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不毛の神   

二条千河 
作成日時 2017-11-20
コメント日時 2017-11-21

 

かつて我らは其処に棲んだ、 君が今居るその場所に 当時はまだ石ころだらけの荒れ野原 やがて我らが立ち去ったあとに 区画され、耕され、潤され 初めて稔りをもたらす土壌となった 彼処に棲んだこともある、 咲く花とてなき泥沼の 踏み入るものは何でも呑み込む湿地帯 やがて我らが立ち去ったあとに 珍しい鳥や虫たちが脚光を浴び 急ごしらえの木道に見物客が詰めかけた 地球上の至る処 我らの楽園だった時代もある、 無数の命がただ生きて死んでいくだけの 果てなきデッドスペース それでも豊穣の神は強気だった 黄金の林檎はどんな土地にも実るものだと 例えば此処、乾ききった砂岩の丘も メガソーラーの建設地には申し分ないそうだ まもなく我らが立ち去ったあとに 不動産屋は高い値を付けるだろう そう、もはやこの星に 不毛の地など何処にもないのだ。


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花緒 (2017-11-21):

不毛の神、という発想が面白いですね。不毛の地など何処にもない、という不毛。不毛に神が宿るという豊穣。 文明批判の色彩を色濃く感じます。

m.tasaki m.tasaki (2017-11-21):

不毛の神とは、農耕や牧畜とともに始まった人間の文明以前の世界を治めていた神のことですね。 この詩は人間の文明への批判と読めます。 ただ、「不毛」という言葉からは、私は生命をも拒む荒涼とした土地をイメージしてしまいます。 生命発生以前の原始地球の神、というのも面白いのではないでしょうか。

仲程仲程 (2017-11-21):

視点、構成がしっかりしていて、いいな と感じました。 個人的な好みとして、2連までの空気感が最後まで続いてもいいのかなと思いました。

まりも (2017-11-21):

一連め、二連めは、対句的な用法や、リズミカルな文体、体言止めや語尾をリフレイン的に繰り返すなど、神話的な語り物といった印象を受けました。 三連目で急に〈果てなきデッドスペース〉と横文字が入ると、なぜか急に現代の世相を表しているような感覚を覚えるのが面白いと思いました。デッドスペースは、使われていない空き空間、というのが本来の用法なのでしょうけれども、この作品では文字通りの意味、死が充満している空間、と読みたくなる。弱肉強食の世界から一歩抜け出すための「文明」であったはずなのに、結局、資本主義という、金銭による弱肉強食の世界にたどり着いて、強者はあいかわらずのさばり、弱者は疲弊しているように思われる、わけですが・・・〈無数の命がただ生きて死んでいくだけ〉まさに、そうした空間として、現代は存在しているようにすら思われます。 競争の果て、全てが不毛に帰した後にも、そのスペースを「有効利用」しようとする抜け目ない不動産屋がやって来る。四連目はそんな文明批評的なイメージで読みました。先行御三方の批評に、ほぼ同意、ということですね。 まるで別の話になる、のかもしれませんが・・・口語自由詩の100年の歴史、について、なんとなく思い起こしていました。 不毛の大地を開拓し、拡大し、広げていく「フロントランナー」たち。彼らが去った後の地が放置されていれば、また荒地に戻ってしまう。たくさんの人が住みついて、耕し、肥料を施し、繰り返し耕作して・・・ようやく肥えた土が生まれ、豊穣の地となる。 しかし、フロントランナーの名は碑銘に記されても、その後に耕作を続けた無数の者たちの名は、記されることはない。この地の豊穣を生み出したのは、外ならぬ、こうした無名の多数者たち、であるのに・・・ というイメージと共に。アメーバのように進行していく詩の総体についてもイメージします。四方八方に触手を伸ばし、どこか一方に向かって本体が動いていく。向かう方向に伸びた触手は本体に吸収され、他方に伸びた職種は切り離され、取り残されて離れ小島となる。離れ小島となって、そのまま干からびて不毛の地となる触手の先端もあれば、そこから芽吹いて、別種の花を咲かせる離れ小島もある。本体がまた戻って来て、離れ小島を吸収していくこともある・・・ 先端の動き、伸ばされた触手の先端だけが、詩史上の出来事として記されることが多いのですが・・・大切なのは本体の動きであり、本体内部で、先鋭が去った後に、その地を耕作し続け、豊かに保って行く人々なのではないか、と思うこともたびたびです。 かなり話が脱線してしまいましたが、そんなことも考えたりしました。

二条千河 (2017-11-21):

花緒さん コメントありがとうございます。 文明批判というと声高な感じがしますが、経済と効率性をバックにつけた豊穣の神に追い立てられ、ついに住む場所を失ったか弱い不毛の神をささやかながら顕彰したい気持ちで書きました。 「不毛の地など何処にもない、という不毛。」まさに仰る通りで、詩集に余白が必要であるのと同様に、一見すると何も生み出さないような空間も地球上には必要なのではないかという気がします。

二条千河 (2017-11-21):

>m.tasakiさん コメントありがとうございます。 「不毛」について補足しますと、この言葉はもともと「作物が育たない」つまり人間にとって有用なものが得られない様子を表しますが、転じて生産性のないこと全般を指しますね。 それと同様に「不毛の地」も、作中で意味の転換があります。第1連の「不毛の地」は開墾される(作物が育つようになる)ことで駆逐されるが、第2連の「不毛の地」は観光開発される(経済効果を生み出す)ことで駆逐される、実はそこですでに「不毛」の定義が変わっているのです。 もちろん語感としては、「生命をも拒む荒涼とした土地」のイメージも理解できます。 ただ拙作では、「人間に有用か否か」という判断が前提として含まれる言葉として使っていますので、m.tasakiさんの感覚にはそぐわないところがあったかもしれません。 「生命発生以前の原始地球の神」という発想は面白いですね。人間が生み出したはずの神の概念が、実は人間が誕生する前にすでに存在し、滅びていたとしたら。想像が膨らみます。

二条千河 (2017-11-21):

>仲程さん コメントありがとうございます。 今作はついかっちりと起承転結にしてしまったので、「転」の部分でちょっと雰囲気が変わっているのは確かですね。 今後の参考にさせていただきます!

二条千河 (2017-11-21):

>まりもさん 拙作からいろいろとイメージを膨らませていただいて、ありがとうございます。 食物連鎖的な弱肉強食から資本主義的な弱肉強食に帰着する文明という読みは、予想を超えていました。なるほど、という感じです。 不毛の神もまた弱者として豊穣の神から追われる立場ですが、それでは豊穣の神がなぜ強者なのかというと、どこまでも利益を求める人間たちが崇め奉るからで……弱肉強食の人間社会の縮図が、そのまま神の世界に投影されているということになりそうですね。 デッドスペースに「無駄」と「死」の両方がかかっているのはご賢察の通りです。無駄(余白、あるいは遊び)をどこまでも切り捨てていくことは死を軽んじるのと同様、何か大切なものを置き去りにしてしまっているのではないかという気がします。と書くと、なんだか老荘思想っぽくなってしまいますが。(豊穣の神は、墓場にも黄金の林檎の木を植えそうですね)


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