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「三途川」 下   

田中修子 
作成日時 2017-11-05
コメント日時 2017-11-19

 

 わたしはそれだけを告げました。そうすると、気違いの目の光が一度引っ込んだのです、そして不思議なものを見るような目で、そしてハッとしたような目で、わたしにとりすがりました、手の甲に長く汚く伸びた爪が食い込んみます。  わたしは、ふりはらわせていただきました。  いまでも母の顔を思い出します。どうぞ幸せであってくれれば良いと思います。  わたしは十でお客をとりました。早いほうであったと思います。でも、そのことはあまり苦にはなりませんでした。  朝から晩までお客様の相手をしました。幼女好みのお客様がたで、なさることすべてが痛かった。わたしは沢山悲鳴を上げました。そして沢山泣きました。最後に沢山笑って、果てました。  わたしは高く売れました。十にも拘わらず、金銀簪を差し、紅を差し、珊瑚をあしらった着物を着ておりました。  終わってしばらくすると、お客様は頭をなでてくださるのが、嬉しかったのをよく覚えております。  十二になると拷問を習いました。鞭を受け、天井から吊り下げられました。  やがてお店に兄が訪ねてまいりました。そしてわたしを一晩買いました。どうやってあのお金が出てきたのか不思議です。博打でしょうか、きっとろくなことはしておりますまい。いえ、それもわたしのまいた種なのです、わたしさえ生まれなければ、兄もきっと普通の道を歩んでいたことでしょうから。  わたしのお勤めしている店は遊郭の盛りからは離れておりましたけれども、値は張っておりました。どこそこの旦那様が、ひとづてに伝えてしか入れないような店で、その前で金をばらまいて、妹を買わせろと、泣き叫んでおりました。  どうするかと尋ねてくる楼主に、 「確かに兄です、お金さえ取れるのならば、お相手させていただきます、よく取り計らってくださいましな」 「お前らしいがな、しかし」 「可哀想な人ですから」 楼主は、奇妙な目でわたしを見ました、それは昔赤ん坊だった頃によく受けたけがらわしいものをみる目ではありませんでした。少し、哀しみの混じっているような、良く見ると底に不可思議な緑の澱りがある目でありました。  兄は昔したように自分のものをいじりました。そしてわたしの顔に白いものをかけました。わたしはそれをなめました。  兄は、奇妙なところで白痴でした。油の浮いて日焼けして、太って口はいつも空いておりました。  わたしが中に入れますかとたずねましたら、急におびえた顔をしました。  なぜ、泣かないのだ、と申しました。  それはもうわたしはいろいろなことを習いましたから、と申しますと、兄はしくしくと泣きはじめました。  泣きながら、右手はずっと自分のそこをなぶっていました。  ゆっくりと大きくなってゆきました。  わたしはそれを口で愛撫しました。男がいっても、ぴくぴくとそこは動くだけで、なにも出てきませんでした。  わたしはいま十六です。  髪の色がなぜか真っ白です。一昨年の冬、樽の中に入れられて、水責めにあった夜からそうなりました。  わたしは自分の腕を切り刻んだ事があります。赤いものが出てきて、月のものが違うところから出てきたようだと思いました。  それからいらっしゃいますお客様は、みな優しい方ばかりでした。傷がふえると嘗めてくれました。何もしないで帰って行かれるお客も増えました。  楼主は、わたしを花の蜜のようだともうします。ただ、毒が混じっていると、にがわらいしながらポツリと漏らしたこともあります。  蝶がわたしを育てたのだもの、花の蜜なのは当然だとも言えましょう。  蝶の片羽根を千切った男の血が流れているのですもの、毒が混ざっているのも当然だと言えましょう。  わたしの傷を愛する人は、みな、同じようなやさしいひとばかりです。  わたしは、それで、わたしの傷をあいします。  傷を作った日にだけよんでくれとおっしゃるお客様が多いので、そんな日は店に使いをやらせます。朝から晩までお相手を務めさせていただきます。  お寺のお方もよくいらっしゃいます。わたしはそのかたのものを受け入れてから、終わった後、一緒に仏様にお祈りします。  わたしはそのとき、光の中に仏様をよく見ます。それはそれは、お慈悲に富まれた顔をしていらっしゃいます。  さて、いつの頃でしょうか--  兄を、わたしはころしました。その記憶だけははっきりしています。兄は、常連とまでは言えないまでも、時にやって来てはわたしを買ったのです。わたしを折檻するのにはお金が張りますから兄にはそれはできないのですが、巧妙に、見張りの目を縫って--そうでした、わたしの片方の乳房を切り落とそうとしたのでした。ずいぶん昔に血にまみれて錆になっているような色で、グズグズになっておりました。  「母さんの乳房とおまえの乳房は同じ形をしているなァ」  そうか、これが、わたしの父か。  その時私は、お客様に頂いた、西洋の貴婦人がもつという、手のひらに収まる小刀を持っていました。  兄の首を切って、さあっと襖に血が飛びました。飛んで飛んで少し驚くほどの血だまりになり、兄はその中に沈んでいます。  あら、これでわたしも、磔かしら。それとも楼主が、うまくやってくれるのかしら。そんなことをぼんやりと思っておりました。  しばらくしてすうっとふすまを開けてやってきたのは、絵草紙でしか見たことのない、鬼でした。すこし楼主に顔が似ているようにも思います。兄を頭からばりばりと食っていきます。  わたしはただお祈りしているだけでした。  あとには血も死骸もさっぱり片付いた部屋があります。  「いままでどおりでよい」  楼主に似た澱の混ざった声で、鬼はわたしに告げました。わたしはぺこりと、お辞儀をしました。  でも、そのとき、わたしは兄と一緒に死んだのかもしれないと思います。ときたま腹の下の方が切れない刃物で擦ったようにちりちりいたしますし、以前のお客様がたは、ぱったりいらっしゃらなくなりました。  お寺の方はいらっしゃいますが、どこか遠くを指さして、何かをおっしゃるばかりです。  成仏せよとおっしゃっているのかもしれません。でも、わたしは生まれた方がおかしいわたしなのです。  わたしのつとめるお店は、川の流れの中にあります。  三途の川は、風光明媚なところです。  ときおり、母をおもいだします。  不思議なことに、わたしの居る部屋の襖に、いつのまにか蝶の舞う絵が描かれました。青い羽根のキラキラした鱗粉が、賽ノ河原にふわりと流れると、そこだけ光に満ち満ちて、石を積んでいる子どもも、見張っている鬼たちも、キャアキャアと歓声を上げ、手を結んで踊りだします。  今ではお客も滅多にありません。わたしは思い出しうる限り、指先を噛んで、母の姿を蝶の上に時たま重ねていきました。  何年、何百年経ったか分かりませんでしたが、ある日わたしは、母の姿を完全に描いた、と思いました。そうしたら襖の中から、蝶の羽をふわりと背にかかげた母がおりて来たのです。  母はあのころのままの天女のように降りてきて、わたしの首に、あの優しい微笑みで、手をかけてくれるのでした。


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田中修子 (2017-11-05):

運営さま 私自身が高校生頃に書いた作品ですので、冒頭の注意書きの他、あえて年齢指定などはしませんでした。 こちらのサイトにふさわしくないとご判断されましたら、遠慮なく削除くださいませ。

花緒 (2017-11-05):

ざっと読ませていただきました。ふわしくないどころか、かなりパンチの効いた優れた作品ではないでしょうか・・・。 投稿いただけたこと、嬉しく思いました。 もう少し考えてから、レスさせて頂きたいと思いますが、取り急ぎ。

右肩ヒサシ右肩ヒサシ (2017-11-06):

田中修子さん、こんにちは。 上下とも面白く拝読しました。地獄絵巻ですね。高校生のとき書いたとは思えない筆力です。 性的な虐待などがでてきますが、何らかの現実が投影されてはいないことを祈ります。妄想だとすると、ちょっと類型的な描写だなと思える部分も、現実の反映だとするなら心底ぞっとします。 幕末から明治に書けての「無残絵」のようなものかな。月岡芳年などが有名なようです。昔、美術館で見ました。

fiorina (2017-11-08):

初読のときには、いくつかのエピソードがやはり唐突に思われました。数日して、 少し飛び飛びに再読したとき、その唐突感が何故か消えていました。 今日、じっくり読み返して、すべてが作者の意図にそったかのように染み込んできました。 無駄な言葉も足りなさもなく、読むという私の行為が、ちょうど、星星を繋いで夜空に星座が浮かぶように、美しい絵を描いたのです。 繰り返し読みたくなるために、一つ一つの情景が、深い闇のそこからやってきた星の瞬きである必要がある。作者はそのことも知っているのでしょう。 素晴らしい才能だと思いました。田中修子という歴史の始まりに立ち会っているような気さえする。 個々に述べたいこともたくさんありますが、黙ってただ三途川にあそぶだけでいいとも思えます。

まりも (2017-11-09):

高校生・・・!!!流れるような筆致。前半は現世の話なのに、いつのまにか三途の川を越えて、あの世になっている不思議。岩井志麻子作品をはじめて読んだ時の衝撃と、ある種の陶酔感覚を思い出しつつ。 南総里見八犬伝のノベライズ版などを中学生くらいの時に読んで、ひええ、、、と思いながら惹かれ、高校生の時にはラヴクラフトに耽溺し・・・いやまあ、それはひとまず置く、として。 原罪を負った人間、という発想は西洋だけのもののようにも思いますが・・・東洋には、それはない、ように思っている、のですが・・・生まれながらに「罪」を負わされた子供、を、人は愛せるのか、という問であったり、不運や暴力、業(ごう)の連鎖、といった重さ、であったり・・・こうした思想的なものが、いろいろ、エンターテインメント的な物語性の中に埋め込まれているのを感じました。

田中修子 (2017-11-11):

花緒さま 投稿先がない、でも自分としては可愛い、という鬼っ子でして、こちらに投稿させていただきました。優れているかはわかりませんが、人の目に触れる場所をご提供いただいて、とっても嬉しく思ってます。ありがとうございます~。

田中修子 (2017-11-11):

Migikataさん えへへ、「天才と狂気は紙一重」「ニ十歳過ぎたらただの凡人」ということで、私がわずかに一瞬なんかの才能があったかもしれないころの作品でありまして……。ともかく、「面白く読んだ」というコメントをいただけただけで、とても嬉しいです。 最近またものを書きたい欲が出てきたので、少しでもこのころに戻れるように頑張りたいなぁ。 変な環境に生きていたので、何らかの現実は投影されているかと思います。 ただ、実家でそういうことはありませんでして、実在する12歳上の兄は、まーったく関係ないことを兄の名誉のためにはっきり書いておきます。ごめん、兄! そうそう、無残で綺麗、というものをやってみたくてこれを書いたのです。ありがとうございます。

田中修子 (2017-11-11):

fiorinaさん このころの私はちょっとなにを考えて生きていたんだろう、という感じで……まだ小説作法も意識していなかったし、勘で書いたとしか思えないのに、読み返してみると「このころの私めっちゃ文章うまい~!!」「もう無理」「いや、また勉強しよう」とへこんだりあがったりしてこころがせわしないこのごろです~。笑 fiorinaさんの、安定して丁寧な作品のほうが、とてもすごいと思うんです。 fiorinaさんの、「深い闇のそこからやってきた」でふっと思い出したのですが、この少し前に精神分析を受けていて、とくに、見た夢を分析家の方に話しては、「ユングによってはその夢に出てきたものは」とか「キリスト教によっては三回繰り返すということは」というふうに深層心理を読み解いていただいていました。ラッキョウの皮をむいても向いても出てくるのは涙だけですねん、なんて聞きながら。 このころの私のほうが、「いったい『三途川』が出てくるということは深層心理にどう影響を与えるんだろう」という風に、登場人物や、読み手の心の動きとか、心の底でさえ、10代の頭で極限まで考え抜いていたのかもしれません。 「星星を繋いで夜空に星座が浮かぶように」なんてほんとうに、きれいな評をいただけて、もうほんとうにうれしいです。ありがとうございます。

田中修子 (2017-11-11):

まりもさん あーそうです! この作品を書いて、「さーてどう分量を増やして投稿しよう、最低30枚にはしなきゃいけないんだよな~」と頭を抱えていたときに岩井志麻子さんがデビューされて、「やっぱ時代の底に流れる物語りは決まってるのよ! でも私には文才がないのよ!」と、もううらやましいやらねたましいやら自分にはやっぱ才能ねぇわ~、なんてなったり、あのころはとっても大変なんでした。笑 まりもさんとはそのころの読書傾向が似ているのかもしれません。なつかしいです、南総里見もラヴクラフトも。 そうしてまたご指摘いただいて思い出したんですが、私は中学校がキリスト教系でした。いろいろなことが重なって私自身が原罪であって、かつ、救いもいらない、というような心理状況に陥り、fiorinaさんへの返信にありますように強烈な精神分析を受けて、もうしっちゃかめっちゃかで血を吐くようにして書いたので(どんな高校生だ)、思想的・深層心理的なものは無意識に詰まってるんでしょう。 うーん、あの頃の生きづらさをまた与えるかわりにこのころの文才を戻してあげる、と言われても即座に断るので、もうこれ以上のものは書けない気がしてきました(ボヤき~)。 ありがとうございます~。

まりも (2017-11-12):

不眠と神経症で苦しんでいたときに「名作」をものし、その後は(当時の鮮烈さが緩んだ故に)生活詩に退行した、と評されてきた伊東静雄という詩人がいるのですが、彼が、不眠の夜をあらしめよ、と呼び掛けるように終わる詩があります。その中に(七転八倒で苦しんでいた当時を思い起こしているであろう、時に)光の繭、という言葉が出てくる。 苦悩の中で、光の繭に包まれた❗・・・と感じる一瞬が、創作の一瞬なのかも・・・と考えると、創作の「業(ごう)」のようなものを感じてしまいますが・・・後年の穏やかな詩の中にも、しっかり当時の芯のようなものが息づいている。そこを見いだして、照明を当てることも、批評の大切さだと、最近思うようになりました。

fiorina (2017-11-13):

同感です。心身が健康で長く生きた人こそ本当にすごいものに到達すると思います、どんなジャンルでも。

白島真白島真 (2017-11-13):

私も最初に読んだときは、表現内容が妙に生なましく、痛過ぎ、すぐに感想は書けませんでしたが、再読してこれを高校生時代に書いたということに改めて驚くと同時に敬意を表します。 特に小説でありながら詩的な要素が詰まっていることに、現在の詩人としても才能を持つ修子さんの原型を見る気がします。表現が素晴らしいと思った箇所、改稿した方がいいのではと思えた箇所を抜き書きしてみます。 ☆素晴らしいと思った箇所 上 ・自分の目で世界を見るよりも、母の目を一度覗き込んでから、外を見るのが好きでした ・多くの大人に、間違えて悪くした味噌汁のような声でいわれます ・何しろ、わたしの中の半分の血は、その残酷で猟奇な男のものなのですから ・魚のような顔をして襤褸をまとった醜い老婆 ・あたしは人魚の肉をくろうて死ねずにさまよっているが 下 ・それは昔赤ん坊だった頃によく受けたけがらわしいものをみる目ではありませんでした。少し、哀しみの混じっているような、良く見ると底に不可思議な緑の澱りがある目でありました ・わたしは自分の腕を切り刻んだ事があります。赤いものが出てきて、月のものが違うところから出てきたようだと思いました ・蝶がわたしを育てたのだもの、花の蜜なのは当然だとも言えましょう。 蝶の片羽根を千切った男の血が流れているのですもの、毒が混ざっているのも当然だと言えましょう ・しばらくしてすうっとふすまを開けてやってきたのは、絵草紙でしか見たことのない、鬼でした。すこし楼主に顔が似ているようにも思います。兄を頭からばりばりと食っていきます。 ・何年、何百年経ったか分かりませんでしたが、ある日わたしは、母の姿を完全に描いた、と思いました。そうしたら襖の中から、蝶の羽をふわりと背にかかげた母がおりて来たのです。  母はあのころのままの天女のように降りてきて、わたしの首に、あの優しい微笑みで、手をかけてくれるのでした。 改稿した方がいいのではと思えた箇所 (その理由も書いておきます) 上 ・そんな母にあかるい先を告げたものがいました。母が、あれはわたしと心中しようとしていたのかもしれません。(「あれ」の指示語が曖昧で、後を読んでやっと分かるというのはどうか?) ・わたしはめずらしい運命をたどる存在になろう。(文の脈絡がどこか合わない) ・子堕しの婆に引きずり出してもらってよかった(文意から言えば、「子堕しの婆に引きずり堕してもらえばよかった」ではないか) ・そういったことに気付くと、母はわたしをかばいました。(気付くの主語が、一時的に曖昧) ・誰かが何を話しかけても、言葉は返ってくることもあったけれど、それは言葉ではなかった。目の前にいるのに、遠い、とても不思議です。(最後が構文的に違和感がある) ・おめえがいるからおかしくなったんだ、と父に、祖父に犯されました。  家の中はもうめちゃくちゃでした。(ちょっと書き過ぎでは?リアリティーが欠如) 下 ・それからいらっしゃいますお客様は、みな優しい方ばかりでした。 (その前に天井から吊るされたり、樽の中に入れられて、水責めにあっっていて、どうしてこうなるかが分かりません) ・さて、いつの頃でしょうか--  兄を、わたしはころしました その記憶だけははっきりしています ずいぶん昔に血にまみれて錆になっているような色で、グズグズになっておりました (主人公の少女はそれまでは小さい頃から鮮明な記憶を持っている人物なのに、「いつの頃でしょうか」というのは違和感あり。まあ、地獄へ場面が転換していくための布石とも読めなくはないが) (乳房がぐずぐずという表現も稚拙) ・そうか、これが、わたしの父か。 (結局、母を犯したのは白痴の兄だったことが分かったということのようですが、ここはもう少し、書き込んで欲しかった気がします) まあ、長短、細かい点を指摘しましたが、これだけの内容のものを書いたことは素晴らしい。母親の名前を「蝶」にして、時代背景が遊郭のあったころの物語として読んでいたら、いきなり私が三途の川にいるという場面転換は見事です。それまでの小説としての物語性が一挙に無化され、詩的幻想の中に落とされてしまう。確固として残るものは「蝶」という母親とその娘との愛の桎梏のドラマ。最後の蝶の名前を生かした描写はお見事! 小説としての感慨より、やはり散文詩的小説というような新たなジャンルさえ期待できる内容ではないでしょうか。もう、このようなものは書けないと思えば書けないのであって、是非、田中修子の現在を語る作品にチャレンジして、また素晴らしい作品を読ませて欲しいと、心底思いました。

田中修子 (2017-11-19):

まりもさん 伊東静雄さんを教えていただいてありがとうございます。読みたいなぁ。 そうですねぇ、きっと、その方にとっては、生活詩への退行は、生きることへの前進であったでしょう。と、勝手に想像します。 苦しい状況が「名作」を書かせたのであれば、刺激のない穏やかな生活や対人関係を選び取った伊東さんは、「いま眠れる方を選ぶ~」なんて、わらっていらっしゃったかもしれません。それはそれで、なんとなく、ほのぼのします。 こんなものを書いた人間ですが、さっきべつのところでポエポエ~としたのも書きました。書いている本人は、けっこう、のほほんとしていい気分です。笑 このお話しは、光の繭ですらなく、生きることの中で吐いた、血反吐のようなものでなかったかと、思います。グロテスクな血を吐けば、だれか、気づいてくれると思っていたのではないでしょうか。 ここに投稿させていただいたのは、なんでかなぁ。それでも愛しい鬼っ子だからかもしれないです。 だからこそ、批評やコメントをよせてくださった方が、光をあててくださったのは、不思議で、よろこばしいです。

田中修子 (2017-11-19):

fiorinaさん ありがとうございます。 そうですね、長生きして、書き続けなければいけませんね。 キャンキャンしていますが、苦笑いしてお付き合いいただければ、嬉しいです。 (今度はカーテンがきます~!!)

田中修子 (2017-11-19):

白島真さん わー、たくさん、ご指摘をありがとうございます。 特に、改稿のところ、お時間をいただきましたよね。ありがたい~!! どれもああそうだ!! と思えるところ、ばかりで。 あっ、言い訳ですが、一か所、ぐずぐずのところですが、おっそろしい膝かっくんレベルの書き落としがありました。 ここを書き落としたの私なんてことしてくれたの!? 推理小説ならば犯人と凶器が判明するところだよ!? と。読み直して床に一瞬突っ伏してました!! 「そうでした、わたしの片方の乳房を切り落とそうとしたのでした。ずいぶん昔に血にまみれて錆になっているような色で、グズグズになっておりました。」 のところですが、 「そうでした、わたしの片方の乳房を、鎌で、切り落とそうとしたのでした。その鎌は、ずいぶん昔に血にまみれて錆になっているような色で、グズグズになっておりました。」 です。鎌の描写なんでした。 …… オフ会に行ってきまして、話しながら整理したのですが、私はのほほんと詩を書きながら、やはり小説も書きたいと思いました。 そうして、小説は、もう、散文詩的小説でイコ~!! と。ありがとうございます!! 現在の私は、「おくわ団子」あたりにチラリと見えます。でも、あれは「おくわ団子を美味しく食べてみるシチュエーションで書いてみた」の二次創作であって、自分のアイディアでは書いてないなぁ。一次創作で、また書いていこうとものすごく思いました。


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