「歌」
数多の悠々とした落ち葉を眺めれば憤りを覚えた。
螺旋状に渦巻く子供の渦水がメダカを飲み込んだのだが、
私のように見えたのは恋文を渡す時期が過ぎたからか。
回廊にポツリと違和感を感じ眺めれば憂を覚えた。
老いを食った猫が確かに悠々としていて薄い波紋のようだが、
私のように見えないのは欲に望み一刻と過ぎる今が若さとは言えず憂と感じたからか。
「聴き手」
いくつかの余裕ぶった枯葉を眺めれば恨んでしまう。
今の私がメダカを食う渦水のように鬱憤を晴らしたいように見え、
なぜならあなたに恐れて恋文を渡せずに老いを感じたから。
回廊にポツリと違和感を感じて見れば不安を感じた。
年老いた猫が余裕ぶっている姿が消えそうな波紋のようだが、
私のように見えないのはいつまでも独身である私は焦りを感じ今というこの時間が若さとは言えぬから。
作品データ
コメント数 : 2
P V 数 : 530.5
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作成日時 2025-02-05
コメント日時 2025-03-18
#現代詩
#縦書き
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
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2025/12/05 19時04分05秒現在
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過ぎ去りし事柄(出来なかったこと・やってしまったこと)への悔悛が詩文を綴る原動力になったりしますよねー僕のあの日の白き回廊はとっくに解体されてしまいましたけどねー
0この文を書いた者と同じ場所に立ち、同じように眺めている。しかしそのものを見て感じ取ることは違う。恋文を軸に、死んだものと生きたものを「歌」と「聴き手」として置いている。まあ歌に対しての返詩かもしれないが。ただtitleにもあるように「憂」という言葉に頼りすぎているように思った。これが「歌」の主の性格によるものや、老いによる事柄が下地に敷かれているとすれば、「歌」の主が想いを入れ込めずに逃げのようにこの憂と使っているのなら、おもしろいなとおもった
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