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ただそれだけの
「戦争とそれを易々と否定して 自分はさも正しいですって悦に浸る人たちは 普通に嫌いなんだけど それはそれとして、ようやくわかったんだ 君が一番大嫌いなんだね、私」 夜明け時、それは克明というにふさわしい時刻 そんな時刻の澄んだ薄暗さのカフェで そっと判決を下してしまった 「どうしてさ」 僕はとくに堪えることはなかった。 なんとなく彼女の言いたいことは どこか痛いほどに 延々とわかっていたから たとえ世界が間違っていても それでも自分たちだけは一緒に優しく…… 間違っていても、誰かを傷つけたくない 強さと正しさなんて そんな武器を振りかざしたくない そんな彼女の歌に 間近で耳を傾けた僕だからこそ 彼女が僕を嫌う理由なんて それこそはっきりとしていたじゃないか 「はい自分は間違っていますって そうやって開き直って だから偽善すら掲げずに殺しますねって 延々と手を血に染めてる だから、大っ嫌い」 窓越しの陽光が彼女をゆっくりと照らしていく 僕は永遠にビルの影の中にいるのは これもまた運命なのかもしれない 「それが僕の仕事だよ」 「仕事だからって 企業の依頼だからって そんなこと…… ……もういいや」 彼女は自分の分の代金を 叩きつけるように ばんっと机の上に置いて コートを羽織りながら立ち上がった 「じゃあね、レイヴン君」 そして冷たさで あの日々の雪のそれとは違う ただ突き刺すためだけ それだけのために存在する そんな冷たさで 「最後の一人になるまで 好きなだけ焼き尽くせばいいよ この世の全てを」 ……と 一人、たった一人のその喫茶店 残されたのは僕と湯気をまだ放つコーヒー その向かい側の空になった席 これまた空になったグラス たったそれだけのお話 ※※※ 〔騙して悪いけど、仕事だからさ〕 回線からそんな声が聞こえたとき 僕はとっさにボタン操作を繰り出して 薄い膜か霧を機体全体に展開した 「……っ」 実弾攻撃は全て防げた その証拠に気体状の膜がそっと 星屑のように煌きながら消えて 機体には何一つ傷をつけなかったのだから 警戒はしていたつもりだった やけに弾数をケチっていたのだから わざわざ僕との共闘を持ちかけといて まるで火力的な貢献を果たしてくれなかったのだ そのガチタンの火力をまるで活かそうともせず ただ僕が弾切れになるまで戦わせやがり 今になってその牙を向けてきたけど 普通に怪しかったんだよ 〔お前はやりすぎたんだよ、イレギュラー〕 相手はこの時を待ちわびていた証拠を これでもかと曝さんとするかのように 炎の尾を引く雨を降り注がせた 万物の消滅を願うような その殺意の雨が天上を覆う中 僕はそっと歯ぎしりをしながら マシンガンとシールドは放り投げ 〔はぁ!?〕 レバーを45°に左 それから30°右 60°左 かと思えば180° そして少しのブースター噴射 そんな操作で我が中量二脚は するり、するりと 緑色の光をその背から 〔くそっ! ちょこまかと!〕 ふわりと傘のように放射しながら 雨あられをくぐり抜け 相手のガチタンまで 一瞬で距離を詰めては 「その距離では撃てないだろ、誘爆が怖くて」 一瞬、その間 コックピット右側 そこに五つ並んだスイッチを カチカチカチカチカチッと 連続で降ろしていけば 「残念だったね、弾はなくてもブレードはある」 右腕格納にずっとしまってあった “月光”をしゅるっと取り出して 「じゃあね、裏切り者」 誰かから告げられた あの冷たさによく似た声で 「生まれ変わったら 少しは裏切るタイミングとか そういうのを考えなよ」 それと同時に相手の機体にしがみついては 何度も、何度も、何度も 刺して、刺して、刺して そうして相手をじんわりと燃やしていった 〔く……がっ……こ……ギュラーめ……〕 途中、回線からの断末魔 切れ切れのその最期の言葉は わからずじまいだった。 なんとなく わからなくもないのだけれど 一人、僕だけが残った戦場 その無明長夜の果てでは “月光”だけがそれを代行するように ただ僕の足元を照らしていた 黒く焼き尽くす僕の どこへも知れぬ道を示すような ただそれだけの光 ※※※ 彼女はいないのに 彼女の声が聞こえる 当然だ、何の不思議なこともない ただ喫茶店のBGMがそうなだけで 目の前に彼女はいないし これからもきっとそうなのだろう 愛で世界を救うとか あるいはこの世の平和とか そういうのを謳う腑抜けた大人とその社会の その偽善とやらを攻撃する歌は 本当のことを言えば 偽善すらなくなった鴉のことを憎んでいた だけど とにもかくにも 僕という人間はこれだった 彼女は十数年のその人生で巡らせた想いを やがては哀哭の歌にしていくけれど 僕はこの人生で灰に塗れた何かを ただ全てを焼き尽くす詩にしていくだけ 別れの言葉もいらず ただそれだけのこと
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ただそれだけの ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 292.6
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2025-11-30
コメント日時 2025-12-01
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) |
|---|---|
| 叙情性 | 0 |
| 前衛性 | 0 |
| 可読性 | 0 |
| エンタメ | 0 |
| 技巧 | 0 |
| 音韻 | 0 |
| 構成 | 0 |
| 総合ポイント | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


※この作品は実験作です。何のとは言わないけれど、「ロボットものを詩で表現できないか」という感じの実験作です。
0偽善や大義名分を使って侵略を正当化するのは、罪悪感から生まれた良くも悪くも人間くさい行為で、そこから外れるというのは、理解されづらいのかなと感じました。そんな「僕」のことを、「レイヴン君」「鴉」と、カラスだと一貫して表現されているのが印象的でした。 コメントを今拝見して、もう一度読んでみました。「僕」が一番機械っぽいなと思いましたが、後半に人間だと明記されているので、実は彼女や敵兵の方が、「人間くささ」を学習したAIロボットかもしれない…と色々考えてしまいました。
1コメントありがとうございます! ……さて、本当はぼかすつもりだったけど、ここでいうロボットものというのは「アーマードコア」というゲーム作品のことなんよ。もともと世界観と雰囲気が好きで、詩にできないかと試行錯誤したのが今回の作品。 ……「僕」が機械っぽい、人間くさい行為の無さ…… 確かにカステラリウムさんの言う通りなんだ。 カステラリウムのコメントを見て「確かにそうだ」と思えた。 AC(アーマードコア)シリーズの主人公たちはほとんどそれが当てはまる。 淡々と依頼を請け負っては、敵を全て焼き尽くし、膨大な報酬はこれまた新たなパーツや武器の購入に充て、また依頼を請け負って……と、傍から見るととんでもない戦闘機械のような傭兵(レイヴン)というか。
1映画か小説だと思ってました!ゲームだったんですね。 レイヴンというのが傭兵のルビというのもなんだか納得です。何かの比喩だろうか?と思いながら読み進めていましたが、魔女の使い魔みたいな、主人の命令を淡々と遂行するイメージが兵士と結びついて腑に落ちました。また、これは的外れかもしれませんが、「カラスは全身黒いから返り血が目立たない」なんてことも考えました。
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