しとやかで哀しげなクリーム色は。仄見えている霞の向こうのビルとの距離が、彼女に歴史を背負わせる。 華やかで垢抜けているようでいて、そのじつ。そのじつ、何なのだろう?いつから開かれていたのだろう、その瞳のやさしい楕円に亜麻色は。 ひっそりと木々の、緑のないことに小さなため息を漏らしては、帰る場所との乾いた距離を測る女(ひと)。 対比的に目前の庭がしみじみと、湿ってる風に感じられてわたしは笑った。そういえばこんな朝に、公園の近くの、あのゆるやかな坂道に行ったことはあったろうか。そこにはきっと、"雨上がりの丘"と名付けたくなるような情景が待ってる。そんな気がした。 豊かな街路樹もあることだしと、しかしそう安直には、"愛すべき田舎町"へと着陸したいとは思わない。そんなちょっぴり天の邪鬼なスタンス。あの女(ひと)みたいになりたいからこその、天の邪鬼なスタンス。遥かなる砂漠から吹き渡ってくる風にだって、そっと頬を向けて浸りたいから。 そうしてそう遠くはないいつの日にか、わたしは甘やかなものに触れられているかな。愛らしい夏蔭にそっと架かる、夢を見ているような儚い虹の、そのさらに淡い淡い、溶けていきそな端っこのような。 想っていた。かぎりなく微細な風を。静かな静かな、家並みを。
哀しげな日傘を差す女(ひと)みたいに ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 499.8
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2025-07-01
コメント日時 2025-07-03
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


鮮やかな冒頭ですね。 この詩の持つ雰囲気がまるっと好きです。きちんとコーヒーを淹れ終わるまでの時間みたいです。
1ありがとうございます♪ 時間感覚にはこだわって、リズムも磨きに磨いたつもりなので、そう言っていただけうれしいです☆♪ ただちょっと急すぎたかもと、個人的なには(汗) バランス感覚をもっともっと練磨していけたらと思います♪♪
0詩に現れる人物も情景もまるで夏の暑さにゆらめく陽炎のようで幻にも視える。 ひとつひとつの細かな表現もまるで頭のなかで沸き立つように現れて、読み手の子これを揺さぶる不思議な魅力を携えていますね。
1コメント&投票くださり、感謝(!)♪♪ みなさんのように高度な詩的言語は使えず、といって掌編であれ小説化する能力もなく、自己流夢幻散文詩(なんじゃそりゃ?ですが笑)をどこまでも突き進むしかない、そうであるなら、その方向性を突き詰められるだけ突き詰めてみたいと考えていたので、まさにその幻想性を評価してくださりホントにうれしかったです♪♪ また細かい表現にしても、目をショボショボさせながら推敲を重ねた甲斐があったというものです☆♪
0まず感じたのは、何を書かれたかったのか、相手(読み手)にどういった感情を残したかったのかが、いまいち見えてこなかったということでした。次に文章について、推敲が必要だと思われる個所がややあって、少し時間をおいてからもう一度読み返したり、俯瞰する感じで自分の文章を見つめ直してみられるといいかもしれません。文体は遊ぶような感じ、かつポップでいいと思います。 テーマを絞り相手に伝わりやすくすること、相手に読みやすいと思わせる文章で作品を描くこと、今の個性を殺さないこと、そのようなところに意識を置かれてみられると、また違った作品が生まれてくるかもしれません。
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